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く』考 の如 ──"写生主義"を超えて── 塚節の歌集『鍼 長

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(1)

塚節の歌集『鍼

の如

く』考

── "写生主義"を超えて ──

千   葉     貢

一 、 節 と 子 規 の 出 会 い ─ ─ ─ " 写 生 主 義 " の 時 代

  時 の 新 聞 『 日 本 』( 明 治 二 十 二 年 創 刊 ) は 、 明 治 三 十 三 ( 一 九 〇 〇 )

年 二 月 十 五 日 付 け に て 第 二 回 の 短 歌 募 集 ( 課 題 は 「 森 」) を 伝 え た 。

長 塚 節 は こ れ に 応 募 し 二 首 入 選 、 掲 載 さ れ た 。 そ の 二 首 と は 、 次 の 通

り で あ る 。

    ・ 野 を 行 け ば た だ に 楽 し く 森 行 け ば こ と と し も な く も の ぞ 偲 ば ゆ     ・ す が の 根 の な が な が し 日 も 傾 き て 上 野 の 森 の 影 よ こ た は る   節 は 喜 び 、 選 者 で あ る 竹 の 里

さとびと

人 ・ 正 岡 子 規 宅 を 訪 問 す る 。 そ の 訪 問

は 明 治 三 十 三 ( 一 九 〇 〇 ) 年 三 月 二 十 七 日 に 所 在 地 を 確 か め 、 翌 日 の

二 十 八 日 午 前 に 伺 い 、 初 対 面 を 通 じ て 入 門 を 果 た す 。 時 に 節 は 二 十 一

歳 、 子 規 は 三 十 三 歳 で あ っ た 。 ─ ─ ─ 「 さ て 、 こ の 二 十 七 日 と い う の

は 非 常 に 天 気 も よ い 日 で あ っ た が 、 午 後 か ら 出 掛 け た 。 黒 塀 を ぐ る っ

と 廻 っ て 前 に 見 て 置 い た 門 の と こ ろ に 出 る と 、 立 派 な 人 力 車 が 一 台 主 人 を 待 っ て 控 え て 居 て 、 そ っ と 玄 関 を 見 る と 客 の 下 駄 の よ う な も の が

二 三 足 並 ん で い る 。 思 い 切 っ て 這 入 ろ う か と 思 っ た が 何 と な く 気 臆

(ママ)

が し て 二 三 遍 行 っ た り 来 た り し た 儘 、 と う と う 門 の 扉 を 押 し 明 け る 勇

気 も 出 な い で 悄 々 と し て 帰 っ て 仕 舞 っ た 。 翌 日 は 人 に 先 ん ぜ ら れ な い

よ う に と 思 っ て 午 前 に 行 っ た 。」( 『 長 塚 節 全 集 』 春 陽 堂 、第 五 巻 十 二 頁 。

「 竹 の 里 人 ( 二 )」 の 章 よ り 現 代 仮 名 遣 い に 改 め て 引 用 。 初 出 は 『 馬 酔

木 』 第 九 号 。 明 治 三 十 七 年 二 月 二 十 七 日 発 行 )

な ど と 、 子 規 亡 き

後 に 振 り 返 っ て い る ( 子 規 は 明 治 三 十 五 年 九 月 十 九 日 に 病 没 。 享 年

三 十 五 )。

  子 規 は 、「 維 新 の 大 業 は 偏 鄙 の 偏 鄙 の 、 遠 国 の 遠 国 の 薩 長 土 肥 と い

う 田 舎 者 に よ っ て 成 就 せ ら れ た 。 然 る に 文 学 の ル ネ ー サ ン ス に は 田 舎

者 が あ ず か る 事 が 出 来 ぬ と あ っ て は 、道 理 が 合 わ ぬ で は 無 い か 。」 (『 子

規 全 集 』 講 談 社 、 第 五 巻 四 三 八 頁 、「 ホ ト ト ギ ス 第 四 巻 第 一 号 の は じ

め に 」〈 明 治 三 十 三 年 十 月 三 十 日 〉 よ り 引 用 ) と 述 べ て お り 、 自 ら の

出 自 を 含 め て 「 田 舎 者 」 に 期 待 を 寄 せ て い た 、 と い う こ と で あ る 。

(2)

  や が て 、 子 規 は 「 天 然 を 写 す の で あ る か ら 、 天 然 の 趣 味 が 変 化 し て

居 る だ け 其 れ だ け 、 写 生 文 写 生 画 の 趣 味 も 変 化 し 得 る の で あ る 。 写 生

の 作 を 見 る と 、 一 寸 浅 薄 の よ う に 見 え て も 、 深 く 味 わ え ば 味 わ う 程 変

化 が 多 く 趣 味 が 深 い 。( 中 略 ) 写 生 は 平 淡 で あ る 代 わ り に 、 や る 仕 損

な い は 無 い の で あ る 。 そ う し て 、 平 淡 の 中 に 至 味 を 寓 す る も の に 至 っ

て は 、 其 の 妙 実 に 言 う 可 か ら ざ る も の が あ る 。」 と 述 べ た う え で 、 さ

ら に は 「 写 生 が 出 来 な い で 全 幅 の 精 神 が 見 え る 筈 が 無 い 。」 (『 明 治 文

学 全 集   正 岡 子 規 集 』 筑 摩 書 房 、 二 七 九 頁 、「 写 生 ・ 写 実 」 の 章 よ り

引 用 ) と も 述 べ て い る 。

  節 は 、師 で あ る 子 規 の 、こ の よ う な 主 義 主 張 の 理 解 に 努 め な が ら 多 く の 短

歌 を 詠 む 。 例 え ば 、「 竹 の 里 人 を お と な ひ て 席 上 に 詠 み け る 歌 」

と い う 「 詞

ことばがき

書 」 を 添 え て い る 十 首 の な か に 、 次 の よ う な 短

歌 が あ る の

で 紹 介 し た い 。

    ・ 歌

うたびと

人 の 竹 の 里 人 お と な へ ば や ま ひ の 床 に 絵 を か き て あ り     ・ 荒

あれには

庭 に 敷 き た る 板 の か た わ ら に ふ る 鉢 な ら び 赤 き 花 咲 く     ・ 生 垣 の 杉 の 木 ひ く み と な り 屋 の 庭 の 植 木 の 青 芽 ふ く 見 ゆ     ・ 茨

ばら

の 木 の 赤 き 芽 を ふ く 垣 の 上 に ち い さ き 虫 の 出 で て 飛 ぶ 見 ゆ     ・ 人 の 家 に さ へ づ る 雀 ガ ラ ス 戸 の 外 に 来 て 鳴 け 病 む 人 の た め に     ・ ガ ラ ス 戸 の な か に う ち 臥

す 君 の た め に 草 萌 え 出 づ る 春 を 喜 ぶ   節 は 、 初 対 面 ( 入 門 ) か ら 一 年 半 余 り に し て 、 師 の 子 規 を 失 う 。 そ

れ で も 節 は 自 ら の 処 世 観 や 創 作 の 姿 勢 を 醸 成 し な が ら 、実 践 に 勤 し む 。

例 え ば 、「 今 鉄 幹 一 人 ノ 論 ヲ 聞 キ テ コ レ ヲ ヨ シ ト ス ル モ ノ ハ 誤 リ ナ リ 。 心 酔 者 ナ リ 。 言 論 ハ 其 ヨ ツ テ 来 ル ト コ ロ ノ モ ノ ト ヲ 探 リ 、 両 者 ノ 論 旨

ヲ 比 較 シ テ 始 メ テ 其 可 否 ヲ 言 フ ベ シ 。 凡 ソ 人 識 高 カ ラ ザ レ バ 漫 リ ニ 人

ノ 言 ニ 服 シ 易 シ 、 故 ニ 一 人 ノ 言 ニ ノ ミ 聞 ク ハ 頗 ル 危 険 ノ コ ト ナ リ 。 今

若 シ 鉄 幹 ノ 論 ヲ ヨ マ ン 人 ハ 敵 手 タ ル 子 規 ノ 文 ヲ ヨ メ 。 余 ハ 固 ク 信 ズ 。

鉄 幹 ハ 迷 ヘ リ 、 子 規 ハ サ メ タ リ 。 迷 者 ノ 言 ハ 危 ク 、 醒 メ タ ル モ ノ ノ 言

ハ 聞 ク ベ シ ト 。 明 星 ヲ 無 二 ノ 友 ト シ 、鉄 幹 ノ 歌 ヲ 歌 ナ リ ト ス ル モ ノ ハ 、

遂 ニ 歌 ヲ ヨ ミ 得 ベ キ ニ ア ラ ザ ル ナ リ 。 歌 ヲ ヨ マ ン ト ス ル モ ノ ハ 万 葉 ヲ

ヨ メ 、 万 葉 ヲ ヨ マ ン モ ノ ハ 日 本 ヲ ヨ メ 、 子 規 ノ ウ タ ヲ ヨ メ 、 而 シ テ 明

治 ノ ウ タ ハ ナ ル ベ シ 。」( 明 治 三 十 三 年 十 月 十 日 付 け 、寺 田 憲 宛 書 簡 。『 全

集 』 第 六 巻 二 七 頁 ) と 伝 え 、 さ ら に は 、 伊 藤 左 千 夫 の 「 歌 譚 抄 」 に 対

す る 「 歌 譚 抄 を 読 み て 」( 明 治 三 十 八 年 五 月 『 馬 酔 木 』 に 掲 載 ) の な

か で 、「 万 葉 に 依 拠 す る は い い が 、 つ け 元 気 で 、 自 分 に 還 る こ と を 忘

れ る 弊 が あ る 。 こ の 弊 を 除 く た め に は 、 天 然 を 写 生 せ ね ば な ら ぬ 。 直

ち に 天 然 に 接 触 し て 写 生 す る と い う の が 現 在 の 急 務 で あ る 。」 と 説 い

て い る 。 左 千 夫 は 同 じ 明 治 三 十 三 年 に 入 門 し た 同 志 で あ り 、 終 生 の 歌

友 で あ る 。 時 に 三 十 七 歳 に し て 、 節 よ り 十 六 歳 も の 年 長 者 で あ っ た 。

  や が て 「 小 生 は 自 己 の 唯 一 の 資 本 た る 努 力 は 、 毛 頭 を し み 申 す ま じ く 候   骨 折 る こ と を 以 て 小 生 は 唯 一 の 武 器 と 心 得 居 り 候   田 舎 者 は 到

底 田 舎 の こ と を 書 く よ り 外 は 無 之 候 」( 明 治 四 十 年 十 一 月 二 十 六 日 付

け 、 岡 三 郎 宛 書 簡 。『 全 集 』 第 六 巻 二 一 四 頁 ) な ど と 伝 え て お り 、 子

規 が 提 唱 し た 「 写 生 主 義 」 の 理 解 と 実 践 に 努 め て い く 。

  節 は 、 亡 き 子 規 の 教 え を 念 頭 に 入 れ な が ら 、「 写 生 す る 」 と い う 手

(3)

法 に 徹 し 、 精 進 を 重 ね て い た で あ ろ う こ と は 想 像 に 難 く な い 。 そ の 一

端 を 証 左 す る か の よ う に 、

    ・ 鬼 怒 川 を 朝 越 え 来 れ ば 桑 の 葉 に 降 り お け る 霜 の 露 に し た た る( 明

治 三 十 六 年 「 雑 詠 十 六 首 」)

    ・ 此 の 日 ご ろ 庭 も 掃 か ね ば 杉 の 葉 に 散 り 重 な れ る 山 茶 花 の 花 ( 明

治 三 十 七 年 「 秋 冬 雑 詠 」)

    ・ 馬

追 虫 の 髭 の そ よ ろ に 来 る 秋 は ま な こ を 閉 ぢ て 思 ひ 見 る べ し( 明

治 四 十 年 「 初 秋 の 歌 」)

  な ど と 詠

うた

わ れ 、 節 の 代 表 作 と し て 今 も 猶 愛 唱 さ れ て い る の だ か ら 、

信 念 を 抱 い て 真 摯 に 取 り 組 ん で い た こ と を 如 実 に 示 す「 資 本 た る 努 力 」

の 成 果 に 他 な ら な い 。 こ れ は 「 巧 詐 は 拙 誠 に 如 か ず 」( 『 韓 非 子 』 説 林

篇 ) と い う 姿 勢 で あ り 、「 後 生 、 畏 る 可 し 」( 『 論 語 』 子 罕 篇 ) と い う

こ と で あ ろ う 。

  や が て 「 写 生 主 義 」 の 手 法 は 短 歌 に と ど ま ら ず 「 写 生 文 」 へ と 進 展

し 、 拡 充 の 過 程 を 辿 る 。「 写 生 文 」 の 創 作 を 試 み な が ら ( 明 治 三 十 九

年 の 短 編 小 説 「 炭 焼 の 娘 」、 同 四 十 年 の 紀 行 文 「 佐 渡 ヶ 島 」、 そ し て 同

四 十 三 年 の 長 編 小 説 「 土 」 の 連 載 に 至 る ) 実 践 に 挑 み 、 実 感 を 告 白 し

て い る 。 そ の 実 感 と は 、「 写 生 文 は 或 る 天 然 人 事 を 写 生 す る 文 章 で 、

其 天 然 人 事 を 読 者 の 眼 前 に 髣 髴 せ し む る た め に は 精 細 な 描 写 を 要 す

る 。 精 細 に 描 写 す る と い う こ と は 、 一 方 極 端 に 省 略 す る こ と で あ る 。

則 ち 無 駄 な 部 分 を 省 く こ と で あ る 。」 (「 本 誌 『 為 桜 』 過 去 一 個 年 間 の

文 章 に 就 い て 」 よ り 引 用 。『 全 集 』 第 五 巻 四 二 頁 ) と い う 自 説 を 試 み る か の よ う に 、 写 生 文 の 創 作 に 努 め る 。 そ の た め 短 歌 の 創 作 が 少 な く

な る 。 数 え る と 、 明 治 三 十 六 年 が 二 〇 一 首 、 同 三 十 七 年 が 一 七 九 首 、

同 三 十 八 年 が 二 五 二 首 、 同 三 十 九 年 が 六 七 首 、 同 四 十 年 が 一 〇 九 首 、

同 四 十 一 年 が 四 一 首 、 同 四 十 二 年 が 二 首 、 と 激 減 ( 歌 の 数 は 『 長 塚 節

の 人 間 と 芸 術 』 教 育 出 版 セ ン タ ー 、四 三 頁 。 木 戸 清 平 「 長 塚 節 の 『 土 』

に 関 す る 考 察 」 と 題 す る 論 考 よ り 引 用 し た 。 筆 者 も 念 の た め に 全 集 本

に て 数 え て み た が 同 様 で あ っ た ) し て い る 。

  節 は 短 歌 を 詠 み な が ら も 、 遂 に 短 編 小 説 「 炭 焼 の 娘 」 を 創 作 す る 。

こ の 作 品 は 、 明 治 三 十 九 年 の 「 七 月 二 十 五 日 発 行 の 『 馬 酔 木 』 創 刊 三

(ママ)

年 記 念 号 に ( 中 略 ) 青 果 の 筆 名 で 発 表 」 さ れ た も の で あ り 、「 こ れ

は 六 か 月 か か っ て 書 き 上 げ た 苦 心 の 作 で 、 写 生 文 家 か ら は 注 目 さ れ

る 。」 と 、『 全 集 』 の な か の 「 年 譜 」 の 編 著 者 ・ 大 戸 三 千 枝 が 伝 え て い

る (『 全 集 』 第 五 巻 五 五 二 頁 の 上 段 か ら 下 段 に か け て 引 用 )。 続 い て 、

短 編 小 説 「 芋 掘 り 」 を 明 治 四 十 一 年 三 月 一 日 発 行 の 『 ホ ト ト ギ ス 』 誌

上 に 発 表 す る 。 そ し て 、「 小 生 は 近 来 更 に 歌 な く 面 目 相 立 ち 不 申 候 ( 中

略 ) 小 生 は 近 来 文 章 の 頭 に な り て 、 歌 は ま す ま す 出 来 不 申 候 」 と 久 保

田 俊 彦 ( 島 木 赤 彦 ) 宛 書 簡 ( 明 治 四 十 一 年 三 月 十 日 付 け ) に て 伝 え て

い る (『 全 集 』 第 六 巻 二 二 二 頁 )。 さ ら に 、 明 治 四 十 一 年 九 月 二 十 日 付

け の 久 保 田 俊 彦 ( 島 木 赤 彦 ) 宛 書 簡 で は 、「 近 来 小 生 は 作 歌 の 勇 気 も

失 せ 候 た め か 、 妙 な 頭 に 相 成 容 易 に 他 人 の 歌 に 感 服 出 来 兼 ぬ る こ と に

有 之 候   炭 焼 の 娘 を 書 き し 時 は 稿 を 改 む る こ と 前 後 六 回 程 に て 、 八 頁

の も の に 六 ヶ 月 を 費 や し 申 候   恥 を 言 わ ね ば 分 か り 不 申 候 へ 共 事 実 此

(4)

の 如 く 候   然 し 其 時 以 来 人 の 文 章 を 見 て 是 非 の 判 断 に 苦

(ママ)

ま ぬ よ う に 相

成 候 に は 自 分 な が ら 喫 驚 致 し 候 」( 『 全 集 』 第 六 巻 二 五 六 頁 ) と も 伝 え

て い る 。

  そ の 「 写 生 文 」 と い う 「 散 文 」 の 主 題 は 、「 我 が 郷 の 田 野 の 写 生 」

で あ り 、「 余 は 天 然 を 酷 愛 す 」( 明 治 四 十 二 年 二 月 二 十 五 日 発 行 、『 為 桜 』

第 三 十 六 号 に 掲 載 「 写 生 断 片 」 の 冒 頭 文 。『 全 集 』 第 五 巻 三 三 頁 ) と

い う 心 境 を 表 明 し た よ う に 、「 写 生 文 」 の 創 作 に 苦 慮 し て い た と い う

こ と で あ る 。 ま た し て も 作 歌 の 苦 渋 や 激 減 を 裏 づ け る か の よ う に 、 明

治 四 十 二 年 九 月 十 四 日 付 け 、 佐 久 間 政 雄 宛 の 書 簡 に は 、「 小 生 自 ら 近

来 全 く 散 文 的 の 頭 脳 に 相 成 、 歌 に 全 く 絶 縁 致 し 来 り 候 故 に 有 之 可 申 候

  現 今 に 於 て は 何 人 の 作 を 見 て も 、 感 服 す べ き も の を 発 見 致 さ ず 、 感

情 を 主 と す と 称 せ ら る る 歌 よ り も 、 却 て 文 章 に 於 て 切 実 な る 感 情 を 表

現 す る に 便 利 に し て 、 且 つ 実 際 の 傾 向 が 如 此 も の 有 之 候 状 態 、 小 生 の

遺 憾 と す る 処 に 有 之 候 」( 『 全 集 』 第 六 巻 二 九 六 頁 ) と 伝 え 、 後 の 大 作

「 土 」( 明 治 四 十 三 年 六 月 十 三 日 〜 同 十 一 月 十 七 日 ま で の 一 五 一 回 に わ

た り 、『 東 京 朝 日 新 聞 』 に 連 載 。 節 は 時 に 三 十 一 歳 ) の 構 想 や 執 筆 の

準 備 に 打 ち 込 み 、 余 念 が な か っ た の だ と 思 わ れ る 。

  ─ ─ ─ こ う し て 苦 心 の 過 程 を 経 て 、長 塚 節 の 唯 一 の 長 編 小 説「 土 」は 、

創 作 の 完 成 を 迎 え る ( 猶 、 長 編 小 説 「 土 」 は 、 連 載 完 結 後 の 明 治

四 十 五 年 五 月 十 五 日 、 夏 目 漱 石 の 「『 土 』 に 就 て 」 と 題 す る 懇 切 丁 寧

な 序 文 を 添 え て 、 春 陽 堂 か ら 単 行 本 と し て 出 版 さ れ た )。 二 、" 写 生 主 義 " を 超 え て ─ ─ ─ 「 乗 鞍 岳 を 憶

ふ 」 試 練

  長 塚 節 は 明 治 四 十 四 年 四 月 、三 十 二 歳 に し て 黒 田 て る 子 ( 二 十 二 歳 、

日 本 女 子 大 学 校 在 学 ) と 婚 約 し 、 て る 子 の 卒 業 を 待 っ て 華 燭 の 典 を 挙

げ る こ と に な っ た 。 こ の 二 、三 年 前 に は 、「 近 来 小 生 は 作 歌 の 勇 気 も 失

せ 候 た め か 、 妙 な 頭 に 相 成 容 易 に 他 人 の 歌 に 感 服 出 来 兼 ぬ る こ と に 有

之 候 ( 中 略 ) 小 生 旅 中 一 首 も 無 之 候   興 来 ら ば 作 ら む と 思 ふ 個 所 は 少 し 頭 に 残 し 置 き 候   小 生 の 頭 の 妙 に 変 り し は 、 文 章 を 書 き は じ め て よ

り に 有 之 候 」( 明 治 四 十 一 年 九 月 二 十 日 付 け 、 久 保 田 俊 彦 ( 島 木 赤 彦 )

宛 書 簡 。『 全 集 』 第 六 巻 二 五 五 〜 二 五 六 頁 ) や 、「 小 生 自 ら 近 来 全 く 散

文 的 の 頭 脳 に 相 成 、 歌 は 全 く 絶 縁 致 し 来 り 候 故 に 有 之 可 申 候 」( 明 治

四 十 二 年 九 月 十 四 日 付 け 、佐 久 間 政 雄 宛 書 簡 。『 全 集 』第 六 巻 二 九 六 頁 )

な ど と 伝 え て い た の だ が 、そ の 固 く 閉 ざ さ れ て い た 歌 詠 み の 「 妙 な 頭 」

や 「 散 文 的 の 頭 脳 」 と 言 え ど も 、 醸 成 さ れ て い た 歌 心 が 、 婚 約 を 契 機

に し て 堰 を 切 っ た か の よ う に 溢 れ 出 し 、 見 事 な ま で に 「 冴 え 」 わ た り

結 実 す る 。 そ の 再 燃 の 端 緒 で あ り 、 絶 唱 が 「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」 と 題 す る

一 連 の 十 四 首 で あ る 。 こ の 冒 頭 を 飾 っ た の が 、 次 の 二 首 で あ る 。

    ・ 落 葉 松 の 渓

たに

に 鵙

もず

鳴 く 浅 山 ゆ 見 し 乗 鞍 は 天

あめ

に は る か な り き

    ・ 鵙 の こ え 透

とほ

り て ひ び く 秋 の 空 に と が り て 白 き 乗 鞍 を 見 し

  一 連 の 十 四 首 は 、『 ア ラ ラ ギ 』 の 子 規 十 周 忌 記 念 号 ( 明 治 四 十 四 年

(5)

九 月 発 行 ) に 掲 載 さ れ 、 こ れ ま で の 「 写 生 主 義 」 の 歌 か ら 始 ま り 、「 写

生 文 」 を 試 み て き た 苦 悩 の 過 程 に 伴 う 所 産 で あ り 、 先 師 で あ る 子 規 と

の 離 れ 難 い 因 縁 を 証 左 す る 「 記 念 」 で あ る と 、 言 わ ざ る を 得 な い 。 そ

の 「 記 念 」 と な っ た 「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」 と 題 す る 一 連 の 十 四 首 は 、「 乗

鞍 岳 と い ふ こ と が 只 小 生 に は 嬉 し く て 何 も 彼 も 弁 へ 不 申 候   十 四 首 の 歌 は 僅 な る 感 興 の た め に 成 り 申 候   而 し て 共 感 興 を 喚 び 起 し た る も の は 、 貴 兄 よ り 賜 は り た る 焼 岳 の 絵 葉 書 に 有 之 候   更 に 又 『 乗 く ら 岳 の

右 の 方 に 当 り て 』 と い ふ 一 句 、 乗 鞍 岳 の 印 象 を 小 生 の 脳 裡 に 新 に し た

る が 故 に 有 之 候   小 生 を し て 僅 か な が ら に 再 び 呼 吸 す る を 得 し め た る

は 全 く 貴 兄 に 候 」( 明 治 四 十 四 年 八 月 六 日 付 け 、胡 桃 沢 勘 内 宛 書 簡 。『 全

集 』 第 六 巻 三 五 六 頁 ) と 伝 え て い る よ う に 、 信 州 在 住 ( 宛 先 は 長 野 県

東 筑 摩 郡 島 内 村 、 と な っ て い る ) の 友 人 で あ る 胡 桃 沢 勘 内 よ り 届 け ら

れ た 「 焼 岳 の 絵 葉 書 」 に 触 発 さ れ 、 か つ て の 旅 の 印 象 も 含 め た 「 共 感

興 を 喚 び 起 し た る 」 絶 唱 で あ り 、 一 時 的 に 衰 退 し て い た 歌 心 の 再 燃 に

し て 高 揚 の 結 実 な の だ と い う こ と で あ る 。 こ の 節

たかし

の 言 動 に つ い て 梶 木

剛 は 、「 節 が 『 乗 鞍 岳 』 と い う 三 文 字 で 一 瞬 の う ち に 想 起 し た の は 、

あ の 作 歌 的 に 最 も 愉 快 に 充 実 し て い た 『 羇 旅 雑 咏 』 の 旅 の 全 行 程 で 、

そ の 充 実 感 の 象 徴 と し て 乗 鞍 岳 の 映 像 が 選 ば れ 、 節 は そ れ を 鮮 明 に 思

い 浮 か べ て 対 す る こ と に な っ た 。」 と 述 べ 、 さ ら に は 「 し か し こ れ だ

け で は な お 、 三 年 間 枯 渇 し て い た 歌 ご こ ろ を 呼 び 起 こ し 、『 乗 鞍 岳 を

憶 ふ 』 と い う 限 定 で 作 歌 を な さ し め る に は 薄 弱 な も の で あ る 。」 ( 梶 木

剛 『 長 塚 節 』 芹 澤 出 版 、 一 四 六 頁 ) と 続 け て い る 。   梶 木 剛 は 「 婚 約 」 の 慶 事 や 、 近 づ い て い た 「 子 規 」 の 十 周 忌 、 あ る

い は 『 ア ラ ラ ギ 』 の 特 集 、「 子 規 十 周 忌 記 念 」 に 寄 稿 し た い と し て 節

目 を 忘 れ ず に 精 進 を 重 ね て い た 、 律 義 な 節

たかし

の 人 柄 を 考 慮 せ ず に 「 し か

し こ れ だ け で は な お 、( 中 略 ) 歌 ご こ ろ を 呼 び 起 こ し 、『 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 』

と い う 限 定 で 作 歌 を な さ し め る に は 薄 弱 な も の で あ る 」 と 判 断 し た の

で あ ろ う 。 従 っ て 、 私 の い う 「 歌 心 の 再 燃 に し て 高 揚 の 結 実 」 と は 、

若 杉 慧 が 詳 細 な 分 析 の う え で 論 証 し て い る よ う に 、「 婚 約 し た 」 と い

う 事 実 と 重 な り 、か つ 促 さ れ た の だ と 言 っ て も 間 違 い で は な い だ ろ う 。

若 杉 慧 は 一 連 の 十 四 首 を 引 用 し な が ら 、「 こ れ ま で の 節 の 歌 と 着 眼 の

非 常 に ち が う 点 に 注 意 」 し 、「 こ れ ま で に も 山 を う た え る も の は 幾 つ

も あ る が 、こ う い う 霊 峰 観 は な か っ た 。霊 峰 観 と い う よ り 女 神 化 と い っ

て も よ い 。」 ( 若 杉 慧 『 長 塚 節 素 描 』 講 談 社 、 二 二 一 頁 ) と 、 見 事 に 解

明 し て い る 。 全 く 同 感 と い う 他 は な い 。

  つ ま り 、「 乗 鞍 岳 」 は 婚 約 者 で あ る 「 黒 田 て る 子 」 の 擬 人 化 で あ り 、

感 情 移 入 に 伴 う 女 人 讃 歌 な の で あ る 。 だ か ら 、「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」 と 題

す る 一 連 の 十 四 首 は 、 先 師 ・ 子 規 の 教 え を 受 容 し て 来 た 「 写 生 主 義 」

か ら の 超 克 に し て 心 の 奥 の 横 溢 、 累 積 し た 深 層 心 理 の 具 現 で あ る 。 節

の 人 生 そ の も の の よ う に 創 作 の 道 も ま た 変 遷 を 余 儀 な く さ れ 、「 霊 峰

観 」 に と ど ま ら ず 新 境 地 を 導 き 出 し た 心 の 苦 節 で あ り 、 最 善 の 結 果 が

生 み 出 さ れ た の だ と 言 え よ う 。

(6)

三 、「 病 中 雑 詠 」 ─ ─ " 叙 情 " を う た う

  長 塚 節 は 明 治 四 十 四 年 四 月 、三 十 三 歳 に し て 黒 田 て る 子 と 婚 約 し た 。

許 嫁 の 卒 業 を 待 っ て 華 燭 の 典 を 挙 げ る こ と に な っ て い た 、 と は 前 述 し

た 通 り で あ る 。 と こ ろ が 、 同 年 の 八 月 に 入 る と 、 節 は 喉 ( の ど ) に 痛

み を 覚 え 始 め 、 次 第 に 咳 が 激 し く 出 る よ う に な っ た 。 十 一 月 に 上 京 し

て 診 察 を 受 け る と 、「 喉 頭 結 核 の 疑 い あ り 」 と い う 診 断 で あ っ た 。 翌

月 よ り 下 谷 中 根 岸 の 根 岸 養 生 院 に 入 院 し 、 一 回 目 の 手 術 を 受 け る 。 節

は 三 、四 年 余 命 を 延 長 し て 、 地 元 近 郊 の 霞 ヶ 浦 沿 岸 を 題 材 に 、 か つ 描

写 し た 長 編 小 説 を 、 も う 一 篇 書 き た い と 願 い な が ら も (「 土 」 は 明 治

四 十 三 年 六 月 十 三 日 〜 同 十 一 月 十 七 日 ま で 「 東 京 朝 日 新 聞 」 に 連 載 し 、

完 結 済 )、 不 治 の 病 と 観 念 し て し ま っ た 自 ら の 不 運 な 境 遇 を 思 い 、 黒

田 て る 子 と の 婚 約 解 消 を 決 意 し た の で あ る 。

  節 は 「 婚 約 解 消 」 を 申 し 入 れ た 直 後 、 て る 子 の 兄 ・ 昌 恵 に 宛 て た 書

簡 ( 明 治 四 十 四 年 十 二 月 二 十 五 日 付 け ) の 一 節 に 、「 運 命 と は 存 候 へ

共 御 令 妹 様 に 対 し て は 誠 に 申 様 も な く 御 気 の 毒 に 存 申 候   そ れ の み 念 じ 申 候   小 生 は 来 月 半 ば ま で は 入 院 可 致 様 申 そ え ら れ 候 へ ば 或 は 来 月

一 杯 は か か り 可 申 か と 存 申 候 」( 『 全 集 』 第 六 巻 三 七 一 頁 ) と あ り 、 自

ら の 両 親 に 宛 て た 書 簡 ( 明 治 四 十 四 年 十 二 月 二 十 六 日 付 け ) に も 、「 一

昨 日 黒 田 氏 の 妹 見 舞 に 参 ら れ 申 候   私 は 生 憎 不 在 に 致 し て 残 念 仕 候   莫 大 小 の 寝 巻 一 枚 と 手 紙 一 通 風 呂 敷 包 の ま ま 置 い て 帰 ら れ 申 候   看 護 婦 へ も 心 づ け な ど 致 し 候 由 、 四 度 此 の 病 院 の 前 を 素 通 に な し て 五 度 目

の 一 昨 日 漸 く 参 候 と の こ と 誠 に 可 然 と 存 申 候   昨 日 黒 田 氏 へ 一 応 挨 拶

は 申 候 ( 中 略 ) 妹 御 は 本 人 の 為 を 第 一 に し て 如 何 様 に も 御 処 置 せ ら る

べ く 候   私 方 は 御 懸 念 被 下 ま じ と の 旨 申 添 申 候   只 今 の 処 此 方 の と る

べ き 道 他 に は 無 之 と 存 申 候 」( 『 全 集 』 第 六 巻 三 七 二 〜 三 七 三 頁 ) と 伝

え て お り 、 配 慮 や 苦 悩 の ほ ど が 伺 え る 。

  ─ ─ や が て 、 婚 約 解 消 に し て 破 談 と い う 不 本 意 な 体 験 が 契 機 と な っ て 、「 病 中 雑 詠   其

その

一 」、 「 同   其 二 」 と 続 け 、 合 計 六 十 五 首 の 創 出 に

駆 ら れ た の で あ る 。「 病 中 雑 詠 」 と い う 表 題 か ら し て 、 恐 ろ し い 病 名

を 宣 告 さ れ た こ と や 、 婚 約 を 断 念 し た こ と な ど に 伴 う 動 揺 は 隠 し 得 な

い ま ま に 、 沈 着 冷 静 に 己 を 顧 み 、 そ の 時 々 に 溢 れ る 切 実 な 思 い を 掬 い

上 げ た り 、 胸 底 よ り 湧 き 上 が る 悲 痛 な 情 念 を 汲 み 上 げ た り す る か の よ

う に 詠

うた

い 続 け た の で あ る 。「 病 中 雑 詠   其 一 」( 明 治 四 十 五 年 ) は 、 次

の 二 首 か ら 始 ま っ て い る 。

    ・ 生 き も 死 に も 天

あめ

の ま に ま に と 平 ら け く 思 ひ た り し は 常 の 時 な り

    ・ 我 が 命 惜 し と 悲 し と い は ま く を 恥 ぢ て 思 ひ し は み な 昔 な り   と い う 冒 頭 の 二 首 は 、「 〈 生 〉 と 〈 死 〉 の 人 間 の 二 大 事 実 を 対 象 と し

て 一 種 諦 観 を 交 え る か に 見 え る 歌 で あ る 。 そ れ ゆ え か 哲 学 的 な 、 観 念

の 世 界 を 直 截 に 歌 っ て い る 。」 ( 市 村 与 生 『 長 塚 節 の 短 歌 』創 林 社 、

一 五 五 頁 )と い う 市 村 与 生 の 説 明 を 加 え る ま で も な く 、「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」

( 一 連 十 四 首 ) ま で は 身 体 の 不 調 に 気 づ か な か っ た だ け に 、 作 歌 と い

(7)

う 創 作 の 動 機 や 主 題 を 含 め 、 決 定 的 な 相 違 に 覚 醒 せ ざ る を 得 な か っ た

の で あ る 。

  先 師 の 正 岡 子 規 は 、『 病 床 六 尺 』 の な か で 「 余 は 今 ま で 禅 宗 の い は

ゆ る 悟 り と い ふ 事 を 誤 解 し て 居 た 。 悟 り と い ふ 事 は 如 何 な る 場 合 に も

平 気 で 死 ぬ る 事 か と 思 つ て 居 た の は 間 違 ひ で 、 悟 り と い ふ 事 は 如 何 な

る 場 合 に も 平 気 で 生 き て 居 る 事 で あ つ た 。」 ( 正 岡 子 規 『 病 床 六 尺 』 岩

波 文 庫 、 四 三 頁 ) と 、 明 治 三 十 五 年 六 月 二 日 付 け の な か に て 記 し て い

る ( 因 み に 、 子 規 は 同 九 月 十 九 日 に 長 逝 )。 節 も ま た 先 師 と 同 じ よ う

な 状 況 に 陥 り 、 覚 悟 を 迫 ら れ た も の の 、 ま だ 「 悟 り 」 き れ な い 不 安 や

動 揺 、 焦 燥 、 未 練 な ど が 「 病 中 雑 詠 」 の な か の 「 雑 詠 」 に 反 映 さ れ て

い る と 思 わ れ る の だ が 、 ど う だ ろ う 。 そ れ で も 「 病 中 」 と い う 避 け 難

い 悲 劇 や 苦 痛 と 向 か い 合 う 、 哀 切 な 告 白 で あ り 叙 情 の 流 露 で あ る 。 そ

の 「 病 中 雑 詠   其 一 」( 全 十 二 首 ) は 、「 我 が 病 」 と い う 題 で 『 ア ラ ラ

ギ 』( 明 治 四 十 五 年 二 月 発 行 ) に 掲 載 さ れ た 。 例 え ば 、 次 の よ う な 短

歌 が あ る 。

    ・ し か と い は ば 母 嘆 か む と 思 ひ つ つ た だ に い ひ や り ぬ 母 に 知 る べ

    ・ な に し か も 命 悲 し と い は ま く に 答 ふ る こ と は 我 は 知 ら ぬ に     ・ 衰 ふ る 我 が 顔 さ び し こ こ に だ に あ け に 映

え よ と あ け の 紙 貼 る

  な ど と 詠

うた

い な が ら 病 院 の 一 室 に て 明 治 四 十 五 年 の 夜 明 け を 迎 え た 。

そ の 「 詞

ことばがき

書 」 の な か に は 、「 余 命 は 僅 か に 一 年 を 保 つ に 過 ぎ ざ る べ し 。」 と 、 病 に 対 す る 覚 悟 と も 諦 観 と も 思 わ れ る 一 節 が あ り 、 先 師 ・ 子 規 の

よ う に 「 悟 り 」 が 近 い 。 節 は 病 魔 に 冒 さ れ な が ら 、そ れ で も 詠 い 続 け 、

そ れ で も 生 き て 行 く 。

  さ て 、 病 床 に 伏 す 節 の 心 境 は 複 雑 極 ま り な く 、 次 第 に 冷 静 で は い ら

れ な い 日 々 に な っ た こ と で あ ろ う 。 な ぜ な ら ば 、 昨 年 の 暮 れ ( 明 治

四 十 四 年 十 二 月 二 十 四 日 ) に は 、 婚 約 者 で あ っ た 黒 田 て る 子 が 見 舞 い

の た め に 来 院 す る と い う 予 期 し な い 厚 意 に 感 泣 し た の だ っ た 。 節 は 自

ら の 恋 情 を 悟 り 、 慕 情 の 炎 と 化 し た の で あ る 。 意 中 の 「 相

逢 」 に 伴 う 結 晶 は 、さ ら に 「 病 中 雑 詠   其 二 」( 全 五 十 三 首 ) と 題 し て ま と め ら れ 、

明 治 四 十 五 年 四 月 発 行 の 『 ア ラ ラ ギ 』 に て 公 表 さ れ た の で あ る 。 こ れ

ら の 主 題 か ら し て 、 す で に 「 写 生 主 義 」 の 域 を 超 え 、 叙 情 を 醸 す べ く

道 を 辿 り 、 精 励 し て い た と い う こ と で あ る 。

    ・ 四 十 雀 な に さ は い そ ぐ こ こ に あ る 松 が 枝 に は し ば し だ に 居 よ     ・ 鬼 怒 川 の 篠 に 交 れ る 鴨

跖 草 は 刈 る 人 な し に 老 ゆ と い は ず や も   と い う 冒 頭 二 首 に 先 立 ち 、「 其 一 」 の 巻 末 に 、 異 例 と 思 わ れ る 長 文

の 「 詞 書 」 を 添 え て い る 。 恐 ら く 結 び の 一 首 に 「 あ け に 映 え よ 」 と い

う 句 に 託 し た 「 病 中 」 に 加 え 、 同 じ 動 機 に 基 づ く も の で あ ろ う 。 そ れ

は 「 明 治 四 拾 四 年 十 二 月 廿 四 日 、 ふ と 出 あ る く こ と あ り て 此 の 日 ば か

り 夜 に 入 り て 病 室 に 帰 り 来 れ ば 、 む す び し 儘 に 派 手 な る 袱 紗 の つ つ み

一 つ 電 燈 の も と に お か れ た り 」 で 始 ま っ て い る 。 こ の 事 は 、 節 の 外 出

中 に 黒 田 て る 子 が 密 か に 病 気 見 舞 い に 来 室 し 、「 心 づ く し の 品 」 の 「 寝

巻 」 と 、「 赤

き イ ン キ も て 書 か れ し 手 紙 」( 傍 点 ・ 千 葉 ) を 置 い て 帰 っ

(8)

て 行 っ た と い う の で あ る 。 続 け て 、「 今 は 悔 ゆ れ ど も 及 ば ず な り ぬ 、

さ れ ど わ れ 生 れ て 三 十 三 年 は じ め て 婦 人 の 情 味 を 解 し た る を 覚 え ぬ 、

我 は 感 謝 の 念 に 堪 へ ず 、 其 の 人 一 た び は 我 と 手 を 携 ふ べ か り つ る に 悪

性 の 病 生 じ た れ ば 我 に 引 き 止 め む 力 も な く 、 斯 く て 離 れ た る も の の 合

(ママ)

ふ べ き 機 会 は 永 久 に 失 は れ 果 て ぬ 、 其 の 夜 は ふ く る ま で 思 ひ の 限 り 長

き 手 紙 に 筆 執 り て 、 生 涯 の 願 ひ い ま 一 た び お と づ れ 給 ひ て ん や と 書 き

つ け け る を 、 夜 も す が ら 思 ひ は 掻 き 乱 れ て 、 明 く れ ば 痛 き 頭 を 抑 へ つ

つ 庭 の 寒 き 梢 に 目 を 放 ち て 」( 『 全 集 』 第 三 巻 三 二 五 〜 三 二 六 頁 ) な ど

と 悔 恨 や 未 練 を 募 ら せ て い る 。 だ か ら か 、 再 度 の 来 訪 を 願 い な が ら 、

て る 子 の 兄 ・ 昌 恵 宛 の 書 簡 ( 同 十 二 月 二 十 五 日 付 け ) や 、 両 親 宛 の 書

簡 ( 同 二 十 六 日 付 け ) に て 感 慨 を 含 め 、「 其 の 夜 は ふ く る ま で 思 ひ の

限 り 長 き 手 紙 」( 文 面 の 一 部 は 前 出 ) を 綴 っ た と い う の で あ る 。

  「 詞 書 」 の な か の 「 其 の 人 」 と は 、婚 約 解 消 を 申 し 入 れ た ば か り の 「 黒

田 て る 子 」 で あ る こ と は 言 う ま で も な く 、「 詞 書 」 が 異 例 の 長 さ に 及

ん だ 理 由 と て 、 予 期 し な か っ た 突 然 の 訪 問 に よ る 「 婦 人 の 情 味 を 解 し

た る 」 所 以 の 恋 情 で あ り 、 切 な い 慕 情 で あ っ た に 違 い な い 。 お 互 い に

一 年 の た っ た 一 日 、 一 日 の た っ た ひ と 時 の 逢 瀬 も 叶 え ら れ ず 、 永 遠 の

惜 別 を 余 儀 な く さ れ た と い う 事 実 、 果 た し て 運 命 と い う 他 は な い 。 人

の 世 は こ れ ほ ど ま で に 無 情 に し て 、 計 り 知 れ な い 無 常 と い う こ と な の

で あ ろ う 。 無 常 と は 、 古 人 の 教 え に 従 う ま で も な く 「 川 の 流 れ 」 を 知

る こ と と 共 に 、 人 と 人 と の 間 に 漂 う 悲 哀 の 流 れ を 察 す る こ と な の で あ

ろ う 。 人 は 会 い た い と い う 絆 を 求 め 、 人 知 れ ず に 結 ば れ な が ら も 、 叶 え 難 い 悲 し み に 耐 え て い る の だ か ら ─ ─ 。

  黒 田 て る 子 の 見 舞 い は 、 結 ば れ な か っ た 絆 の 果 て の 悲 し み に 促 さ れ

る ま ま に 、 破 談 の 理 由 と し て 伝 え ら れ た 病 状 の 確 認 の た め で あ り 、 拝

眉 の 上 で 納 得 し よ う と し た 自 発 的 な 行 為 で あ っ た と 推 察 し て は 、 邪 推

に な ろ う か 。 そ の 目 を 見 つ め 合 う こ と も 、 言 葉 を 交 わ す こ と も な く 、

残 さ れ て い た 「 赤 き イ ン キ も て 書 か れ し 手 紙 」( こ の こ と は 「 其 一 」

の 末 尾 に 、「 あ け に 映 え よ 」「 あ け の 紙 貼 る 」 と 詠 わ れ て い る 一 首 を 紹

介 し た )、 そ し て 「 心 づ く し の 品 」 を 包 ん で い た 「 袱 紗 」 の 地 が つ ゆ

草 色 で あ っ た と い う 名 残 り を 惜 し む ば か り で あ る 。 節 は 矢 も 楯 も た ま

ら ず 、 詠

うた

わ ず に は い ら れ な か っ た こ と で あ ろ う 。 そ の 短

歌 は 次 の 通 り

で あ り 「 相 聞 歌 」 で あ る 。

    ・ 鬼 怒 川 の 岸 の つ ゆ 草 打 ち 浸 り さ さ や く こ と は 我 は 聞 け ど も     ・ 今 に し て 人 は す べ な し 鴨 跖 草 の 夕 咲 く 花 を 求 む る が 如     ・ 我 が 病 い え な ば う れ し 癒 え て 去

な ば い づ べ の 方 に あ が 人 待 た む     ・ 癒 え ぬ べ き た ど き も 知 ら ず 病 み た れ ば 悲 し と 来 し に 我 は 逢 は ぬ

    ・ 打 ち 萎

しな

え わ れ に も 似 た る 山 茶 花 の 凍 れ る 花 は 見 る 人 も な し     節 は そ の 名 を 心 に 再 来 を 待 っ た 。 だ が 、 恋 し い 人 の 訪 れ は な く 、 無

情 の 日 々 は 切 な く 流 れ 、 無 常 の 時 は 虚 し く 過 ぎ る ば か り で あ っ た 。 淡

い 期 待 を 胸 底 に 秘 め な が ら 、 離 れ て 久 し い 家 郷 や 母 の こ と な ど も 脳 裏

に 浮 か べ た こ と で あ ろ う 。 節 は 大 地 主 の 長 男 、 父 は 婿 養 子 に し て 留 守

が ち な 地 方 政 治 家 ( 茨 城 県 会 議 員 、 一 時 議 長 を 務 め る )、 母 が 農 事 全

(9)

般 の 差 配 は も と よ り 家 計 を 守 っ て い た 。 そ の 母 を 思 う 短

歌 が 続 い て い

る 。

    ・ 我 を 思 ふ 母 を 思 へ ば い づ べ に か は ぐ く も る べ き 人 さ へ 思 ほ ゆ     ・ 我 病 め ば 母 は 嘆 き ぬ 我 が 母 の 嘆 き は 人 に あ り こ す な ゆ め     ・ 生

命 あ ら ば 見 る よ し も あ ら む し か す が に 人 や も 母 と い は ば す べ

な し

    ・ お も か げ に 母 思 ひ 見 れ ば 人 遂

に 母 た り な む と 思 ひ 悲 し も     ・ か く の ご と あ り け る 花 を 世 の 中 に 一

人 ぞ 思 ふ 其 の 遙 け き も   節 は 、 自 ら の 不 運 に 身 悶 え る と 共 に 、 病 に 見 舞 わ れ た 倅 を 案 ず る 孤

独 な 母 を 思 い 浮 か べ 、 夜 毎 に 枕 を 濡 ら し た こ と で あ ろ う 。 従 っ て 、 節

の 「 病 中 雑 詠 」( 全 六 十 五 首 ) の 数 々 は 、「 病 」 に 冒 さ れ て い く 身 体 を

抱 え な が ら 、「 生 れ て 三 十 三 年 は じ め て 婦 人 の 情 味 を 解 し た 」 と い う

慕 情 や 恋 情 が 、 伏 流 水 の よ う に 湧 き あ が り 、 通 奏 低 音 の よ う に 響 き わ

た っ て い る こ と を 、 聞 き 漏 ら し た り 見 逃 し た り し て は な ら な い と い う

こ と で あ る 。 だ か ら 、そ の 特 徴 は 「 気 分 や 感 覚 を 表 現 す る 叙 情 の 世 界 」

に と ど ま ら ず 、「 生 死 に 関 す る 実 感 表 出 期 と も い え る 晩 年 の 作 風 」( 小

瀬 千 恵 子 『 長 塚 節 文 学 考 』 桜 楓 社 、 七 六 頁 ) へ と 拡 充 し て い く 成 長 期

の 作 品 と し て 位 置 づ け ら れ 、 間 も な く 心 情 の 張 り に 培 わ れ た 「 冴 え 」

の 境 地 を 訴 え 、「 叙 情 の 世 界 」 の 醸 成 に 導 か れ な が ら 「 鍼 の 如 く 」 へ

と 昇 華 し 、 結 実 し て い く の で あ る 。 四 、" 叙 情 " を 醸 す 忍

辱 の 日 々

  ゆ く 河 の 流 れ は 絶 え ず し て 、 し か も も と の 水 に あ ら ず 。 よ ど み に 浮

ぶ う た か た は 、 か つ 消 え か つ 結 び て 、 久 し く と ど ま り た る た め し な し 。

世 の 中 に あ る 人 と 栖

すみか

と 、 又 か く の ご と し 。 ─ ─   こ れ は 御 存 知 の 通 り 、 名 調 子 で 始 ま る 『 方 丈 記 』( 市 古 貞 次 校 注 を

参 照 。 岩 波 文 庫 ) の 冒 頭 で あ る 。 作 者 は 、 言 う ま で も な く 鴨 長 明 で あ

る 。『 方 丈 記 』 は 、「 ひ た す ら 事 実 を 正 確 に 伝 え る こ と に 徹 し て い ま す 。

こ れ ぞ 、 記 録 文 学 と 言 え る も の で す 。」 ( 山 口 仲 美 『 日 本 語 の 古 典 』 岩

波 新 書 、 一 二 二 頁 ) と い う 指 摘 の 通 り 、 時 世 を 経 た 今 で も 「 記 録 」 の

数 々 が 参 考 に な る 。

  鴨 長 明 は 、 平 安 末 期 の 久 寿 二 年 ( 一 一 五 五 ) に 生 ま れ 、 鎌 倉 初 期 の

建 保 四 年 ( 一 二 一 六 ) に 亡 く な っ た と 伝 え ら れ て い る 。 五 十 三 歳 の 時

に 、 京 都 の 東 南 に あ た る 日 野 の 里 に 方 丈 ( 三 メ ー ト ル 四 方 ) の 庵 を 建

て て 隠 棲 し 、 五 十 七 歳 で 『 方 丈 記 』 を 執 筆 し た と い う 。 長 逝 す る 四 年

前 の 建 暦 二 年 ( 一 二 一 二 ) の こ と で あ る 。 そ こ に は 平 家 一 門 の 盛 衰 ぶ

り や 権 力 闘 争 を 始 め 、 数 々 の 身 近 な 事 件 や 震 災 、 風 水 害 な ど の 記 録 に

加 え 、 身 を も っ て 過 ご し て い た 感 慨 や 体 験 談 が 実 証 的 に 描 写 さ れ て い

る 。 い ず れ の 事 実 も 生 死 一 如 の 諸 行 無 常 に 過 ぎ な い こ と を 説 い た の で

あ ろ う 。 鴨 長 明 は 、 ま さ に 武 士 の 台 頭 に 伴 う 下 剋 上 の 時 代 と い う 激 動

の な か を 生 き た の で あ る 。

(10)

  さ ら に 時 代 は 下 っ て も 、 生 死 一 如 の 無 常 は 変 わ ら な い 。 こ の 普 遍 的

な 無 常 観 に つ い て 多 角 的 に 説 い た の が 、吉 田 ( 卜 部 ) 兼 好 『 徒 然 草 』( 元

弘 元 年 〈 一 三 三 一 〉 頃 完 結 か ) で あ る 。 そ こ に は 、「 生 ・ 住 ・ 異 ・ 滅

の 移 り 変 は る ま こ と の 大 事 は 、 猛 き 河 の み な ぎ り 流 る る が ご と し 。 し

ば し も 滞

とどこほ

ら ず 、 直 ち に 行 ひ ゆ く も の な り 。 さ れ ば 真 俗 に つ け て 、 必

ず 果 た し 遂 げ む と 思 は む こ と は 、 機 嫌 を 言 ふ べ か ら ず 。 と か く の も よ

ひ な く 、 足 を 踏 み と ど む ま じ き な り 。」 ( 第 百 五 十 五 段 ) と 述 べ 、『 方

丈 記 』 と 同 じ よ う に 生 死 を 河 の 流 れ に 喩 え て い る の だ が 、「 真 俗 に つ

け て ( 中 略 ) 機 嫌 を 言 ふ べ か ら ず 」 と の こ と だ か ら 、 何 事 に 於 い て も

自 然 の 摂 理 に 従 う べ き で あ り 、「 機 嫌 」 に 等 し い 傲 慢 な 御 為 ご か し や 、

知 っ た か ぶ り を 言 う べ き で は な い と の こ と で あ る 。 人 間 の 偽 善 や 理 窟

に 翻 弄 さ れ て は な ら な い と 、 言 っ て い る よ う に も 聞 こ え る の だ が ど う

だ ろ う 。 ま た 、 同 じ 段 の 末 尾 に は 、 次 の よ う な 文 言 が 加 え ら れ て い る 。

      生 ・ 老 ・ 病 ・ 死 の 移 り 来 た る こ と 、 ま た こ れ に 過 ぎ た り 。 四 季 は な ほ 定 ま れ る つ い で あ り 。 死

期 は 序

ついで

を 待 た ず 。 死 は 、 前 よ り し も 来 た ら ず 、 か ね て 後 ろ に 迫

せま

れ り 。 人 皆 死 あ る こ と を 知 り て 、 待

つ こ と し か も 急 な ら ざ る に 、 覚 え ず し て 来 た る 。 沖 の 干 潟 遙 か な

れ ど も 、 磯 よ り 潮 の 満 つ る が 如 し 。

  即 ち 、「 四 季 の 場 合 と 同 様 に 、 生 と 死 と は 別 の も の で は な い 。 死 は 、

生 の な か に ひ そ み 、そ れ が 現 れ る 時 期 は 予 測 不 能 だ 。 し か も 、生 ・ 老 ・

病 ・ 死 の 四 苦 の 交 替 は 、 四 季 の 変 化 と 違 っ て 順 序 通 り に は 来 な い 。」 (『 徒 然 草 』 角 川 ソ フ ィ ア 文 庫 、二 〇 四 頁 。 武 田 友 宏 の 解 説 ) の だ か ら 、 「 機 嫌 を 言 ふ べ か ら ず 」と い う こ と な の で あ る 。 そ こ で 兼 好 法 師 は 、「 第

一 の 事 を 案 じ 定 め て 、 そ の 外

ほか

は 思 ひ 捨 て て 、 一 事 を 励 む べ し 。 一 日 の う ち 、 一 時 の う ち に も 、 あ ま た の 事 の 来 た ら む な か に 、 少 し も 益

やく

の 勝

ら む こ と を 営 み て 、そ の 外 を ば う ち 捨 て て 、大 事 を 急 ぐ べ き な り 。」 ( 第

百 八 十 八 段 ) と い う 処 世 術 を 教 え て い る 。 こ れ は 人 生 、 何 事 か を 成 す

に は 短 い 日 々 な の だ よ 、 と い う 戒 め で も あ ろ う 。 同 じ よ う な 教 訓 は 、

す で に 「 大 事 を 取 る 」 と か 、「 大 事 の 前 の 小 事 」「 大 事 の 中 の 小 事 な し 」

な ど と 語 り 継 が れ て い る も の の 、 そ れ で い て 何 が 大 事 な の か と 見 極 め

る の が 難 し い 。

  ま た 、 兼 好 法 師 は 「 目 の 前 の 事 に の み 紛 れ て 月 日 を 送 れ ば 、 事 々 な

す こ と な く し て 身 は 老 い ぬ 」( 第 百 八 十 八 段 ) と も 語 っ て い る 。 さ ら

に は 「 人 は 、 よ り 善 く 生 き よ う と し て 、 な お さ ら せ わ し な く 何 か に 忙

殺 さ れ る 。 生 の 犠 牲 の 上 に 生 を 築 こ う と す る の だ 。 人 は 、 こ れ を 、 次

に は あ れ を 、 と 考 え を め ぐ ら せ 、 遠 い 将 来 の こ と ま で 思 い を 馳 せ る 。

と こ ろ が 、こ の 先 延 ば し こ そ 生 の 最 大 の 浪 費 な の で あ る 。 先 延 ば し は 、

先 々 の こ と を 約 束 す る こ と で 、 次 の 日 が 来 る ご と に 、 そ の 一 日 を 奪 い

去 り 、 今 と い う 時 を 無 に す る 期 待 で あ る 。( 中 略 ) 来

きた

る べ き 未 来 の も

の は 不 確 実 さ の な か に あ る 。 た だ ち に 生 き よ 。」( セ ネ カ 〈 大 西 英 文 訳 〉

『 生 の 短 さ に つ い て 』 岩 波 文 庫 、 三 一 〜 三 二 頁 ) と い う 教 示 も 忘 れ ら

れ な い 。 人 の 生 き 方 は 、 古 今 東 西 に わ た っ て 問 わ れ て 来 た も の の 、 解

釈 や 説 明 だ け に と ど ま っ て い る の だ か ら 、 こ れ か ら も 問 わ れ 続 け る で

あ ろ う 。 い ず れ も 、 死 と い う 永 遠 に 対 し て 生 の 儚 さ を 知 る 人 間 の 必 然

(11)

で あ り 、 日 々 老 化 の 身 に 喘 ぐ 無 常 観 で あ る 。 だ か ら 、 い く ら そ の 生 き

方 に つ い て 考 察 し 解 釈 し て も 、『 論 語 』 の な か の 「 未 知 生 、焉 知 死 」( い

ま だ 生 を 知 ら ず 、 い ず く ん ぞ 死 を 死 ら ん や ) と い う こ と で あ り 、「 さ

れ ば 、 人 死 を 憎

にく

ま ば 、 生

しょう

を 愛 す べ し 。 存 命 の 喜 び 、 日 々 に 楽 し ま ざ ら

む や 。」 (『 徒 然 草 』 第 九 十 三 段 ) と い う 一 節 も ま た 、 共 感 し や す い け

れ ど も 神 妙 な 見 識 で あ り 、 果 た し 難 い 境 地 で も あ る 。

  わ が 長 塚 節 に 於 い て は 、 先 師 ・ 正 岡 子 規 の 遺 言 に 等 し い 、「 悟 り と

い ふ 事 は 如 何 な る 場 合 に も 平 気 で 死 ぬ る 事 か と 思 つ て 居 た の は 間 違 ひ

で 、 悟 り と い ふ 事 は 如 何 な る 場 合 に も 平 気 で 生 き て 居 る 事 で あ つ た 。」 (『 病 床 六 尺 』) と い う 教 訓 に 加 え 、「 委 細 は 面 会 の 節 話 す べ し 。 一 家 の

私 事 だ け で も 忙 し い と い ふ や う な 能 無 し で は 役 に 立 た ぬ 。 其 傍 で 一 村

の 経 営 位 に は 任 じ な く て は な ら ぬ 。 君 は 東 京 へ 出 て 来 る こ と を 道 楽 か

何 か の や う に 思 つ て 居 る か 知 ら ぬ が そ れ は 大 間 違 ひ だ 。 時 々 東 京 へ 来

て 益 を 得 て 帰 る や う に 努 め な く て は な ら ぬ 。 田 舎 に 引 込 ん で し ま つ て

そ れ で 忙 し い な ど と 言 つ て ゐ る や う で は 困 る 。 僕 な ど に 物 を 贈 ら る る

に は 珍 し い も の を 要 せ ぬ 。 水 戸 の 名 菓 な ど よ り は 君 の 手 つ く り の 大 根

か 蕪 の 方 が 善 い 。今 度 の や ま と 芋 の 如 き は 甚 だ あ り が た く 感 ず る 。」( 節

宛 、 明 治 三 十 五 年 八 月 十 九 日 付 け 書 簡 の 後 半 部 。 子 規 は 、 翌 九 月 十 九

日 に 長 逝 。) な ど と い う 文 面 か ら 漂 う 箴 言 を 、 時 に 二 十 三 歳 の 節 は 後

生 大 事 に 心 掛 け 、 生 家 を 含 め て 村 の 振 興 に 寄 与 す べ く 「 耕 作 手 帳 」 を

作 成 し 、「 結 城 郡 農 会 堆 肥 共 進 会 」 の 主 催 に て 「 三 等 賞 」 の 「 褒 状 」( 明

治 四 十 五 年 二 月 二 十 四 日 付 け 。 そ の「 褒 状 」は 石 下 町 地 域 交 流 セ ン タ ー 六 階 展 示 室 に て 拝 見 。 石 下 町 は 現 在 、 常 総 市 ) を 受 賞 し た り 、 筍 栽 培

や 炭 焼 き の 導 入 を 図 る た め に 、 教 え を 請 い な が ら 房 総 半 島 の 山 々 を 歩

い た り 、 意 欲 的 に 努 め て い る 。 そ の 途 上 や 旅 先 に て 見 聞 し た こ と が 創

作 の 糧 と な り 、 意 欲 も 掻 き 立 て ら れ た の で あ る 。 い ず れ も 早 世 し た 先

師 の 遺 訓 に 忠 実 だ っ た と い う こ と で あ る 。

  先 師 の 遺 訓 は 、 節 の 言 動 や 創 作 の 過 程 に お い て も 反 映 さ れ て い る の

だ か ら 見 逃 せ な い 。 つ ま り 、 市 村 与 生 に 「〈 生 〉 と 〈 死 〉 の 人 間 の 二

大 事 実 を 対 象 と し て 一 種 の 諦 観 を 交 え る か に み え る 歌 で あ る 。 そ れ ゆ

え か 哲 学 的 な 、観 念 の 世 界 を 直 截 に 歌 っ て い る 。」 ( 前 出 ) と 評 さ れ た 、

「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」( 明 治 四 十 四 年 ) と 題 す る 一 連 十 四 首 か ら 「 写 生 主 義 」

を 超 え て 叙 情 が 漂 い 始 め た の で あ る 。 そ し て 、「 病 中 雑 詠   其 一 」( 十 二

首 。 明 治 四 十 五 年 二 月 発 行 の 『 ア ラ ラ ギ 』 に 発 表 ) に 続 い て 、『 同   其 二 」( 五 十 三 首 。 同 四 十 五 年 四 月 発 行 の 『 ア ラ ラ ギ 』 に 発 表 ) を 経 て 、

大 正 三 年 に 至 り『 鍼 の 如 く 』( 其 一 か ら 其 五 ま で 。 其 一 か ら 其 四 ま で は 、

同 六 月 か ら 九 月 に か け て 『 ア ラ ラ ギ 』 誌 に 連 載 。 其 五 は 翌 年 の 同 四 年

一 月 『 ア ラ ラ ギ 』 に 発 表 ) だ け で も 、 計 二 三 一 首 を 数 え る ほ ど の 結 実

を 見 た の で あ る 。 大 正 三 年 ( 一 九 一 四 ) 十 二 月 に は 病 状 の 悪 化 を 来 た

し 、 翌 年 の 一 月 、「 鍼 の 如 く   其 五 」 の 掲 載 を 確 か め た か と 思 わ れ る

や 否 や 、 診 察 や 治 療 を 兼 ね て い た 遠 来 の 九 州 大 学 附 属 病 院 の 隔 離 棟 に

収 容 さ れ 、 さ ら に 加 療 を 受 け た も の の 間 も な く 重 態 に 陥 り 、 大 正 四 年

の 二 月 八 日 に 客 死 し た 。 時 に 三 十 六 歳 で あ っ た 。

  長 塚 節 の 晩 年 は 、 先 師 ・ 正 岡 子 規 と 同 じ く 病 魔 に 冒 さ れ な が ら 、 恐

(12)

ら く 「 存 命 の 喜 び 、 日 々 に 楽 し ま ざ ら む や 」( 前 出 ) の 余 裕 も な く 、

ま し て や 「 悟 り と い ふ 事 は 如 何 な る 場 合 に も 平 気 で 生 き て 居 る 事 で あ

つ た 。」( 子 規 『 病 床 六 尺 』 の な か の 明 治 三 十 五 年 六 月 二 日 付 け の 一 節 。

同 書 は 明 治 三 十 五 年 五 月 五 日 〜 長 逝 す る 二 日 前 の 九 月 十 七 日 ま で

一 二 七 回 に わ た っ て 新 聞 『 日 本 』 に 連 載 ) と い う 病 床 で の 心 境 、 あ る

い は 座 学 を 通 じ て 学 ん だ 見 識 を 加 え た だ け で は な い と い う こ と で あ

る 。 遡 れ ば 、 節 は 水 戸 中 学 校 を 退 い た 明 治 二 十 九 年 の 夏 、 二 ヶ 月 ば か

り 塩 原 温 泉 に て 保 養 し た 。 以 来 、 日 本 の 各 地 を 歩 い た と い う 旅 好 き の

資 質 や 経 験 が 、後 に 「 乗 鞍 岳 を 憶 ふ 」( 明 治 四 十 四 年 七 月 、信 州 の 友 人 ・

胡 桃 沢 勘 内 よ り 「 焼 岳 の 絵 葉 書 」 が 届 き 、 直 ち に 興 を 起 こ し て 詠 む )

と 題 し て 一 連 十 四 首 と な り 、 続 い て 「 病 」 の 治 療 や 入 院 に 伴 う 実 情 の

絶 唱 と し て 「 病 中 雑 詠 」( 其 一 、其 二 ) に な っ た の で あ る 。 そ こ に は 「 既

に 五 十 日 に も 余 り ぬ れ ば 、我 が 病 院 生 活 も 半 ば を 過 ぎ た ら む と 思 ふ に 、

待 つ 人 の 遂

つい

に 来

きた

ら ね ば 徒 ら に 思 ひ を 焦 が す に 過 ぎ ず 、 医 術 の 限 を 竭

つく

し て 後 は 病

やまひ

は い か に 成 り 行 く べ き か と 心 も こ こ ろ も と な く て 、 一 月 廿 三 日 の 夜 、 い た く 深

く る 程 に 筆 を と り て 」 と い う 「 詞 書 」 を 添 え 、「 生

れ て 三 十 三 年 は じ め て 婦 人 の 情 味 を 解 し た る を 覚 え ぬ 」、 「 其 の 夜 は ふ

く る ま で 思 ひ の 限 り 長 き 手 紙 に 筆 執 り て 、 生 涯 の 願 ひ い ま 一 た び お と

づ れ 給 ひ て ん や 」( い ず れ も 前 出 ) に 加 え 、 如 何 と も し 難 い 「 病 」 に

よ る 深 刻 な 重 圧 、 現 実 を 受 け 入 れ よ う と し な が ら も 諦 め き れ な い 未 練

や 葛 藤 な ど 、 複 雑 な 心 情 が 読 み と れ る 。 長 く 綴 っ た 「 詞 書 」 に 続 い て

っ て い る 。     ・ あ ま た た び 空 し く 門

かど

は 過 ぎ き と ふ 人 は か へ し ぬ 我 が 思 ひ 止 ま ず

    ・ つ ゆ 草 の 花 を 思 へ ば う な か ぶ し 我 に は 見 え し 其 の 人 思 ほ ゆ     ・ こ こ に し て 来

な ば 来 な む と 待 つ 人 の こ こ に も 来

ね ば い つ と て か

見 む

    ・ 山 茶 花 の わ び し き 花 よ 人 わ れ も 生 き の 限 り は 思 ひ 嘆 か む     ・ 我 さ へ に こ の 降 る 雨 の わ び し き に い か に か い ま す 母 は 一

人 し て     ・ 山 茶 花 は む な し く な り ぬ 我 が 病

やまひ

癒 え む と 告 ぐ る 言

こと

も 聞 か ぬ に   以 上 の よ う な 短

歌 が 「 病 中 雑 詠   其 二 」 の な か に 収 め ら れ て い る 。

果 た し て 「 存 命 の 喜 び 」 ど こ ろ か 、 悲 愴 極 ま り な い と 言 わ ず に 何 と 言

お う 。 先 師 の い う 「 悟 り 」 と も 異 な り 、 病 に 冒 さ れ な が ら も 人 を 恋 し

が る 切 な さ 、 詠 わ ず に は い ら れ な い 健

気 さ に 溢 れ て お り 、 哀 痛 を 感 じ

な い で は い ら れ な い 。 限 ら れ た 「 存 命 」 の 日 々 は 、 無 情 の 煩 悶 や " 歌

の 華 " を 抱 え 、 孤 独 に 甘 ん じ な が ら 「 鍼 の 如 く 」 に 続 く の で あ る 。

五 、 絶 唱 は 「 鍼

の 如 く 」 に

  長 塚 節 の 病 気 ( 喉 頭 結 核 ) は 、 大 正 二 年 ( 一 九 一 三 ) の 暮 れ に 再 発 し た 。 ─ ─ 思 え ば 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) の 八 月 、 咽

喉 に 痛 み を 覚

え 始 め 、 十 一 月 に 上 京 し て 診 察 を 受 け た と こ ろ 、 喉 頭 結 核 の 疑 い あ り

と の 診 断 に て 、 翌 月 か ら 東 京 は 中 根 岸 の 根 岸 養 生 院 に 入 院 し て 治 療 を

始 め る 。 後 に 黒 田 て る 子 と の 婚 約 を 、病 気 を 理 由 に 解 消 を 申 し 出 て「 病

中 雑 詠 」( 其 一 、 其 二 ) の 創 作 に 及 ん だ と い う こ と は 、 す で に 述 べ た

(13)

通 り で あ る 。   明 治 四 十 五 年 ( 大 正 元 年 、一 九 一 二 ) の 二 月 に 根 岸 養 生 院 を 退 院 し 、

一 時 帰 郷 し た も の の 、 三 月 に な る と 東 京 の 夏 目 漱 石 に 、 九 州 大 学 の 久

保 猪 之 吉 博 士 へ の 紹 介 状 を 書 い て 貰 い 西 へ 向 か う 。 そ の 途 中 、 京 都 医

大 病 院 に 入 院 、 手 術 を 受 け た 。 四 月 に は 九 州 の 福 岡 に 下 り 、 九 州 大 学

附 属 病 院 で 久 保 博 士 の 診 察 を 受 け た あ と 、 九 州 各 地 を 巡 り 、 別 府 か ら

松 山 へ と 海 路 を 渡 り 、 向 か い の 宮 島 、 尾 道 な ど を 経 て 、 関 西 各 地 を 歩

き 、 岐 阜 を 通 り 、 九 月 に 帰 郷 し た 。

  大 正 二 年 ( 一 九 一 三 ) の 三 月 に は 再 び 九 州 に 向 か い 、 九 大 病 院 で 久

保 博 士 の 診 察 を 受 け た 。 四 月 に 福 岡 は 博 多 を 発 ち 、再 び 宮 島 か ら 神 戸 、

京 都 、 奈 良 な ど を 巡 り 、 出 雲 ま で 足 を 延 ば し て 四 月 末 に 帰 郷 し た 。

十 二 月 上 京 し て 、 喉 頭 結 核 の 再 発 の た め 、 東 京 は 神 田 の 金 沢 病 院 に て

診 察 を 受 け 、 悪 化 し て い る と い う こ と で 、 一 旦 帰 郷 し た あ と に 入 院 。

こ の 入 院 の 前 後 か ら 創 作 の 興 の 溢 れ る ま ま に 詠 い 続 け る 。 翌 大 正 三 年

三 月 に は 神 田 の 橋 田 内 科 医 院 に 入 院 。 病 状 を 見 な が ら 六 月 に は 三

度 九

州 に 向 か う 。 そ の 途 上 や 九 大 病 院 の 久 保 博 士 の 診 察 を 受 け な が ら 、 九

州 各 地 を 巡 っ た も の の 、病 状 の 悪 化 と と も に 十 二 月 を 迎 え る 。 従 っ て 、

半 年 余 り の 間 に 身 を も っ て 体 験 し た 病 状 に 関 す る 心 境 や 、 各 地 の 旅 先

に て 見 聞 し た 感 慨 な ど が 詠 わ れ 、 歌 集 『 鍼 の 如 く 』 に 吸 収 さ れ 結 実 し

て い く の で あ る 。「 其 一 」 か ら 「 其 四 」 ま で は 、六 月 以 降 の 『 ア ラ ラ ギ 』

に 連 載 さ れ た 。 結 び の 「 其 五 」 は 、 翌 大 正 四 年 ( 一 九 一 五 ) の 一 月 、

や は り 『 ア ラ ラ ギ 』 に 発 表 さ れ た の だ っ た 。   歌 集 『 鍼 の 如 く 』 は 、 大 正 二 年 の 十 二 月 の 上 京 か ら 入 院 、 そ し て 翌

年 の 六 月 に は 九 州 に 下 る 途 上 や 、 九 州 各 地 を 訪 れ た 時 の 心 境 や 感 慨 を

秘 め た 絶 唱 で あ る と い う こ と は 重 ね て 言 う ま で も な い 。 だ か ら 、 歌 集

『 鍼 の 如 く 』( 全 二 三 一 首 ) は 、 心 血 の 結 晶 で あ り 遺 作 で あ る 。 そ れ に

し て も 私 は 、 こ の 歌 集 の 特 徴 を 「 写 生 」 を 超 え た 叙 情 の 粋 で あ り 、 叙

情 の 華 で あ る 、 と 言 い た い の で あ る 。

  そ れ で は 歌 集 『 鍼 の 如 く 』 の な か か ら 何 首 か を 紹 介 し 、 歌 人 ・ 長 塚 節 の 面 目 躍 如 に し て 真 骨 頂 を 偲 ぶ 因

縁 に 供 し た い 。 ま ず 、「 其 一 」 の

な か の 「 一 」 と し た 三 首 は 、 次 の 通 り で あ る 。

    ・ 白

しらはに

埴 の 瓶 こ そ よ け れ 霧 な が ら 朝 は つ め た き 水 く み に け り     ・ 曳 き 入 れ て 栗 毛 繋

げ ど わ か ぬ ま で 櫟

くぬぎはやし

林 は い ろ づ き に け り     ・ 無

花 果 に 干 し た る 足 袋 や 忘 れ け む と 心 も と な き 雨 あ わ た だ し   如 何 で あ ろ う か 。 こ の 三 首 に 先 立 ち 、そ れ ぞ れ 「 秋

しゅうかいだう

海 棠 の 画 に 」

「 り ん だ う の 画 に 」「 夜 半 ふ と お ど ろ き め ざ め て 」 と い う 「 詞 書 」 を 添

え 、 短 歌 の 由 縁 や 出 処 を 示 し な が ら 詠 い 続 け 、 短

歌 そ の も の の 充 実 ぶ

り や 、 透 徹 し た 気 品 を 感 じ る の だ が 、 ど う だ ろ う 。 冒 頭 の 一 首 は 、 節

の 代 表 作 と し て 人 口 に 膾 炙 さ れ 、 愛 唱 さ れ て い る 。 そ れ だ け 評 価 が 高

い と い う 証 左 で あ り 、「 写 生 主 義 」 を 超 え た 「 叙 情 」 の 台 頭 に し て 具

現 で あ り 、「 冴 え 」 の 余 韻 で あ ろ う 。

  「 写 生 」 か ら 「 叙 情 」 へ の 推 移 や 進 展 は 、 急 な 思 い つ き で は な く 、

試 行 錯 誤 を 続 け て い た 発 酵 や 熟 達 に 等 し い 。 例 え ば 、『 ア ラ ラ ギ 』 の

仲 間 で あ る 、 長 野 県 諏 訪 在 住 の 久 保 田 俊 彦 ( 島 木 赤 彦 ) に 宛 て た 書 簡

参照

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