企業結合の法規制 における企業の評価
‑ ドイ ツ株式 法305条 における公正 な代償 額算定 をめ ぐって ‑
野 田 博
Ⅰ 序
支配 ・従属会社 間で取引 その他 の措置が行 なわれる場合,その公正性 の判断 お よび両会社 の利益 ・不利益 の調整 は容易 で はない1)。 この こ とは,会社法上 の結合企業規制 ‑ 第 1次 的 には従属会社 の少数株 主保護2)‑ を難 しい も のに している主 たる要 因の一つである と考 え られる。 一方 で,支配会社 と従属 会社 の間の取引 ・措置等 につ き,個別事例 ご との公正性 の具体 的判断 を必要 と す る規制 の類型 ‑ アメ リカの法規制 はその典型 で ある3)‑ が存 す る。 他 方,そのよ うに個別事例 ご とに吟味 し,利益 ・不利益 の調整 をはかる ニーとが事
1)この点 は,例 えば ドイツにお ける事実上 の コ ンツェル ン規制 の中心 となる不利益 補償 制 度 (株 式 法311条) が機 能 しない要 因 と して指摘 され る。Vgl.Z.B.Mest‑ macker,Verwaltung,KonzerngewaltundRechtederAktionare,1958,S.305f.;der, ZurSystematikderRechtsderverbundenenUnternehmenim neuenAktienrecht,in
:Das Unternehmen in der Rechtsordnung,Festschrift紬r Heinrich Kronstein,
1967, S.129f.;Kiehne,Konzernwirkungen und aktienrechtlichen Minderheiten‑
schutzim faktischen Konzern,DB1974,S.321ff.;Immenga,Schutzabhangiger GesellschaftendurchBindungoderUnterbindungbeherrschenderEinflusses?,ZGR 1978, S.275.:Kirchner,OknomischeUberlegungenzum Konzernrecht,ZGR1985, S.23日 .また アメ リカ法 の規制 の も とで,例 えば支配 ・従属会社 間で会社 機会 の 侵害が問題 になる場合 の規制 の困難 さにつ き,拙稿「支配 ・従属会社 間 にお ける「会 社機会』 の帰属 と従属会社少数株主 の保護」一橋論叢94券 4号 (昭60)513頁.
2)江頭憲治郎 『会社 法人格否認 の法理』 (昭55)384頁.従属会社 が倒産す る とき, その債権者保護が前面 に出る。
3)包括的 な研 究 と して,江頭憲治郎 「会社 の支配 ・従属 関係 と従属会社少数株主 の 保護 ‑アメ リカ法 を中心 として(1ト (8)」法協96券12号‑99巻2号 (昭54‑57).
〔49〕
50 商 学 討 究 第37巻 第4号
実上不可能である とい う認識 を基礎 に,そのような困難 を回避 しつつ,従属会 社の少数株主,債権者 の保護 をはかろうとする規制類型が存 し,その代表的な
もの として ドイツ法の契約 コンツェル ン規制が知 られている4)。
契約 コンツェル ン規制 (株式法291条以下, とくに300条以下) において,企 業契約 なかんず く支配契約 (同291条) が備 えられる ことによ り,支配企業 の 従属会社指揮力 を法律上承認する。 コンツェル ン利益 のために従属会社 に対 し
て損失 となる指図 をする ことも認 め られる (同308条)。 支配企業 による柔軟で ほ とん ど制限のない支配が可能 となる。・このよう に,支配契約 の締結 によ り, コンツェル ン指揮 とそれに支配 された従属会社 の少数株主 および債権者 との間 の利益衝突が尖鋭化 され,そ していわば制度化 される5).それゆえ,支配企業 の自由な支配 を補完する もの として,従属会社の少数株主 に対 しては∴次 のよ
うな特別の保護措置が用意 される。
(i)補償支払 し、、(同304条)。 これは会社 に とどまる ことを選択する株主 に対する 配当保証であ り6),その算定方式 としては,従属会社 の これ までの収益状況 お よび将来の収益予想 を標準 とする固定的算定方式 (同条2項 1文) と支配会社 の配当水準 を基礎 とする可変的算定方式 とがある。
(ii)代償 (同条305条)。 これは株主 に会社 か らの離脱 を認める ものであ り,退社 株主 に対する代償 は,支配会社株式 の付与 または金銭付与 の形 でなされる (同 条2項)。従属会社株式 と支配会社株式 との交換 の比率 の確定 については合併 の場合 に適用 される原則 ‑ 公正 な合併比率 ‑ を準用 し,金銭代償額の確 定 については,「公正 な金銭代償 は,当該株主総会決議 の時点 における会社 の 財産状況および収益状況 を掛酌することを要する」 と規定 される (同条3項)。
上述の保護措置 の実効性 を担保す るために,裁判所がその相 当性 を実質的 に 4)walde,Par占nトSubsidiaryRelationsinthelntegratedCorporateSystem :A C。m‑
parisonofAmericanandGermanLaw,gTheJournalofInterilationalLaw andEc.̲
nomics455,497 (1974)
5)Emmerich,Volker/Sonnenschein,J也rgen,Konzernrecht,2.Aufl.,1977,S.167.
6)同条 1項 1文 はいわゆる狭義 の配当保証 を定め,同条 1項2文 はいわゆる利益率 保証 を定める。
企業結合 の法規制 における企業の評価 SJ
審査 し契約内容 を修正 ない し補完する ことが認 め られている (同法306条)。
以上の契約 コンツェル ン規制 において不可避的 に企業価値 ない し企業持分価 値評価 の問題が生ずる7)。本稿 では,退社株主 に対する公正 な金銭代償 の確定
のための企業評価8)に焦点 を合 わせ た近時の ドイツの諸議論 を検討する9)o そ こで示 される基本的な視角 は,次の とお りである。 退社する少数株主 はそ の社員 としての地位 の喪失 に対 する 「I 公正」 (angemessen)な代償請求権 を有す る (株式法305条3項)。 この公正 な代償額 は必ず しも株式 の市場価格 と一致す るわけではない。その価値 を突 きとめなければならないことは,公正 な代償確 定 のための裁判上 の手続 (同法306条) の困薙 さを意味す る10)。法文上,いか に代償額算定がなされるべ きかは,具体 的に明確 にされてお らず,加 えて代償 額算定のための企業評価 の困難性 および専門的知識の欠如 とい う理 由か ら,戟 判所 は, しば しば評価専 門家 に全 く依存 している との印象が持 たれる。 企業評 価 について実務,経営学等で一般 に承認 された方法 は存在せず,評価 の裁量 の 余地 は極 めて大 きい。それは,企業評価 に関係する者 に結果的 に重大 な法的不 安定 をもた らし,そ しておそ ら くそれに とどまらず,法律上定め られた公正 な 代償 が実現 されない こ とをも意味 しよ う11)○ もちろん,企業評価 に対 し経営 学等が大 きな意義 を有する ことには,疑 いの余地がない。 しか しその ことは企 7)Biedenkopf/Koppensteiner,in:KOlnerKommentarzum AktG,1970‑1976,Vorb,§
304Anm.3.
8)持分価値 は,全体 としての企業 の価値 か ら,その割合 的持分 と して引 き出 される (間 接 的な方法)。 それゆえ,持分価値 は派生 の企業価値 といえる。 これが原則 的 な方 法 であ り,直接 的 な方法 一対象 となる持分 を他 の持分価値 との比較等 によって直 接評価 す る方法 ‑ は,例外 的 な場合 に利用 されるにす ぎない。Vgl.Grossfeld,Be‑ WertungYonAnteilenanUnternehmen,JZ.1981,S.769f.
9)なお,代償 の原則 的形態 で あ る株式 交換 に よる代償 と金銭代 償 の比較 につ き, Vgl.Beyerle,ZurRegelabfindungim KonzernrechtgemaLi§305Abs.2Nr1.1AktG, AG1980,S.317ff.同論文 は,立法論 と して は,金銭代償 だ けが定 め られるべ き である とする。 また,補償 (株式法304条) たよる救済 の問題性 について は,Vgl. Z.B.Biede'nkopf/Koppensteiner,aaO(Fn,7),§304Anm.22.
10) Dielmann/K6nig, Der Anspruch ausscheidender Minderheitsaktionare auf angemesseneAbfindung,AG1984,S.57∫.
ll)Ransch,DieBewertungvonUnternehmenalsProblem derRechtswinssenschaften, AG1984,S.202.
52 商 学 討 究 第37巻 第4号
業評価 の法律 問題 としての性 質 を否定す る もので はない12)。以上 の視点 か ら, とりわけ,何 が規範的 に決せ られねばな らない法律 問題 であるか を明 らかに し, そ してその規範的基準 の内容 を解 明 しよ うとの試 みが なされている ことが注 目
される。 、
この局面 での評価 問題 は,「多数派株主支配 の進展 か ら派生 す る現代 的株式 評価 問題13)」の1つ ととらえる こ とがで きよ う。 評価 の局面 は異 なるが, そ う した観 点 か らわが国 の商 法学 の分 野 で近 時示 され て い る株 式 評価 の諸研 究14)と共通す る問題が少 くない と思 われる。
また一, わが 国の現行 法規 制 の も とで は必 ず しも問題 にな らないが15),企業 結合 の法規制 において,企業評価 の問題 は,規制 の類型 によ り重要性 の度合 の 異 なる に して も,一定 の意義 を有 す る とみる こ とがで きよ う。 ドイ ツまた は ヨー ロ ッパ型16)の規制類型 が とられ た場 合 はい うまで もない。 ある会社 が, 支配 ・従属 関係 に陥いる ことそれ 自体 に既 に外部株主 に とって は会社 との関係 を解消 あるい は改訂 す る契機 が ある, との主張 が な され る ことが あるが17), その場合,同様 に評価 問題が生ず る。 アメ リカ型 の規制類型 の もとで評価 問題 が重要 な問題 として検討 の対象 となるのは,主 に支配 ・従属会社 関係 の解消 の 態様 に関する類型,例 えば従属会社 が支配会社 に吸収合併 されるよ うな場合等
12)Grossfeld,UnternehmensbewertungalsRechtsproblem,JZ.1981,S.641f. 13)関俊彦 『株式評価論』 (昭58)2頁以下.
14)例 えば,関 ・前掲注13);江頭憲治郎 「取引相場 の なし、株式 の評価」『法協 百年論 集3巻』 (昭58)所収445頁 ;浜 田道代 「株式 の評価」 『現代株式会社法 の課題 (北 沢還暦)』(昭61)所収429頁,等 .
15)但 し,支配 ・従属会社 間の合併 が行 なわれる場合,合併比率 の決定 および株式買 取請求権 が行使 された場合 の買取価額 の算定 に関 して は,企業評価 の間塵 は法的 に も重要 であろ う。今井宏 「親子会社 の合併 と少数株主 の保護」『企業法 の研 究 (大 隅古稀)』(昭52)205頁 ;拙稿 「支配 ・従属会社 間合併 にお ける公正基準 とその実 効性確保」一橋 論叢92巻3号 (昭59)382頁等. また関 ・前掲注13)356頁以下 も 参照.
16)ヨー ロ ッパ型 の規制類型 について は,森本滋 『EC会社 法 の形成 と展 開』 (昭59) 363頁以下 ;同 「企業結合」『現代企業法講座 2(企業組織)』(竹 内昭夫 ・龍 田節編)
(昭60)所収97頁,128頁以下,等参照.
17)宮 島司 「企業結合法 における外部株主 の保護」法学研究57巻4号 (昭59) 1頁.
企業結合 の法規制 における企業 の評価 53
.で あ るが18), その他 個 別事 例 の判 断 が極 め て困難 な場 合 ‑ た とえば,支 配 ・従属会社 間で会社機会 の帰属 が問題 になるよ うな場合 ‑ に,学説 の中 には分 配 ルー ル を捷 案 す る見解 もみ られる19)。 それ によれ ば, その際 の公正 な分配 は両会社 の企業価値 を尺度 とすべ Lとされてお り, そ う した見解 におい て企業評価 は一定 の意義 を有する。
Ⅰ 代償額算定のための企業評価 と法
代償額算定 に関 し企業評価 が法律 問題 として把握 される とき, それはむろん 代償額 の裁判外 での決定 に際 し法律上与 え られた評価基準 に従 うことを意味す るが,それに とどまらず ‑ そ してよ り重要 な こととして ‑ 裁判官 に割 り 当て られる決定 の範囲 を意味する, といわれる20)。
従来 ドイツの判決 で は;法律 問題 をも鑑定 人 にゆだねる傾 向がみ られた21)。
連邦通常最高裁判所22)は, 「商事企業 の評価 のため に一般 に認 め られ, も しく は法律上規定 された方法 は存在 しない。 む しろ経営学説 で主張 された方法 のな かで個 々の場合 に適切 である と思 われる もの を選 び出す ことは,評価 にたず さ
・わる専 門家 の義務 的判断 に服す る。 そののち,彼 らによって見 出 された結果 を, 事実審 の裁判官 (Tatrichter)は無条件 に認 めなければな らない」 とす る。 その 後 の判決 で も,例 えば ツェ レ上級 地方裁判所23)は,正 当 な評価方法 を探索 す
る ことは経営学等 の任務 である とい う見解 を明 らかに している。
確 かに,企業評価 についての経営学等 の意義 を否定する理 由 は存 しない。 し か し,時 お り 「鑑定 人 の数 だけ価値 が あ る24)」と辛妹 にいわれる よ うに, た
とえ 「ふつ う用 い られている もの」 であるにせ よ異 なる評価方法 の適用 は,塞 18)江頭 ・前掲注3)「会社 の支配 ・従属関係 と従属会社少数株主の保護(8)」法協99巻
2号 (昭57)145頁,特 に187頁以下 . 19)拙稿 '・前掲注 1)85頁以下参照.
20)Ransch,aaO(Fn.ll),S.203.
21)vgl.Z.B.Ransch,aaO(F.ll),S.203;Grossfeld,aaO(Fn.12),S.642.
22)wpg1978,302,304.
23)OLGCelle,AG1979,230,231. 24)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.642.
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礎資料 が 同一であ って も,個 々の場合 に重大 な価値 の相違 に導 く25)。そ こで, 結果 として代償額が鑑定人の選択 およびその鑑定人 によらて利用 された評価方 法次第, とい うことになれば,裁判官 のある学説上 の意見 も しくは経済上 の経 験 法則へ の拘 束 は存 しないこ とに照 ら して,基本法26)に関す る問題 を生ず る との指摘 もみ られる。 その論者 は続 けて次 の よ うにい う‑27)。宅「事実問題 (ここ では,裁判官が法律 問題 の推論 に とって必要 である と想起 しなければな らない 事情 である) と法律 問題 (ここでは,裁判官 に委 ね られる決定 の範 囲である) の境界 をはっ きりさせ よ うとす る際,法律上 の裁判官 (gesetzlicherRichter)に っいての原則 的 な規定 (基本法101条 1項 2文)28)が考慮 され なければな らな い。鑑定人 に法規範的 な判断が委 ね られている場合,評価鑑定人へ の裁判官 の 職務 の許 されない移転 があ りそ うに思われる」 と。
近時,退社株主 の代償額算定 のための企業評価 に対 する法律 問題 としての理 解 が,判決および文献上 み られるよ うになって きてお り, その際次 のよ うな観 点が示 される。 まず,法規走 自体 が不確定 の法律概念 を含 み,法学者 にそれ を満 たす ことを促 す. ここで議論 になっている代償 はつね に 「公正」でか ナればな らないが, この規定 の公正性 は不確 定 の法律概念 ‑ 典型的 な一般条項 ‑ である。 それ は,憲法 および会社 法 の上位 の観点 ‑ 所 有権保 障,平等取扱 い原則等 一二 を考慮 に入 れる ことによ ってのみ満 た される。 したが って, そ れ を満 たす ことは法律 問題 なのである29)0
さらに,企業評価 は別 の観点か らも法律 問題 として捉 えられる。企業評価 は 目的 に結 びつ け られる30)。企業価値 がすべ ての具体 的 な法律 関係 か ら離 れて 25)vgl.OLGStuttgart,in:Koppenberg,BewertungYonUnternehmen,1964,S・57・こ こでは,提出された7つの鑑定結果が,額面額の560%から1060%にわたっていたo 吉見研次 「ドイツ法における局外株主の代償(1)」法学雑誌1号 (昭51)40頁,58頁・
26)Art.20Abs.3GGT立法は,憲法的秩序に,執行権および裁判は法律及び法に, 拘束される。」(基本法の条文の邦訳については,『岩波基本六法 (昭61版)』所収
の 「比較憲法粂文集」に依る。以下,同じ。) 27)Ransch,aaO(Fn.ll)S.203.
28)「何人も,その法律の定める裁判官 〔の裁判をうける権利〕を奪われてはならない」
29)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.642.;Rans正 aao(Fn.ll),S.204・
30)Mnllerは,すべての価値の確定は一定の目的を追求する, と準べる。WelfMtil‑
企業結合 の法規制 における企業の評価 ∬
決定 される場合,例 えば潜在的な買い手がある企業 またはその持分 に対 しどれ だけ支払 うべ きか を決定する場合 には,法律 問題 は生 じない。 しか しここで取 扱 う代償 の場合 は,そ うした具体的な法律関係 か ら切 り離 された企業価値 の決 定が問題 なのではな く,む しろ法律上の特定の関係 の うちの規範的な問題,す なわち一定の人のあいだの一定の法律 関係 の枠 内での価値評価が問題 なのであ る。 決定的であるのはこれ らの人の間に,評価 の対象 となる企業 に関 しすで に 特定の法律上 の関係 が存在する ことである。 価値 の確定 は,その具体的な法律 上 の関係 ‑ ここで は株主間の,す なわち多数株主 と少数株主 のあいだの法 律 関係 ‑ の一部 をな し,それによって形成 される ことになる。 このように, 価値 は画一的なものではな く, む しろその時々の評価 の 目的に関連 した もので
ある31)。 それ は, 当事者 の利益状態,法規制 の意味 および経済上 の結果 を適 正 に考慮 しなけれ ばな らない とい うことを意味す る32)。それゆえ退社株主 の 代償額算定 のための企業評価 は,たんに計算操作 による ものではな く,価値評 価 を要求 している法規走の 目的および当該法律 関係 を形成する価値 の観念 (辛 等取扱 い原則等) を基礎 とする。 ここで は裁判所 の全 く独 自の任務が問題 とな る33)。鑑定 の結果 の相違 は,鑑定 人が法律 問題 をさまざ まに判断す る こ とに
さ
帰 因 している場合 も少 な くない34)と 企業評価 が まず第一 に法律 問題 である と されるのは,以上 のよ うな理由か らである。
Ⅱ 公正 な代償額算定の基礎
1.完全 な代償 の原則
株式法291条 による企業契約 の締結 は少数株主 の社員権 を根本的 に変容 させ る35)。 この よ うな場合 に与 え られる代償 に不可欠 の 「公正性」 (Angemessen‑
heit)の解釈 は,前述 の よ うに典型的 な法律 問題 であ り,上位 の観点 を考慮 す ler,DerWertderUnternehmung,JuS1973,S.605.
31)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.643.
32)vgl・LGHannover,AG1979,234,235;Ransch,aaO(Fn.ll),S.204.
33)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.643.
34)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.643.
35)vgl.Z.B.Beyerle,aaO(Fn.9),S.318.
56 商 学 討 究 第37巻 第4号
る ことによって答 えられる。 この関係 で, まず憲法上 の観点,す なわち所有権 保障 (基本法14条) が指摘 される。 連邦憲法裁判所36)は,Feldmtihle事件 にお いて,転換 (Umwandlung)によ り退社 を強制 された株主 に与 え られる公正 な代 償 とは,退社 する少数株主がその地位 を喪失する ことに村す る 「完全 な代償」
(volleabfindung)でなければな らない ‑ その限 りでのみ基本法 と衝突 しない
‑ とした。 この原則 は, ここでの金銭代償 に も株式代償 に も同様 に妥 当す ろ と考 え られている37)。
連邦憲法裁判所 は, さらに,完全 な代償 につ き, 「活動 す る企業 に対 す る会 社上 の持 分 に値 す る もの」 で ある と している38)。 しか し, これで完全 な代償 の内容が明確 になった とはいえない。畢 営学説等 において,企業 (またはその 持分) の 「価値」 はその所有者 に対 して将来 どのよ うな利益 を期待 させ るか と い うこ とのみ によ って定 まる こ とが,以前 よ り認 め られている39)。 そ して こ の理解 は判決 に も浸透 して きている40)。 この利益 は,将来個 々の持 分所 有者 に評価対象か ら分配 される利益 の潜在 的可能性 に基づ いて測定 される。 その理 解 によれば,完全 な代償 の内容 は, よ り厳密 には,次 のよ うに示 される といわ れる。 す なわ ち, 「代償 は,代償 を受 ける者 に評価 の対象が提供す るの と同価 値 の利益 の取得 をもた らさなければならない」 と41)。
2.評価 の基本的構想
a.主観的 な企業価値
評価 の対象か ら将来 に期待 される利益.の算定 は, その特別の専 門知識 にもと
36)BVerfGE14,263,284.
37)Gansweid,ZurgerichtlichenOberprnfungderangemessenBarabfindungmach§305 AktG,AG1977,S.334,335.;Ransch,aaO(Fn.ll)S.204.
38)BVerfG14,263,284.
39) Vgl.Winnefeld,ZukulnftsbezogeneWertfaktorenbeiderErmittlungderBarabfin‑
dungnach§305AktG,DB1975,S.457,458.
40) Vgl.OLG Celle,AG 1979,230, 231;OLG Hamburg,AG 1980, 163, 164;LG Dortmund,AG1981,236,238;OLGDtisseldorf,AG1984,216.
41)Ransch,aaO(Fn.ll),S.205.
企業結合 の法規制 における企業 の評価 57
づ いて,鑑定人 に委 ね られねばな らない経営経済上 の評価 問題 に属 す る42)。 その際極 めて多様 な方法 が用 い られ うる。 デ ュ ッセ ル ドル フ上級 地方裁 判 所43)は,「鑑定人が個 々の場合 に有用で,そ してなるほ どと思 わせ る方法 を選 択す る場合」,それは許容 される と判断 した。 しか しそれに対 しては,確 か に 鑑定人 はそのつ ど有用でなるほ どと思 わせ る方法 を選択するが,法律 問題 にら いては異 なった判断 をする とい う理 由か ら,異 なった結果 に至 る とい うことを 見落 としている との,先述 した指摘 が妥当する。
このよ うな裁判所 の判断 に留保 され,鑑定人 に前 もって基準 として示 される べ き法律 問題 の一 つ は,評価 の基本的構想 の選択 である44)。 過去 において, 一般 に客観的な企業価値が前提 とされていた。 そ して今 日もなお,そ うした見 解 は判例,学説上 み られる45)。 それ は,「通常 の」,そ してすべ ての人 に 「兵通 に」基準 となる企業価値が存在する とい うことを前提 とする。 そのように理解 される客観的な企業価値 の確定 において,買 い手 または売 り手 の 「主観 的な」
価値評価 は,考慮 されてはならない。 しか し, このような客観 的価値論 に対 し, 近時の学説 は批判的である。 一般 に,価債 は,ある人のある物 に対する関係 に
もとづ くのであ り, またそれに加 え交渉 によって定 まるものである。 必然的 に 主観的なもの となる。 企業 の価値 も,企業がその時々の持分所有者 に生ぜ しめ る利益 に依存 してお り,常 に主体 に関連する。 企業価値 は,人 によ りさまざ ま な高 さであ りうる。 企業評価 において,.売却する者 と取得する者双方の状況 を 無視することはで きない。 このような理由か ら,企業価値 は主体 に関連 した価 値である とい うことが, まず確認 される ことになる46)。
ここで誤解 されてはならないのは,主体 に関連 した価傍 を客観的に評価する
42)Ransch,aaO(Fn.ll),S.205.
43)OLGDtlsseldorf,AG1984,216.
44)Ransch,aaO(Fn.ll).S.205.
45)吉見 ・前掲 注25)「ドイ ツ法 にお ける局外株 主 の代償 (2・完)」法学雑誌23巻2 号 (昭51)212頁以下 は,客観 的 な価値観念 に も とヲ く企業価値評価 の理論 を分析 す'Z)0
46)以上 につ き,Ⅴgl.Grossfeld,aaO(Fn.12),S.644ff;Ransch,aaO(Fn.ll),S.205f.
58 商 学 討 究 第37巻 第4号
こと,すなわち独立 した第三者 とい う観点か ら評価す る ことは,主体 8̲こ関連 し た価値 とい う前提 に矛盾す る もので はか 、とい うことである。 47)こ とに,個 人的な投資決定の準備 のための評価 と異 な り,価値が複数の関係者 に対 して画 一的 に確定 されるべ き場合 には,純粋 の主観 的な考察では事 は片付 かない。関 係する者 の個人的評価 は,信頼で きない 「自己査定」であることもある。 また, 対象物 に対 して有する個人的心情 のような,相手方 との関係 においてその時々
の法律 関係 の意味 によっては注 目され得 ない,極 めて個人的な種類 に属する主 観的な考慮 も存在する。それ らは,次 に述べ る合意価値 の決定 の基礎 か ら除外 される必要がある48)。 ここで類型化 (Typisierung)が求 め られる。 企業評価 に おいて,その時々に当該関係者 にとって典型的である とみなされる事情が前提 とされるべ きである。 何 が 「典型的である」 とみなされるべ きか,す なわち類 型化 を形成する要素 をいかに選択するかにつ き,規範的評価が不可欠 になる49)0
b.公正 な合意価格
主観 的価値論 を評価 の前提 とす れば,当事者 の限界価格50)が異 なる場合が 生ずる。その際,裁判官 による決定がなされるべ き問題 として, どこに価値 の 合意が見 出 されるべ きか,の問題がある。 それが,①退社する少数株主の限界 価格 に見 出されるべ きか,②多数株主のよ り高い限界価格 に見出 されるべ きか, (勤これ らの限界価格 の間に見出 されるべ きか,である。 これは,学説上非常 に 意見 の対立する問題である。確 かに,い くつかの (少 くとも二つの)異 なる決 定価値か らすべての関係者 に義務づ けられるただ一つの合意価値 に橋 をかける
ため,法の視点か らの一定の方法が必要 になって くる51)0
その際,代償 を義務づ けられる多数株主 (支配企業) のよ り高い限界価格 は 47)この点で,判例上, しばしば,,評価は客観的な基準によって行なわれねばならな
いと述べられることが,必ず しも主観的価値を前提 とすることに対立するもので はない,と指摘される。Grossfeld,aaO(Fn.12),S.644.
48)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.645∫. 49)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.646.
50)「限界価格」は,持分の売買に際 し財産的損失を彼らないで,買い手は最大限どれ だけ支払うことができるか,売 り手は少 くともいかなる価格であれば換金 してよ いか,によって決定される。
51)Grossfeld,aaO(Fn.12),S.645.
企業結合の法規制における企業の評価 59
何 に も とづ くのか を確 認 してお くこ とが有益 で あ る。次 の ものが考 え られ る52)0
①企業の再編成 ない し他 の企業 との協 同による会社資産のよ り効率的な利用が .生み出す将来の予想利益 についてのよ りよい情報。
②利益 の移転 および少数株主 に不利益 な一定 の配当政策等 によって,株式法60
条 1項 に違反する形での不当な操作。
③直接 に少数株主の退社 と結 びついた利益,例 えば,従属報告書 に対する検査 費用 および報告義務 のある法律行為 の把握 のために必要 な組織上の処理が省 か れる こと。
④引受人が,少数株主の退社 によって生ずる無制限の指揮力 によって,当該結 合企業 に関 して調達,生産,販売,財務政策等 における合理化利益,協働的効 果が得 られること (いわゆる結合利益)。
限界価格 の相違が上 の①② に基づ く場合 には,代償 を受 ける者が退社 しなけ れば参加 して しかるべ きであ り,そ してその退社 によって評価 の対象のなかに 残 した利益が問題 になっている。 それゆえ, この利益分 については,代償 を受
ける者が完全 に填補 されるべ きである とい うことがで きる53)0
限界価格 の相違が③④ に基づ く場合,その相違 は,必ず しも多数株主が少数 株主の犠牲 において利益 を得 る とい うことには結 びついていない。 この関係 で は, とくにいわゆる結合利益 を合意価格 を決定する際考慮すべ きか どうか,す なわち このよ うな利益 を分配すべ きか どうか, の問題が重要 である54)。 判例 で は通常,結 合利 益 の分 配 を否 定 す る。 例 え ば, ハ ンブル ク上級 地方裁 判 所55)は,株式法305条3項 2文が被支配会社 の収益状態 および財産状態 のみに 焦点 を合 わせ ていることか ら,支配企業 に対する結合 の効果 その他 の利益 は顧 慮 される必要 はない とす る。 また, ドル トム ン ト地方裁判所56)も結合利益 の
52)Ransch,aaO(Fn.ll),S.206.
53)Ransch,aaO(Fn.ll),S.206.
54)Grossfeld,aaO(Fn.8),S.772;Ransch,aaO(Fn.ll),S.206・
55)OLGHamburg,AG1980,165.
56)LGDortmtlnd,AG1981,236,239.
60 商 学 討 究 第37巻 第4号
価値 に対 し消極的な判断 をな している57)0
学説上 は,意見の対立がある。 一方で,結合利益 の一般的な分配 に反対 し, この関係 では,代償 を受 ける者 の限界価値での代償 に賛成する見解がある。 そ の一つは,結合利益 の算定およびその分配の尺度 を見出す ことの困難 さを理由 とする実行可能性‑の疑問 とならんで,憲法上の所有権保障が,持分 の売却 の 際の何 らかの 「考 えうる」見込み または経済的機会すべて を含 むのではな く, ただ評価 の対象それ自体 の経済的発展 の見込みおよび危険 を包含するのみであ ることをあげる。すなわち,少数株主が,場合 によってはその持分の売却 を先 にのばす ことによって, よ り高 い価格 を得 る との見込みは憲法上の所有権保障 の対象外であ り,そ してその限 りで,代償額 の算定 において考慮 されるべ きで ない との議論である58)。
それに対 し他方で,退社株主 の限界価格での代償 は 「公正」ではない との見 解 も有力 に主張 されている59)。次 のよ うな理 由があげ られる。 この効果 は, たんに多数株主 (支配企業) の措置 に起因す るだけで はない。 少数株主がその 退社 によって追加的な寄与 をなす ことも考 えられる。 さらに多数株主 は,少数 株主が退社 しないで もこの経済的効果 を達成することので きる場合がある。そ
の場合少数株主 は,多数株主がその利益 に対する少数株主の取 り分 を削減する ような手段 をとらなければ,持分 に応 じてその成果の分 け前 にあずかるであろ う。 しか し,少数株主が多数株主の不公正 な行為 によって, この成果 の分配 を 受 けることを妨 げ られる とするなら,利益 の増加分 をすべて多数株主 に帰属 さ せる代償 は公正 とはいえない。 このように,代償 を受 ける者 を結合利益 に参加
させ ることは経営者 の企業家的手腕への寄生的関与ではな く,結合利益 は,当 事者間でその利益状況 に応 じて分配 されるべ きである とされるのである60)0
57)その他,OLGCelle,AG1979,233.ただし転換の事例で,公正性の観点から,結 合利益 を考慮 す る判決 もある。OLGHamm be主Koppenberg(Fn.25),S.99,106.
58)Ransch,aaO (Fn.ll),S.206f.Vgl.auch,Kropff,RechtsfragenderAbfindungau‑ sscheidenderAktionare,DB1962,155,158.
5g)Drukarczyk,Zum Problem derangemessenenBarabfindungbeizwangsweiseau‑
sscheidendenAnteilseignern,AG1973,357,363:Grossfeld,aaO(Fn.8),S.772f. 60)Grossfeld,aaO (Fn.8),S.773.なおこの間題に関し,アメリカ法において,特に
企業結合 の法規制 における企業 の評価 61
以上 のよ うに,学説上争 いはあるが,いずれにせ よ,丁裁判官 は, どの限界 価格 を基礎 に代償額が算定 されるべ きであるか,そ して とりわけ結合利益が代 償 において考慮 されるべ きであるか どうか ‑ される とするなら,その分配
の方式 も含 めて ‑ を評価鑑定人 に示す必要がある61)」といわれる。
3.平等取扱 い原則
企業評価 の規範的基準 として,株主相互間に存する法律 関係 もまた考慮 され なければならない。 この関係 で,株主平等取扱 い原則が重要である。 株式法53
a条 は,「株主 は同 じ条件 の もとで平等 に取扱 われねばならない」と定 める。
この原則 は,法律,契約 または定款 において不平等 な取扱 いが許容 されない 限 り,すべての株主が同 じ条件 の もとで平等 に扱 われることを求める。 もちろ ん,株主相互の関係 で単一の企業価値 を基礎 とする ことは, ここでの問題では ない。先述 のように企業価値 は主体 に関連 してお り,異 なる株主 グループにお いて異 なる高 さになる ことが通常である。 む しろ重要 なことは,平等原則 か ら 規範的な評価基準が引 き出 され うる とい うことである62)。
a.完全配当命題
完全 な代償 の基礎 となる ものは,すで に述べた とお り,株主が評価対象か ら 将来 どれだけ利益 を得 る ことを期待 で きるかである。 それ は,「将来 の最大限 可能 な平均配当」 によって形成 される63)0
ところで,利益 の一部 を配当せず,任意準備金 として積立てることが,一般 にみ られる64)。 そ こで,企業 の配 当疎策 に影響 を有 しない持 ち分 には,評価 影響力 の大 きいデ ラウェア州 の判例法上,合併利益 (共働 的効果) が株式買取請 求権 に関す る規 定 〔8Del.C.§262〕の も とで考慮 され るべ きこ との示唆 され た weinbergerv.UOP,Inc.,457A.2d701(Del.1983)も参考 になる。本事件 につ き, 神 田秀樹 「合併 と株 主 間の利害調整 の基準 ‑ アメ リカ法」『八十年代商事法 の
諸相 (鴻還暦)』所収 (昭60)331頁,348頁以下参照。
61)Ransch,aaO(Fn.ll),S.207.
62)Ransch,aaO(Fn.ll),S.207.
63) Moxter,GrundsatzeordnungsmaLSigerUnternehm ensbewertung,2Aufl.1984,S.85 ff.;Grossf占ld,aaO(Fn.8),S.770;Ransch,aaO(Fn.ll),S.207.
64)Ransch,aaO(Fn.ll),S.207.