はじめに
企業の国内生産が海外生産よりも相対的に 減少してく産業が目立つと、産業の空洞化な どがクローズアップされ、空洞化をどのよう に防ぐかが議論の対象となる。ただ、海外生 産には生産コストが安くなるなどのメリット がある。このメリットを得るために企業が海 外生産を進めると、国内メーカーの国際競争 力が弱まってくる。従って海外生産が多くな る状況では、国内生産を無理に続けると企業 全体の業績が悪くなってしまう。このような 理由から今まで日本では産業の空洞化に対す る有効な対策をとることができなかった。ま た、こうして産業の空洞化が進行する中で、
日本メーカーは海外生産に対応するサプライ
チェーンを構築し生産活動を行っていった。
しかし、このような状況を一変するような 現象が見られるようになった。それが 2003 年 頃から報道されるようになった国内回帰現象 である。国内回帰現象は今まで海外に進出す る一方であった日本メーカーの新たな生産の 潮流として話題となり、2004 年には海外でも 報道されるに至った現象である。
ただ、この現象を表現する言葉として国内 回帰という用語は必ずしも適切な用語である とは言いづらい。なぜかと言えば、国内回帰 現象と言えば一旦海外に進出した企業、もし くは事業が日本に戻ってくるという印象を与 えやすいからである。しかし、報道されてい る企業の中に一度も海外に進出していない分 野が国内回帰するというように国内回帰現象
1 中村久人(2008)「日本製造業企業の国内回帰現象と国際競争力に関する研究」『経営論集第 71 号』東 洋大学経済学部、157 頁。
日本メーカーの国内回帰現象に関する一考察
An analysis of “Homecoming Phenomena” of Japanese Manufacturers 百 武 仁 志
抄録
本稿は 2003 年頃から報道されるようになった日本メーカーの国内回帰現象とはどのような現象 であるのかを明らかにした研究である。この国内回帰現象は今まで海外に進出する一方であった日 本メーカーの新たな生産の潮流として話題となり、2004 年には海外でも報道されるに至った。
国内回帰現象の研究を行っている中村久人によれば、国内回帰現象とは「海外現地生産から全面 撤退する」ことや「海外で開発や生産の拠点を拡大しながら同時に国内でもそれらの拠点を拡大す る」ことである1としている。本稿ではこの定義を踏まえながら先行研究のサーベイを行い、さら に日立製作所の国内回帰現象を分析した。
その結果、国内回帰現象とは、具体的には新興工業国やその企業が発展する中で国内メーカーが 競争上の優位性を確保するために非常に重要な選択であることが分かった。また、日立製作所の場 合には、資本の回帰型の国内回帰現象を起こしていることが明らかとなった。
【研究ノート】
と扱われているものが多く存在する。中村久 人によれば国内回帰現象とは「海外現地生産 から全面撤退する」ことや「海外で開発や生 産の拠点を拡大しながら同時に国内でもそれ らの拠点を拡大する」ことである2としている。
本稿ではこの定義を踏まえたうえで図表 1 の 流れで国内回帰現象を明らかにする。
まず、国内回帰現象の背景となる新興国の 台頭と国内の環境要因について明らかにし、
次いでこの競争環境が出現するきっかけと なったアーキテクチャとはどのようなもので あるのかについて言及する。その後、国内回 帰現象の先行研究を明らかにし、国内回帰現 象の類型化を試みる。
本稿では紙幅の制約上、すべての類型につ いて企業の事例分析をすることができないた
め、1社の事例を取り上げて、4類型のどの 類型に当てはまるのか、さらには国内回帰現 象を起こす要因とはどのようなものであるの かを明らかにする。
1.国内生産見直しの背景
1−1 新興国の台頭
日本メーカーの海外生産は1960年代から 始まった。このころの海外生産は進出先国の 産業育成政策などによって進出する場合が多 かった。そしてその進出の中心は東南アジア であり、先進国では販売会社を設立する傾向 が強かった。海外生産を行う工場は日本では すでに標準化された設備を持ち込むことが多
国内回帰現象の背景と企業行動
背景
国内回帰現象が生じている。
企業行動の類型
〈図表 1〉
2 中村久人(2008)「日本製造業企業の国内回帰現象と国際競争力に関する研究」『経営論集第 71 号』東 洋大学経済学部、157 頁。
く、日本では最新の設備という住み分けが成 り立っていった。さらに、プラザ合意以降の 急速な円高に伴って、日本国内で生産するよ りも海外生産を行う方が製造をより優位に行 えることから、こぞって海外進出を行うよう になった。この時代になると産業保護政策を 採用して自国の産業を育成したアジア各国内 には、次第に力をつけてきた企業が出現した。
特 にNIEs(Newly Industrializing Economies)
の中でも、韓国、台湾の企業が目覚しく発展 していった。この流れの中で特筆すべき現象 として韓国のSAMSUNG電子の成長があっ た。SAMSUNG電子は日本勢を抜き、2009 年現在でも半導体、液晶パネルで日本勢は 太刀打ちができない。このSAMSUNG電子 は、その誕生においては日本企業と合弁で設 立されたことや、創業者である李秉喆(イ・
ビョンチョル)は日本に留学経験を持ち、
SAMSUNG電子の工場内のハングル文字を
とると日本の工場と見分けがつかないくらい 同じであることはあまり知られていない。つ まり、競合する日本メーカーの戦略に精通し ているのである。
また、2000年代に入ってから注目されてき ているBRICs(Brazil, Russia, India, China)
の、特に中国の工業化には目を見張るもの が あ り、海 爾(Haier)や格 蘭 仕(Galanz) のような一部のメーカーを除いては韓国の
SAMSUNG電子のように日本メーカーと競
合する企業はさほど見当たらないものの、全 体から見れば脅威と捉えてしまうような存在 になってきている。
この中国は国土が日本のおよそ25倍であ り、人口がおよそ10倍で、低廉な労働力と 勤勉性を持っている国民がいる国であり、近 年の日本メーカーの進出ランキングNo.1の 国である。しかし、技術流出問題や2005年
の反日暴動に代表されるような反日感情など カントリーリスクも高いことから3その対応 として様々な方策が模索しなければいけなく なった。
ちなみにこうした新興国の経済発展に寄 与したのが情報技術の発展であり、また、IT 革命が注目されて以降の製品アーキテクチャ の変化も重要な役割を果たしている。製品 アーキテクチャに関して詳しくは後述する。
1−2 国内の諸要因
1991年にバブル経済が崩壊すると今まで 良いといわれていた日本的経営が行き詰まり を見せるようになった。そして不況により業 績が悪化した企業はリストラクチャリングを 迫られるようになった。この中で、80年代 の日本の成功を詳しく分析していた米国で採 用された経営手法が日本に輸入されるように なってきた。この経営手法の代表的なものに 成果主義を導入した経営手法がある。この成 果主義を導入した経営手法はその後の約10 年間、日本企業で試行錯誤されるが、なかな か定着しなかった。なぜかと言えば、温情主 義などに基づく日本的な人事評価には明瞭な 基準が無いからであり、基準を設けても評価 する側が成果主義に慣れていなかったため、
3 百武仁志(2007)「ダイバーシティ・マネジメントを活用した企業戦略」『水戸論叢第 40 号』水戸短期 大学商経学会。
日本の会社が選んだ中期的に有望な事業展開先 ランキング
順位 2004 年度 2005 年度
1 位 中国 中国
2 位 タイ インド
3 位 インド タイ
4 位 ベトナム ベトナム
5 位 米国 米国
〈図表2〉
出典:国際協力銀行―わが国製造業企業の海外事業 展開に対する調査報告 2005 年度
ディスクローズされた評価がうまく行えな かったからである。また、日本人の仕事に対 するインセンティブは賃金ではないというこ と4も一つの大きな要因である。このような 日本メーカーの混乱の中でリストラクチャリ ングの一環として行っていた固定費の削減に よって、人件費の安い海外、特に中国への進 出が加速していった。
また、折からの不況もあり、企業の税収が 減少し、失業者が増加する一方の状況で、地 方公共団体は企業の誘致に乗り出した。この 誘致に成功し、一躍有名になったのが三重県 亀山市のシャープの誘致である。日本国内で は海外メーカーが日本に工場を新設すること が少なく、先進国企業においてはこの時期、
もっぱら投資や技術提携、資本提携すること で対日進出をしていた。このようなことか ら、税収アップと雇用の確保を目的とした地 方公共団体の企業誘致活動が盛んに行われ、
その結果として日本メーカーが国内で工場を 新設したり増設したりすることが比較的しや すい環境が整っていった。
2. ボーダレス競争社会とアーキテク チャの変化
2−1 アーキテクチャの変化
情報技術の発展によって経済活動において 国境ラインが持つ意義は薄れつつある。これ は産業構造にも大きな変化をもたらした。本 稿ではこの産業構造の変化を説明するキー ワードとして、「アーキテクチャ」という概念 を使用している。そもそもこのアーキテクチャ とは、藤本隆弘によって紹介された米国の概
念である。ちなみにアーキテクチャとは「製品、
工程の基本的な「設計思想」5」のことである。
この概念は元々「アメリカの MIT(マサチュー セッツ工科大学)やハーバード大学やペンシ ルベニア大学あたりの経営者(例えば K.Ulrich 教授)が、90 年代に唱えはじめた6」。このアー キテクチャには「「擦り合わせ」(インテグラル)
か「組み合わせ型」(モジュラー)7」という区 分がある。この概念を安室憲一は図表3のよ うにまとめた。
安室憲一の分類による単純大量生産は、米 国で20世紀初頭に登場したフォードシステム によるモデルTの生産によって確立されたも のであるといっても過言ではない。このフォー ドシステムは自動車王と言われたH.フォード の思想によって確立されたものであるが、そ の特徴としてベルトコンベアの使用や標準部 品などを採用したことがあげられる。その後 米国ではこの単純大量生産方式が発展して行 き、80年代の日本メーカーとの競合の中でさ らに標準部品を高度化し、ある程度の機能の
4 高橋伸夫(2004)『虚妄の成果主義』日経 BP 社。
5 藤本隆弘(2004)『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社、16 頁。
6 藤本隆弘(2004)『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社、17 頁。
7 藤本隆弘(2004)『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社、17 頁。
「ものづくり」のアーキテクチャ比較 手工業生産 職人による手作り・一品生産。
単純大量生
産 一般大衆向けの標準品を大量 生産技術で量産する。
(インテグラル)統合型 生産
垂直統合型の大量生産システ ムから進化したアーキテクチャ で、主にトヨタをはじめとする 日本企業によって開発された。
モジュラー 型生産
単純大量生産モデルから分岐 し、発展したモデルで、経営諸 機能を標準化し、そのユニット とユニットの間の接続面をオー プン・アーキテクチャによって 設計するシステムの総称。
〈図表3〉
安室憲一(2003)『中国企業の競争力』日本経済新聞 社、63 頁を基に筆者作成。
塊となった部品(モジュール部品)を調達し て生産の合理化をさらに模索するようになっ ていった。
一方、日本では自動車産業の黎明期、つま り第二次世界大戦がはじまる前、乗用車市場 は米国企業に席巻されていた。この米国の乗 用車メーカーの主流はフォードとGMである が、当時、日本ではノックダウン方式で生産を 行っていた。この日本の工場を見学した豊田 喜一郎は第二次世界大戦後、トヨタ生産方式 を確立していくことになるが、米国と日本の違 いとして資源の有無を問題とし、豊田喜一郎 の発想を具現化した大野耐一とともに、Just In Time(JIT)を確立していった。JITは工 場に在庫を殆ど置かず、必要な時に必要なも のを供給させるというやり方である。また、徹 底した無駄の排除の一環として不良品を発生 させないと言うことにも取り組んでいった。こ れが同社の人材育成にも反映され、「カイゼン」
運動にもつながっていく。このカイゼンは擦り 合せの中核をなしており、このため、トヨタ自 動車ではモジュール型の生産ではなく、イン テグラル型の生産が主流となっていった。そ
してこのトヨタ方式は日本において様々な産業 に応用されていっている。このため同じ単純 大量生産を出発点としているもののここに日 本と米国の生産方式の違いが鮮明となった。
2−2 アーキテクチャの変化による製品の コモディティ化
米国ではこのモジュール化が国内の産業の みに留まらず、海外へも波及していった。こ の波及の代表例としてIBMの事例が挙げら れる8。今日、米国の1$PCの日本版である 500 円 PCとして家電量販店などで購入でき るが、この家電量販店で目にする500 円 PC は主流が台湾企業のものであり、以前IBMの PC を OEM で生産していた宏碁(Acer)の製 品を多く目にする。
従来のコンピュータは巨大で、使用するた めには専従のシステムエンジニアを必要とし た。そしてコンピュータが高価であったことか ら企業ごとに必要とされる機能を設計の段階 から組み込む必要があり、この設計のために は高度な技術を有する技術者が必要であった。
しかし、コンピュータのモジュール化が進む
8 筆者が日本流通情報学会第 5 回全国大会で 2008 年に報告した「国内回帰戦略に関する一考察」より。
〈図表4〉
事業分野 企業名 事業所名 所在地 事業内容 投資額(億円) 工期
半導体 東芝
大分工場 大分県大分市 300ミリウェハー対応システム
LSI 生産ライン 2000 2003年6月〜2007年度 四日市工場 三重県四日市 300ミリウェハー対応フラッ
シュメモリ生産ライン 2700 2003年〜2006年 ルネサンステクノ
ロジ トレセンティテク
ノロジーズ 茨城県
ひたちなか市 300ミリウェハー対応量産ライ
ン増設 700 2003年度
NEC エレクトロ
ニクス NEC 山形 山形県鶴岡市 301ミリウェハー対応システム
LSI 生産ライン 650 2003年暮れ〜2004年内 富士通 三重工場 三重県桑名郡 300ミリウェハー対応ロジック
SLI 生産ライン 1600 2004年〜2007年度
エルピーダメモリ
広島エルピーダ
メモリ 広島県東広島市 300ミリウェハー対応 DRAM工場(第一棟)増設 1050 2003年〜2004年度 N/A N/A 300ミリウェハー対応 DRAM
工場(第二棟)増設 4500 〜 5000 2004年6月より数年間 松下電器産業
(パナソニック) 魚津工場 富山県魚津市 300ミリミリウェハー対応シス
テム LSI 生産ライン 1300 2004年5月〜2005年末 ソニー ソニー・コンピュー
タエンターテイメ
ントの SCE Fab2 長崎県諫早市 300ミリウェハー対応超高速
プロセッサ生産ライン増設 530 2004年度
薄型パネル
シャープ
亀山工場 三重県亀山市 大型液晶テレビ(第 6 世代)、
大型液晶テレビ 1500 2002年〜2005年末 三重第3工場 三重県多気郡 システム液晶 920 2003年5月〜2004年3月
亀山工場 三重県亀山市 液晶パネル 3500 2006年
松下電器産業
(パナソニック)
松下プラズマディ
スプレイ 大阪府茨木市 プラズマディスプレイパネル
(PDP)、プラズマディスプレ
イテレビ(第 2 工場) 600 2003年1月〜2004年4月 N/A 兵庫県尼崎市 N/A 950 2004年9月〜2005年11月 N/A 兵庫県尼崎市 PDP プラズマディスプレイテ
レビ(第 3 工場) 1800 2007年 富士通日立プラ
ズマディスプレイ 宮崎営業所 宮崎県東諸県郡 PDP(新工場は三番館と呼称) 750 2005年初め〜2007年度
キヤノン 平塚事業所 神奈川県平塚市 SED N/A 2004年
IPS アルファテク
ノロジ 日立ディスプレイ
ズ茂原事業所 千葉県茂原市 薄型テレビ向け大型液晶パ
ネル(第 6 世代) 1100 〜2008年度下期
キヤノン・東芝 N/A 兵庫県太子市 SED 1800 2007年
日立ディスプレ イ・IPS アルファ
テクノロジ N/A N/A 有機 EL 3000 2007年
デジタルカメラ キヤノン
大分キヤノン 大分県大分市 デジタルカメラ、デジタルビ
デオカメラ 150 2004年〜2005年1月 長崎キヤノン 長崎県波佐見町 中高級デジカメ 150 2009年末
太陽電池
三洋電機
二色の浜工場 大阪府貝塚市 太陽電池 128 2003年度〜2004年度中
滋賀工場 滋賀県大津市 太陽電池パネル 42 2011年7月をメド
富士電気グループ 南関工場 熊本県南関町 薄型太陽電池パネル 60 2005年 三菱重工 長崎県第二工場 長崎県諫早市 微結晶タンデム型薄膜太陽
電池 300 2010年度をメド
日清紡 千葉工場 千葉県千葉市 燃料電池 110 2010年3月に完成
デジタル関連商品の最近の大型投資事例
〈図表5〉
につれて、IBM は設計と販売、アフターサー ビスに特化していった。この点を部品設計の 相互依存度と企業を超えた連結の関係から製 品別分類として明らかにしたのが図表4であ る。藤本隆弘は 4 つの象限に様々な産業を当 てはめる試みを行ったが、コンピュータ産業の 事例からもわかるように、元々はインテグラル
(オフコンと PC の違いはあるが)であった製 品が現在はモジュール化していることから、藤 本隆弘の概念図の中央に矢印を追加した。
実際中国の企業を調査してみると家電製品 もコモディティ化してきていることがわかる9。 そして、自動車に関してもその流れが徐々に
できはじめている10。このようなボーダレス 競争社会の中で日本メーカーが生き残るため の選択肢として起こってきたのが国内回帰現 象である。
ちなみに、企業の設備投資を調査してみる と、近年、上述のような流れを受けたと思わ れる投資が増加している。この投資とは主に デジタル家電関連投資である。表にまとめる と図表5のようになる。
この投資は生産において高度な技術を必要 とする製品が圧倒的に多い。なぜこのような 投資が起きるのかについて、次に国内回帰現 象の先行研究から明らかにする。
9 筆者が 2005 年に行った山東省青島市での調査で、中国の大手家電メーカーである海爾の製造は、外 部の企業から様々な部品を購入し組み立てていた。当時海爾は冷蔵庫のキーデバイスであるコンプレッ サーを自社で製造することができず、日本のメーカーから購入していた(この話は日本でも有名であ る)。また、同時期に青島市で行われた国際展示会に参加したある中国メーカーの担当者によれば製品 を製造するために、設計図と部品を購入し、自社で雇用している技術者が地方出身の労働者に指導し て製品を完成させるということを行っているということを述べていた。このようなことから、日本で は擦り合せ型で生産している製品も、中国では擦り合せによる生産は主流ではないことを明らかにす ることができた。
10 筆者が日本情報経営学会第 58 回全国大会(2009 年)で報告した「中国「純国産」乗用車メーカーの 技術能力構築競争」より。
〈図表5つづき〉日本経済新聞、朝日新聞などを基に筆者作成
事業分野 企業名 事業所名 所在地 事業内容 投資額(億円) 工期
材料
信越化学 信越半導体・
白河工場 福島県西白河郡 300ミリシリコンウェハー増設 900 2003年度〜2004年末 富士写真フィルム 未定 熊本県菊池郡 液晶パネル用偏光板保護フィ
ルム新工場 1000 超 2008年度下期〜2010年 旭硝子 高砂工場 兵庫県高砂市 第八世代液晶用ガラス基板 250 2006年10月
凸版印刷 N/A 三重県久居市、
亀山市 液晶用カラーフィルター 750 2006年 大日本印刷 N/A 福岡県北九州市 液晶用カラーフィルター 550 2006年 住友化学 N/A 愛媛県新居浜市 大型 TV 向け偏光板 100 2006年
コニカミノルタ N/A 兵庫県神戸市 液晶用フィルム 140 2006年
その他
昭和電工 千葉事業所 千葉県市原市 iPod 向け HDD N/A 2005年〜2006年
東芝 愛知工場 愛知県瀬戸市 洗濯槽 4 2005年
日立製作所 多賀事業所 茨城県日立市 スチームオーブンレンジ N/A 2005年
3.国内回帰現象の先行研究
国内回帰現象を扱った研究は近年増加の傾 向にある。この研究について①大学の紀要、
②査読つき論文、③公的機関の研究に限定し てサーベイしてみた結果について、その論点 をまとめたものが図表6である。ちなみに井 上論、吉原論に関しては上述の基準にあては まらないか、現象を良くまとめていることか らあえて本稿で取り上げる。
上述の国内回帰に関する分析の傾向をみる と、国内回帰という現象が起こる理由の一つ として、技術流出を防ぐための「ブラック ボックス化」を行う必要性に基づいて行われ ているという見方が多いことがわかる。これ
は 80 年代以降、海外進出が加速する中では、
個別企業では問題になったこともあるが、こ れほど産業全体として話題になることはな かった。当時は技術流出というよりはむし ろ、プロセスイノベーションを得意とする日 本メーカーにおいて、製造拠点が海外に移転 することによる企業競争力の低下という問題 を、産業の空洞化というコンテクストで主張 されていた位のものである。しかし、90 年 代以降の中国への進出に伴って技術流出の問 題がクローズアップされるようになった。こ のために技術流出防止の一環として、生産拠 点を日本に移すというパターンが出てきたの である。本稿ではこの国内回帰現象を技術流 出防止型の国内回帰現象と位置づけた。
ただ、鬼塚論に見られるように、単に景気 が回復してきたために製造業拠点が日本に 増設されるようになったという見方もある。
いずれにしても、近年、2008 年のリーマン ショックまでの間には日本国内に製造拠点が 増設されていることは間違いない。
ところで企業が新製品を市場に投入しよう とする場合、R&D は重要である。従来の日 本メーカーの場合、欧米に研究拠点を置くな どして洗練された製品の開発に力を注いだ。
しかし、トヨタ自動車に代表されるような 日本メーカーの場合、日本国内に最高レベル の設備や現場技術者を置くことが多く、従っ て良い製品を作るためには生産の現場の近く である日本国内に研究機関を置いた方が優位 を発揮できるのである。このような理由から、
良い製品をアジルに製造するために研究開発 拠点への投資などを増強する場合、研究開発 を優先する国内回帰現象が起きる。本稿では この国内回帰現象を研究開発優先型と位置づ けた。
さらに国内回帰現象についてはその先行研 究のレビューから次のようなことが分かる。
国内回帰現象と言うと、一旦海外に進出した 日本企業もしくは事業が国内に戻ってくると 国内回帰現象研究者の論点
秋野 PC やデジタル家電分野の生産での
「垂直」生産を行うための回帰をとり 挙げた。
伊藤
安易な製造拠点の海外移転による技術 流出と競争力低下という反省から国内 生産の重要性が見直されたための回帰 をとり挙げた。
井上
国内回帰の条件として、①市場に近 い製造拠点、②開発と生産の一体化、
③コスト競争力、④品質管理・生産 性向上、⑤技術のブラックボックス 化を挙げている。
鬼塚
国内回帰の理由として、①企業業績が回 復しつつある、②リストラが一巡し、業績 が回復した、③集中と選択により何に投 資すべきか明確になった、④キャッシュ フローで潤沢な資金を手に入れた、⑤対 中投資に代表されるようにコア技術の 流出へのリスクが高まり、国内への立地 を考える、ということを挙げた。
吉原
国内回帰の理由として、①作業者の賃金 が製造コストにおいて小さい場合、②イ ンフラのコストが低下した場合、③労働 集約的生産工程が縮小した場合、④生 産革新が起こった場合、⑤「見えざる競 争の武器」を見せない場合、⑥開発と生 産を同じ場所で行う場合などを挙げて いる。
〈図表6〉 各種資料を基に筆者作成
いうイメージを受けるが、進出先の政府や労 働者を無視した撤退は現地との軋轢を生みか ねない。このようなことを好まない企業はマ インド的には国内回帰を行うものの、進出先 からは撤退しない場合がある。この場合には 国内工場などへの投資を増やすなどして国内 設備の充実を図る。しかし、報道や株主総会、
自社ホームページなどを通して国内を重視す る姿勢を示す場合が多く、生産設備が海外か ら日本国内に回帰しないものの、投資が回帰 する現象が見られるため、この国内回帰現象 を本稿では投資の回帰型と位置づけることと した。
また、市場に近い場所に生産拠点を設ける という発想と、コストダウンによる価格競争 力を持つという発想が一体化し、アジアなど で安い部品を購入して日本国内で組み立てる という、日本メーカーの通常のパターンとは 逆のパターンが見られるようになった。これ は今まで後工程がアジアに進出する一方であ るのにもかかわらず、この部分が国内回帰し たことから、本稿では市場獲得型の国内回帰 現象と位置づけた。
では次に、個別企業の事例研究として日立 製作所を取り上げ、どのような国内回帰現象 にある国内回帰を選択する真の理由について 分析を行ってみたいと思う。
4.国内回帰現象の事例研究
4−1 国内回帰現象の調査方法
事例研究を行うのにあたっては次の手順で 行った。まず事例研究を行う企業の事業内容 について有価証券報告書等を基に明らかにす る。その後、国内回帰現象が起こった時期を 特定するために新聞、雑誌の調査を行う。
この調査に基づいて国内回帰現象が起こっ ていると判断された場合には国内回帰現象が 起こっているという推定ができる時期の前後
に事例研究を行う企業の組織構造などがどの ように変化したのかについて、有価証券報告 書や対象となる企業のホームページなど公表 されている指標である国内工場の新設件数、
投資額について明らかにし、本稿でも重要で あることを明らかにした企業マインドを対象 企業へのアンケートやインタビューを通じて 明らかにする。
この結果、対象企業が国内回帰現象を起 こしていると認められる場合には先行研究レ ビューで明らかにしたどの類型に当てはまるの かを確認する。これが複数にわたってあては まる場合には国内回帰現象の類型の混合があ ると認定する。
また、報道では国内回帰現象といわれても、
本稿の基準で分析した場合に国内回帰現象と 認められない場合、また本稿の基準で分析し た場合に国内回帰現象と認められない場合は なぜ認められないかについての分析を行う。
4−2 日立製作所の事例研究
本稿では国内回帰現象の事例研究として茨 城県に拠点のある日立製作所を選定した。日 立製作所は日本を代表する総合家電メーカー であり、先にも取り上げたように生産のモ ジュール化、製品のコモディティ化が急速に 進んでいる産業に属している。日本を代表す るメーカーが国内回帰現象を起こしていれ ば、日本の他の家電メーカーも同じような現 象を起こしている可能性がある。ここに日立 製作所の事例研究を行う意義がある。ではま ずこの日立製作所の概要を有価証券報告書で 明らかにする。
【会社名】
株式会社日立製作所
【代表者の役職氏名】
執行役会長兼執行役社長 川村 隆
【本店の場所】
東京都千代田区丸の内一丁目6番6号 第 140 期(平成 21 年度)有価証券報告書より
次に日立製作所がどの時期に国内回帰現象 を起こしているのかについて特定を行う。この 特定作業は主に日本経済新聞を活用した。日 本経済新聞を調べてみると、2007 年 3 月 25 日付朝刊で、日立製作所の薄型テレビの拠点 を日本国内に増強したという記事が掲載され ていると言うことが分かった。ただ、この記事 は同時に中国、マレーシア、メキシコ、チェコ でも設備を増強するということが書かれてお り、この記事だけでは日立製作所が国内回帰 現象を起こしていると言う特定ができなかっ た。そのため、次に有価証券報告書を用いて 日立製作所の設備投資がどのようになってい るのかについて明らかにすることとした。
設備投資に関しては第 138 期有価証券報告 書に設備増強についての記載があった。この 表によれば、デジタルメディア・民生機器へ の投資が前期比で見て 215.9%に上っているこ とが分かる。
これはプラズマディスプレイパネル等の生 産増強及び合理化を目的とした費用とされて いて、新聞記事の裏づけとなる数値である。
しかし、有価証券報告書からも国内回帰現象 を特定するには至らなかった。
そこで、日立製作所に対してインタビュー を試みた。このインタビューに応じたのはもの 造り事業本部本部長である。本部長によれば、
と言うことであった。そこで、先に示した新 聞記事に記載されている国内設備の増強に関 しては、今まで海外でも行っていた生産に関 して、他の地域ではできない水準の生産を行 うために日本での生産を行うようになった、
資本の回帰現象であると判断した。
また、以上の分析から日立製作所の資本の 回帰現象の動機を分析すると、①必ずしも日 本国内だけに投資が行われるという現象では
薄型テレビの生産で出遅れた日立製作 所が最新の薄型テレビであるプラズマ ディスプレイパネルへの投資を行うため に、技術水準が高く、安定的に雇用され た人材を活用した方が他社との競争上の 優位性を発揮できると判断した。
(2007 年秋、日立製作所もの造り事業本部長へのイ ンタビューに基づく)
事業の種類別 セグメントの名称
設備投資金額
(百万円) 前年比(%) 主な内容・目的
情報通信システム 155,675 126.3 ハードディスクドライブの生産増強及び合理化 電子デバイス 34,614 96.8 中小型液晶ディスプレイの生産増強及び合理化 電子・産業システム 151,964 142.3 自動車機器、建設機械、昇降機等の生産増強及び合理化 デジタルメディア・
民生機器
83,144 215.9 プラズマディスプレイパネル等の生産増強及び合理化
高機能材料 91,893 108.7 半導体用材料、磁性材料等の生産増強及び合理化 物流及びサービス他 28,296 117.3 物流設備
金融サービス 554,853 97.2 賃貸営業用資産 小計 1,100,439 111.9 −
消去又は全社 △ 51,867 − − 合計 1,048,572 109.8 −
〈図表7〉
・ 上表は、賃貸営業用資産への投資金額 525,598 百万円を含んでいる。この内訳は、主として金融サービス部門におけるリース契 約に係るコンピュータ等の情報関連機器、産業・工作機械及び車両である。
・上表は、賃借中の所有移転外ファイナンス・リース資産の有形固定資産計上額を含んでいる。
・所要資金は、主として自己資産をもって充当している。
(日立製作所第 138 期有価証券報告書より)
ない、②最新の技術を必要とし、日本国内の 人的資源を活用した方が競争上優位であると 判断したことが回帰する動機となったことが 判明した。
おわりに
日本国内の生産を重視する場合、保守的な マインドによってアンチグローバリズム・ナ ショナリズムの立場で実施しようとしている と捉えられる場合があるが、本稿でも明らか にしてきたように決してそのようなことでは なく、日本メーカーの合理的な選択によって 生まれた現象である。特にこの現象は今日、
新興工業国やその企業が発展する中で自社が 競争上の優位性を確保するために非常に重要 な選択となりつつあることが分かった。
この国内回帰現象が日本メーカーの環境に 積極的に対応するための合理的な選択である ならば、それには選択を行うためのポイント が必ず存在する。今回明らかにした事例の国 内回帰現象の類型である資本の回帰型に関し ては必ずしも日本国内だけの投資にとどまら なかった。ただ製品を製造するために最新の 技術を必要とし、日本国内の人的資源を有効 に活用した方が競争上の優位性を発揮できる と判断して、国内生産を重視していた。これ は企業の生産最適化のための戦略である。
ただ、戦略と判断するためにはこの資本の 回帰型の国内回帰現象だけを明らかにするの では不足である。そこで、今後は他の類型に ついても事例研究を行い、さらには国内回帰 現象の戦略的意義について、深く分析を進め たいと考える。
参考文献
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(ももたけ・さとし 水戸短期大学経済情報学科専任講師 本学部非常勤講師 [email protected])