熱中症による園児の死亡と保育士の児童動静把握義 務違反の重過失 : 上尾市立保育所園児熱中症死亡 事故の検証
著者名(日) 古畑 淳
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 70
ページ 63‑85
発行年 2013‑02‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000497/
判例 研究
熱 中 症 に よ る 園 児 の 死 亡 と 保 育 士 の 児 童 動 静 把 握 義 務 違 反 の 重 過 失
││ 上尾 市立 保育 所園 児熱 中症 死亡 事件 の検 討│
│
さい たま 地裁 平成 二一 年一 二月 一六 日判 決 判例 時報 二〇 八一 号六
〇頁
︑判 例タ イム ズ一 三二 四号 一〇 七頁
︑保 育情 報四
〇二 号六 頁︑ 裁判 所
( )
HP
古 畑 淳 はじ
めに 本件
は︑ 市立 保育 所に おい て発 生し た熱 中症 によ る園 児死 亡事 故に つい て︑ 死亡 した 園児 の保 育を 担当 して いた 担任 保育 士二 名の 重過 失︵ 児童 の動 静を 把握 する 義務
︵児 童動 静把 握義 務︶ 違反 の重 過失
︶を 認定 した 事案 で
( )
ある
︒
保育 所保 育に おけ る保 育士 の注 意義 務違 反が 争点 とな った 裁
( )
判例 は少 なく ない が︑ 国家 賠償 請求 訴訟 にお いて 保育
士の 注意 義務 違反 の重 過失 が認 定さ れた 裁判 例は
︑本 件が はじ めて では ない かと 思わ
( )
れる
︒
─ 63 ─
さて
︑子 ども の健 康と 安全 の確 保が 日々 の保 育の 基本 であ るこ とは 疑い のな いと ころ であ るが
︑厚 生労 働省 の報 道発 表資 料﹁ 保育 施設 にお ける 事故 報告
( )
集計
﹂︵ 厚生 労働 省雇 用均 等・ 児童 家庭 局保 育課
︑平 成二 四年 一月 二七 日︶
によ れば
︑平 成二 三年 一月 一日 から 平成 二三 年一 二月 三一 日ま での 間に 報告 のあ った
﹁死 亡事 故や 治療 に要 する 期 間が 三〇 日以 上の 負傷 や疾 病を 伴う 重篤 な事 故等
﹂は 八九 件で あっ たと いう こと で
( )
ある
︒因 みに
︑前 年分
︵平 成二 二年 分︶ は五
〇件 の
( )
報告 であ った
︒少 なく ない 報告 件数 であ るが
︵数 の問 題で はな いが
︶︑ この よう な状 況で より
重要 にな って くる のが
︑保 育所 にお ける 園児 の事 故リ スク を可 能な 限り で軽 減す る取 り組 みで ある
︑保 育の リス ク マネ ジメ ント
( )
活動 であ る︒ 取り 組み の内 容や 方法 は様 々で ある が︑ 基本 は︑ 日常 の小 さな 事故 経験
︵ヒ ヤリ
・ハ ッ
ト体 験を 含む
︶や 他園 の事 故事 例か ら事 故防 止の 教訓 を学 びと り︑ 教訓 を実 践に 生か すこ とで ある と思 われ る︒ つ まり
︑事 故事 例を 参考 に︑ 事故 発生 リス クを 分析 し︑ 事故 原因 の検 証と 事故 防止 対策 の検 討を 行い
︑組 織的 かつ 継 続的 に日 々の 保育 実践 を見 直す こと によ り︑ 保育 所事 故の 防止
︵再 発防 止︶ に取 り組 むこ とで ある と思 わ
( )
れる
︒そ
うし た文 脈に おい て︑ 専門 職で ある 保育 士を はじ め︑ 保育 所運 営に 係わ る者 が保 育所 事故 判例 から 学ぶ べき こと は 少な くな いと 思わ れる
︒ 本稿 は︑ 裁判 例の 研究 とし て︑ 争点 に対 する 裁判 所の 判断 につ いて の検 討を 行う もの であ るが
︵と くに
︑本 件事 故を 発生 させ た担 任保 育士 二名 の重 過失 の有 無に つい ての 検討 を行 う︶
︑本 稿の 検討 が︑ 法学 研究 とし て参 照さ れ るだ けで はな く︑ 保育 担当 者に おい て︑
﹁子 ども の健 康と 安全
﹂の 確保 を再 考す る際 の材 料の 一つ にな るこ とが あ れば 幸い で
( )
ある
︒
10
一 事案 の概 要
ઃ 上尾 市立 上尾 保育 所内 で熱 中症 によ り死 亡し た園 児︵ 当時 四歳 五か 月の 男児
︒以 下﹁ M夫
﹂と いう
︶の 両親 及 び祖 母ら が︑ M夫 が死 亡し たの は︑ M夫 を担 任し てい た保 育士 二名 の児 童動 静把 握義 務違 反な いし 児童 捜索 活動 上の 注意 義務 違反 の重 過失 に起 因す ると とも に︑ 上尾 保育 所長 の指 導監 督義 務違 反の 過失 に起 因す ると 主張 して
︑ 同保 育所 を運 営・ 管理 する 上尾 市に 対し て︑ 国家 賠償 法一 条一 項に 基づ き︑ M夫 死亡 事故 によ って 被っ た損 害に つい て賠 償金 の支 払い を求 めた
︒以 上に つい て被 告上 尾市 は︑ 担任 保育 士二 名及 び上 尾保 育所 長に 過失 があ った こと を認 め︑ 同市 が国 家賠 償法 一条 一項 に基 づく 損害 賠償 義務 を負 うこ とを 認め たが
︑担 任保 育士 二名 に重 過失 があ った とす る両 親ら の主 張に つい ては 争う とし た︒ M夫 死亡 事故 は平 成一 七年 八月 一〇 日に 発生 した もの であ るが
︑そ の発 生経 過は 次の とお りで あっ た︒ なお
︑ 事故 当日 は朝 から 曇り の天 気で
︑午 前一 一時 の上 尾市 の気 温は 二七
.七 度︑ 湿度 は七 六. 七% であ った
︒
M夫 死亡 事故 が発 生し た当 日︑ 死亡 した M夫 が所 属し てい た四 歳児 クラ スは
︑午 前九 時三
〇分 過ぎ ころ に散 歩 に出 掛け たが
︑目 的地 到着 後︑ 間も なく 雨が 降り 出し たた め︑ 午前 一〇 時二
〇分 ころ に帰 所し た︒ 帰所 後︑ 担任 保育 士二 名は
︑園 庭に 入る 出入 り口 のと ころ で児 童の 人数 確認 をし たが
︑園 内に おい て児 童の 人数 を改 めて 確認 する とい うこ とを しな かっ た︒ 担任 保育 士二 名は
︑散 歩に 代わ る副 案を 考え てい なか った ため
︑給 食ま での 時間 を自 由遊 びの 時間 にす るこ と
─ 65 ─
にし た︒ 児童 らは 午前 一〇 時三
〇分 ころ ベラ ンダ から 保育 室に 入り
︑保 育室
︑廊 下︑ ホー ルな どで ばら ばら に遊 びは じめ た︒ 担任 保育 士二 名は
︑自 由遊 びの 時間 の間 中︑ 漫然 と児 童を 遊ば せて おり
︑給 食の 準備 が整 うま での 間︑ 園児 の人 数を 確認 する こと もし なか った
︒そ のた め担 任保 育士 二名 は︑ 散歩 から 帰所 後︑ M夫 の姿 を一 度も 見て いな かっ た︵ M夫 が廊 下か ホー ルで 他の 児童 と遊 んで いる だろ うと の認 識を 漠然 と持 って いた にす ぎな かっ た︶
︒以 上か ら担 任保 育士 二名 が︑ M夫 が不 在で ある こと に気 づい たの は︑ 給食 配膳 時の 一一 時三 五分 ころ にな って から であ った
︒ અ M夫 が不 明で ある こと に気 付い て以 降︑ 担任 保育 士二 名ら は︑ 保育 所内 のほ か︑ M夫 の自 宅や 近隣 にあ る祖 父 母宅
︑園 近く の河 川や スー パー
︑コ ンビ ニ等 近隣 を探 し回 るな どし たが M夫 を見 つけ るこ とが でき なか った
︒な お︑ 以上 の捜 索に 際し て担 任保 育士 二名 は︑ M夫 の靴 が靴 箱に 置か れて ある こと は確 認し たが
︑M 夫の 捜索 に先 立っ て︑ M夫 が園 内で 一緒 に遊 んで いた と推 測さ れる 児童 に対 して M夫 の所 在を 尋ね るこ とを しな かっ た︵ 本件 には
︑捜 索活 動の 手順 や役 割分 担な ど︑ 緊急 時に どの よう に行 動す るの かに つい て保 育所 長が とく に指 導を して いな かっ たと の事 情が ある
︒な お︑ 園外 への 捜索 は︑ すべ てで はな いが
︑基 本的 には 主任 保育 士の 指示 によ るも ので ある
︶︒ この よう な経 緯の 中で 結局
︑研 修先 から 上尾 保育 所に 戻る 途中 に事 態を 知っ た保 育所 長が
︑保 育所 内に 設置 して あっ た本 棚か ら︑ 本棚 下部 にあ る収 納庫 内で 全身 が汗 びっ しょ りの 状態 で意 識の ない M夫 を発 見し た︵ M夫 が発 見さ れた 本棚 は︑ 四歳 児の 保育 室や 事務 室か らは 死角 とな る場 所に 設置 され てお り︑ 危険 で目 の届 かな い場 所に ある こと が上 尾保 育所 の各 保育 士に おい て認 識さ れて いた
︶︒ 午後
〇時 二五 分こ ろで あっ た︒ M夫 は大 学病 院に 救急 搬送 され たが
︑午 後一 時五
〇分 に死 亡が 確認 され た︒
આ なお
︑以 上の 事故 につ いて 上尾 市は
︑保 育所 長及 び担 任保 育士 二名 に対 して
︑地 方公 務員 法三 三条 の信 用失 墜 行為 等を 理由 とし て︑ 平成 一八 年一 月三 一日 に停 職一 か月 の懲 戒処 分を して いる
︒ま た︑ さい たま 簡易 裁判 所は
︑ 保育 所長 及び 担任 保育 士二 名に つい て︑ 業務 上過 失致 死罪 を適 用し
︑保 育所 長に 対し て罰 金五
〇万 円︑ 担任 保育 士二 名に 対し て︑ それ ぞれ 罰金 三〇 万円 に処 する 旨の 略式 命令 を平 成一 九年 四月 三日 にし てい る︵ 右命 令は いず れも 同月 一八 日に 確定 して いる
︶︒ 二
判旨
﹇一 部認 容・ 一部 棄却
︵確 定︶
﹈
ઃ
担任 保育 士二 名の 重過 失に つい て︵ઃ
︶ 児童 動静 把握 義務 違反 の重 過失 につ いて
﹁一 般に
︑保 育と は︑ 子ど も一 人一 人の 成長 や発 達を 見る こと であ り︑ その 専門 職で ある 保育 士は
︑一 人一 人の 子ど もに つい て︑ 興味 がど こに ある のか
︑実 際に どの よう な遊 びを して いる のか
︑友 達と どう いう 関係 にあ るの か︑ その 遊び や友 達関 係が どの よう に発 展し てい るの かな どの 実態 を把 握し て︑ 各子 ども の個 体差 を見 極め た上 で︑ そ れに 応じ た支 援を して いく こと が求 めら れて いる
︒そ して
︑保 育は
︑子 ども 達の 命を 預か って いる 以上
︑保 育を 行 う前 提と して
︑そ の安 全を 確保 する こと が当 然に 求め られ てい る︒ そう する と︑ 子ど も達 の安 全を 確保 し︑ かつ
︑上 記の よう な保 育を 実現 する ため
︑保 育士 は︑ 子ど もが
︑ど こで
︑ ─ 67 ─
誰と
︑ど んな こと をし てい るの かを 常に 把握 する こと が必 要不 可欠 であ って
︑少 なく とも 自分 が担 当す る子 ども 達 の動 静を 常に 把握 する 義務 を負 って いる もの とい わな けれ ばな らな い︒ 特に
︑本 件に おけ る上 尾保 育所 のよ うに
︑ いわ ゆる 自由 保育 の時 間を 取り 入れ
︑児 童ら が保 育所 内を 自由 に動 き回 って 遊ん でい るよ うな 状態 の場 合︑ 子ど も 達の 動静 を把 握す るこ とは 困難 であ るか ら︑ 複数 担任 制で あれ ば︑ 担任 保育 士同 士で 声を 掛け 合っ たり
︑保 育内 容 が変 わら ない 場合 であ って も少 なく とも 三〇 分に 一回 は人 数確 認を 行う など して
︑子 ども 一人 一人 の動 静に 気を 配 るこ とが 求め られ てい ると いう べき であ り︑ さら には
︑担 任以 外の 保育 士ら にお いて も︑ 全て の児 童の 名前 や顔 を 把握 した 上で
︑保 育所 全体 で児 童の 動静 把握 と安 全確 認に 努め るこ とが 求め られ てい ると いう べき であ る︒
﹂ 本件 にお いて
︑担 任保 育士 二名 が﹁ 一時 間以 上も の間
︑M 夫の 動静 を把 握す るこ とを 怠っ たこ とは 明ら かで ある とこ ろ︑ 四歳 の児 童が 大人 の予 想が つか ない よう な行 動を とっ て危 険に さら され るこ とは 十分 にあ り得 るこ と︑
︵略
︶園 舎内 であ って もト イレ や廊 下な ど一 般的 に危 険な 場所 であ るに もか かわ らず 死角 とな って いて
︑児 童が 助 けを 求め ても 声も 聞こ えな いよ うな 場所 が存 在す るこ とに 照ら せば
︑両 保育 士に よる 一時 間以 上に わた る動 静把 握 義務 の懈 怠は
︑一 般的 に保 育士 に求 めら れる べき 注意 義務 の基 準に 照ら して
︑子 ども の生 死に 関わ る悪 質な 態様 の もの とい わざ るを 得な いの であ って
︑重 大な 過失 とい うべ きで ある
︒﹂ 担任 保育 士二 名は
︑﹁ 散歩 から 帰っ た後 に改 めて 人数 確認 をせ ず︑ その 後一 時間 以上 にわ たっ てM 夫の 動静 把握 を怠 って いた 点に つい て強 い非 難を 免れ ない と いわ なけ れば なら ない
︒﹂
︵
︶ 捜索 活動 上の 注意 義務 違反 の重 過失 につ いて 担任 保育 士二 名は
︑﹁ M夫 の所 在不 明が 明ら かに なっ た時 点で
︑一 緒に 遊ん でい た子 ども 達に 事情 を聞 き︑ M夫