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1965 〜 69

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(1)

1960 年代後半の JECC(日本電子計算機株式会社)

─資金不足の激化─

Japan Electronic Computer Company’s shortage of funds in the late 1960s

宮 﨑 忠 恒

0.はじめに

 本稿の主題は、戦後日本の産業政策の中で 成功事例とされているコンピュータ産業育成 政策の実施機関として設立された

JECC(日

本電子計算機株式会社)の

1965 69

年度に おける運営過程である。宮﨑(2020)では、

JECC

の資金不足は

1963

年度から発生してい たことを明らかにした。その

JECC

の資金不 足が

1960

年代後半にどのように激化したの かについて、宮﨑(2019)で提示した「資金 調達について、実現しなかったゆえに先行研 究に見逃されてきたことも含めて、年度ごと に、その過程(プロセス)を可能な限り跡付 ける」(104頁)という方法により、明らかに することが本稿の主たる目的である。

1.資金不足の小康;1965 〜 1966 年度

1-1.1965 年度の計画と実績

 1965年度以降の

JECC

の資金繰りについて は、1964

7

月の時点では、宮﨑(2020a)

で明らかにしたように、資金調達の要となっ ていた開銀が

JECC

の開銀依存度の高まりに 警戒感を示していたことから、「まったくメド が立たず」

1 、「まったく行き詰まり」 2

と評され る状況にあった。

 そのような状況にあった

1964

8

月、通 産省は、1965年度からの実施を目標とする電 子計算機工業の振興対策をまとめた。これは 日本の電子計算機部門の国際競争力の培養を 図るもので、①研究の促進、②利用の促進、

③生産の合理化、④販売力の強化を骨子とし ていた。JECCに関しては、そのうちの④販売 力の強化の中で、「開銀融資を拡大して活動促 進を図る」とされていた

3 。さらに、

通産省は、

目次

0.はじめに

1.資金不足の小康;1965 1966

年度  1-1

.1965

年度の計画と実績

 1-2.1966年度の計画と実績

2.資金不足の激化;1967 69

年度  2-1.1967年度の計画と実績

 2-2.1968年度の計画と実績  2-3.1969年度の計画と実績

3 .産業構造審議会情報産業部会答申(1969

5

30

日)とその帰結

 3-1.税制上の優遇措置  3-2.電子計算機抵当法案

4.おわりに

1 『日刊工業新聞』1964

7

18

日、4頁。

2 『日刊工業新聞』1964

7

30

日、4頁。

(2)

同年

9

8

日、1965年度の財政投融資要求額

6

2,267

億円と決定し、自由民主党商工 会の了承を得た。その中で、電子計算機の販 売体制の確立のために、35億円を

JECC

の販 売体制の拡充にあてるとされた

4 。1965

2

月上旬に、通産省は

1965

年度の開銀の資金 運用規模を

1,677

億円と決めた。JECCへの 融資についても、「要求の

35

億円がそのまま 認められそう」となった

5

 しかし、少し前

1965

1

月時点でも、

1965

年度における

JECC

の「資金手当ては非 常に困難なものとなりそう」という状況であっ

た。その理由は、メーカー側のレンタル資金 需要予想が、「各メーカーそれぞれの予算を積 み上げると約

220

億円となり、この計画が少 しずつズレたとしても、200億円内外、もっと もうちわに見積もっても

180

億円は堅い」で あったのに対し、JECCによる資金調達見込み は、「開銀融資が

35

億円、レンタル収入が

50

億台に乗ることを軸に考えたもので、これに 市銀、信託の協調融資が従来どおりの比率で あり、増資を見込ん」でも、「130-40億円しか 無理」というもので、メーカー側の需要予想 との間に大きな開きがあったからである

6

3 『日刊工業新聞』1964

8

19

日、5頁。また、同

1964

9

19

日、4頁も参照。

4 『電波新聞』1964

9

9

日、1頁。

5 『電波新聞』1965

2

9

日、2頁。

6 『電波新聞』1965

1

19

日、2頁。

表 1 JECC の資金繰り;1965 年度  単位;百万円

計画 実績

1965

3

1965

4

1965

8

需要

電子計算機購入

18,000 18,000 18,000 20,792

諸経費(金利、保険料、固定資産税、保守料等)

借入金返済

2,191

18,000 18,000 18,000 22,983

調達

自己資金

2,363 7,363 6,535

 増資

2,362.5 2,362.5 2,362.5

 レンタル収入等

5,000

4,172.5

 前年度繰越金・他収入

借入金

7,875 11,075 14,643

 日本開発銀行

3,500 5,500 5,500

 長信銀・都銀

3,500 3,500 5,143

 信託銀行

875 875 1,700

 生命保険

1,200 1,250

 地方銀行

1,050

 相互銀行他  外国銀行

10,238 18,438 21,178

差引=調達−需要

-7,763 438 -1,805

機械代未払残高(年度末)

6,068

出所) 計画−

1965

3

月は、

『電波新聞』1965

3

27

日、

2

頁。計画−

1965

4

月は、

『日刊工業新聞』1965

4

26

日、

5

頁。計画−

1965

8

月は、『電波新聞』1965

8

3

日、2頁。実績は、JECC編著(1973)50-51頁の表

11。

(3)

 1965

3

月中旬にも、メーカー側は、「最 近、電算機需要が急テンポで伸びているとこ ろから、生産に拍車をかけ

40 (1965 −引用者)

年度に総計

270

億円の電算機購入資金を用意 してほしいと

JECC

に迫った」が、JECCは、

「180

億円見当の資金確保が限度だ」と譲ら なかったため、メーカー側には「不満をもら す向きも出はじめた」

7 。同 3

月下旬に、JECC は、1965年度に電子計算機購入額を

180

円に決定した

(表 1)

が、その際のいきさつは、

JECC「内部にはさらに消極的な意見があった

のを、メーカー側が

180

億円を最低限として ゆずらなかった」というものであった

8 。ただ

し、メーカー側は、同年

6

月に、JECCに対 して約

241

億円を要求している

9

 JECCは、同年

4

月下旬の役員会で、半額 増資(1965年度中に

4

分の

1

ずつ

2

回に分 けて)することを内定した。この半額増資に よる

23

6,250

万円と、この時までに決まっ ていた開銀融資

35

億円、市中銀行融資

(13

行)

35

億円、信託銀行融資(市中銀行の

4

分の

1)

8

7,500

万円により、計

102

3,800

万円 の調達は目途がついた。残る不足分約

80

円の調達については、「①現在

35

億円の開銀 融資ワクをふやしてもらう(これにスライド して市中、信託銀行の融資ワクも必然的にふ える)②西独からの外貨借款にたよる③国内 の生命保険会社、損害保険会社から借入れる、

などの

3

段構え」で模索された

10

 その「3段構え」のうち、まず、西独から

の外貨借款は、宮﨑(2020a)で明らかにし たように、既に

1964

10

月から交渉が始 められていたものである。しかし、1965

7

月中旬には、「①大企業の相つぐ倒産により 海外のわが国産業に対する警戒心が高まって きた②西独の公定歩合が引上げられ、わが国 との差がなくなってきている」という国内外 の情勢変化により実現が難しくなったため、

JECC

は、「外貨借款は別にあきらめたわけで はなくいぜん交渉をつづけるが、たとえ実現

しても

40(1965 −引用者)年度分には間に

合ないので来(1966

−引用者)年度分に回る

ことになろう」とした

11

 生命保険会社よりの借入については、JECC から意向打診を行い、「生保業界も乗り気」

なため、

1965

6

月中旬に生保

11

社との

「正

式の話し合いの場を持つ」こととなった

12

7

月上旬に、「生命保険

10

社からの協調融 資について基本的な了解を得」て、

「融資金額、

金利などについて具体的な話し合いに入」っ たが、JECCが期待したのは、「初の取り引き だけに堅い線で

12

億円」であった

13

 残る開銀融資の増加に関しては、1965

7

月下旬に、通産省からの要請で、開銀が、

JECC

に対する

1965

年度追加融資の検討を開 始し、メーカー

6

社の事業部長クラスの幹部 から電子計算機事業の現況と将来についての 方針を聴取したが、このようなことは、JECC 設立以降、はじめてのことであった

14 。同 8

月上旬に、開銀の追加融資について、「少な

7 『日刊工業新聞』1965

3

16

日、5頁。

8 『電波新聞』1965

3

27

日、2頁。

9 『電波新聞』1965

6

14

日、2頁、同

1965

7

9

日、2頁。

10

以上、引用も含めて、『日刊工業新聞』1965

4

26

日、5頁。

11

引用も含めて、『日刊工業新聞』1965

7

14

日、5頁。また、同時期に、間接的な外資導入も模索 されていたことについては宮﨑(2020a)70

71

頁を参照。

12 『電波新聞』1965

6

14

日、2頁。

13 『電波新聞』1965

7

9

日、2頁。

14 『電波新聞』1965

7

22

日、2頁。

(4)

くとも

15

億円、うまくすれば

20

億円が期待 できる見通し」となった。

 これにより、ようやく、1965年度の資金調 達計画は、「レンタル収入

50

億円以上、開銀

35

億円、協調融資分の市中銀行

35

億円、信 託銀行

8

7,500

万円、半額増資(上、下両 期に

4

分の

1

増資を行なう)

23

6,250

万円、

これに生保の

12

億円(期待)と開銀追加融

15-20

億円」となり、「当面のボーダーライ ンといわれた

180

億円台に達した」

15

  引 渡 済・契 約 済・購 入 受 付 済わ せ

1965

年度分のレンタル実績(表

2)

は、

1965

5

月末に

100

958

3

千円と早く

100

億 円をえ、1965

11

月 末に

179

7,300

万円と購入計画額の

180

億円に迫 り、1966

2

月末には

210

5,480

8

に達し た。し か し、1965年 度に お け る

JECC

によるレンタル用電子計算機購入額は

207

9,200

万円

16

にとどまっており、1966

2

月末のレンタル実績額

210

5,480

8

千円との差額分は、購入受付は済ませたが、

契約、又は、引渡しが翌年度に繰り越された と推察される。

 1965年度における資金調達実績

(表 1)

は、

増資

23

6,250

万円、レンタル収入等

41

7,250

万円、開銀融資

55

億円、市中銀行融資

51

4,300

万円、信託銀行融資

17

億円、生 命保険よりの融資

12

5

千万円、地方銀行

10

5

千万円、合計

211

7,780

万円に達し、

1964

年度の

96

7,900

万円と比べて

2.2

増となった。

 そのうち、借入金については、前述のよう に開銀からの追加融資と新たに生命保険

10

社から協調融資が得られただけでなく、「信 託銀行協調融資額を市中銀行協調融資額の

4

分の

1

から

3

分の

1

に引上げることが認めら れ(中略)市中銀行の追加融資、前(1964

−引用者)年度から折衝中であった地方銀行

15 『電波新聞』1965

8

3

日、2頁。

16 JECC

編著(1973)50

51

頁、表

11。『電波新聞』1966

4

22

日、2頁。

表 2 レンタル業務;1965 年度分 

引渡済 契約済 購入受付済

金額

(千円)

台 金額

(千円)

台 金額

(千円)

金額

(千円)

1964

10

月末

5 5 354,130 6 6 151,190 11 11 505,322

1964

11

月末

5 5 354,000 9 9 398,000 14 14 752,000

1965

1

月末

45 45 2,238,978

1965

5

月末

55 1,391,703 70 3,512,902 93 5,104,978 218 10,009,583 1965

7

月末

110 3,060,000 77 3,960,000 65 5,230,000 252 12,250,000

1965

9

月末

175 6,765,364 347 16,326,784

1965

11

月末

236 8,602,000 70 4,109,000 69 5,262,000 375 17,973,000 1966

1

月末

309 13,900,000 40 2,046,000 77 4,456,000 426 20,420,000 1966

2

月末

337 15,812,683 48 2,446,297 74 2,795,828 459 21,054,808

1966

3

月末

20,792,000

出所)

1964

10

月末は、『電波新聞』1964

12

4

日、2頁。1964

11

月末は、『日本経済新聞』1964

12

23

日、朝 刊、5頁。1965

1

月末は、『電波新聞』1965

2

25

日、2頁。1965

5

月末は、『電波新聞』1965

6

29

日、

2

頁。1965

7

月末は、『電波新聞』1965

8

31

日、2頁。1965

9

月末は、『電波新聞』1965

11

6

日、

2

頁。

1965

11

月末は、『電波新聞』1965

12

22

日、2頁。1966

1

月末は、『電波新聞』1966

3

1

日、2

a。

1966

2

月末は、『電波新聞』1966

4

5

日、2頁。1966

3

月末は、『電波新聞』1966

4

22

日、2頁。

注)引渡済、契約済、購入受付済の件、台、金額の集計値と計の件、台、金額の値が一致しないものあるがそのままとしている。

(5)

6

行の融資」

17

も得られている。また、開銀融 資の金利は、昭和

40

年不況対策の一環とし ての金融緩和により開銀の基準金利が引き下 げられた

18

ことに伴い、1964年度までの年

8.7%から年 8.4%に引き下げられている 19

 とはいえ、購入計画額を上回った電子計算 機購入実績額に借入金返済額

21

9,100

円を加えた

229

8,300

万円の資金需要実績 を資金調達実績が下回ったため、1965年度だ けで

18

500

万円の資金不足となり、1965 年度末の機械代未払残高は

60

6,800

万円 に増加した。

1-2.1966 年度の計画と実績

 1966年度

JECC

の資金繰に関しては、

まず、通産省が、資金の大幅増と金利の優遇 のために

JECC

向け融資への「準特掲ワク」

の適用を開銀に対して要請(1965

8

月上 旬頃)

20

し、予算概算要求では

JECC

向け開 銀融資として

90

億円を要求(1965

9

月中 旬頃)

21

した。

 このうち、「準特掲ワク」適用の開銀への 要請は、「電子計算機の国際競争力を早急に 強化する」対策に関する諮問(1964

10

月)

に対する電子工業審議会の中間答申(1965

4

月)において、「日本電子計算機㈱の自

己資本の充実を図るとともに、同社に対する 日本開発銀行融資を同行の融資枠のなかに0 0 0 0 0 0 00 0し、これを大巾に拡大する等の方法により、

同社のレンタル資金の確保を図る」

22 (傍点は

引用者)とされたことを受けての動きであっ たと考えられる。

 このに関し て、日本 政 策 投 資 銀 行 編

(2002)に、「

開銀は、経済社会におけるコ ンピュータ利用効果の拡充、および国内コン ピュータ・メーカーの生産基盤の強化と輸入 の防圧という観点から、

66

年度には大項目

[電

子計算機]枠を立目し、JECCのレンタル用 コンピュータ購入資金を積極的に融資してき た」(312頁)という記述がある。この記述か ら、JECCのための融資枠が

1966

年度から設 けられたことを確認できる

23

 ただし、開銀自らが進んで

JECC

のための 融資枠を設けた、と読み取れるような叙述ぶ りをそのまま受け入れるわけにはいかない。

なぜなら、①電子工業審議会中間答申での特 掲枠の要求自体が

JECC

に対する開銀の消極 的な融資態度に対する牽制の意味合いもあっ たと推察されるし

24 、②前述のように通産省

による適用要請に応えたものであったからで ある。なお、「準特掲ワク」適用の目的の

1

つとされていた金利の優遇については、枠の

17 JECC

編(1968)61頁。

18

日本政策投資銀行編(2002)129

130

頁。

19

日本開発銀行編(1976)488

489

頁、1-139表。

20 『電波新聞』1965

8

3

日、2頁。

21 『電波新聞』1965

9

16

日、2頁。

22 「『電子計算機工業の国際競争力強化のための施策』に関する諮問─に対する中間報告」(1965

4

15

日第

13

回電子工業審議会付議)社団法人日本電子工業振興協会

『電子工業振興協会会報』 No.37 (臨

時号)、1965

5

月、15頁。この諮問と電子工業審議会による中間答申・最終答申については、宮﨑

(2020b)を参照。

23 「通産省は国産機の販売を促進するため、本(1966

─引用者)年度から新しく開銀融資に電子計算機 ワク

(60

億円)を設け、日本電子計算機にレンタル用機の購入資金として融資している」とする報道

(『日

本経済新聞』1966

9

2

日、4頁)もある。

24

宮﨑(2020a)64

65

頁。

(6)

設定とは関係なく、資本自由化を控えて企業 の国際競争力強化の見地から長期金利引き下 げの要求が強まったことを受けて開銀の基準 金利が引き下げられた

25

ことに伴い、1966 年度の開銀融資の金利は年

8.2% 26

に引き下 げられている。

 次に、

1966

年度の

JECC

の資金繰に関して、

JECC

自身が、1965

12

1

日、開銀融資

90

億円の完全確保を目指して、「日本電子計 算機会社に対する日本開発銀行融資の確保に ついて」という陳情書(要旨は下記引用)を 国会と政府に提出した

27

【日本電子計算機会社に対する日本開発銀

行の融資確保について】

 電子計算機を販売するのにレンタルする のが世界的慣行であるため、レンタル資金 の確保が企業経営上の大きな要素となって いる。

 かくして

JECC

は国産電子計算機のレン タルを一元的に実施して資金面の調達を担 当し、その機器購入資金は開銀からの融資 が中心になっている。

 しかるに、最近は需要の激増にともなっ てレンタル資金確保に対する不安が増大し てきた。すなわち技術革新にともない下取 り負担の急増する懸念があり、その危険負 担は企業の死活問題である。

 他方、IBM360シリーズなど外国機種が

41

年度から

42

年度にかけて本格的に国内 市場に登場して、激烈な競争が予想されて いる。

 この時に際し国産機販売の最大の戦力は

JECC

の資金力にあるといっても過言では

なく、もし

JECC

の資金力に不足を生ずる ことがあれば、国産電子計算機の市場地位 は大きく後退するのみならず、ファミリー

マシンズ体制下の現状ではその失態を回復 し得ない一大痛恨事になると思われる。

 昭和

41

年度の計算機購入額は

250

億円 を上回るものと思われ、開銀融資予想

90

億円は必要最小限の額である。

 JECCに融資される資金は必ずやわが国 の電子計算機産業に興隆をもたらし、経済 社会の近代化を促進するとともに産業技術 水準の向上を先導すると信じる。

 以上、現状から予算額の絶対確保をお願 いする。

 しかし、開銀融資は、1966

1

月下旬、60 億円に削減された金額で決まった。この時点

JECC

は、国産電算機

6

社作成の販売見込 高をもとに

1966

年度の電子計算機購入額を

270 280

億円と見込み、また、1964年秋か ら交渉中であった「西独からの外貨借款はわ が国と西独との間の公定歩合に差がなくなっ ていることから見送る見通し」となった

28

 メーカーからの電子計算機購入要求額は、

1966

2

月下旬には、「300億円ラインを越 えて

」いたが、JECC

は、1966

2

24

開催の取締役会で、1966年度の電子計算機 購入額を

250

億円と決定した。この時点では、

この

250

億円に、金利支払い(24億円)、融 資金償還、一般経費など

60 70

億円を加え た計

320

億円が資金需要として見込まれ、そ れに対する資金調達(表

3)については、半

額増資

35

4,375

万円、レンタル収入約

110

120

億円、開銀融資

60

億円は確定してい

25

日本政策投資銀行編(2002)255頁。

26

日本開発銀行編(1976)488

489

頁、1-139表。

27 『電波新聞』1965

12

2

日、2頁。

28 『日刊工業新聞』1966

1

22

日、5頁。1964年秋からの交渉については、宮﨑(2020a)69

70

頁を参照。

(7)

たが、残りは、市中銀行

60

億円、信託銀行

6

20

億円、生命保険会社約

22

億円、地方銀 行約

6

億円で賄う計画であった

29

 しかし、1966

6

月下旬、JECCは、1965 年度の電子計算機購入額が当初予定の

180

円を大幅に上回り約

208

億円となったこと を受けて、「41年度も

250

億円では資金不足 におちいらないとも限らないと判断、各社の レンタル販売目標額のつみ上げなども勘案し て、当初の購入予定額を

300

億円に修正し」

た。それに対する資金調達については、開銀

融資

60

億円、半額増資

35

4,375

万円、市 中銀行・信託銀行などの協調融資

130

億円、

残りをレンタル収入により充当するとし、も し、「購入額が

250

億をこえ

300

億円に達し ようという場合は銀行借り入れをふやしてあ てる計画」とした

30 。なお、メーカー側のレ

ンタル目標額は、少し時期は遡るが、1966

5

月上旬時点には、「年内、あるいは来年はじ めまでに出そろう 新機種 の需要増に大 きな期待をかけてい」たことから、合計で約

394

億円に達していた

31

29 『日刊工業新聞』1966

2

25

日、

2

頁、

『電波新聞』1966

3

1

日、

2

b。また、 『日刊工業新聞』

1966

2

21

日、5頁も参照。

30

引用も含めて、『電波新聞』1966

6

23

日、2頁。

31 『日刊工業新聞』1966

5

3

日、5頁。

表 3 JECC の資金繰り;1966 年度  単位;百万円

計画 実績

1965年12月 1966年1月 1966年2月 1966年6月 1966年10月

需要

電子計算機購入 諸経費(金利、保険料、

固定資産税、保守料等)

借入金返済

0

28,000

28,000

25,000

7,000

32,000

30,000

30,000

30,000

30,000

26,862

4,385 31,247

調達

自己資金  増資

 レンタル収入等  前年度繰越金・他収入 借入金

 日本開発銀行  長信銀・都銀  信託銀行  生命保険  地方銀行  相互銀行他  外国銀行

9,000 6,000

15,544 3,544 12,000

16,800 6,000 6,000 2,000 2,200 600

32,344

3,544 3,544

19,000 6,000

13,000

22,544

3,544 3,544

24,000 8,000

16,000

27,544

11,213 3,544 7,669 21,392 7,000 8,442 2,700 2,500 750

32,605

差引=調達−需要

344 -7,456 -2,456 1,358

機械代未払残高(年度末)

4,710

出所) 計画−

1965

12

月は、

『電波新聞』 1965

12

2

日、

2

頁。計画−

1966

1

月は、

『日刊工業新聞』 1966

1

22

日、

5

頁。計画−

1966

2

月は、『日刊工業新聞』1966

2

25

日、2頁、『日刊工業新聞』1966

2

21

日、5頁、『電 波新聞』1966

3

1

日、

2

b。計画− 1966

6

月は、

『電波新聞』1966

6

23

日、

2

頁。計画−

1966

10

月は、

『日刊工業新聞』1966

10

11

日、4頁。実績は、JECC編著(1973)50-51頁の表

11。

(8)

 1966

10

月上旬、後述のように同年

4 8

月の電子計算機購入申込額が

215

5

千万 円にも達したことから、JECCは、大蔵省に 対し

20

億円の開銀追加融資を働きかけ、さ らに、市中銀行・信託銀行・生命保険会社な どに

30

億円の追加融資を要請した

32

 引渡済・契約済・購入受付済を合わせた

1966

年度に00ける0 0レンタル実績(表

4)は、

1966

6

月末に

188

6,230

万円に達し、

「目

標額として当初に策定した

250

億円はもちろ ん、これを修正した

300

億円をも上まわる公 算が濃厚」とみなされるようになった

33 。さ

らに、1966

8

月末には

215

5

千万円と

1965

年度の電子計算機購入額を上回ったこ とから、「300億円をこえることは決定的とな り、320-330億円に達する見通しが強まって

きた」と予想された

34 。また、1966

10

末には

258

5

千万円と当初購入計画額を上 回った。

 ここまでのデータは

1966

年度に受注され

1966

年度分と

1967

年度分が区別されて いないデータしか入手しえないが、1966

11

月末については

1966

年度分のみで

253

2,300

万円に達していた。この時点でも「41

年度のレンタル電子計算機出荷額はあいかわ らず

280

億円は確実に突破し、300億円も上 回るものと関係者は予測」していた

35

 しかし、1967

2

月末までのユーザーへの 引渡し額は

214

億円にとどまり、最終的にも

1966

年度の

JECC

によるレンタル用電子計算 機購入額は

268

6,000

万円にとどまり、予 想を下回った

36 。300

億円を超えるとの予想

32 『日刊工業新聞』1966

10

11

日、4頁。

33 『電波新聞』1966

7

26

日、2頁。

34 『電波新聞』1966

9

23

日、2頁。

35 『電波新聞』1966

12

23

日、2頁。

36 JECC

編著(1973)50

51

頁、表

11、『日本経済新聞』1967

4

20

日、4頁、『電波新聞』1967

4

19

日、2頁。

表 4 レンタル業務;1966 年度分 

引渡済 契約済 購入受付済

金額

(千円)

金額

(千円)

金額

(千円)

金額

(千円)

1965

5

月末

1 617,400

1965

7

月末

1,051,000

1966

6

月末

103 3,776,500 85 7,795,400 153 7,290,400 341 18,862,300 1966

7

月末

150 5,009,700 92 8,837,500 146 6,351,500 388 20,198,007 1966

8

月末

189 6,920,000 101 8,251,000 127 6,378,000 417 21,550,000 1966

9

月末

247 9,098,800 98 7,960,000 113 6,204,000 458 23,263,000 1966

10

月末

280 11,011,000 105 8,255,000 132 6,582,000 517 25,850,000 1966

11

月末

335 12,691,700 106 7,606,000 109 5,026,000 560 25,323,000

1967

2

月末

21,400,000

出所)

1965

5

月末は、『電波新聞』1965

6

29

日、2頁。1965

7

月末は、『電波新聞』1965

8

31

日、2頁。

1966

6

月末は、『電波新聞』1966

7

26

日、2頁。1966

7

月末は、『電波新聞』1966

8

25

日、2頁。

1966

8

月末は、『電波新聞』1966

9

23

日、2頁。1966

9

月末は、『電波新聞』1966

10

28

日、2頁。

1966

10

月末は、『電波新聞』1966

12

7

日、1頁。1966

11

月末は、『電波新聞』1966

12

23

日、2頁。

1967

2

月末は、『電波新聞』1967

3

13

日、1頁、『電波新聞』1967

3

29

日、2頁。

注)引渡済、契約済、購入受付済の件、台、金額の集計値と計の件、台、金額の値が一致しないものあるがそのままとしている。

(9)

を下回った理由については、

「(昭和−引用者)

41

年度中にユーザーへの引き渡しを完了する とみられていた大型機の中(昭和−引用者)

42

年度に引き渡しを持ち越したケースが あったことが作用したから」

37

とされている。

また、「(昭和−引用者)41年度が新旧機種の 交代期に当たったためだと

JECC

ではみてい る」とする報道もあった

38

 以上のようなレンタル用電子計算機購入実 績額と借入金返済額

43

8,500

万円を合わ せた資金需要実績

312

4,700

万円に対して、

1966

年度における資金調達実績(表

3)は、

増資

35

4,375

万円

39 、レンタル収入等 76

6,900

万円、開銀融資

70

億円、市中銀行 融資

84

4,200

万円、信託銀行融資

27

億円、

生命保険会社融資

25

億円

40 、地方銀行 7

5

千万円、合計

326億 500万円と上回っており、

1966

年度の資金繰りは

13

5,800

万円の資 金超過となり、1966年度末の機械代未払残 高は

47

1,000

万円に減少した。

 しかし、20億円を期待していた開銀から の追加融資は

10

億円(=

70

億円−

60

億円)

しか実現しておらず、おそらくこのことを理 由として、30億円を期待していた市中銀行・

信託銀行・生命保険会社などからの追加融資

13

9,200

万円(=

84

4,200

万円+

27

億円+

25

億円+

7

5

千万円−

130

億円)

しか実現していない。

 これら実現した追加融資

23

9,200

万円 を当初購入計画額

250

億円に加えた

273

9,200

万円と最終的な購入実績額

268

6,000

万円とがほぼ一致することから、300億円を 超えるとの予想を大きく下回った本当の理由 は、開銀からの追加融資を満額確保できな かったがゆえに市中金融機関からの追加融資 も満額確保できなかったため、実現できそう な資金調達額に収まるように、金額の大きい 大型機の引渡しが

1967

年度に持ち越された から、というものであったと考えられる。

37 『電波新聞』1967

4

19

日、2頁。

38 『日本経済新聞』1967

4

20

日、4頁。

39 1966

7

27

日と同年11

29

日に

17

7,187

5

千円ずつ実施されている。

JECC

編著

(1973) 52

頁、

8

による。

40 1966

年度から生命保会社の協調融資団に千代田生命保険相互会社が参加している。JECC編(1968)

62

頁。

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