122
東医大誌 50(1):122〜125,1992
家族性にインスリン抵抗性を認めたインスリン
受容体異常症の1例
A Case of lnsulin Receptor Disorder Associated with Familial lnsulin Resistance
東京医科大学内科学第3講座,*県立那覇病院
能登谷洋子.六本木千尋 小川恵美子
藤邑雅子 調進一郎 田中彰彦 三輪
大野敦佐藤潤一須田成彦金城
金沢 昭 金沢真雄 植木彬夫
隆
修*
伊藤久雄
はじめに
高度のインスリン抵抗性と黒色表皮症を合併する 疾患として,インスリン受容体異常症A,B, C,1e−
prechaunism, Rabson−Mendenhall症候群等が知ら れている.今回我々は,黒色表皮症を併い,家族性 に耐糖能障害と高インスリン血症を呈したインスリ ン受容体異常症を経験したので報告する.
症 例
患者:19歳,女性.
主訴:無月経,尿糖.
家族歴:父,父方祖母に糖尿病治療歴有り.
既往歴:15歳の時より無月経を認め,17歳の時某 婦人科で多嚢胞性卵巣のため卵巣摘出術を受けた.
現病歴:19歳の時,健康診断において尿糖を指摘 された.又,卵巣摘出術を受けた後,月経は発来し ていたが,18歳の時再度無月経となったため,無月 経と尿糖の精査を目的として,東京医大病院内科に 入院となった.
入院時現症:身長157.3 cm,体重69 kg,知能正
常,leprechaunismを思わせる顔貌なし.多毛及び 両腋窩に褐色の色素沈着を認めた.胸,腹部,外性 器に異常所見なく,神経学的にも異常所見を認めな
かった.
検査所見:肝機能,腎機能,脂質,電解質は,正常 であった.空腹時血糖値は80mg/d1であったが,
HbAlc 7.5%,尿中C一ペプタイド660μg/dayと高 値であった.テストステロン504ng/m1と高値であ った.LH, FSH, PRLは正常値であった.コーチゾ ール,ACTH, GH等のインスリン拮抗ホルモン,甲 状腺機能も,正常であった(表一1).RA,抗核抗体,
抗DNA抗体はいずれも陰性で血清補体価も正常値
であり,自己免疫疾患の合併も認められなかった.ポ リエチレングリコール法によるインスリン抗体,お よびIM−9細胞を用いたFlier1)等の方法によるイ ンスリン受容体抗体は,認めなかった.
7590GTT(図1)時の血糖値は,空腹時92 mg/
d1,1時間値233 mg/d1,2時間値203 mg/dlと糖尿 病型を示した.この時の血漿インスリン(IRI)値は,
空腹時130μU/ml,1時間670μU/m1,2時間値(頂 値)1374μU/m1と著しく高く, C一ペプタイド
(1991年10月21日受付,1991年10月23日受理)
Key words:インスリン抵抗性糖尿病(insulin resistance diabetes),インスリン受容体異常症(insulin receptor disorder),A型(type A),家族性(Familial)
(1)
1992年1月
能登谷:家族性にインスリン抵抗性を認めたインスリン受容体異常症 123
(CPR)も空腹時3.Ong/m1,1時間11.6ng/rn1,3時
間(頂値)15.Ong/mlと高かった.空腹時のCPRとIRIのモル比は0.95と低値であった.
アクトラピッドヒューマンインスリン0.IU/kg の静脈内投与によるインスリン感受性試験(図2)で の血糖降下率は36%であり,外来インスリンに対し ても感受性の低下を示した.この時静注した外来性 インスリンの血中消失速度から計算した半減期は約 27分と延長していった.
小林らの方法2)による患者赤血球のインスリン 結合率(図3)は2.6%であり,同時に測定した同年 代の健常女子のそれと比べ低値であった.このイン スリン結合能の低下は親和性の低下によるものと考
表1Endocrinological data
ACTH
Cortisol U 17−OHCS U 17−KS
26 pg/m1
8.0 pt g/d1
4.4 mg/day 7.2 mg/day
Rapid dexamethasone supression test
bef
DHEA
Androstenedione Testosterone LH−RH test bef
FSH 8 LH 10 PRL
FT,
FT,
15 17
2113.5 pt g/dl 1.0 pt g/dl
7.2 mg/m11.85 ng/m1
504.3 ng/m130 60 go 120(min)
30 21 16 10(mlU/ml)
28 57 18 20(mlU/ml)
5.0 ng/ml 3.7 ng/m1
1.80 ng/ml
えられた.
逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によ る患者血清の分析では,患者インスリンは正常ヒト インスリンと同じピークに溶出し,異常インスリン 分画は,認められなかった.
腹部超音波検査にて多嚢胞性卵巣を認めた.
患者の腋窩の色素沈着は,病理学的に黒色表皮症 と診断された.
患者の両親,弟2人に7590GTTを施行した結
果は(図4,5)父において空腹時血糖値93mg/dl 1 時間値210mg/d1,2時間値138 mg/d1であり,IRI は空腹時28μU/m1,頂値(2時間)365μU/ml, CPR 空腹時1.6ng/ml,頂値(1時間)9.2ng/mlであり,
耐糖能異常と高インスリン血症を認めた.母,弟2人 の血糖,IRI, CPRは,ほぼ正常であった.父の赤血 球のインスリン結合率も2.5%と低下していた.
考 案
インスリン抵抗性を示すインスリン受容体異常症 は,Kahn3)により初めて報告されたが,現在まで世 界で報告された例は,50例以下である.この疾患は,
原発性のインスリン受容体減少に基づくインスリン 抵抗性に,黒色表皮症,多嚢胞性卵巣を合併するこ との多いA型,血中にインスリン受容体抗体が存在 し黒色表皮症,Sj 6grer1症候群等の自己免疫疾患を 合併することが多いB型,インスリン受容体の結合 能は正常であるが,受容体以降の機構の障害により
インスリン作用が発現せずA型と同様の臨床像を伴うC型4)に分けられている.
本症例は,インスリン抵抗性糖尿病,黒色表皮症,
200
禽
豊
g ioo
8
o
plasma glucose
1000
(ii
)
va 左500
Ho
lnsulin
0 1 2 3hr
Hg.1 0ral glucose tolerance test(glucose 759)
ど=ム薩
O 1 2 3hr
(2)
124
PG (mg/d2)
200
100
actrapid human insulin
↓ (0.1U/kg)
東京医科大学雑誌
●一r●Q一く) △一rム
PG IRI CPR
mg/di U/mg ng/me
100
伽
2co
100 15
10
5
father 55y
第50巻第1号
o
mother 54y
0 1 2 3 Fig. 2 Hypoglycemic responses to intravenous injection of exogenous insulin (human
actrapid:O.1 U/kg)胤甜鯛0 123(・)012 3(h)
100
姻
zoo
1co 15
10
5
brother 17y brother 15y
ミ
6
aO
9
さ ぜ 響
P,
2
弓
.雪
g
%
6 5 4 3 2
1
o N
X,111N,.×
激 鍮
、ミき・tS
N:..T:S ts
、く、
S
:1警麟
遮
O 1 2 3(h)O 1 2 3(h)
Eg. 4 Oral glucose tolcerance test of patient s family (glucose 75 g)
t
DM88y t tO.1 1 510 100 100010000
insulin concentration (ng/m2)Fig. 3 i251 insulin binding to erythrocytes
DM55y 54y
patient 19y 17y 15y
Fig. 5 Family tree of patient
口maleO female
多嚢胞性卵巣を認めた.しかし顔貌の異常,知能の 低下,外性器異常,松果体腺腫,低身長等を併わな いことからleprechanism, Rabson−Mendenhall症
候群によるインスリン抵抗性は否定される.HPLCの成績から,異常インスリンの可能性も否定的であ る.赤血球のインスリン結合低下を認めたが,受容 体抗体はなく,本例はA型のインスリン受容体異常 症と推測される.しかし赤血球のインスリン結合能 は,高インスリン血症による影響を否定出来ず,線
維芽細胞,EBウィルス形質転換リンパ球を用いた検索を現在行っている.
本邦のA型インスリン異常症についての62年度 の厚生省の集計5)によると,A型あるいはA型疑
い例は10名(女性9名,男性1名)で,年令12〜35 歳,2例が姉妹例であった.8名に糖尿病,2名に軽 度耐糖能異常を認め,糖尿病は軽症で薬物療法を要 するものは稀であったと報告している.又,黒色表 皮症は9名,男性化徴候は6名,多嚢胞性卵巣は4名 に認めたとしている.この報告からみて我々の症例
は,典型的なA型の臨床像を呈していると思われた.注意すべきことは,父親にもA型と推測される インスリン抵抗性耐糖能障害を認めたことである.
家族性のインスリン抵抗性を示したA型は,久富6)
ら,中島7)ら,福島8)らの報告があるが,極めて稀
(3)
1992年1月
能登谷:家族性にインスリン抵抗性を認めたインスリン受容体異常症 125 である.患者よりも,加令により耐糖能の悪化が考
えられる父親の方が,耐糖能障害が軽度であること は,本例の糖尿病の発症には,インスリン受容体異 常のみでなく,多様な因子が関与していることを示 唆しているのかもしれない.
本例の高インスリン血症の原因は,IRIの血中半 減期が延長していることからインスリンの代謝の低 下と,インスリン作用の低下によるインスリン分泌 の充進によるかもしれない.高インスリン血症と高 テストステロン血症の関係は,明らかではないが,高 濃度インスリンが,卵巣のIGF−1受容体と結合し,テ ストステロンの産生を促すという報告9),多嚢胞性卵 巣,テストステロンが,インスリン抵抗性の発症増 悪に関与しているとの報告10)がある.
最近では,インスリン抵抗性糖尿病を示すインス リン受容体遺伝子の変異が相次で同定されており,
Tayler11)らは,インスリン受容体変異による分類も 行っている.本例についても今後家族を含めて,イ
ンスリン受容体遺伝子の解析を行う予定である.
文 献
1) Flier J,S. et al, antibodies that impair insulin
receptor binding in an unusual diabetic syndromewith severe insulin resistance, Science 190:63 rs−65, 1975
2)小林 正,赤血球インスリンレセプターの測定法:
臨床科学9:378〜385,1980
3) Kahn C,R. et al, The syndrome of insulin resis−
tance and acanthosis nigricans:insulin−receptor
disorders in man, New Engl. J. Med. 294:739
r−745, 1976
4) Bar, B,S. et al, lnsulin resistance, acanthosis
nigricans and normol insulin receptors in a youngwoman:Evidence tor a post−receptor defect, J
CIin Endorinol Metab 47:620t一一625, 19785)井村裕夫,本邦におけるインスリン抵抗症A型.厚 生省特定疾患調査研究抄録集.昭和62年度:490,
1987
6)久富昭孝他,原発性インスリン受容体減少症の姉妹 例,Diabetes Journal 13(4):151〜16,1985
7)中島直樹他,抹消性肥満を呈したtype Aインスリ ン受容体異常症の一症例,糖尿病34(suppl 1):166,
1991
8) N,Fukushima et al, a case of insulin resistance associated with acanthosis nigricans, Tohoku J.
exp, Med 144:129 一138, 1984
9)小林 正 他:インスリン・レセプター異常の臨床 病態的意義,最新医学42:914〜919,1987 10)坂本美一,PCOラットの高インスリン血症の成因に 関する研究,厚生省特定疾患調査研究抄録集昭和63 年度,139,1988
11) Taylor S.1. et al:mutations in the insulin rece−
ptor gene in genomic forms of insulin resistance,
Recent Prog Horm Res. 46:185・一一217 (1990)
(別刷請求先:〒160新宿区西新宿6−7−1
東京医科大学内科学第3講座 能登谷洋子)
(4)