ゆらぎ値の特性から見た重伝建地区の街路パターンに関する研究
新田一貴 1. はじめに 1.1 研究の背景 日本古来より形成されてきた『城下町』『宿場町』 といった歴史的な日本の都市の多くは、何百年もの年 月を経て形成され、伝統的な空間様相を継承している ものが多い。こうした都市の空間様相には、統一性と 多様性が同時に存在し、街の印象や魅力に大きな影響 を与えているが、歴史的な建造物のみが文化財として 集中的に関心を呼ぶ傾向が強く、それらを支えている 道路網や都市形態については、積極的に議論されてこ なかった。しかし、こうした道路網や都市形態も我々 の街の印象に大きな影響を与えるはずである。 一方、コンピューター技術の飛躍的な向上により、 画像解析の研究が大幅に進んでいる。特に二次元フー リエ変換による解析は複雑な画像の潜在的な特性を表 す手法として確立している。従来では二次元フーリエ 変換によって出力された結果は、人間の目を通すこと で訂正的な判断を下してきた。しかし、近年、周波数 解析を定量的な評価に用いることのできる「ゆらぎ解 析」が注目を集めている。「ゆらぎ」は、当初物理学 上の電流雑音として認知され「1/f ゆらぎ」の理論が 確立された。その後、生体情報など自然界の中に存在 するあらゆる現象がこの「1/f ゆらぎ」に大きく関わっ ているとされ、様々な分野で成果を上げている。 1.2 研究の目的 本研究では都市街路パターンに着目し、その画像に ゆらぎ解析を用いることによって、重伝建地区の街路 パターンを定量的に評価することを目的とする。さら に、算出されたゆらぎ値の変化の要因を探り、ゆらぎ 値の特性を明らかにする。 2. 研究の方法 2.1 ゆらぎについて “ ゆらぎ ” とは、ある平均に従いながらも部分的に ランダムな空間的・時間的変化の起こる状況のことで ある。ゆらぎの大きさを定量的に表すのにゆらぎ値と いう尺度がある。物理の分野において周期的な現象を 解析するには周波数領域に変換して行うと本質的な様 子を捉えられることが知られており、フーリエ変換に 6-1 よってスペクトルに分解し、その分解されたスペクト ルがどのように分布しているかを示したものがゆらぎ 値である。このゆらぎ値が -1 となるのが “1/f ゆらぎ ” と言われるものである。 亀井ら1)は、スカイラインの形態に対しそのゆらぎ に注目することで、形態そのものが全体としてもつ特 徴を定量化し、調査によってスカイラインの形態によ るゆらぎと快適感には相関があることを示している。 速水ら2)は、シークエンス景観をシーン景観の連続 したものとみなし、ゆらぎを算出し、定量評価手法の 有効性を明らかにしている。 こうした既往研究から、本研究では「ゆらぎ」を「街 路パターンのリズム」として定義する。 2.2 二次元フーリエ変換 フーリエ変換の基本的な概念は「すべての信号は三 角関数の和として表現できる」というところにある。 これは二次元画像に対しても言える。図 1 のように、 二次元画像を色の濃淡を振幅とする二次元波と捉える ことで、二次元画像にもフーリエ変換が適用できる。 画素数M×Nの画像上において、任意の画素の位置(m, n) における濃度値を 、横方向・縦方向の空間周波 数 k, l をパラメータとするフーリエ係数を とする と、は (1) 式によって表現される。 (1) m n A A − A 2 l 1 k 1 2 2 1 k +l ) / ( tan−1l k = α k l 高周波 高周波 高周波 高周波 図 1 2 次元画像における空間周波数の概念 図 2 左 - 元画像 右 - パワースペクトル画像(高岡市山町筋)6-2 これを二次元フーリエ変換という。 二次元フーリエ変換による出力は、二次元の空間周 波数 (k, l)、およびパワースペクトル の三次元情報 によって表現される。このときパワースペクトル は と定義することができ、これを1枚の 画像に濃淡で表現したものをパワースペクトル画像と いう ( 図 2)。この時スペクトル画像内の白で表現さ れる画素が明るいほどパワースペクトル が大きい ことを表し、暗いほど が小さいことを表す。また 縦軸が水平方向の成分を、横軸が垂直方向の成分を多 く含んでいることを意味し、中心部に近づくほど低周 波であり、外側へ広がるほど高周波となる。 2.3 空間周波数におけるゆらぎ解析の基本構造 ゆらぎ解析は前節で求めたパワースペクトルを用い て行う。空間周波数を横軸に、パワースペクトルの値 を縦軸にとり、両方の対数グラフをとることで右下が りの直線で近似できるグラフを得ることができ、その 時のグラフの傾きが “ ゆらぎ値 ” である。ゆらぎ値は 値 (x) の大きさによって特徴づけることができ、一般 的に以下のように分類することができる(図 3)。 x > -1 のとき:ランダムで複雑性が高くなる特徴 があり、特にxが 0 に近いとき『白色ゆらぎ』と呼ばれ、 どの周波数も同程度のパワースペクトルを含む。 x = -1 のとき:『1/f ゆらぎ』と呼ばれ、適度な意 外性と規則性が均等につりあった状態となる。 x < -1 のとき:低周波数に比べて高周波数のパワー ス ペ ク ト ル が 小 さ く、単調で規則性の 高い特徴をもつ。 このように “ ゆら ぎ値 ” は周波数とパ ワースペクトルの関 係を表したもので、 高周波成分のパワー スペクトルが大きくなるほどゆらぎ値は大きくなる。 3. 重伝建地区の街路パターンへのゆらぎ解析の適用 3.1 対象地区 歴史的な集落・町並みの保存が図られている「重要 伝統的建造物群保存地区」(以下:重伝建地区)の街 路パターンを対象とする。現在日本には、110注 1)の 地区が指定されているが、本研究では、まとまった街 路パターンが十分に存在する地区を選ぶ必要があるた め、山村集落や鉱山町などを除いた 86 地区注 2)に対 して解析を行った。 3.2 解析画像の作成と解析手順 本研究では、国土地理院の基盤地図情報(1/2500) を用いた2次元画像によるゆらぎ解析を行う。基盤 地図情報は、国土地理院のウェブサイトから XML 形 式で入手可能であり、「基盤地図情報コンバーター」 を利用することで shp 形式に変換することができる。 このデータを ArcGIS に読み込み、bmp 画像にするこ とで精度の高い街路パターン画像を作成する。 また、重伝建地区の面積は約 34.4ha(約 587m × 587m)であることを考慮し、解析範囲を 600m × 600m に設定した。さらに、解析範囲に含まれる重伝 建地区の面積を出来る限り大きくするため各地区の指 定範囲の中心と解析範囲の中心を一致させる(図 4)。 ゆらぎ値を算出の解析手順を以下に従って行った。 1) 得 ら れ た 街 路 パ タ ー ン bmp 画 像 を 256 × 256pixel、200dpi で保存する。 2) 画像に対して二次元フーリエ変換を行い、パワー スペクトルを求める。 3) 空間周波数を x 軸、パワースペクトルを y 軸にとっ た対数グラフを作成し、最小二乗法を用いて近似 直線を求める。得られた近似直線の傾きがゆらぎ 値となる(図 5)。 ゆらぎ値は本来、負の値をとるが本研究では、便宜 上正の値に変換した。 3.3 重伝建地区の街路パターンのゆらぎ値算出 重伝建地区指定範囲 解析範囲 0 300 600 1200 パワースペクトル 周波数 f 1 101 102 103 104Hz 白色ゆらぎ(ホワイトノイズ) P 傾き -1 -2 -3 -1/2 図 3 周波数とパワースペクトルの関係 図 4 重伝建地区指定範囲と解析範囲(橿原市今井町) 図 5 算出されたゆらぎ値(橿原市今井町) 100 1,000 10,000 10 100 空間周波数 logf (cm-1) パワースペクトル logP(f) ゆらぎ値 0.952 相関係数 R2 0.8255 y=13425x-0.925 R2=0.8255
を算出することによって、任意の地区内の街路パター ンの差を比較することができる。 4.2 二次元フーリエ変換を用いた類似性の評価 2 章で述べたように、二次元フーリエ変換による出 力は、空間周波数 (k, l)、および振幅スペクトル の三次元情報によって表現される。これを用いて画 像間の相関を表すこともできる。 本研究では、パワースペクトル画像の特徴ベクトル として動径方向分布 、角度方向分布 を使用する (図 8- 左)。動径方向分布 は中心から の 距離に存在する環状領域内のパワースペクトルの和 を表しており、 角度方向分布 は水平軸から角度θ の線形領域内のパワースペクトルの和を表している。 これを図 8- 右のように、 の場合は横軸を半径 r、 縦軸を 、 の場合は横軸を角度θ、縦軸を と したデータを作成する。 この と を特徴ベクトルとし、(2) 式によって 入力画像・比較画像2つの画像の類似性を評価する。 (2) この評価値はユークリッド距離を利用したもので ある。さらに、本研究では街路パターンの方向性を 一致させるため、 のグラフを水平に 1 度ずつ移動 させる、つまり擬似的に元画像を 1 度ずつ回転させ るという作業を行い、移動させる度に Rθ nを算出す る。そして、最も高い類似度 Rθ maxを示す角度が道 路の方向性の一致している角度であり、その類似度 R θ maxが 2 画像間の正しい値となる。 6-3 作成した画像 86 枚におけるゆらぎ解析の結果を表 1 に示す。ゆらぎ値の平均は、1.249 で 1/f ゆらぎに 近い数値となり、重伝建地区は非常にリズムのある街 路パターンを有していることがわかった。 4. ゆらぎ値の特性 4.1 街路パターンの地区内類似性 前章の結果を踏まえて、本章では、ゆらぎ値の大小 によって重伝建地区を 2 つのグループに分類し、ゆ らぎ値の特性を明らかにする。 ゆらぎ値の低い地区としてゆらぎ値 1.1 以下の 15 地区(地区番号 2,5,10,14,22,28,34,43,46,50,55,58,5 9,69,72)と、ゆらぎ値の高い地区としてゆらぎ値 1.4 以上の 15 都市(地区番号 4,9,11,13,17,29,31,32,33, 48,53,54,73,74,84)を抽出し、2 グループに分けた。 本章では、それぞれのグループの街路パターンを把 握するため、各画像を等分割し地区内の街路パターン の差(類似度)を分析する。対象地区に含まれる最大 の街区の大きさと街路パターンが読み取れる最小の分 割サイズとして画像を 9 分割(200m × 200m)した (図 6)。9 分割された画像のそれぞれの類似度を算出 し(表 2)、さらにその類似度平均と類似度標準偏差 1 2 3 6 5 4 7 8 9 表 1 解析対象 86 地区とゆらぎ値 図 6 左 - 元画像 右 - 分割のイメージ(10: 栃木市嘉右衛門町)
(1) 重伝建地区は、平均 1.249 の 1 に近いゆらぎ値を 算出し、非常にリズムのある街路パターンを有し ていることがわかった。 (2) ゆらぎ値は、地区内の街路パターンの差が変わる と変化するという特徴を持っていることが明らか になった。 本研究ではこれを分析しやすくするため、0 ≦ R ≦ 1 を値をとるように(3)式のような正規化を行う。 比較した画像が似ていれば 1 をとり、似ていなけれ ば 0 をとるようにする。 4.3 ゆらぎ値と地区内の街路パターン類似度 解析結果を表 3 と図 9 に示す。図 9 から、ゆらぎ 値の低い地区は、ゆらぎ値の高い地区と比較して、地 区内の街路パターンの類似度平均と類似度標準偏差が 高い。これは、地区内の街路パターンの差が大きいこ とを表している。一方で、ゆらぎ値の高い地区は、地 区内の街路パターンの類似度平均と類似度標準偏差が 低い。これは、地区内の街路パターンの差が小さいこ とを表している。このことから、ゆらぎ値の低い地区 は地区内の街路パターンの差が大きく、ゆらぎ値の高 い地区は地区内の街路パターンの差が小さいことがわ かった。以上より、ゆらぎ値は、地区内の街路パター ンの差が変わると変化するという特徴を持っているこ とが明らかになった。 5. 総括 本研究では以下のことが明らかとなった。 6-4 θ ∆ θ ) 0 , 0 ( k l r ∆ r ) 0 , 0 ( k l C േᓘᣇะಽᏓ D ⷺᐲᣇะಽᏓ 図 7 左 - 類似度に用いるパラメータ 右 -p(r) と p( θ ) 表 3 地区内街路パターンの類似度平均と類似度標準偏差(上 - ゆらぎ値 1.1 以下の地区 下 - ゆらぎ値 1.4 以上の地区) 図 8 ゆらぎ値と地区内類似度 注 注 1)2015 年 7 月 8 日時点での総数。 注 2)金沢市東山ひがしと金沢市主計町は隣接するため 1 つにまとめた。 参考文献 1) 亀井栄治 , 月尾嘉男:スカイラインのゆらぎとその快適感に関する研 究 ,1992 年 2) 速水研太、後藤春彦:街路シークエンス景観の定量記述手法に関する 研究 - ゆらぎを用いた街路景観特徴記述法の考案及び有効性の検証 -,1997 年 3)武者利光:ゆらぎの発想 ,NHK 出版 ,1995 年 4)古堅宏和:都市形態の変化に着目した日本と欧州の都市比較研究 ,2008 年 (a) 動径方向分布 p(r) (b) 角度方向分布 q(θ) q(θ) p(r) (3) 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12 0.14 0.16 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 地区内の街路パターン類似度平均 地区内の街路パターン類似度標準偏差 表 2 地区内の街路パターン類似度(10: 栃木市嘉右衛門町)