環境的シティズンシップのタイポロジー (政治行政 学科創立二十周年記念号)
著者名(日) 丸山 正次
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 68
ページ 241‑279
発行年 2011‑11‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000538/
論
環
説境 的 シ テ ィ ズ ン シ ッ プ の タ イ ポ ロ ジ ー
丸 山 正 次
目 次 はじ めに 一 環境 的シ ティ ズン シッ プの 構想 に課 され る条 件 二 環境 的シ ティ ズン シッ プの 類型 おわ りに かえ て
はじ めに 自ら
を生 態系 の一 員と みな した とき に︑ われ われ 人間 には どの よう な権 利や 義務 が生 じる こと にな るの かを 捉え る視 点の 一つ が︑ 環境 的シ ティ ズン シッ プで ある
︒こ の概 念の 必要 性を 提唱 した B・ ヴァ ン・ ステ ィー ンベ ルゲ ン は︑ 自ら が編 著者 とな った
﹃シ ティ ズン シッ プの 条件
﹄︵ 一九 九四 年︶ への 寄稿 論文
﹁グ ロー バル なエ コロ ジー 的
― 241 ―
市民 を求 めて
﹂の 中で
︑か つて 次の よう に述 べて いた
︒﹁ 現在 の議 論は
﹃二 つの 文化
﹄に 関係 して いる よう に思 わ れる
︒一 つは シテ ィズ ンシ ップ の問 題を 扱う もの であ り︑ もう 一つ は環 境問 題を 扱う もの であ る︒ これ まで は︑ こ れら 二つ の文 化は 交わ るこ とが なか った
︒こ の章 では
︑エ コロ ジカ ル・ シテ ィズ ンシ ップ ない し環 境的 シテ ィズ ン シッ プつ いて 考え られ うる 意味
︵よ り正 確に は諸 意味
︶の 問題 を提 起す るこ とに よっ て︑ これ ら二 つの 文化 を一 つ のも のに しよ うと 試み たい
﹂︵
︶︑ と︒
Steenbergen,1994:142
環境 保護 への 関心 と市 民の あり 方に つい ての 関心 がそ れぞ れ別 のも のと して 捉え られ てき たと する 彼の この 記述 は︑ やや 誇張 が含 まれ てい ると 思わ れる
︒と いう のも
︑﹃ かけ がえ のな い地 球﹄ を一 九七 二年 の国 連人 間環 境会 議 の基 本指 針と して 書い たB
・ウ ォー ドと R・ デュ ポス によ ると 一般 には され てい る﹁ 地球 的に 考え
︑地 域的 に行 動 する Th in kg lo ba ll y, ac tl oc al ly
﹂の 標語 には
︑明 らか に﹁ 地球 的市 民﹂ とい う認 識が 含ま れて いた し︑ そも そも
﹁環 境的 シテ ィズ ンシ ップ
﹂と いう 用語 でさ え︑ B・ セル シン スキ ーに よれ ば︑ カナ ダ環 境省 が一 九九
〇年 には 創 作し てい たと 言わ れて いる
︵
︶か らで ある
︒
Szerszynski,2006:75
とは いえ
︑こ の概 念に つい ての アカ デミ ック な考 究は
︑少 数の 例外 を除 けば
︵た とえ ば︑ F・ ステ ィワ ード
︵
︶な ど︶
︑た しか にス ティ ーン ベル ゲン が言 うよ うに
︑九
〇年 代半 ばま では ほと んど なさ れて はい
Steward,1991
なか った
︒と ころ が︑ 彼が 上記 のよ うに 指摘 した 前後 の時 期か ら︑ 状況 は大 きく 変化 して いっ た︒ まず
︑自 由主 義 的な 緑の シテ ィズ ンシ ップ 概念 につ いて の考 察を 含む T・ ヘイ ウォ ード の﹃ エコ ロジ ー的 思想 入門
﹄︵Hayward,
︶が 公刊 され た︒ これ に対 して
︑﹁ 社会 的・ 政治 的評 価に おい て占 めて きた その 中心 から 人間 を退 去さ せる と
1995い
う一 連の 仮説 に基 づい た新 しい 思考 方法
﹂︵
︶を とる のが エコ ロジ ズム だと 主張 する M・ J・ ス
Smith,1998:1
― 242 ―
ミス が︑
﹃エ コロ ジズ ム︱
︱エ コロ ジカ ル・ シテ ィズ ンシ ップ をも とめ て﹄
︵一 九九 八年
︶を 公刊 した
︒さ らに J・ バリ ーが
︑エ コロ ジカ ル・ スチ ュワ ード シッ プこ そが 環境 的シ ティ ズン シッ プだ とす る﹃ 緑の 政治 再考
︱︱ 自然
︑ 美徳
︑進 歩﹄
︵
︶で この 問題 への 独自 の視 点を 提供 し︑ さら に前 記ス ミス が共 著﹃ 環境 とシ ティ ズン シ
Barry,1999
ップ
︱︱ 正義
︑責 任︑ 市民 参加 の統 合﹄
︵
︶の 中で
︹環 境的 シテ ィズ ンシ ップ にか かわ る︺
Smith&Pangsapa,2008
﹁こ れら の論 争に おけ る新 たな ベン チマ ーク
﹂を 示す もの だと の高 い評 価を 与え たド ブソ ンの
﹃環 境と シテ ィズ ン シッ プ﹄
︵
︶が 公刊 され
︑そ の後 二〇
〇五 年と 二〇
〇六 年に は︑ ドブ ソン が共 編者 とな った 二
Dobson,2003=2006
つの 編著 書﹃ シテ ィズ ンシ ップ
・環 境・ 経済
﹄︵
︶と
﹃環 境的 シテ ィズ ンシ ップ
﹄︵
Dobson&Sáiz,2005Dobson&
︶が 出版 され てい る︒
Bell,2006
この よう に︑ 環境 的シ ティ ズン シッ プを めぐ って は︑ ここ 一五 年く らい の間 に︑ 研究 蓄積 が急 速に なさ れて きた が︑ この 間明 らか にな って きた のは
︑環 境的 シテ ィズ ンシ ップ
︑あ るい は緑 のシ ティ ズン シッ プ︑ エコ ロジ カル
・ シテ ィズ ンシ ップ
︑そ れぞ れの 概念 につ いて は︑ 相当 異な った 構想 があ りう るこ とで あ
( )
った
︒
本稿 は︑ これ らの 構想 をい くつ かの 類型 に整 理す るこ とを 目的 とし てい る︒ 類型 化の 方法 はさ まざ まあ りう るで あろ うが
︑こ こで は︑ 環境 的シ ティ ズン シッ プの 構想 に際 して 課さ れた いく つか の社 会的 条件 を基 にし て︑ 類型 化 を図 るこ とに した い︒ そこ で論 文の 構成 は以 下の よう であ る︒ 最初 に環 境的 シテ ィズ ンシ ップ の構 想を 強く 規定 す る条 件に つい て検 討す る︒ 次に それ らの 条件 に応 えた 四つ のタ イプ の環 境的 シテ ィズ ンシ ップ の特 徴を 詳述 する
︒ そし て最 後に
︑こ れら の諸 構想 の特 徴を 要約 して いき たい
︒
― 243 ―
一 環境 的シ ティ ズン シッ プの 構想 に課 され る条 件
シテ ィズ ンシ ップ の伝 統 政治 的な 概念 はど のよ うな 概念 であ れ︑ その 構想 に際 して は︑ 当該 概念 の歴 史を 無視 する こと はで きな いで あろ う︒ 特に
﹁シ ティ ズン シッ プ﹂ 概念 は︑ 西洋 政治 史に おい ては 非常 に古 くか らの 歴史 を抱 えて いる 以上
︑そ うし た 歴史 の持 つ重 みに は︑ 計り 知れ ない もの があ ると 思わ れる
︒シ ティ ズン シッ プの 理論 家た ちが 語る その 多様 性は
︑ まさ にこ の歴 史的 な古 さの ゆえ とも 言え るで あろ う︒ その 場合
︑ヨ ーロ ッパ の研 究者 は︑ まず この 言葉 が社 会一 般 の中 で使 われ てい る用 法を 無視 する わけ には いか ない であ ろう
︒こ の一 般的 な用 法に 関し て︑ ヨー ロッ パ社 会の 研 究者 宮島 喬は
︑こ の言 葉が ほぼ 三つ の意 味で 使わ れて いる こと を次 のよ うに 指摘 して いる
︒ シテ
ィズ ンシ ップ
︑フ ラン ス語 では
﹁シ トワ イア ヌテ
﹂は
︑多 義的 な言 葉で ある
︒⁝ が︑ 今日 では シテ ィズ ンシ ップ とい う語 は大 まか に三 つの 意味 の文 脈で 用い られ てい ると いっ てよ いだ ろう
︒第 一に
︑た とえ ば﹁ アメ リカ ン・ シテ ィズ ンシ ップ
﹂と いう 言い 方が ある よう に︑
﹁国 籍﹂ とほ とん ど同 じ意 味に 用い られ る︒ 第二 は︑ 市民 と いう 地位
︑資 格に 結び つい た諸 権利 を指 す用 法で ある
︒⁝ 以上 に対 し︑ シテ ィズ ンシ ップ の第 三の 意味 は︑ 人々 の 行為
︑ア イデ ンテ ィテ ィな どに かん する もの で︑ どち らか とい えば 社会 学的 コン セプ トで ある
︒︵ 宮島
︑二
〇〇
― 244 ―
四: 二︱ 三︶ 社会
学者 であ る宮 島は シテ ィズ ンシ ップ を﹁ 市民 権﹂ と日 本語 で表 現す るこ との 狭さ を指 摘す るた めに 上の よう に語 って いる が︑ 政治 理論 研究 者で あれ ば︑ 上の よう な三 つの 用法 を規 定す る二 つの 伝統 を指 摘す るほ うが むし ろ 一般 的で あろ う︒ たと えば
︑グ ロー バル 化し た現 代社 会に おけ るシ ティ ズン シッ プ理 論を 提唱 する G・ デラ ンテ ィ は︑ シテ ィズ ンシ ップ が﹁ 権利
︑義 務︑ 参加
︑ア イデ ンテ ィテ ィ﹂ が組 み合 わさ れた 束か らな って いる
︵言 い換 え ると これ らの 組み 合わ せの 力点 が異 なる こと によ って
︑諸 種の シテ ィズ ンシ ップ 構想 がで きあ がる
︶こ とを 指摘 し なが らも
︑そ こに 二つ の支 配的 モデ ルを 識別 する こと の重 要性 を指 摘し てい る︒ すな わち
︑﹁ ひと つは シテ ィズ ン シッ プを 形式 的︑ 法的 に制 度化 され た地 位で ある とす る︑ 市場 と国 家を 中心 に考 える 見方 であ り︑ もう ひと つは シ ティ ズン シッ プを 市民 共同 体へ の実 際の 参加 とし てと らえ る見 方で ある
﹂︵
︶︑ と︒ ある
Delanty,2000=2004:20
いは また
︑現 代的 なシ ティ ズン シッ プと して の﹁ 多重 的シ ティ ズン シッ プ﹂ をも 視野 に入 れて
﹃シ ティ ズン シッ プ とは 何か
﹄を 公刊 した D・ ヒー ター も︑ シテ ィズ ンシ ップ の特 質を 理解 する ため には
︑伝 統的 解釈 を二 つの 潮流 に 区別 する こと が有 益で ある こと を認 め︑ それ らに つい てこ う指 摘し てい る︒
﹁第 一は
︑市 民共 和主 義的 市民 権
︵c iv ic re pu bl ic ci ti ze ns hi p︶ であ り︑ 諸々 の義 務に
︑そ の強 調点 をお くも ので ある
︒第 二は
︑自 由主 義的 市民 権
︵l ib er al ci ti ze ns hi p︶ であ り︑ 諸々 の権 利に
︑そ の強 調点 をお くも ので ある
﹂︵
︶︑ と︒
Heater,1999=2002:6
この よう に︑ デラ ンテ ィに して もヒ ータ ーに して も︑ 表現 方法 は異 なっ てい ると はい え︑ 示し てい る認 識は 共通 して いる
︒西 洋に おい ては
︑古 代ギ リシ アの ポリ スと 古代 ロー マ共 和国 の経 験に 由来 する 市民 的共 和主 義の シテ ィ
― 245 ―
ズン シッ プと
︑近 代の 自由 主義 の中 で構 想さ れた シテ ィズ ンシ ップ との 二つ の伝 統が 強固 に存 在し てい るの であ る︒ 一般 的に
﹁環 境的
﹂﹁ 緑の
﹂﹁ エコ ロジ ー的
﹂な どの 形容 詞に 比べ て︑ 名詞 であ る﹁ シテ ィズ ンシ ップ
﹂の ほう が︑ 概念 の根 幹を 形成 する 以上
︑こ のこ とは 非常 に重 要で ある と思 われ る︒ 中心 とな る言 葉に つい ての この 伝統 が︑ 概 念の 構想 に大 きな 影響 力を もつ であ ろう し︑ また 異な った 構想 を懐 かせ る際 にも 重要 な契 機に なる だろ うと 予想 で きる から であ る︒
シテ ィズ ンシ ップ の緑 化 環境 的シ ティ ズン シッ プへ の近 年の 注目 は︑ 言う まで もな く︑ シテ ィズ ンシ ップ 研究 一般 の近 年に おけ る高 まり と関 連性 をも って いる︒実 際︑
﹁は じめ に﹂ で触 れた ステ ィー ンベ ルゲ ンが
︑一 つの
﹁文 化﹂ とし て見 てい たの は︑ まさ にこ の高 まり であ った
︒こ の高 まり につ いて
︑自 ら﹃ シテ ィズ ンシ ップ
・ハ ンド ブッ ク﹄ の編 著者 とな った イ シン とタ ーナ ーは 次の よう に指 摘し てい る︒ シテ
ィズ ンシ ップ 研究 登場 の背 景に は︑ 明ら かに
︑﹁ ポス トモ ダニ ゼー ショ ン﹂ と﹁ グロ ーバ リゼ ーシ ョン
﹂ とに 関連 する より 広範 な条 件が 存在 し︑ そし てま た︑ そう した 条件 の具 体的 な表 れで ある
︑階 級の 再構 成︑ 新 しい 国際 的な 政府 レジ ーム の出 現︑ さま ざま な形 態の 資本 蓄積 レジ ーム の登 場︑ 新し い社 会運 動と それ らに よ る承 認と 再分 配の 戦い が︑ それ らと 並ん で存 在し てい る︵
︶︒
Isin&Turner,2002:1
― 246 ―