保険教育の今後の在り方についての一考察
武 石 誠
■アブストラクト
生保会社に勤務する傍ら非常勤講師として保険論を担当して15年が経過し,
学生と接する中,保険教育の在り方について考える機会を与えられてきた。
大学を取り巻く環境はこの15年間で大きく変化し,学生に社会人としての基 礎力,生きる力を身につけさせることが求められる時代になってきた。平成 25年5月の 教育再生実行会議 による第三次提言や,同年に閣議決定され た 消費者教育の推進に関する基本的な方針 等から,社会が大学に求めて いるものは何かを考え,保険教育の今後のあり方を考えると,保険教育は社 会が大学に求めているものの受け皿になると考えるに至った。
今後の保険教育の方向性としては,実学的アプローチと学問的アプローチ の二分化を提言する。そして実学的な保険教育について,現在,就職活動の 一環として行われている一般課程のキャリア教育を抜本的に見直し,教育内 容の再構成と体系化を提言した。
■キーワード
保険教育の二分化,ライフマネジメント,実学的アプローチ
Ⅰ.はじめに
筆者は,生保会社に勤務する傍ら大学で非常勤講師として保険論を担当し ているが,早いもので15年が経過した。この間,わが国は少子高齢化が一段 と進み, 超高齢社会 に突入するなど社会・経済環境は大きく変化した。
/平成25年9月30日原稿受領。
このような環境変化は,大学教育にもまた影響し,本(2013)年1月の閣議 決定によって組成された教育再生実行会議が,5月に第三次提言として こ れからの大学教育の在り方について を公表し,今後の大学教育を考える5 つの柱が示された。
筆者は5つの柱の中の一つ 学生を鍛え上げ社会に送り出す教育機能を強 化する が,これからの保険教育を考えるうえでの重要なポイントと考えて いる。
また学生自身を取り巻く環境,特に就労環境もこの間大きく変化した。具 体的には新卒の内定率の低下があり,非正規雇用や入社3年以内の離職率な どは増加している。さらには若者の引きこもりやニートの増加なども指摘さ れており,学生の就労を巡る問題は今日社会問題化している。一方,保険業 界に目を転じると,商品や販売チャネル等の内部要因と,金融行政や競争環 境といった外部要因は共にこの15年間で大きく変化した。先の東日本大震災 の発生は人々の価値観等生き方にも大きく影響を与えている。
このように筆者が大学で学生と接するようになった15年間で,大学や学生 を取り巻く環境は大きく変化した。特に生保会社に勤務している筆者にとっ て,この間の業界の変化は日常業務の中で身をもって経験しているが,これ は保険教育の在り方にも影響を与えている。旧態依然とした授業では時代や 社会の変化に対応できず,学生のニーズにも応えることが難しく,授業内容 の抜本的見直しを必要としている。
筆者は,保険教育の在り方,具体的には学生に今,何を伝えなければいけ ないのかを考えながら毎年シラバスの見直しを励行している。見直しをする ポイントは2つ。一つ目は保険論の実学的側面を重視した見直し,二つ目は 社会が大学や学生に何を求めているのかを考えた見直しである。これから社 会人として雄飛していく学生に保険論で何を伝えられるのか,伝えるべきか を考え,ライフマネジメントの視点で保険教育を整理し,学生一人ひとりが 自らの人生を自らが切り開いていく力(筆者はこれを 生きる力 と称して いる)を身に着けることを授業の柱に据える見直しを行っている。
筆者は本誌読者諸氏と比べ15年程度の講師経験という浅学菲才な身ながら,
これまでの講師経験の集大成として,本論文で保険教育の今後の在り方につ いて日頃考えていることを述べさせて頂きたい。
Ⅱ.大学における保険教育の現状と課題
1. 最近の大学の現状
今日の大学を取り巻く環境は大きく変化している。
前述した教育再生実行会議は,本年5月28日に内閣総理大臣に第三次の提 言となる これからの大学教育の在り方について を提出した(参照:内閣 府ホームページ http://www.cao.go.jp/)。その中でこれからの大学の役割 について5つの柱が示された。学生に関する柱としては国際化や社会人の学 びの機会の提供等が挙げられているが,筆者はこれらの大前提として大事な 柱が 学生を鍛え上げ社会に送り出す教育機能の強化 であると考える。何 故なら,大学の最大の役割は学生を社会に送り出す役割,すなわち社会人と して生きていくための力としての 生きる力 (ライフリテラシー)を育む ことが最も重要な役割であると思っているからである。
このような視点に立って大学の現状を考えていきたい。
大学が直面している問題は様々あるが,筆者は現在大きな社会問題となっ ている学生の就労問題が特に重要と思っている。これからの日本の再生を担 う学生を取り巻く就労環境は前述したように厳しい状況下にある。学生の就 労問題の原因は社会・経済環境の変化が大きいが,大学の役割の一つが学生 を一人前の社会人として育て,送り出す機能を担っていることにあるのであ れば,大学の学生に対する教育の在り方にも問題の一端があるのではないか と思っている。何故なら学生の就労問題の事象は一見すると企業の経営環境 等が大きな要因のようだが,問題の本質を考えると,学生自身の 生きる 力 の希薄化が原因の一つと考えられるからである。
大学教育の在り方は提言に指摘されるまでもなく,学生と社会との関連抜 きに考えることはできない。近年,企業は大学教育に社会人としての基礎的
能力の醸成を求めている。わが国の企業はこれまでにないほど厳しい国際競 争に晒されており,今後企業を取り巻く環境は業界を問わずますます激しさ を増すことになる。そのため企業は新卒採用の門戸を世界に広げ,さらに戦 力となる人材獲得を目指し,中途採用や通年採用も増加傾向にある。また新 卒者をこれまでのように自社で時間をかけて育てるといった社内の人材育成 システムが,時間的にも経済的にも難しい時代になってきた。これに加えて,
コスト削減の流れの中で人件費の流動費化を目指し,正規雇用を抑制し非正 規雇用を増加させるといった状況も散見されるようになってきた。
実際,総務庁の平成24年就業構造基本調査によると雇用者に占める非正規 雇用は半数を超え,上昇している。さらに若年者の無業者の割合も5年前に 比べると上昇している。現在の学生の就労環境は入社時のみならず入社後も,
以前と比べると一段と厳しいものになってきている。このような社会環境,
企業環境を反映し,一部大学では学生の基礎的学力を養うために,リベラル アーツを再評価し,1〜2年の一般教養科目を見直す取り組みも行われるよ うになってきている。まさに大学は,今,学生に対し何を教えるのか,具体 的には一人前の社会人としてどのように社会に送り出すかという教育が極め て重要になっている。そこに保険教育の今日的意義を求めるものであり,そ れは保険教育見直しの方向性とも合致している。
2. 学生の受講ニーズの変化
大学における保険教育の在り方を考える上で2つのアプローチの仕方があ る。
一つ目が学問としての保険教育,二つ目が実学としての保険教育である。
筆者が考える保険教育は一般課程の学生にとっては学問としてというよりは,
むしろ実学としての保険論,つまり社会とのかかわりの中で保険を位置づけ,
保険の正しい活用の仕方を教えることが重要であると思っている。学生一人 ひとりがライフマネジメントに基づき自分にとって最も効果的に保険を活用 できるようにすることが実学的アプローチの目的であり,さらに学生のニー
ズはどこにあるのかを知ることが重要である。大学教育を一般の経済活動に 例えてみると,大学教育の重要な商品が講義で,商品購入者である消費者が 学生である。そして一般企業の経営目標が消費者に満足を提供することにあ るように,大学の場合も,学生に講義を通して満足を提供することが,大学 の生き残りにとってこれからの重要課題になっていく。
筆者は毎年最初の授業で受講者に授業に何を求めているのか,あるいは期 待しているのかを知るためにアンケートを行っている。寄せられた回答の中 で興味深い点などいくつか特徴的な点を紹介したい。
学生の受講ニーズは当然のことながら,社会・経済環境の変化を色濃く反 映している。筆者が保険論の講義の担当を始めた1998年頃は,バブル崩壊に より金融危機が現実化し始め,戦後はじめて生保会社の経営破綻が発生した 頃である。その後,ドミノ倒しのように生保会社が次々と破綻していった。
このような時代に保険論を受講する学生のニーズで特徴的だったのは, 経 営破綻しない保険会社の選び方を知りたい とか 加入して損をしない保険 の入り方を知りたい といった,保険会社に対する当時の人々の厳しい見方 を反映したものが多かった。その後,金融業界の経営が安定し始めると,保 険会社が就職先として再評価され始め,学生の受講ニーズにも 就職活動に 備えて業界動向を知りたい とか 保険会社の仕事を知りたい 等,就職関 連情報を期待する学生が増加した。このような社会・経済環境を反映したニ ーズがある一方で,少子高齢化の進展が社会・経済に影響を及ぼし始めると,
社会保障制度とりわけ年金制度等に関心を持つ学生が多くなった。
ここ2〜3年の特徴は,厳しい就職環境を反映して,これまでは2〜3人 程度だった FP資格取得に向けた試験対策のため という回答が10人を超 えており, 保険業界が志望業界だから , 資格取得のため といった学生 が急増している。このように学生のニーズは社会・経済環境の変化に敏感に 反映していることがわかる。しかし,時代の流れを反映したニーズだけでは なく,毎年必ず一定の割合で 保険は将来必ず入るので,保険についてよく 知りたい , 年金制度について知りたい といった保険の実学的な面にも根
強いニーズがある。
3. 保険教育の今後の課題
保険教育の今後の課題について考えていきたい。
現在,大学で行われている保険教育の多くは,学問的アプローチの授業が 多いのではないかと思われる。そのため教える側の専門性が色濃く反映し内 容も専門的になり,保険教育の領域も広範になっている。また実学的アプロ ーチの授業といっても,筆者が確認した範囲ではあるが,保険商品の仕組み や商品内容等の保険知識を解説する授業が多いのではないかと思われる。
このような現状から,現在行われている保険教育の目的や位置付けを明確 にすることは難しく,高等教育機関における保険教育として学生に何を伝え なくてはいけないのかということもオーソライズされておらず,授業内容も 教える側の裁量に委ねられている。そのため保険論を受講した学生として最 低限理解していなくてはいけない授業の到達目標自体が多岐にわたっている。
そこで大学が学生に提供する望ましい授業品質の視点から考えると,到達目 標をどこに設定し,併せて学生のニーズとどのように折り合いをつけるかと いったことが,今後の保険教育の課題となろう。
現在,筆者が考える保険教育の到達目標は,学生一人ひとりがライフマネ ジメントの視点で自分にとって必要な保険を選択できるようにすることであ る。さらに留意すべき点は学生にとって魅力的な授業をいかに提供するかと いうことであり,そのためには学生のニーズを授業に反映する仕組み作りが 必要なのである。このように教える側と教わる側双方の視点から,授業内容 の抜本的な見直しと再検討が必要な時期を迎えている。
Ⅲ.筆者が行っている講義概要
1. 筆者が考える保険教育の目的
次に筆者が考える保険教育の目的について述べたい。
保険とは当然のことながら,ライフマネジメントにおけるリスク対策とし
てのリスクファイナシング手法の一つであるリスク移転商品である。
そこで学生がライフマネジメントとは何かを理解し実践する力,すなわち 生きる力 (ライフリテラシー)の醸成を第一義に考えている。具体的には 学生一人ひとりが自らのライフデザインを 自分の頭で考え,判断・決断し,
実行する力 を育むことである。何故,このように考えたかというと,保険 加入とは,一人ひとりがライフデザインを描き,自分らしい人生を送る上で 直面するおそれがある経済的なライフリスクに対し,事前に所要な資金を手 当てすることだからである
授業の主役である最近の学生は,これまでと比べると保険加入に対し一段 と厳しい見方をしている。例えば保険は必要不可欠なものと考えてはいるも のの,納得すれば加入するが,営業職員など売り手が一方的に勧める保険に は加入しないという学生が多くなってきている。
この背景には消費者と保険会社との情報格差の縮小がある。現在,私たち はインターネット等様々な情報媒体を自在に活用できる環境にあり,保険に 関する情報は誰もが自由に入手できる。また,SNSを活用することで時間 と空間を超えて消費者同士自由に保険会社や保険商品の情報交換が出来る時 代になった。そのため以前は保険に関する情報は保険会社や営業職員といっ た売り手サイドが圧倒的に優位だったが,現在は買い手である消費者の情報 量が売り手である営業職員等を上回ることも当たり前の時代になった。
しかし問題は情報入手の量的拡大に伴う情報の取捨選択である。入手する 情報量が多くなっても全てが有用な情報ばかりではなく,大事な点は玉石混 合の情報の中から自分にとって有用な情報を選択・活用することである。そ のためには情報を取捨選択できる力が重要である。保険についていえば,ラ イフマネジメントの視点から保険を理解するための基礎的な知識を身につけ ることであり,これこそまさに保険教育の目的そのものと言えよう。
2. 授業内容の概要
筆者は現在2校で保険論を通年授業と半期授業を担当しているが,ここで
は通年授業の概要について紹介したい。
1学期は 生きる力 ,いわゆるライフリテラシーがこれからの人生の中 で必要なことを理解し活用できる力を,2学期はライフマネジメントの一手 法としての保険を効果的に活用するための力を育むことに焦点を当てている。
⑴ 1学期の授業概要
1学期の授業の柱は3つ。一つ目が リスク ,二つ目が リスクマネジ メント ,そして三つ目が ライフマネジメント である。この3本柱を土 台に,学生一人ひとりがライフマネジメントの意味を理解し,自ら実践でき ることを到達目標としている。
第1の柱である リスク では,リスクの本質を理解し,日常生活におい てすべてのリスクを回避することは出来ないことを確認する。そしてリスク には具体的には備えるリスクと挑むリスクといった二面性があり,備えるリ スクの多くは保険の対象となるが,保険で全てのリスクに備えることは出来 ず,保険はリスク対策として万能ではなく限定的なものであると説明してい る。
第2の リスクマネジメント では,リスクマネジメントフローの考え方 を説明し,この考え方は私たちがより良い意思決定を行うために重要なこと を説明している。
そして第3が ライフマネジメント についてである。ここでは私たちに とって日常生活におけるリスクについて考え,その本質を理解し,ライフリ スク対策を含むライフマネジメントを実際に行うための3つの要素を解説し ている。すなわち,時間(キャリア)のマネジメント,おカネのマネジメン ト,そして健康のマネジメントの3つである。授業では一つ目のキャリアマ ネジメントと二つ目の家計マネジメントを取り上げている。
そして学生一人ひとりが自らのキャリアデザインを描き,行動計画を策定,
併せて将来の収支バランスを実現するための未来家計簿を作成するといった,
日常生活を自分らしくかつより良く生きるための 生きる力 の醸成を到達 目標としている。
⑵ 2学期の授業概要
2学期は保険を実学的な側面からアプローチするとともに,学生の受講ニ ーズでもある保険の効果的な活用方法を柱に据えている。
まず,保険は私たちの日常生活のリスクに対する対策として自然発生的に 誕生し,日常生活の進展と保険は密接に関係していることを理解するため,
保険の生成と発展について簡単に解説している。
次にライフリスクに対するわが国の備えの現状を理解するため,私たちに とって重要なわが国の生活保障システム,具体的には公助,共助そして自助 の3層構造について説明し,経済的ダメージへの備えを考える場合は,まず 公助から考え,次に共助,そして最後に公助と共助でカバーできない部分を 自助の一手法である保険を活用することについて説明している。
さらに筆者はライフリスクを考える上で,学生一人ひとりが自分の人生の ゴール,時間軸を意識することの重要性を説明している。そしてライフステ ージ共通のリスクとして,就労期は雇用・収入リスク,リタイア期は長生き リスクであると説明している。雇用・収入リスクとは家計担当者(共働きが 常態化している今日では夫婦2人が家計担当者と認識することがポイント)
が就労不能状態になった場合のリスクであり,代表的なリスクが死亡リスク である。しかし,就労期のライフリスクは以前のように夫の死亡のみならず,
共働きが常態化している今日,常に配偶者の就労不能状態をも考慮しなけれ ば家計にとっての影響は無視できない。死亡リスク等に対する備えとして,
終身保険や定期保険のみならず収入保障保険などがあり,これら保険の仕組 みを理解し,自らのライフリスクに適した活用方法,そし加入時のポイント や留意点等について具体的に説明している。
次にリタイア期のライフリスクであるが,まさに今日重要なのが長生きリ スクである。長生きリスク対策もライフマネジメントと同様に3つの要素で 構成される。中でも退職後の生きがいを何処に見つけるかというキャリアマ ネジメントがリタイア期の大きな問題で,次にリタイア期の生活を安定的に 送るための土台を考えるのが家計マネジメントである。保険との関連では公
的年金制度と企業の退職金制度の現状を説明し,個人年金保険等の実践的な 活用方法を説明している。
最後にそれぞれのライフステージ共通の経済的なリスクとして,住まいや 自動車といった 財物 に対する保険,医療・介護関連のリスクに対する各 種保険,そして損害賠償責任に関する保険の現状と活用ポイントについて説 明している。
以上が筆者の保険論の授業概要であるが,併せて毎週保険関連の新聞記事 を中心に学生にとって興味深い記事や筆者が学生に知っておいてもらいたい と思う記事のコピーを参考資料として配布,授業で解説している。さらに質 問・意見用紙を毎回配布し,質問したいが授業の中ではしづらい学生に対応 し,また授業に関連しないが聞いてみたいことなどがあれば,同用紙に質問 や意見などを自由に提出してもらい,翌週コメントをつけて返却し,大人数 の授業の弊害である一人ひとりの学生とのコミュニケーションの取りにくさ を解消する工夫をしている。また,夏期休暇期間中に課題レポートを実施し,
提出されたレポート全てを添削し,コメントをつけて返却しているが,毎年 学生に好評である。筆者が行っている授業は大教室での授業のため,教壇か らの一方的な授業になりがちなため,少しでも学生のニーズを吸収したきめ の細かい授業になるような運営に努めているが,まだまだ改善の余地がある と思っている。
Ⅳ.保険教育が目指すべき方向性
1. 大学におけるこれからの保険教育の目的
⑴ これからの大学教育に求められるものは何か
前述したとおり大学を取り巻く環境は大きく変化し,これからの大学教育 の在り方について様々な意見が寄せられている。例えば前述した教育再生実 行会議の提言によると,大学とは 知の蓄積を基としつつ,未踏の地への挑 戦により新たな知を創造し,社会を変革していく中核となっていくことが期 待されており,日本が再び世界の中で競争力を高め,輝きを取り戻す 日本
再生 のための大きな柱の一つ と位置づけている。
近年,大学教育の在り方を考えていくうえで重要な点として消費者教育の 推進がある。文部科学省は平成22年度より 消費者教育推進事業 を実施,
大学に消費者教育の推進を要請している。さらに平成24年には 消費者教育 の推進に関する法律 が制定,翌25年6月には 消費者教育の推進に関する 基本的な方針 が閣議決定され,消費者教育の総合的・一体的な推進が掲げ られた。同法では消費者教育を 消費者の自立を支援するために行われる消 費生活に関する教育およびこれに準ずる啓発活動 と定義し,国や地方に対 し消費者教育の推進を義務付けている。そして大学には社会人として必要な
消費者力 を学生に育むことを求めている。
これら提言を読み解くと,大学教育には学生に対しこれから一人前の社会 人として日本を支えていくための基礎力の醸成を求めているといえる。この ように大学教育には社会・経済環境の変化に対応し,これまで以上に学生と 社会の関係を意識した教育を行うことが求められている。そこで 一人前の 社会人として社会に送り出す とはどのようなことを意味しているのかとい うと,筆者は 社会人としての資質を育てること と理解している。前述し たように筆者は生保会社に勤務し35年余りが経過した。その経験から社会人 の資質とは何かを考えると,以前は 課題解決力 が求められていたが,現 在は 課題解決力 だけではなく 課題発見力 がより重視されているよう に思う。もちろん,何事に対しても, 自分の頭で考え,判断・決断し行動 する力 が求められていることが基本であることに変わりはない。これは仕 事面だけではなく日常生活においても同様であり, 自立と自律 すなわち 経済的自立と社会的自律 が求められており,公私両面で 生き方 が問 われる時代になってきた。まさにこれから社会人になる学生には ライフマ ネジメント力 , 生きる力 が求められていると言えよう。
何故,これまでとは異なり今の学生にライフマネジメント力が求められて いるかというと,社会・経済環境の変化が大きく影響している。従来は日常 生活のリスクに対し,多くの人は国等の公的制度や所属企業・団体等の福利
厚生制度等に大きく依存しており,とりわけ老後の長生きリスクについては それが顕著であった。そのため人々の間に老後生活に対する不安は余りなく,
リスクというと現在の生活をどのように維持するかといった家計マネジメン ト型ライフマネジメントをその特徴としていた。
しかし,今日,国や企業等の制度に依存する生活は見直しを迫られている。
少子高齢化の進展とバブル崩壊後の長期にわたる景気低迷によって,わが国 の社会・経済環境は大きく変化し,社会保障システムとりわけ年金・医療制 度に対する不信感は蔓延し,さらには日本型雇用システムにも綻びが起こり 始めた。そのため老後の年金・医療制度に対する不安と,雇用環境の変化
(非正規雇用や中途採用の増加など)による収入・雇用リスクの顕在化など多 くの人々が,将来に対し漠然とした不安感をもつようになってきた。
そのため,このような時代環境を背景に,大学教育においても学生が一人 前の社会人として自立できるための教育,すなわち 生きる力 を醸成する ことが求められているのである。
⑵ 大学における保険教育が担うべき目的
筆者は前述したように保険教育の重要な柱の一つが保険の実学的アプロー チにあると考えている。
それでは実学的アプローチとはどのようなものか。繰り返しになるが,筆 者は保険とはライフマネジメントにおけるリスクファイナシングの一手法と 位置付け,保険教育の目的はまさに学生一人ひとりがライフマネジメントの 視点から保険を活用する力と考えている。何故,このように考えるのかとい うと,それは生命保険の役割が大きく変化したからである。これまで生命保 険は一家の大黒柱に対する死亡保障の提供が主な役割であった。これを可能 にしたのは,夫が働き手で妻は家庭を守るという夫婦の役割分担が明確な世 帯モデルが一般的だったからである。
しかし,時代環境の変化とともに晩婚化が進み,結婚しても共働きが常態 化してきた。さらに日本型雇用システムにも綻びが目立つようになり,夫婦 のライフスタイルは大きく変化した。特に大きく変化したのは老後生活の長
生きリスクに対する意識である。これまで長生きリスクは前述したようにあ まり人々に意識されてこなかった。しかし今日,長生きリスクは多くの人た ちにとって身近で切実なリスクとして認識される時代になった。更に,以前 と比べ老後生活の主たる収入源である公的年金に対する信認度は大きく低下 し,老後生活に対し漠然とした不安感をもつようになってきた。
このような環境変化はライフマネジメントのあり方に大きく影響し,その 抜本的見直しが必至の状況になった。つまり死亡保障中心の保険モデルから,
生活保障,すなわち今の生活と将来の生活をどのように維持していくのかと いうライフマネジメント重視のモデルへと変化した。また,ライフマネジメ ントの変化は保険需要の変化も促し,保険ニーズも死亡保障から生活保障へ と変化している。このように大学における保険教育も社会・経済環境や保険 需要の変化に対応し実学的アプローチが重視される時代になってきたのであ る。
V.これからの時代に相応しい保険教育についての―私案
1. これからの保険教育の内容(私案)
これからの保険教育の具体的な内容について,通年授業を例に筆者の考え る授業内容について述べてみたい。
⑴ 保険教育の分化
保険教育は繰り返しになるが社会人としての基礎力の涵養,具体的には 生きる力 を育むことにあると考え,保険教育を1〜2年の一般課程科目 と3〜4年の専門課程科目に分化することが望ましいのではないかと考えて いる。
いわゆる一般課程科目としての保険は,ライフマネジメントの側面を重視 し,これから社会人になる学生に対し 経済的自立と社会的自律 の重要性 を理解させることを目的とする実学的保険論である。そこでは学生自身が大 学生活の意義を自ら考え,社会人としての基礎力を身に着ける場として,ラ イフデザイン力,具体的には自分の進路や人生を自分で切り開いていくため
の力を育む場,これからの将来を考えるきっかけづくりをする場とする。
そして3〜4年の専門課程では,現在多くの大学で行われているいわゆる 学問的視点からの保険教育を行い,教える側の専門性を発揮した授業を行っ ていく。このように大学における保険教育を一般課程での実学的アプローチ と専門課程での学問的アプローチの二つに分化するという案であるが,似た ような取組みはすでに多くの大学でキャリア教育として行なわれている。
最近の学生を取り巻く就労環境を反映して,大学も学生の就職活動支援の 一環としてキャリアプラン教育を入学当初から実施している。ただこれらの 多くは,就職活動の支援が目的であり,学生の人生を時間軸で捉え,ゴール までをデザインするといったライフマネジメントの視点で行われているケー スは残念ながらまだまだ少ないのではなかろうか。
日頃学生と接した経験から,近年社会問題化している若年者層の就労問題 の根本的な原因の一つが,学生自身の 生きる力 にあると感じている。こ のような現状を改善するには,入学当初の段階でこれからの自分の人生を真 剣に考える時間と場を提供することが重要であり,その中で自分らしい人生 を送るために経済的リスクへの備えとして保険を考えることが,金融教育や 消費者教育の一環として,良いテーマになるのではないかと期待できる。そ のためにも保険教育を二分化することが重要な大前提なのである。
⑵ 保険教育の内容
①一般教養としての保険教育
一般教養としての保険教育のポイントは,ライフマネジメントを実際に行 い,具体的なリスク対応策の一つである保険を,自分のこれからの人生の中 でどのようにして効果的に活用するかを考えるための力を育むことである。
そこで一般教養としての保険教育では,実際に 自分の頭で考え,判断・決 断し,行動すること の大切さを保険の効果的活用を事例に経験させること で,社会人としての基礎力を育んでいくのである。そして更に本教育の一環 としてのキャリアプラニングを拡充・強化させることで,就職時のミスマッ チの抑止・軽減を目指し,就職後の無用な転職の回避も期待できる。
昨今,契約者の保障ニーズにも死亡保障から生活保障へと変化し始めた。
そのため生保会社も医療保障商品を中心に,生活保障領域の商品開発が活発 化し,特に介護保障分野が新たな市場として注目されつつある。生保商品の ニーズが死亡保障から生活保障へとシフトすることで,消費者一人ひとりが 自らのライフリスクを正しく認知し,経済的ダメージを分析し,よりベスト な生保商品を選択する力,数多の情報から自らが意思決定するうえでの必要 情報を取捨選択する力が重要になってくる。まさに一般課程における保険教 育の重要性がここにある。
②専門課程としての保険教育
専門課程における保険教育の基本は現在多くの大学で実施されている学問 的アプローチによる保険論に概ね準拠し,教える側の専門性をより反映させ るものになり,教える側の裁量に大きく委ねられることになろう。具体的な 内容については筆者の能力の範疇を超えることになるので差し控えさせてい ただきたい。
Ⅵ.最後に
ここまで筆者の15年にわたる非常勤講師の経験から感じたことを縷々のべ させて頂いた。筆者が現在の生保商品の販売を通して感じているのは,これ までと比べて消費者の置かれている販売環境は大きく変化し,各種情報のデ ィスクローズも一段と進んでいるものの,消費者の視点に立って保険を効果 的かつ合理的に利用しているかというと,まだまだ問題が散見されることで ある。この原因には生保会社の販売実態に問題があることは認めざるを得な いものの,消費者としての契約者自身にも問題がある。
具体的にはこれまでと比べると,生保会社と消費者の情報格差は大きく改 善され,消費者はインターネットやSNS等を利用して必要な情報を必要な とき自由に入手できる時代になった。しかし,数多く入手した情報を消費者 は有効に活用しているかというと残念ながらまだまだ充分とは言えない状況 である。何故なら情報を活用するための基礎的な素養が十分とは言えないか
である。そこでこれからは消費者自らが積極的に学ぶ力,すなわち一人ひと りの 自学力 が問われる時代になってきた。このため,これからの大学に おける保険教育,とくに筆者が提案した一般課程における実学的アプローチ の教育が重要になってくる。今後,大学における保険教育は社会との関わり を意識し,一人ひとりの人生に密着したものになっていくのではなかろうか。
以上,筆者の拙い経験から感じたこれからの保険教育の在り方を述べさせ て頂いたが,筆者が行っている授業が少しでも学生にとって有益なものとな るよう工夫しながら, 生きる力 を育むことができるよう微力ながら努力 していきたい。
(筆者は明治安田生命保険相互会社勤務)
(参考 献)
赤堀勝彦著 リスクマネーと保険の基礎 株式会社経済法令研究会,2003.10 赤堀勝彦著 ライフキャリア・デザイン 株式会社三光,2011.1
赤堀勝彦著 保険のすべてがわかる本 金融ブックス株式会社,2012.4 下和田功編著 はじめて学ぶリスクと保険 株式会社有斐閣,2004.4 橘木俊詔著 ライフサイクルとリスク 東洋経済新報社,2001.9