重症化した日本紅斑熱の 1 例
―本邦 2 例目の死亡例―
1)
近森病院消化器内科,
2)高知県衛生研究所
和田桂代子
1)栄枝 弘司
1)青野 礼
1)千屋 誠造
2)(平成 19 年 1 月 5 日受付)
(平成 19 年 11 月 12 日受理)
Key words : Japanease spotted fever, Rickettsia japonica, multiple organ failure
序 文
日本紅斑熱は,紅斑熱群リケッチア症の 1 つで,1984 年に馬原
1)らにより初めて報告された.主に温暖な太 平洋岸に発生が確認されており,高熱・紅斑・刺し口 を主徴とする疾患で,好発地域の医療関係者以外は症 例を経験することが極めて稀であるため認知度が低 く,診断と治療が遅れがちである.当科では日本紅斑 熱を 4 例経験し,そのうち 1 例は発症後重症化してか ら医療機関を受診したため,多臓器不全にて死亡した.
この症例は,血液からの病原体検出(以下血液検査)
にて確認した日本紅斑熱による死亡例としては本邦 2 例目であり,その経過を報告する.
症 例
患者:77 歳,女性(高知県室戸市在住).
既往歴:生来健康な女性,基礎疾患なし.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:数日前より発熱・全身倦怠感あり.2004 年 7 月 19 日より 38.2℃ の発熱を認めたために 7 月 20 日近医を受診.血圧 74! 35mmHg と低く,全身に淡 い紅斑を認め入院.補液・昇圧剤・抗生剤(塩酸ミノ サイクリン)を投与するも翌日には無尿となり,意識 障害をきたして不穏状態となったため当院へ救急搬送 される.
現症:血圧 108! 60mmHg(昇圧剤投与中),脈拍 127! min,体温 36.0℃,意識は JCSII-20 で不穏状態.
眼球結膜は軽度の黄染を認めるも貧血なし.胸腹部に 異常所見なし.リンパ節の腫大なし.軽度の下腿浮腫 あり.皮膚の紅斑は薄くなっており目立たなかったが,
左大腿後面に刺し口を認めた(Fig. 1).
入院時検査所見:WBC 23,200! µL,CRP 24.6mg!
dL と著明な炎症反応の上昇を認め,plt 3.8×10
4! µL と低下し,凝固系は PT 85.5%,FDP 29.8µg! mL,D- dimer 29.6µg! mL,ATIII 30% で DIC score は 7 点,
GOT 174IU ! mL,GPT 86IU ! mL,T-Bil 3.5mg ! dL,
ALP 821IU! mL,γGTP 352IU! L,Cre 4.4mg! dL,
BUN 53.9mg! dL と肝障害および腎障害も認めた.
Room air での血液ガス分析では PH 7.354,PCO
218.3 mmHg,PO
270.5mmHg,BE-14.0mmol ! L と代謝性ア シドーシスの呼吸性代償が認められた(Table 1).一 般細菌の血液培養は陰性であった.胸腹部単純 CT で は肝臓の軽度腫大と辺縁の鈍化がみられるも脾腫や胸 水・腹水・肺炎などの所見は認められなかった.後日 判明した可溶性 IL-2 レセプター抗体は 16,800U ! mL と著明に上昇していた.
経過(Fig. 2):発熱・紅斑・刺し口が認められる ことより日本紅斑熱を疑い Rickettsia japonica の抗体 検査および培養分離を行い治療を開始した.第 1 病日
(7 月 21 日)の 18:30 に救急搬送され,以後死亡する までノルエピネフリンは大量に使用した.DIC に対 し FOY(Gabexate mesilate)1,500mg! 日と ATIII 製剤を投与,抗生剤は塩酸ミノサイクリン(MINO)
と塩酸シプロフロキサシン(CPFX)を投与し,日本 紅斑熱以外の感染症の合併も否定できなかったためパ ニペネム(PAPM! BP)も併用した.血液透析も行っ たが血圧を保つことができずに 2 時間で中止.第 2 病 日(7 月 22 日)は CHDF(持続的血液透析濾過法)を 行ったがやはり血圧を保つことができずに 2 時間で中 止した.メチルプレドニゾロン 500mg も投与.炎症 反応は WBC 22,700! µL,CRP 23.4mg! dL と改善せず 昏睡状態で全身状態・DIC ともに悪化傾向であった.
同日の夕方には呼吸状態が悪化したため気管内挿管を 施行し人工呼吸管理としたが,第 3 病日(7 月 23 日)
症 例
別刷請求先:(〒780―8522)高知市大川筋 1 丁目 1―16
近森病院消化器内科 栄枝 弘司
Tabl e 1. Labor at ol y f i ndi ngs and Ser ol ogi c al t es t on admi s s i on ( J ul y, 21, 2004) Coagul at i on t es t
Bl ood anal ys i s
% 85. 5 PT
/ μ L 384×10
4RBC
mg/dL 184. 6 Fi b
g/dl 11. 4 Hb
μ g/mL 29. 8 FDP
% 33. 6 Ht
μ g/mL 29. 6 D- di mer / μ L
3. 8×10
4Pl t
% 30 ATI I I
/ μ L 23, 200 WBC
Gas anal ys i s ( Room ai r ) Bl ood c hemi s ur y
7. 345 pH
I U/L 991 CPK
mmHg 18. 3 PCO2
I U/L 603 LDH
mmHg 70. 5 PO
2I U/L 174 GOT
mmol /L
- 14. 0 BE
I U/L 86 GPT
mg/dL 3. 5 T- Bi l
Ser ol ogi c al t es t mg/dL
2. 4 D- Bi l
Ant i - Ri c k e t t s i a j a po ni c a ant i body I gM (- ) I U/L
821 ALP
I gGxs (- ) I U/L
352 γ GTP
Ant i - Or i e nt a t s ut s uga mus hi ant i body I gM (- ) I U/L
173 ChE
I gG (- ) mg/dL
24. 6 CRP
mg/dL 53. 9 BUN
Bl ool d c ul t ur e ( i s ol at i on) mg/dL
4. 4 Cr e
Ri c k e t t s i a j a po ni c a (+ ) mEq/L
134 T- c ho
mEq/L 134 Na
mEq/L 5. 3 K
mEq/L 102 Cl
mg/dL 65 BS
g/dL 5. 7 TP
g/dL 3. 0 Al b
U/mL 16, 800 Sol ubl eI L- 2 r ec ept or Ab
午前 5:25 に死亡した.後日判明した Rickettsia japonica 抗体は IgM・IgG ともに 20 以下で陰性であったが,大 原綜合病院附属大原研究所の藤田博己先生に Rickett-
sia japonica の培養分離をして頂き,血液培養にて Rick-
ettsia japonica が分離され日本紅斑熱と診断した.
考 察
日本紅斑熱の病因は Rickettsia japonica で,野山に 入りリケッチア保有のマダニに刺咬されることによっ て媒介され感染する.1999 年に感染症法において「4 類感染症」となり届出が必要になってから報告が年々
増加している.主に温暖な太平洋岸に発生が確認され ており高知県は最多である.その中でも特に高知県の 室戸市周辺に発生が集中している.発生時期は 4〜11 月で初夏から秋にかけて多い.潜伏期は 2〜10 日で,
高熱(38.0℃ 以上の弛張熱で悪寒・戦慄を伴う)・紅 斑・刺 し 口 が 3 主 徴 で あ る
2)3)4).2〜3 日 で 手 足・手 掌・顔面に米粒大から小豆大の辺縁が不正形の紅斑が 多発し,すみやかに体幹に広がる.同じリケッチア感 染症であるツツガムシ病では手掌に紅斑を認めること は少なく,日本紅斑熱に特徴的である.掻痒はない.3〜
Fi g 1. ( J ul y 23, 2004)
Ski n f i ndi ngs of t he pat i ent . A s mal l es c her i n t he bac k of Lt . f emur wi t h er uput i on wer e obs er ved. Rt . Fi g was
expans i on.
4 日ごろに出血性変化をきたし 7〜10 日でピークとな り,2 週間ほどで消退する.刺し口はつつがむし病の それより小ぶりで,中心部の黒色痂皮も小さいところ から自覚していないことも多いが,臨床的な決め手と なるので全身くまなく観察する必要がある.マダニは 人の手足に付着し,体幹の皮膚の柔らかな部分を好ん で刺咬するため刺し口は腹部・足・背中・手・肩の順 にみられるが,時に頭皮・臀部・陰部・腋窩などにも みられる.リンパ節腫脹は稀にみられる.つつがむし 病は刺し口の所属リンパ節が著明に腫脹して圧痛を認 めるが他の表在リンパ節も腫脹し,肝脾腫も認め日本 紅斑熱との鑑別事項となる
5)6)7).他に肝障害,炎症反 応の上昇なども高率にみられる.合併症は脳脊髄炎・
肺炎などがあり,DIC・多臓器不全を合併し死亡する 例
8)も報告されている.確定診断は Rickettsia japonica を抗原としたペア血清の抗体価を IFA 法(間接蛍光 抗体法)や IPA 法(間接免疫ペルオキシダーゼ法)で 測定する.他に PCR 法
9)や培養より Rickettsia japonica を分離する方法もある.しかしながら保険適応の検査 はなく,特異抗体の診断については保健所か各県の衛 生研究所に依頼しなければならない.早期に診断し,
テトラサイクリン系抗生剤を投与すると予後は良好で 容易に治癒する.重症化した場合はニューキノロン系 抗生剤との併用が有用であり
10),重症例は過剰なリン パ球の活性化状態にあるためこれを是正するために短 期間の methylprednisolone 投与も有用であると報告 されている
11)12)13).しかし,適切な治療が行われなかっ
た場合には急速に重症化するため,日本紅斑熱が疑わ れたら確定診断をまたずに治療を開始しなければなら ない.日本紅斑熱による初めての死亡例は 2002 年に 児玉らが報告
8)している.淡路島在住の 72 歳の男性で,
痙攣,意識障害,呼吸不全,DIC などの多臓器不全 にて死亡している.特異抗体は陰性であったが,PCR
法により Rickettsia japonica を検出し確定診断された.
また児玉ら
8)は日本紅斑熱 28 例について DIC あるい は organopathy の合併を重症と定義して重症化要因 を検討し,重症化例は発病後治療までに 6 日以上要し たものに有意に多く,診断治療の遅れが主要な要因で あり,重症化例では非重症化例に比して血小板数が少 なく WBC,CRP,可溶性 IL-2 レセプター抗体が有意 に高値であり,とくに多臓器不全をきたした症例では 可溶性 IL-2 レセプター抗体が 10,000U! mL 以上を示 しており,可溶性 IL-2 レセプター抗体 10,000U! mL 以上は予後不良のマーカーになりうるとしている.本 症例も血小板 3.8×10
4! µL と低下し,WBC・CRP の 著増,可溶性 IL-2 レセプター抗体 16,800U! mL と高 値を示していた.本症例は血液検査にて確認した日本 紅斑熱による死亡例としては本邦 2 例目である.また,
血液検査では確認されていないが馬原らも臨床的に日 本紅斑熱と思われる死亡例を 1 例報告
14)しており,適 切な治療がなされないと死に至る危険性がある疾患と の認識が必要である.
日本紅斑熱は感染症法において「4 類感染症」に分 類されており,症状や所見から本疾患が疑われ,かつ,
Fi g 2. Pr ogr es s on admi s s i on. Tr eat ment i nc l ude on mi noc yc l i ne, c i pr of l oxai n, gabexat e mes i
l at e ( 1, 500mg/day) , met hyl pr edni s ol one ( 500mg/day) , hemodi al ys i s and mec hani c al
vent i l at i on. I n s pi t e of t he avobe t r eat ment , s he di ed 3r d day af t er admi s s i on of l oc al hos pi t al .
いずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断が なされたものは,ただちに最寄りの保健所に届け出な ければならない.しかし本疾患は好発地域の医療関係 者以外は症例を経験することが極めて稀であるため認 知度が低く,診断と治療が遅れがちである.高熱・紅 斑のみられる患者では本疾患を疑い,野山や畑への立 ち入りの活動歴や本症発生地域への旅行歴の問診,マ ダニによる刺し口を見つけることが確定診断のポイン トである.そして,本疾患が疑われた時には確定診断 を待たずにテトラサイクリン系抗生剤を投与すること が重要であり,重症例ではニューキノロン系抗生剤と の併用が有用で,ステロイドの短期投与も考慮するべ きである.
本症例報告の要旨は,第 79 回感染症学会総会(2005 年 4 月 名古屋市)にて発表した.本症例の御紹介・
助言をいただいた室戸病院 船戸豊彦先生,北村嘉男 先生,高知県衛生研究所千屋誠造先生ならびに Rickett-
sia japonica の培養分離をして頂いた大原綜合病院附属
大原研究所の藤田博己先生に深謝いたします.
文 献
1
)馬原文彦,古賀敬一,沢田誠三,谷口哲三,重 見文雄,須藤恒久,他:わが国初の紅斑熱リケッ チア感染症.感染症誌 1985;59:1165―72.
2
)千屋誠造,永安聖二,小松照子,大野賢次,上 岡 英 和:高 知 県 に お け る 日 本 紅 斑 熱 の 発 生 状 況:64 症例についての臨床的疫学的検討(1995−
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3
)Fumihiko M:Japaniase spotted fever report of 31 cases and review of literature. Emerging In- fection Disease 1997;3:105―11.
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熱の臨床と病理.病理と臨床 2003;21 臨時増
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5
)高垣謙二:リケッチア感染症(日本紅斑熱とツ ツガムシ病).日皮会誌 2004;114:2337―238.
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)本田えり子,谷岡未樹,本田哲也,高垣謙二,佐々 木 彰,豊 嶋 浩 之,他:日 本 紅 斑 熱 の 9 例 DIC と多臓器不全を合併し,集中治療室での全身管 理を必要とした 3 症例を含む.臨皮 2003;57:
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14
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年 5 月に発生した集団感染事例.第 79 回感染症
学会総会.2005.名古屋.
Fulminant Japanease Spotted Fever
―The Second Fatal Case in Japan―
Kayoko WADA
1), Hiroshi SAKAEDA
1), Rei AONO
1)& Seizou CHIYA
2)1)