地域における青少年育成活動の現状と課題
久 田 邦 明 はじめに
本稿は、地域の青少年育成活動を主題として、その現状と課題について検討するも のである。地域の青少年育成活動は行政施策との関係が深いが、近年、青少年育成関 連の行政施策は大きく転換している。行政施策の転換は今後の青少年育成活動にさま ざまな影響を与えることが予想される。そこで青少年育成の施策についてもみていく ことにしたい。
ところで、一言で青少年育成活動といってもその範囲はひろい。そもそも青少年育 成ということばからして二つの意味がある。一つは、学校教育とは別のところで子ど もや若者を育てるという一般的な意味である。もう一つは、1960年代半ばから行政用 語などでひろく使われてきた歴史的なことばとしての意味である。本稿で取り上げる 青少年育成活動は、後者の意味の行政施策とかかわる地域活動のことである。
筆者は、2000年前後から全国各地の青少年育成活動の関係者の講演会や研修会に講 師や助言者の立場で参加して地域活動の報告を聞いてきた。また、これと並行して、
さまざな機会に収集した証言や資料を手がかりに、雑誌『青少年』(社団法人青少年育 成国民会議)の編集委員として雑誌の特集を提案したり連載文を執筆したりしてき た。本稿はこのような経験をもとにした中間的なまとめという性格のものである。基 本的なアイデアは、滋賀県青少年育成県民会議の平成21年度の研修会で二度にわたっ て講演した内容と、その前後に各地の青少年育成関係者とのあいだでやり取りをした 内容がもとになっている。
本稿ではまず、青少年育成活動の現状をみてその問題を指摘する。次に、青少年育 成活動の課題について整理する。続いて、青少年育成活動の今後のあり方について提 案をする。最後に、青少年育成活動の舞台である地域社会の展望についてまとめる。
1 青少年育成活動をめぐる問題
(1)青少年育成活動における目的の喪失
2009年3月、それまで内閣府と二人三脚で青少年育成活動をすすめてきた社団法人
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青少年育成国民会議(以下では、国民会議と略記する)が活動を停止した(1)。その一方 で、7月には、子ども・若者育成支援推進法が公布された。同法は2010年4月に施行 されるといわれている。
このような動向は、高度経済成長期以降の青少年育成の行政施策が転換したことを 意味する。国民会議に依拠する行政施策の手法が見直されたことによって今後、青少 年育成の施策と活動は市町村のあいだで差がつくことも予想される。時代の変化に対 応した青少年育成を追求する市町村の場合、他に先んじて施策を講じていくだろう。
その一方で、従来の行政施策を引き継ぐだけのところは取り残されることになりかね ない。
いずれにしても、これによって高度経済成長期以降の青少年育成の時代に一区切り がついたといえるだろう。1966年に発足した国民会議が2009年に活動を停止したこと をみれば、その間の足かけ43年を 青少年育成の時代 と呼ぶことができる。ただそ うはいっても、青少年育成の時代の課題が解決したわけではないとすれば、これまで の青少年育成の施策と活動を、あらためて地域社会のところから見直すという、近代 化の時代に続く、後期近代の課題がある。これが、わたしの問題関心である。
このように考えて、仮にこの40年余りの期間を 前期の青少年育成の時代 と呼 び、それに続く時代を 後期の青少年育成の時代 と呼ぶことにしたい(厳密には時 期区分とするべきだろうが、ここでは一般的なことばづかいの時代区分とする)。前期の青少 年育成の時代の地域活動は、地域共同体(生活共同体としての地域社会)の記憶をもつ 人々によって担われてきた。その中心は、高度経済成長期の核家族第一世代の保護者 たちであり、当時すでに地域共同体は失われていたが、この世代は地域共同体の記憶 をもっていた。そのなかには、前近代から続く祭りや年中行事などの、子どもや若者 を育てるための地域共同体の機能を記憶としてもっていた人も少なくない。そのよう な記憶を拠りどころとして子ども会をはじめとする青少年育成団体を組織していった のである。
その後、1990年代に登場する保護者は、核家族第二世代である。核家族で育ったこ の世代は生活共同体としての地域社会の記憶をもたない。この時期には子どもや若者 を育てる教育や育成も消費社会のサービスと捉えられるようになったせいで、地域活 動への動機付けが難しくなった。先に、前期から後期の青少年育成の時代への変化を 国民会議の活動停止を区切りとしたが、それに先立つ90年代には、次の時代への動き がひろがっていたとみなければならない。
青少年育成の時代に先立つ、地域共同体が子どもや若者を育てた時代には、地域社 会の担い手を育てるという目的は、わざわざ確認するまでもないことだったが、高度 経済成長期以降、地域活動の担い手の世代交代によって忘れられるようになった。
今日の地域社会は、家業と地域の生産活動に支えられた、かつての地域社会ではな
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い。中間団体の網の目の全体と捉えるべきものである(2)。中間団体とは、会社や学校 と家庭のあいだに位置する顔の見える人間関係のまとまりである。地域共同体が失わ れたなかでは、地域社会は消滅したというべきである。消滅したせいで、あらためて その必要性がひろく意識されるようになったという理解も可能だろう。家業と地域の 生産活動によって支えられた地域共同体の回復は不可能であるにもかかわらず、地域 社会への期待が語られるのは、生活の必要があるからである。若い夫婦が幼い子ども を虐待して死なせてしまうとか、一人暮らしの高齢者が死んで何日も発見されないと かという事実を知った人々は、地域社会ということばを呼び戻さないわけにはいかな くなったということだろう。
地域共同体が子どもや若者を育てた時代には、大人は地域社会の担い手を育てるた めに子どもや若者の面倒をみていた。それに続く前期の青少年育成の時代において も、明示されることこそ少なかったものの、子ども会などのジュニアリーダー養成事 業に代表されるように、この目的が暗黙の前提として人々のあいだで共有されていた といえるだろう。それが地域社会の変質によって、その条件が失われると共に忘れら れるようになったのである(3)。これと併せて、近代化の時代に青少年育成活動を牽引 した、ナショナル(国家、国民)なレベルの団体である国民会議が、地域社会の担い 手を育てるという目的を追求するのには無理があった、ということも指摘しておかな ければならない。
地域共同体が子どもや若者を育てた時代には当然のこととして追求されていた、地 域社会の担い手を育てるという目的が、前期の青少年育成の時代に徐々に忘れられる ようになり、今日ではそれが思い出されることさえなくなってしまっている。このよ うな問題が、青少年育成活動を混乱させているのである。
(2)日常的な活動からの遊離
この間の行政施策の転換については、行政施策の常套句を借りれば 青少年健全育 成 から 若者の社会的自立支援 への転換と捉えることができる。これは、非行対 策と団体育成を二つの柱としてすすめられてきた青少年育成の施策を、大人への移行 の困難さに着目した包括的支援へと展開させようとするものであり、この点は特筆さ れる。
ただ、そうはいっても、これを地域の青少年育成活動のところからみれば、とりわ け注目されるのは、行政施策の手法が変わったことである。最近の行政施策では、子 ども・若者育成支援推進法にみられるように、ミッション(使命、目的)を掲げた市 民活動団体と協力する施策が想定されている。これまでのような地縁団体としての地 域住民団体ではないということである。
しかし、ここで忘れてならないのは、青少年育成活動が、個別の課題の解決という
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方法によってうまくいくとは思えないことである。子どもや若者が育つ姿をみれば、
隣近所の大人が声をかけてくれるとか、少し歳の離れた年長者とつきあうとかいっ た、それこそ日常的な人間関係が基本的な条件である。市民活動団体の場合、その成 り立ちや団体の性格からして、ここのところへ目を向ける団体は少ない。また、個別 の課題解決をすすめる市民活動団体の方法は、学校教育における教師の意図的なはた らきかけと似ているともいえる。子どもや若者は、教師のようなタイプの大人の意図 的なはたらきかけによって育っていくわけではない。日常生活と密着したところの 人々とのかかわりのなかで多くのことを学び、育っていく。それに加えて、これが大 切なことだが、意図的なはたらきかけは、日常的な人々とのかかわりあいという条件 があってはじめて意味のあるものになるのである。
前期の青少年育成の時代の活動では、その担い手が地域共同体の記憶をもつ人々で あったために、日常的な人々とのかかわりという要素がそのなかに組み込まれてい た。この点は決定的に重要な意味をもつ。そうはいっても、その活動もときをへるに したがって、スケジュール化された年間行事を前年度踏襲ですすめるようになってき たという問題があった。そういうなかで、覇気のない大人の姿を目にした子どもや若 者は、地域活動に不信感をもつようになっているのかもしれない。魅力のない青少年 育成活動のせいで子どもや若者が地域活動へ背を向けるようになることもあるのであ る(4)。
このように考えると、青少年育成活動の問題は、子どもや若者が日常的な人々との かかわりのなかで育っていくための条件が失われていることである。
2 青少年育成活動の課題
(1)行政施策の動向を見極める
これまで二点にわたって青少年育成活動の問題を指摘してきた。続いて、今後の課 題について三点にわたって整理する。
第一に、行政施策が転換しているなかでは、その動向を見極めて青少年育成活動を 考えていかなければならない。
この間の行政施策の動向について幾つかの例をあげれば以下の通りである。
子育て支援が中心の次世代育成の行動計画の見直しのなかで、これまで行政施策の 空白領域になっていた中・高校生世代のための施策が視野に入ってきた。行政として は、施策の体裁を整えるためもあって、その空白を埋めなければならなくなってお り、このような関心のもとで、中・高校生世代のための施策の計画づくりや施設づく りがおこなわれている。
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また、放課後子どもプランがある。学校週五日制の完全実施を契機に、子どもの放 課後対策の再編成がすすんできた。いまだに試行錯誤を続けて体制を整える段階にあ るものの、児童館の位置づけなどを含めて大きな変化が予想される。そのようなな か、放課後子ども教室を担ってきた住民のあいだで小学校卒業後の世代への関心が生 まれていることも注目される。
さらには、子ども・若者育成支援推進法によって、内閣府がこれまですすめてきた 若者の社会的自立支援 が本格的にすすめられようとしている。同法では市町村に 向けて「子ども・若者支援地域協議会」を置き、「子ども・若者支援調整機関」と「子 ども・若者指定支援機関」を指定することを地方自治体の努力義務としている。そこ で注目されるのは、マスコミで ニート支援法 と呼ばれることからも想像されるよ うに、これまで若者の社会的自立支援の分野で行政と協力してきた市民活動団体を指 定支援機関に想定していると考えられることである。地域住民団体による青少年育成 の施策から、市民活動団体による青少年育成の施策へと、行政施策の手法を転換しよ うとしているのである。
このようななかで、地方自治体には、国のレベルの施策をそのまま受け入れるので はなく、それぞれの地域社会の実情に合せて施策を講じていくという課題が生まれて いる。国のレベルの施策で使われる次世代育成という抽象的な目的では、前期の青少 年育成の時代の活動の二番煎じになりかねない。地域社会の担い手を育てるという目 的を明確にすることが求められているのである。地域社会の担い手を育てるといって も、地域共同体としての地域社会が解体したなかでは、先に述べたように、生活の必 要が地域社会ということばを呼び戻すようになっているという状況をみて、地域社会 をつくりだしていかなければならない。
(2)新しい活動を工夫する
第二に、子どもや若者の変化に対応した活動を工夫する必要がある。そのことを、
青少年育成活動のなかでとりわけ重要な位置を占めてきたジュニアリーダー養成事業 を糸口に考えてみたい。
子ども会などのジュニアリーダー(あるいはシニアリーダー)は、子どもや若者が地 域活動に積極的に参加することを期待されて考案された仕組みである。ジュニアリー ダー養成事業が行政によっておこなわれてきたのは、ジュニアリーダー育成に公共 性、公益性があると判断されたからである。そこには、地域の担い手を育てるという 役割も含まれており、じっさい、子ども会→ジュニアリーダー→自治会町内会の若手
→PTA などの役員→自治会町内会の役員、というルートによって地域の担い手が 育ってきたと考えられる。
ところが、今日では、ジュニアリーダーの仕組みは多くのところで、かたちだけの
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ものになっている。その事情を考えると、以下のような問題を指摘することができ る。
その一つは、ジュニアリーダーの活動内容が、現在の子どもや若者の実態と合わな くなっていることである。ジュニアリーダーの活動がメンバーの自己満足に終わって いるという嘆きを聞くけれども、日常生活のなかで集団活動を経験しないで育ってき た子どもや若者には、集団活動の組織化にリーダーシップを発揮するような余裕はな い。そこを自己満足の場所にしてしまうのは避けられないだろう。
もう一つは、ジュニアリーダーの仕組みが地域の担い手を育てるものと考えられな くなったことである。ジュニアリーダーの活動が比較的活発におこなわれた時期に は、大人が彼らの将来の生業を視野に入れていた。家業の跡継ぎになるように励まし たり、役所の職員や学校の教員の仕事を勧めたりしてきた。それが、おこなわれなく なったなかで、地域の担い手になることを期待しないジュニアリーダーの仕組みは、
土台を失った不安定な建物のようなものである。大人の努力が空回りをするのも当然 のことだろう。
1990年代後半から全国各地にひろがった居場所づくりの活動をみると、若者ボラン ティアが従来のジュニアリーダーとはちがった方法で活動しており、今後のジュニア リーダーについて考えるためのヒントを与えてくれる。
子どもの居場所ホワイトキャンバス(岩手県奥州市水沢区)では、子ども会のジュニ アリーダーのサークル JUMP のメンバーが、大人と一緒に旧消防署の建物の改装作 業をすすめて施設をつくり、誕生した施設の運営委員会に参加している。
渋谷ファンインのピアサポート委員会は、渋谷区内11か所でおこなわれる居場所づ くりの活動にかかわる若者ボランティアの団体であり、居場所の運営、学校開放事 業、不登校の児童生徒の相談相手などの活動をしている。
居場所づくりは、集団活動に馴染みにくい子どもや若者が人間関係に慣れ親しむよ うに支援する方法による活動である。これを集団活動の方からみれば、集団活動の土 台となるさまざまな経験の場を提供するものといえる。ここでの関係の取り方は、従 来のジュニアリーダーのようにレクリエーション指導などによって子どもたちを一斉 にうごかそうとするのではなく、出入り自由の空間を用意して相手をするという媒介 的なものである。
渋谷ファンインの場合、若者の就労支援を視野に収めるようになっている。2009年 5月、地元の大人たちの手によって特定非営利活動法人ピアサポートネットしぶやが 誕生した。恵比寿駅近くに事務所を構え、それを足がかりに若者ボランティアが地域 に役立つ生業を見つけることが期待されているのである。
このような事例に着目して、これまでのジュニアリーダー養成事業を引き継ぐ、地 域の担い手を育てるための新しい仕組みを工夫していく必要がある(5)。
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(3)若者の生業をつくる
第三に、若者の生業をつくるという課題である。若者が地域で生業に就いて暮らし ていくことができなければ、地域の担い手を育てるという青少年育成活動には意味が ないのではなかろうか。
ニートやフリーターの若者たちを支援するために若者自立支援塾や若者サポートス テーションなどの行政施策が全国各地でおこなわれている。これらは若者の就労意欲 を喚起するプログラムが中心だが、最近では就労意欲よりも雇用情勢が問題であるこ とが指摘されるようになっている。そうであるとすれば、地方自治体が若者を雇用す るという就労支援策が考えられなければならないのではないだろうか。若者の努力を うながしたり、企業に雇用をすすめたりするのであれば、行政も率先して若者を雇用 策を講じるべきだろう。
20代の失業率が10パーセントに達する状況は、地域社会の暮らしにとってきわめて 深刻である。それこそ切羽詰った状態といえるだろう。このまま推移すれば、将来の 地域社会の担い手がいなくなってしまうおそれもある。そういうなかで必要とされる のは、行政が若者の雇用をすすめることである。財政状況をみれば終身雇用と年功序 列による雇用は考えられないとしても、方法がないわけではない。20代の若者のため に数年間の雇用期間と一人暮らしの可能な賃金を用意した上で青少年育成をはじめと する公共的な仕事を用意して、将来の地域社会の担い手となる人材を育てるのであ る。昔の職人は若い頃にさまざまな仕事を点々として、ある程度の年齢に達したとき に落ち着いたという(6)。その例に倣って、いわば修業期間としての仕事を用意すると いう方法が考えられる。公民館や青少年施設で若者が働く事例をみれば、できないこ とではない。たとえその数は限られるとしても、若者たちを励まし、住民の自覚をう ながすことになるだろう。
もちろんこれだけでは充分ではない。このような雇用機会に恵まれなかった者や雇 用期間を超えた者のために、地域社会に多様な雇用をつくる必要がある。たとえば、
商店街の空店舗を低額家賃で若者に貸すなどの方法が考えられるだろう。家主が家賃 の水準を守ろうとすれば借り手が見つからないから空き店舗の解消は難しいし、
チェーン店に貸せば商店街のまとまりが損なわれる。中小事業主の見識が問われると ころである。かつて面倒見の良い土木建設業などの人々が若者の雇用に貢献してきた 知恵と経験に学び、若者の雇用の範囲をひろげていく必要があるだろう。
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3 青少年育成活動の方法
(1)鍵となる人物(キーパーソン)を配置する
これまで述べてきたことを実現させるには、誰がどのようにしておこなうのかとい うことを考えなければならない。
それには、市町村の単位で鍵となる人物(キーパーソン)を選ぶことである。鍵と なる人物とは、青少年育成活動の中心的な世話役のことである。その呼称は、青少年 育成コーディネーターでも、子ども・若者育成アドバイザーでも構わない。とにかく
「この人なら」と衆目の一致する住民を行政のなかに配置するのである。それは、次 のような人物が望ましい。
第一に、行政、学校(教育委員会)、住民の三者から信頼される人である。いずれか 一者にでも不信感をもたれるような人では活動がスムーズにすすまない。第二に、前 例や決まりごとから半歩踏み出す勇気をもつ人である。社会の変化のなかでいつまで も従来のやり方を続ければよいわけではない。新しいやり方を臆せず実行に移す行動 力が求められる。第三に、成果の見えにくい活動に挫けない、粘り強い人である。長 く続いた仕組みは一朝一夕で変わるものではない。このことを承知して飽くことなく 活動を続ける人でなければならない。第四に、地域住民団体と市民活動団体を結びつ ける人である。地域住民団体と市民活動団体では、ことばづかいからしてそれぞれに 特徴がある。両者のことばを聞いて語り合うことのできる人でなければならない。
地域住民団体のリーダーのなかには、市民活動団体に無関心だったり警戒心をもっ たりする人も少なくないが、地域住民団体が行政との関係において優先的な地位を保 てなくなったなかで、市民活動団体の存在を度外視した青少年育成活動は考えられな いことを承知しておくべきだろう。そうはいっても、地域住民団体と比べて市民活動 団体を過大に評価するわけにはいかない。その数が限られているばかりか、これまで 繰り返し述べてきたように、身近な大人の日常的なはたらきかけが不可欠であるとす れば、ミッションを掲げた団体の活動には限界がある。
このような問題と向き合うためにも、鍵となる人物を行政に配置して、その人の力 を借りて、多様な住民を結びつけ、地域の青少年育成活動をすすめていく必要があ る。
(2)日常的な活動の交流をすすめる
新しい青少年育成活動のためには、このような鍵となる人物が中心となって、地域 のなかでおこなわれる日常的な活動を交流させる集まりの場を設けることから始める
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必要がある。そのためには以下のような方法が考えられる。
第一に、地域を歩いて、子どもや若者に関心をもって面倒をみる人々を見つけなけ ればならない。机に向かって計画づくりをするだけでは地域で活動する人を見つける ことはできない。また、団体の長の立場の人を集めて会議を開くだけでは地域の実情 はなかなか分からない。まず地域活動に熱心な人のもとを訪ねて話を聞き、そこでも う一人を知ったら、その人のところを訪ねて三人目を教えてもらう、といった具合に 次々と伝手を頼って、日ごろ子どもや若者の相手をしたり面倒を見たりする人々を見 つけていくのである。第二に、そういう人々が日常的な活動を報告する集まりの場を 設けることである。そのための準備の段階では、報告者の一人ひとりに趣旨を丁寧に 説明することが大切だろう。それが日ごろの活動を再検討することにもなる。集まり では、その場で明らかになった現状について立場の異なる参加者が問題意識を共有す ると共に、今後の課題について整理する必要もある。第三に、その集まりの中心的な メンバーは、課題を解決するための施策や活動のアイデアをまとめて、青少年プラン や青少年問題協議会の意見具申、あるいは、市町村子ども・若者計画(子ども・若者 育成支援推進法 第9条)などに反映させる手立てを考えなければならない。
地域で活動する人を見つけることから始めるという、このような提案をするのは、
子どもや若者のことを気にかけて相手をしたり面倒をみたりする人々に着目すること が、今後の青少年育成活動のための出発点となると考えるからである。おそらくある 時期まで青少年育成関係者とこのような人々とのあいだにつながりがあったが、青少 年育成活動の体制が整って一人歩きをするようになったせいで、このような人々のこ とを視野に入れることができなくなったのである。そうであるとすれば、この問題に 目を向けることから始めて、青少年育成活動をつくりなおしていかなければならな い。
(3)各地をつなぐ情報交換の仕組みをつくる
ここまで主に市町村の範囲を想定して青少年育成活動の課題について考えてきた。
続いて、その範囲を超えた課題である情報交換のためのメディアについて考えたい。
わたしたちの周囲に情報は溢れている。わざわざ情報交換のメディアが必要なのだ ろうか。青少年育成の活動事例に関する情報はテレビや新聞などのマスメディアで紹 介されている。ローカルなメディア(地方の放送局、地方紙、コミュニティペーパーなど)
でも、身近な地域の事例が紹介されている。また、インターネットに流通する大量の 情報については検索機能を利用した個人による情報収集がおこなわれている。
ただ、このようなメディアの情報には二つの問題がある。その一つは、収集に手間 取ることである。数多くのメディアにわたる情報を収集するのは簡単なことではな い。下手をすると、それにかまけるうちに日常的な活動がおろそかになる。もう一つ
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の問題は、情報の読み方に知恵と工夫がいることである。記事のままでは自分たちの 活動にとっての意味は理解されにくい。青少年育成関係者の問題関心に応える内容に 編集する(新たに意味づける)という作業が必要である。
行政のメディアは、どうだろうか。内閣府は『子どもと若者』という雑誌を発行す るようになった。この雑誌は、限られた頁数にもかかわらず活動事例を丁寧に紹介す る充実した内容である。この他にも都道府県や市町村のメディアで活動事例が紹介さ れることも少なくないが、行政のメディアの情報は行政施策の手段として提供される ものである。これはメディアの性格からして当然だろう。しかし、行政施策の枠組み によって制約されるし、行政施策の転換によって短期間で内容が変化するという限界 がある。
このように考えると、やはり青少年育成のメディアが必要である。既存のメディア として、『青少年問題』(財団法人青少年問題研究会)、『月刊少年補導』(社団法人大阪青 少年補導協会)、『青少年』(社団法人青少年育成国民会議)があげられる。このなかで『青 少年』は、青少年育成の活動事例を紹介する雑誌として他の雑誌とは異なる特徴が あったが、しばらく前に刊行されなくなったために、青少年育成の活動事例の情報交 換のメディアが失われた。この『青少年』を一つの手がかりに情報交換のためのメ ディアを考えることができるのではないだろうか。
そうはいっても、経費の問題を考えれば『青少年』のような印刷媒体による情報交 換は難しい。可能性があるのは、これまで国民会議と共に活動してきたいずれかの県 の青少年育成県民会議のホームページにリンクさせたウエブマガジンを創刊するとい うような方法である。しかし、これも簡単ではないだろう。インターネットのホーム ページ、あるいはメーリングリストのような簡便なメディアによる情報交換の方法を 考えるほうが現実的かもしれない。
仮にウエブマガジンを想定すれば、次のような内容が考えられる。第一に、他のメ ディアには登場しない活動事例を紹介することである。レポートを掲載する場合に は、読者に伝わる内容にするために編集担当者とのあいだのやり取りが必要だが、実 際にはそんな手間隙をかける余裕はないかもしれない。ここでは指摘するに止める。
第二に、さまざまなメディアに紹介された活動事例の二次情報を紹介することであ る。新聞雑誌などのマスメディアの紹介事例、活動報告書、関連図書、映像資料など が考えられる。第三に、行政施策の動向について紹介することである。先に述べたよ うに、青少年育成活動を担ってきた地域住民団体と行政との関係は大きく変化してい る。そのようななかで、両者の新たな関係づくりのために参考となる情報として、な くてはならないものである。
いずれにしても、たんに行政施策の都合に合せたものではない、青少年育成関係者 の情報交換の仕組みは、新たな青少年育成活動のために必要不可欠なものである。
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4 地域社会の展望
(1)若者の地元志向に着目する
最後に、青少年育成活動のおこなわれる地域社会の今後について考えたい。
今日の若者は高度経済成長期の若者のように都会志向ではない。自分が生まれ育っ たところで暮らしていこうとする、若者の地元志向が目立つ。これは、マスメディア でもいわれるようになっているし(7)、わたしが大学生に聞いても思い当たる傾向であ る(大学・短大への進学率が50%を超えたなかでは、大学生は特別な存在ではない)。それに もかかわらず、このことに着目する青少年育成関係者は少ない。
ここでもう一度確認しておけば、これまでの青少年育成の活動では、ジュニアリー ダーの面倒をみることは、彼らのその後の生業を考えて支援することでもあった。そ れが、地域社会の変化のせいで考えられなくなったことによって青少年育成活動の土 台そのものが失われるようになったのである。
若者の地元志向の要素の一つに「地元つながり」(8)と呼ばれる人間関係をみること ができる。収入の多少や職の有無などにかかわらず、顔なじみの同世代がお互いに助 け合う人間関係のことである。地元志向の若者には、国や企業によって選抜された者 とは別のプライドがあり、それが地元つながりを生み出しているのだろう。若者のこ のような動向は、地域社会について考える場合に見落としてはならないものである。
ただし、ことはそれほど単純でもないだろう。若者の地元志向は、覇気のない現状肯 定の情けない気持ちの表現とみることもできるからである。世間が狭いだけなのかも しれないとすれば、それこそ大人が積極的にはたらきかける必要がある。若者の地元 志向に期待しつつ、それを手がかりに、地域社会の担い手として生きる自覚をもつよ うにうながすことこそが大人の役割である。
この点において、大衆化した大学の教育に期待される役割は大きい。進学率が半数 を超えた大学は今日では文字通り大衆教育の機関である。大学に入学してくるのは、
かつてのような選ばれた者ではなく、大学卒業が社会階層の上昇を約束するわけでは ない。多くの学生は地方自治体や中小企業へ就職していく。彼らは地域社会の担い手 として暮らしていく条件を備えた者たちである。そうであるとすれば、これまで喧伝 されてきたような国際化の時代に活躍する人材を育てるというようなタテマエを語る のではなく、地域社会の担い手として暮らしていくための教育をおこなう必要があ る(9)。
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(2)暮らしを考える
子どもや若者はいずれ大人になる。このことを視野に入れなければ青少年育成活動 は成り立たない。そうであるとすれば、大人は、これからの地域社会の暮らしについ て思い描いてみる必要がある。
暮らしの基本は生業である。高度経済成長期には地場産業は急速に後退していっ た。この間、地場産業ということばも控えられるほど惨憺たる状況を迎えている。そ の一方で、大企業もまた厳しい状況を迎えている。そういうなかで、地場産業の振興 やコミュニティビジネス、社会的起業が話題になってはいるが、そこで取り上げられ る事例はかぎられる。地域の青少年育成活動に熱心な人のなかにも自分の生業に頭を 悩ませる人も少なくないが、それこそ日々苦労する人々に知恵を求めるほかないのだ ろう。大雑把な言い方になるが、この間、国際競争に打ち勝つ企業を育てるというこ とが盛んにいわれてきたけれども、問題解決の途がそこのところに一元化されると、
地域社会の暮らしは衰弱していくだろう。輸出製造業の国際競争力の議論とは別に、
日々の暮らしに役立つ産業の振興がおこなわれなければならない。それを土台として 助け合いの暮らしをつくるという方向を探らないわけにはいかないのである。
このような関心からみると、バブル経済崩壊以降に、ものごころのついた若者は、
高度経済成長期の時代意識から解き放たれているようにみえないこともない。彼ら は、実につつましい。若者のこのような意識は、未来を先取りしたものなのかもしれ ない。彼らと対話しながら、これからの地域社会の暮らしを描き出していくこともで きるのではないだろうか。
おわりに
地域社会の暮らしの変化によって従来の青少年育成活動は時代的要請に応えきれな くなった。この間の行政施策の動向は、これに対応しようとするものではあるが、市 民活動団体に依拠する行政施策の手法には限界がある。青少年育成活動を地域社会の ところからみれば、子どもや若者を取り巻く身近な人間関係を視野に入れて行政施策 や地域活動を考える必要がある。そのためには、地域社会の担い手を育てるという青 少年育成活動の目的を再確認して、地域社会の再生を展望しつつ、これからの青少年 育成活動の方向を明らかにしていかなければならないのである。
先に述べたように、地域の青少年育成活動を検討することは、大学教育とも深い関 係がある。大学進学率が50%を超えたことに象徴されるように大学の大衆化がすすむ なかでは、大学進学者が少数の選ばれた者であった時代とはちがって、地域の青少年 育成活動の対象となる子どもや若者が大学へ進学してくるようになっている。また、
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大学生が卒業後に青少年育成活動の担い手になる可能性も高い。このような現状をみ て大学教育について検討するという課題は、別の機会にゆずることにしたい。
注
1 青少年育成国民会議については、『青少年育成国民運動の懐古と展望〜30周年を記念して
〜』編集発行 社団法人青少年育成国民会議、1996年、参照。活動停止に至る経過につ いては、西原春夫「痛恨の解散」『日本青少年育成学会集録〜その解散に際して』編集発 行 同刊行委員会、2009年、に詳しい。地域の青少年育成活動の意義をまとめた代表的 な著作として、門脇厚司『子どもの社会力』岩波書店、1999年、をあげておく。
2 久田邦明「地域社会の可能性」『公評』2010年1月号。
3 久田邦明「子ども会に期待されるアフタースクールの活動」『児童心理』2009年2月号臨 時増刊。
4 中田豊一『ボランティア未来論 私が気づけば社会が変わる』コモンズ、2000年、239頁。
5 久田邦明「地域活動としての居場所づくり」『神奈川大学心理・教育研究論集第27号』
2008年。
6 斎藤卓志・石川三千郎ほか『職人ひとつばなし』岩田書院、1997年。
7 速水健朗「若者の地元志向 消えた東京へのあこがれ」『朝日新聞』2008年12月21日。
8 新谷周平「ストリートダンスと地元つながり 若者はなぜストリートにいるのか」本田 由紀編『若者の労働と生活世界 彼らはどんな現実を生きているか』大月書店、2007年。
9 久田邦明「大学教育への視点」『山梨学院生涯学習センター紀要 第10号』2006年。
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