(話 し合 い)の学習活動 と人間関係
は じめに
松 本 修
国語科 の授業では話 し合い とい う活動が学習過程の重要な位置 に置かれることが多い。その学習 指導上の効果 と問題点 については実践的 には よ く理解 されて い るもの と思われ るが、問題点のひ と つに、学習内容その もの と直接 には関係 のない人間関係上の要素 が話 し合いの過程 に影響 を与 えて しまうとい うことが あ る。 これは、国語科 における学習内容 が、個 々人のものの考え方な どの内面 的な価値 にかかわ る ことが多 く、 そのため、個人 と個 人の人間関係 を こえて、内容のみを対象化 し て話 し合 うことがむ ずか しい とい う事情 があるためで あろう。次の二つの感想は、いずれ も文学教 材の解釈 をめ くって話 し合 い活動が行 われたあ と、生徒が書 いた もので ある。
班 で話 し合 うのは、初 めて じゃないけ ど、友達 の意見 の良い所 を今 まで書いていたが、「こう マ マ
した らいい と思 う」 とい うような事 を書 く事 は少なか ったので 、ち ょっと書 きず らか ったです。
( 吉野弘 「夕焼 け」の学習時 にお ける中学 1 年生の感想 )
̀ ̀ 非現実の境界線" を私は本文の 49 行 目と 5 0 行 目の間に した。理 由は単に 49 行 目の 「あま りにす ぐ帰れて しまう・ ・ ・ ・ ・ ・ 」が どうして もひ っかかっていたか らだ。ふつ うな らなにかもうち ょっとつけ くわえてもおか しくない し、テルがうとうとと眠って しまって と考えても変 じやない。その後の ̀ ̀ 変異' 'という言葉 もなんだか文 としては現実 っぱ くない し、「早 く家に帰 りた くない」テルが、そ う思 うあま りに、「まわ りの全てが敵 に見える怖い夢」を見て、その中で、同 じ年 くらいの少年た ちに助けてもらう、 とい うふ うに解釈 しても決 しておか しくない と私は思ってプ リン トに ̀ ̀ 夢" と いう表現を一切 かかずに、みんなに見せた ら、ものす ごい意見ばか りもらった。面倒なので説明も しなかったが、みんなすべて ̀ ̀ 現実' 'す ぎる意見ばか りでなんだかつ まらなかった。 どれもこれ も 人のあげ足ばか りとった り、 自分の考えのお しつけばか りで、みんな同 じだった。
世 の 中考えは一 つ じゃない んだか ら、 もっと考 えがい っぱいでて きて よい と思 った。( 黒井千 次 「子供のいる駅」学習時 における中学 3 年生の感想)
どち らの感想 も、 国語科の授業 におけ る話 し合い活 動 にお いて学習者が直面する人間関係上の困 難について語 ってい る。 しか し、 この ような困難をこえて話 し合 い活動が行 われて きてい るのは、
国語科 における教材価値 ・学習内容その ものが教材 と学習者 との関係 の中に浮かび上が るもので あ
り、その必然的結果 として教材価値 ・学習 内容が、個 々の学習者 に固有のものであ りつつ学習の行
われ る空 間におけ る学習集 団の 中でその意味が問われ るものであ るとい う本来的な性質があるか ら
で あろう。要す るに、 国語科 の学習において何を学ぶ かは、学習者の教材への働 きかけ とともに、 I 他 の学習者への相互の働 きかけにおいて決 まって くるとい う事情があ る。
コ ミュニケー シ ョン能力の育成その ものが国語科の 目標 として掲 げ られ る今 日、国語科の学習は このような相互の働 きかけを通 じて行われつつ、そ こに生 じる関係上 の困難 を克服 し、相互の働き かけの力そのものを身 に付 けさせてい く方向でかたちづ くられることが期待 されてい る。国語科の 学習時 における話 し合 い活動 には人間関係の要素が絡 み合 うが、逆 に話 し合い活動を通 じて人間関 係 の困難を克服 してい くことが求め られてい るとい う逆説が成 り立つわけであ る。
「夕焼 け」の学 習 における話 し合 い活動
例示 した二つの感想 の うち前の方は、崎見宣人氏 ( 静岡県袋井市立袋井中学校教諭)の 『国語科 における自己評価 に関す る研究』 *1の中で論 じられている 「夕焼 け」 (吉野弘)の研 究授業 におい て得 られたものであ る。崎見氏は、 自己評価 を文章 による自由な振 り返 りの記入を通 じて行 わせる ために、解釈の対立 と交流の現れ るような授業過程を構想 した。解釈 とその交流の過程で、何度も 相互評価 と自己評価 を ワー クシー トに記入させるとい う作業が含 まれてお り、 これ によって評価の 様相 を明 らかに しよう としてい る。 この構想 を、群馬 県の昭和村立昭和 中学校の本多和恵教諭に実 践 して も らい、学習記録 とともに、授業のようすを VTR に記録 し、分析 したものが上の論文の中 心部 をな している。
この授業過程 において現れ た先の感想をめ ぐるで きごとを崎見氏の記述に従 ってみてい くことに しよう。話 を見えやす くするために、「夕焼 け」の全文をまず掲げてお こう。
夕焼け
吉野 弘 いつ ものことだが
電車は満員だった。
そ して
いつ ものことだが 若者 と娘が腰 をお ろ し
と しよ りが立 って いた。
うつむいていた娘 が立 って としよ りに席 をゆずった。
そそ くさととしよ りが座 った。
礼 も言わずにと しよ りは次の駅で降 りた。
娘は座 った。
別 の としよ りが娘 の前に 横 あいか ら押 されて きた。
娘は うつむいた 。
しか し ■ 又立 って
席 を
その としよ りにゆずった。
と しよ りは次の駅で例 を言って降 りた。
娘 は座 った。
二度 あることは と言 う通 り 別 の としよ りが娘の前に 押 し出された。
か わ い そ う
可哀想 に 娘は うつむいて
そ して今度は席 を立たなかった。
次の駅 も 次の駅 も
か
下唇 をキュ ツと噛 んで
か ら だ
身体 をこわば らせて‑ 。 僕 は電車 を降 りた。
固 くなって うつむいて 娘は どこまで行 ったろう。
や さ しい心の持 ち主は いつで も どこで も
われにもあ らず受難者 となる。
な ぜ