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韓国人研究者フォーラム発表レジュメ

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Academic year: 2021

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「戦後日本のテレビ・ドキュメンタリーにおける在日コリアンの表象」

東京大学大学院学際情報学府博士課程 日本学術振興会特別研究員 丁 智恵 問題意識 戦後日本において、植民地主義の被害を受けた韓国人の存在は、長い間日本人に忘れ去られていた。米 国 GHQ によって与えられた歴史観・戦争観にはアジアの国々に対する視点がすっぽりと抜け落ちていた ためである。日本の植民地支配と帝国主義の結果日本に在住するようになった数十万の在日コリアンの存 在も、当時の日本にとっては関心の外に置かれていた。 本研究の出発点は、日本とかつての植民地朝鮮との間で起こった歴史、またその結果日本に定住するよ うになった在日コリアンという〈他者〉について、誰が何のために語ってきたのかを問うことにある。戦 後日本人は、何を記憶し、何を忘れ去ろうとしていたのか。日本人にとって「近代」とは何であり、〈他 者〉とは誰であったのか̶̶。 「公的な記憶」1から排除された在日コリアンの存在は、長い間大衆文化やマスメディアを含む広い領域 に「ヴァナキュラーな記憶」として現れてきた。そして「国家の記憶」と結びつく「公的な記憶」のゆら ぎや矛盾に対して、知識人やジャーナリストたちは拮抗し、鋭い視点でナショナル・ヒストリーを批判的 に読み直し、人々に大きな影響を与えてきた。本研究では、戦後の日本人に大きな影響を与えたテレビと いうメディアの中で、とくにドキュメンタリーに焦点を当てて論じるものとする。 研究目的(問い) ・戦後日本のテレビをはじめとするマスメディアにおいて、「国家の記憶」から排除されてきた在日コリ アンはどのように表象されてきたのか。 ・「国家の記憶」と結びつく「公的な記憶」のゆらぎや矛盾に対して知識人やジャーナリスト、映像制作 者たちはどのように拮抗してきたのか。 研究方法 1950 年代∼90 年代の半世紀を 3 つのフェーズ(第Ⅰ期:1950 年代∼60 年代、第Ⅱ期:1970 年代∼ 80 年代前半、第Ⅲ期:1980 年代後半∼90 年代)に区分し、それぞれの時代について、①アジアの政治 的・経済的・社会的な歴史の位相、②メディアやテレビ・ドキュメンタリーをめぐる手法・技術・組織の 変化の位相ついて考察し、さらに③その時代における韓国・朝鮮に関連する具体的な番組を 3∼4 つ抽出 し、番組の内容分析や作り手へのインタビューなどを通じて、イメージや制作者の思考の変化の位相を論 じることにより、ポスト植民地時代の韓国・朝鮮の表象の変遷を重層的・多面的に考察する。 なお、在日コリアンをめぐる表象は、それ単独で現れたのではなく、アジアの戦後補償問題や、帰還事 業、日韓国交正常化、金嬉老事件、その他さまざまな出来事や事件との con-text の中で論じられてきたの

1 Gluck, C., 2007, 梅崎透訳『歴史で考える』岩波書店,356—363 頁。

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で、関連する韓国や朝鮮をテーマにした番組についても考察の対象とした。 映像作品の分析においては NHK 放送文化研究所と東京大学大学院情報学環の共同研究に参加し、NHK アーカイブスが所蔵する膨大な放送資源(番組数 70 万、ニュース項目 490 万、その他未編集の資料映像や 台本など)を活用し、また日本国内の様々な映像アーカイブを活用して分析を行なった2 先行研究 梁仁實(2003)『戦後日本映画における「在日」女性像』 ̶̶̶(2004)『戦後日本の映像メディアにおける「在日」表象:日本映画とテレビ番組を中心に』 高柳俊男(1997)『映像にみる在日朝鮮人』 門間貴志(2010)『朝鮮人と中国人のステレオタイプはいかに形成されたか』 桜井均(2005)『テレビは戦争をどう描いてきたか̶映像と記憶のアーカイブス』岩波書店。 など。 *人びとの「ヴァナキュラーな記憶」に影響を与えてきたテレビ史研究の重要性と困難 表1 韓国・朝鮮関連テレビ・ドキュメンタリーのテーマの変遷 年代 テーマ(韓国・朝鮮に関連して主に描かれているもの) 50 年代 朝鮮戦争,在日朝鮮人の暮らし,北朝鮮への帰還事業など 60 年代 北朝鮮への帰還事業,金嬉老事件,密入国問題など 70 年代 韓国人被爆者,強制連行,浮島丸爆沈事件,韓国から引き揚げた日本人の話,在日コリアン のアイデンティティ・差別問題など 80 年代 韓国からの密入国者,様々な戦後補償問題(被爆者,「慰安婦」,BC 級戦犯など),在日コリア ンの差別,暮らしぶり,アイデンティティなど 90 年代 戦後補償問題全般,サハリン残留,在日一世の生き様,在日三世のアイデンティティなど 第Ⅰ期(1950 年代∼60 年代) 戦前・戦中からの連続性とゆらぎの中で ①「戦後日本」にとってのアジア ・敗戦によるGHQの占領下で「新生日本」が誕生したが、社会の諸制度は戦前や戦中からの連続性の上 に成立3 ・植民地主義の終焉が第二次世界大戦の戦後処理というかたちでもたらされ、思考様式における植民地主 義の解体はなされなかった4 →アジアに対する戦争責任や植民地責任の視点は抜け落ちていた。 ・当時の在日コリアンは、祖国分断の悲劇をうけ南と北の「祖国」に帰るか生活の基盤がある日本に戻る

2 また民放に関しては放送ライブラリー(所蔵点数:テレビ番組数約 9000 本、ラジオ番組 2500 本、ニュース映画 2700 項 目)、東京国立美術館フィルムセンター(映画フィルム約 5 万本)、記録映画保存センター(映画フィルム約 3000 本)、在日韓 人歴史資料館、日韓交流基金、川崎市市民ミュージアムなどの資料室を利用した。

3 Dower, J., W., 1993, Japan in War & Peace (=2010, 明田川融訳『昭和:戦争と平和の日本』みすず書房), 9-11 頁。 4 大沼保昭, 1985, 『東京裁判から戦後責任の思想へ』有信堂, 86 頁。

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か苦悩する不安定な状況であった。*北朝鮮への帰還事業など ②テレビ・ドキュメンタリーの誕生 ・テレビ放送の開始(1953 年) ・テレビ・ドキュメンタリーの誕生 NHK『日本の素顔』(1957-64)、民放(『ノンフィクション劇場』(日本テレビ:1962-68)など ③韓国に関する表象 全体的に韓国・朝鮮関連の番組数は少ないが、時とともに増加しテーマは多様化していく。 ・50 年代̶朝鮮戦争、民族差別、貧困、北朝鮮への帰還事業など。 ・60 年代̶北朝鮮への帰還事業、韓国の文化や風土の紹介(65 年の国交正常化以降)、金嬉老事件など。 ⑴ 在日朝鮮人のアンビヴァレントな表象 『日本の素顔 日本の中の朝鮮』(NHK:1959.1.18) ・ 植民地責任や民族差別、南北分断の悲劇などについて鋭く問題提起(「朝鮮人部落」、民族教育、「朝 鮮動乱」、大村収容所、密航者、李承晩ラインなど多岐に渡る)。 ・在日朝鮮人を「われわれ=日本人」の視点から「〈他者〉であると同時に、知ることもできれば目に見 えることも可能な対象」 (Bbabha,1994)として表象。 →テレビに描き出される他者のステレオタイプは、アンビヴァレントなものであり、既知で身近な存在 と、不安と恐怖を呼び起こすものとの間を揺らいでいる。「内なる他者」との差異を描くことは、「われ われ=日本人」の同一性を確認するための手段であり、その一体感が必要とされるたびに、差異が描か れてきた。 *『日本の素顔』の特徴 コメントを映像とともに組織しながら、取り上げた話題について一つの視角から視聴者とやり取りを していき、視聴者はナレーターと一定の価値を共有する人(=私たち)として語りかけられる。ここで、 ナレーションは、番組内のあらゆる素材を統一的視点のもとに組織することができる俯瞰的な位置から 発せられる「天の声」である5(丹羽、2001)。 ⑵ 「猪飼野の海女」の日常を描く 『ドキュメント・人間 大都会の海女』(朝日放送:1965) ・在日朝鮮人の康浩郎監督による初めてのテレビ・ドキュメンタリー制作。大阪の「猪飼野」の海女た ちの日常性を描いている。 ・現地でのインタビューを多用し、始終ナレーションは「彼女たち」の視点で展開、「発話主体」の問題 を先駆的に超越。

5 丹羽美之, 2001, 「テレビ・ドキュメンタリーの成立—NHK『日本の素顔』」『マス・コミュニケーション研究No.59』166-167 頁。

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→被抑圧者についてメディア・権力者が代弁=表象(represent)し、特定の集団を名指すことばを濫喩 6してしまう危険性を回避。 *「在日朝鮮人の政治的、社会的問題を取り上げることは、(大島渚のように)日本人がやるべき仕事。 われわれは日常性をとらえるような仕事をきっちりやっていきたい」(康監督インタビューより) 草創期にみられた特徴と新しい萌芽 ・草創期 ̶̶NHK、民放ともに様々な工夫により秀作が数多く生み出された時代。 ・ 『日本の素顔 日本の中の朝鮮』のように、当時は在日朝鮮人の問題を真正面から取り上げつつも、 どちらかというとその存在を「近代化されるべき〈他者〉」としてステレオタイプ的に描いたものが主 流であった。 ・ 一方で、『ドキュメント・人間 大都会の海女』のように、在日朝鮮人の日常性を捉えたり、『ノンフ ィクション劇場 忘れられた皇軍』のように日本社会の問題として力強く訴えかけるような視点の番組 が、新しい時代への萌芽として見られ、戦前・戦中からの連続性にゆらぎを与えた。 第Ⅱ期(1970 年代∼80 年代前半) 現われ始める〈他者〉の顔 ①変化する歴史意識 ・ベトナム反戦運動などをきっかけに、アジアに対する日本人の加害行為への言及がなされ始める。(本多 勝一『中国への旅』(朝日新聞連載:1971.8.26-12.25)、森村誠一『悪魔の飽食』(光文社:1981)など) ・語りの主体は、元日本兵などの男性から、銃後や空襲の体験を語る女性や本土復帰した沖縄の出身者、 占領を受けた南洋諸島の人びとへと広がっていく7 ②ドキュメンタリーの周縁化と手法の変化 ・ 高度経済成長期の躍動的な雰囲気の中で、硬派ドキュメンタリーは深夜や地方局へと追いやられ、代 わりに人気キャスターがスタジオで生放送しながらニュースや生活情報を伝えるワイドショーが主流 となる8 ・ 技術の転換 ――テレビ・ドキュメンタリー制作の手法の主流は「フィルム構成」から即時性・生産 性・経済性に優れた VTR へと移行し、番組制作の手法を大きく変化させたが、この過程でドキュメン タリー制作者たちの「作家性」は反映されにくくなってしまう。 ・ ③転換期を迎える韓国・朝鮮の〈他者〉の表象 ベトナム反戦運動(1965-75)、沖縄返還(1972)、日中国交正常化(1972)など、アジアとの関係の中で国

6 Spivak, C. G., 1990, The Post-Colonial Critic : Interviews, Strategies, Dialogues, New York and London : Routledge

(=1992, 清水和子・崎谷若菜訳『ポスト植民地主義の思想』彩流社), 186 頁。

7 『銃後史ノート』(「女たちの現在を問う会」:1973 創刊)、『東京大空襲・戦災誌』(「東京空襲を記録する会」:1973-74)、

『沖縄県史』(琉球政府、沖縄県教育委員会:1965-77)、『ルポルタージュにっぽん 私たちが生きた島は・・・∼サイパン 高等女学校同窓会∼』(NHK:1979)など

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際的な政治変化が起こり、テレビ・ドキュメンタリーの中にも、少しずつアジアの他者の声が現われ始め、 この頃を転換期として、隣国韓国の政治情勢や、在日朝鮮人の権利問題などへの関心が高まり、アジア・ 太平洋戦争における中国や朝鮮半島をはじめとする諸国への加害責任について論じられる。 ・ 70 年代̶韓国人被爆者、強制連行、浮島丸爆沈事件、在日のアイデンティティ、植民地時代の日本人 の話など。 ・ 80 年代̶在日の民族差別やアイデンティティ、密入国問題、戦後補償問題、外国人登録法の指紋押捺 拒否問題、特別永住制度実施、韓国の民主化宣言など。 ⑴ 在日韓国・朝鮮人というタブーをめぐる両側からの逆風 『NHK 特集 密航』 (NHK:1980.5.16) ・ それまで放送界でタブーとされていた在日韓国・朝鮮人をテーマに、ディレクターがリポーターとし て登場し、責任を一手に引き受け「私」を主語に語っている。 ・ ほとんどカメラが入ることのなかった長崎県の大村収容所の中の日常を記録し、密航者たちの素顔に 迫っている。 ・在日朝鮮人テーマにする際のデスクの過敏な反応、在日男性からの抗議など(萩野靖乃インタビューよ り) 『NHK 特集 済州島∼母なる島への帰郷∼』 (NHK:1982.10.18) ・ 在日韓国人三世のアイデンティティの 藤や、韓国内の世代間ギャップなどを映し出している。 ・軍事政権下にある韓国での取材の制限、監視(瀧澤孝司インタビューより) →両番組とも、右派、保守派のみならず、本国政府や在日韓国・朝鮮人など当事者に近い立場からの逆風 にあった。 その他、『11PM シリーズ・アジアと共に生きる ⑵在日韓国・朝鮮人』(日本テレビ:1982) など。 第Ⅱ期 まとめ―転換期における試行錯誤とその成果 ・ 転換期 ――在日韓国・朝鮮人の民族差別問題や日常における様々な問題について当事者の声が現れ 始める。 ・ 硬派ドキュメンタリーが地方局や深夜枠に周縁化されたが、却ってその状況によって作り手が「国家 の記憶」から逸脱していた存在にカメラを向けることが可能になった。 ・ ベトナム反戦運動などをきっかけに日本の戦争責任やアジアの植民地責任に目を向けようといった動 きにつながり、在日朝鮮人問題などそれまでのタブーを打ち破る力となった。 ・ 作り手は、体制側・保守派のみならず、当事者に近い立場からも逆風を受けて取材し番組制作を行な っていた。 第Ⅲ期(1980 年代後半∼90 年代) 忘れられた存在の顕在化 ①冷戦崩壊とアジアの民主化 ・冷戦の崩壊とアジアの民主化、昭和の終焉などが重なり、それまで「国家の記憶」から排除されていた アジアの戦争被害の実態が次々と問題提起された。 ・ 記憶の時代 ――記憶と歴史主体という観点から、歴史が語り直されるようになったこの時代、戦争を

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直接経験していない世代に向けて映画やドラマ、漫画などの大衆文化を通じて新たなる歴史の集合的記憶 が形成されていった。 ②時代が変えるドキュメンタリーの視点と制作体制 ・「昭和史」を振り返り天皇の戦争責任やそれまで語られていなかったアジアの戦争被害について取り上 げる番組が次々と登場する。(右派・保守派の巻き返しを受け 95 年頃をピークに一旦収束) ・組織の転換̶̶放送法の改正などを経て公共放送の NHK はじめ多くの放送局が外部プロダクションに 番組制作を委託するようになる。 →放送局に属さないフリーのジャーナリストなども制作を担当し、外国人、女性、非エリート層など作 り手が多様化する。→在日コリアンのテレビディレクターの登場 ③思い出される韓国・朝鮮の〈他者〉たち ・90 年頃から、戦後補償問題などをめぐる韓国・朝鮮関連が数多く制作される。多くの番組のタイトル には、「忘れられた」、「忘れない」というキーワードが続出、「忘れる」主体としての「私たち=日本人」 が前提とされた語りとなっていた。 ・ 在日コリアンは身近な隣人として、一世の暮しぶりや、二世や三世のアイデンティティ、家族の物語 など、多様な角度から描かれていった。 (『NHK スペシャル コリアタウンの二世たち∼大阪・猪飼野の青春∼』(NHK:1990)、『プライム 11 自分で名前が書きたかった在日韓国・朝鮮人女性たちの戦後』(NHK:1995)、『NNNドキュメント 94 我がふるさとは・・・在日韓国朝鮮人二世のニッポン』(NHK:1994)など) 第Ⅲ期 まとめ――成熟期にみられた 語る主体 の変化 ・ 成熟期 ̶̶このテーマの番組数は圧倒的に増加し、テーマも多様化・重層化していった。 ・冷戦崩壊とアジアの民主化によって、アジア・太平洋戦争や日本の植民地支配を受けた〈他者〉たちは、 それまでよりもはっきりとした輪郭を持って日本人の前に立ち現れ始めた。 ・在日コリアンの定住化がすすみ、三世や四世などが出現し、各分野、地域で活躍するにつれ、これまで とは異なる積極的な視野からアイデンティティなどをとらえかえすものも増加した。 全体の結論 ・テレビ・ドキュメンタリーを通史的に追うことによって、90 年代の戦後補償や在日コリアンをめぐる 鋭い視点をもった番組制作をめぐる「下地」ともいえる作り手の問題意識やネットワーク形成の成り立ち が明らかになった。 ・半世紀の間、テレビ・ドキュメンタリー全体の潮流としては、60 年代をピークに周縁化したが、却っ てその状況が戦争中の日本人の加害性や、「国家の記憶」から排除されていた人びとの声を取り上げるこ とを可能にし、韓国・朝鮮をはじめ植民地問題に関連する重層的なドキュメンタリーを数多く生み出した。 ・様々な方向から吹いてくる逆風を受け困難な局面に立たされても、作り手は編成・手法・組織形態など の面で試行錯誤を重ね、みずからの批判的な視点を生かす努力をし、内外へのネットワークを拡げ、あら ゆる形態で制作を続けてきた。

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・映像アーカイブを利用した研究は、日本国内のみならず、東アジアの単位で共有し、近現代の戦争や植 民地支配の歴史、互いに描いてきた〈他者〉観について共有することが望ましい。

主要参考文献

Anderson,Benedict,1991,ImaginedCommunity, London and NewYork : Verso Press (=1997,白石さや,白石隆訳『想像 の共同体』NTT 出版.)

Bhabha, Homi, 1994, The location of culture, London : Routledge(=2005, 本橋哲也ほか訳『文化の場所:ポストコ ロニアリズムの位相』法政 大学出版局.)

Dower, John, W., 1986, War without Mercy (=2001, 猿谷 要監修・斉藤元一訳『容赦なき戦争』平凡社)

―――, 1993, Japan in War & Peace (=2010,明田川融訳 『昭和:戦争と平和の日本』みすず書房.) 福間良明, 2006,『「反戦」のメディア史:戦後日本におけ る世論と輿論の拮抗』世界思想社. Gluck,Carol, 2007,梅崎透訳『歴史で考える』岩波書店. 姜尚中, 2004,『オリエンタリズムの彼方へ:近代文化批判』 岩波書店. 門間貴志, 2010,『朝鮮人と中国人のステレオタイプはい かに形成されたか』黒沢清・四方田犬彦・吉見俊哉・李 鳳宇編『日本映画は生きている 第 4 巻 スクリーンのな かの他者』岩波書店。

Morris-Suzuki, T, 2005, The Past within Us : Media/Memory/History, London : Verso (=2004,田代泰子 訳『過去は死なない:メディア・記憶・ 歴史』岩波書店.) 成田龍一,2010,『「戦争経験の戦後史」:語られた体験/証 言/記憶 戦争の経験を問う』岩波書店. 日本放送協会,2001,『20世紀放送史』(上)(下) 丹羽美之,2001,「テレビ・ドキュメンタリーの成立—NHK『日 本の素顔』」『マス・コミュニケーション研究No.59』 大沼保昭,1985,『東京裁判から戦後責任の思想へ』有信堂. 桜井均, 2005, 『テレビは戦争をどう描いてきたか:映像と 記憶のアーカイブス』岩波書店.

Spivak, C.G, 1990, The Post-Colonial Critic : Interviews, Strategies, Dialogues, New York and London :

Routledge(=1992, 清水和子, 崎 谷若菜訳『ポスト植民地 主義の思想』彩流社.)

Sturken, Marita, 1997, Tangled memories : the Vietnam War, the AIDS epidemic, and the politics of remembering, Berkeley : University of California Press(=2004, 岩崎 稔 ほか 訳『アメリカという記憶 : ベトナム戦争, エイズ, 記念碑的表象』未來社.)

高柳俊男, 1997,『映像にみる在日朝鮮人』「アリラン文 化講座第 4 集」近現代史研究所編,文化センター・アリ ラン。

Thompson, Paul, 2002, The Voice of the Past : Oral History,(=2002, 酒井順子訳『記憶から歴史へ:オーラル・ ヒストリーの世界』青木書店.) 梁仁實, 2003,『戦後日本映画における「在日」女性像』 『立命館産業社会論集』第 39 巻第 2 号。 ———, 2004,『戦後日本の映像メディアにおける「在日」 表象:日本映画とテレビ番組を中心に』(立命館大学博士 学位論文)

参照

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