甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋
藤 村 潤 一 郎
序
(1)
享 保 一 五 年 一 一 月 に 甲 府 の 町 中 平 之 者 共 が 願 出 た 口
上書に は 、 当 時 の 甲 府 両 替 屋 の 役 割 に 甲 金 小 判 の 引 替 が あ る 事
を 述 べ て ' 他 国 か ら の 小 判 は 在 方 に ‑ る の だ が 、 そ れ は 全 部 甲 府 に 差 出 し て 甲 金 に 両 替 さ れ ' 御 年 貢 金 に も 在 方 か ら
甲 府 両 替 屋 で 小 判 を 買 取 っ て 上 納 す る 。 他 国 へ の 請 払 に 登 せ る 小 判 も 甲 府 で 両 替 し て い る と L t こ の 貨 幣 の 動 き に 伴
う 物 資 の 動 向 に つ い て '
1 甲 州 無 御 座 ' 塩 、 茶 ' 肴 ' 駿 州 舟 附 送 り 、 府 内 ll 問 屋 有 来 り 仲 買 方 へ 売 渡 シ 在 之 ' 山 方 迄 商 売 仕 ' 渡 世 送 り 釆
伸 候 事
1 甲 州 無 御 座 ' 呉 服 ' 稚 子 之 額 、 薬 種 ' 細 物 ' 焼 物 荊 ' 百 姓 良 具 、 鉄 井 釘 等 ' 京 大 坂 江 戸
舟年 来 買 下 シ ' 借 請 代
金 弐 季 払 一l 致 し 商 売 仕 ' 渡 世 送 り 来 り 申 侯 御 節
一 信 州
・Q年 来 御 城 下 町 へ 附 釆 商 売 仕 候 、 米 穀 ' 酒 ' 其 外 商 物 等 ' 府 内 二 問 屋 立 置 ' 仲 買 井 酒 屋 方 へ 売 泣 シ ' 小 判
両 替 致 シ 代 金 詣 払 仕 ' 渡 世 送 来 り 申 候 御 事
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 )
史 料 館 研 究 紀 要
第三号一 (略 )
1 甲 州
舟他 国 へ 年 来 差 出 申 侯 商 頃 物 ' 紙 ' た は 粉 、 糸 、 網 、 真 綿 ' ま い 、 青 物 類 ' 代 金 小 判 請 取 参 ' 御 城 下 へ 小
判 持 出 し ' 甲 金 と 引 替 通 用 仕 来 り 申 候 御 事
と L t 近 年 は 米 穀 等 は 一 切 他 国 へ 売 出 し て な い 旨 を 記 る し て い る 。 勿 論 こ れ 以 外 の 物 資 も あ る だ ろ う が 、 こ れ ら の
物 資 は 当 然 運 送 さ れ た 管 で あ る 。 本 稿 が 目 的 と す る 飛 脚 問 屋 が 運 輸 を 担 当 し て い る の は ' そ の 一 部 分 と 書 状 ' 貨 幣 で
あ ろ う 。 飛 脚 問 屋 以 外 に も 運 輸 手 段 が 考 え ら れ る が 本 稿 で は 触 れ な い 事 に す る 。 (2 ) (3 ) (4 ) 甲 州 の 飛 脚 間 星 に つ い て は ' 既 に 有 泉 貞 夫 ' 斎 藤 博 、 上 野 晴 朗 の 諸 氏 に よ る 研 究 が あ る 。 本 稿 は こ れ ら 先 学 の 業 績
に 基 き な が ら 若 干 の 史 料 紹 介 を 行 な う も の で あ る 。 甲 府 の 飛 脚 問 屋 と し て は ' 天 保 期 迄 の 江 戸 へ の 柏 屋 、 小 松 屋 と 、
幕 末 明 治 迄 続 き ' 最 初 は 京 都 へ ' つ い で 天 保 期 以 降 は 江 戸 京 都 へ の 近 江 屋 (京 屋 ) が あ る 。 両 者 共 に 関 連 し た 存 在 で
一 律 に わ け て 考 察 す る に は 少 し 無 理 が あ る 。 こ れ ら 甲 府 の 飛 脚 間 島 の 営 業 は 、 そ の 送 り 先 で あ る 江 戸 定 飛 脚 問 臣 、 京
都 順 番 飛 脚 問 屋 と の 間 で あ り ' 特 に 近 江 星 = 京 屋 の 相 仕 関 係 に ふ れ な い 訳 に は い か な い 。 京 星 に つ い て は 明 治 三 〇 年 (5 ) 福 沢 諭 吉 「 福 沢 全 集 緒 言 」 で ' 西 洋 事 情 に ふ れ て い る 所 で 「 江 戸 の 飛 脚 星 京 尾 島 星 に 手 紙 を 頼 む に ' 江 戸 よ り 京 大 阪
ま で 七 日 限 り と 云 へ ば 、 書 状 一 本 に 付 き 金 弐 歩 の 定 価 な り 。 日 を 限 ら ぬ も の に て も 一 本 に 付 二 三 首 文 を 払 ふ こ と な る
に ' 仏 蘭 西 で は 唯 印 紙 を 張 れ ば 手 紙 は 恰 も 独 り で 先 方 に 届 く ' 粉 々 奇 な り 」 と し て い る 。 飛 脚 間 臣 と し て は 著 名 な も
の で あ っ た ろ う 。
次 に 幕 末 開 港 に よ り 甲 州 と 横 浜 の 関 係 が 生 ず る が ' こ れ に 開 通 す る 五 品 江 戸 廻 令 を め ぐ る 江 戸 定 飛 脚 の 役 割 と 甲 府
飛 脚 問 屋 の 動 向 も 考 え た い 。 従 っ て 本 稿 の 内 容 に は 表 題 か ら 若 干 逸 脱 し た 点 が あ る が 、 そ れ は 飛 脚 間 星 研 究 の 一 環 と
し て の 研 究 で あ る た め と 諒 承 さ れ た い 。
一 拍 屋 ' 小 松 屋
「 甲 府 略 志 」 に よ る と ' 寛 永 一 三 子 年 八 月 一 九 日 付 梯 町 他 九 町 の 覚 書 に は '
一 時 付 之 飛 脚 者 八 日 町 に 而 出 し 可 被 申 候
(6)
と あ り ' 当 時 は 八 日 町 が 定 駅 で あ る が ' こ の 飛 脚 の 具 体 的 な 事 は 明 ら か
でない。
つ い で 元 禄 七 年 一 一 月 に 堺 昆 吉 兵 術 ' 魚 町 飛 角 昆 徳 左 裾 門 が 始 め て 甲 府 か ら 江 戸 迄 の 三 皮 飛 脚 を 開 き ' 江 戸 宿 所 は (▼ ) 市 ヶ 谷 田 町 二 丁 目 裏 稲 荷 近 所 戸 左 術 門 方 で ' 甲 府 出 目 は 三 の 日 ' 江 戸 出 口 は 八 の 日 で あ っ た と し て
いる。(8 ) 寛 保 二 年 甲 府 「 御 用
留帳」に よ る と 、 当 時 甲 府 に は 柏 屋 藤 兵 衛 ' 小 松 見 事 兵 衛 の 両 飛 脚 星 が 江 戸 へ の 飛 脚 を 営 ん で
い る が ' 両 人 以 外 か ら の 飛 脚 厩 が 屡 々 あ っ た 事 実 が 知 ら れ て い る 。 即 ち 甲 府 家 時 代 (究 文 元 ‑ 宝 永 二 年 ) に 金 子 町 藤
兵 衛 が 両 者 1 カ 月 六 皮 の 間 に 三 度 の 飛 脚 を 既 出 た が 、 共 倒 れ を 理 由 に 取 上 げ ら れ ず ' 宝 永 二 年 に 柳 沢 家 に 支 配 番 に な
っ て 再 願 し た が 矢 頚 り 却 下 さ れ た 。 享 保 九 年 に 天 領 に な る と 山 田 町 松 坂 屋 清 助 が 「 六 皮 之 間 1 日 置 」 の 飛 脚 を 願 出 た
が ' 前 同 様 の 理 由 で 取 上 げ ら れ な か っ た 事 実 が あ る 。 (9 ) 次 に 「 甲 府 略 志 」 に は 柳 沢 家 の 時 代 と し て ' 魚 町 一 丁 目 小 松 昆 忠 右 街 門 ' 柳 町 柏 屋 藤 右 術 門 の 両 人 が 飛 脚 星 を 営
み ' 小 松 星 の 江 戸 届 先 は 四 ッ 谷 伝 馬 町 二 丁 目 植 木 星 与 兵 衛 店 甲 斐 府 孫 三 郎 宿 で ' 荷 物 金 銀 書 状 等 の 迎 送 は 孫 三 郎 判 形
に よ り ' 御 荷 物 の う ち 家 中 の 分 は 三 ' 四 日 切 で 届 け ' 「 私 人 」 の も の は 柳 沢 氏 の 江 戸 本 郷 の 上 尾 敷 迄 で 荷 物 七 七 文 '
金 子 壱 両 に 付 二 九 文 ' 書 状 壱 封 一 九 1 二 九 文 の 賃 銭 、 上 見 放 以 外 は 遠 近 に よ り 別 に 債 銭 を 定 め た と し て い る 。 恐 ら ‑
柏 尾 の 江 戸 届 先 も 同 一 と 思 う 。
先 述 の 元 禄 七 年 三 皮 飛 脚 成 立 説 は 猶 考 証 の 余 地 が あ る と 思 わ れ る が ' 柏 屋 ' 小 松 良 の 営 業 は 元 禄 末 年 頃 か ら で あ ろ
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 四 五
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号
ち ノ○
再 び 「 御 用 留 帳 」 に 返 え る と ' 寛 保 二 年 に は 柏 屋 ' 小 松 屋 は 一 カ 月 に 三 ' 八 の 日 に 月 六 度 の 甲 府 出 立 で あ る 。 そ の
う ち 七 月 は 八 日 切 で 盆 前 は 立 て ず ' 極 月 は 二 三 日 切 で ' 正 月 は 八 日 迄 休 み で あ る 。 商 売 荷 物 壱 駄 二 貫 四 〇 〇 文 、 小 包
貫 目 荷 物 壱 貫 目 七 七 文 で あ る 。
同 年 正 月 に 立 近 習 町 金 兵 衛 が 江 戸 へ の 飛 脚 引 請 け を 願 出 た が ' そ の 計 画 は 二 ' 七 の 日 に 月 六 度 に 仕 立 て ' 正 月 の 二
‑
五 日 ' 七 月 の 1 0 ‑ 1 三 日 ' 極 月 の 二 五 ‑ 大 晦 日 は 毎 日 仕 立 て る 。 こ の 定 日 の 外 に も 荷 物 と 書 状 が 集 ま り 次 第 毎 日
で も 立 て る 。 荷 物 賃 銭 は 商 売 荷 物 壱 駄 二 貫 文 ' 小 包 貫 目 荷 物 壱 貫 目 六 四 文 で ' 商 売 荷 物 は 四 〇 〇 文 の 引 下 げ で あ る
が ' 御 定 駄 賃 は 壱 貫 八 〇 〇 文 で あ る か ら 二 〇 〇 文 の 徳 用 が あ る と す る 。 そ し て 江 戸 か ら 甲 府 へ の 紙 包 ' 菰 包 ' 書 状 等
の 賃 銭 も 出 来 る だ け 引 下 げ る が ' 書 状 に つ い て は 柏 屋 ' 小 松 屋 が 一 通 1 九 文 の 場 所 は 1 七 文 に ' 三 八 文 の 場 所 は 三 四
文 に 引 下 げ 、 他 の 場 所 も こ れ に 準 ず る と し て い る 。
こ の 金 兵 衛 の 願 に 対 し て 柏 屋 、 小 松 屋 は 正 月 は 三 日 立 、 極 月 は 二 七 ・ 二 八 日 の い ず れ か を 定 日 に 極 め て 飛 脚 を 立
て ' 差 立 の 定 日 を 1 と 六 の 日 に 変 更 し た い と し 、 賃 銭 に つ い て は 、・ 先 ず 銭 の 直 段 の 影 響 が あ る 事 を 申 立 て る 。 即 ち 先
年 賃 銭 を 願 出 た 時 期 に は ' 銭 は 高 直 で あ っ た か ら 家 業 が 成 立 っ て い た が ' 次 第 に 下 値 で 苦 る し く な っ た 。 そ れ が 近 年
は 又 々 下 直 で あ り 「 元 来 銭 三 E 賃 銭 奉 願 候 得 ハ ' 一 銭 成 典 銭 下 り 之 分 賃 銭 不 申 請 今 月 迄 ハ 相 勤 」 め た が 、 外 の 商 売 物 . (10 ) は 銭 の 下 直 に 応 じ て 十 銭 の 高 で 三 ' 四 銭 宛 直 段 を 増 加 し て い る 事 実 を
あげ'更 ら に 現 在 の 賃 銭 で は 「 年 来 之 内 ニ ハ '
道 中 ll 而 風 雨 満 水 ' 或 ハ 川 越 之 節 馬 怪 我 仕 荷 物 川 江 打 込 候 ' 読 物 ぬ ら し 又 ハ 器 財 等 損 御 座 候 得 共 難 義 二 軍 存 ' 夫
々二
御 相 対 を 以 御 詫 仕 、 調 替 相 済 申 義 兵 度 々 御 座 候 得 ハ ' 勘 定 之 積 之 様 二 徳 分 も 無 御 座 候 」 と 反 論 し て い る 。
こ れ に 対 し て 金 兵 衛 が 口 上 書 を 再 提 出 し て い る が ' そ れ に は 両 飛 脚 屋 の 甲 斐 出 産 の 粟 ' 柿 ' 梨 子 ' 多 葉 粉 、 江 戸 表
へ の 商 売 荷 物 等 が 駄 賃 高 値 で 引 合 わ な い 事 ' 状 賃 貫 目 荷 物 の 見 分 で 取 る 駄 賃 も 高 直 で あ る と し て お り ' 銭 の 問 題 は 往
還 御 伝 馬 人 足 賃 銭 が 御 定 以 上 に は 賃 銭 を 出 す の で は な い か ら ' 銭 が 下 直 な ら ば 賃 銭 も 下 が る 管 と L t つ い で 両 飛 脚 良
は 商 売 荷 物 を 通 し 馬 で 肘 送 っ て い る が ' 継 荷 物 に す る か ら 道 中 の 宿 火 の 勝 手 に な る と し て い る 。 ま た 江 戸 の 取 次 会 所
が 両 飛 脚 屋 は 四 ッ 谷 で あ る が ' 日 本 橋 辺 に 設 け る と し て い る 。
結 局 同 年 三 月 に 両 者 は 馴 合 わ な い 事 に な っ た の で 金 兵 衛 の い る 立 近 習 町 の 五 人 組 ' 名 主 が 請 負 証 文 を 出 せ ば 「 御 対
談 之 上 御 加 筆 被 仰 付 何 れ こ も 可 被 仰 付 」 と な っ た が ' 名 主 が 加 印 し な か っ た の で 恐 ら ‑ 不 成 功 に 終 っ た と 考 え ら れ
文4000000262760865103131日‖=‖り‖リ
御荷物 1
貫 目;付
水物
l貫 目二付
刀
1腰 占 付脇指 1腰 ‑ 付
弓
1弓長占 付
長刀 1五重占 付
也 ( 弐間鑓迄) 1筋 占 付
三間鎚
1筋 言 付金 1両 二 付
和状箱 1ツ ‑ 付
御状
l通 二 付
第1表
寛保
2年江戸三度飛脚届物駄賃表
る 。
寛 保 二 年 四 月 の 魚 町 壱 丁 目 小 松 星 章 兵 術 ' 抑 町 三 丁 目 柏 屋 藤 兵 衛 の 江
戸 三 度 飛 脚 御 屈 物 駄 賃 附 は 第 一 表 の 通 り で あ る 。 こ の う ち 御 荷 物 に つ い
て 「 壱 〆 目 以 下 ハ 御 状 箱 二 准 シ 討 取 申 候 ' 壱 〆 目 以 上 ハ か さ 苗 キ 軽 キ 御
荷 物 ハ 駄 賃 高 下 申 請 候 ' 壱 駄 荷 物 三 拾 六 貫 目 弐 質 文 」 ' 金 子 に つ い て 「 但
壱 分 ハ 五 文 ツ 、 」 ' 御 状 箱 に つ い て 「 但 大 御 状 箱 ハ 四 拾 文 」 ' 御 状 に は
「 但 大 封 ハ 弐 十 六 文 」 の 但 書 が あ る 。
御 状 一 迫 の 所 附 は 次 の 通 り で あ り '
四 ッ 谷 権 田 原 市 ヶ 谷 牛 込 小 日 向 小 石 川 日 本 相 身 中 桁 追
一 七 文
青 山 赤 坂 桜 田 本 郷 矢 倉 柳 原 北 八 丁 堀 京 橋 舟 新 橋 迄 二 六 文
三 田 麻 布 西 琵 木 挽 丁 筑 地 南 八 丁 堀 没 革 下 谷 駒 込 霊 岸 鳴 三 四 文
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 )
一四七
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号
谷 中 本 庄 深 川 芝 金 杉 橋 迄 五 二 文
そ し て 「 葡 萄 之 義 ハ 一 切 請 取 不 申 候 」 と し て い る 。
毎 月 飛 脚 日 は 三 と 八 の 日 の 六 度 で 、 正 月 は 三 日 立 か ら で ' 極 月 は 二 六 日 迄 立 て る 。 飛 脚 日 は 以 前 と 同 様 で あ る 。
江 戸 で 請 取 る 駄 賃 は 江 戸 飛 脚 宿 へ も 急 皮 申 渡 し て 請 取 る 。 江 戸 か ら 甲 府 迄 の 御 状 賃 銭 は 一 七 文 で あ る 。 貫 目 荷 物 等
の 賃 銭 も 引 下 げ ' 見 積 り 御 荷 物 は 御 状 箱 に 准 じ て 賃 銭 を 請 取 る 。 在 々 へ の 届 物 書 状 等 は 「 御 町 之 内 郷 宿 取 次 之 書 付 」
で 届 け る 場 合 が 多 い が ' 在
々直 届 け の 場 合 に は 壱 里 宛 三 八 文 位 で 道 法 次 第 人 足 仕 立 て に す る と し て い る 。
こ れ が 両 飛 脚 星 の 取 扱 品 の 全 貌 か 、 そ れ と も 勤 番 代 官 関 係 丈 け な の か は ' 後 考 に ま ち た い 。
こ の 飛 脚 屋 に つ い て は 宝 暦 二 壬 申 年 一 一 月 序 野 方 成 方 「 裏 見 寒 話 」 に は
江 戸 三 途 飛 脚 宿 魚 町 壱 丁 目 三 の 日 小 松 星 忠 右 衛 門 柳 町 八 の 日 相 星 藤 兵 衛 (ll ) (12 ) と み え ' 柳 町 に は 問 屋 ' 伝 馬 宿 が あ り ' 繁 華 街 で あ る 竪 近 習 町 に つ な が っ て い る 。魚 町 に は 肴 商 が 多 い と し て い る 。 V:g E 宝 暦 一 四 年 甲 府 「 御 用 留 」 の 三 月 朔 日 の 桑 に は 、 柳 町 飛 脚 屋 藤 兵 衛 が 老 衰 の た め ' 悼 藤 右 衛 門 に 家 名 を 譲 渡 し ' 飛
脚 御 用 を 勤 め さ せ る 事 を 願 出 て 聞 届 け ら れ て い る 。
斎 藤 博 氏 が 紹 介 し て い る 武 蔵 国 多 摩 郡 谷 野 村 諸 星 家 文 書 の 文 化 二 年 六 月 駒 木 野 ' 小 仏 両 宿 助 郷 二 〇 カ 村 惣 代 か ら 八 (14 ) 王 子 宿 問 屋 ' 甲 州 定 飛 脚 問 臣 に 対 す る 出 入 の 落 着 申 立 に み え る ' 甲 州 定 飛 脚 相 星 藤 兵 衛 、 小 松 昆 忠 右 衝 門 の 運 輸 状 況
は 次 ぎ の 通 り で あ る 。
甲 州 定 飛 脚 の 両 者 は 甲 府 勤 番 支 配 と 代 官 の 御 用 荷 物 、 及 び 甲 府 在 町 か ら の 諸 屑 物 を 請 負 い ' そ の 継 立 は 御 用 荷 物 に
は 「 御 用 甲 府 飛 脚 」 ' 武 家 と 在 町 か ら の 届 状 ' 小 包 ' 蓬 包 等 で 壱 駄 に な ら な い 端 荷 は 飛 脚 星 が 駄 荷 に ま と め て 「 甲 府
定 飛 脚 」 の 絵 符 を 立 て 、 こ の 両 給 符 荷 物 は 御 定 賃 銭 で 継 送 っ て い る 。 そ し て 在 町 か ら の 丸 荷 壱 駄 の 荷 物 に は 「 諸 方 冶
諸 方 行 」 の 差 札 を L t こ の 荷 物 と 梨 子 荷 物 は 御 定 賃 銭 壱 割 五 分 の 外 に 弐 割 余 の 増 銭 を す る 。 な お 雨 天 で 道 路 事 情 の 悪
る い 時 と か 、 夜 分 に 及 ん だ 際 に は 時 に 応 じ た 増 銭 を す る 。 香 南 荷 物 に つ い て も 同 様 で あ る が ' こ の 増 銭 は 宿 問 屋 、 宿
役 人 と は 関 係 な し に ' 馬 士 と 宰 銃 の 間 で 相 対 に 授 受 さ れ て い る 。 し か も 「 御 通 行 様 御 手 当 二 致 置 候 宿 立 馬 」 で 継 立
る 。 そ し て 宿 で は ' 甲 州 定 飛 脚 の 継 送 荷 物 は 御 用 三 度 荷 物 と し て 駄 数 に 拘 わ り な ‑ ' ま た 荷 物 が 梨 子 ' 柿 ' 其 他 の 売
荷 物 で あ っ て も 、 御 用 荷 物 と 同 様 に 継 立 て い る 。
出 入 の 結 果 と し て ' 増 銭 は 宿 問 屋 が 詣 取 る 。 定 飛 脚 に は 「 御 用 荷 物 井 定 飛 脚 荷 物 梨 子 荷 物 等 相 分 ケ 」 が 要 求 さ れ て
い
る 。
つ い で 斎 藤 博 氏 の 紹 介 し て い る 武 蔵 国 多 摩 郡 横 川 村 境 川 家 文 書 の 文 化 二 年 八 王 子 拭 山 ' 八 日 市 両 宿 問 屋 ' 小 前 惣 代 (15 ) が 助 郷 村 々 惣 代 に 宛 て た 「 為 取 替 議 定 証 文 」 に よ る と ' 甲 府 三 度 定 飛 脚 は 「 上 下 共 御 用 tl 限 ' 外 荷 物 之 儀 老 朽 方 相 対
三 両 継 送 り 可 申 候 事 ' 蚕 種 荷 物 ' 反 物 荷 物 ' 其 外 都 而 商 人 荷 物 之 偽 者 ' 宿 立 人 馬 之 内 11 両 継 立 申 間 数 候 」 と L t 吏 ら (̲6 ) に こ の 証 文 を 文 化 1 二 年 に 両 者 が 確 認 し た 際 に は ' 甲 府 三 度 飛 脚 に つ い て 御 用 荷 物 は 弐 駄 位 に 限 り ' ま た 他 の 在 町 か
ら の 丸 荷 は 文 化 二 年 出 入 の 際 に 示 さ れ た 様 に 問 屋 が 仕 訳 る べ き で あ り ' 殊 に 二 割 余 の 外 増 賃 銭 を 受 取 る の だ か ら 宿 立
人 馬 で な く ' 宿 方 相 対 人 馬 で 継 送 る べ き だ と し て い る 。 (17 ) な お 「 飛 脚 之 記 録 」 に は 文 化 一 〇 酉 年 に 両 飛 脚 星 か ら 道 中 奉 行 に 宛 て た 願 書 に は ' そ の 現 況 に つ い て 「 両 御 役 所
様 御 用 井 御 国 中 御 預 所 御 陣 屋 井 田 安 様 御 用 ' 其 外 御 勤 番 様 方 ' 在 町
お出 候 荷 物 引 謂 ' 定 飛 脚 問 屋 被 仰 付 ' 毎 月 六 度 ツ
、 飛 脚 差 立 」 て い る と L t 宿
々人 馬 滞 に つ き 寛 保 年 中 に 甲 州 道 中 得 々 に 御 触 流 し が あ り ' 文 化 六 巳 年 に も 同 様 の 蝕 が
あ り ' 冥 加 と し て 甲 府 両 勤 番 御 役 所 の 御 用 物 の 無 賃 往 返 を 既 出 て 聞 届 け ら れ た と し て い る 。 寛 保 ' 文 化 の 御 触 に つ い
て は 私 は 未 だ 見 て い な い 。
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 )
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号
二 十 七 星 組 = 近 江 屋 一 五 〇
甲 府 の 元 文 二 年 「 御 用 留 帳 」 の 一 二 月 一 九 日 の 条 に 三 日 町 重 畳 平 八 が 蔵 田 村 河 内 昆 次 郎 左 衛 門 を 請 人 と し て 京 都 三
乾 飛 脚 を 願 出 た 口 上 書 が あ る 。 そ れ に よ る と 京 都 三 度 飛 脚 は 先 年 は 山 田 町 堺 星 吉 兵 衛 が 勤 め て い た が ' 跡 式 相 続 の 者
が な く 中 絶 し て い た 。 堺 星 は 前 述 の 通 り 江 戸 三 度 飛 脚 を 勤 め た 者 で あ る 。 (18 ) 享 保 二 〇 年 に 新 規 に 京 都 で 和 糸 会 所 が 設 立 さ れ ' 糸 直 貫 が 禁 止 さ れ た 頃 に 山 形 屋 甚 之 丞 ' 広 瀬 屋 久 兵 衛 が 願 出 た が
京 都 で の 差 障 ‑ を 理 由 に 許 る さ れ ず 、 「 和 糸 売 買 御 吟 味 之 筋 二 付 ' 近 江 屋 五 兵 緒 と 申 京 都 之 飛 脚 御 当 地 へ 罷 越 ' 糸 荷
物 等 相 賄 指 登 七 申 候 由 ' 私 共 前 々 相 賄 候 筋 相 止 ミ 難 儀 至 極 」 と し て い る 。 近 江 星 は 京 都 の 江 戸 飛 脚 順 番 仲 間 の ‑ ち 十
七 昆 阻 の 者 で あ る 。 私 共 前 々 と あ る が 壷 星 が 飛 脚 を 営 ん だ の か ど う か は 不 明 で あ る 。 (19 ) 元 文 二 巳 年 六 月 に 「 和 糸 改 会 所 相 止 メ ' 前 之 通 糸 売 買 任 侠 様 二 被
仰付」た の で 、. 京 都 三 度 飛 脚 星 を 願 出 た が .「 糸 出
所 之 国 々 数 多 御 座 候 所 ' 其 国 々 之 飛 脚 京 都 持 参 仕 候 tl 付 ' 御 当 地 一二 E も 飛 脚 相 立 候 得 は 御 国 方 御 助 」 に な る た め ' 各 (20 ) 地 に あ る 糸
飛脚計り で は な ‑ 三 度 飛 脚 を 出 願 L t 冥 加 の た め 往 還 四 カ 所 の 板 橋 修 榎 を 差 図 次 第 行 な い ' 甲 府 の 諸 用 '
養 蚕 に 従 事 す る 首 姓 ' 糸 商 売 人 の 用 向 の た め ' 京 都 へ の 諸 用 の 品 ' 御 読 物 ' 御 状 等 を 月 三 度 宛 で 日 限 を 定 め て 飛 脚 を
差 立 て る 。 糸 は 相 場 物 で 一 日 を 争 う の で 荷 物 が 寄 り 次 第 に ' 定 日 の 外 で も 飛 脚 を 差 立 て る 。 道 中 で の 荷 物 紛 失 は 弁 償
L t 諸 色 賃 銭 は 琴 表 の 通 り で あ る 。 表 中 の 御 状 と 御 状 箱 に つ い て は . 「 洛 外 右 一l 准 ジ 増 減 可 申 請 候 」 と 但 し 書 が あ
り ' 全 体 の 最 後 に は 「 御 託 物 共 晶 こ よ り 右 二 准 シ 御 相 対 仕 賃 銭 請 取 可 申 候 」 と し て ' 貫 目 が 軽 ‑ て も 嵩 高 の 荷 物 は 相
対 で 増 銭 を 申 請 け る と し て い る 。
結 果 は 不 明 で あ る が ' 恐 ら く 許 可 さ れ な か っ た ろ う 。
文 文 文 分 匁
匁2448 48 1
406銭 3 金 銀 文
御状
1適 ‑ 付
御状箱
1 ツ 言 付
絹紬御染地類 1貫目二付
金
100両占付糸荷物 1
倍 二 付
端糸
1貫 二 付
第2
表 元文
2年出願京飛脚 賃銀表つ ぎ に 甲 府 の 寛 保 二 年 「 御 用 留 帳 」 の 八 月 一 三 ' 一 七 日 の 灸 に は ' 山 田 町 二 丁 目 宿 取
仁 兵 衛 の 口 上 書 が あ り ' 「 私 儀 前 々
舟山 田 町 市 郎 右 街 門 所 常 宿 二 仕 ' 先 達 而 奉 申 上 置 候
通 、 京 都 三 度 飛 脚 相 勤 候 、 御 国 中
点京 都 江 為 差 登 候 糸 荷 物 請 負 仕 候 所 」 と し て ' 当 時 仁
兵 術 が 宿 取 の 形 で 京 都 三 皮 飛 脚 に 従 事 し て お り ' そ れ は 「 私 共 義 ハ 御 江 戸 表 十 七 昆 孫 兵
衛 組 合 ll 而 ' 不 限 御 当 地 三 月 都 大 坂 江 戸 諸 国 を 引 請 ' 三 度 飛 脚 屋 相 勤 罷 有 候 」 と あ る か (21 ) ら ' 江 戸 の 定 飛 脚 問 屋 十 七 良 孫 兵 術 の 組 合 で ' 近 江 鼠 は こ の 十 七 屋 の 相 仕 で あ る か ら 享
保 二 〇 年 の 近 江 屋 の 延 長 と し て 考 え て も よ い だ ろ う .
栗 原 、 石 和 宿 を 経 て 山 田 町 定 宿 に 至 り 、 八 月 一 二 日 に 柳 町 問 屋 か ら 馬 当 し て 宰 領 が 付
添 い 附 出 し た 糸 荷 八 駄 を ' 執 町 助 右 衡 門 が 糸 荷 軽 重 吟 味 を 理 由 に 切 落 し て 差 押 え る 事 件
が 起 こ り ' 糸 荷 物 は 金 高 の 物 で 相 場 物 の た め 道 中 日 切 で 差 登 し て い る の で ' 問 足 場 な ら わ か る が 助 右 街 門 1 人 の 7 倍
で 差 押 え ら れ て は 飛 脚 商 売 が 成 立 な い と 訴 え て い る 。 更 ら に 仁 兵 衛 の 場 合 の み な ら ず 十 七 星 組 三 皮 飛 脚 1 続 の 間 超 で
あ り ' 十 七 星 組 飛 脚 は 「 御 公 儀 様 被 仰 付 三 度 飛 脚 星 家 名 を 立 渡 世 仕 罷 有 候 得 ハ ' 道 中 御 掛 所 tl 而 申 訳 立 不 申 儀 ハ 何 ら t22 ) も 仕 不 申 」 と し て ' 荷 物 の 御 定 貫 目 は 四 〇 貫 目 で あ る が 二 二 度 飛 脚 は 「 取 集 取 多 荷 物 仕 立 」 で あ る か ら 長 谷 川 庄 五 郎
様 駅 宿 御 吟 味 の 際 に 四 二 ' 三 貫 目 内 外 御 免 の 旨 を 町 場 に 仰 付 け ら れ た と 主 群 L t 甲 府 か ら 京 都 迄 の 道 中 に は 中 山 道 の (23 ) 瀬 (洗 ) 馬 と 東 海 道 の 草 津 が 改 宿 で あ る か ら 、 瀬 場 宿 の 貫 目 故 に 助 右 裾 門 が 立 合 う べ き だ と し て い る 。
つ ぎ に 糸 荷 物 に つ い て は ' 椀 町 の 馬 士 が 附 出 し て か ら 荒 川 ' 塩 川 で 糸 荷 物 才 領 か ら 酒 手 を と る 供 例 が あ っ た の を '
問 屋 が 禁 止 し た 事 が 遠 因 で あ る と 述 べ て い る 。
仁 兵 衛 は 柳 町 、 山 田 町 名 主 三 人 立 合 で の 内 証 取 扱 い を 申 開 さ れ た が 受 入 れ ず ' そ の 後 に 吟 味 の 上 で 「 荷 物 貫 目 相
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 五 一
史 料 館 研 究 紀 要
第三号一五二改 ' 貫 目 重 ク 候 ハ 、 駄 賃 相 増 附 出 候 様 」 に 仰 付 け ら れ た が ' 若 し 各 宿 で 貫 目 改 が あ る と 商 売 が 成 立 な い と し て 、
「京都 へ 罷 越 登 主 人 江 対 談 仕 ' 其 上 乍 恐 御 請 可 中 上 候 待 共 ' 古 来
旦二 度 飛 脚 家 業 仕 ' 毎 日 道 中 往 来 仕 候 得 共 ' ケ 様 成
義承
伝 候 義 足 又 無 御 座 候 」 と 請 け て い な い 。 江 戸 の 十 七 監 組 合 で あ る が 主 人 は 京 都 に い る の だ か ら ' 仁 兵 衛 は 恐 ら く 近 江
屋 五 兵 衛 に 奉 公 し て い る 者 だ ろ ‑ 。
こ の 間 の 八 月 一 五 日 に は 甲 府 町 年 寄 山 本 金 右 衛 門 ' 坂 田 与 一 左 衛 門 は こ の 事 件 に つ い て 、 御 定 貫 目 は 四 〇 貫 目 で あ
り 、 往 来 の 諸 士 の 荷 物 は 大 略 四 〇 〜 四 三 ' 四 貫 目 で あ る が ' 若 し 四 七 ' 八 貫 目 で も 問 屋 場 で 秤 改 は し な い と L t 更 に
町 中 の 穀 荷 物 の 他 国 出 し で ' 過 重 の た め 馬 が 勤 兼 ね る 時 は ' 馬 士 が 申 出 て 問 屋 が 吟 味 の 上 で 荷 主 に 断 っ て 軽 ‑ す る 事
は 屡 々 あ る 。 要 す る に 吟 味 は 問 屋 役 の 仕 事 で あ り 、 他 の 者 が 行 な う 事 は 新 法 を 立 て て 商 人 荷 物 が 屡 々 差 押 え ら れ る 事 (24 ) に な る か ら ' 古 例 の 通 り に す べ き だ と し て い る 。 結 果 は 明 ら か で な い 。 (25 ) 以 上 に み た 通 り 飛 脚 は 町 に 定 宿 が あ り 、 才 領 を つ れ て き て 京 都 和 糸 縞 問 屋 手 代 や 在 地 の 商 人 が ' 在 在 か ら 買 付 け た
糸 を 才 領 が 付 添 っ て 各 宿 の 馬 士 の 手 を 通 じ て 京 都 に 送 る 方 式 は 、 各 地 の 京 都 へ の 飛 脚 屋 出 店 の 発 生 の 型 式 を 示 す と 共
に ' 恐 ら く 糸 直 貿 が 行 な わ れ る 際 に は 常 に 存 在 し た ろ う 。 そ し て こ の 時 期 の 甲 州 で は 町 在 に 糸 の 貫 宿 が あ り ' 京 都 和
糸 問 屋 の 手 代 が そ こ に や っ て き て ' 飛 脚 と 連 絡 し て 業 務 を 進 め た の で あ ろ う 。 (26 ) 享 保 三 年 「 甲 府 御 用 留 帳 」 に は ' 二 月 に 柳 町 太 左 衛 門 は 京 都 高 倉 八 幡 丁 上 ル 一 文 字 昆 伝 右 街 門 に 糸 荷 物 を 送 り ' 伝
右 衛 門 手 代 は 栗 原 筋 栗 原 村 清 兵 衛 方 へ 夏 に 来 る と あ り 、 二 月 1 七 日 に は 京 町 書 兵 衛 倖 彦 三 郎 は 京 都 糸 問 屋 井 筒 屋 善 助
手 代 が 年 々 糸 商 に 八 代 郡 石 和 村 甚 五 左 衛 門 方 と 自 分 の 所 に 下 っ て き て 「 少
々宛 之 金 子 取 替 ‑ れ 申 二 付 買 為 登 申 」 と し
て お り ' 二 月 に 糸 商 の 三 日 町 壱 丁 目 甚 之 丞 は 買 っ た 糸 を 栗 原 筋 勝 沼 村 越 後 屋 店 手 代 に 渡 し . 京 都 室 町 通 り 竹 屋 町 越 後 (27 ) 屋 喜 右 待 門 に 送 る と あ る 。 ま た 甲 府 の 享 保 一 五 年 「 御 用 留 帳 」 の 1 0 月 一 〇 日 の 条 に は 甲 金 小 判 の 引 酉 に 関 連 し て '
糸 貫 宿 山 田 町 与 兵 衛 ' 「 糸 買 之 宿 前 々 致 」 し た 八 日 町 ひ ろ せ 星 甚 左 衛 門 が 両 替 の 訳 を 尋 ね ら れ ' 三 日 町 山 形 屋 甚 之 丞
も 「 勝 沼 村 越 後 や 方 舟 糸 代 金 前 々 被 願 両 替 致 候 一l 付 ' 共 訳 相 尋 書 付 取 之 」 と み え て い る 。
甲 州 の 者 で 京 都 三 度 飛 脚 星 を 願 出 た 者 は ' 従 来 か ら 何 ら か の 関 係 が あ っ た 者 で あ ろ う 。 (28 ) 「 飛 脚 之 記 録 」 に 記 る さ れ て い る 文 化 年 間 の 近 江 屋 の 口 上 書 と ' 訂 永 年 間 の 「 甲 府 店 発 起 井 仕 法 帳 」 に よ る と 「 往
古 近 江 屋 五 兵 衛 と 申 入 来 郡 ' 乗 原 宿 江 止 宿 渡 世 仕 来 候 処 」 と あ り ' 甲 斐 国 東 部 の 衣 蚕 地 帯 で の 糸 買 付 に 関 係 が あ っ た
事 が わ か る 。 寛 保 年 間 に は 京 都 の 近 江 昆 五 兵 衛 は 営 業 は し て い た が ' 一 般 に 甲 斐 の 糸 絹 荷 物 の 為 登 が 円 滑 で な か っ た
の で 、 山 田 町 庄 右 衛 門 が 上 方 出 生 の 者 で 事 情 通 で あ っ た か ら 、 近 江 臣 に 掛 合 っ て 山 田 町 庄 右 衛 門 方 に 会 所 を 設 け さ せ
た 。 当 時 の 営 業 を 「 荷 物 取 集 メ 京 都 へ 不 登 己 前 tI 内 金 余 分 一l 差 出 、 尚 又 糸 網 仕 切 tl 相 成 候 節 も ' 金 子 下 り 不 申 己 前 二
為 替 二 取 組 金 子 相 渡 候 得 は ' 御 国 方 融 通 宜 由 及 承 候 」 と し て い る 。 前 述 の 山 田 町 宿 取 仁 兵 術 は 恐 ら ‑ 庄 右 衡 門 方 に 宿
を 取 っ て い る の で は な い だ ろ う か 。 (29 ) 「 定 飛 脚 問 屋 既 済
1件」に あ る 安 永 二 年 道 中 三 度 飛 脚 宿 井 取 次 所 に は
甲 府 十 七 星 孫 兵 衛 相 仕 布 袋 昆 庄 右 街 門
と し て 「 御 城 下 よ り 京 都 迄 木 曽 路 へ 荷 物 都 合 次 第 不 時 ll 差 立 申 候 」 と あ る 。 こ れ は 近 江 良 の 会 所 を 江 戸 側 か ら 申 立
て た も の で あ る 。
再 び 前 記 の 二 史 料 に よ る と 天 明 年 間 に 十 七 鼠 孫 兵 衛 は 御 買 米 謀 計 に 連 座 し て 関 所 に な り 、 そ の 下 代 は 獄 門 、 近 江 昆 (30 ) は 死 罪 に な っ た の で ' 甲 府 の 会 所 は 天 明
七年に 引 払 ら わ れ た 。
そ の 後 甲 府 で は 「 宰 領 中 手 持 致 飛 脚 」 を 勤 め た が ' 当 時 の 状 況 は 「 糸 桐 商 売 被 致 候 者 tI 而 政 令 為 登 ll 被 致 候 所 不 都
合 一L 而 ' 殊 三 剛 金 波 り 為 替 渡 り 等 も 無 之 ' 金 子 融 通 悪 戯 差 支 」 え る に 至 っ た た め ' 寛 政 年 間 に 京 都 の 近 江 良 書 兵 衛 の
甲
州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 五 三
史 料 館 研 究 紀 要
・第 三 号 一 五 四
名 目 で 再 び 出 巽 っ た 。 竪 近 習 町 東 側 二 文 字 寧 冗 銀 持 店 を 借 請 け 、 息 子 の 二 文 字 屋 喜 三 郎 の 代 に な り 文 政 五 年 に 山 田 町
一 丁 目 に 家 を 買 請 け て 移 転 し て お り 、 寛 政 二 年 六 月 に は 町 触 等 も さ れ t .会 所 開 設 に 伴 な い 従 来 三 ' 四 年 に わ た っ て
い た 穴 山 町 庄 助 の 甲 府 定 飛 脚 絵 符 使 用 の 一 人 立 荷 物 持 登 り は 絵 符 取 上 げ に な っ た 。 近 江 屋 の 営 業 は 引 払 以 前 と 大 略 同
様 に 行 な わ れ た 。 (31 ) こ の 間 の 近 江 星 の 経 営 に つ い て は ' 有 泉 貞 夫 氏 が 紹 介 し て い る 寛 政 六 年 「 甲 府 御 用 留 」 に ' 山 梨 郡 山 崎 村 長 百 姓 伝
右 衝 門 が 糸 荷 物 の 取 継 ' 内 金 渡 を 出 願 し て い る が 、 「 先 年 旦 原 都 近 江 星 五 兵 衛 と 申 者 、 甲 府 二 両 糸 取 継 増 発 之 会 所 相
立 候 而 京 都 迄 之 通 行 宜 、 殊 二 仕 切 金 下 り 候 迄 者 ' 当 地 二 両 内 金 時 相 場 五 七 両 毎 三 別 貸 仕 候 ' 依 之 糸 仕 切 金 遅 レ 仕 候 而
茂 ' 商 人 老 勿 論 首 姓 末 々 之 者 tt 至 迄 、 至 極 宜 御 座 候 」 と あ り . 近 江 星 が 京 都 和 糸 網 問 屋 の 内 貸 に よ る 糸 貫 付 の 重 要 な
一 員 で あ る 事 が 示 さ れ て お り ' 近 江 屋 喜 兵 衛 名 目 で 出 張 る 迄 の 問 は ' 引 払 っ て し ま っ た の で 糸 荷 物 取 継 の 者 が な く な
っ た た め 「 無 拠 商 人 仲 間 相 談 之 上 ' 最 寄 之 頚 立 候 老 相 頼 ' 唯 今 1 両 人 二 両 糸 仮 取 継 仕 候 」 と し て ' 内 金 は 半 金 に 至 ら
ず ' 京 都 で の 売 先 が 差 支 の 節 に は ' 残 金 が 容 易 に 下 ら ず 難 渋 す る と し て 、 前 述 の 動 向 を 裏 附 け て い る 。
飛 脚 問 屋 の 経 営 に は こ の 様 な 消 長 が あ る が ' 京 都 為 登 網 の な か で 郡 内 相 は ' 宝 暦 六 年 に は 1 五 二 二 疋 で 全 体 の 四 (32 ) % 、 天 保 五 ‑ 九 年 平 均 で は 二 四 四 二 九 疋 で 矢 張 り 四 % に 当 る が ' 数 量 は 約 1 ・ 七 倍 の 増 加 を 示 し て
いる。三 柏 屋 ' 小 松 屋 の 京 都 定 飛 脚 願 ( 3 3 ) T 糸 網 仲 間 江 被 仰 渡 書 写 井 倒 触 雷 之 写 」 に よ る と 、 安 永 八 亥 年 四 月 に は 京 都 和 糸 問 星 に つ い て 「 問 屋 之 外 ll 而 糸 綿
布 反 物 等 直 買 致 売 捌 申 間 数 旨 ' 前 以 触 書 差 出 置 候 一l 付 」 七 ' 向 年 以 前 に 直 買 禁 止 令 が 触 出 さ れ て い る 事 を 述 べ て い
る 。 そ の 年 は 不 明 で 施 る 。 こ れ が 遵 守 さ れ ず 京 都 の 「 諸 商 人 其 外 之 者 共 頂 ll 糸 綿 布 反 物 出 生 之 国 々 江 罷 下 ' 又 は 手 寄
を 以 直 買 致 ' 於 当 地 問 屋 同 様 売 捌 」 き ' ま た 大 坂 其 他 に 小 店 を 出 し て 直 貿 晶 を 染 地 と 称 し て 京 邦 に 為 登 て 売 買 す る 者
が あ る と し て 、 問 屋 外 の 者 の 売 閂 T4を 禁 じ て い る 。
文 化 五 辰 年 1 0 月 に も 同 様 の 触 流 が あ る が ' こ れ は 文 化 四 卯 年 に 仲 間 外 の 者 の 直 貿 禁 止 と 「 仲 ケ 問 11 両 茂 国 方 へ 罷 (34 ) 下 り 直 貿 は 勿 論 ' 先 キ 金 等 差 下 院 羨 望 不 仕 」 渡 世 送 り の 処 に ' 甲 州 糸 荷 主 の う ち 山 梨 郡 上 万 力 村 首 姓 十 之 丞 が 京 都 問
之 町 御 池 上 ル 町 近 江 星 宇 右 街 門 方 に 旅 宿 L t 和 糸 間 屋 外 の 富 士 昆 吉 兵 衛 に 糸 荷 物 二 九 把 を 渡 す 琳 件 が 起 り ' 種 .: の 経
絡 が あ っ て 「 諸 国
お為 差 登 候 糸 之 義 は ' 問 屋 共 へ 為 差 登 取 捌 為 致 ' 間 昆 外 一l 而 取 扱 致 間 数 旨 前 々
舟触 古 」 を 守 ら な か
っ た と し て 御 喝 を う け た 事 実 が 前 提 に な っ て い る 。 (35 ) つ ぎ に 文 化 年 間 に は 「 糸 仲 間 取 締 示 談 ポ 1 札 之 写 」 の 文 化 二 一亥 年 四 月 の 甲 州 糸 引 受 の 和 糸 問 屋 六 軒 の 議 定 申 1 札
に よ る と ' 従 来 甲 州 糸 荷 主 は 損 毛 が 打 続 い て 大 病 に な っ て い た 、 文 化 1 0 酉 年 は 不 引 合 で 一 一 年 に 荷 主 1 続 が 上 京 し
て 難 渋 を 申 立 て た の で ' 和 糸 問 屋 は 口 銭 利 足 ま で 入 違 し て 漸 ‑ 応 対 が 成 立 し た が ' 仕 切 残 り 分 は 存 外 の 失 軸 に な っ
た 。 文 化 一 一 年 の 新 糸 も 引 合 が わ る い 上 に ' 糸 の 出 来 も 不 良 で あ り ' 甲 州 以 外 の 国 の 糸 も 下 直 で ' 「 荷 主 方 梅 難 之 趣
一l 而 相 談 一l 難 及 候 所 」 と し て ' 今 後 の 見 通 し も 党 束 か な い が ' コ 統 気 立 候 柑 故 、 如 何 鉢 之 騒 動 一l も 可 及 哉 と 不 安 心 」
の た め に ' 有 糸 と 来 子 年 新 糸 前 迄 の 登 り 糸 に つ い て 仕 法 立 を し て い る 状 態 で あ る 。
「 飛 脚 之 記 録 」 に よ る と ' 甲 府 定 飛 脚 問 屋 柏 屋 ' 小 松 良 の 町 年 寄 所 宛 の 文 化 一 〇 年 正 月 口 上 古 に は ' 四 年 以 前 に 両
飛 脚 星 は 京 都 定 飛 脚 を 願 出 た が 許 可 さ れ な か っ た 。 こ の 節 に 前 述 の 山 梨 郡 山 崎 村 有 姓 伝 右 術 門 が 石 和 代 官 所 に 京 都 飛
脚 問 屋 を 願 出 た が ' 在 方 首 姓 が 飛 脚 問 屋 を 営 む と ' 定 飛 脚 問 屋 と し て の 規 模 も な ‑ な る た め 、 京 都 定 飛 脚 問 屋 を 仰 付
け ら れ た い と 願 っ て い る 。 そ の 内 容 は 甲 州 産 物 絹 糸 類 の 京 都 為 萱 を 引 請 け る 計 画 で あ る . 前 述 の 通 り 既 に こ れ に は 近
江 屋 が 従 事 し て い る が ' こ れ 迄 両 飛 脚 問 屋 に 限 り 甲 州 定 飛 脚 問 屋 渡 世 を 送 っ て き た 事 も あ る か ら ' 甲 斐 国 産 物 の 荷 物
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 五 五
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号
を 引 請 け ' そ れ に 内 金 を 渡 し て 飛 脚 を 差 立 る と し て い る 。
若 し 聞 済 に な れ ば ' 京 都 大 坂 井 上 方 道 中 筋 共 に 御 用 を 無 賃 で 勤 め ' 甲 府 町 内 の 板 橋 四 カ 所 御 修 覆 御 手 宛 金 と し て 年
金 一 〇 両 宛 上 納 す る の で ' 甲 府 柳 町 か ら 京 都 迄 の 宿 々 に 人 馬 差 支 な い 様 に 通 行 の 御 触 流 し を 願 っ て い る 。
一 方 同 年 二 月 一 八 日 付 田 中 御 役 所 の 触 に よ る と ' 石 和 代 官 支 配 所 八 代 ・ 山 梨 郡 八 五 力 村 と 市 川 代 官 支 配 所 山 梨 郡 五
力 村 の 合 計 九 〇 カ 村 は 養 蚕 に 従 事 し 京 都 に 糸 を 為 登 て 年 貞 金 手 当 と し て い る 。 糸 を 銘 々 が 勝 手 に 京 都 和 糸 問 屋 に 為 萱
す の で ' 京 都 和 糸 問 屋 に 直 段 を 左 右 さ れ 入 金 が 減 少 し て 年 貢 金 納 入 が 遅 く れ る 。 対 策 と し て 前 記 九 〇 カ 村 が 組 合 糸 問
屋 を 設 立 し て ' 京 都 及 び 諸 国 の 糸 直 段 を 聞 合 せ て 売 買 し た い 。 組 合 は 売 先 を 固 定 せ ず ' 村 の 参 加 ' 脱 退 は 自 由 で ' 九 (36 ) ○ カ 村 以 外 の 村 の 参 加 も 認 め ' こ の 組 合 外 に 糸 問 屋 を 設 立 し て も 故 障 を 申 立 て な い と あ る 。
山 崎 村 有 姓 伝 右 衛 門 の 京 都 定 飛 脚 問 屋 出 願 と . こ の 山 梨 ・ 八 代 郡 九 〇 カ 村 組 合 糸 問 屋 出 願 と を 結 び つ け る 史 料 は 現
在 の 処 は 見 当 ら な い が ' 何 ん ら か の 関 係 が あ っ た の で は な い だ ろ う か ? (シ こ の 出 願 に 対 し て 竪 近 習 町 元 次 郎 店 京 都 定 飛 脚 会 所 近 江 昆 喜 兵 衛 代 太 兵 衛 は ' 当 時 の 営 業 は 「 六 月 走 り 飛 脚
舟九 月
下 旬 迄 四 五 ケ 月 之 問 家 業 仕 ' 殊 tl 遠 路 罷 越 諸 入 用 多 分 相 掛 」 り ' ま た 「 京 都 糸 問 屋
舟御 国 方 為 融 通 ' 前 広 三 金 子 借 請
持 参 仕 置 ' 内 金 為 替 金 無 滞 差 出 候 得 は . 右 之 内 ll は 一 鉢 商 物 遠 路 之 義 故 ' 相 場 狂 ひ 損 金 仕 候 者 年 来 多 分 有 之 、 右 之 者
返 金 滞 残 金 相 蔦 」 と し て ' 集 荷 の た め で は あ る が 不 良 貸 の 増 加 に よ る 経 理 状 態 の 苦 る し さ を 訴 え ' 両 飛 脚 星 の 出 願 に
反 対 し て い る 。 こ の 問 題 の 結 着 は 不 明 で あ る 。 (37 ) つ ぎ に 斎 藤 博 氏 の 研 究 に よ る と 、 甲 府 町 年 寄 坂 田 家 日 記 に は 文 化 に は 文 化 一 四 年 正 月 に 、 三 度 飛 脚 問 屋 柏 屋 、 小 松
良 が 定 日 の 外 に も 飛 脚 差 立 を 願 出 た が ' 五 月 七 日 に 江 戸 引 請 宿 甲 州 足 助 左 衛 門 と 掛 合 の 上 で 願 下 げ て い る 。 ま た 五 月
1 日 に は 「 三 度 飛 脚 外 三 冗 荷 差 立 」 の 添 書 を 願 っ て い る が 前 述 と 同 一 事 項 か は 不 明 で あ る 。 さ ら に 同 月 1 三 日 ' 六 月
1 1 日 の 記 事 で は 両 三 度 飛 脚 間 星 は 絹 糸 問 屋 を た て て 相 対 で 買 込 み ' 紛 し い 看 板 を 出 し 江 戸 定 飛 脚 島 尾 佐 右 椅 門 と 申
合 せ て 京 都 直 為 登 を 行 っ た た め 手 鋭 預 け に な り ' 八 月 三 日 の 記 載 で は 買 っ た 糸 の 処 置 と し て ' 飛 脚 渡 世 の 島 屋 ' 及 び
「 宿 取 之 無 者 」 に 渡 し て は な ら な い と あ る 。
再 び 「 飛 脚 之 記 録 」 に よ る と ' 文 政 元 年 七 月 の 柏 屋 ' 小 松 屋 の 願 雷 に は ' 文 化 一 四 年 八 月 に 両 飛 脚 屋 が 京 大 坂 定 飛
脚 差 立 を 願 出 た 事 実 を 述 べ 、 そ の 当 時 両 飛 脚 良 は 御 用 定 飛 脚 を 勤 め 糸 問 屋 を 仰 付 け ら れ て お ‑ ' そ の 京 大 坂 定 飛 脚 の
計 画 の 内 容 は 甲 府 の 糸 相 場 が 下 直 の 時 に 荷 主 え 内 金 を 渡 し て ' 京 都 高 値 を 見 合 せ て 売 払 う も の と ' 桐 糸 聞 足 と し て 買
入 れ た 糸 荷 物 を 為 登 も の で あ る 。 そ の 出 願 は 在 方 九 〇 カ 村 有 姓 惣 代 が 、 従 来 糸 為 登 に 従 部 す る も の が 多 か っ た が ' 現
在 は 近 江 昆 一 軒 丈 け で 更 買 手 狭 の た め に 糸 直 為 登 を 求 め た 事 に も よ っ て い る 。 従 っ て 恐 ら ‑ 文 化 1 0 年 の 願 出 が 再 登
場 し た 事 態 で あ る と 考 え ら れ る 。
江 戸 の 飛 脚 間 足 は 故 障 を 申 立 て な か っ た が ' 甲 府 近 習 町 元 次 郎 方 近 江 星 の 平 兵 術 は 取 扱 品 日 に 糸 荷 物 を 含 む 事 を 理
由 に 故 障 を 申 立 て た 。
両 飛 脚 屋 は 絹 糸 問 屋 を 仰 付 け ら れ て い る か ら 反 論 は 理 由 に な ら ず ' 両 飛 脚 星 の 家 業 差 障 の た め に 近 江 良 が 差 留 め ら
れ て い る 定 飛 脚 業 務 を 「 右 看 板 店 之 内 一l 掛 置 ' 書 状 荷 物 等 」 を 請 負 っ て い る 事 な ど を 挙 げ て 、 文 政 元 年 七 月 に は 京 都
大 坂 往 返 定 飛 脚 仰 付 を 矢 張 り 願 っ て い る . (38 ) 右 に 述 べ た 経 過 の う ち で ' 江 戸 の 飛 脚 問 屋 の 動 き を 示 す も の に 「 甲 府 之 儀 御 尋 幸 国 々 縄 張 」 が あ る 。 そ の 内 の 「 定
飛 脚 問 屋 附 属 国 々 純 求 之 事 」 は 文 化 1 四 年 二 月 に 道 中 奉 行 所 が 大 坂 臣 茂 兵 衛 代 千 蔵 を 中 心 と し た 江 戸 定 飛 脚 問 星 に
対 し て 尋 ね た 記 録 で あ る 。
江 戸 定 飛 脚 問 屋 島 屋 の 申 上 は 、 甲 州 の 柏 屋 ' 小 松 屋 が 甲 斐 1 カ 国 の 京 大 坂 へ の 書 状 ' 屈 物 を 請 取 る と ' 江 戸 四 ッ 谷
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 五 七
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号 ︼ 五 八
竹 町 の 甲 州 飛 脚 屋 甲 州 足 助 左 街 門 を 経 由 し て 島 屋 の 手 に よ っ て 差 登 す が ' そ の 量 は 多 ‑ は な い か ら 両 飛 脚 屋 が 江 戸 経
由 で な く ' 直 為 登 を し て も 差 障 り は な い が ' 同 じ 江 戸 定 飛 脚 問 屋 京 星 の 申 上 は ' 甲 府 竪 近 習 町 に 京 都 相 仕 飛 脚 問 屋 近
江 星 喜 兵 衛 の 出 店 が あ り ' 糸 荷 物 の 直 為 登 を 行 な っ て い る か ら 差 障 り が あ る と L t・ 「 滝 川 長 門 守 様 松 平 主 計 頭 株 甲 府
御 勤 役 之 柑 御 触 渡 有 之 、 糸 綿 貫 為 登 御 免 之 上 渡 世 仕 釆 候 」 と あ る 。 両 者 の 在 勤 期 間 か ら す れ ば ' 寛 政 1 0 年 一 二 月 (39 ) か ら 享 和 二 年 九 月 の 間 に 御 蝕 が 出 た 訳 で あ る 。 前 述 の 寛 政 1 1 年 六 月 の 町 触 か と 思 う が ' 私 は ま だ 蝕 に つ い て 確 認 し
て い な い 。
再 び 「 飛 脚 之 記 録 」 に よ る と 、 文 政 二 年 閏 四 月 の 勘 定 奉 行 他 か ら 甲 府 勤 番 頭 宛 の 切 紙 ' 同 年 五 月 の 甲 府 勤 番 頭 か ら
禁 裏 附 宛 の 切 紙 ' 同 年 八 月 の 甲 府 勤 番 か ら 京 都 の 役 所 宛 返 翰 に は ' 道 中 奉 行 は 江 戸 定 飛 脚 問 屋 を 臥 し ' そ の 申 立 に よ
っ て 甲 府 で の 故 障 を 調 ら べ ' 差 障 り が な け れ ば 老 中 え 伺 う 筈 で あ っ た 。 甲 府 の 近 江 屋 喜 兵 衛 出 栗 の 営 業 に 関 連 し て '
近 江 星 と 有 楢 川 殿 家 司 か ら 差 障 が 申 出 さ れ た 。 有 栖 川 殿 は 後 述 す る 通 り 、 恐 ら く 同 家 名 目 金 と 考 え ら れ る 金 を ' 近 江
屋 が 借 金 し て い る た め で あ る が 、 結 局 筋 道 と し て と り あ げ ら れ な い で 終 っ て い る '
他 方 甲 州 の 在 ' 町 の 老 か ら は ' 文 政 元 寅 年 八 月 ' 1 0 月 に 近 江 屋 の み 糸 網 為 登 は 〆 拝 の 商 売 で あ る と 前 回 同 様 の 願
が 出 さ れ た 。 当 時 の 近 江 屋 は 京 都 で 有 栖 川 宮 か ら 借 金 し て ' 甲 府 店 に 文 化 六 年 八 月 銀 五 〇 貫 目 ' 同 一 〇 年 九 月 銀 五 〇
貫 目 を 融 通 し て お り ' そ の 他 に も 若 干 融 通 し て い る 。 ま た 京 都 で 「 関 東
舟被 進 候 御 米 代 銀 之 内 御 貸 附 拝 借 」 L t 文 政
二 年 春 に は 甲 府 店 え も 差 操 を し て お り ' 経 営 は 渋 行 し て い る 。 甲 府 店 は 「 糸 網 自 身 差 登 候 と 申 二 両 は 無 之 ' 飛 脚 家 業
鉢 」 で あ っ て '糸 を 自 身 買 込 む も の で は な い 。 京 都 和 糸 絹 問 屋 か ら 時 の 相 場 に 応 じ て 金 子 を 荷 主 に 送 っ て く る が '誓 え
ば 壱 箇 に 内 金 と し て 金 二 七 両 宛 を 送 っ て き ' 荷 主 が こ の 金 額 で は 不 融 通 で ' 金 三 五 両 宛 を 望 む と 申 込 額 を 渡 し て ' 京
都 売 捌 後 に 勘 定 を 申 込 ん で 仕 切 と 差 引 を す る 。 申 込 額 は 近 頃 で は 金 四 〇 両 前 後 に も 及 ぶ 。 し か し 近 年 は 御 国 方 相 場 が
行 違 い に な り 、 問 昆 仕 切 金 が 不 足 で 多 分 の 貸 越 算 用 に 及 び ' 甲 州 在 町 で 約 金 八 五 〇 〇 両 に 昇 る 額 で あ る 。 そ の 打 開 策
と し て 京 都 の 近 江 屋 は さ ら に 有 栖 川 宮 か ら 借 金 を し て い る 。
営 業 数 量 は 「 糸 絹 井 膚 包 諸 包 平 均 壱 ヶ 年 弐 首 駄 ll 足 り 不 申 位 之 手 持 之 家 業 」 で あ る 。
文 政 二 年 五 月 一 三 日 に 、 近 江 良 書 兵 衛 代 太 兵 術 ' 小 松 屋 忠 次 右 衛 門 ' 柏 屋 藤 兵 術 は 名 主 ' 差 添 人 付 添 で 、 甲 府 勤 番
大 手 御 役 所 に 呼 出 さ れ た 。 太 兵 術 が 病 気 の た め 清 兵 衛 が 出 頭 し た 。
役 所 で は 近 江 星 に 対 し て ' 小 松 屋 柏 屋 の 両 飛 脚 屋 の 願 に は 差 障 り を 申 立 て ' 在 方 九 〇 カ 村 の 願 に は 故 障 を 申 立 て な
い 事 は 町 ' 在 の 区 別 を 考 え て の 事 か と 尋 ね ら れ ' 近 江 屋 は 町 方 両 飛 脚 良 は 甲 斐 国 糸 絹 飛 脚 問 屋 仰 付 の 件 で 同 商 売 と し
て 差 支 え ' 在 方 の 願 は 甲 斐 国 糸 問 屋 仰 付 の 件 で あ る と し ' 若 し 在 方 か ら 持 登 り に 事 態 が な っ た 際 に は 「 持 登 り 候 得 は
差 障 り 候 得 共 ' 飛 脚 卜 申 都 銀 之 候 奴 ' 糸 売 買 斗 と 心 得 候 間 ' 古 障 ハ 不 申 上 侯 ' 又 持 登 り 候 ハ 、 、 御 絵 府 を 又
々御 願 可
申 候 tt 付 、 其 節 は 差 障 り 之 趣 ' 御 願 可 中 春 存 候 」 と 戯 積 り を 明 か に し て い る 。
役 所 が ' こ の 持 登 り が 御 免 の 暁 に は ' 後 手 に な る と 注 意 し て も 近 江 屋 は 受 付 け ず ' 「 此 段 能 々 考 弁 之 上 」 と 申 渡 さ
れ ' 仕 方 な ‑ 日 延 を 願 出 た 。 更 に 両 飛 脚 尾 と 相 談 す る 様 に と の 申 渡 に は 、 「 委 細 率 承 知 候 得 共 ' 此 相 た ん 如 何 可 有 之
哉 難 斗 奉 存 候 」 と 強 硬 な 態 度 を 示 し ' 役 所 側 は 「 夫 は 何 ll 相 成 候 と も 不 苦 数 候 間 、 懸 合 候 上 御 答 可 申 」 と 申 渡 し た 。
両 飛 脚 星 は 一 五 ' 一 六 の 両 日 近 江 星 に 現 わ れ て 掛 合 い 、 さ ら に 一 八 日 に は 「 三 軒 う ち こ ん じ テ 差 立 可 申 候 ' 但 シ 三
軒 終 年 tl 差 立 可 申 か ' 両 様 之 内 如 何 」 と 申 出 た の に 対 し て ' 「 私 方 家 業 定 飛 脚 と 申 候 は ' 先 年 江 戸 家 tt て 蒙 御 免 ' 江
戸 九 軒 大 坂 四 軒 合 二 十 二 軒 之 仲 間 ll て ' 惣 而 御 公 辺 向 井 一l 家 業 妹 仕 方 之 儀 ハ ' 皆 仲 間 へ 相 談 之 上 ' 惣 方 承 知 之 上 tI て
取 究 」 る の で ' 「 京 都 主 人 江 申 遣 シ ' 大 身 惣 仲 間 へ 申 達 シ ' 仲 間 之 差 図 11 よ り 御 返 答 可 申 」 と 答 え ' つ ぎ に 両 飛 脚 屋
が 御 役 所 か ら も 話 が あ っ た 事 だ が 、 熟 談 の 気 持 は あ る の か と 尋 ね た の に 対 し て ' 「 掛 合 も 有 之 候 ハ 、 然 可 相 談 可 敦 や
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) 一 五 九
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号 一 六 〇
う 被 仰 候 得 共 ' 急 皮 熟 談 可 致 共 被 仰 付 は 無 之 と 心 得 」 と 答 え ' 結 局 交 渉 は 打 切 に な り ' 二 〇 日 に は 町 年 寄 に 返 答 書 を
提 出 し て い る 。
事 件 の 結 着 は 明 ら か で な い 。
こ の 両 飛 脚 屋 に し て も 経 営 状 態 は 好 ま し い も の で は な い 。 文 政 二 年 五 月 の 定 飛 脚 株 数 引 渡 差 縫 l 件 済 口 証 文 に よ る
と ' 文 政 元 年 1 0 月 に 小 松 島 の 定 飛 脚 株 を 山 田 町 利 右 衛 門 の 世 話 で ' 同 二 年 閏 四 月 限 り で 山 田 町 喜 兵 衛 に 譲 渡 し の 筈
に な っ た が ' 急 の 入 用 が 生 じ て 金 二 〇 〇 両 を 利 右 衝 門 が 用 立 て た 。 喜 兵 衛 宛 譲 渡 に は 故 障 が 生 じ ' 利 右 衝 門 に 引 渡 す
事 に な っ た が 、 そ れ を 親 類 一 同 が 歎 じ た の で ' 金 子 工 面 し て 株 数 引 渡 は 変 更 し よ う と し た 。 調 達 が 出 来 ず 引 渡 延 引 と
な っ て 出 入 に 及 ん だ が 、 定 飛 脚 株 で 金 子 を 調 達 し て 返 金 L t利 金 は 立 入 人 が 賞 ら い '将 来 譲 渡 す 場 合 に は 利 右 衝 門 に 引
渡 す 事 で 文 政 二 年 五 月 に 内 済 し た 。 こ の 結 果 名 義 は 小 松 星 で 営 業 し て い る が ' 株 式 は 恐 ら く 抵 当 に 入 っ て い る の で は
な い だ ろ ‑ か 。 こ れ か ら 推 測 す れ ば 両 飛 脚 星 が 近 江 星 に 完 全 に 代 っ て 糸 網 荷 物 に 内 金 を 渡 す 能 力 が あ る か は 疑 問 で 、
両 飛 脚 星 は 京 都 相 場 の 不 調 か ら き た 京 都 和 糸 網 間 宇 久 の 甲 州 糸 荷 主 の 対 抗 策 に の っ た の で は あ る ま い か 。
四定
飛 脚 (4
0)「 甲 府 三 度 飛 脚 星 之 記 録 」 「 飛 脚 之 記 録 」 に よ る と ' 天 保 期 に は 甲 州 道 中 の 内 藤 新 宿 か ら 甲 府 迄 の 諸 荷 物 は 、 江 戸
は 四 谷 竹 町 甲 州 足 助 左 衛 門 ' 甲 府 は 柏 屋 藤 兵 衛 、 和 泉 足 利 右 衛 門 が 引 請 け て い る 。 小 松 星 の 株 は 和 泉 臣 に 譲 ら れ て い (41 ) る 。 天 保 六 未 年 に こ の 三 宅 か ら 江 戸 の 定 飛 脚 間 星 京 星 弥 兵 衛 が 株 式 を 譲 受 け て ' 同 年 二 月 か ら 道 中 筋 も 含 め て 営 業
を は じ め た 。 前 述 の 通 り こ の 区 間 は 寛 保 年 中 と 文 化 六 年 に 御 触 流 が さ れ て い る 。
甲 府 か ら 京 大 坂 へ の 諸 荷 物 は 、 江 戸 へ 差 下 し て か ら 、 東 海 道 中 仙 道 を 送 る か ら 日 数 が 掛 る 。 そ れ で 甲 州 道 中 の 内 藤
新 宿 か ら 上 諏 訪 宿 迄 と そ れ か ら 京 大 坂 迄 の 宿 々 に 継 立 方 の 蝕 を 願 出 て ' 京 屋 の 他 道 中 で の 蝕 と の 損 合 か ら ' 天 保 七 年
に 次 ぎ の 触 書 が 出 さ れ た 。
室 町 弐 丁 目
権 八 店
弥 兵
衛右 之 者 ' 甲 州 道 中 内 藤 新 宿 冶 上 諏 訪 迄 ' 夫 々 中 仙 道 下 諏 訪 宿 冶 京 都 井 大 坂 迄 ' 飛 脚 荷 物 継 立 願 之 通 申 渡 ' 尤 定 飛
脚 と 琵 候 会 符 を 差 ' 宰 領 之 名 江 定 飛 脚 と 語 候 焼 印 札 を 為 持 ' 宿 々 江 茂 右 札 を 渡 し 置 ' 為 引 合 宿 場 定 賃 銭 急 皮 相 払 、
往 返 可 致 管 It 候 粂 ' 右 之 趣 相 心 得 宿
々二 両 右 焼 印 札 請 取 置 ' 為 引 合 無 相 違 分 は 定 之 賃 銭 請 取 之 、 到 潜 之 荷 物 控 を
以 不 留 置 可 継 も の 也
申
・八月朔日
隼 人 御 判
河内御判
甲 州 道 中
内 藤 新 宿 冶
上 諏 訪 宿 迄 失 血
中 仙 道 下 諏 訪 宿
舟東 海 道 守 口 宿 迄
右 宿 々
甲 州 に お け る 飛 脚 問 屋 (藤 村 ) ハ」
史 料 館 研 究 紀 要 第 三 号
問 屋
年寄共