は じ め に
これまでの中小企業に対する諸研究者の視点に対して,筆者が疑問を感じ てきたのは,「一括して」中小企業への様々な視点があるとされたことであ る。ところがよくみると次の3つの視点に区分し,再整理することが可能で ある。
すなわち,①「中小企業専門理論化以前のフェーズにおける諸研究」(専 門理論化以前の諸研究)と②「準中小企業理論的フェーズにおける諸研究」
(「準中小企業理論研究」)そして③「中小企業論フェーズにおける諸研究」
中小企業への新しい視点を 求めて(その4)
―― 米国における中小企業論フェーズにおける諸研究 ――
川 上 義 明
目次 はじめに
1.市場の独占に対する対抗勢力=小企業という視点 2.保護・育成されるべき企業=小企業という視点 3.経済を活気づける企業=小企業という視点
4.大企業とは差別的地位にある企業=小企業という視点
5.バイタル・マジョリティ(活力ある多数派)=小企業という視点 6.イノベーションを創出する企業=小企業という視点
7.フレキシブルな専門化企業=小企業という視点 むすび
−205−
( 1 )
における視点である。
①については,筆者がすでに整理しているごとく1),そのフェーズの諸研 究者が中小企業に対して,直接,一定の視点を持つのではなく,各研究者の 文脈や立論からすれば中小企業に対してどのような視点を持っているという ことになるかということである。
②の場合も,筆者がすでに整理しているごとく2),直接,中小企業そのも のを研究しているわけではないのだが,一国経済や産業組織を明らかにする 上で,諸研究者は中小企業そのものを規定し,その存立条件などかなり詳細 に検討し,中小企業に対して一定の視点を持っている。
③の場合,すなわち中小企業を,直接,対象とする諸研究においては,各 研究者はどのような視点を提示するのだろうか。日本および英国の研究者の 見方,視点について筆者はすでに別稿で検討しているので3),小稿では海外 のうちでも米国の「小企業」4)研究者の視点について検討することにしよう。
1.市場の独占に対する対抗勢力=小企業という視点
! 米国における市場の独占と独占禁止政策
米国では1800年代半ば以前においては,例えばチャンドラー(Alfred D.
Chandler, Jr.)が指摘したように,小企業が典型的な企業であった5)。
そうした背景の下,経済システムに関する伝統的な考え方が確立した。
1) 川上義明[2005年c]。 2) 川上義明[2005年d]。
3) 川上義明[2004年],[2005年a],[2005年b],[2005年e]。
4) 小稿では,「small business」,「small firm」「small enterprise」「small business enter- prise」といった用語は(「Small Business Act」が「中小企業法」と「Small Business
Administration」が「中小企業庁」と慣用的に訳される場合を除いて),すべて「小
企業」としている。というのも,「中小企業」という用語が国際的に定着しつつあ るとはいえ,なお「中小企業」と「小企業」は,概念としては,前稿(川上義明
[2005年e])の付図1のように整理することができるからである。
5) Chandler [1977], pp.13‐14.邦訳書(上),25〜26ページ。
−206−
( 2 )
すなわち,建国(1776年)から南北戦争(1861〜65年)間には自由競争に よってのみ,市場,ビジネスへの自由な参入,個人の創意や個々の判断を表 明し発展させる機会が確保されると考えられた。この段階では自由放任
(laissez-faire)体制を崩壊させる寡占や独占はほとんどあるいはまったくみ られなかった6)。
ところが,その後多数の大企業の出現をみることとなった。
19世紀も半ば以降,南北戦争(1861〜65年)から第一次大戦(1914〜18年)
の時期になると大企業が幾何級数的に成長してきた。そして,市場に対する 寡占ないしは独占という現象がみられるようになった7)。
よく知られるように,取引制限につながる企業結合を抑制すべく,1890年 には「シャーマン法」(Sherman Anti-trust Act)が制定され,さらにこのシャー マン法をより明確化し,大企業に対抗すべく団結した諸勢力を強化するため に,1914年にはクレイトン法(Clayton Act)が制定された。
むろん,その間,小企業は消滅したのではない。後述するが,ブラック フォード(Mansel G. Blackford)もいうように,「大企業の無視したニッチ 市場を開拓することで,また大企業のために中間財の供給者になることで,
小企業は米国のいくつかの産業分野で存続してきた」8)。大企業時代における 小企業である。
それ以来,多くの独占禁止政策が実施された。とはいえ,独占は消滅する ことはなかった。
! 競争市場復活の提案
米国では,ありとあらゆる小企業が経済的非合理性を持ったものとみなさ
6) Chase [1973], p.6.邦訳書,12ページ。
7) Chase [1973], p.6.邦訳書,13ページ。
8) Blackford [1991], p.xiii邦訳書,4ページ。訳文は,必ずしも邦訳書のとおりには していない。以下,同じ。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −207−
( 3 )
れたのではない。瀧澤菊太郎教授もかつて指摘しているが,むしろ小企業を 経済発展の原動力となる企業,その意味での経済的合理性を持つ企業と考え,
小企業の保護・育成が積極的に主張された。すぐ上でもみたとおり,「一九 世紀末以降における米国での経済の成長・発展に伴う経済力集中,およびそ れに起因する〔市場の〕独占の弊害の発生」を歴史的な背景としていた9)。
実際,1929年の「暗黒の木曜日」に端を発した大恐慌後の1930年代前半に 小企業の経営破綻(はたん)が激増した。
米国経済の救済を試みたルーズベルト(Franklin D. Roosevelt)大統領(在 任期間は1933〜45年)によって1938年に「臨時国家経済委員会」(TNEC : Tem- porary National Economic Committee)が設置された。同委員会は,米国にお ける経済力集中が自由競争経済システムを危機に陥れているとして,1941年 に43冊の報告書と31冊の公聴会記録を公表した。その17巻目の報告書,『小 企業問題』(Problems of Small Business)では,第1部で小企業の倒産問題が 取り上げられている10)。
その中でまず第1に取り上げられたのが独占の進展であった。そこでは,
独占の弊害を除去するためには,独占禁止政策(反トラスト法の強化)だけ では不十分で,競争市場の復活が提案された11)。つまりは,市場の独占に対 する対抗勢力として,市場に競争をもたらす企業群として,小企業を重視し 育成する必要があるという主張が生まれたのである。「市場独占に対する対 抗勢力=小企業」という視点である。
9) 瀧澤菊太郎[1963年],58〜59ページ。〔 〕内は筆者による。
10) 加藤誠一・小林靖雄・瀧澤菊太郎[1970年],「欧文文献紹介」,3〜4ページに よる。
11) 末松玄六[1953年a],1953年,101ページ。
−208−
( 4 )
2.保護・育成されるべき企業=小企業という視点
! カプランの問題設定
前稿で検討したように12),マーシャル(Alfred Marshall)の立論において は「森の木の比喩」「若木成長論」とみてとれるように,小企業の成長は否 定されていなかった。当時は経済力の集中がさほど進んでおらず,市場の独 占による弊害もそれほど目立っていなかった。したがって,小企業は保護・
育成の対象とはみられなかったといってよいであろう。
ところが,大恐慌後の1930年代以降になると,シュタインドル(Joseph Stein-
dl)が強調したように13),小企業から大企業へ成長する企業が少なくなり,
逆に小企業の淘汰・駆逐が進んだ。
その時から戦後にかけて「小企業」はどのように研究されたのであろうか。
ここでは,米国のカプラン(Abraham D. H. Kaplan)の所説を取り上げ,
検討してみよう。
さて,カプランの『スモール・ビジネス』14)が出されたのは,戦後の1948 年のことである。考察の対象は,第二次世界大戦をはさんだ時期の「小企業」
(small business, small firm, small enterprise)15)である。
12) 川上義明[2005年c]。
13) Steindl [1945]。川上義明[1995年e],95〜96ページ。
14) 本書は,カプラン自身が「序文」で述べているように,米国CED(The Commit- tee for Economic Development)のSpecial Committee on Small Businessの研究に負う ところが大きい。(なお,CEDは戦後,高度の雇用を維持するためには組織的な研 究が必要であると痛感した実業家たちによって1942年8月に設立された。その活 動の結果は,American Industry Looks Ahead, August, 1945,に載せられている ―― 末松玄六[1953年c],57〜58ページによる。)というのも,本書がCEDの研究計 画の1つをなしていたからである。この点については,末松玄六[1953年b],1 ページおよび末松玄六[1953年c],57ページを参照。
15) カプランのこの「小企業」(small business,small firm,small enterprise)という概 念も他の欧米の研究者によくみられるように,「中企業」は,もしあるとしても「小 企業」の中には含まれていない。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −209−
( 5 )
戦前の段階における小企業にはTNECの公聴会や報告書などから分かる とおり,1930年代の不況をもろに被り,悲惨な結果がもたらされていた16)。
さらに,カプランがみるところ,戦中になると小企業は「全面的臨戦経済 体制への変化の中で,最初の犠牲者(casualty)の1人であった」。戦争遂行 のためには,「兵器生産のための必需品を徴集することや,生産財・消費財 の配置とプライオリティを打ち立てること,多くの小企業所有経営者を軍事 サービスに徴集すること」などが必要であるとされた。したがって,こうし た戦中の方策によって,数千の小企業が節減ないしは排除された17)。小企業 は,1941年から1943年末の間に6分の1にまで減少した18)。
戦後になると,小企業への関心は,経済復興と雇用の吸収に置かれるよう になった。当時をみて,カプランは言う。「小企業は,戦時の困難さを風化 させたかにみえた」し,「多くの零細企業(smaller firms)は,戦争末期の高 水準の仕事量と利潤を得,企業数は,商務省の見積りによれば,1943年末の 280万から1946年中ごろには350万社に増加した」19)と。
「今のところ,状況はバラ色である」。「1930年代における小企業の歴史を 曇らせたような金融上の厳しさの兆候はたいしたことはない」。とはいえ,
長期的に小企業が米国経済の牽引力(pull)になれるのかということになる とはとても言えない20)。とこのように当時の小企業をカプランはみるのであ る。
16) Kaplan [1948], p.1.
17) Kaplan [1948], p.2.
18) Kaplan [1948], p.2.
19) Kaplan [1948], p.2.
20) Kaplan [1948], p.3.
−210−
( 6 )
! 小企業の定義
a.「定量的規定」(量的規定)と「定性的規定」(質的規定)
どのような企業を「(中)小企業」と規定しているかをみることによって,
その研究者が(中)小企業に対してどのような視点を持っているかについて 手掛かりが得られるであろう。では,カプランはどのような企業を「小企業」
とみたのであろうか。
企業一般の中から小企業と大企業をどこで区分するかは,簡単なようで,
じつは小企業研究の中で最も困難な問題である。
カプランにおいてもその例外ではない。曰く。「あらゆる企業に大と小を 区別する数学的境界線を引くことは不可能である」21)と。
さて,カプランは,米国商務省やそのほか様々な政府部局の統計調査にお いて用いられている定義を検討する22)。
これらの定義は,いずれも「定量的規定」(量的規定)である。
カプランは小企業を規定する場合には,この「定量的規定」(量的規定)
だけでは不十分であり,これに加えて「定性的規定」(質的規定)が必要に なると考える。下院・上院小企業委員会(Senate and House Small Business Committee)や連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission),独占禁止 局(Anti-Trust Division)などの小企業に関する規定を検討し,「企業が小で あるか,大であるかの結論は,その企業が操業している分野の特性(charac-
ter)によって条件付けられねばならない」23)とする。加えて,企業の「組織
特性」(独立性や所有の状況)およびマネジメントの状況や財務上の特性と,
その他,市場シェア・競争条件が加味されなければならないとする24)。
21) Kaplan [1948], p.10.
22) Kaplan [1948], pp.10-16.
23) Kaplan [1948], p.16.
24) Kaplan [1948], pp.17-21.
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −211−
( 7 )
b.「合成的定義」
カプランはこうして,これら「定量的規定」(量的規定)と「定性的規定」
(質的規定)からなる定義,すなわち「合成的定義」(composite definition)
を提示する25)。
小企業とは,以下で規定される企業である。
①規模
事業規模100万ドル以下,総資産50万ドル以下,従業員数250人以下の企 業。
②経営管理(マネジメント)
「小企業」は,法人化されていようがいまいが,直接,所有者すなわち 経営管理者(manager)の監督の下で単一の独立した組織からなるタイプ の企業(と運命づけられるべき)である。
③財務
小企業における投下資本(equity capital)は,所有経営者の内輪の集団
(inner circle)で保有される。小企業は,普通,資本を公開市場から調達 しない。
④事業分野
輸出入を行っている企業といった例外はあるが,小企業は典型的には,
その性格において地方的(local)である。所有(者)や製品,労働者,顧 客といった点でその地域(home locality)と結びついている。小企業は,
普通,居住するコミュニティの成長と安定に直接結びついている。
この「合成的定義」に合う米国企業は95%に上り,非農業企業の従業員 数の約半分を雇用している26)。このように小企業は数が多い。当時の米国 でも多様な存在とみることができるであろう。
25) Kaplan [1948], pp.21-22.
26) Kaplan [1948], p.22.
−212−
( 8 )
! 小企業の意義と役割
カプランの問題意識は,経済における小企業の役割は何か,ことに戦後の 雇用と繁栄にどのようにその役割を果たしているか27),ということであった。
そうした点について以下みてみよう。
①小企業の社会的意義
社会的に小企業は,「民主主義のバックボーン」28)であり,「社会的政治 的安定装置」(stabilizer)である29)。
②自己実現の手段としての小企業
さらに特徴的だといってよいのは,小企業が自己実現の手段であるとみ られていることである。「小企業の所有者となることは,より優れた能力 や適切な財務リソース(資金)を持つ人々にとって,彼らの才能や企業心 の表現手段(outlet)を満足させる」。「小企業はまた個性や教育,その他 個人的な経歴といった事情から,既存の企業への雇用機会を見出せない 人々」30)に選択の1つを与えるのである。
③市場独占の対抗力としての小企業
当時の経済力の特定の企業への集中という経済的背景の下で,独占の拮 抗力としての小企業の役割がある。小企業は「既成企業を用心深い競争と 効率増進に駆り立てながら,新規投資と新しいアイデアで産業を活性化す る。小企業は,消費者に開かれた競争的市場の利益を保つ助けとなる」31)。
④大企業の協力者
小企業と大企業を敵対的に対置・措定し得るのではなくて,逆にその間 の言わば協調的な関係がみられる。というのも,「大企業のビジネス・チャ
27) Kaplan [1948], p.1.
28) Kaplan [1948], p.1.
29) Kaplan [1948], p.3.
30) Kaplan [1948], p.4.
31) Kaplan [1948], p.6.
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −213−
( 9 )
ンスが多くの小企業に依存」32)しつづけるであろうからである。
⑤小企業の雇用に果たす役割
大量生産(体制)経済下においても,独立した小企業が,多彩な管理者 と従業員を雇用する役割を果たしている33)。
! 小企業に対する政策
小企業が,一国経済にとって意義・役割を持たないのであれば,消滅に任 せるしかない。ところが,小企業が,上のような意義・役割を持ち,かつ誕 生するのに問題があり,成長が阻害される要因があるのであれば,小企業を 保護・育成する必要が国家には生じるであろう。
かつて,瀧澤菊太郎教授は,当時「小企業保護・育成論」が生まれ,政府 の見解のみならず研究者のほとんどに共通する見解になったと述べている35)。 その1人がカプランであった。
カプランはこの点について,次のように示唆する。
次世代の最もよい才能を持つような人々が自営と企業所有に進んでいく。
小企業は,勇気や多芸,想像(力)を持つ人々の能力に対して完全にその役 割を果たしている。したがって,もしそうしたことに対して障害となるもの があれば,小企業を参入させるべく,信用を自由化し,小企業により負担と ならないよう課税し,小企業のガイダンスのために公的,私的サービスを促 進する必要があるだろうと36)。
小企業の分野には多くのものが参入したがっている。実際,小企業がきの このようにどんどん生まれている。「新規ベンチャーのまさにその数は小企
32) Kaplan [1948], p.4.
33) Kaplan [1948], p.6.
34) Kaplan [1948], p.7.
35) 瀧澤菊太郎[1963年],60ページ。
36) Kaplan [1948], p.7.
−214−
( 10 )
業の将来を思い浮かべることにおいて他の〔ものの〕関心事である」37)。 大きな望みを持つ,新規参入者に「濡れた毛布(wet blanket)を投げ掛け ることがあってはならない」38)(補注)。
(補注)「濡れた毛布」とは「座を白けさせる人や物」のことである。つまり,せっ かく火がついて燃え始めようとしている時に濡れた毛布を掛けてその火を消 してはならない。
かくて,カプランは小企業に対する様々な政策プログラムが必要になると するのである39)。
! カプランの視点
以上のように,戦中の経済的混乱の後,小企業の復興をカプランはみ,小 企業がどのような意義・役割を持つのか,検討している。けだし,小企業が 一定の意義・役割を持たないのであれば,小企業を保護し,育成するという 根拠を失うことになるからである。
カプランは米国経済・社会にとって小企業が一定の意義を持ち,役割を果 たしていること,もう少し言えば,小企業の誕生,成長が戦後の米国の経済 的繁栄と雇用の安定のために必要であるということを根拠に「保護・育成さ れるべき企業=小企業」という視点の下,小企業を研究しているといってよ いであろう40)。
尤も,小企業の保護・育成とはいっても,あらゆる小企業を保護・育成す べきであるといっているのではあるまい。この点については,瀧澤菊太郎教
37) Kaplan [1948], p.8.〔 〕内は筆者による。
38) Kaplan [1948], p.9.
39) Kaplan [1948], p.22.
40) 末松玄六教授もかつて同様の趣旨のことを言っている。以下を参照。末松玄六
[1953年a],4ページ。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −215−
( 11 )
授もかつて指摘したように,「能率が低く経営内容の劣悪な『小企業』を保 護・育成することは,経済の発展と国民の福祉にとって,かえってマイナス である」。また,「『小企業』の保護・育成についても『小企業』に特権を与 えたり」41),とくに手厚い保護・育成策をとるべきではない。
先に,市場の独占に対する拮抗力としてカプランが小企業をみている様子 を描いたが,大企業と平等な条件において対等に競争できる範囲内での小企 業の保護・育成策をとるべきであるということになるだろう。
3.経済を活気づける企業=小企業という視点
戦後になって,トルーマン(Harry S. Truman)大統領(在任期間は1945〜
53年)が米国国会あてに提出した「小企業対策」に関する教書を経て,1953 年に「中小企業法」(Small Business Act)が制定され「中小企業庁」(Small Business Administration)が設立された。
その教書,曰く。「中小・独立企業は雇用量を増大し,将来の経済発展に 不可欠な競争を刺激し,かつ,政治経済の自由を確保するに当たって,主役 を演じている」。「小企業こそ,有効な競争のために,必要なものである。競 争は効率の刺激剤である」。小企業は,「競争を活気づけ,技術的進歩と経済 の発展を助長することによって重要な役割を演ずる」。「中小・独立企業の振 興こそ,独占に対する最も強力な武器であろう」と42)。
また,小企業法では,以下のように謳われている。
「米国経済システムにとって必要不可欠なものは自由競争である。完全な 自由競争によってのみ,自由市場やビジネスへの自由な参入,経済拡大の機 会,個人の独創力,個人の意思が保証され得る。そうした競争の維持と拡大
41) 瀧澤菊太郎[1963年],60ページ。
42) 細野孝一訳「附(一)アメリカ大統領のメッセージ(中小企業対策)」,末松玄 六編『海外の中小企業』,有斐閣,1953年,所収による。なお,旧字体は新字体に 直している。
−216−
( 12 )
は,経済的厚生に対してのみならず,この国の安全にとっても,基礎をなす。
そうした安全と厚生は,小企業の顕在的,潜在的能力が奨励され,開発され ない限りは,実現され得ない」(第2条)と(補注)。
(補注)なお,同法は小企業を下のように規定している(第3条(a)項の!)。“a small-business concern,……shall be deemed to be one which is independently owned and operated and which is not dominant in its field of operation”訳せば,
「小企業とは……独立して所有・経営され,かつその事業分野において支配的 ではないとみなされる企業である」と。
このように,「経済を活気づける企業=小企業」という視点が示されてい ることを知ることができる。
4.大企業とは差別的地位にある企業=小企業という視点
! ヴァターの問題意識
ヴァター(Harold G. Vatter)が『小企業と寡占』において,直接,研究対 象とするのは小企業ないしは「小企業問題」(small enterprise problem)43)で ある。
ヴァターがみるところ,小企業(small enterprise, small concern)への関心 が高まったのは,1930年代初めからの不況期であった44)。
すでに前々稿でわれわれも検討したけれども45),マーシャル(Alfred Mar-
shall)は大企業と小企業の競争関係を「若木成長論」「森の木の比喩」とし
て説いた。森の木のように,大規模で長期にわたって存立している企業もや がて成熟し,老衰期に達し,いつかより若い,小規模で,進歩的な企業に取っ て代わられるとみていた。ところが米国における現実はそうはならなかった。
43) ヴァターがいう小企業問題の中身は,能率,価格政策,企業主の機会,政府の 事業規制等々である ――Vatter [1955], p.100.邦訳書,220ページ。
44) Vatter [1955], p.1.邦訳書,1ページ。
45) 川上義明[2005年d]。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −217−
( 13 )
大企業=老木ではない。
それどころか,寡占市場が生まれ,したがって従来の純粋競争論や完全競 争論では,また「競争衰退論」や「競争維持論」でも小企業ないしは小企業 問題は扱えない状況が生まれた。そこで,「小生産者の問題〔=小企業問題〕
を特定の産業における寡占の発生・出現,支配と関連させてみる」46)という 研究方法をヴァターはとった。小企業を研究するに当たって,産業組織論的 アプローチをとったのである。
普通,産業組織論の場合,その産業市場がどのような企業よりなるのか(市 場構造),その結果各企業がどのような行動をとるのか(市場行動),そして それによっていかなる結果がもたらされるのか(市場成果)を研究し,さら にすすんではどのような公共政策が必要であるのか(あるいは必要ではない のか)インプリケーションがなされるであろう。
ところが,ヴァター自身,目下のところ自らの「関心は,何らかの解決策 ではなく,問題とその背景である」47)と考察の範囲を限定している。
! ヴァターの研究フレームワーク
では,ヴァターはどのようなフレームワークを構築するのだろうか。ヴァ ターは,寡占市場であったとしても,「売手が少数でかつ大規模であり,相 当なシェアを占めている市場」には関心を示さない48)。グループとして捉え た小企業とこれまたグループとして捉えた寡占大企業との競争上の関係を問 題にする。
①ある産業市場をヴァターは,寡占大企業グループからなるセグメント(分 節)と小企業グループからなるセグメント(分節)の2つからなるフレーム
46) Vatter [1955], p.3.邦訳書,6ページ。〔 〕内は筆者による。
47) Vatter [1955], p.9.邦訳書,19ページ。
48) Vatter [1955], p.106.邦訳書,231ページ。
−218−
( 14 )
ワークを構築する。
②もう少し言えば,「規模の上で寡占的中核企業とは多かれ少なかれ著し い差異のある小企業グループに取り囲まれた,寡占中核企業の存在する市 場」49)ということである。
③このセグメントを寡占大企業よりなるコアと小企業がそれを取り巻くフ リンジという見方もする。こうした関係をヴァターは支配的な少数〔の企業〕
と小企業周辺(ペリフェリー)との関係」とも表現する50)。
④その上,ヴァターは,以上の関係を「リーダー企業と弱小企業(lesser enterprise)との間のグループ間の関係」とも表現している51)(補注)。
(補注)言うまでもなく,こうした支配的な大企業とそれを取り巻く小企業フリ ンジの関係は,固定したままであるわけでない。事態は時間とともに変化す る。ヴァターは言う。「ある産業は発展し,停滞し,また衰退していくにつれ て」変化していくと。こうしたフレームワークにおいて,ヴァターは小企業 フリンジ側から分析を進めていくのである52)。
! 小企業の定義
以上のようなフレームワークからして,ヴァターの場合,例えば「従業員 数○○人以下」であるとか「売上高○○万ドル以下」といった絶対的な基準 で小企業を定義することはない。あくまでも「支配的寡占企業」との関連で 小企業は定義されることになる。ヴァターは,大企業と小企業を区分するの に,機能論的アプローチをとっている。「重要なのは小企業を大企業から分 ける正確な境界線ではなく,むしろ小企業と大企業の相対的な地位(posi- tion)である」53)と。
49) Vatter [1955], p.106.邦訳書,231ページ。
50) Vatter [1955], pp.3-4.邦訳書,7ページ。〔 〕内は筆者による。
51) Vatter [1955], p.4.邦訳書,8ページ。
52) Vatter [1955], p.4.邦訳書,8ページ。Vatter [1955], p.10.邦訳書,19ページ。
53) Vatter [1955], p.109.邦訳書,238ページ。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −219−
( 15 )
ヴァターがいう「小企業」とは,「多数の企業の中の1社であり,外的な 市場条件によって規制される企業である。そして外的市場条件を『管理する』
ことができない企業である。」54)(補注)
(補注)試論的ではあると断りながらも,ヴァターは小企業を次のように定義す る。
「1産業において,小企業とは総産出高または総生産能力のきわめてささい な比率を占める企業である」。この場合の「ささいな」(minor)とは,当該市 場における他の企業ないしは諸企業が,典型的にはその小企業の反応を顧慮 して一般的な市場行動を変えることはなく,あたかもその企業が市場に存在 していないかのように振舞うといったことを意味している。さらに,小企業 はきわめてささいな要素(factor)であるから,その企業の意思決定はライバ ル企業 ―― 少なくとも小規模なライバル企業 ―― に対して及ぼすその効果を 考慮しないでなされる。この意味では,小企業は独立企業である。すなわち,
小企業の活動は自律的である55)。
! 小企業の特徴
小企業に対してヴァターはこうした視点を持っているが,ケース・スタ ディから以下のような小企業の特徴を抽出する56)。
①小企業は,地方の原材料の供給源に強く依存しているという点で他の企 業とは区別されている。調達技術や調達経路の点でも制限されている(例え ば,バターや小麦粉)。
②小企業の単位当たり総生産費は高い。つまり,能率は劣る。小企業は,
技術的に劣った設備を持つ場合が多く,このことが一部には原価の高いこと の理由である(バター工業や小麦粉工業)。
③小企業は,特化した生産に限定され,(経営)資源が限られているため,
しばしばきわめて戦略的な販売機能を他の大企業に譲り渡さざるを得ない
54) Vatter [1955], p.2.邦訳書,3ページ。
55) Vatter [1955], p.6.邦訳書,12〜13ページ。
56) Vatter [1955], pp.109-111.邦訳書,239〜241ページ。
−220−
( 16 )
(例えば,バターや小麦粉)。
④外国と取引している産業では,小企業はこの取引に加わらないか,たと え加わるとしてもそのシェアは国内の場合よりも少い(例えば,小麦粉や自 動車)。
⑤販売促進が重要な競争要因である産業では,全国市場や地域市場が大企 業の販売努力により反応しやすいために,小企業はますます限られた市場領 域に向かわざるを得ない(例えばバター ―― 共同販売組織を除く ―― や小麦 粉)。
⑥小企業は,典型的には1企業1工場(バターや小麦粉,ガラス容器)で,
単一製品ないしは少数製品企業(ケース・スタディの4業種すべて)である。
⑦小企業は寡占企業よりも寿命が短い。小企業の死亡率は大企業よりも高 い(バターや小麦粉,ガラス容器)。大企業に買収されることもある。
⑧小企業は特殊な参入障壁に直面する(例えば,自動車やガラス容器)。
⑨小企業はしばしば従属企業である。すなわち,小企業は独自の意思決定 を下すその権限を大企業 ―― その中の何社かは競争相手であるといってよ い ―― に譲り渡す(4産業すべて)。
⑩普通,自社の行動がライバル企業に与える影響を考慮しないで行動する と言う意味では,小企業は独立企業である(バターや小麦粉,ガラス容器)。
⑪小企業は,典型的な産業市場の中のリーダーの中核が助成する安定化策 を現実的にまたは潜在的に破壊する(小麦粉やガラス容器)。非価格競争が 優勢な場合には,小企業は価格競争の主たる代表者である。例えば,プライ ス・リーダーシップ(制)がある場合には「指導される」のは小企業である。
⑫小企業は(長期的に,グループ全体としては)きわめて収益性の低い企 業である(小麦粉や自動車,ガラス容器)。
このように,ケース・スタディからヴァターは,全体として小企業の特徴 の要素となるものを,ないしは小企業概念をなす要素を指摘している。
中小企業への新しい視点を求めて(その4)(川上) −221−
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! 小企業は何故に生き延びるのか
筆者は先に寡占的中核と小企業フリンジの間には超えがたい断層があると いう視点をヴァターは持っていると指摘した。ところが,産業市場において は,寡占的中核が小企業フリンジを追い詰めていき,やがて小企業フリンジ が消滅されるものとは必ずしもみられていない。
では,ヴァターは寡占市場においてフリンジ企業(=小企業)は,どのよ うに生き延びると説くのであろうか。
①企業家の新規参入
寡占的中核企業グループとならんで小企業フリンジが維持されているこ とがある。この場合,多数の小企業が長年にわたって市場の一隅を占めて いる(すなわち小企業が「持久力」(staying power)を持っている)場合 もあるが,それよりも参入が容易であるがために企業数が保たれている。
すなわち,小企業の所有(者)が絶えず交替し,新規企業家が新規資本を もって参入し,工場施設を新設したり,既存の工場施設を引き継いだりす る場合である57)。
②市場の不完全性
市場の不完全性ということから小企業が生き延びることがある。小企業 の場合,都心部ですら労働組織は少なく,加えて小企業が立地することが 多い農村地域の低廉な労働(力)が使われている(例えば,製粉業の場合)
―― 労働市場における不完全性。このことは労働コストが安くて済むこと も意味する58)。立地や輸送上の要因によって起因する市場の不完全性も小 企業を一時的には保護する(例えば,石油工業)59)。
57) Vatter [1955], p.113.邦訳書,247ページ。
58) Vatter [1955], p.114.邦訳書,248ページ。
59) Vatter [1955], p.114.邦訳書,250ページ。
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③製品差別化の修正
小企業が製品差別化を図るべく,販売促進に小額のコストしかかけない で,全国的に公告・宣伝をする大企業に対抗して,その顧客を引きとめて おけるとは思われない60)。とはいえ,小企業は大企業がつぎ込むよりも1 単位当たりの販売促進費が少なくて済み,それが相対的に競争上の優位性 を得ることがある61)。この場合,小企業はある程度庇護された市場を手に 入れることができる。
④その他
そのほかに,寡占的企業グループが存在する産業市場では,$!あらゆる 小企業を排除しようとする競争上の強い欲望(compulsion)はない。安定 化が望まれるにしても,それは取るに足りない小企業フリンジはあっても なくても同じように達成されるからである。$"また,政治的な理由で,小 企業フリンジが維持されることもある62)。$#小企業フリンジがすでに取る に足りない市場勢力になっている場合には,もし小企業が過当競争をやめ るとしたら,リーダー企業がその存続を望みさえするであろう63)。
% ヴァターの視点
以上,検討したように,ヴァターは小企業を考察する際,これまでの理論 では不十分であるとして,産業組織論的アプローチを採用する。すなわち,
寡占的中核(=大企業)とそれを取り巻く小企業フリンジというフレームワー クにおいて小企業の観点から分析を進めている。ケース・スタディとして4 つの産業市場を取り上げ,結局寡占的中核(=大企業)と小企業フリンジと の間には越えがたい断層があるとみる。筆者がみるところ,ヴァターは「寡
60) Vatter [1955], pp.114-115.邦訳書,250ページ。
61) Vatter [1955], p.115.邦訳書,250ページ。
62) Vatter [1955], p.115.邦訳書,251ページ。
63) Vatter [1955], p.115.邦訳書,252ページ。
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占市場において中核(=大企業)と差別的地位にある企業(格差がある企 業)=小企業」という視点を提示する。
この視点の下,ヴァターは小企業(小企業が置かれた地位)の特徴と小企 業が生き延びる条件を提示したのである。
5.バイタル・マジョリティ(活力ある多数派)=小企業という視点
先に取り上げた,米国における中小企業庁設立20周年記念事業の1つとし て,論文集が出版されたのが,『ザ・バイタルマジョリティ』である。実務 家や研究者24人がそれぞれ小企業に関して執筆している。
とくに「バイタル・マジョリティ」というタイトルについては各執筆者 が論じたり概念づけは行っていないが,ただ当時の中小企業庁長官クレッペ
(Thomas S. Kleppe)は,「序文」で,「米国中小企業庁の設立に当たっての議 会の関心事は米国経済における小企業の,活力にあふれ(viable),ダイナミッ クで進歩的な役割(progressive role)の維持ということであった」64)と言って いる。
クレッペは別のところでは,「バイタル・マジョリティ」(活力ある多数 派)とは,合衆国の私企業数の95%を,雇用の51%を,GNPの43%以上を 占める「小企業」であるとはっきり言っている。そこで,米国中小企業庁は
「誇りを持つて『バイタル・マジョリティ』(活力ある多数派),すなわち小 企業に奉仕する」と書いている65)。
こうして,瀧澤菊太郎教授も指摘するように66),小企業を「独占の対抗勢 力」として「自由競争制度の大黒柱」になるという「大企業にはできない」
役割を担った企業(群)としている。小企業に対して「バイタル・マジョリ
64) Kleppe [1973], p.xiii.中小企業金融公庫訳,3ページ。
65) Kleppe [1973], p.xvi.中小企業金融公庫訳,6ページ。
66) 瀧澤菊太郎[1995年],13ページ。
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ティ」(活力ある多数派)という見方,視点を持っていることが指摘できよ う。
6.イノベーションを創出する企業=小企業という視点
米国では1970年代に中小企業に対して「イノベーションを創出する企業」
としての見方,視点が強まっていった。いま,その間の状況をみてみよう。
さて,米国では,従来連邦政府の外部研究開発費は大学や大企業における基 礎研究に向けられていた。しかし,1970年代に入り,米国の産業競争力が日 本などに比べて遅れをとりはじめたという事態に直面することとなり,製品 や事業に直接結びつく応用研究開発の促進が新たな国家的課題となった。こ うした実用化研究開発などを検討する中,連邦政府外の研究開発費のうち5
%強が中小企業により用いられていること,イノベーションの半分以上(55
%)が中小企業によって担われていること,博士号,修士号等を有する研究 開発能力の高い雇用者数のうち,3分の1程度が中小企業にいることが分か り注目を集めた67)。
すなわち,応用研究や実用化研究において中小企業が「イノベーションを 創出する企業」としての視点から研究されるようになったのである。
後に若干検討するけれども,ブラックフォードも現代米国において創出さ れたほとんどすべての雇用や技術革新は小企業によっているとしている68)。
大企業は小企業に比べて研究開発(R&D)にはるかに多くの資金を費や したが,以前と同様,小企業がイノベーションの活発な源泉(バイタル・ソー ス)となっていたのである69)(補注)。
67) 中小企業庁[1999年],14〜16ページ。
68) Blackford [1991], pp.xix-xx.邦訳書,12〜13ページ。
69) Blackford [1991], p.114.邦訳書,155ページ。
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(補注)1980年代初頭から半ばにかけて,大企業は米国で行われた企業の研究開 発費の95%を占めた。研究開発費が多い順に上位15社が総費用の約40%を占 めた。それにもかかわらず,小企業は小額の資本しか必要としない,高度に 特殊な知識を必要とする研究開発を行うことに優れていた。20世紀に小企業 は,エアゾル噴霧器,生合成インシュリン,ダブル・ニット生地,急速冷凍 食品,ファスナー,そしてコンピュータ・ソフトウェアといった様々な新製 品を登場させた70)。
こうした視点の下,中小企業向けに連邦政府資金の拠出を増やすことが望 ましいと考えられるようになり,カーター(James E. Carter)政権(1977年
〜81年)下の1977年,研究資金が不足しがちな研究開発型小企業向けに資金 を拠出し,イノベーションと商業化を促進する制度が導入された71)。
その後,レーガン(Ronald W. Reagan)政権(1981年〜89年)の下の1981 年,『米国中小企業白書』が初めて議会に報告され,その後の小企業政策の 柱の1つとなる「小企業技術革新制度」(SBIRプログラム:Small Business Innovation Research Program)が翌82年に創設された。
大量生産と規模の経済がなお作用している産業部門もあるけれども,小企 業が雇用とイノベーションを創出し,大企業による硬直的経済構造を変化さ せるという視点から捉えられた結果といえよう。
この考え方は,その後,「日本版SBIR制度」72)として日本の中小企業政策 においても取り入れられた。
70) Blackford [1991], p.114.邦訳書,155ページ。
71) 中小企業庁[1999年],16ページ。
72) 1998年12月11日,日本版SBIR制度が盛り込まれた「新事業創出促進法」が成
立,翌99年2月6日より施行された。なお,中小企業庁はSBIRプログラムが,
民間資金が還流しにくい研究開発シーズ段階あるいは研究開発初期段階の中小企 業やベンチャー企業への資金供給を行うことにより,広い領域における事業のス タートアップを支援する上で大きなインパクトを与えるとともに,事業家段階ま での効果的なインキュベーターとなっていることが伺える,と評価している ―― 中小企業庁[1999年],18〜19ページ。
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7.フレキシブルな専門化企業=小企業という視点
! ブラックフォードの問題意識
1970年代以降,米国において小企業(small business)の重要性が増してき た。そうした中,小企業に対する以上の視点とは若干異なった視点からの研 究が行われるようになってきた。その1つとして挙げてよいと思われるのが,
その著『アメリカ小企業経営史』で植民地時代から1990年代にいたるまでの 米国経済の発展における小企業の重要性を検証しようとしたブラックフォー ドである。
さて,米国では19世紀半ばから,大企業が出現してきた。とはいえ,前述 のように小企業は消滅することはなかった。「大企業の無視したニッチ市場 を開拓することで,さらには大企業のための中間財の供給者となることで,
小企業は米国における諸産業分野で存続してきた。」73)
ブラックフォードがみるところ,「第二次世界大戦期には小企業の運命は 不安定であった。その後の1950年代および1960年代は,ほとんどの小企業が 衰退した時期であった」。「小企業の復活の兆しは1970年代後半から1980年代 にみられた。とりわけ注目に値するのが,製造業における小企業の役割が増 加したことである。以前みられた大企業に対する相対的な低下とは対照的に,
小企業は米国製造出荷額に占める割合を,1976年から1986年の間に33%から 37%に増加させた。」74)
そのような重要性にもかかわらず,ごく最近まで小企業は大企業ほど研究 者たちの注目を浴びることはなかった75)。
ブラックフォードはこのように批判するに止まらず,すすんで大企業研究
73) Blackford [1991], p.xiii.邦訳書,4ページ。Blackford [2003], p.3も参照。
74) Blackford [1991], p.xiv.邦訳書,5ページ。
75) Blackford [1991], p.xi.邦訳書,1ページ。
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