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アメリカ先住民自伝というジャンル

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アメリカ先住民自伝というジャンル

小澤奈美恵

【要旨】

本論文は,19世紀アメリカのピークォット(Pequot族のメソジスト派説教師,

William Apess(1798–1839)の自伝A Son of the Forest(初版1829,改訂版 1831)をアメリカの先住民自伝という文学ジャンルの伝統の中に位置づけ,その 意義を考察するものである.

【キーワード】 William Apess,キリスト教徒の先住民,先住民自伝,二文化併 存(bicultural),民族誌自伝(auto-ethnography),contact zone,trans-cultur- ation

本論文の目的は,19世紀アメリカのピークォット(Pequot)族のメソジスト派 説教師,William Apess(1798–1839)の自伝A Son of the Forest(初版1829, 改訂版1831を先住民の自伝というジャンルとその伝統の中にどのように位置づ けるべきかを考察するために,近年の先住民自伝というジャンルに関する先行研 究を整理し,Apessの自伝はどのように分類され,アメリカ史の中でどのような 意味と重要性を持つのかを明らかにすることである.

自伝“autobiographyとは,1809年にRobert Southeyというイギリスの詩 人が創った言葉で,1830年代までこの言葉は一般的ではなかった1.当時のアメ

1 Krupat1994p. 5, Ruoff 1990p. 251

(2)

リカの代表的な白人の自伝では,Benjamin Franklinの『自伝』Autobiography

(1817–18が自力で出世を遂げた人物(self-made manの記録として,最も普及 した典型的な自伝のスタイルであった2

先住民自伝の研究はArnold Krupatの1985年の定義に始まるが,それ以来,

Apessのようにキリスト教に改宗し英語で自ら書いた自伝を,本物の先住民の声

を反映していないと否定し,純粋な先住民の伝統における自伝のみを研究する派 と,改宗した先住民も先住民の一つの声として研究対象とする派に分かれている.

しかしながら,二つの研究者たちは,厳密に二つの分野に分かれるという訳では なく,その境界は曖昧である.例えば,Apessは,白人社会に同化している部分 と,ピークォット族,或いは先住民としてのアイデンティティを強く持って発言 している部分とが混在しており,純粋な先住民の伝統も受け継いでいる点がある ので,両者の研究は,Apessの自伝を理解する上で,ともに重要な視点を提供す ると考えられる.

ここでは,まず1Krupatの定義から始め,次に2で純粋な先住民の伝統を 探求した研究者たちの典型として,Hertha Dawn WongとStephanie A. Sellers を取り上げる.この分野は,H. David Brumbleが最も古いが,より新しい研究 を二つ取り上げた.最後に3で,キリスト教に改宗した先住民作家の自伝研究と し てBernd C. PeyerCheryl WalkerHillary E. WyssDavid Carlson Eileen Razzari Elrodの5人を年代順に取り上げる.

1. Arnold Krupat 草分け的な先住民自伝の定義

1‒1. Arnold Krupat  (1985) 

KrupatはFor Those Who Come After 1985)において最初の先住民自伝の 定義づけを行ったが,Krupatは先住民自伝が発生する前に,東部の白人作家が 書いた先住民伝があったと述べる3.彼らが,ピューリタンによる先住民の征服の 歴史を悔恨して書いたものが,「インディアンの伝記」“Indian biography”で,

2 Peyer1997p. 150

3 Krupat1985p. 39

(3)

ピューリタンの記録などの古い資料を利用して過去の先住民の伝記を描いた.そ の代表がB. B. ThatcherSamuel G. Drakeで両者とも,Indian Biography というタイトルの本を著し,当時の人々に白人植民者が先住民に対して行ってき た数々の非道を気付かせ,同じ過ちを繰り返さないように警告した.

しかしながら,Krupatが価値を見出したのは,西部で発生した新しい形式の 先住民自伝“Indian autobiographyであった.それは,文明化されて,キリス ト教に改宗した先住民の自伝とは明確に異なると述べる4.この先住民自伝は,語 る先住民本人(口承物語の語り手),白人の編集者・筆記者と,混血の通訳・翻訳 者によって作成される「本物の二文化併存的な混成的構成物」“original bicultural composite compositionと定義されている5

その代表的作品としてLife of Black Hawk 1833)が挙げられている.1889 年版では,The Autobiography of Ma-Ka-Tai-Me-She-Kia-Kiakと,タイトル にも「自伝」という言葉が入れられた.Black Hawkはサックス&フォックス

(Sacs and Foxes族の首長で,1832年にイギリス側と組んでアメリカ政府に抵 抗したが,敗れて拘留された.アメリカ政府に雇われたサックス&フォックス族 の通訳であるAntoine LeClairの証言によれば,彼にBlack Hawk自身が自分の 人生を語り,出版したいという希望を述べたと言う.LeClairは英語が母国語で はなかったので,イリノイ州の新聞Galenian紙の編集者であったJ. B Patterson が書き手となり編集を加えた.Krupatは,Black Hawkの言葉は,西欧式の自 伝の形式で語られ,通訳者によって翻訳され,編集者によって編集を加えられて いる点で,先住民の伝統に即したものではないと指摘している.しかも,勝利し た側に服従することによってのみ,自伝を出版し,語ることが可能になったとい う点で,アメリカの支配下に置かれた文書であることを認めながらも,一方で,

白人による先住民伝と異なり,Black Hawk自身が語り,アメリカ政府による先 住民に対する不正を訴えることができたという点で,この複数の人々が関わった 共同制作による自伝を高く評価している.

4 Krupat1985p. 31

5 Krupat1985p. 31

(4)

1‒2.  Arnold Krupat   

(1994)

1985年に最初に先住民自伝を定義したKrupatは,その後,その意見を変容さ せている.1989年のThe Voice in the Margin: Native American Literature

and the Canonでは,Apessのようなキリスト教徒の先住民作家は,先住民の伝

統を失っているため,その本物の声を失ったとして批評の対象から外していたが,

1992年のEthno-criticism: Ethnography, History, Literatureでは,Apessを 評価した6.そして1994年に出版した先住民自伝の上記の選集では,キリスト教 に改宗した先住民作家たちも含めている.

この選集の序文で,Krupatは,先住民社会には伝記というジャンルはもとも と存在しなかったと述べている.「自伝」“autobiography”の「自」“auto”とい う部分は,西欧のself中心的,個人主義的な記録を指すのであって,共同体を中 心とする先住民社会には存在しない概念であると断っているのである7.また,ア ルファベットの文字で記録することを意味する「文字で綴る」“graphは,口承 や絵文字,象形文字を中心とした先住民文化とは異なるとも述べている.しかし,

西欧社会と接する中で,先住民自伝には二つのジャンルが発生した.すなわち,

「インディアンによる自伝」“autobiographies by Indians”と「インディアン自 伝」“Indian autobiographiesである.前者は,西欧化・文明化し,キリスト教 に改宗した先住民自身が英語で記録した自伝で,これが新たに先住民自伝に組み 入れられた作家たちである.後者は,最初の定義に当たるもので,本人は書き表 さないで部族の言葉で語るだけであるが,白人の編集者・筆記者と,混血の通訳・

翻訳者によって作製される「本物の二文化併存的な混成的構成物」“original bicul- tural composite composition”である.前者は宗教的な産物であり,文化的記録 或いは文学であるが,後者は,歴史学・社会科学の学問的な産物である.しかし ながら,両者に共通するのは,二つの異なる文化が出会い,相互に影響しあう,

テクストのフロンティアと見做される点である8

6 Elrod2008p. 161

7 Krupat1994p. 3

8 Krupat1994p. 4

(5)

Krupatは初めて先住民文学を定義し,その価値を認めた草分けとして重要な 批評家であるが,一方で先住民とその文化を標本のように学問的対象としてしま う点に問題もあり,支配者の側の視点に偏る可能性もある.そのため,Krupat の定義は,2で取り上げる,純粋に伝統的な先住民自伝の研究者たちから批判を 受けることになる.しかし,3のキリスト教徒の先住民作家を研究対象とする研 究者たちからは,受容され,その基盤の上に多様な研究が引き継がれている.

2. 純粋な伝統を引き継ぐ先住民自伝

2‒1.  Hertha  Dawn  Wong 

(1992)

先住民自伝研究において,Krupatを中心とする批評家たちはヨーロッパ人と 接触する以前に先住民の文化伝統の中に自伝らしいものはなかったと,その存在 を否定する.一方で,H. David Brumbleを中心とする批評家たちはヨーロッパ と接触する以前の文化にも自伝的な概念は存在すると主張した.Wongの研究は 後者の研究を引き継ぐもので,ヨーロッパとの接触以前と以後とでの変化を分析 している9

Wongは,先住民と言っても300もの異なる部族が文化的にも地理的にも異な る条件の下で生き,そのそれぞれが異なる言語をもつ人々を先住民として一括り に論じることは不可能としながらも,“autobiography”の“auto”,selfに関する 共通概念として一般化できるところもあるとする10.第一に,selfは,一次的には 家族,氏族,部族構成員全体を意味し,二次的には共同体に属する個という意味 を持つ.第二に,selfは宇宙との関係性に置かれており,世界のものは,すべて 相互依存的に存在し,世界におけるあらゆる存在は,征服する対象ではなく,調 和しあうものである.そしてselfは,それぞれ郷土の風景と深く関連付けられて

9 Wong1992pp. 3–4

10 Wong1992p. 13

(6)

いる.第三として,selfは静的なものではなく,絶えず変化していくものである11

“autobiographybioすなわち人生とは,西欧では,老人が過去を振り 返って語るものが多いが,先住民の場合は,現在進行形で生きている瞬間を語る 日記に近いと言う.例えば,スー(Sioux)族が戦いの物語を語る場合,一個人の 英雄的行為であると同時に,部族全体の誇りとする行為でもある.物語は,共同 作業でもあり,物語の聞き手も踊ったり,歌ったりして物語に加わり,物語を受 け入れ,個人と部族の共通のアイデンティティを高揚させていく12

“autobiography”の“graph”という書く行為に関しては,先住民は文字を持た ないが,歌,詠唱,絵文字,象徴などにまで敷衍させれば,書き言葉に近いもの を持つと考える.Wongは,ヨーロッパ系の植民者は,先住民がアルファベット のような文字を持たないゆえに,土地に対する所有権も持たないと解釈し,土地 を奪ったと批判する.ヨーロッパ系の人々は,先住民の歌や盾などの武器・装身 具,衣類,住居に描かれた絵文字や象形文字などの価値を認めず,それを理解し ようともしなかった13

Wongは,自伝の範囲を,物語や歌など西欧文化で伝記の範囲と見做されるも のに限定せず,先住民独自の媒体文化に拡大している.例えば,平原先住民の毛 皮のコートに描かれたクー・テール(coup tale)という物語は,その持ち主の勇 敢さを語っている.クーとは,敵を殺さずに,その体にクー・スティック(coup

stick)と呼ばれる棒で触れることを指す.皮に描かれたクー・テールや数々の戦

勝手柄は,その人物の伝記とも言える.クー・テールは,描かれるだけではなく,

ブラックフィート(Blackfeet)族の例が挙げられているように,テントの中で皆 の前で語られ,聞き手もそれに応えてドラムを鳴らすなどして応える.一人の人 物の物語でも,「私」の物語ではなく,「私たち」の物語として語られる14

その他にも,Wongは,マンダン(Mandan)族の首長Mah-to-tho-pa(Four Bear)が,そのローブの背に,参加したすべての戦闘の記録を描いているのを紹

11 Wong1992p. 14

12 Wong1992p. 17

13 Wong1992p. 25

14 Wong1992p. 26–27

(7)

介している.そのローブには,自分を表す紋章のようなシンボルも付けられてい る.また,キオワ(Kiowa族やキオワ-アパッチKiowa-Apache族は,ティ ピーと呼ばれるテントに個人のヴィジョン,戦闘行為,遺産,結婚などの伝記に 相当するものを描くと言う.そこには個人の精神的な経験や願望も含まれている15

さらにWongは,平原先住民の名前は,その人の偉業,未来への希望,地理的 な関係性,家族,氏族,精神世界などを表すことがあり,そのため人生の様々な 節目に変わることがあり,また本人を表す署名のような絵文字もあったと記して いる.名前そのものがその持ち主の伝記でもある16

Wongは,先住民自伝の範囲を西欧的な自伝という概念を大きく超えて,先住 民の視点から定義し直すという貢献をしたと言えるだろう.

2‒2.  Stephanie A. Sellers    (2007) 

Sellersは自伝には三つのタイプあるとする.一つ目は,ヨーロッパ人が持ち込

んだ文学ジャンル,二つ目は,Krupatが1980年代に“Native American auto- biography”と呼んだ「本物の二文化併存的な混成的構成物」“original bicultural composite composition”のジャンルで,三つ目は,共同体の物語“communal narrativeである.Sellersの見解では,一番目のヨーロッパから持ち込まれた自 伝とは,selfに関する物語で,「私」が主人公となり,その世界観にはピラミッド 的なヒエラルキーがあり,神が最も高位に座し,次が人間で,その下に動植物・

鉱物などが位置づけられ,男性中心の文学形態である.こうした世界観の下で,

伝記は個人の偉業を時系列的に記録するものである.

Sellersは,二つ目のKrupatが切り開いた先住民自伝というジャンルを厳しく

批判する.先に述べたようにKrupatは,先住民自伝は「本物の二文化併存的な 混成的構成物」“original bicultural composite composition”と定義し,語り手,

翻訳者,資料提供者,書き手,編集者などの複数の人々による共同作品であると する.Sellersは,Krupatを先住民自伝というジャンルの先駆者であることを評

15 Wong1992p. 31

16 Wong1992p. 38–56

(8)

価しながらも,まず,「二文化併存的」“bicultural”に批判を加える.西欧社会と 先住民社会との間に共通の時間は流れていないし,同じ文化的表現の機会も先住 民には与えられていないと主張する.先住民の文学が西欧的な思想的枠の中に強 制的にはめ込まれ,先住民文化が抹消されている点をKrupatが見逃していると 指摘する.翻訳は,先住民の文化に関する深い知識がなくては不可能であり,物 語は共同体のために存在していることを無視して,西欧的な偉人伝のように記録 すること自体に無理があるとする.口承の物語をテープで録音して残すこと自体,

過去と現在を分断し,「消えゆくインディアン」というステレオタイプを助長する ことになる17

Sellersによれば,三つ目の「共同体の物語」が最も先住民の観点を反映した伝

記である.selfは,先住民にとって世界の一部に過ぎず,物語(story)は人々が 共有するものである.物語とは,個人に属すものではなく,大地や宇宙のもので ある偉大なる物語の輪からもたらされる.物語は,他者の前で語られなければな らず,そこで,人々だけでなく,大地,動植物,水,雷などの自然現象など,あ らゆる魂が呼び集められ,世界との了解が得られるという.共同体とは,人間だ けのものではなく,あらゆる存在を包含するものなのである.そのため,西欧社 会における「私」や「私たち」の概念とは異なる.西欧の「私たち」は人だけを 表すので,人とその他の存在の間に分裂を生じてしまう18

また,ジェンダーの点で,先住民社会では,男性は女性と相補関係にあり,上 下関係はない.Sellersは,イロクォイ族の例を引き,女性は氏族母親評議会

(council of Clan Mothers)で,男性は首長評議会(councils of male sachems) で代表がそれぞれ発言を行い,男女が混合することはないと述べる.そのため,

ヨーロッパ系の民族学者が先住民女性の体験について調査するときにも,男性を 部族の代表と見做してインタビューを行うため,女性についての理解が偏り,限 定的なものとなる.男性の世界と女性の世界がそれぞれ独立しており,相互に補 い合うものであることを西欧社会は理解することができない19

17 Sellers2007pp. 15–28

18 Sellers2007pp. 2–8

19 Sellers2007pp. 6–7

(9)

時間の観念も西欧社会と先住民社会では大きく異なっている.西欧では時間と 歴史は直線的で,固定されている.一方,先住民社会では,物語は生きており,

永遠に生起し,過去・現在・未来は存在しない.過去と現在とは関係があり,分 けることはできないと語る20

Sellersは,Krupatの先住民自伝の定義に激しい批判を加え,Wongと同様,

先住民の自伝は,共同体のためにあり,部族で共有されるものであると主張し,

いくつかの模範例を示している.その中にはキリスト教の先住民作家は含まれて

いない.Krupatが最初はキリスト教徒の先住民作家を批評の対象から外したよ

うに,Sellersにとっても彼らは,純粋な本物の先住民性を持たないので,批評す

る価値を持たない.Sellersの示す新たな先住民的視点も重要であるが,一方で,

歴史の中に存在し発言してきたキリスト教徒の先住民,白人社会と先住民社会の 境界線上で生きて発言した人々の声を封殺することになり,貴重な研究分野を切 り捨てることになることが危惧される.

3. キリスト教に改宗した先住民の自伝

先住民自伝について最初に定義を行ったKrupatは,1–2で述べたように,最 初はキリスト教徒の先住民の自伝を評価しなかったが,1994年の先住民自伝の選Native American Autobiography: An Anthologyには,そのパート2で,18 世紀から先住民強制移住の年1830年までのキリスト教徒インディアンを扱い,彼 らの手紙,回顧録,自伝を入れている.この中には,モヒガン(Mohegan)族の David FowlerSamson OccomチェロキーCherokee族のCatharine Brown そしてピークォット族のWilliam Apessが入っている.

キリスト教徒の先住民に関しては,Peyerが記すその歴史から簡単に要約する と,アメリカ東海岸では,17世紀に大規模な対先住民戦争が終結し,植民者が覇 権を確立した後,先住民へのキリスト教の改宗や文明化政策が始められた21. ヴァージニアでは,1693年に先住民教育を担うウィリアム・アンド・メアリー大

20 Sellers2007p. 8–9

21 Peyer1997pp. 21–53

(10)

学が創設されながらも,成果を挙げずに終わった.ほとんどの先住民は,食生活 や生活習慣の違いが原因の病で亡くなったり,一度,大学を離れて家族の許に戻 ると元の先住民風の生活に戻ってしまったりして,西欧化は根付かなかったから である.ニューイングランドでは,ロンドンに本拠地を置き,新大陸での先住民 布教を援助するニュー・イングランド・カンパニーという財団が1649年にでき,

その援助で布教が始まった.この頃からJohn EliotThomas Mayhew, Jr. キリスト教徒の先住民の村を作り,同化政策を始めた.3,4千人のキリスト教改 宗者や20名程度の先住民説教者もいた.数名の有名な雄弁家,通訳,翻訳家と して知られる先住民や,Eliotの聖書の先住民語への翻訳に貢献した先住民もい

た.Eliotは何人かの先住民をハーヴァード大学で学ばせた.ハーヴァードで学

んだ先住民のほとんどは,手紙などを残している者もいるが,若くして亡くなっ ている.その一人John Sassomonも,二つの文化の狭間で殺害され,フィリッ

プ王戦争(1675–76)の引き金となった.このピューリタン植民地による対先住民

戦争は,King Philip, MetacomというワンパノアグWampanoag族の首長の 名から取られた.戦争によってキリスト教先住民の村の建設も中止され,18世紀 末ぐらいまでに村は滅びていった.

18世紀で最も著名なのは,Samson Occomというモヒガン族の牧師である.

彼はコネティカット州のレバノンにEleazar Whealockが築いた先住民の学校で,

キリスト教と英語を学んだ.1765年にイギリスに渡り,Whealockの学校経営の ためにイギリスとスコットランドで説教を行い,報酬を得た.帰国後,その資金 で学校はコネティカットからニューハンプシャーに移り,ダートマス・カレッジ として知られることになったが,20世紀前半までに,そこで教育を受けた先住民 は百人にも満たず,結果的には先住民教育で大きな成果を上げることもなく,主 に白人の教育に貢献した.1768年,Occomは短い伝記を著したが,1928年まで ダートマス・カレッジの古文書館に埋もれ,出版されなかった.Occomは1770 年代には,ニューヨーク州に向かい,オネイダ(Oneida族と共に先住民による 独立したキリスト教徒の村ブラザータウン開拓地を設立している22

22 Krupat1994pp. 105–113, Peyer1997pp. 79–81

(11)

Occomのほかには,1791年にマヒカン(Mahican)族の牧師,Hendrik Aup- aumutが自らの日誌Journal of a Mission to the Western Tribes of Indians に伝記のようなものを書き残しているが,これも出版はされなかった.この後,

1829年に先住民として初めて出版されたのがApessの伝記である.

こうした,二文化の間で生き延びたキリスト教徒の先住民に関する研究は,近 年盛んに行われており,その傾向を以下の5人の研究から探っていく.これらの 研究者のほとんどが,Mary Louise PrattのImperial Eyes: Travel Writing and Transculturation1992)の影響を受けている.Prattは“contact zone”という 用語を用いるが,これは二つの地理的,歴史的に異なる文化が遭遇し,交渉しあ う場所で,そこでは常に不平等や紛争が発生する23.これは,Krupatの述べる

「テクストのフロンティア」“the textual equivalent of the ʻfrontierʼ”に相当す ると考えられる24.この“contact zone”では,“trans-culturation”が起こる25. この用語は,従属した周縁グループが,支配文化から伝達されたものをいかに選 び取り,そこから独自のものを開発するかを表す言葉である.従属者は,支配層 の文化を自分たち流に吸収して利用する.支配者のイデオロギーを消化し,それ を利用して巧妙な方法で支配者に抵抗を行うのである.さらに,Prattは「民族 誌自伝」“auto-ethnography”という言葉も創った26.それは,植民地支配を受け た人々が,支配者の言葉を用いて,自らを表象しようとする文書を指す.民族学 者“ethnographer”の文書は,ヨーロッパ人が他者(従属者)を表象する手段だ が,「民族誌自伝」“auto-ethnography”は,支配者の作った表象に反応して従属 者が創った文書で,それは支配者を読者層として想定している.以下に挙げる先 住民作家の研究者たちは,この「民族誌自伝」“auto-ethnographyを「自伝」

“autobiography”より先住民の自伝を表すのに適切な用語としている.

23 Pratt1992pp. 6–7

24 Krupat1994p. 4

25 Pratt1992p. 6

26 Pratt1992p. 7

(12)

3‒1.  Bernd C. Peyer  ʼ

(1997)

Peyerは,先住民自伝という言葉を定義しているわけではないが,その研究価

値を認めている.Prattについては,注の中で触れているに過ぎないが,支配者 と従属者の関係性で捉えているという点で,その思想の影響下にあると言えるだ ろう.

Peyerによれば,キリスト教に改宗した先住民作家たちは,現在の第三世界の

人々と同様にネオコロニアリズムの中で,死ぬか,或いは完全に同化して生き残 るかの二者択一に置かれていたので,彼らの書いた文書に,徐々に脱植民地化を 行っていく精神の発展過程が見られることを理解しなければならない27

先住民作家は,言語学的帝国主義の中に身を置くしかなかった.教育によって,

洗脳が行われ,自らの部族文化への劣等意識を刷り込まれ,口承文化から文字文 化に切り替えを強制された.ウェブスターなどの辞書の「文明」の定義には,文 字を持つことも条件として入っている.先住民は取り決めを皆と対面して口語で 行い,集合的な記憶として言い伝える.一方,西欧的な土地の売買取引は,すべ て契約書という文字で行われ,この言語的帝国主義によって,先住民は従属者と なり土地を失った.文字は,プロテスタントの布教にも用いられ,植民地社会は,

聖書が先住民の伝承や信仰より優れていると先住民を教育した.しかしながら,

先住民作家たちは,そのキリスト教の教えを利用して,逆に民族解放の理論に転 用させて植民地主義に対抗していく.

また,英語の言説は,「インディアン」という野蛮で好戦的な人種的ステレオタ イプを創り上げていったが,英語で表現する力を持つ先住民は,そのステレオタ イプに対抗し,修正する力を持ちえたと述べる.さらに「インディアン」という 誤った呼称を与えられたことによって,逆に異なる諸部族を超えて汎アメリカン・

インディアン主義を形成し,合衆国内でも自治権を持ち,同時に第四世界の先住 民全体との連帯感を生むに至ったのだと記している.

Peyerは,文化が接触し,影響を与え合う「二文化併存」“bicultural”の状況

27 Peyer1997pp. 1–20

(13)

を,Krupatからさらにいっそう先に推し進め,明らかにしている.

3‒2.  Cheryl Walke 

(1997)

Walkerは,先住民は,発言したくてもその声を封じられてきたが,英語とい

う書き言葉を利用した時のみ,声を与えられたと述べる.先住民は,部族民であ ることを忘れなければ,19世紀のアメリカの「国家」や「国民」の中に参加する ことを許されなかったが,声を与えられた先住民は,その「国民」という定義を 塗り替え,そこに参加しようとしていったと述べる.先住民の言説には,未来志 向でユートピア的で,平等性を求める「転移的言説」(trans-positional discourse と支配者に従属的で支配の言説を反映する「従属的言説」(subjugated discourse) の二つが混在していると分析する.WalkerはKrupatが先住民の自伝を二文化

併存(bicultural)の作品と定義することを支持している.翻訳者や編集者が加

わってできた先住民自伝の中で,どれが先住民の意図した本当の意味かを探るこ とは不可能であり無益でもあるからだ.むしろ,それぞれの声を分析することに 意味を見出している.そしてWalkerは19世紀の国民のアイデンティティ形成に 先住民作家がいかに参加したかを,その自伝の中に探求している28

3‒3.  Hillary E. Wyss 

(2000)

Wyssもまた,Walkerと同じ立場をとり,先住民の自伝が翻訳によって歪んで

いると見做すBrumbleWongとは異なり「二文化併存」“biculturalと見做

すKrupatに連なる研究を行うと宣言している.先住民の書いたものが本物であ

るかより,文化的影響を調査することに意義を見出している.Wyssも「民族誌 自伝」“auto-ethnography”が,より適切な名称であるとする.そしてWyssは 改宗した先住民の文書を理解するには,植民地の歴史や布教者の意図など様々な コンテクストを読み解いていかなければならないとする29

28 Walker1997pp. 1–24

29 Wyss2000p. 4–6

(14)

例えば,Eleazar Wheelockは,先住民宣教師のSamson Occomに対して,資 金援助を受けているイギリスのスポンサー宛に手紙を綺麗に書くように命じたが,

それは,スポンサーから布教の資金を得られるように先住民の文明化がうまく進 捗していることを誇示するためであった.この手紙から,本当の先住民の考えを 捉えることが不可能であるにせよ,先住民の置かれた状況を読み取ることができ る.他にもその手紙や文書から,キリスト教徒の先住民は白人には従属的な立場 にあると同時に,同部族からも裏切り者扱いを受けていたという状況を知ること ができるのだと言う30

Wyssは,キリスト教の布教小冊子(Missionary Tract:先住民への布教記録,

手紙,契約書,エピソードなど)や捕囚物語(Captivity Narrative:先住民に捕ら えられ,人質となった末,生還した白人の記録文書)も利用して先住民の状況に 迫ろうとする.両文書は鏡のように照らしあう関係にあり,新大陸に起きている 同じ事柄の一部,つまり,白人文化と先住民文化のどちらがより優れているかを 争う葛藤を描き出しているとする.布教小冊子は,先住民が部族から切り離され て白人社会の人質となり,キリスト教徒として同化される過程を,捕囚物語は,

白人が家族から切り離されて先住民社会で囚われ,人種的文化的アイデンティティ が崩壊の危機に晒されることを物語る.さらに,Wyssは,回心体験物語(Conver- sion Narrativeにも言及している31.これは,先住民が以前のアイデンティティ を否定し,キリスト教や白人文化に降伏することを告白する物語である.このよ うに,必ずしも先住民自ら書いたものだけではなく,白人が先住民について書い たものも含むが,現存するあらゆる文書を利用して,キリスト教徒の先住民の実 像に迫ろうとしている.

3‒4.  David Carlson 

(2006)

Carlsonは,伝記というジャンルの研究者であるPhilippe LejeuneElizabeth

Brussの研究成果に基づいて,自伝というジャンルをその作者とその時代の読者

30 Wyss2000pp. 10–11

31 Wyss2000p. 11–14

(15)

の間で形成されるselfに関する規範の認識であると定義し,その自伝が著された 特殊な歴史・文化的環境の中でselfが動的に形成されていくと述べている.した がって,selfはそれが描かれた歴史の枠を超えて理解することはできない.その

ためCarlsonが扱う先住民自伝もその時代の言語的,文化的コンテクストで起き

ているselfの形成として論評されている.伝記はその時代の規範や制度によって 影響を受けることから,Carlsonは法とselfの関係を追究している.

特に先住民のselfは,合衆国内の植民地主義下で形づくられている.伝記作家 たちは,自らのアイデンティティを築くために覇権的法体制の陰でselfの定義を 行わなければならなかった.独立革命以降,selfは,資本主義の萌芽の中で形成 された法的言説のコンテクスト内にあり,先住民自伝は,法的言説と自伝を書く 行為の間の深い関係性を問いかけていると言う.

先住民自伝を扱うとき,本当に先住民が書いたものか,先住民の伝統を表して いるかが問題になるが,Carlsonも,キリスト教徒の先住民作家を本物の純粋な 先住民でないと否定して研究対象としないことは,重要な問題を見逃すことにな ると言う.CarlsonもKrupat同様,文化的接触のダイナミクスに焦点を置いて インディアン性を巡る植民地主義の法的言説の歴史を研究しようとしているので,

Prattの思想を援用し,「民族誌自伝」“auto-ethnography”という言葉を用いて いる32

3‒5.  Eileen Razzari Elrod 

(2008)

Elrod18世紀から19世紀にかけての伝記作家たちの中でも,特にキリスト

教を用いて,アメリカ文化の主流であるニューイングランドを中心とするイギリ ス系アメリカ人文化に加わろうとした先住民,黒人,女性を取り上げている.こ れらの伝記作家たちに共通するものは,キリスト教的なレトリックを用いて,支 配階層に立ち向かったことである.社会の周縁的立場にいるこれらの人々が,支 配層に立ち向かう力を得られたのは,伝統的で権威主義的なピューリタニズムを

32 Carlson2006pp. 1–37

(16)

批判し,信仰を復活させる「大覚醒運動」“Great Awakening”と呼ばれる信仰復 興運動があったためであるとElrodは指摘している.特権階級の権威は,この運 動の挑戦を受けて変化し,この信仰復興運動者たちは,人種,階級,ジェンダー の境界を超えて信者を集めた.祈りは,教会内の儀式から,野外集会などでの自 由な信仰の表現に変わり,人種,階級,ジェンダーの階層構造が以前ほど堅牢で はなくなっていった33

これらの周縁的な作家は,皆,主流の白人読者に向かって語っており,彼らの 既成概念に疑問を投げかけている.彼らは,皆,社会のアウトサイダーでありな がら,改宗することで支配者の言葉を用い,自己の状態に疑問を持ち,被支配者 の解放運動に身を投じていく.支配者の言葉を利用することで逆に自分の立場を 訴えていくと言う点で,Elrodも他の批評家と同様にPrattの「民族誌自伝」

“auto-ethnography”という言葉をこれらの作家に当てはめ,他にもポストコロ ニアル批評家の理論を援用している34.Elrodは,これらの伝記はパラドクス的 な状況に置かれているとする.作者が皆,西欧の植民地主義によって社会の周縁 に追いやられているのに対し,その周縁化の状況が不正義であることを西欧的,

特にキリスト教的観点から批判していることである.彼らは人種,文化,ジェン ダーのせいでアウトサイダーであり,主流社会の権威である聖なる宗教のおかげ でインサイダーとなる.したがって,伝記の中には複数の声が発見される35

これまで宗教上の精神の成長を描いた自伝研究においては,女性と有色人種に 焦点があてられたことはなく,このアメリカ史の初期の周縁化された人々の自伝 における政治的なプロテストの発生の研究を見逃してきたと指摘する.さらに Rodger Paynesの研究を引用して,回心体験物語(Conversion Narrativeは,

アメリカの初期の福音派キリスト教徒のself,経験,共同体を形成するのに役立っ たと語る.さらに,これらの伝記作家たちは,主流社会に同化していくだけでは なく,その主流社会に対して異議申し立てをする.Elrodは,伝記作家たちが聖 書の物語,比喩,賛美歌などを用いて自らの敬伲さを表現しながら,同時に不正

33 Elrod2008pp. 3–5

34 Elrod2008p. 9

35 Elrod2008p. 10

(17)

への怒り,困惑,異議も表明していくと述べる.伝記の中の敬伲さは,読者や聴 衆の歓心を買い,欺く表向きのポーズに過ぎないと語る.聖書の異議申し立ての レトリックを用いるのは,伝記作家を沈黙させようとする伝統的な言説や信仰へ の反抗を正当化することでもあったと言う.その一方で,宗教は彼らのアイデン ティティの形成の重要な要素でもあり,彼らの魂の解放の物語は,政治的解放を も意味していると語る36

Elrodによって,先住民自伝に果たす宗教運動や宗教的レトリックの重要性が

付け加えられ,黒人奴隷や虐待にあった女性のような社会の底辺の人々との共通 性が指摘された.

4. William Apess の自伝文学の位置づけ

William Apessというピークォット族の作家は,メソジスト派説教師であり,

自伝は当時の回心体験物語(Conversion Narrativeの形式を取っているため,上 記で紹介した批評家たちによってキリスト教に改宗した先住民作家として分類さ れ,論じられてきた.そのため,先住民でありながら,深く支配層の白人文化の 中で生きているという点で,彼の伝記はまさに二文化併存的(bi-cultural)である と言えるだろう.そしてほとんどすべての批評家たちが,Prattを引用している ように,その作品は二つの文化が出会い,衝突しあう“contact zone”の中で生 まれ,支配者の言葉で従属者が自らを表現するため,“auto-ethnography”とい う言葉が,“autobiography”という言葉より適切に表していることも確かである.

しかしながら,先住民の純粋に伝統的な自伝を定義した批評家たち,Brumble Wong,Sellersらが真の先住民文化について述べることが,Apessに当てはまる 点もある.例えば,Apessは先住民の伝統的なselfも持っていると言えるのでは ないだろうか.Apessのselfは,彼個人を表すだけでなく,ピークォット族のself を代表すると同時に,アメリカ合衆国内全体の先住民の運命も代表している.な ぜなら,King Philip, Metacomを自らのピークォット族の祖先と主張しており

36 Elrod2008pp. 12–15

(18)

(実際はMetacomはワンパノアグ族であり,ピークォット族ではない),Metacom がフィリップ王戦争でピューリタン社会に反旗を翻して最後まで戦ったことに強 い誇りを抱いており,常に先住民の側から白人社会を批判しているためである.

また,Apessは説教師として,ニューイングランド中を回り,先住民だけでな

く白人,黒人,移民などの様々な人種に対しても説教を行い,宗教書と共に,自 ら著した自伝の行商も行っていた37.メソジストの野外集会は,先住民的な共同 体づくりにも似て,説教師の述べることに対して,聴衆は共感し,叫んだり泣い たりして反応し,一体化していた38 Apess自身もその自伝の中で述べるように

noisy Methodists”であった39.Apessのselfは聴衆のselfとも呼応しあい,「私」

は同時に「私たち」ともなり,一つの共同体意識が生まれていた.もはや,先住 民だけのselfだけでなく,合衆国内のあらゆる人々のselfと一体化しようとして いた.Wongの言う「家族,氏族,部族構成員全体,ひいては共同体に属する個」

であるselfの物語,Sellersの言う「共同体の物語」“Communal Narrative”と

同様に,Apessselfは,ピークォット族やその他のアメリカ合衆国の人々,共

同体なども包含しているので,その意味で,純粋な先住民の伝統を引いていると も言えるだろう.

ただし,Apessの属する共同体は,先住民だけでなく,あらゆる人種の人々,

特に貧困の下層階級の人々を多く含んでいた.Apessは,こうした社会の底辺に いる人々を,アメリカ国民というアイデンティティの形成の中に引き入れようと していた.Walkerが述べているように,合衆国の国民のアイデンティティ創り に参加していたのである.“Indian Savage”と独立宣言の中に定義された先住民 に市民権が与えられていない不満を述べてもいる40.つまり,Apessは,先住民 だけでなく,あらゆる人種と階層を含む新たな理想の共同体に向けて,selfを語 り,共同体との一体感を求めたのだ.独立宣言の中で「すべての人は平等に創造 されている」という言葉の「すべての人」の共同体への所属を求めた.その意味

37 Gura2015p. 39

38 Gura2015p. 46

39 Apess1992p. 18

40 Apess1992p. 31

(19)

で,Apessは伝統的な先住民の伝記のあり方を継承している.

また,Apessの自伝は,A. LaVonne Ruoff が述べるように様々なナラティヴ の形式を包含している41.Ruoff は,キリスト教の回心体験物語(Conversion Nar- rative)の伝統,奴隷の物語(Slave Narrative),そして先住民の伝統的な口承物 語などがブレンドされていると述べる.一方で,Apessの自伝は,白人社会に囚 われの身となったと言う点では,白人が先住民の捕虜となる捕囚物語(Captivity

Narrative)の陰画でもある.当時の様々なナラティヴの形式を混合させていると

言えるだろう.そして,その中でも特に,奴隷の物語(Slave Narrative)は,奴 隷制廃止や選挙権運動などの社会変革を引き起こしていく.Elrodは,Apessが 1789年にイギリスで出版された黒人奴隷Olaudah Equianoの自伝を読んでいた 可能性について触れている42.Equianoは,イギリスの奴隷貿易廃止運動を支援 していた.その意味で,Apessの自伝は,アメリカで周縁のアウトサイダーを社 会の中に市民として組み入れていく運動を誘発するナラティヴの先駆的作品と言 えるのである.

本研究はJSPS科研費26370339の助成を受けたものです。

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& Metcalf

Carlson, David J. 2006 Sovereign Selves: American Indian Autobiography and

41 Ruoff 1990pp. 252–255

42 Elrod2008p. 153

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参照

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