査読付論文
定型発達者の自閉症スペクトラム障害傾向と聴覚特性の関連性
―反復単語変形効果による検討―
糸 井 千 尋
*Summary
Autism Spectrum Disorder
(ASD)is a neurodevelopmental syndrome that is defined by deficits in communication and by restricted repetitive behaviors. In addition, the previous study reported atypical processing of auditory information in ASD. ASD children have a superior pitch perception and have atypical orientation to auditory information, especially to spoken language
(O’Connor, 2012)
. This study investigated the processing of auditory information in ASD traits by using verbal auditory stimuli. Verbal transformation
(VT)is the one of auditory illusion, and provides a rare opportunity to examine how auditory percepts are formed in the brain
(Kondoand Kashino, 2007) . This exploratory study examined the VT processing for ASD traits.
* いとい ちひろ 文学研究科心理学専攻博士課 程後期課程
2015年10月 6 日 査読審査終了 目 次
Ⅰ. 問題・目的
Ⅱ. 方 法 Ⅱ−1. 対 象 Ⅱ−2. 手 続 き Ⅱ−3. 分 析 方 法
Ⅲ. 結 果
Ⅳ. 考 察
Ⅰ. 問題・目的
自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)は,相互的な社会的コミュニケ ーションや対人的相互反応の障害,および限定さ れた反復的な行動,興味,または活動を基本的特 徴 と す る (DSM- 5 , American Psychiatric Association).また,コミュニケーションの障害 や行動の異常だけではなく,ASD の90%以上に感 覚の異常があることも報告されている(Leekam
ら,2007;Crane ら,2009).
感覚の異常の中でも,特に ASD の聴覚の異常 として,大きな音や突然の音に耐えられないとい った聴覚の過敏性があることや(高橋・増渕,
2008),名前を呼ばれても返事をしない(マイルズ ら,2004)といった聴覚の鈍麻性があることが報 告されている.聴覚過敏については,ASD 群の18
~63%が罹患していることが報告されており
(Rosenhall ら,1999, Khalfa ら,2004),聴覚過敏 に悩む ASD 患者は少なくない.また,聴覚のダ イナミックレンジ(検出可能な最小値と不快でな い最大値)を調べた Khalfa ら(2004)によれば,
ASD 児は,聴覚のダイナミックレンジが狭く,定 型発達群の多くが快適であると感じる音の大きさ でも,不快だと感じているという.ASD の多く が,聴覚過敏といった問題を抱えているにも関わ らず,純音聴力自体に問題が見られない.しかし ながら,聴覚過敏により生活や職務に支障を来し ている ASD 患者が存在していると考えられる.
自閉症スペクトラムの聴覚的処理の特徴として,
ピッチ(音高)や音圧といった知覚的な特徴の処 理は定型発達の者よりも敏感であるのに対し,音 声の処理に関しては鈍感であるという報告がある
(O’Conner,2012).Heaton ら(1998)は,数種 類のピッチ音と一音節の言語(例:da)を呈示し,
以前に呈示されたものと同一であるかを判断させ る課題を,音楽経験のない ASD 児と定型発達児 を対象に行った.その結果,ASD 児は,ピッチが 同一であることの判断が,定型発達児よりも優れ ている一方で,定型発達児は一音節の言語の方が 判断しやすいことが明らかとなった.また,ASD 患者(平均年齢17歳,SD=3.76)と定型発達者を 対象に,ピッチ区別課題(先に呈示されたピッチ と同じか異なるかを判断),ピッチカテゴリ化課題
(先に呈示されたピッチよりも高いか低いかを判 断)を行ったところ,定型発達者がピッチの高低 を判断する方が困難であったのに対し,ASD 患者 はピッチ区別課題,カテゴリ化課題の両方の成績 が 優 れ て い た と 報 告 さ れ て い る(Bonnel ら,
2003).その他の研究においても,ASD 児は定型 発達児と比較して,優れたピッチ知覚を持ってい る こ と が 報 告 さ れ て い る(Heaton,2005 ; O’Riordan ら,2006).また,人の声に対する指向 の低さについては,ASD 児は,定型発達児より も,名前を呼ぶ声や手を叩く音といった社会的な 刺激に対してのオリエンテーションが少ないこと が報告されている(Dawson ら,1998,2004).定 型発達児においては,生後 6 ヶ月で社会的な刺激 への感受性を顕著に示すと言われている(Rochat ら,1999).よって,定型発達児の社会的な刺激に 注意が向きやすいという生後 6 ヶ月には備わって いると考えられる特性が,ASD には備わっていな い可能性がある.また,ASD 児は音声刺激に対す る聴覚過敏が強く,話し言葉に全般的注意を向け ることが難しいことも言われている(山本ら,
2007).しかし,ASD では,スピーチといった人 の声に対する定位が少ないことの理由は未だ明ら かではなく(O’Connor,2012),聴覚過敏による
言語発達への影響についても未だ一致した見解は 得られていない(Gomes ら,2008).
一 方 で,ASD の 感 覚 過 敏 は,予 測 の 障 害
(Predictive Impairment in Autism:PIA)に基づ くという仮説がある.この仮説によれば,ASDは,
次に起こりそうな出来事を予測する能力が欠けて おり,連続した刺激にも馴化しにくいために,感 覚過敏であるという(Sinha ら,2014).つまり,
ASD の感覚過敏は,予測する能力が欠けているこ とが一つの要因であると考えられている.よって,
ASD の予測の困難さに焦点を当て,そのメカニズ ムを解明できるような実験パラダイムを用いるこ とで,ASD の感覚過敏のメカニズムも明らかとな る可能性がある.
そこで,ASD の予測の困難さを解明するため に,反復単語変形効果(Verbal Transformation;
VT)と呼ばれる錯聴を利用する.目の錯覚である 錯視はよく知られた現象であるが,耳にも同様に 錯覚があり,錯聴と呼ばれている.VT とは,短 い単語を切れ目なく反復して再生すると,音は物 理的に変化していないにもかかわらず,知覚が時 間とともに切り替わる現象である(Warren ら,
1958).VT で報告される単語については,高齢者 は知っている単語を報告し,子どもは無意味語を 報告する傾向があること(Warren ら,1966),単 語の知識量に依存する可能性が指摘されているこ とから(Kondo ら,2007),個人差が大きいと思 われる.また,VT は,多義的な入力に対して発 話内容の予測(仮説)を生成し,感覚入力との予 測誤差を評価するという予測符号化の枠組みで整 合的に説明できる(Kashino ら,2012).よって,
VT が予測の生成あるいは予測誤差の特性に関す る指標となりうることから,ASD の予測の困難さ を明らかにできる可能性は十分にある.
本研究では,ASD の予測の困難さを明らかにす るための予備的検討として,まず,定型発達者の 自閉症スペクトラム障害傾向と VT の関連性を明 らかにすることとした.自閉症スペクトラム指数
(Autism-Spectrum Quotient:AQ)を用いて,定 型発達者における自閉症スペクトラム傾向の測定 を行った Baron-Cohen ら(2001)によれば,AQ により自閉症スペクトラム障害から定型発達まで の連続性の中で個人を捉えることが可能である.
よって,本研究では,ASD 患者に行う前の予備的 な検討として,定型発達者における自閉症スペク トラム傾向と VT を用いた聴覚特性との関連を調 べることとした.
Ⅱ. 方 法
Ⅱ-1. 対 象
参加者:精神科通院歴のない健常成人17名(男性 12名,女性 5 名,平均年齢27.12歳)を対象に実験 を行った.
質問紙:参加者は,自閉症スペクトラム傾向を測 る た め に 自 閉 症 ス ペ ク ト ラ ム 指 数(Autism- Spectrum Quotient:AQ)日本語版(若林,2003)
を用いた.AQ は,自閉性障害の症状を特徴づけ る 5 つの領域,社会的スキル,注意の切り替え,
細部への注意,コミュニケーション,想像力につ いて各10問ずつ全体で50項目から構成されている
(若林,2003).この尺度の識別ポイントは33点で あり,33点以上であることが,自閉症スペクトラ ム上において病理的水準の自閉症傾向を持つ可能 性 が あ る . ま た , 感 覚 の 過 敏 性 を 測 る た め に Glasgow Sensory Questionnaire 日 本 語 版
(Takayamaら,2014)を用いた.Glasgow Sensory Questionnaire(GSQ)は,視覚,聴覚,味覚,嗅 覚,触覚,前庭感覚,所有感覚の 7 つの領域の感 覚過敏・鈍麻を42項目で測るもので,定型発達者 と比較して ASD 者の方が高い得点であることが 示されている(Robertson ら,2013).Robertson ら(2013)によれば,感覚過敏とは刺激が過剰で ある時に起こり(例:騒音があまりにも大きく,
照明が我慢できないほど明るい,など),感覚鈍麻 とは,感覚刺激に対して反応しないこと(もしく は積極的に刺激を探すこと)であることを意味し
ている.
Ⅱ-2. 手 続 き
Kondo ら(2007)で用いられた聴覚刺激を使用 した.この刺激は,女性の声で発話した「バナナ」
という単語を265回繰り返したもので,1 セッショ ンの長さは90秒であった.聴覚刺激は参加者が不 快でないと感じる音量でイヤフォンを通して聞か せた.教示として,参加者には聴取中は目を閉じ てもらうこと,「バナナ」の聞こえ方に変化があっ た場合にボタン押しをするように求めた.合計で 3 セッション行い,セッションの終わるごとに,
聞こえ方が変化した際に聞こえたもの(バナン,
ナッパ等)を報告させた.
Ⅱ-3. 分 析 方 法
SPSS 20.0(IBM Corp.;Armonk,NY)を用 いて,相関分析を行った. 3 セッションのうち,
単語の知覚が変化した回数の最大値(変化回数)
と,報告された単語の最大数(単語数)を分析に 用いた.例えば,バナナから始まり,ナッパ→バ ナナ→ナッパ,と聞こえ方(知覚)が変化した場 合には,変化回数は 3 回,単語数は 2 個,となる.
ただし,単語数については, 1 セッションの終わ った際に報告しているため,即時的な反応の計測 はできておらず,想起できる限りの変化した単語 を挙げてもらった.それぞれの値と,AQ(社会的 スキル,注意の切り替え,細部への注意,コミュ ニケーション,想像力),GSQ(視覚,聴覚,味覚,
嗅覚,触覚,前庭感覚,所有感覚のそれぞれ過敏・
鈍麻)との関連性を検討した.
Ⅲ. 結 果
AQ,GSQ の下位項目の平均値はそれぞれ表 1 , 表 2 に記す.単語の知覚が変化した回数(変化回 数)の平均は32.7回(range:11-88,SD:21.42)
であった.また,変化した単語の数(単語数)の 平均は4.11個(range:3-6,SD:0.93)であった.
相関分析の結果,知覚の変化回数は GSQ の下位 項目である,聴覚鈍麻(r=.670,p<.01),聴覚総 合得点(r=.505,p<.05)との間に,相関が見ら れた.それ以外の感覚(視覚,味覚,嗅覚,触覚,
前庭感覚,所有感覚)とは相関が見られなかった.
ま た,AQ の 総 合 得 点 と の 相 関 も 見 ら れ ず
(r=.396,p<.116),下位項目(社会的スキル,注 意の切り替え,細部への注意,コミュニケーショ ン,想像力)とも相関は見られなかった.
知覚変化した単語数は,AQ の下位項目である 細部への注意(r=.539,p<.05)と相関が見られ
た.しかし,AQ の総合得点(r=.247,p=.339)
や他の下位項目に相関は見られなかった(社会的 ス キ ル(r=.011,p=.996 ),注 意 の 切 り 替 え
(r=.068,p=.794),コミュニケーション(r=.298,
p=.245),想像力(r=.053,p=.839)).変化した 単語数は GSQ の下位項目(視覚,聴覚,味覚,嗅 覚,触覚,前庭感覚,所有感覚)とは相関が見ら れなかった.
Ⅳ. 考 察
本研究では,定型発達者における自閉症スペク
表 1 自閉症スペクトラム指数(AQ)の平均値,標準偏差
社会的スキル 注意の
切り替え 細部への注意 コミュニケーション 想像力 合 計
平均値(Range) 3.47
(0-10) 4.35
(1-9) 3.52
(0-9) 2.71
(0-9) 3.52
(1-8) 17.76
(5-43)
標準偏差 2.85 2.26 2.83 2.85 2.45 11.18
表 2 Glasgow Sensory Questionnaire 日本語版(GSQ)の平均値,標準偏差
感覚モダリティ 過敏(SD) 鈍麻(SD) 合計(SD)
視 覚 3.53(2.76) 2.94(2.81) 6.47(5.11)
聴 覚 7.00(2.67) 4.88(2.18) 11.88(4.22)
味 覚 4.35(2.96) 1.41(1.28) 5.76(3.67)
嗅 覚 4.11(1.87) 2.17(1.33) 6.29(2.76)
触 覚 2.06(1.34) 2.41(1.62) 4.47(2.58)
前庭感覚 2.71(2.71) 3.47(2.35) 6.17(3.32)
所有感覚 2.47(1.59) 2.47(1.59) 4.88(2.76)
合 計 26.18(10.61) 19.76(9.67) 45.94(18.70)
表 3 知覚変化の回数,変化した単語数と,聴覚鈍麻,聴覚過敏,聴覚合計,AQ との相関
GSQ(聴覚) AQ
過 敏 鈍 麻 合 計 社会的
スキル 注意の切
り替え 細部への
注意 コミュニケ
ーション 想像力 合 計
変化回数 .25 .67** .50* .41 .25 .29 .46 .16 .40
単 語 数 .20 .26 .26 .00 .07 .54* .30 .05 .25
** p<.01,*p<.05
トラム傾向と,VT による聴覚特性との関連を検 討した.その結果,VT の知覚変化の回数は,「聴 覚鈍麻」傾向と関連し,報告単語数は自閉症スペ クトラム傾向の一つである「細部への注意」と関 連していることが明らかとなった.
VT で単語の聞こえ方が変化する理由としては,
あいまいな感覚入力の中から,脳が可能性のある 知覚を作り出し,解釈を変化させていくためと考 えられている(Kondo ら,2007).感覚入力が非 常にあいまいな状況において,現在の仮説が不適 切な場合には,最も予測誤差を小さくできる新し い仮説に切り替えることが重要となる(Kashino ら,2012).つまり,VT における知覚変化は,あ いまいな聴覚情報の入力に対し,現在の仮説が不 適切と判断した脳が新しい解釈を作り出したため に起こる.よって,知覚変化が多くなるというこ とは,連続して入力され続ける感覚に対して,脳 が発話内容の予測をし直す回数が多いことを意味 し,これは予測誤差に対して,敏感に反応してい たためと考えられる.
また,VT の知覚変化は,参加者の「聴覚鈍麻」
傾向と関連していることが明らかとなった.本研 究で用いた「聴覚鈍麻」の項目には,「音楽や曲の 同じ部分を何度も聴いたり DVD の一場面を繰り 返し見たりする」「特定の音(例えば,紙がガサガ サ擦れる音)を聴いているのが好き」といった,
聴覚刺激への追求性を測る項目と,「人々が何を言 っているのか聞き取りづらいことがある」といっ た,聴覚鈍麻傾向を測る項目がある.本研究にお いては,VT の知覚変化回数は,聴覚刺激を追求 する傾向によって,あいまいな聴覚刺激の入力に 対しての予測を次々と変化させたために,変化回 数が増えた可能性がある.「聴覚鈍麻傾向」ひいて は聴覚刺激追求性が高い人々は,同じ感覚入力を し続ける刺激に対して,積極的に解釈を変えたた めに変化回数が増えたと考えられる.また,今回 の結果では,「聴覚過敏」傾向とは関連が見られて いない.GSQ の「聴覚過敏」の項目には,「特定
の雑音や音程が不快」「大きめの騒音が嫌い」「予 期しない音がするとすごくびっくりする」がある.
本研究において,「聴覚過敏」の項目は他の項目と 比較し,高い得点をつけた参加者が多く,先行研 究(Takayama ら,2014)のコントロール群の「聴 覚過敏」得点よりも平均値が高かった.つまり,
本研究の参加者は,「聴覚過敏」傾向が強い者が多 かった可能性があり,「聴覚過敏」による VT の知 覚変化回数の差が出なかった可能性が考えられた.
また,自閉症スペクトラム障害傾向の中でも「細 部への注意」と VT における単語報告数が関連す ることが明らかとなった.「細部への注意」に関し て は,Weak Central Coherence(WCC)理 論
(Happé ら,2006)の中で,ASD は局所的4 4 4な情報 処理に焦点を当てた認知処理をするために,全体 的な情報処理が弱いことが言われている.つまり,
ASD は局所的な知覚処理能力が高いために,細部 へ注意を向けやすい特性を持っていると考えられ る.本研究で,VT における単語報告数と「細部 への注意」との関連が見られた理由として,「細部 への注意」特性の高い参加者は,変化した単語に 対し,詳細に注意を払っていた可能性がある.本 研究では,刺激の聴取中,単語の形が変わった際 にボタンを押し(変化回数として計測),聴取終了 後に変化した単語の数を参加者に尋ねていた.つ まり,「細部への注意」特性の高い参加者は,知覚 変化を捉えるだけではなく,知覚変化した単語の 形にも注意を払うことができていたために,報告 する単語の数が多かった可能性が考えられた.ま た,知覚変化した単語の数についても,予測誤差 に対して敏感であることと関連がある可能性があ る.なぜなら,「細部への注意」が低い人にとって は,形は変わっていないと感じた刺激入力に対し て,形が変わったと捉えたために,VT における 単語報告数が多くなった可能性が考えられた.
本研究では,定型発達者における自閉症スペク トラム傾向と VT による聴覚特性との関連につい て調べ,今後 ASD 患者を対象とした研究を行う
ための予備的検討を行った.定型発達者を対象と した本研究において,VT による知覚変化は,あ いまいな刺激入力に対する予測誤差に対する敏感 さが関連する可能性が示唆された.ASD 患者にお いて,予測の障害により感覚過敏になりやすいこ とが言われていることからも(Sinha ら,2014),
VT を用いた実験パラダイムを用いた研究を行う ことで,ASD 患者の予測の困難さ,ひいては感覚 過敏のメカニズムを明らかにできる可能性がある.
引 用 文 献
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