書評
倉 田 稔 著
『 ‑ ブスブル ク歴史物語』
丹 後 杏 ‑
ハブスブルク帝国の歴史や文化に対す る関心の高まりは,学問的な研究ある いは一般的な読書噂好のいずれの面 において も,近年 とみに顕著 な ものがあ る。 ここ数年間に出版 された関係の書物 は,専門的な研究書や概説書のほか伝 記書や趣味的な読物の類 までを加えるとひところには考え られなかった程の量 に達 し, 大都市の大 きな書店では特別のコーナ‑す ら設 け られている。 本書 も, 当然のことなが ら, このような‑ブスブルク ・ブームの中で生み出された所産 の一つであ り,その中で ももっとも簡に して要を得た一冊であるとまずは推賞
しておきたい。
巻末の 「あとが き」等でみずか ら言及 されているように,著者の本来の専門 分野 は経済学説史で,早 くか らヒルファーディングの研究家 として知 られてお り,たまたま ヒル ファーディングが ウィー ン生れのユダヤ人であった ことか ら,その生誕の地 ウィー ンに留学 されて しだいにウィー ンと‑ブスブル クの魅 力 にひきつけられ るようになった ということらしい。その点では, ドイツ近代
シ
史の分野か ら‑ブスブルク帝国史の研究‑ と移行を遂げ られた斯学の先輩矢田 俊隆氏の場合 と共通 してお り,そのように考えると,音楽の都 ウィー ンにはか
アヤ
のセイ レー ンの魔女 さなが らに男たちの心をひきつける何か妖 しげな魅力があ るのではなかろうか。か く言 う評者 自身 も, ヨーゼフ主義 という妙に得体の知 れぬ思想潮流の魅力にとりつかれてすでに 4 0 年,未だにそれか らのがれ られな いでいる始末である。彫刻家の飯田善国民 も語 られているように,ウィーンは
ゴウ
まさに女,それ もかなりの劫を経た悪女なのであろう
。その悪女の深なさけに
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とりつかれて,本書の著者 と共にハブスブル ク史の世界をさまよう一蓮托生感 を評者 もかみ しめたいと思 う。
ゴ タクセ ン
くだ らぬ御託宣ばか りのべたが,そろそろ内容の紹介 とい う本論に入 ること にす る。230頁余 りの全文 は七章 に分 け られ,ハブスブルク家初代のル ドル フ 一世か ら第一次大戦の敗北で帝国が解体 し,最後の皇帝カール一世が退位亡命
マ
す るにいたるまでの約七百年の歴史がエ ピソー ドなどを織 り交ぜなが ら,簡明 かつ興味深 く叙述 されている。文章 もきわめて平明,勿体ぶ った表現や研究者 のみに通用する難解な術語などは些か も使用 されていない。平易な言葉で, し か も短いスタンザの文章で記述 されている。 この短いスタンザの文章 とい うの が評者 などにはおよそ真似ので きない芸当で,著者のいかに も江戸 っ子 らし い,さらっとした歯切れのよい文章作 りにはつ くづ く脱帽させ られ る次第であ る。
著者は, この書物の中では,本来の経済学説史 とい う専門の領域を離れ,人 物を中心 とす る物語的世界や学問 ・芸術を含む文化史の分野に自由に翼を広げ
タノ
て,思 う存分歴史を娯 しんでお られるかに見受 けられる。 とりわけ重点がおか
れているのは,十八世紀の啓蒙的君主 ヨーゼフ二世の改革政治の こと,その悲
劇的な挫折の生涯に関す る記述,それにモーツァル ト,ベー トーヴェンか らヨ
ハ ン ・シュ トラウスやマーラーへ といたるウィーンの音楽文化史やいわゆる世
紀末 ウィーンの学問 ・芸術に関する記述などであり,おそ らく著者はその二次
にわたる留学の体験の中で,専門の経済学の領域を超えてかなり広範囲にわた
る学問 (?)に精進 されたもの と察せ られる。なかで も, ヨーゼフ二世の最初
の妻イサベラの死をめ ぐる事情,ベー トーヴェンの政治思想, フロイ ト思想 と
のかかわ りにおける子殺 し事件 ( 1 8 9 9 年)やマゾッホの ことなどは類書 にあ
まりとり上げてお らず, きわめて興味深い記述 と言える。皇帝 ヨーゼフ二世 に
ついては,評者 も永年来たずさわってきた研究テーマであり,著者 と関心を共
有 しているだけに,著者が今後 どのような形でその関心の深化 ・発展をはか ら
れるのか,ある種の期待をもって見守 りたいところである。最近の若い研究者
の問で もとり上げ られ ることの少ないテーマであるだけに,著者が これまでの
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専門領域の枠を敢えて踏み越えて本格的に立 ち入 られ ることを希望 したいので
イ カガ
あるが,如何 な ものであろ うか。
さて,次 に, この書物 における各章 ごとの具体的な記述 内容 に立 ち入 り,秤 者の能力で認識 し得 た範囲内での若干の問題点や疑 問点を指摘す ることで,一 応の責めを果 た したい と思 う。まず,その前提 として考慮すべ きは,対象を成 す‑ ブスブル ク帝 国の歴史が単 な るヨー ロ ッパ の一 国の歴史 た るに とどま ら ず,中欧か ら東欧 ・南欧へ と, さ らにはイベ リア半 島にまで及ぶ汎 ヨーロッパ 的な拡が りを示す とい うことである。ま ことに,‑ブスブル ク家の歴史 をえが くことは全 ヨー ロ ッパの歴史 をえが くことに等 しい と言え る。 このよ うな汎 ヨーロッパ的な拡が りを もつ王朝国家の歴史を,それ も政治や社会経済の歩み だけではな く,多彩 にわた った芸術 ・文化 の分野を も含めて,無味乾燥 な概説 に終 わ らせず に興味をそそる読物 として200 頁余の書物 にまとめ るのはまさに 至難 の業であろ う
。そのよ うな難事を何 とか達成 された著者の御苦心の書物 に
オ コ
対 し,まことに烏孫がま しい次第なが ら,以下章別 に箇条書で評者な りの要望 や苦言などを摘記 してみたい。
G) 第 1 章の記述 には,史実か ら見て若干疑問の点,あいまいな箇所が散見 さ れ る。た とえば,フスや フス派の改革運動 当時のベ‑メ ン王 ( そ して神聖 ロー マ皇帝) は‑ ブスブル ク家ではな く,ル クセ ンブル ク家のヴェンツェル, ジ ギ スム ン トで はなか ったか。 また, 1 6 8 3 年 の トル コ軍 の第二次 ウィー ン攻 囲戦でのオース トリア側の勝者をオイゲ ン公 と し,カール六世 ( スペイ ン王 としてカル ロス三世 を自称)をスペイ ン生 まれ とす るなどやや不正確 な記述
イ トグチ
が 目立
っ 。さ らに, この章では,‑ブスブル ク家の世界支配の緒を作 ったマ クシ ミリア ン一世 の結婚政策やカール五世 ( スペイ ン王 カロルス一世)の壮 大 な歴史的意図,そ してル ドル フ二世のオカル ト趣味な どにつ いて も,今少
し詳細 に扱 って欲 しか った とい うのが評者の感想である。
( 診 第 2 章 の記述で は,主 として ヨーゼ フ二世 に関 し,その生誕か ら政革政治 マジ
の実践 と挫折 にいたるまでの歩みが,エ ピソー ド交 りに興味深 く語 られてい
る。 この点で,女帝 マ リア ・テ レジアのみを重視 した類書 とは一味異 なる著
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者の個性が強 く打ち出された ものとみな してよいであろう 。 ここで疑問を提 起 したいのは,皇太子時代の ヨーゼフが忍びのフランス旅行の折 りに使用 し た仮名の ことであり,それはバ ッケ ンシュタイ ンではな くファルケ ンシュタ インではなか ったか と思 う。 こまかいことのようであるが,正確にお調べ願 いたいところである
。なお,「 農民の神 ヨーゼ フ」のイメージを具休化す る ための一助 として,チ ェコの女流作家ニ ェムツァヴォ〜の名作『おばあさん』
の中でえがかれているヨーゼフ像などを引用 されたな らば,読者 はさらに鮮 明な印象を与え られたことであろう。
③ ウィーン古典音楽を扱 った第 3 章の内容がモーツァル トとベー トーヴェン ー を語 ることで終わ り,シュ‑ベル トに言及 されることが少ないのはやや物足
りぬ感がある。 シューベル トこそはもっともウィーン的,オース トリア的な 音楽家であ り,その意味で,ハブスブルクの歴史を語 る上でのがす ことので
きぬ人物の一人ではないだろうか。
④ 第 4 章の記述内容で も,ナポ レオ ン戦争でのカール大公やヨ‑ ン大公の活 躍ぶ りへの言及が少な く,チロルの英雄ア ン ドレアス ・ホ‑ファーに全 くふ れ られていないのは残念である。また,いわゆるビーダーマイア一時代の文 化や生活気分 について,グ リルパルツァーや シュティフクーの文学,前記の シューベル トの音楽や名曲 「 聖夜」の成立事情などを含めて,より多 くの叙 述がなされて もよか ったように思 う
。⑤ 第 5 章の記述の中で妙に気 になるのは,三月革命の項で しば しば 「 皇軍」
の語が使用されていることである。 この表現では何 とな く戦前の 日本軍が連 想 され易いので,やはり 「 皇帝軍」 とした方が無難であろう。また,ル ドル フ皇太子の心中事件 について も,最近では心中の事実その ものを疑問視す る 見解が有力であり,その意味か らも,断定を避けてい くつかの見方を並記 し た方がよくはなか ったか。
( 昏 第 6 章の世紀末のウィー ンに関す る記述は,著者の専門 とされる時期であ
るだけに,さまざまな面か ら詳細 にわたってよ くまとめ られている。しか し,
最後の 20 世紀の‑ブスブルク帝国の項 は,年表風にではな く,やはり文章で
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叙述 して欲 しか った とい うのが評者の意見である。
⑦ 第 7 章 の記述 も簡 明 によ くま とめ られてお り, ほぼ間然す るところはな い。が,帝国解体後現在 にいたるまでの継承諸国の歴史的推移 に関す る章を 別 に設 けて欲 しか った。著者 は 「おわ りに」の文の中で,最近のユーゴ民族 紛争 について言及 されてい るが,何 も旧ユーゴ地域 だけで はな く,その他の 継承諸国に も拡大 した形での戦間期以後の大づかみな現代史を付録 としてつ
け加え るべ きではなか ったか と考え る。
⑧ 引用文献 の注記や巻末の参考文献表の記述の仕方があま りにも簡略にす ぎ る。た とえば,『ウィー ン 』 ( 文芸春秋)の項などは少な くとも森本哲郎 とい う著者名を,シェープ ァ‑『アマデ ウス』の場合 などにつ いて も出版社名 (?)
をそれぞれ表記すべ きであろう
。⑨ 写真や系図 ・図表類 はほどほどに出されてほぼバ ラ ンスが とれているよう に思 う
。それ に比べ ると,地図が少 し不足 しているよ うな気がす る 。1 6 世紀 のカール五世時代 とフランス革命 ・ナポ レオ ン戦争前後の時期の‑ ブスブル ク帝国の地図,それに,で きれば第一次大戦後の解体を示す地図を入れて欲
しか った。
以上, この書物の内容 に関 して,評者みずか らの能力を もかえ りみず,いろ いろと疑 問点や問題点 などそれ こそ言 いたい放題の ことをのべて きたが,その ぶ しつ けきわまる言 い草の数 々につ き, まず は御寛恕頂 きたい と思 う。問題 を 厳密 に追究すればす る程疑問が深 まるのは当然の こと,その ことが この書物 の
オ トシ