• 検索結果がありません。

政治リーダーとフオロワー: 心理学的観点からみた政治現象

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "政治リーダーとフオロワー: 心理学的観点からみた政治現象"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

心理学的観点からみた政治現象

フェルドマン オフェル

1.はじめに       リーダーこそ,自らを千年王国の主とした宣言し H.リーダーシップと政治リーダーシップ       た人物,アドルフ・ヒットラー(Hitler)であっ 田.リーダーとリーダーシップの類型        た。アメリカ人にしても,説得力のあるメッセー

1.対面的リーダーシップ      ジを掲げ,強烈な個性を持った政治リーダーの誘 2.遠隔的リーダーシップとカリスマ性      惑に対する免疫があるわけではない。僅か以前に 3.偉人説と時代精神説       人々は,アメリカの政治史に最も鮮やかな足跡を IV.リーダーとフォロワー:その動機と行為     残したリーダーの,急激な人気の勃興と悲劇的な

1.政治リーダー       死を眼前に見た。マーティン・ルーサー・キング 2.フォロワー      (King Jr.)牧師である。とにかく良きにつけ悪 V.リーダーとフォロワーとの相互関係       しきにつけ,決然とし,かつ華麗な政治リーダー によって,ある種の風潮に深く影響されたことの 1.はじめに      ない国はおそらくないだろう。

現代の政治リーダーシップはその大部分が複雑 政治リーダーは,直接関わりのない傍観者的な  な現象であり,容易には理解できない。一つには,

人々をも,献身的に従属する人々に対するのと同   それが心理的,社会的,文化的な次元が互いに織 時に魅了する。今世紀においても,熟達した政治   り混ぜられた部分に関係しているものだからであ リーダーシップをもって大衆を動かすことに成功   り,また,それはリーダーとフォロワーとの問に し,他人はおろか当の本人さえも不可能だと考え  発生する,影響や妥協,説得,交渉などといった た事を現実化してしまった人々がいた。この最近  関係の複雑なネットワークにも係わっている。ジェ の事例として挙げられるのがイランである。パー  一ムス・バーンズ(Burns)のLθαdθr8伽は,1 レビ政権は世界で最も強力かつ冷酷,かつ優秀な  近年発表された,政治リーダーシップに関する,

警察国家であり,同盟国からも敵国からも…目お  まさに最も重要な労作であるが,事実その中では,

かれる存在であった。それが突然,熱狂的な群衆,  リーダーとフォロワーとの関係に言及せずにリー プラカードを翻した熱狂的な信者達によって一掃   ダーシップを理解することはできないということ されたのである。彼らを率いていたのは70歳を越   が基本として強調されている。バーンズは,「私 えたイスラム原理主義者,アヤトラールホラ・ホ  の定義するリーダーシップとは,リーダーがリー メイニ(Khomeini)であった。全てはいぶかし  ダーとフォロワー双方の価値と動機,すなわち欲 げな他国の人々の目前で起こったが,ほとんど誰   求と必要性,向上心と期待を体現したある目標 も,何が起こりつつあるのか,あるいはなぜそれ  に向け,フォロワーの行動を駆り立てることであ が起きるのかを理解できなかったのである。    る。」と述べている。2

しかし実際,このような光景は特別な出来事で    現代の政治リーダーは,直接あるいは間接的に,

はない。今世紀をさらに遡ると,同じ様に熱狂し  大勢の人・々,即ち大衆との接触がある。リーダー た何百万ものドイッ人が思い起こされる。彼らの  とは,多くの人々が彼と共鳴したり,愛憎の気持

(2)

ちを表したり,特権的な社会存在として真似した  同じ結果が予想されるような場合には,誰が欠け りする対象なのだ。リーダーは,人々の目に写る   ようともその集団の機能は一定して変わらないで ような類の人間として,象徴化されたそのライフ  あろう。つまり機能面において全員の能力が等し スタイルや態度,人格を通じて人々を動かすので  い場合には,リーダーシップという概念は必要な ある。       いのである。

本論の主な狙いは,政治リーダーとフォロワー   政治リーダーシップと,例えばビジネス,教育,

に関して,それぞれの様々な側面を探り,検証す  宗教といった他のリーダーシップには違いがある ることである。さらに,政治リーダーシップを定   のだろうか。一般的に言えば,答えはイエスであ 義し,他のリーダーシップと明らかに区別し,か  る。政治リーダーシップとは,公共の福祉のため つ政治リーダーの主要な特徴,人々を政治リーダー  に政策をコントロールするものであり,政治リー あるいはフォロワーにならしめる動機,または双   ダーは合法的な国政の場で得た地位において,権 方の関係を見据えることも主眼としている。    力を行使する存在なのである。政治リーダーたる 人々は,それらの地位によって,行動を自由に選 H.リーダーシップと政治リーダーシップ     択できる権威を与えられている。しかし,政治リー

ダーの全員に公式な地位があるわけではない。社 リーダーシップとはどう定義されるべきものだ  会政治的な運動のリーダー,例えばマーティン・

ろうか。これについての明快な,かつ広く合意を  ルーサー・キングなどは,自らの能力からもたら 得た定義というものは存在しない。多くの研究者   される力だけで人々の強固な感情を動かし,運動 が,様々な定義や概念化を行ってきたが,一例と  への参加に導いたのである。

して,マクファーランド (McFarland)は,   大まかにいえば,政治リーダーシップと他のリー

「リーダーとは,その当人が行わない限り,絶対   ダーシップとの違いは,リーダーが影響を与えよ 起こり得ないようなことを行う人物である」と述   うとする対象の違いにあろう。政治の場合,もと べている。3       もとの対象は二つである。一つは集団の最終目標

一般的にリーダーシップは,力関係や影響や説   を再編,または変更することである。あるいは逆 得の一形態,あるいは集団過程や個人のパーソナ  に,これらの体制変化に対抗して現状を維持する リティにおける一機能として捉えられている。あ  ために力を行使する場合もある。もう一つは,体 る時には組織体系の公けの地位存在するのである。  制の変化に係わる可能性のある資源や報酬の再分 これらの一般概念に加え,リーダーとは一つの  配である。政治とは,とどのつまり政策によって 行動のみならず,複数の行動によって他者に影響  資源の分配を決定することであるから,当然,政 を与えようとする者と考えることもできる。とい  治リーダーシップはこれらの決定に係わってくる うことはリーダーが他者に与える影響は,ある程  であろう。従って,政治リーダーシップとは資源 度まで恒常的でかつ予見が可能なものであり,そ   を委託し,その政治単位における最終目標を選択 の対象も一人や二人ではなく集団全体に及ぶとい  し,その政策を左右する権威を持った人物を意味 えよう。従ってリーダーシップとは,集団機能が   する。このような人間は,地方政治から国政まで 現実に働く際に,ある人問が終始一貫して他より   のあらゆる政治段階に存在し,選挙,任命,革命,

も影響力を持ち続けるための過程とすることもで  暗殺,クーデターなどのあらゆる手段によって,

きる。すなわち,まず一人の人間が支配するある  その地位を得ようとしているのである。

集団の行動である。集団全体の行動を決定しよう   以上のように,対象と影響という点から政治リー とする時,もし全てのメンバーの能力が等しく,   ダーシップと他のリーダーシップとを比較してみ

ると,明らかに二つの点が違っている。まず第一

(3)

に,政治リーダーはその集団の党派性を代表する   らリーダーは,当座の力を拡大することで,より もの(partisan),あるいはイデオロギーを標傍   多くのフォロワーを得ようとする。リーダーには するもの(ideologist),またあるいは政策を系  社会構造のあらゆるところから課されるたくさん 統化するもの(politicianまたはstateman)のい  の義務がある。だが一方では,報酬や拘束力を左 ずれかだということである。党派性を代表するリー  右する権力を強めて多くの人々を従わせようとし,

ダーであれば,その集団にとっての目的の遂行や  そして将来も権力を持ち続けるために,自分の集

利益の保護,あるいはその両方を行うための勢力,  団の機瀧を現在効率的な運用させるのと1司時に時      ,

特権,権力などを求めようとする。イデオロギー  間と労力を費やすのである。

を標傍するリーダーは,改革や変革を追い求めよ

うとし,常に目的の変更が可能であることを平易   皿.リーダーとリーダーシップの類型 な言葉を使って述べ立てる。そして,党派性を代

表するリーダーを擁護する立場にあれば,フォロ   リーダーシップ研究,特に小集団内におけるリー ワーの利益になるような状況操作を行ったり,互   ダーシップ研究がとりわけ発達した分野といえる いの利益の妥協点を探したりするが,このような  のは,社会心理学であろう。シドニー・ヴァーバ 人物は,まず第一に人々の価値観や基本的な信頼   (Varba)が指摘しているように,小集団内と に対し,自分自身の信念の誠実さを訴えかけよう  政治的現象の中には確かに論理的な関係が見られ

とするのである。      る。4しかし同時に小集団におけるリーダーシッ とはいえ,イデオロギーに基づいたリーダーシッ  プと政治リーダーシップとは明らかに異なる部分 プがもともと全て政治的なものであるとは限らな   もあるのである。この二つのリーダーシップにお い。他の集団との競争や抗争の中で,目的達成の  ける類似点と相違点は,リーダーとフォロワーと ために自分の属する集団を活気づけ,その人間イ  の接触の程度によってもたらされる。リィダーと デオロギーが人類全てを対象にしたもので,結局   フォロワーとの接触程度が違うという点で,特に 他の集団や敵が存在する社会的な相互関係に関わ   着眼すべきこととして,二つのリーダーシップの るということである。リーダーはそのために相手  形があるが,それが対面的(face−to−face)リー の譲歩を得たり,立場を譲ってもらうための説得   ダーシップと遠隔的(remote)リーダーシップ を繰り返し行う。このような相互関係の中で,リー  である。

ダーは次第に自分のための利益を追求するように

なっていく。リーダーには機会ある毎に効果的に   1.対面的リーダーシップ

作用する権力が必要だし,彼の報酬の一部は,権   対面的リーダーシップは,リーダーとフォロワー 力を手中にすることなのである。一方フォロワー  が直接に接触を持つ場合,例えば研究グループや は,自分たちのために行動するという名目のもと,  近所の集まり,あるいは国会内の小委員会などの リーダーの行動を放任している。従って,ここに  小規模な集団の中で発生する。対面的な,即ち一 は集団問,リーダーとフォロワー間,そしてリー  次的な関係より広く政治を捉えた場合においても,

ダー問といった三つの社会的関係が生ずるのであ  引き続き重要であるが,政治リーダーシップの多 る。リーダーとフォロワーとの間において,リー   くの場合が遠隔的リーダーシップであろう。つま ダーはフォロワーの好意を得て,フォロワーに対   り,リーダーと大衆との間は,演説やメディア,

する譲歩を行い,代わりにフォロワーはリーダー  スタッフの働きなどによって媒介されざるを得な への支持を期待されるのである。         い。大概の場合,大衆はリーダーと直接に対面す しかし,フォロワーの支持は不安定なものであ  る機会などはあり得ないので,大衆は他人やメディ り,いつ他の人間に移るかわからない。であるか   アを通じてリーダーについて知ることになる。従っ

(4)

て,大衆はリーダーがどういう人物かを知るため  集団の中に二人のリーダーが生まれることも多い。

に,リーダーは大衆が何を望んでいるか知るため  一人は仕事専門家(task specialist)となり,特 に,双方とも他人やメディアに依存せざるを得な   に他のメンバーの好意を集めるというわけではな い。      いが,最終目的に向けて一生懸命集団を率いてい ここで対面的リーダーシップをさらに細部にわ   こうとする。もう一人は社会・情動リーダーとな たって検討してみたい。まず初めに他から指名を   り,メンバーの好意を最も集めている人間かなる。

受ける場合ではなく,集団内の相互関係の中でリー   いずれにしろ対面的な政治的相互関係において ダーとなっていく場合を考えてみよう。このよう  は,リーダーは両方のリーダーシップを身につけ,

な場合,リーダーはどのようにして生まれてくる   最善をつくさなければならない。そしてメンバー のであろうか。5〜10人くらいの集団で,討論を   同士の友情を育みながら,メンバーそれぞれが面 通じてある課題に対する共通の決定や解決を行な  倒を見られているように感じさせ,他方では集団

うことを想定しよう。全く最初からリーダーが指   の最終目的を目指して,それぞれの能力を鼓舞し 名されない場合,リーダーシップが発生するまで   なければならないのである。

にはいろいろな指標が考えられる。例えばそれぞ

れのメンバーが話す時間,アイディアの質的評価,  2.遠隔的リーダーシップとカリスマ性

提案を行ったり,賛成したりした回数などである。   対面的リーダーシップに加え,もう一つのリー このようにして数回の話し合いを行うと,集団内   ダーシップ類型としては,遠隔的リーダーシップ ではリーダーシップがかなり明確な形を取り始め  が挙げられる。ソ連のレーニン(Lenin),イン る。      ドのガンジー (Gandhi),そしてアメリカにお

ロバート・ベールス(Bales)はリーダーのい   けるケネディ (Kennedy)などは大衆の大きな喝 ない小集団にリーダーシップが発生する過程の研   采を集めたが,これらの大衆は彼らのことを個人 究を行ったが,その中で最も重要な成果は,小集   的には全く知らなかったのである。つまり彼らは 団の相互関係においては,仕事(task)と社会情   それぞれにフォロワーを魅了し,献身的な支持を 動(social−emotional)という二つの中心的なリー  集めるという能力にかなり恵まれていたと考えら

ダー機能を見出したことにある。これはそれぞれ  れよう。これらのリーダーがなぜ大衆にアピール 仕事機能,社会・情動機能と呼ばれる。5      したのかということの根本については,また他の

仕事機能は,集団を最終目標に向けて動かすた  点についてもさほど理解されているわけではない。

めのものである。この目標は,人間関係や,他の  偉大なリーダーの人生については多くの興味深い 集団との関わりの中で生まれた問題の解決である。  洞察が行われてきたが,彼らの指導能力に関する そして集団の目的に対して情報やアイディア,提   ことは未だにわからないことが多いのである。

案などを出すことによって,最も貢献したメンバー   ブラウン(Brown)はこれに関する研究の中で,

が,最も仕事能力(task ability)に優れている  例えばリーダーは長身であるべきか,短躯である ということになる。      べきか,または肥満体か痩身か,鋭い知性があるべ

一方,集団内で最も好意を集めるのは,他のメ  きか否か,誠実であるべきか否かということはさ ンバーの感情や競争関係,敵対関係といった人間  ほど意味のない問題だとしている。しかし,知性 的な部分に対して気配りのできる人間であろう。   と性心理的なアピール(psycho−sexual appeal)

このような行動を集団過程維持志向行動という。  のふたつはリーダーシップにとって重要な要因で ところが,こういった集団の人間的な面は, 職   あり,さらに外見的な魅力やセックス・アピール 務の遂行 に追われている仕事機能中心のリーダー   も同様に重要かもしれないということを強調して には無視されがちである。この様な場合には,小  いる。有能なリーダーにとっては,知性も人間的

(5)

な魅力も,彼自身が物事の処理能力に長けている  獲得してしまう時に成り立つ支配関係と定義され という印象を,離れた場所から人々に与えるため  ている,しかしこの支配者の能力とは客観的に規 には重要な役割を果たすのである。6       定されたものではなく,被支配者の思い込みによっ

人間的な魅力や影響力といったものは, カリ  て存在するものであるからこれは純粋に個人的な スマ的 リーダーについて語る時によく引き合い  関係ということができる。

に出される事柄である。カリスマ的リーダーには,

ある面では大衆に彼自身も同じ人間であるかのよ   3.偉人説と時代精神説

うな認識を持たせる一方で,同時に傑出した人物   思想,科学,あるいは一般的な文献でリーダーシッ とも思わせるような魔性の魅力が備わっている。  プが論じられる場合に,二つの原則としてたびた このタイプのリーダーは,優れた潜在能力の上に  び登場するのが偉人(Great rnan)説と時代精 これらの魅力が加わることによって,大衆を従属  神説(Zeitgeist, spirit of times )説である。

させ,彼らの日常的な期待を遥かに越えた業績の  偉人説は,ナポレオン(Napoleon),ガンジー,チャ 達成へと向かうことができるのである。マックス・  一チル(Churchill)など,自分の人格や才能の持

ウェーバー(Max Weber)は,カリスマ的リーダー  つ力によって多くの人々に訴えかけ,偉大な業績 や,人々が彼らを英雄と見なし,彼らにあると思っ  を残したリーダーの人間性を強調している。偉人 ているマジック的な魅力について言及してい  説原則をもとにするならば,歴史は偉人伝と同義 る。7      であることになる。つまり宗教改革はルター(Lu

まず,彼はリーダーシップの形態について次の  ther)やカルヴィン(Calvin),ッウィングリ (Z ようにまとめている。 支配 という概念は,市  wingli)伝そのものということになり,フランス 場における独占支配のような利害状況によると支  革命はそのままヴォルテール(Voltaire),ロベス 配と,家父長的権力や君主の権力といった権威に   ピエール(Robespierre),ダントン(Danton)伝

よる支配との二つに分けられ,特に後者の権威的  であり,ロシア革命はレーニン,トロッキー(Tro 支配には,支配者にとって①合法的支配,②伝統的  tsky),スターリン(Stalin)伝,ファシズムはムッ 支配,③カリスマ的支配という三つの意思伝達型  ソリー二(Mussolini)とヒットラー伝にそのま があるというのである。      ま置き換えられるのである。ことばを変えれば,

そしてウェーバーは,合法的支配の最も純粋な   ヒットラーとムッソリー二がいなければファシズ 型として官僚制支配を挙げた。この場合,被支配   ムは生まれなかったのであり,ヴォルテールやロ 者は支配者という人格ではなく,規則という形式  ベスピエールがいなければ,フランス革命も起こ 的で抽象的な規範に従っているだけなので,支配   らなかったといえよう。

する側も相手の別なく,訓練された専門家が形式   ある特別な人間によって歴史的な事象を変える 的かつ合理的な規則にもとついた支配を行う。   ことができるとする説もあれば,それは不可能だ 伝統的支配の最も純粋な型は,家父長制的な支   という主張もある。この場合に指摘されるのは,

配であり,これを支えるものは昔ながらの秩序と  偉人説がリーダーの人格に頼り過ぎており,リー 支配権力の神聖さに対する信念である。命令する   ダーの価値観や個性がフォロワーの要望や希望に のは 主人 であり,服従者は 臣民 で,命令の  沿ったものであるべきだということを考えていな 内容は伝統で拘束されたものである。       いということである。優秀なリーダーでさえも,

そしてカリスマ的支配における最も純粋な型と  本人が変わったからではなく,フォロワーの要望 して挙げられたのは,予言者や軍事的英雄などに  や希望が変わったために支持を失い,政界から消 よる支配であった。ここでカリスマ的支配とは,  えてしまうことがある。

支配者が生来の能力で被支配者の感情的な服従を   たとえばチャーチルは,第二次大戦の間イギリ

(6)

スの偉大なリーダーであったが,大戦後の最初の  れた政治リーダーはほんの僅かである。イランの 選挙では落選してしまった。それは単にイギリス  パーレビはこの種のリーダーにおける最後の一人 の有権者達が,チャーチルがその選挙における政   だったわけだが,その彼も,アヤトラ・ホメイニが 治的,経済的,あるいは社会的な問題を解決できな  権力を握ったとたんに放逐された。もう一つの例 いと見なしたからであった。つまり,リーダーが   としてあげられるのは,おそらくただ一人の世襲 その地位に留まることができるのは,支持者の要   によるリーダーであるヨルダン国王,フセイン 求する問題を解決したり,解決策を提示できる限   (Hussein)であろう。基本的にリーダーは,ほと

りにおいてなのである。これが 時代精神説 で   んどの場合自ら求めてその地位につく。別の言葉 あり,時代の要求を強調している。これによれば,  で言えば,彼らはなりたくてリーダーになったの 特定の歴史的,あるいは文化的な状況下では,その  である。ここでの中心となる疑問は,ではなぜリー 時代が直面した実態や人々の問に広がる雰囲気に   ダー達は地位を求め,政治リーダーになろうとす 合わせてあるリーダーが登場するということになる。   るのかということである。

しかし,現実の歴史やリーダー達を見るかぎり   つまり,ある人間が選挙に出馬しようとするの では,偉人説も時代精神説もどちらか一つで完全   はなぜなのか,政治的地位に関心をもつのはどう というものではない。人間の性質も時代の特徴も,  してか,そしていかなる根拠をもって,自分が首相 どちらもがリーダーを生み出す条件となるのであ  あるいは大統領の椅子にふさわしく,自分の国を る。たとえば第二次大戦の間には,何人もの強力  率いていけると考えられるのか。端的にいえば,

なリーダーが出現し,その後の10年間も引き続き  政治リーダーとなるために,なぜ人は時間,財産,

問題の処理に当たってきた。たとえばチャーチル  エネルギー,そして他の様々なものを投資しよう がダンケルク上陸作戦の後にイギリスの首相とし   とするのだろうか。

て就任したことは,単なる偶然だったのだろうか。   これらの疑問は広い意味で捉えると,いかなる ド・ゴール(de Gaulle)が1940年のペタン(Pe一  動機によって人々は実際の行動通りふるまうのか tain)降伏後に自由フランス軍のリーダーを継承   という,もう一つの疑問と関連づけられよう。こ

し,あるいは占領下のユーゴスラビアにおいて,チ   の疑問は長いこと注目を集めており,何年ものあ トー(Tito)というリーダーが現れたことなども  いだに様々な解説が与えられてきた。しかし,個 偶然といえるだろうか。否である。        人と集団の行為に対する理由づけについて,その

偉大なリーダーは,大きな変革があった時,人々  理論が一般化されてきたのは過去百年の間である。

や時代の精神が危機に瀕した時に現れる。偉大さ  そしてこの一連の探究に誰よりも力を注いだのが とは,リーダーの座につく前から,その人間の中に   ジグムント・フロイト(Freud)であった。フロ あるはずのものだが,人々の要求こそがそれを引   イトは,個人が行動を決定ずる際における本人の

き出すことができるのである。すなわちリーダー  役割の重要性を強調した。彼が論じたのは,無意 シップとは,ある意味では 有能な人物が時と場  識的な動機の持つ力についての解説であり,そし 所を得て存在すること と考えられる。この考え  て彼はそれらの動機が幼児期に根ざしたものだと

は,リーダーシップの発生状況を個人的な資質と  信じていた。

同様に重視したものといえよう。      すでに人間行動における無意識的動機について 先取りをしていた学者は他にもいたが,フロイト IV.リーダーとフォロワー:その動機と行為     はそれをさらに発展させ,無意識下における決定

をまとめ,かつ首尾一貫した理論をつくりあげた。

1.政治リーダー       フロイトの理論の中心となったのは,人間行動の 今日の世界では,世襲によってその地位を譲ら  多くは無意識的な動機の結果であるというもので

(7)

ある。フロイトは,口を滑らせたり,あるいは言い  の影響力に対する欲望を満足させられるかどうか 間違いをしたり,名前を忘れたりといった,突発的  の査定,そして政治的な最終目標に到達するため に見える他の行動には,無意識的な動機が働いて  の知識や技術を獲得することへ繋がっていく。12 いると推論した。実際フロイトは,これらの行動    このような自尊の低さが,権力の追求,ひいては は何ら突発的なものではなく,全て無意識的な感  政治活動を招くとするラズウェルのモデルの根拠 覚の結果であると信じていたのである。フロイト  となる証拠がある。例えばアレクサンダー・ジョー によると,人間の人格を構成しているのは,意識と   ジ(George)はラズウェルの 力を求める つ 無意識,あるいはいくばくかの意識的な欲望と理   まり,「喪失感を埋め合わせるという意味で権力 念だとされている。そしてこれらの試みとして,  を追求する」人間という考え方を特定の政治リー 人間の精神過程をイド(id),自我(ego),超自我   ダーに対して応用することを試みた。そのリーダー

(superego)という三つの複合体で表す概念を作   とはウッドロー・ウィルソン(Wilson)である。

り出したのである。8      ジョージはまず,自尊という概念と権力動機につ ハロルド・ラズウェル(Lasswell)は,アメリ  いて,それから自尊の低さと権力追求について検 カで最初にフロイト理論を政治的生活に応用し  証している。ジョージはラズウェルの公式の裏付 た。9彼の描く 政治的人間 とは,個人的な動  けとなる証拠を発見したが,ウィルソンのデータ 機を公の生活で実現化しようとする人々である。  から見るかぎりで彼の下した結論は,元々の公式 政治的人間がある程度政治に成功を収めると,否   に「個人が埋め合わせのために努力しようとする 応なく政治リーダーになる。ラズウェルの単純な  中での権力の場と,個人の権力欲求が発生しよう 公式では判断を誤りやすいが,そこではある人々   としている状況の型」についての考察も含めなけ にとって,なぜ公の生活がそれほど魅力的なのか  ればならないというものであった。13

が解説されており,一般的には政治リーダーを理   一方で,バーバー(Barber)は,政界に入ろう 解するために不朽の貢献をしたものと考えられて   とする人間には二つのタイプがあると述べている。

いる。      一つは政界に入ろうとする人間の行動に関わって ラズウェルは,政治リーダーは自らの神経症的   くる脅し,緊張,懸念などを,わりと楽に処理でき な欲求を公の場に投影し,そこで満足を得ようと  るだけの高い自尊心を持って入る人間。もう一つ して政界に入るのだと論じた。lo言い換えれば,  は自尊心を高めるためになら,政界に入る際の煩 ある特殊な欲求は政治活動によって満たすことが  雑な手続もいとわないほど,現在の自尊心が低い できるので,人格的欲求が満たされていない時,そ  人間である。14

のことが実際に心理的に剥奪された人間が政治活    ロバート・ジラー(Ziller)とそのグループは,

動によって満足を得ようとする動機になると考え  人間の性格を選挙における勝敗と関連づけた研究 られる。       を行ったが,ここでも白尊ということが重要な要 また,ラズウェルは,自尊と政治行為と立候補と  因と考えられている。15これは自己と他者との位 の関係を最初に指摘している。11彼の考えた政治  置関係(self−other orientation)に関する理論 的パーソナリティとは,自分白身の適応のなさや  を最初に用いた研究である。この理論は,白己を 劣等感に:苛まれ,このような感情を埋め合わせる  その人間の周りの社会状況に照合して捉えること ために政治的な機会を狙っているような人間であ  を強調している。特に,人間が他者との関わりの る。言い方を変えれば,ラズウェルによると,因果  中で自分自身をどう考えているか,または社会的 関係の環は,低い自尊が権力を目指す努力を導く  環境の中における自分に対してどのような概念を ということに始まる。それに影響力を行使できる  持っているかということを言及したものといえる。

ような地位の追求が続き,さらに社会的状況がそ   この研究では,自分と他者との関係を場所的に表

(8)

した図式の中で,自分がどこに位置するかという  似点を簡単に見つけることができる。したがって,

ことを,候補者に対して選挙が行われる前と後に   自己と他者との位置関係の理論やその裏付けによ 聞くことで,自尊の度合いを計った。        ると,政治的パーソナリティとは,自己呈示を変え さらにここでは自己に対する概念のもう一つの  たり,他人との類似点を認識したり,これらの類似 側面として,複雑性(complexity)というものも  点を強く打ち出したりする性質によって,社会的 示された。自己に対する概念の複雑性とは,人間   な圧力に同調し,かつ異なる社会状況にも適応し が自分に対して認識しているたくさんの違う要因  ていけるという点で優れているのである。

と定義されており,その測定はllO個の形容詞の   デヴィッド・ウィンターとアビゲイル・スチュ リストから選ばれた,たくさんの言葉によって行   ワート(Winter&Stewart)は1905年から1974 われ,その結果自分自身の特徴をチェックできる  年までのアメリカ大統領の演説を内容分析し,各 ようになっている。理論的には,自分自身の認識   リーダーが先に述べたような達成,権力,親和に対 が複雑であるほど,他者と関係を持つという可能   してもつ動機が,政治行為とどのように係わって 性が高くなる。より複雑な人間であればあるほど,  いるかを調べた。16その結果,高い権力動機と低 他者や他集団の中に自分のアイデンティフィケー  い親和動機とがリーダーとしての良い業績につな ションを見出しやすい。このような人々は,自分  がるということが判明した。つまり, より良い と他者との間に多くの共通点を感じられ,より社  大統領の特徴として現れているのが,これらの動 交的である。結論として導かれたのは,政治的パー  機なのである。権力動機は,政治的役割を強く,効 ソナリティの特徴は,高い複雑性を伴う低い自尊   果的に果たすということに関係する。権力動機の ということであった。かたや高い複雑性と高い自  強いリーダーは活動的かつ精力的で,彼にとって 尊は,非政治的パーソナリティを表していたので   は政治の熾烈な駆け引きや抗争のただ中にいるこ ある。      とが幸福なのである。

政治的なパーソナリティとは,その人間をキャ    親和動機は,自分の意見を多数派や,特に気に入っ ンペーンから選挙へ(あるいは選挙での健闘)へ   た人の意見に,同調させたり変えたりすることに と導くという特徴によって定義される。ジラー達  繋がる。親和動機の高い大統領は,それが低い大 によると, 政治的 な人間は反対の立場にある  統領の場合よりも,比較的自分に似たメンバーで 非政治的な人間よりも,物事に対してよく反応す  内閣を構成し,似たもの同士接することの安全さ るという。反応とは,他者に関わろうとする欲望   を求めることが多いが,権力動機の高い場合は,考

(desire)と能力(ability)の合体機能である。  えの異なる人間からの助言を得ようとする。実際,

この二つの特徴が,低い自尊と高い複雑性をもと  後者のような場合は,内閣の長としての自己の権 に生まれるのである。       限を強めようとし,むしろ助言者には多様性を求 自尊の低い人間は,自己評価の基盤も比較的不   めようとする。達成動機の高い大統領は活動的で 安定だと考えられる。したがってこのような人間  あり,人間性や政治的考慮というよりも,むしろ専 は他人に合わせたり,自分の存在を見出すことが   門的な基盤を持つかどうかということによって助 できるような集団に従って,自分自身を変えたり  言者を選ぶ。最後に,達成動機は一般的に合理的 しようとしがちなのである。かたや自尊の高い人   な協力関係に伴われているが,親和動機には何ら 問は,頑固で融通性がないと考えられる。しかし,  かの環境における協力関係が,また権力動機は搾 これだけでは自尊によって政治的な成功を予言す  取と抗争にそれぞれ伴われている。

ることはできない。決定的な要因は自己の複雑性    これらをまとめると,人々を政治的地位に駆り によってもたらされるもののようである。     立てる動機として,それぞれの研究が異なるもの より複雑な人間であるほど,他者と自分との類   を挙げているということになる。リーダーがその

(9)

地位を追い求めるのには,一つのみならず多くの   2.フォロワー

理由が存在するのだ。これまでに挙げた理由のほ   リーダーシップの見返りとして得るものは,フォ かにも,たとえば目的(自分の掲げる哲学や解決  ロワーシップのそれよりもはっきりとしている。

を迫られた問題)や義務感,承認欲求(need for  権力,名声,金銭などという,リーダーになろうと approval),他人からの尊敬,地位に対する挑戦,  するための肯定的な理由として一般的に考えられ 身分や認知に対する欲求,個人的な問題に対する  ているものの全てを得ることができるのである。

償いなどが,リーダーの動機となるのかもしれな  ではしかし,フォロワーはなぜ政治リーダーの権 い。17      威を進んで受け入れるのであろうか。

先に述べた中のいくつかや,他の研究の中でも,   この問いに対する回答は,大まかに二つに分け 政治リーダーは 普通の人々よりも権力欲が深い   ることができる。リーダーとはある種の人間の個

(power−hungry)とか, ほとんどが人々に取り  人的な欲求と集団的な欲求を満たすものなのだ。

巻かれていることを好む とか, 政治リーダー  どちらの欲求が正しく満たされるかは,もちろん はほとんどの人間よりも,実際的で権威主義的で  その時リーダーがどのような人間か,フォロワー ある といったことが述べられている。さらにア  自身,リーダーの手がける仕事,そしてより一般的 メリカにおける研究では,二つの特質がそのほと  な歴史的状況などの条件による。

んどに裏付けられている。それは,政治リーダー   たとえばフロイトは,なぜ偉大な人々は何度も は中流から上流出身の白人男性で,かなり社交的   他人に対して権力を行使することができたのかと であるという傾向である。18      いうことを研究している。19彼はその理由として

一般的に政治リーダーは,フォロワーよりも,内  大多数の人々は,実際に 崇め 服従する なる動機により動かされる存在であることに疑い  とのできる人物を欲しているからだと論じている。

の余地はない。彼らは人より長く働き,より大き  このような人間は,人々が 子どもの頃から抱え な困難に耐えているが,しかし肉体的なエネルギー  ている父親への願い を満たすことができるのだ。

を消耗しているようには見えない。もちろん,彼   したがって強力なリーダーというものは,父親の らを動かしているのは単なる動機だけではなく,  ような保護iを人々に与えるのであり,その中には,

肉体的エネルギーや忍耐力ということもいくぶん    偉大なリーダーの真髄 と同じ意味が込められ かはあるだろう。が,政治リーダーには人並み以  ているのである。

上の体力ばかりでなく,内なる動機も相当備わっ   なぜ人々が彼らのリーダーに従うのかというこ ていなければならない。       とについて,フロイトはもう一つの解説を行って さらに肉体的忍耐に加え,政治リーダーは自己   いる。20そこでの説明によると,その理由は個人 に対する欲求にも打ち勝っていかなくてはならな  としての欲求ではなく,個人が属している集団と い。動機を強めていくのがこれらの欲求だからで   しての欲求に根ざしている。フロイトは,集団も ある。何が何でも選挙で勝利を収めたいとしてい  必然的に 長によって導かれる が,それは個人 る人間は,違う人々に向け次々と演説を行ってい  におけると同様に,集団も最高の父親像を欲し,ま くことで,かえって自らを鼓舞しているのかもし  た望んでいるからだと断言した。さらにこの最高 れない。民主主義的政治体制にはさらにもう一つ  の父親は集合的な観念をもたらす存在である。と の重要な動機があるが,それが親和欲求,すなわち  いうのは,彼は集団の焦点であり,集団のアイデン 対人的接触に対する欲求である。このような他者  ティティを体現する人間だからなのだ。つまり,

の愛情に対する欲求は,多くの政治リーダーの行   リーダーは集団にとって欠くことのできない人間 為を支える中心となる要因といえるかもしれない。  であり,リーダーがいなければ集団も存在しない

のである。

(10)

エリッヒ・フロム(From)は,人々は権威主  る。22この研究は第二次大戦の末期に行われ,ファ 義に魅かれるが,それは権威主義が所属と保護の   シズムと反ユダヤ主義に見られる心理的な要因を 感覚を与えてくれるからだと述べている。21フロ  検証することを目的としていた。この研究によっ ムの考えは,資本主義の台頭にともなって,人間は   て,『権威主義的性格』として知られる一つの仮 歴史的な発達によって縛られた一次集団から解放   説が提示された。それは特に,強い権威に喜んで されたが,逆に自分が孤独であり,無力かつ孤立無  従う,自分より弱いものの上に君臨したがる,他人 縁な存在であることに気付いたということである。  を固定観念で見がちである。そして権力や強さと 現代社会の中で成長する人間は,個性の発達とい  いう考えにどっぷり漬かっているなどという特徴

う段階において,誰もが孤独以上に不安を感じる。  を持つ。

このような孤独感や不安感は,友人との交際や生    そしてさらに権威主義が政治活動に対して与え 産的な行為に携わることによって自分の能力を開   る影響は,権威的傾向を強く示す人間の人格的欲 発することで乗り越えることができる。しかし,  求,たとえばエリック・エリクソン(Erikson)

多くの場合人間は,個性化の段階で自由からの逃  が論じた信頼に対する欲求23やアブラハム・マ 走を試みようとするのである。このような逃走は,  ズロー(Maslow)のいう安全欲求など24やその 権威主義や破壊,自動的制御による同調といった,  人間が社会化されてきた環境における価値観によっ 心理的なメカニズムのあらわれといえよう。    て左右されるようになるという。

文明や人間全体の中に,精神的危機を作り出す    アドルノやフロムと同様の研究を,スタンレー・

社会文化的基盤について,フロムは,西洋文明が直   ミルグラム(Milgram)はナチスの残虐行為に 面する主な危機は,個性の発達過程において,二つ   大対して行った。彼が行った実験では,人間は集 の要因が相互に関係する結果と見なしていた。そ  団の圧力を受けると,他人を傷つけることでもし れは自己の力の成長(growth of self−strength)  ようとすることが示されている。25まずミルグラ と,孤独感の増大(growing aloneness)とのニ  ムは新聞広告でいくらかの謝礼と引き換えに,学 つであり,これらは共に独立と相互依存のディレ  習における罰則の効果に関する被検者として,20 ンマを生み出す。この個人の心の中に存在するディ  歳から50歳までの男性を募った。被検者が実験室 レンマが,フロムが言うところの 権威主義的性   に行くと,そこには他の三人の被検者が待ってい (authoritarian personality)を作りやす   る。そして実験者が,四人のグループの内一人が いのである。       学習者,他の三人が教師役をつとめるということ このような人格は,フロムの時代のドイツにお   を説明する。そして四人は帽子の中の籔を引き,

いて,主に中の下程度の階級に多く,「無力感,不   一人が学習者として隣の部屋に連れていかれ,

安,孤独感」といった感情を強くあらわし,結果と  『電気椅子』に縛り付けられる。そして実験者が,

してサドマゾ的な「力に対する愛情」と「無力さ  教師役の被検者は学習者に対して一組の言葉を教 に対する憎しみ」を増大することとなった。した  え,学習者は間違いを犯す毎に電気ショックによ がって,権威主義者は他人を傷つけることや,支配   る罰を受けるということを説明する。

することを欲するが,同時に自分自身が傷つけら   三人の教師役は別の部屋へ移され,それぞれ違っ れ,支配されたりすることへの欲求も持つ。この  た役割を振り当てられる。一人目は学習者に対し ような傾向は,劣等感や無力感,または自分の重要   てインターフォンを通じて言葉を読み上げ,二人 性を感じられない場合の反応として現れるのであ   目はその解答をチェックし,三人目が電気ショッ る。       クを与えるスイッチを押すのである。実験者の説 フロムの理論に触発された実証的研究として有  明によれば,三人の教師はいかなる程度の罰を与 名なのが,アドルノ(Adorno)らによるものであ   えようと自由であるが,ただ一つ守らねばならな

(11)

いのは電気ショックの程度は三人が提案したそれ  えられるのは,抗議した時に起こることを恐れて それのうちで,最も弱いものとするということで  同調するということであろう。集団は逸脱者に対 あった。つまり,ある教師が40ボルトを提案し,他  し,心理的,肉体的にさまざまの方法で罰を与える。

の二人がそれぞれ30ボルト,20ボルトを提案した  たとえば集団はその成員に対し,所属の代償とし 場合は,学習者が受けるのは20ボルトということ  て社会的是認(social apProval)や他の報酬を になる。       与える。しかし,極端な場合は成員の生命すら奪 しかし実は,グループの四人は一人を除いて皆   いかねない。しかしもちろん成員は同調による報 サクラだったのである。本来の被検者とはスイッ  酬も受けられる。

チを押す役割の者だけであった。三人の教師が順    もう一つの理由はややはっきりしないが,集団 にショックの程度を示していくと,本来の被検者  が個人に対して流す情報は,行為を適性化させる は最後に学習者に与えるショックの程度を言うこ  ために操作されているので,人間は集団が正しい とになる。実験が進むうち,学習者はどんどん間   と考えて状況に同調するという ものである。こ 違いを犯すようになり,サクラの教師たちはショッ  のような場合,人間は社会的圧力に屈したからで クの程度をさらに高めていく。ミルグラムの疑問   はなく,「そうするのが合理的だから」という理 は,このような場合に本来の被検者が他の教師に  由で同調するといえよう。

同調していくかどうかということなのであったが,

最終的には本来の被検者は一般的にグループに同   V.リーダーとフォロワーとの相互関係 調することがわかったのである。

ミルグラムの実験と実生活が大同小異であろう   前述したようにリーダーシップの全体は,行動 ということはやすやすと想像できる。ナチス・ド  する側と反応する側という,二種類の人々に関わっ イッやベトナムにおけるソンミ村虐殺などが,直  た概念といえる。言い換えれば,リーダーとは,支 ちに脳裏をかすめるであろう。ミルグラムは別の  持者,選挙民,そして彼に追従する人々がいるから 実験で,実験者の命によって普通の健康なアメリ  こそリーダーたり得るのである。

力人が穏和な老人に対して厳しいショックを与え   ジェームス・バーンズは,リーダーシップとは ようとした例を報告している。26実験者は被検者  権力の一形態であるから,リーダーシップの発生 が汗を流し,震え,唇を噛み締めながら必死で抗議  を理解するためには,権力というものの本質を知 をしたにもかかわらず,それでもショックを与え   らなければならないとのべている。27リーダーシッ ることを止めなかったという。集団あるいは権威   プは権力の一側面というだけのものではないが,

者(実験者)のどちらの与える圧力も,被検者の  権力が分割され,活性化していく過程でもあるの 道徳的意識を打ち負かしてしまったのである。   である。他人に対する権力というものは,潜在的 実際,多くの被検者は自分の行為について罪悪  にそれを行使する力のあるものがある特定の目標 感や責任感を感じていなかった。彼らの心には,  に達しようとする動機のもとに,自分の権力基盤 実際にスイッチを押すのは自分であっても,ショッ  となる(経済的,軍事的,組織的あるいは技術的な)

クを与えているのは自分ではないという意識があっ  資源を総動員するとき初めて行使されるものだが,

たのである。彼らは自分が単なる他人の道具であ  その際には権力基盤となる資源が,その資源や目 り,ニュルンベルク裁判を髪髭とさせるような言  標に対する他人の動機を鼓舞し,それらの人々の 葉で自分の行動を説明した。曰く「私はただ命令  行為に影響を与えることができるものでなければ

に従っただけだ」。      ならない。そして人々の目的にかなったものであ 人間は,なぜ明らかに好ましくないことを強い  ろうとなかろうと,この目標は権力の行使者によっ られても同調してしまうのであろうか。第一に考  て実現するのである。

(12)

権力の行使者は,また他の人々の行為を直接物   る機会の構造などに密接に関係している。そして 理的にコントロールすることで自分の権力基盤を  リーダーとフォロワーとの相互関係を示す形式的 動機づけし,その上で影響力を行使しようとする  なモデルは合理的な実益の最大化という仮説に立 こともあるが,これは特定の時代や文化,パーソナ  脚しており,この仮説にはリーダー,フォロワーそ リティに左右されるものであり,かつ自己破壊的   してフォローの希望に対してリーダーを結びつけ であったり,一時的なものであったりすることが   る,一連の制度面からの刺激材料という三つの要 多い。       素が含まれている。民主国家における普通選挙は,

バーンズによると,人間に対するリーダーシッ   リーダーとフォロワーとを繋ぐ第一の制度的メカ プは,ある決まった動機や目的を持った人間が,組   ニズムといえよう。政治家は選挙に勝利しようと 織や政治,心理的な資源において他者と競合また   し,そのためにできるだけ多くの票を得ようとす は抗争する関係になった時に,フォロワーの動機   るが,それはこれらのモデルによって,民主国家に を盛り上げ,引き込み,満たそうとする場合に行使   おけるリーダーは最大多数の票を集めようとする されるという。これはリーダーとフォロワーが相   という仮説が導かれるからである。

互に持つ目標を現実化させるために成されること   一般的にいって,リーダーとフォロワーとの相 である。単純には,動機と権力基盤を持ったリー  互関係は,空間的(spatial)なアプローチ,分配 ダーが,双方の目的を達成するためにフォロワー   と連合(distributiona1−coalition)のアプローチ,

の動機をたきつけるということになろう。     投資と消費(investment/consumption)のアブ リーダーは,フォロワーとの関係の中で,常に自  ローチといった三つの形式的なアプローチによっ 分の目標や関心をさまざまなフォロワー集団の期   て解されている。民主主義におけるリーダー(政 待と欲求に 合わせ ていかなければならない。  党)とフォロワーとの関係を形式的に述べたもの そしてさまざまな理由のもとにさまざまな人々が   の古典としては,アンソニー・ダウンズ(Downs)

ある特定のリーダーを支持しているわけだから,  があげられよう。29リーダーとは最大多数の票を リーダーは常に異なるリーダーシップ業務を発揮   集めようとする存在であり,有権者は実益もしく しなければならない。このような業務を遂行する  は自らの富を最大化しようとする。有権者は,あ ための主な道具として,政治リーダーには説得と  るイデオロギー空間において特定の問題点のうち,

交渉が存在するのである。28忠誠,友情,協力,そ   自分の嗜好に合ったものを受け入れる。というこ して妥協といった訴えかけは全てフォロワーを説   とはリーダーはそのイデオロギー空間の中で,選 得し,そしてリーダーを支持し,効率的に機能させ  挙に勝つため最も票を得られる有権者達に対して

るためにあるといえよう。       最も近い 考え方をとることになる。

そして政治リーダーは,自分の目標や支持者の   したがってリーダー(あるいは政党)のイデオ 抱える問題に対して関心が持たれ,それに対して   ロギー的な位置とは,ある特定の問題に対する有 政治的考慮が受けられるような議題設定を行おう  権者の分析状況に左右される。そして,このモデ とする。つまり,常にリーダーはフォロワーの提  ルにおいて興味深い点は,二党制の場合,各政党は 示する問題の代言者ということになろう。したがっ  平均的な有権者の位置を占めるだろうという予測 てリーダーは問題解決の際に特権や権力を行使で  である。しかし,この議論は以後さまざまな理由

きるように,ある特定の分野で活発に活動するよ  によって批判されるようになった。30

うになる。       リーダーとフォロワーとの相互関係に対する二 特に近代の民主国家におけるリーダーとフォロ  番目のアプローチは,分配と連合のアプローチで ワーとの関係は,制度面における事情や文化的環  ある。これの基本となっているのは,最大多数の 境リーダーのパーソナリティ,リーダーが直面す  票を得ようとしている政治家は,個人ではなく,選

(13)

挙協力によって彼に何らかの地位をもたらしてく  ようとしているのであれば頼りになるリーダーを れるような,さまざまな集団に対して働きかけて   求めるであろう。フォロワーのリーダーに対する いかなければならないという仮説である。政治家  評価とは,リーダーの行為がフォロワーの方向性 は,ある問題に対して一つの地位を占めるのでは   にどのくらい沿ったものであるかによるのである。

なく,それらの集団にできるだけ合うような政策   そしてまた,ゴードン・ディレンゾ(DeRenzo)

を分配(あるいは約束)することによって,必要   は,政治リーダーは支持者に見られる特徴をその な限り多くの集団に対して訴求を行っていくので   まま体現しているに過ぎず,支持者の特徴はリー ある。政策とは集団に利益を分配する配送車以外   ダーとして選ばれた人間に反映されるとしてい の何物でもない。      る。33

ロバート・ダール(Dah1)が述べたような多   政治リーダーと直接の関係をもつ人・々は比較的 元的処方や,それ以外にも,政治家は選挙に勝ちた   少ないので,大衆の多くは政治リーダーについて,

いので,集団からの要求に対し敏感に反応すると  他人やメディアを通して間接的にしか知らない。

唱える人々がいる。31したがってこのアプローチ   したがって,リーダーとフォロワーとの関係はほ によると,有権者はその利益がどこからもたらさ  とんどイメージの上に成立したものと考えられる。

れるものかは関係なく,具体的な政策上の利益を  事実,リーダーとフォロワーとを結びつけるのは,

欲しているのである。政策上の利益とは分配が可   リーダーのイメージだけであることが多いのであ 能な物であり,ある一定の人々(支持をしない人々)  る。つまりリーダーは人々や支持者をイメージに は政策による利益から除外されることもあるとい   よって動かし,そしてフォロワーは彼の行動や業 う特徴も持つ。      績をこれらのイメージによって評価しているので 最後に,リーダーとフォロワーとの相互関係に  ある。イメージが重要な要因であるため,リーダー ついては,もう一つのアプローチがある。それは,  は自分自身が最も良く見えるような,あるいは自 有権者はいずれもたらされるであろう政策上の利  分のリーダーシップを強調できるような機会を見 益だけではなく,一般的な経済状況と将来におけ  逃さないようにつとめる。リーダーは広報担当者 るその発達の程度にも関心を持っているとする仮   や世論に対する専門家に対し,行動の手引きや,ど 説である。それは結局,特定の政策上の利益によっ  うやったら大衆に好感をもたれるかということに て有権者個人の将来に利益をもたらすという以上   ついての意見を求めるのである。

のことを決定する。そして有権者は国の経済的環   現代政治においては,政治的人物のイメージの 境を考慮して候補者を評価するということは,多  重要性ということがしばしば語られる例が多い。

くの,かなり実践的な研究によっても示されてい   リーダーはある一定のイメージを 創造し かつ る。        投影し ,良いイメージか悪いイメージを持た

リトル(Little)の観察では,フォロワーとリー  れ,時折 イメージ・トラブル を起こしたり,

ダーに関して興味深い特徴が示されている。32彼    新しいイメージ を取り入れたりするように見 によると,フォロワーは前もって特定の関係を示   える。リーダーが良いイメージを築き,それを大 してくれるようなリーダーを求めているらしいと  衆に伝えることに成功する程,彼はフォロワーに いう。フォロワーの人間関係は,リーダーの選択  対し自らの考えや政策について支持を得ることが やリーダーとの関係にそのまま影響する。フォロ  でき,自分のリーダーシップに対する新たなフォ ワーが,概して自分たちが他と対抗したり競合し  ロワーを獲得(動員)することさえもできるよう ているとみなす場合には,強いリーダーと結びつ   になるのである。

こうとし,逆に協調しようとしているのであれば,

対等なリーダーを求めるであろう。また,依存し

参照

関連したドキュメント

ているためである。 このことを説明するため、 【図 1-1-8】に一般的なソフトウェア・システム開発プロセス を示した。なお、

たかもしれない」とジョークでかわし,結果的 りこめたシーンである。 ゴアは,答えに窮する

供することを任務とすべきであろ㌔そして,ウェイトの選択は,例えば政治

る、関与していることに伴う、または関与することとなる重大なリスクがある、と合理的に 判断される者を特定したリストを指します 51 。Entity

第四。政治上の民本主義。自己が自己を統治することは、すべての人の権利である

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

私たちは、行政や企業だけではできない新しい価値観にもとづいた行動や新しい社会的取り

結果は表 2