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外国語学習における仮説 (言語干渉)の検討

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(1)

諏 訪 部 真

0 .1

筆者はすでに,外国語学習での干渉の問題を, 日 ・英両語の音節構造を対照分析す ることを通 して

( 1 9 6 9 )

, また, 日本語のモーラ音素を扱 うことに よって

( 1 9 7 1 )

具体的に触 れてきた. この小論は,母国語 と外国語の個 々の ことばを問題にす るのではな く,母国語か らの言語干渉の事実が生ず る, とい う従来の仮説‑ この理論的な基礎に対 しては,7

0

年前後 か ら多 くの研究者に よって,言語学 の方面か ら, また言語心理学 の方面か らも批判 されてき てい るのだが‑その仮説を具体的に二つのチエマを通 して,今 までの考え方,それに対す る 批判に触れ,なおかつ批判に対 して残 り得 るものな どについて述べたい と思 う.

1. 言 語 干 渉

一つの言語がまった く孤立 しているとい うことはめ ったにない.ある言語共同体は,遅か れ早かれ,他の言語共同体 と何 らかの形で関係を持つ ようになる. この言語間の関係を示す ために接触

( c ont a c t )

とい う言葉がWe

i nr e i c h( 1 9 5 3 )

に よって用い られ るようにな った こと は,よく知 られている ことである.彼が言 う言語接触の事実は,二言語併用

( bi l i ngua l i s m)

‑ すなわちスイスの国境地帯の住民がアルマニック語の地方語であるシュバイツァティシ語 とロマソシ語を話す問題‑を前提 としているのであるが,ある言語だけ しか使わない とい う 極端な潔癖主義は別 として,個人,団体を問わず,二つ またそれ以上の言語を使 う場合に言 語干渉

( l a ng ua gei nt e r f e r e nc e )がおこる.Ha uge n ( 1 9 53 )が米国での ノル ウェー人移民達

の言語活動を調査 して言語借用

( l i ng u i s t i cb o r r ow ing)一母国語であるノル ウェー語に,英

語の表現を使用す る‑ とい う事実を明 らかに したが,言語借用 も言語干渉の具体的なあ らわ れであ り,同 じ現象であると考えられる.

また一人の人間が行 う二つの学習の問題 として,言語干渉を考えると,先に行 った学習が 後の学習に影響を与える現象を,学習の転移

( t r a ns f e r )としてとらえる外国語学習の場合,

プラスの転移ではな く,マイナスの転移をさして干渉 とい うのであ り,学習を促進 させ るも のでな く,妨害す るものに干渉の言葉を用いるのである.

もっとも

We i nr e i c h

Ha ug e nの研究は言語推移 ( l a ngua g es hi f t )に関 して基本的な研

究であると評価はす るが,外国語学習で問題にす る,母国語か らの干渉 とい う問題,また具 体的な干渉の問題には彼 らの研究は有効ではない とい う批判 も出されている.

H. C. Dul a y

,

M. K. Bur t( 1 9 7 2 )

参照.

2 .

二言語間の構造の差異が大であればあ引 まど学習者の国難点と 干渉のおこる範囲が大き くなる

上にあげた

We i nr e i c hの仮説を h d o ( 1 9 5 7 )

の言葉で言いかえれば

,

「母国語 と現似の要

(2)

2 0 0

長野工業高等専門学校紀要 ・第

5

素は,学習者に とってご く簡単であろ うし,母国語にない要素は非常に難 しい.」とい う こ とになる. ことの ことは改めて指摘す るまでもな く,実際に外国語を教えている者は,自分 の経験か らも母国語 と同 じ種類に属す る言語を学習する場合は困難点が少ないのに対 して, 語族がまった く異 る外国語を学習する場合にはその道であることを知 っている.例えばイ ク リヤ人が,同 じロマンス語に属す るスペイン語を学ぶ より,中国語を学ぶ方がず っと難 しい とい うように.

イ ソ ド・ヨー ロッパ語に属 さず,朝鮮語 との血縁関係は別 として,孤立語 とされている日 本語を母国語 とす る我 々は,語族が同 じ外国語 と,まった く異 る外国語を学習 してその困難 さを比較す るとい うことはで きないのであるが,孤立語である日本語を母国語 とする故に, 構造 の違 う英語を学習す る時に大 きな困艶を感 じるのは ごく当然である, と一般に考えられ てい る.た とえば知 日家で有名な

E.

ライシャワー博士が, 日本人が英語を学ぶのはいかに 難 しいか,を 日本人英語教師を前に話 したのを聞いたことがある. (下線 筆者)

P

e op l ewhos pe a koneo ft heI ndoI Eur o p e a n. l a ng ua g e sf i ndi te a s i e rt ol e a r nan o t he r l a ngua g eo ft hes a megr o u p. Amo ngt hef e w c o unt r i e st ha ta r enotpo l y gl o to rd ono t us ea nl nd o・ Eur o pe a nl an gua ge ,O n l yt hr e es t a ndo uta si mpo r t a ntc a s e s:Chi n a , Ko r

e

a andJ a pa n. TheChi n

飴e

, ho we v

e

r , ha v ea na dv a nt a ge ov e rt he J a pa ne s e i nt ha tt he s t r uc t ur eo ft he i rl a ng ua ge , c ur io u sl y, ha ppne nst or e s e mbl em

od

e r nEng l i s h.TheKo‑

r e a

ns

,t ho ug h t he ys p ea kal a ngua g emuc hl i keJ a pa ne

s

e ,ha v et hea dv a nt a geo famuc h mo r ec omp l e xphone t i cs ys t e m.Soo fa l lt hec o unt r ie si nt hewo r

l

d,J a pa npr o b a bl yf a c e s t hel a

rg

e s tp r o bl e m i na c q ui r i・ nga d e q ua t eus eo fas e c ondl a ng ua g e ・ 四・Re i s c ha ue r1 96 4 )

海外に出ていて,同 じアジアの学生たちを見ても,英語を第二国語 としていて,それが一 種の共通語にな っているフイリピソ人や,イ ン ド人の場合は別 として,中国人,韓国人,イ ソ ドネシャ人な どに くらべて 日本人は英語をよく使えない ことを見聞きす るにつけ, ライシ ャワー博士の論点は確かだ と考えた りす る.J

a ko bo v it s( 1 9

70)や

J a m e s( 1 9 7

1

)

が引用 してい る

Cl e v e l m d他 ( 1 96 0)

の研究によると, 平均的な適性能力を持 っているアメ1)カ人の学生 が, 日本語,中国語, ヴェ トナム語を話す能力を得るのに要 した時間を

1

とす ると, pシャ 語,ギ リシャ語,フ ィンラン ド語の場合はその

3

分の

2

の時間で,またフランス語, ドイ ツ 請,ルーマニヤ語はその

2

分の 1の時間でよい と,報告 されている. この ことが事実だとす るな らば,外国語を学ぶ時に,その学習者が使 っている母国語は何か, とい うことが,以後 の学習を決定 してしまうことになる.そ して 日本語を母国語 とす る日本人は,先天的に英語 を うまく使 うことができない とい うことにな ってしまう.

日本人が英語を使 うことが 「へた」であるとい う問題は,言語構造の違い, とい う言語上 の事実以外の問題, 日本の社会構造, 日本 とい う国が置かれている地理的位置,文化的,磨 史的背景な ど,い くつかのものがか らみあっているので,この問題を構造の違いだけで簡単 に結論を出すわけにはいかない. また

Cl e v e l a ndの報告に しても話す能力についての比較七

あ ったが, これが他の レベルの場合は どうであろ うか.米国人が 日本語を学ぶ時に,聞いた り話 した りす る音声面での学習に くらべて,書いた り,読んだ りす ることはず っと難 しい と よく言 うのであるが,p

er f o r ma nc e ,p er c e pt i on

両面の細い点を とりあげて調べ る必要がある ように思 う.場合に よっては違 ったデータが示 され るか もしれない. しか しなが ら,上に述

(3)

べた

Cl e v e l a n d

の報告や,経験的事実か ら,母国語 と;学ぼ うとす る外国語 との朽道の差異, 言いかえれば,ニ ケ国語問に頬似的なものがあるかないか,は学習に大きな影響を与えると い うことは認めて よい と考え られる.

この一般的に認め られてきた仮説に対 して

W . R. Le e( 1 9 6 8 )が反対意見を述べている.彼

に よると,英語を母国語 とす る者が,中国語を学ぶ際に, このニ ケ国語の問にある大きな違 いが,かえ って自国語だけを通 して見 る習慣的な見方か ら離れて,学習者を新 しい軌道に乗 せて くれ るとい うのである.そ して類似性の高いニ ケ国語を学習す る場合,彼の場合には, すでにかな り話せ るようにな っていたスペイン語の他に,イタリヤ語を学ぼ うとしたのであ るが,学ぼ うとす るイ クリヤ語 と既習のスペイン語 との区別が難 しくて,ついにはイクリヤ 語の学習をあきらめた とい うのである.母国語 と学ぼ うとす る外国語との疑似性がかえ って 干渉を もた らす とい うことは

Ya oShe n

によって早 く指摘 されてい るが

( Di p i e t r o 1 9 7

1

)

, Leeの意見は余 りに印象的す ぎて,実際の学習 のどの面, どんな言語的 カテ ゴリーで,具体 的に どんなことで問題がおきたのか よく理解で きな い. こ こで Leeの提出 した問題に反論 してみ る.

L

l(た とえば フランス語)を母国語 とす る者が,L2(た とえばイ クリヤ語)を学 ぶ とす る.Ll とL2は同族語であ り

,s i s t e rl a n g u a g e

であるか ら学習者が持 って い る

Ll

の言語知識 (あるいは

Ll

についての言語能力 ともいえる)が,二言語間にあ るい くつ か の チ ャソネルを通 して

L2

に もプラス とな って働 く筈である.言いかえれば,母国語にあるよ うな言語的な要素,あるいは言語的 カテゴリーが外国語にも存在す る場合,学習にはプラス になって働 くと考え られ る.むろん

Llと L2

の間にある類似性が,マイナスの干渉をおこ す こともあろ う. しか し,その干渉以上に規似性はプラスの方向に働 くと思 わ れ る. また

L

l(フランス語)を母国語 とす る者が

L3(

中国語)を学習す る場合,その初歩の段階で,学 習者は

L3

を使お うとす るが,遅かれ早かれ, Llに戻 って, Llの言語知識で

L3

を使お うとす るだろ う. と こ ろが,LlとL3の問には対応す る言語的 カテゴリーが乏 しい.すな わち

Ll

L3

を結ぶチ ャソネルが殆ん どない. このような場合,干渉が大 き くお こ る の は当然ではないだろ うか.次章で触れ るが,英語を学習す るチエツコ人の誤 りを 分 析 し た

Du 紘o v a ( 1 96 9 )

の報告に よると

,

「母国語にない要素の学習は難 しい」 とい う

La d o

の仮説 はチェック語 (その他のスラグ語)にな くて,英語にある,冠詞の学習があては まると,具 体例をあげている.

一万

,01 l e r ,Ze i a l 1 0 S e i n g ( 1 9 7 0)

が行 ったカリフオル ニヤ大学での外国人留学生に対す る スべ リソグテス トの実験報告は今 まで述べてきた仮説を修正す るような結果 が で て お り,

L

e eの印象的な批判を裏づけるような報告である.それに よると, I

,‑マ文字を母国語 とし .て使用す る留学生1

5 8

人 と非 ローマ文字を母国語 とす る1

9 8

人の留学生の英語のスべ 1)ソグの 誤 りを調査 した結果,予想に反 して, ローマ文字国の学生のスペ リングの誤 りの方が多 く, 正 しいスペ リングの語数 も非 ローマ文字国の学生 より少なか ったのである.

この問題 と,従来の仮説 との関係は どう考えるか.

We i n r e i c h

Ha u g e n

の仮説は一般的 には妥当なものであったに しても,これを性急に外国語学習にあてはめ,一面的にわ り切 り す ぎたきらいがあ った. この佼説に対 しては,実際の学習の裏づけ と共に,いろいろ解 明 し なければな らない具体的な問題が含 まれていると考え られる.例えば,母国語か らの干渉に しても,学習の段階に よっても干渉の度合は異 るであろ う.学習の初期の段階では

,Le

e も

(4)

2 0 2

長野工業高等専門学校紀要 ・第

5

経験 したように干渉は高いけれ ど学習が進むにつれてそれは少な くなる.それ と同時に, こ ん度は,すでに学習されたものか らくる干渉の問題が生ず る,即ち同 じ言語内での干渉の問 題がお こって くる.また干渉の問題は,音声面では昂著であることはすでに知 られているけ れ ど,統語面,語い面では果 して同じような結果が生 じるか. また先に触れたスべ リソグの 問題についても,た とえ母国語が ローマ文字圏に属す る学習者でも,他の国語の,この場合 は英語であるが

,wr i t i ngs y s t e m

を学習す ることは,なかなか困難であることが理解 され, 他のスペ リングか らの類推に よる誤 りが 目立つ ことか ら,同一言語内での干渉の問題が生れ てきたのではないか.

We i nr e i c h

か ら引用 した冒頭の仮説に関 して,具体的な裏づけ,異 っ た角度か らの研究な どを通 して外 国語学習についてこれか らも多 くの点が明 らかにされ るこ とと思 う.

3 .

成 人 が 外 国 語 を学 習 す る際 に, 母 国 語 か ら干 渉 を 受 け て 誤 りを お か す この仮説について構造言語学に立つ外国語教育学者たちが言 った ことは次の ように要約す ることができる.

母国語を学ぶの と,外国語を学ぶ場合の決定的な違いは,学習者が外国語を学ぶ時 までに は

,( 1 0

台に達す る前は別 として)意識する, しないにかか わ らず,母国語の言語体系を習 得 して しまっているとい うことである.そ して外国語をまだ母国語が定着 し て い な い

1 0

台 前に学習するな らば,母国語か らの干渉 もず っと少ないが,年令を重ねるにつれて,母国語 は ます ます身についてい くので,母国語の文法体系や,言語体系が,学ぼ うとす る外国語の 言語体系 と干渉をおこす.従 って

1 0

才を過 ぎれば,外国語を,母国語を覚えるように学ぶわ けにはいかない.すでに身についている母国語が,学ぼ うとす る外国語 と干渉をおこす. こ の ことが,母国語の学習 と,外国語の学習の過程をまった く異 った ものとしている.そ して 実際の学習では,音声面で この干渉がもっとも頗著に現われ る.

( Po l i t z e r 1 96 5

参照)

「外国語学習 と,母国語学習の過程は異 る」 とい う従来の考え方は6

5

年以後の子供の母国 語習得の研究が盛んになるにつれ,また言語能力

( l a n g ua g ec o me t e nc e )

が問題にされ るよ うにな って修正を迫 られてい る・ この間題について

Ne wma r k ( 1 96 6 ,1 ̲ 9 68 ) Re i b e l ( 1 96 6 )

の論文は示唆に富んでいる.以下彼 らの批判を中心に この問題を考えてみ る.

彼 らは,二言語併用の子供たちほ, どんな方法で言葉を覚えようとも,干渉か ら生れる大 きな困難を感 じることな しに,家庭では一つの言葉を使い,他の場所では他の言葉を使 うと い う事実か ら,実際の教授者たちは,学習者たちに,母国語 と外国語 との区別に日を向けさ せ る工夫をす るよ りも,母国語が使われ る場面 とは大 き く違 ってい る外国語の使われている 場面を作 り出す ことに工夫すべきだと主張 している.そ して構文を中心に し,場面を無視 し てす る文型練習の代 りに,対話の暗諭を提案 している.また教室内で学習者たちが自分で役 割を作 り出して劇をす ることは教育的にみて大 きな武器であるとしている.確かに言葉が場 面 と密接に結びついて使われてい るのは疑いもない事実であ り,実際に,英語の表現を 日本 語の助けなしに,その使われた場面 と直接結びつけて覚えてい ることが よ くある.むろん, この場面の設定で,外国語学習の問題点がすべて解決す るとい うわけにはいかないが,外国 語学習にあま り多 くの母国語 との区別を持ち込Ihす ぎる構造言語学流の授業に対 して一つの 警鐘 と考えることができる. しか し実際面で,初歩の学習段階では,あるきまった外国語の

(5)

表現対 して,その場面を作 りだす ことは容易であるが,学習が進んだ段階に即 した場面を作 りだすことはなかなか難 しいことであ る.Ne

wma r kや Re i bd

の提案が正 しい としても, 教室内か ら構文を中心に配列 された英語の教材をまった くとり除いてしまうとい うのは妥当 ではない.

確かに 「言語は習慣の束である」 とい う仮説に立 った文型練習が,習慣形成が正 しくでき あがるまで,実際のコミュニケイシ ョソは避けるべ きだ,として人工的な練習に終始 したこ とに大きな欠陥があった一 しか し,文型練習の中にも場面をとり入れようとした試みもい く つかなされていることも知 っておきたい.

( Fr i e s1 9 6 1

参照)

「母国語か らの干渉を受けて誤 りを生ずる」 と い う問題に つ い て,Ne

wma r k‑ Re i b d

は母国語か らの干渉 とい う現象は生 じていないとしている.彼 らによれば,母国語か らの干 渉 とい う問題は,学習者の学ぼ うとす る外国語に対する無知

( i gno r a n c e )

の問題に帰結す る ことができるとす る.従 って干渉に対する治療は,その無知に対す る治療であるす る.学習 者がある言葉を学習 しようとす る. しか し,その学習の初期の段階では,ま だ 多 くの学習 していないものがある.学習者は新 しい言葉について十分な訓練を受けていない. ところが 学習者は,教師によって,また内心の話そ うとす る気拝によって,話すな り,読むな り,書 くな りの行動をおこす ように仕向け られる.その場合,学習者は,すでに自分で よく知 って いる母国語で,まだ知 らない外国語の埋め合せを しようとす る.その外国語を知 っている観 察者の目には,この学習者は,母国語の習慣で,外国語の習慣を代用しているように映 る.

しか し,学習者の側か ら見ると,彼は最善を尽 しているのであ り,自分のまだ不十分な訓練 の欠陥を補 うために自分の知 っている母国語の助けを借 りているのだ とす る. (従来の立場 か らはこの現象は母国語からの干渉 と考えられるのだが.)そ して この問題を解決す る最上 の方法は,干渉を克服 しようとして,母国語,外国語の対照点を系統的に ドリルす るのでは な くて,外国語そのものを,より効果的に訓練す ることだとしている.結論 として,彼 らは 子供 と成人の言語の習得能力は,量の上では違 うとしても,質的には同じだ とし,母国語 と 外国語の違 う点をそれぞれ考慮 した構文を練習するのは無意味で,実際に使用されている外 国語のいろいろな実例の練習 と,観察が,外国語を習得させ るのであり,分析は学習者 白か らが行 うと主張 している.

彼 らの意見は確かに,今 まで余 りに構造,構造 と騒ぎたてて,分析 した母国語 と外国語の 対比による言語習得の欠陥をついている.そ して実際の用例を重視 し,場面を高 く評価する 考えには賛成である, しか し彼 らの 「無知論」について言えば,それがユニークな見方であ るけれ ど,い くつかの疑問点がある.例えば,p

e r f o r ma nc eでな く ,r e c o g ni t i o nの面ではこ

の問題はどうなるか.日本人が,英昔の

ba tp etなどを聞いた時に バヱ ト,べヱ トと促音

があるように聞きとるのは,それは無知であるか ら, と片づけられるだろ うか.母国語の音 韻体系か らくる干渉 と考えた方が都合が よくないか.この無知の内容がはっき りしないけれ ど,これが,学習者の言語能力

( c ompe t e nc e )の欠陥をさして言 ってい る のな らば,学習

者が,外国語のある面をまだ習得できないでいるのは言語能力がないか ら当然 とい うことに なる.外国語を学習 し始めた時に,母国語に戻 ってしまうのは,果 して母国語か らの干渉が あるか らか,それ とも外国語をよく知 らないか らか.母国語からの干渉が先で戻 るのか外国 語への 「無知」がそ うさせるのか.堂 々め ぐりになってしまう.

(6)

2 0 4

長野工業高等専門学校紀要 ・第

5

また彼 らはブルームフィール ド流の行動主義を拒否 したけれ ど対話文や会話文の暗記は戦 時中に

Ar myMe t ho

dで行われたものではなか ったか.そ してこれは中学や高校の外国語学 習でもっとも嫌われる学習活動の一つではないだろ うか.対話文や会話文の暗記は場面の問 題を別 としても人為的にや らねは うまくいかないものである.

また彼らは,子供たちと大人は基本的には同じや り方で言葉を学ぶ と仮定 しているけれ ど 発音は別 として,大人たちは教え方が よければ子供たちよりもず っと早 く外国語を学ぶこと ができる筈である.大人たちが子供たちより優れていると考えられるものの一つに文法的な 類推ができるとい うことがある.これは大人 と子供の能力の質的相違 と考えられる.彼 らの 考え方が具体的に教室内に持ちこまれて,具体化され効果をあげるには,まだ時間がかかる

ように思える.

最後に学習者が外国語を学ぶ際におかす誤 りについて触れたい..対照言語学が,母国語 と 外国語を比較分析する作業によって誤 りを予測できるとい う仮説をとって きた こ と もあっ て,母国語か らの干渉が誤 りを生むとい う考えが強 く主張されてきた.たとえば

I Ado ( 1 95 0 ),Po l i t z e r( 1 9 6 5 ).

A r a t he rc o mmo ne r r o ramon gSpa n i s h a ndPot ug ue s es p e a ke r sl e a m i ng Eng l i s h i s t hea dd i t i o no ft oa f t e rmus ti nt hepa t t e r n , " Imu stgot ot hel i br a r y"The ya r ei nc l i ne d t os a y , " Imus tt ogot ot he l i b r a r y. "Thi st e nd e nc y r e s u lt sf r o m t hes t ude nt s 'na t i v e l a ngu a geha bi to fu si ng

望̲ i ns i m il a rpa t t e r n( Spa ni s h

"

Te ng oS uei n" ) .( hd o )

I nt hea r e ao fvo c a bul a r y o rwor dme ani ng,t hema i n pr o bl e m i n f o r e i gn l angua ge l e a r n i ngi sa ga i n

cr

e a t e dbyt hena t i v el a ng ua g e . ( Pb l i t z

er)

誤 りを母国語か らの干渉 とい う一面だけで捉えるのは無理で,誤 りにはまだ他の要因があ ることは,経験か ら考えても予想できる.従来の構造言語学流の考えに対 して,学習者の言 語能力

( c o mpe t e nc e )の問題か ら誤 りについて触れた の は S. P. Co r °e r( 1 9 6 7 )が始めてで

あ った.

彼は,誤 りは外国語を学習 している学習者の,外国語に対する自己の変化 しつつある過渡 期の言語能力を示す ものだとして,記憶の欠如,身体的状態か ら生れ る偶発的なものと,学 習者の言語能力を表わ している誤 りをはっき り区別 している.さらに

Co r de rの考えを受け

Wi l ki ns( 1 96 8 )は学習者が新 しい外国語を身につける際に母国語の干渉はあるけれ ど,

学習 された外国語が干渉の原因になると述べ,このことは対照言語学で予測できないことで あるとしている.

V.

C

oo k 杖 ( 1 9 6 9 )すでに触 れ た N e wma r k ‑ Rdb e l

の論 文 の上に立 って,母国語習得の理論か ら見ると,誤 りは子供のたどらなければな らない過程だと考え ら れ るのk,外国語学習では,誤 りは有害なものとしているが,外国語学習者 も誤 りをする自 由を持 ってもよいとし,移民の子供たちの示す誤 りを嘆かないで,本国人の子供のた どった 道に沿 って,本国人の子供たちの持っている言語能力の方向に移民の子供を進めるべ きだと

している.

以上述べてきたい くつかの研究は具体性に乏 しいが,次に述べる二つの論文は 日本人が英 語を学ぶ際の誤 りの研究にい くつかの示唆を与えて くれると思われる.

Du昌 ko v aは大学院を卒業 した5 0

人の科学専攻 の チェッコ人に,最近の海外旅行 の感想, 与え られた問題に対する考えな どを英語で述べさせ,その結果の分析を詳細に行っている.

(7)

この場合, もちろん正書法についての誤 りや,いわゆる

c a r e ks sm is t a ke

とい うようなもの は除外 し,学習者に よって何度 もくりかえされ る,体系的な誤 りと考えられ るものだけを と

り扱 っている.

その中で母国語か らの干渉 と考え られ るものに,文の構成,語順に関す る誤 りがあ り,冠 詞の誤 りは,この小論の最初にあげた

L左 do

の仮説に よくあてはまるとしている.一方,形 態上の誤 り

,Wewa s ,The r edo e sno te x i s t

な どには母国語か らの影響はない としている.

まとめ として

,pr o duc t i o n

については, (この場合は書 くことについてで あ るが)母国語 と外国語の両方に存在す るが,果す機能が異 る文法的特徴は,多 くの誤 りを生むけれ ど,皮 大の困難点は,母国語には存在 しない文法的特徴が,外 国語にある場合であるとしている.

そ してこの例 としてチ ェッコ人が くりかえ しおかす英語の冠詞の誤 りをあげている.

最後に誤 りを言語能力の面 と,母 国語対外国語 とい う観点ではな く,目標 とす る英語内で の誤 りとい う立場か ら誤 りを考える

Ri c ha r d s( 1 9 7 2)

の考えに触れ る.学習者の母国語に関 係な く, くり返 され る誤 り, た とえば

Di dhec om

ed

,hec omi ng f r o m l s r a e l , Ic ant o s pe akFr e nc h

とい うようなものを,彼は言語内

( i nt r al i ng ua l)

の誤 りで,学習者の言語学 習の発達上の誤 りとし, これはある特定の段階での学習者の言語能力を反映 してお り,言語 習得の一般的特徴を示す と考えてい る.彼は中国人, 日本人, ビルマ人,チ ェッコ人,ポー ラン ド人, フランス人な どがおかす誤 りを資料 として (ただ し一部を除いて彼 自身のオ 1)ジ ナルな資料ではないが),発達的な誤 りを,次の三つに分現 している.

1.

Ge ne r a l iz a t i on

たとえば

hec a ns i n

gs

,wea r eho p e

とい うような誤 り

,2.I gno r a nc e o fr ul er e s t r ic t i on

この例 としては

Thema nwhols a w hi m.Ima dehi m t odo

ど. また誤 った類推か ら生 じる誤 り

,wet a l ke da b o uti t

か ら

wed i s c us s e da bo uti t . a s khi m t odoi t

ma kehi m t odoi t

にな った りす る例をあげている. また この例

として英語の冠詞の誤 りが,合理的な推理に よっておきていることを この例に属 させて いる.

3.I nc ompl e t ea pp l i c a t i on o fml e

s この例 として ほ

,Wha twa ss hes a y i ng?

に対 して,

Shes a y i ngs hewo ul da s kh i m.

と答えた り

,Wha t ' ss hedo i ng?

に対 し

,Heo pe ni ng t hedo o r

と答えるようなものをあげている.

結論 として,外国語学習において,母国語か らの干渉は,明 らかに大きな困難をひ きお こ す要田をな してお り,対照分析は,ニケ国語言語間の干渉す る場所を見つけることに意味が あることを示 しているが,多 くの誤 りは,学習者が言語を習得す る際にとりや り方や,学ぼ うとす る国語内のそれぞれの項 目の相互の干渉か ら生れ るとし,これは対照分析では説明で きない としている.

以上二つの仮説が,今 まで,外国語学習での問題点を

,

「構造の差異」 とか 「干渉」 とい う一面だけか ら見て断定 してきていたのであるが,それ らの問題はもっと多 くの問題を含ん でいることが,いろいろな研究の発展に よってわか ってきている.また中には,以上 の仮説 を否定す る考えもあることを述べたのであるが,教室内での実際の外国語の授業は一つの理 袷,一つの実験の結果だけに折 って行 うものではないことも述べたつ もりである.

(8)

2 0 6

長野工業高等専門学校紀要 ・第

5

参 考 文 献

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Ne wma r kL.a ndRe i b

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Re i s ha ue r ,E.1 9 6 4.Li vi ngEngl i s hi nt hewo r l dt o da y.I nc ur r e ntEngl i s ht e xt b o o k.To kyo :Ke nkys ha.1 2 .

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Wi l ki ns .P. A.1 9 6 8 .I nVa l dma n' st r e ndsi n l a ngua ge t e a c hi ng:b o o kr e vi e w.I RAL. 6 .

101

.

諏訪部

其 1 9 6 9 .

言語干渉 と日 ・英両語の音節構造の比較」長野高専紀要

3 . 2 7 5 ‑ 2 8 2

1 9 7

1.「口 ・英語学習におけるモーラ音素 とその干渉の問題」長野高専紀要

4. 5 3 ‑6 0 .

参照

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