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密教文化 Vol. 1970 No. 93  001長部 和雄「趙宋時代の中国風密教――天息災訳文殊儀軌経の研究―― P1-21」

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-天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究

-長

一 私 は 前 き に 旧 稿 に 於 て、 唐 代 中 晩 唐 時 代 成 立 と 推 定 し た 密 教 経 文 の 内 容 と 形 式 に つ い て、 其 の 特 徴 を も と め た。 (一) 内 容 と し て は 儒 教 倫 理 と 道 教 信 仰 と の 混 入 で あ り、 占 星 法 を 大 胆 (1) に 取 り 入 れ て い る。 (二) 形 式 と し て は 合 行 軌 の 型 で 書 か れ て い (3) る も の が 多 い。 口 行 法 に つ い て は 三 種 法 の 再 発 見 で あ る。 以 上 の 三 つ を 以 て、 私 は 唐 代 中 晩 唐 期 撰 述 訳 の 密 部 経 文 の 特 色 で あ る と 断 定 し て お い た。 そ こ で 今 回 は 其 の 後 を う け (4) て、 趙 宋 時 代 の 密 教 に つ い て、 未 だ 先 覚 の 注 意 さ れ な か っ た 中 国 風 の 特 質 を 指 摘 し て み よ う と 思 う の で あ る。 二 趙 宋 時 代 に は、 唐 代 と 相 違 し て、 何 故 か、 此 の 時 期 に 撰 述 せ ら れ た と 推 測 せ ら れ る 経 軌 の 実 例 は 一 つ も 遺 っ て い な い。 故 に、 此 れ か ら 姐 上 に 載 せ よ う と す る 資 料 は、 数 多 あ る 趙 宋 (5) 訳 の 中 か ら 天 息 災 訳 ﹃ 大 方 広 菩 薩 文 殊 師 利 根 本 儀 軌 経 ﹄ 二 十 巻 ( 正 蔵。 二 十。 一 一 九 一 号。 麗 本。 ) を 選 ん だ の で あ る。 此 の 経 文 は、 梵 蔵 二 本 が 現 存 し、 漢 訳 で は 二 十 入 品 よ り 成 る 現 形 に 対 し、 梵 本 で は 四 十 九 章、 不 空 訳 ﹃ 文 殊 師 利 菩 薩 根 本 大 教 王 経 金 翅 鳥 王 湿 ﹄ 一 巻 ( 同 上。 二 十 一。 一 二 七 六 号。 麗 本。 ) も 梵 本 の 第 四 十 一 章 に 相 当 す る と い わ れ て い る。 借 て、 中 晩 唐 時 代 成 立 の シ ナ 撰 述 な れ ば、 此 の 経 文 か ら 中 国 風 の 思 想 が 観 取 出 来 て も 何 等 不 思 議 な こ と は な い け れ ど も、 趙 宋 時 代 の 梵 本 か ら の 漢 訳 に 唐 代 撰 述 と 同 様 な 中 国 風 思 想 が 反 映 し て い る と な れ ば、 此 れ は 問 題 で あ る。 此 れ を 如 何 に 解 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教-天息災訳文殊儀軌経の研究-

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-1-密 教 文 化 釈 す る か を 此 の 度 の 私 の 課 題 と す る。 此 の ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ な る 経 文 は、 漢 訳 で は 二 十 巻 と い う 浩 潮 な も の で あ る か ら、 ﹃ 法 華 経 ﹄ や ﹃ 華 厳 経 ﹄ の 先 例 か ら 類 推 す れ ば、 全 巻 が 一 時 期 ・ 一 箇 所、 同 時 ・ 同 所 に 於 て、 一 人 の 手 に よ り 出 来 上 っ た と は 到 底 考 え ら れ な い。 こ う い う 疑 い は 内 ・ 外 典 の 別 を 問 わ ず 起 り 得 る。 そ れ か と い っ て、 今 此 れ か ら 私 が 問 題 と す る 中 国 思 想 の 浸 潤 し て い る 部 分 が 何 時 何 処 で 何 人 の 手 に よ り 書 か れ た か と い う こ と に 関 す る 論 断 は 勿 論 の こ と、 こ れ を 推 定 し よ う と す る 資 料 す ら 何 一 つ 私 は 持 っ て い な い の で あ る か ら、 経 文 そ の も の を 精 細 に 検 討 し て 結 論 ら し い も の を 出 す 以 外 に 考 究 の 道 は 残 さ れ て い な い の で あ る。 幸 に も、 堀 内 寛 仁 教 授 は ﹃ 文 殊 儀 軌 経 の 梗 概 ﹄ と 題 し て ﹃ 密 教 文 化 ﹄ 七 ・ 八 ・ 九 ・ 十 号 誌 上 に 雄 篇 を 発 表 せ ら れ て い る の を 参 考 さ せ て 戴 い た し、 筆 者 が 高 野 山 大 学 同 学 会 昭 和 四 十 五 年 度 春 季 大 会 席 上 に て、 此 の 小 論 の 標 題 の 下 に、 そ の 概 要 を 披 露 い た し、 諸 賢 の 叱 正 を 仰 い だ 際 に も、 後 日 親 し く 御 懇 書 を 以 て 教 授 の 高 教 を 添 く し た の で、 以 下 梵 ・ 漢 両 本 比 較 対 照 の 場 合 の 梵 本 和 訳 の 原 文 は 教 授 の 和 訳 を 其 の ま ま 用 い さ せ て い た だ い た こ と を 付 け 加 え、 累 ね て 謝 意 を 表 し、 以 下 逐 次 本 論 に 這 入 る こ と に す る。 三 (一) 巻 一 序 品 第 一 の 漢 訳 頭 初 の 部 分 に、 ﹁ 以 真 言 句。 利 益 一 切 衆 生。 無 病 寿 命。 願 一 切 衆 生。 富 貴 円 満。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 八 三 五、 上。 ) と あ る。 こ れ は 雑 密 経 文 と し て 珍 ら し い こ と で は な い が、 否、 純 密 の そ れ と 錐 も 例 外 で は な い。 併 し 利 益 を 現 実 的 具 体 的 に な ら べ て い る の は 道 教 経 文 に 説 く 現 世 利 益 の 数 々 の 具 体 的 願 望 (6) と 全 く 共 通 す る。 以 下 同 趣 の 辞 句 は 此 の 経 文 の 全 巻 に 畳 見 す る が、 イ ン ド 雑 密 経 文 の 漢 訳 と し て は 寧 ろ 抽 象 的 に ﹁ 降 伏 増 益 息 災 之 事。 如 有 所 作。 皆 得 成 就。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 八 三 六、 下。 と あ る 例 が 本 来 の 姿 で あ る。 此 の 様 な 筆 法 の 相 違 は 他 の 幾 多 の 雑 密 経 文 に 寓 目 す る と こ ろ で、 識 者 専 門 家 の 周 知 の 通 り で あ る が、 勿 論 そ の 例 外 も 少 く な い。 殊 に 梵 ・ 漢 両 本 の 備 わ る 場 合 は、 両 本 対 照 の 上 で な い と 軽 率 な 発 言 を 謹 ま ね ば な ら な い け れ ど も、 此 の 例 外 に 於 て も、 私 は 道 教 と の 関 連 に 於 て、 現 実 的 具 体 的 表 現 を 共 通 の 問 題 と 致 し た い と 思 っ て い る。 次 に ﹁釈 迦 牟 尼 仏。 甚 為 希 有。 於 末 世 時。 示 生 説 法。 ﹂ ( 正 蔵。 二 十。 ( 八 三 六、 中。 ) と あ り、 以 下 巻 十 四 ・ 十 五 ・ 十 六 ・ 二 十 等 に 盛

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ん に 末 世 ・ 末 法 を 説 く が、 末 法 思 想 は 中 国 仏 教 い わ ば 中 国 風 (7) 仏 教 の 一 つ の 特 色 で あ ろ う。 (二) 巻 九 第 三 成 就 最 上 品 第 十 に、 ﹁ 小 支 那 国 G in a -d es a 大 支 那 国 M a h a -c i n a ⋮ ⋮ ⋮ 須 是 国 王 重 臣。 信 敬 仏 法。 人 民 士 庶。

母。

聖。

(

上。 八 六 七。 上。 ) と あ る は 此 の 経 文 の 撰 者 か シ ナ の 存 在 を 克 く 知 っ て い た と い う 証 拠 で あ ろ う し、 人 民 士 庶 が 父 母 に 孝 養、 賢 聖 を 恭 敬 す る と あ る の は、 漢 字 面 の 上 か ら は、 何 と し て も 儒 教 風 で あ る と い う こ と は 否 定 出 来 な い と 思 う が、 そ こ で 梵 ・ 蔵 二 本 に 依 る と、 ﹁ 母 父 を 信 じ、 再 生 族 ( バ ラ モ ン ) を 相 い 離 れ ず 捨 て な い。 ﹂ で あ る。 こ れ に は 中 国 独 自 の 家 族 制 度 に 根 挿 す 儒 教 倫 理 は 窺 え な い。 口 巻 十 一 数 珠 儀 則 品 第 十 二 に、 ﹁何 以 故 猶 能 殺 冤 家。 故 若 捨 而 不 取。 乃 獲 福 無 量。 ﹂ ( 正 蔵。 二 十。 八 七 三、 中。 ) と あ る。 中 国 本 来 の 勉 の 思 想 な ら ば、 六 朝 階 唐 の 貴 族 政 治 時 代 の 士 庶 を 風 靡 し た 俗 信 で あ る が、 梵 文 の 原 義 は ど の 様 で あ る か、 こ れ は 堀 内 先 生 か ら 聴 き も ら し て し ま っ た。 国 巻 十 二 大 輪 明 王 画 像 儀 則 曼 撃 羅 成 就 法 品 第 十 四 之 余 に、 ﹁若 於 夜 初 夜 分 時。 所 得 之 夢。 当 知 是 陰 所 得。 於 第 二 分 時。 所 得 之 夢。 此 陽 所 得。 第 三 分 時。 所 得 之 夢。 是 風 所 得。 倶 非 吉 祥。 ⋮ ⋮⋮ 又 復 有 三 種 法。 合 陰 陽 風 三 種。 所 謂 食 唄 凝 三 種。 食 為 陰。 唄 為 陽。 擬 為 風。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 八 七 九、 上-下。 ) と あ る 陰 陽 の 二 元 は 明 か に 中 国 風 で あ る け れ ど も、 風 を 加 え て 三 元 を 説 い た (11) 中 国 古 来 の 学 説 は 存 し な い。 若 し そ う な ら ば、 風 は イ ン ド 五 大 説 の 中 か ら 風 だ け を 抜 き 出 し 借 用 し た 陰 ・ 陽 ・ 風 の 独 自 の シ ナ ・ イ ン ド 合 作 の 三 元 論 で あ る し、 こ れ に 食 ・ 噴 ・ 凝 を 付 説 し、 こ れ 亦 独 自 の 三 種 法 を 創 説 し た こ と に な る。 此 の 箇 所 の 梵 本 の 原 義 は 如 何 か と い う と、 陰 所 得 " 粘 液 性 = 水= 受 著 女 人= 食 ・ 陽 所 得= 胆 汁 質 = 火= 好 闘 争= 瞑 ・ 風 所 得 = 風 性 = 空 口 忘 失 記 憶= 凝 と な っ て い る。 梵 ・ 漢 両 本 の 意 味 す る 内 容 に は 大 い に 径 庭 が あ る。 訳 者 の 中 国 風 解 釈 が 十 分 観 取 さ れ る。 (五) 巻 十 三 一 切 法 行 儀 品 第 十 五 之 余 に、 ﹁ 又 前 説 陰 陽 風 三 種。 合 負 唄 凝 三 種 法。 由 食 唄 凝 法。 不 息 滅 故。 令 陰 陽 風 而 有 増 益。 又 合 地 四 大。 地 与 水 合。 火 与 風 合。 又 有 虚 空。 而 為 第 五。 ⋮ ⋮ ⋮ 唯 有 特 祥 瑞 之 応。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 ( 八 八 一、 下。 ) と あ る は 陰 ・ 陽 ・ 風 ・ 地 を 合 せ て 四 大 と す る し、 陰 ・ 陽 ・ 風 火 ・ 地 水 ・ 空 を 組 み 合 せ て、 こ こ で も 別 に シ ナ ・ イ ン ド 合 作 の 新 ら し い 四 大 乃 至 五 大 を 編 成 し て い る。 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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-3-密 教 文 化 ま た 応 の 思 想 は、 仏 教 の 報 応 思 想 も そ う で あ る が、 中 国 本 来 の 応 思 想 も あ っ て、 祥 応 ・ 徴 応 ・ 感 応 ・ 識 応 等 が そ れ で あ る。 仏 教 の 報 応 思 想 が 渡 来 し て か ら は、 中 国 の 応 思 想 は こ れ と 習 合 し 複 合 応 思 想 と な っ て、 六 朝 ・ 階 ・ 唐 時 代 に 盛 ん ど な っ た。 山 崎 博 士 の 研 究 で は、 シ ナ の 応 思 想 は 現 実 的 で あ っ て、 仏 教 の 応 思 想 は 未 来 世 に か か り 宗 教 的 で あ る と 説 破 さ る。 因 巻 十 四 は 陰 陽 善 悪 徴 応 品 と な っ て い る。 漢 訳 に 際 し て、 報 応 品 と せ ず に 徴 応 品 に 直 し た と こ ろ は や は り 中 国 風 で あ る と 私 は 思 う。 此 の 品 題 名 の 梵 本 名 義 は ﹁ 兆 を 知 る こ と 即 ち 占 星 の 広 大 章 ﹂ で あ る。 つ ま り 此 の 一 品 は 品 題 そ の も の か ら し て 中 国 風 で あ る し、 ﹁ 末 法 之 時。 不 為 災 福。 ﹂ ・ ﹁ 此 星 等 於 末 法 時。 彼 無 有 力。 ﹂ ・ ﹁ 亦 無 時 節。 亦 無 陰 陽。 ﹂ ・ ﹁ 陰 陽 星 宿 分 於 善 悪。 ﹂ ・﹁ 於 末 法 時。 得 真 言 成 就。 ﹂ ・ ﹁ 妙 吉 祥 有 陰 陽。 宿 曜 法 二 十 八 宿 十 二 宮 分。 各 各 分 別。 ﹂ ・ ﹁ 或 逆 或 順。 生 善 悪 果。 ﹂ ・ ﹁ 最 宜 貨 易。 財 宝 豊 溢。 若 彼 具 足。 遇 者 得 富 貴 自 在。 ﹂ ・ ﹁ 三 十 種 善 悪 果 報。 ﹂ ・ ﹁ 得 富 貴 吉 祥。 忍 辱 具 足。 長 寿 多 子。 豊 饒 財 宝。 ﹂ ・ ﹁ 必 具 大 智。 聡 明 多 記。 孝 順 有 力。 復 好 朋 友。 寿 命 延 長。 ﹂ ・ ﹁稟 性 仁 孝。 春 属 和 睦。 ﹂ ・ ﹁ 末 法 之 時 人。 正 寿 命 百 歳。 於 此 寿 量 之 数。 ﹂ ・ ﹁ 星 宿 之 分。 目 月 蝕。 於 彼 彼 処。 国 界 之 内。 生 起 禎 応。 作 大 災 難。 顕 其 善 悪。 ﹂ ・ ﹁所 有 如 是 善 悪 禎 祥 感 応 之 事。 無 不 皆 因 衆 生 過 去 之 時 所 作 所 修 之 業。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 八 八 四、 上-八 八 七、 上。 ) 等 あ る の は 占 宿 曜 法 の 上 か ら、 末 法 時 世 に ひ っ か け て、 仏 教 の 業 の 報 応 を 中 国 図 識 風 に 善 悪 禎 祥 感 応 と し て 説 い た も の で、 仏 教 独 自 の 報 応 説 で あ る 未 来 世 を 説 い て い な い の に 注 意 し た い。 此 の と こ ろ 堀 内 先 生 の 見 解 は、 漢 訳 巻 十 三 一 切 法 義 品 は 梵 品 で は 第 十 五 品 で あ っ て、 其 の 解 説 に て 徴 応 の 意 味 は 仏 教 報 応 説 と 同 意 味 と 解 せ ら れ、 ﹁ 業 の 所 作 の 義 で あ っ て、 イ ン ド 的 と い う よ り 仏 教 的 で あ る。 ﹂ と 講 え ら れ た。 善 因 ・ 善 業 の 結 果 と し て 即 身 成 仏 す る と い う 正 純 密 教 の 思 想、 悉 地 成 就 と な る 報 応 思 想 は、 仏 教 的 で あ っ て も、 現 実 的 で あ る 点 は 中 国 報 応 思 想 と も 共 通 す る。 (七) 巻 十 九 如 来 蔵 大 法 宝 法 界 相 無 数 功 徳 祥 瑞 品 第 二 十 六 で は、 ﹁ 如 上 是 息 災 増 益 之 処。 功 徳 算 数。 ﹂ ・ ﹁ 如 是 算 数。 非 世 間 人 所 能 知 故。 唯 仏 如 来 算 知 其 数。 ﹂ ・ ﹁妙 吉 祥 所 有 世 間 及 出 世 間。 一 切 工 巧 技。 能 虚 空 界 相 種 種 算 数。 内 明 法 儀 軌 等。 陰 陽 法。 吉 凶 祥 瑞。 ﹂ ・ ﹁ 香 薬 方 術 種 種 之 事。 ﹂ ・ ﹁ 陰 陽 祥 瑞。 吉 祥 法 義。 不 得 妄 説。 当 住 正 心。 ﹂ ( 蔵。 二 十。 九 〇 一、 中-下。 ) 等 あ る の は 陰 陽 嵐

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・ 図 識 思 想 を 以 て 方 術 を 説 き、 辞 面 は 何 と い っ て も 明 か に 道 教 風 ・ 中 国 風 で あ る。 そ こ で 此 の と こ ろ、 功 徳 の 算 数 を 説 い て い る の に 注 意 し た い。 算 数 の 先 例 は ﹃ 華 厳 経 ﹄ に も 出 て い る 旨 を 堀 内 先 生 か ら 御 注 意 を 賜 つ た。 私 の 知 る 限 り で は、 西 晋 竺 法 護 訳 ﹃ 舎 頭 諌 太 子 二 十 入 宿 経 ﹄ ( 蔵。 二 十 一。 一 一 二 〇 一 号、 麗 本、 ) に も、 ﹁ 三 経 を 調 諦 し、 往 古 を 分 別 し、 四 典 を 知 り、 校 計 算 術 す れ ば、 能 く 天 地 の 災 変 吉 凶 を 知 る。 ﹂ ( 蔵。 二 十 一。 四 二、 下。 ) と あ る し、 其 の 他 に も 密 部 経 文 の 上 に 稀 し く な い。 而 し 道 教 に 於 て も ﹃ 赤 松 子 中 誠 経 ﹄ と ﹃ 太 上 感 応 篇 ﹄ に も 同 様 功 過 格 百 箇 条 を あ げ 算 数 し て い る の と も 共 通 し て い る。 つ ま り 私 と し て 言 い た い こ と は、 仏 教 と い わ ず、 道 教 と い わ ず、 計 数 的 に 勧 善 懲 悪 せ ん と す る 企 図 の 存 す る 事 実 を 問 題 と し て い る こ と で あ る。 謂 う な ら ば、 此 れ ら に は 仏 ・ 道 ・ 儒 を 通 じ て 明 代 に 盛 ん な 善 書 の 流 行 の 萌 し を 覚 え る。 善 書 に 関 し て は、 酒 井 忠 夫 博 士 の ﹃ 中 国 善 書 の 研 究 ﹄ と い う 恐 ら く 空 前 絶 後 と な る で あ ろ う と こ ろ の 名 著 が あ る。 四 惟 う に、 イ ン ド 雑 密 の 内 容 と 中 国 の 儒 教 ・ 道 教 と の そ れ は 現 実 的 な 願 望 と い う 点 に 於 て 共 通 し て い る。 父 母 ・ 師 傅 に 対 す る 敬 愛 や 呪 ・ 符 ・ 丹 の 如 き は、 如 何 な る 民 族 に つ い て も 全 く 共 通 な も の が あ る か ら、 こ れ を イ ン ド 密 教 の 要 素 だ と か、 中 国 の 儒 教 ・ 道 教 の 要 素 だ と か、 こ れ ら を 分 析 し て 云 々 し よ う と す る 企 は 凡 そ 意 味 が な い も の と 私 は 見 て い る。 実 際、 密 ・ 儒 ・ 道 三 者 の 内 容 を 各 各 の 場 合 に つ い て 識 別 す る こ と は 困 難 で あ る。 故 に、 密 教 用 語 ・ 儒 教 用 語 ・ 道 教 用 語 な ど 術 語 の 区 別 を 知 つ て、 辞 面 の 上 か ら 三 教 の 習 合 融 会 を 知 り、 三 者 を 峻 別 出 来 難 い と こ ろ に 中 国 風 な る 意 味 を 発 見 す る も の で あ る。 さ れ ば 夫 れ 夫 れ の 時 代 に お け る 中 国 風 思 想 と い え ば、 道 教 と い わ ず、 儒 教 と い わ ず、 密 教 と い わ ず、 民 族 的 に 士 庶 に 共 通 し た 民 俗 風 な も の に 成 つ て い る と 謂 つ て 然 る べ し と 思 う。 然 ら ば、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 場 合 は 如 何 に し て 中 国 風 思 想 が 織 り 込 ま れ た の で あ ろ う か。 上 来、 梵 ・ 漢 両 本 に つ き、 要 所 を 対 照 し た 結 果 か ら 推 論 す る な ら ば、 恐 ら く 訳 者 天 息 災 を 中 (12) 心 と す る 訳 場 の 面 面 が 著 し く 中 国 的 教 養 を 身 に つ け て い た で あ ろ う と 想 像 す る 外 は な い。 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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-5-密 教 文 化 五 次 に 此 の ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ を 続 っ て、 中 国 風 の 問 題 を 今 少 し く 詮 索 し て み よ う。 其 の 一 つ は 不 空 訳 の ﹃ 宿 曜 経 ﹄ と の 関 係 で あ る。 此 の 経 文 の 具 題 名 は ﹃ 文 殊 師 利 菩 薩 及 諸 仙 所 説 吉 凶 時 目 善 悪 宿 曜 経 ﹄ ( 正 蔵。 二 十 一。 ( 一 二 九 九 号。 麗 本。 ) で あ る か ら、 此 の 内 容 は ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 巻 十 四 ﹁ 陰 陽 善 悪 徴 応 品 ﹂ と 全 く 同 趣 同 様 で あ る と 私 は 見 て い る。 す な わ ち ﹃ 宿 曜 経 ﹄ に、 巻 上 で は、 ﹁ 法 合 足 精 神。 富 貴 孝 順。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 好 行 忠 信。 足 学 問 富 饒。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 多 福 徳 長 寿。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 有 福 徳。 足 親 友 長 寿。 得 人 貴 敬。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 多 妻 妾。 得 人 愛 敬。 ﹂ 戸 蔵。 二 十 一。 三 八 七、 中-下。 ) ・ ﹁ 法 合 多 財 産。 足 男 女。 性 聡 明。 好 布 施。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 多 聞 有 妻 妾。 豊 饒 財 宝。 ﹂ ・ ﹁法 合 父 母 生 存。 不 能 孝 養。 死 後 方 崇 祭 饗 追 念。 亦 足 奴 碑 畜。 乗 資 産。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 足 妻 妾 多 男 女。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 善 経 営。 饒 六 畜。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 有 威 徳。 足 男 女。 饒 銭 財。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 処 族 衆。 得 愛 敬。 承 事 君 王 多 蒙 礼。 ﹂ ・ ﹁ 法 合 足 衣 食。 多 庫 蔵。 性 樫 渋 志。 悪 戻 識 競。 ﹂ ( 上。 三 八 八、 下。-八 九、 下。 )等、 中 国 風 表 現 は 枚 挙 に 達 が な い か ら 以 下 省 略 す る と し て、 此 の 中 国 風 の 表 現 に て 宿 曜 法 に 合 す る 場 合 の 占 星 の 結 果 は 前 き に 引 用 提 示 し た ﹃ 文 殊 儀 軌 ﹄ の そ れ と 内 容 は 全 く 同 様 同 趣 で あ る。 因 み に、 此 の ﹃ 宿 曜 経 ﹄ で は、 随 所 に 太 陽 ・ 太 陰 を い う が、 此 れ 以 上 陰 陽 論 の 展 開 は 無 く、 日 月 と 五 星 ・ 七 曜 ・ 二 十 八 宿 を 説 く け れ ど も、 五 行 論 の 構 想 は 見 ら れ な い。 此 の 辺 の と こ ろ に ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ と ﹃ 宿 曜 経 ﹄ と の 相 違 異 同 が 存 す る。 勿 論、 ﹃ 宿 曜 経 ﹄ は 詳 細 を 極 め、 占 星 法 を 説 く 点 で は 最 高 の 経 文 で あ る と の 評 判 が 高 い が、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 方 は 至 つ て 簡 略 で あ る。 而 し 此 処 に 私 の 未 だ 氷 解 し 得 な い 疑 問 が あ る。 そ れ は、 古 来 占 星 宿 曜 法 に 関 す る 経 文 は、 ﹃ 摩 登 伽 経 ﹄ や ﹃ 舎 頭 諌 太 子 二 十 八 宿 経 ﹄ の 様 に 阿 難 を 対 告 者 と す る 経 文 と、 此 の ﹃ 宿 曜 経 ﹄ や ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 如 く、 文 殊 妙 吉 童 子 菩 薩 に 関 し て 説 か れ た も の と 二 種 の 系 統 が 存 す る。 そ う し て 中 国 風 色 彩 の 濃 度 か ら い え ば、 断 然 後 者 に 指 を 屈 し な け れ ば な ら ぬ。 そ こ で 今 一 つ、 今 度 は 唐 の 菩 提 流 志 訳 ﹃ 文 殊 師 利 法 宝 蔵 陀 羅 尼 経 ﹄ ( 正 蔵。 二 十。 一 一 八 五 号。 A 麗 本。 B 明 本。 ) を 見 よ う。 此 の 経 文 に、 ﹁ 謄 部 洲 東 北 方 有 国。 名 大 振 那。 其 国 中 有 山。 号 日 五 頂。 文 殊 師 利 童 子 ゆ 遊 行 居 住。 ﹂ ( 正 蔵。 二 十。 七 九 一、 下。 ) と あ つ て 五 台 山 と 文 殊 韮 口薩 と の

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関 係 を 説 い て い る し、 ま た、 ﹁ 五 行 失 序。 陰 陽 交 錯。 風 雨 不 調。 悪 星 変 怪。 天 人 修 羅。 闘 戦 蓬。 ﹂ (同上 ) と あ っ て、 中 国 の 五 行 論 ・ 陰 陽 論 や、 こ れ に 関 連 し て 占 星 論 の 見 地 か ら 世 俗 の 騒 乱 を 説 い て い る の は 正 に ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 先 駆 で あ る。 猶 お、 ﹁ 孝 順 父 母。 尊 重 師 長。 ﹂ ( 上。 七 九 二、 上。 ) と あ っ て、 儒 教 風 に 道 義 を 宣 揚 し て い る。 併 し 此 処 に 注 意 を 促 し た い の は、 同 じ く 菩 提 流 志 訳 で あ る の に、 ﹃ 不 空 羅 索 神 変 真 言 経 ﹄ 三 十 巻 ( 正 蔵。 二 〇。 一 〇 ( 九 二 号。 麗 本。 ) に は 中 国 風 な 訳 述 箇 所 が 全 く 発 見 出 来 な い と い う こ と で あ る。 此 の 相 違 は 何 を 意 味 す る で あ ろ う か。 こ こ で 想 起 す る の は 渡 辺 照 宏 博 士 の 羅 什 訳 ﹃ 法 華 経 ﹄ に よ る 天 台 の 三 諦 ・ 十 如 是 説 が イ ン ド 資 料 に 対 す る 無 智 と 誤 解 の 上 に 築 か れ た の で 厳 密 な 意 味 で 信 頼 出 来 な い と さ れ る 啓 蒙 学 説 で あ る。 私 の 考 え て い る 所 の 中 国 風 な 訳 述 も 或 は こ う い う の で あ る か も 知 れ な い。 而 し 此 れ は、 天 台 の 誤 解 の 如 く 私 の 誤 解 で は な く し て、 訳 述 者 の そ れ で あ る。 窮 極、 私 の 論 旨 は イ ン ド 渡 来 の 密 教 の 中 国 思 想 へ の 影 響 を 論 じ た り、 亦 そ の 逆 を 論 じ た り、 或 は 亦 両 者 の 分 析 を 試 み た り し よ う と す る の で は な く し て、 中 国 思 想 界 に 於 け る 密 ・ 道 ・ 儒 の あ り 方 を 論 じ よ う と す る も の で あ る。 謂 う な ら ば、 魏 (13) 晋 一 般 仏 教 の 格 義 と 対 比 し て、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ を 素 材 と し て 宋 代 の そ れ を 論 じ よ う と す る も の に 外 な ら な い。 と も 角、 い ず れ に せ よ、 陰 陽 思 想 で あ ろ う が、 五 行 論 で あ ろ う が、 儒 教 の 孝 道 論 で あ ろ う が、 道 教 の 功 過 格 論 で あ ろ う が、 学 術 思 想 と し て 密 教 思 想 と 其 の 共 通 面 に 於 て 融 合 し て い る と い っ た 様 な 教 理 を 弄 ぶ 四 角 張 っ た 専 門 家 の 論 考 は 此 の 際 む ず か し い の で あ っ て、 民 俗 化 し た 中 国 思 想 と し て、 之 が 如 何 に 宋 訳 の 密 部 経 文 で あ る ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 訳 述 に 反 映 し て (14) い る か を 明 か に し よ う と し た の が 此 の 小 論 の 目 的 で あ る。 六 そ れ で は 次 に 古 い と こ ろ 六 朝 の 古 経 で あ る 失 訳 ﹃ 陀 羅 尼 雑 集 ﹄ 十 巻 ( 蔵。 二 十 一。 一 三 三 六 号。 麗 本。 ) を 参 考 に し よ う。 此 の 経 文 は 同 じ く 六 朝 失 訳 の ﹃ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ 四 巻 ( 蔵。 二 十 一。 一 三 三 二 号。 麗 本。 ) と 所 謂 同 本 異 訳 と い わ れ て い る か ら、 必 要 に 応 じ て 両 本 を 対 照 し つ つ、 中 国 風 密 教 の 系 譜 を 更 に 階 ・ 唐 以 前 (15) に 迄 逆 上 っ て 究 明 し、 而 る 上 で 今 一 度 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 を 省 る こ と に し よ う。 ﹃ 陀 羅 尼 雑 集 ﹄ の 巻 三 は、 摩 酪 首 羅 ・ 入 膏 那 羅 延 ・ 大 功 徳 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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-7-密 教 文 化 ・ 八 龍 王 の 四 天 の 呪 を 示 し た も の で あ っ て、 此 処 に 説 か れ て い る 所 は 私 が ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ に お け る 中 国 風 な る も の と し て 指 摘 し た そ れ と 共 通 な も の と ﹃ 陀 羅 尼 雑 集 ﹄ だ け の も の と が 存 す る。 (一) 是 王 応 答 建 立 仏 法。 当 修 十 徳。 何 等 為 十。 一 者 以 慈 悲。 養 育 民 物。 二 者 怨 親 平 等。 心 無 憎 愛。 三 者 治 国 正 法。 不 狂 民 物。 四 者 退 悪 任 善。 識 賢 別 愚。 五 者 謙 下 自 卑。 不 軽 賢 士。 六 者 有 来 求 者。 不 違 其 意。 随 其 所 求。 悉 皆 給 与。 七 者 於 三 宝。 所 其 心 純 厚。 八 者 抵 済 貧 窮。 慾 諸 孤 老。 九 者 有 賢 士。 当 徴 召 之。 十 者 普 慈 人 民。 捨 恨 念 旧。 猶 如 慈 父。 愛 念 其 子。 温 潤 清 流。 若 諸 人 王。 能 行 是 徳。 当 知 是 王 諸 仏 所 護。 我 等 諸 天 亦 護 是 王。 不 令 隣 敵 来 侵 是 界。 有 諸 善 人。 福 徳 賢 士。 皆 集 其 国。 雨 沢 順 時。 不 被 災 霜。 人 民 安 楽。 悪 龍 撮 毒。 無 病 苦 者 。 是 王 若 能 修 十 善 徳。 復 能 兼 論 此 陀 羅 尼。 ( 蔵。 二 十 一。 一 三 三 六 号。 五 九 一、 下。 正 蔵。 二 十 一。 一 三 三 二 号。 五 五 〇、 中。 ) は 真 に 訓 れ た 平 易 な 漢 文 で 書 か れ て い る し、 儒 家 の 十 徳 を 以 て 儒 学 儒 教 の 政 治 の 理 想 的 実 績 を 書 き な ら べ、 六 朝 貴 族 を 温 潤 清 流 と 示 し、 内 容 は ﹃ 赤 松 子 中 誠 経 ﹄ の 功 過 格 と し て 規 定 さ れ て い る も の と 同 様 で あ る。 (二) 我 等 二 人 且 当 入 山。 精 誠 剋 属。 求 神 仙 道。 言 已 即 去。 精 誠 不 久。 獲 得 五 通。 ⋮ ⋮ 諸 小 国 王 及 諸 群 臣。 威 皆 思 念 山 中 神 仙。 無 貧 性 乃 得 為 仙。 ⋮ ⋮ 我 等 諸 入 当 共 入 山。 勧 請 神 仙。 為 大 王。 兼 有 神 化。 威 伏 諸 国。 ⋮ ⋮ 一 万 大 臣。 皆 共 入 山。 推 覚 求 索。 会 遇 見 之。 一 万 大 臣。 拝 観 問 訊。 神 仙 尊 者。 我 等 頑 愚。 不 識 正 真。 ⋮ ⋮ 仙 人 答 言。 ⋮ ⋮ 不 如 住 此 求 道 神 仙。 飲 水 食 菓。 清 閑 寂 漠。 精 誠 不 久。 皆 得 五 通。 飛 騰 清 虚。 靡 不 周 遍。 ( 正 蔵。 二 十 一。 五 九 五、 上。 ( 正 蔵。 二 十 一。 五 五 四、 上。 ) は イ ン ド の ス ー パ ー マ ン を 語 り、 そ の 五 通 を あ げ て い る が、 水 を 飲 み、 菓 を 食 い、 清 閑 寂 漠 と 言 う か ら、 明 か に 道 教 に 託 し て 之 を 説 い た 風 体 で あ る。 口 国 王 爾 時 応 当 深 心。 敬 重 三 宝 。 恩 慧 貧 窮。 謙 敬 仁 義。 恩 徳 普 覆。 尊 聖 敬 徳。 退 悪 任 善。 謙 敬 理 信。 ( 上。 五 九 二、 下。) 同 上。 五 五 一、 中。) は 儒 教 倫 理 を 称 揚 す る。 四 其 王 爾 時 於 其 国 内。 熾 然 正 法。 率 諸 群 臣。 以 正 法 教。 温 良 恭 倹。 孝 養 父 母。 慈 悲 憐 慾 孤 窮 衆 生。 ⋮ ⋮ 生 父 母 師 長 想 朋 友 知 識 想。 ( 同 上。 五 九 三、 中。 同 上。 五 五 二、 中。 ) も 亦 儒 教 風 で あ る。 (五) 為 子 不 孝。 為 臣 不 忠。 ⋮ ⋮ 敬 諸 比 丘。 孝 順 父 母。 恭 敬 師 長 書 旧 宿 長。 ( 上。 六 九 四、 中。 同 上 。 五 五 三、 上。 ) も こ れ 亦 著 し く 儒 教 風 で あ る。 因 求 官 職 者。 令 得 職 爵。 求 大 富 者。 施 其 宝 蔵。 ⋮ ⋮ 求 長 寿

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与 長 寿。 欲 令 国 土 無 災 害。 雨 沢 時 節。 不 旱 不 湧。 正 得 其 中。 無 諸 災 霜。 穀 米 豊 熟。 人 民 安 楽。 ( 上。 五 九 五、 下。 同 上。 五 五 四、 中。 ) は 諸 国 王 の 所 願 を 表 明 し た も の で あ る け れ ど も、 ﹃ 赤 松 子 中 誠 経 ﹄ に 書 か れ て あ る 道 教 風 の そ れ と も 相 い 通 ず る。 以 上 此 の 種 の 実 例 は 唐 代 の 経 軌 に も 似 通 っ た も の が あ る け れ ど も、 今 は 六 朝 の 密 部 経 文 の 上 に 中 国 風 な る も の を 索 め て み た。 儒 教 倫 理 の 昂 揚 は い ず れ の 時 代 と 錐 も、 顕 密 の 経 文 の 上 に 凋 落 を 見 た こ と は な い し、 六 朝 の 神 仙 古 道 教 の 反 映 も イ ン ド の ス ー パ ー マ ン と の 共 通 性 に 於 て、 ﹃ 陀 羅 尼 雑 集 ﹄ と ﹃ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ の 上 に 認 め る こ と が 出 来 る と 思 う。 つ ま り 中 国 風 密 教 の 伝 統 は 頗 る 古 く、 六 朝 ・階 ・唐 時 代 に 遡 る。 そ う し て 其 の 中 国 風 な る も の の 依 っ て 以 て 出 現 し た 因 由 は、 先 行 の 経 文 の 辞 句 辞 面 の 上 か ら 追 究 す る こ と が 出 来 る 場 合 も あ る け れ ど も、 夫 れ 夫 れ の 時 代 に つ い て 観 な け れ ば 其 の 意 味 を 十 分 理 解 し 得 な い。 そ こ で 趙 宋 時 代 に 立 ち 戻 っ て、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ に つ い て 更 に 一 つ 二 つ 取 り 上 げ た い 問 題 が あ る。 七 漢 訳 ﹃文 殊 儀 軌 経 ﹄ 巻 十 四 陰 陽 善 悪 徴 応 品 第 十 八 に は、 寿 (16) 命 の 量 を 説 い て、 末 法 の 時 の 人 の 寿 命 は、 正 法 時 の 百 歳 よ り 短 か っ た り、 長 か っ た り、 人 間 に は 多 く の 非 人 が あ っ て、 寿 命 を 侵 害 し て い る と 説 く。 此 の あ た り は ﹃ 抱 朴 子 ﹄ の 内 篇 巻 四 金 丹 ・ 巻 六 微 旨 に て 司 命 が 死 籍 を 削 去 し た り、 算 紀 を 奪 っ た り し て、 人 間 の 寿 命 を 伸 し た り 縮 め た り す る こ と を 説 い て い る の と 相 い 通 ず る。 而 し 問 題 は 次 に あ っ て、 此 の 様 な 諸 悪 事 が 行 わ れ、 驚 怖 を 作 せ ば、 彼 の 天 人 阿 修 羅 等 は 不 善 を 行 い、 相 い 闘 戦 す る。 こ れ と 同 じ こ と を ﹃ 宿 曜 経 ﹄ は 占 星 の 上 か ら だ け で 説 い て い る が、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ で は 末 法 思 想 の 上 か ら も 説 い て い る。 借 て 此 の 時 に、 人 間 に 諸 悪 相 が 現 れ、 時 に 非 ず 即 ち 突 然 に、 ﹁ 地 動 ﹂ が あ る。 つ ま り ﹁ 地 震 ﹂ が お こ る。 そ う す る と、 忽 ち 風 雷 ・ 閃 雷 の 異 常 を 作 し、 天 火 黒 煙 は 処 処 に 起 る。 こ れ ら は 彼 の 計 都 星 が 日 ・ 月 蝕 を 作 し た か ら で あ る。 若 し こ の よ う な 種 々 諸 悪 相 を 現 し た な ら ば、 其 の 所 現 の 国 で は、 必 ず 衆 生 は こ れ に 感 じ て、 重 ね 重 ね 疾 病 が お こ る。 磯 饒 が あ っ て、 天 柾 す る し、 国 王 も 崩 喪 す る。 一 切 の 人 民 は 皆 大 い に 憂 倥 し、 諸 出 家 人 も 亦 大 い に 怖 畏 す る。 又 別 に ﹁ 地 動 ﹂ を 説 い て、 若 し 婁 宿 ・ 井 宿 等 の 星 宿 が 宿 日 し た り、 宮 分 す る 地 方 の 所 に も 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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-9-密 教 文 化 ﹁ 地 動 ﹂ が あ る。 彼 の 国 内 で は、 盗 賊 悪 人 が 処 処 に 起 り、 侵 害 を な す。 南 方 国 王 は 注 ( 柾 ) し て、 大 災 が 起 る。 又 胃 宿 ・ 昂 宿 ・ 畢 宿 ・ 参 宿 等 が 宿 日 し、 宮 分 の あ る 時 は、 ﹁ 地 動 ﹂ が お こ る。 人 民 の 大 怖 は 彼 の 辺 方 に 及 び、 一 切 の 悪 人 は 競 っ て 賊 盗 と 為 り、 国 外 四 境 の 諸 王 等 は 互 い に 相 い 侵 害 し て、 冤 家 と な り、 病 疾 は 流 行 し、 死 者 は 数 え ら れ な い。 又 西 方 を 主 る 国 王 は 崩 喪 す る。 紫 宿 ・ 鬼 宿 ・ 柳 宿 ・ 張 宿 ・ 翼 宿 等 が 宿 日 し、 宮 分 す れ ば、 ﹁ 地 動 ﹂ が あ り、 国 内 は 大 乱 し、 人 民 は 不 安 と な り、 磯 饒 に て、 互 い に 相 い 侵 奪 し、 繋 縛 せ ら れ、 大 苦 悩 を 受 け る。 又 秒 宿 ・ 角 宿 ・ 充 宿 ・ 琢 宿 ・ 房 宿 ・ 心 宿 等 が 宿 目 し、 宿 ( 宮 ) 分 の と こ ろ に は、 ﹁ 地 動 ﹂ が あ る。 雪 山 の 周 廻 に は、 遍 ね く 悪 人 が あ り、 爾 波 羅 国 境 内 の 辺 地、 一 切 の 小 王 は 決 っ て 互 い に 相 い 侵 奪 し、 相 殺 す る。 又 尾 宿 ・ 箕 宿 が 宿 日 し、 宮 分 の あ る と き は、 ﹁ 地 動 ﹂ が あ る。 東 方 の 満 城 国 ・ 烏 託 国 ・ 迦 摩 噌 国 ・ 鍵 識 羅 国 の 諸 国 王 等 が 崩 喪 す る こ と 疑 い な い。 又 矯 肇 国 主 は 他 国 を 犯 す し、 自 か ら も 病 い に な っ て、 崩 喪 す る。 斗 宿 ・ 牛 宿 ・ 女 宿 ・ 危 宿 ・ 室 宿 ・ 壁 宿 ・ 奎 宿 等 が 宿 目 し、 宮 分 す る 地 方 で は、 日 中 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ っ て、 分 野 の 地、 所 有 の 衆 山、 一 切 は 崩 壊 す る。 彼 の 北 印 土 ・ 西 印 土 ・ 南 印 度 周 廻 の 四 境 の 住 者 は 互 い に 相 い 侵 奪 し、 大 災 が 起 り、 処 処 に 磯 館 あ っ て、 国 は 破 れ る。 若 し 早 農 に、 ﹁ 地 震 ﹂ が あ れ ば、 国 内 の 災 は 息 み、 人 民 は 安 楽 す る。 若 し 上 時 に、 悪 い ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 彼 の 摩 端 陀 国 中 内 外 上 の 人 は、 皆 苦 悩 を 受 け、 国 王 に 難 あ り。 若 し 午 後 を 過 ぎ た り、 晩 際 に ﹁ 地 動 ﹂ あ れ ば、 国 境 内 の 一 切 出 家 の 人 は 病 疾 が お こ る が、 七 昼 夜 に し て、 災 滲 は 退 く。 若 し 日 過 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ る な ら ば、 四 姓 修 行 上 人 は 苦 悩 を 受 け る。 或 は 王 も 重 臣 も、 法 を 知 る 者 も 災 が あ る。 又 最 上 工 巧 の 人 は、 第 一 義 に 於 て、 善 く 分 別 了 解 し、 修 行 の で き る 者、 乃 至 多 聞 多 記 の 者 も、 皆 病 苦 を 得 る。 若 し 晩 後 日 没 時 に ﹁ 地 動 ﹂ あ れ ば、 雑 類 畜 生 等 が 病 死 す。 若 し 初 夜 分 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ っ た り、 初 夜 前 後 に 地 動 が あ る と、 共 に 不 祥 を 現 し、 大 風 雨 あ っ て、 大 電 が 降 る。 必 ず 他 兵 が 侵 擾 し、 大 位 を 逼 奪 す る。 若 し 初 夜 第 二 分 時 に、 ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 他 矢 が 入 境 す る も、 自 か ら 腹 患 を 患 み、 陽 毒 ・ 陰 毒 ・ 諸 疾 病 に な り、 死 を 致 す。 そ う し て、 自 境 の 人 民 は 異 地 に 逃 亡 す る。 若 し 夜 第 二 分 中 間 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 大 風 が あ る。 帝 宮 の 内 楼 閣 ・ 台 謝 は 皆 傾 壊 す る。 樹 木 も 亦 擢 折 す る し、 城 壁 や 寺 舎 殿 堂 も、 山 間 の 傍 生 住 処 も、 皆 悉 く 破 壊 す る。 若 し 夜 半

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時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 東 方 国 主 は、 子 に 大 災 あ り、 彼 の 国 内 の 人 民 に は 磯 饒 が あ る。 若 し 過 半 夜 後 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 大 地 の 災 は 息 み、 一 切 安 楽 で あ る。 若 し 半 夜 後 分 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 中 国 王 は 必 ず 病 み、 崩 じ て 後、 悪 事 に 苦 悩 し、 互 い に 相 い 侵 害 す る。 若 し 夜 第 三 分 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 凡 そ 微 賎 の 人 は 快 楽 を 得 て、 蚊 ・ 蜻 ・ 蚊 ・ 蝶 の 類 は 一 切 皆 死 ん で、 穀 物 は 熟 す る。 も し 早 農 に ﹁ 地 動 ﹂ あ れ ば、 国 中 に 大 火 災 が あ る。 一 切 州 の 日 出 時 に ﹁ 地 動 ﹂ が あ れ ば、 中 国 一 切 の 処 に 賊 起 り、 互 い に 相 い 侵 奪 す る。 国 中、 七 日 の 後 に、 王 は 崩 喪 す る。 是 く の 若 く、 七 日 を 過 ぐ る も 定 ら な い。 若 し ﹁ 地 動 ﹂ の 時 に、 震 露 ・ 電 光 の 白 色 な る も の は 亦 大 不 祥 が あ る。 若 し ﹁ 地 動 ﹂ な く し て、 恒 に 露 震 ・ 電 光 の 白 い の は 吉 善 で あ る。 若 し ﹁ 地 動 ﹂ の 時、 電 光 の 赤 色 な る は、 火 と 黒 煙 が あ っ て、 王 は 崩 喪 す る。 ﹁ 地 動 ﹂ の 時、 露 震 ・ 電 光 の 黄 色 か、 黄 赤 雑 問 の 色 を 作 す も の は 大 災 難 が あ る、 と。 以 上、 随 分 長 行 に わ た り 引 用 し た も の は、 ﹁ 地 震 ﹂ を 二 十 八 宿 ・ 十 二 宮 分 に よ る 占 星 法 に よ り、 イ ン ド ・ シ ナ 其 の 他 の 諸 国 に 汎 ね く 適 用 し た 叙 述 で あ っ て、 辞 面 用 語 は 梵 本 か ら の 直 訳 体 で な く し て、 著 し く 中 国 風 で あ る こ と は 儒 ・ 道 二 教 の 文 献 に 親 し み の あ る 者 に は 自 明 で あ る。 そ う し て 末 法 時 の 世 相 を 鋭 く 衝 い て 著 し く 中 国 風 で あ る。 此 の 末 法 に 集 中 し た 説 相 は 此 の 巻 十 四 か ら 巻 十 五、 特 に 巻 二 十 に 顕 著 に 著 わ れ て い る。 前 き に 私 は ﹃ 陀 羅 尼 雑 集 ﹄ と ﹃ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ に つ い て 其 の 中 国 風 な る 部 分 が 六 朝 時 代 を 反 映 し た も の で あ る と い う 歴 史 学 的 見 地 か ら の 卑 見 を 加 え て お い た が、 此 の 宋 代 の ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ に つ い て も、 同 様 の 見 解 を 持 っ て い る の で、 そ れ を 御 披 露 い た し、 論 証 の 上 で、 博 雅 の 叱 正 を 仰 ぎ た い。 こ こ に 私 が 取 り 上 げ た ﹁ 地 動 ﹂ す な わ ち ﹁ 地 震 ﹂ は、 密 部 漢 訳 の 経 文 に て は 他 に も 其 の 実 例 は あ る け れ ど も、 此 れ 程 そ の 驚 畏 を 婁 々 説 い た 例 は 外 に は な い。 そ こ で ﹃ 宋 史 ﹄ 巻 六 十 七 -五 行 志 第 二 十 -五 行 五-十 一 に は、 ﹁ 地 震 ﹂ の 記 事 が 頻 繁 に 見 え る。 左 に そ れ を 掲 出 し て み よ う。 乾 徳 三 年。 京 師 地 震。 至 道 二 年 十 月。 漣 関 西 至 霊 州 夏 州 環 州 慶 州 等 州 地 震。 成 平 二 年 九 月。 常 州 地 震。 成 平 四 年 九 月。 慶 州 地 震。 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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-11-密 教 文 化 成 平 六 年 正 月。 益 州 地 震。 景 徳 元 年 正 月 丙 申 夜。 京 師 地 震。 癸 卯 夜 復 震。 丁 未 夜 復 震。 癸 丑 翼 州 地 震。 二 月 益 黎 雅 州 地 震。 三 月 邪 州 地 震。 四 月 己 卯 夜 蔽 州 地 震。 五 月 邪 州 復 震 不 止。 十 一 月 壬 子 日 南 至 京 師 地 震。 癸 丑 石 州 地 震。 景 徳 四 年 七 月 丙 戌。 益 州 地 震。 己 丑 溜 州 瓦 亭 砦 地 震 者 四。 大 中 祥 符 二 年 三 月。 代 州 地 震。 大 中 祥 符 四 年 六 月。 昌 眉 州 並 地 震。 七 月 真 定 府 地 震。 天 聖 五 年 三 月。 泰 州 地 震。 天 聖 七 年。 京 師 地 震。 景 祐 四 年 十 二 月 甲 子。 京 師 地 震。 甲 申 析 代 丼 三 州 地 震。 宝 元 元 年 正 月 庚 申。 丼 折 代 三 州 地 震。 十 二 月 甲 子 京 師 地 震。 慶 暦 三 年 五 月 九 日。 折 州 大 震。 慶 暦 四 年 五 月 庚 午。 折 州 地 震。 慶 暦 五 年 七 月 十 四 日。 広 州 地 震。 慶 暦 六 年 二 月 戊 寅。 青 州 地 震。 三 月 庚 寅 登 州 地 震。 五 月 甲 申 京 師 地 震。 慶 暦 七 年 十 月 乙 丑。 河 陽 許 州 地 震。 皇 祐 二 年 十 一 月 丁 酉 夜。 秀 州 地 震。 嘉 祐 二 年。 雄 州 北 界 幽 州 地 大 震。 嘉 祐 五 年 五 月 己 丑。 京 師 地 震。 弘 平 四 年 秋。 潭 泉 建 州 郡 武 興 化 軍 等 処 皆 地 震。 八 月 己 巳 京 師 地 震。 煕 寧 元 年 七 年 甲 申。 地 震。 乙 酉 辛 卯 再 震。 八 月 壬 寅 甲 辰 又 震。 是 月 漬 城 東 阿 二 県 地 震 終 日。 槍 州 清 池 莫 州 亦 震。 是 時 河 北 復 大 震。 或 数 刻 不 止。 九 月 戌 子 莫 州 地 震。 十 一 月 乙 未 京 師 及 莫 州 地 震。 十 二 月 癸 卯 濠 州 地 大 震。 丁 巳 翼 州 地 震。 辛 酉 濾 州 地 震。 是 月 潮 州 地 再 震。 是 歳 数 路 地 震。 元 豊 八 年 五 月 丙 午。 京 師 地 震。 、 元 祐 二 年 二 月 辛 亥。 代 州 地 震。 元 祐 四 年 春。 陳 西 河 北 地 震。 元 祐 七 年 九 月 己 酉。 蘭 州 鎮 戒 軍 永 興 軍 地 震。 十 月 庚 戌 朔 環 州 地 再 震。 紹 聖 元 年 十 一 月 丙 戌。 太 原 府 地 震。 紹 聖 二 年 十 月 十 一 目。 河 南 府 地 震。 是 歳 蘇 州 自 夏 迄 秋 地 震。 紹 聖 十 三 年 三 月 戊 戌 夜。 剣 南 東 川 地 震。 九 月 己 酉 源 州 沃

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州 地 震。 紹 聖 十 四 年 六 月 己 酉。 太 原 府 地 震。 元 符 元 年 七 月 壬 申 夜。 地 震 良 久。 元 符 二 年 正 月 壬 申。 恩 州 地 震。 八 月 甲 戌 太 原 府 地 震。 元 符 三 年 五 月 己 巳。 太 原 府 又 震。 建 中 靖 国 元 年 十 一 月 辛 亥。 太 原 府 瀦 奮 県 代 石 嵐 等 州 山可 嵐 威 勝 保 化 寧 化 軍 地 震。 弥 旬 昼 夜 不 止。 自 後 有 司 方 言。 祥 瑞 郡 国 地 震。 多 抑 而 不 奏。 政 和 七 年 六 月。 詔 日 煕 河 環 慶 浬 原 路 地 震。 宣 和 四 年。 雄 州 地 大 震。 宣 和 六 年 正 月。 京 師 連 日 地 震。 宣 和 七 年 己 亥。 煕 河 路 地 震。 建 炎 二 年 正 月 戊 戌。 長 安 地 大 震。 紹 興 三 年 入 月 甲 申。 地 震。 平 江 府 湖 州 尤 甚。 紹 興 四 年。 四 川 地 震。 紹 興 五 年。 行 都 地 震。 紹 興 六 年 乙 巳 夜。 地 震。 紹 興 七 年。 地 震。 紹 興 二 十 四 年 正 月 戊 寅。 地 震。 紹 興 二 十 五 年 三 月 壬 申。 地 震。 紹 興 二 十 八 年 入 月 甲 寅。 夜 震。 紹 興 三 十 一 年 三 月 壬 辰。 地 震。 紹 興 三 十 二 年 七 月 戊 申。 地 震。 隆 興 元 年 十 月 丁 丑。 地 震。 六 月 甲 寅 又 震。 乾 道 二 年 九 月 丙 午。 地 震。 乾 道 四 年 十 二 月 壬 子。 石 泉 軍 地 震。 淳 煕 元 年 十 二 月 戊 辰。 地 震。 淳 煕 九 年 十 二 月 壬 寅。 夜 地 震。 淳 煕 十 年 十 二 月 丙 寅。 地 震。 淳 煕 十 二 年 五 月 庚 寅。 地 震。 慶 元 六 年 九 月。 東 北 地 震。 十 一 月 甲 子 地 震。 嘉 定 六 年 四 月。 行 都 地 震。 六 月 丙 子 淳 安 県 地 震。 嘉 定 九 年 二 月 辛 亥。 東 西 川 地 大 震。 嘉 定 十 年 二 月 庚 申。 地 震。 嘉 定 十 二 年 五 月。 地 震。 六 月 西 川 地 震。 嘉 定 十 四 年 正 月 乙 未。 夜 地 震。 五 月 丙 申 西 川 地 震。 宝 慶 元 年 入 月 己 酉。 地 震。 嘉 煕 四 年 十 二 月 丙 辰。 地 震。 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研

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究-密 教 文 化 淳 祐 元 年 十 二 月 庚 辰。 夜 地 震。 宝 祐 三 年。 蜀 地 震。 威 淳 七 年。 嘉 定 府 城 震 者 三。 右 の 如 く、 其 の 頻 繁 さ は 正 史 の 五 行 志 に 類 を 見 な い。 北 宋 ・ 南 宋 を 通 じ て、 国 都 京 師 ・ 沐 京 を 始 め と し て、 行 都 杭 州 臨 安、 西 北 辺 境 か ら 嶺 南 に 亘 り、 賜 し い 記 事 で あ る。 そ の 被 害 恐 怖 の 実 況 が 細 細 と 書 か れ あ る の は 煩 項 を 避 け て、 こ こ に は 一 切 省 略 し て 記 し て い な い が、 概 ね ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ 巻 十 四 に 記 す 所 と 同 様 で あ る。 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ は 斯 様 な 宋 代 の 自 然 社 会 環 境 の 下 に 漢 訳 さ れ た か ら、 其 の 地 震 の 記 載 に も 詳 細 を 極 め、 そ こ に そ の 意 義 が あ る が、 唯 そ れ だ け で は な く し て、 上 来 屡 々 私 が 指 摘 し た 通 り、 此 の 経 文 の 梵 本 そ の も の が 余 程 中 国 事 情 に 暁 通 し て い た 人 の 手 に よ つ て 書 き 綴 ら れ た の で あ ろ う と 想 像 す る。 八 私 は、 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 辞 面 に は 中 国 風 な る も の と し て 儒 教 ・ 道 教 風 の 両 要 素 と 共 通 な る も の が 読 み 取 ら れ る こ と を 婁 々 力 説 し て 来 た が、 此 の 両 教 の 内 容 に 至 つ て は、 所 謂 イ ン ド 雑 密 の そ れ と 錐 も、 本 質 的 に 変 っ た も の で な い こ と も 付 説 し て お い た。 併 し 遍 ね く 中 国 風 な る も の の 典 型 を 索 む る な ら ば、 其 の 実 例 は、 何 時 で も、 何 と 云 っ て も、 儒 学 乃 至 儒 教 の 内 容 を 盛 っ た も の で あ る。 ﹃ 赤 松 子 中 誠 経 ﹄ の 儒 教 的 要 素 に 関 し て は 已 に 注 意 し た 通 り で あ る が、 ﹃ 抱 朴 子 ﹄ に 於 て も、 孔 子 門 徒 ・ 顔 淵 ・ 忠 孝 ・ 周 礼 ( 内 篇。 巻 十 二。 -弁 問 ) を 語 り、 之 等 を 推 称 し た 訳 で は な い が、 と も 角 儒 教 説 話 が 語 ら れ て 居 る 0 中 国 密 教 に 於 て も、 最 も 中 国 風 な る も の と し て 普 遍 的 な も の は や は り 儒 教 の そ れ で あ る こ と も 上 来 実 証 し た 通 り で あ る。 而 し、 此 の 事 実 は 儒 学 の 影 響 だ と 云 っ て 正 面 か ら 論 究 し な け れ ば な ら な い 内 容 の も の で は な く し て、 儒 教 が 民 俗 化 し て 風 俗 を な し、 そ れ が 宋 訳 の 経 文 の 上 に 反 映 し た も の で あ る こ と を 強 調 し て お い た。 畢 三覚 ず る に、 儒 ・ 道 ・ 密 の 三 教 が ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ に 於 て 斯 く の 如 く 読 み と れ る の を 私 は 中 国 風、 此 の 場 合 は 宋 代 風 と 更 に 限 定 し て 呼 ぶ こ と に す る。 故 に 私 は 梵 本 ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ の 巻 十 四 前 後 を 中 心 と し 巻 二 十 に 至 る 問 は、 巻 一 乃 至 巻 八 と は 相 違 し て、 当 時 の 中 国 事 情 に 暁 通 し た 人 の 撰 文 と 漢 訳 で あ ろ う と 想 像 す る し、 つ ま り 訳 者 天 息 災 を 筆 頭 に 訳 場 の 面 面 も 儒 ・ 道 両 教 を 身 に 付 け て い た 中 国 風 教 養 人 で あ

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ろ う と 推 定 す る 者 で あ る。 九 こ れ を 要 す る に、 此 の 小 論 の 大 要 は、 (一) 密 教 の 内 容 は、 イ ン ド 密 教 と 錐 も、 特 に 所 謂 雑 密 に 於 て は、 中 国 の 儒 ・ 道 両 教 特 に 道 教 と は、 呪 術 と 符 鑛 と 丹 薬 に お け る 現 世 利 益 の 点 に 於 て、 本 質 的 に 相 違 す る も の で な い こ と は 自 明 で あ る か ら、 こ れ を 漢 訳 す る 場 合 に 極 め て 安 易 に 儒 ・ 道 両 教 の 術 語 を 用 い る こ と が 出 来 た。 (二) ﹃ 文 殊 儀 軌 経 ﹄ で は 梵 文 原 典 も 現 存 す る か ら、 漢 訳 上 の 儒 ・ 道 両 教 の 術 語 を 梵 本 の 原 語 と 対 照 す る こ と が 出 来 た 結 果 か ら い え ば、 梵 ・ 漢 両 本 の 原 義 の 上 に 可 な り の 径 庭 が あ る こ と も 判 明 し た。 (三) 注 (12) に 示 し た 如 く、 唐 智 通 訳 ﹃ 千 眼 千 辟 目 観 世 音 菩 薩 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹄ 序 に よ れ ば、 儒 ・ 道 両 教 は 勿 論 の こ と、 梵 書 に も 通 じ る 博 学 の 俗 人 が 訳 場 に 於 て 筆 削 潤 色 し て 文 章 を 成 し た と あ る か ら、 宋 代 の ﹃ 文 殊 根 本 儀 軌 ﹄ の 場 合 も 此 れ と 大 差 な き も の と 想 像 す れ ば、 イ ン ド 密 教 (17) の 中 国 化 問 題 解 明 の 鍵 は 此 の 辺 の と こ ろ に 存 す る。 以 上 私 が 数 々 の 実 例 に 徴 し て、 中 国 風 密 教 の 徴 証 だ と 決 め つ け た 事 例 は、 各 各 そ れ ぞ れ 一 つ だ け を 以 て し て は、 例 え ば 孝 養 ・ 孝 順 に し ろ、 陰 ・ 陽 に し ろ、 末 法 ・ 末 世 に し ろ、 徴 応 ・ 祥 応 ・ 感 応 ・ 報 応 其 他 に し ろ、 中 国 風 の 慧 拠 た る 所 以 は 薄 弱 (18) で あ る と す る 批 評 は 免 れ な い と 反 省 し て い る。 而 し、 こ れ ら が 依 っ て 以 て、 い わ ば 相 関 ・ 綜 観 的 見 地 か ら す る な ら ば、 斯 様 な 断 案 を 敢 え て 下 し て も 差 し 支 え な い と 考 え る。 末 筆 な が ら、 此 の 拙 論 は、 前 き に 表 明 し た よ う に、 昭 和 四 十 五 年 度 高 野 山 大 学 同 学 会 春 季 大 会 の 席 上 に て 試 み た 報 告 の 内 容 を 推 敲 ・ 補 強 し た も の で、 堀 内 ・ 松 長 両 教 授 か ら の 示 教 と 助 力、 そ れ に 伊 藤 浄 厳 修 士 か ら の 推 奨 が あ っ た 為 め に 出 来 た も の で あ る。 謹 ん で 謝 意 を 上 る。 注 (1) 拙 著 ﹁ 一 行 禅 師 の 研 究 ﹂ -一 行 禅 師 撰 と 伝 え る 雑 密 儀 軌 と 唐 代 後 期 の 密 教。 昭 和 三 十 八 年 刊。 神 戸 商 科 大 学 ﹁ 研 究 叢 書 ﹂ 第 三。 (2) 拙 稿 ﹁ 中 国 密 教 史 研 究 ﹂ (七) -不 空 及 不 空 時 代 の 密 教 之 二 の 上 -雑 密 の 経 文 と 両 部 乃 至 合 行 の 儀 軌 -中 国 風 展 開 の 密 教 の 実 例 の 数 々。 -﹁ 人 文 論 集 ﹂ 四 の 一 ・ 二 号。 神 戸 商 科 大 学 学 術 研 究 会 編。 昭 和 四 十 三 年。 拙 稿 ﹁ 不 空 三 蔵 と 其 の 時 代 ﹂ -﹁ 仏 教 史 学 ﹂ 十 三 の 四。 昭 和 四 十 三 年。 (2) 拙 稿 ﹁ 唐 代 後 期 胎 蔵 系 密 教 学 の 二 流 派 と 三 種 悉 地 法 ﹂ -﹁ 密 教 学 密 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究

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-密 教 文 化 教 史 論 文 集 ﹂ 高 野 山 大 学 編。 昭 和 四 十 年 刊。 (4) 松 永 有 見 ﹁ 宋 遼 時 代 の 密 教 ﹂ -﹁ 密 教 研 究 ﹂ 第 三 十 八 号。 昭 和 五 年。 (5) 天 息 災 は 北 天 竺 人。 北 宋 太 宗-真 宗。 ﹁ 仏 祖 統 記 ﹂ 四 十 三 ・ 四 十 四。 (6) 吉 岡 義 豊 博 士 ﹁ 赤 松 子 中 誠 経 と 功 過 格 思 想 ﹂ -福 井 博 士 頒 寿 記 念 ﹁ 東 洋 思 想 論 集 ﹂。 昭 和 三 十 五 年 刊。 (7) 橋 爪 観 秀 ﹁ 末 法 思 想 に 関 す る 社 会 的 由 因 ﹂ -﹁ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹂ 十 七 の 二。 ﹁ 雑 阿 含 経 ﹂ 巻 三 ・ 十 三 に は、 正 法 ・ 像 法 を 説 く が、 末 法 を 説 か な い。 但 し、 巻 二 十 五 ﹁ 法 滅 尽 相 経 ﹂ に 法 滅 思 想 を 強 調 す る。 ﹁ 大 乗 月 蔵 経 ﹂ -法 滅 尽 品 に も 正 ・ 像 ・ 末 三 時 説 を 示 唆 す る。 ﹁ 大 乗 同 性 経 ﹂ 巻 下 に は、 正 法 ・ 像 法 ・ 末 法 を 説 く。 中 国 仏 教 に な っ て、 窺 基 の ﹁ 義 林 章 ﹂ 巻 六 に も、 正 法 ・ 像 法 ・ 末 法 を 説 く し、 吉 蔵 の ﹁ 法 華 玄 論 ﹂ 巻 十 に は、 正 法 五 〇 〇 年 ・ 像 法 一 〇 〇 〇 年 ・ 末 法 一 〇 〇 〇 〇 年 と 説 き、 一 段 と 詳 し く な っ て い る 0 末 法 思 想 は、 北 斉 以 来、 信 行 -道 緯 -善 導 と、 三 階 教 乃 至 浄 土 教 な ど の 中 国 仏 教 を 育 ん で 来 た 仏 教 世 界 観 で あ る と い わ れ て い る が、 正 し く そ う で あ る。 注 (16) 参 照。 密 部 経 文 の 上 で は、 古 く は ﹁ 灌 頂 経 ﹂ や ﹁ 阿 旺 薄 元 帥 軌 ﹂ に 末 法 ・ 未 来 末 世 が 畳 見 す る。 天 息 災 訳 で は、 ﹁ 一 切 如 来 大 秘 密 王 未 曽 有 最 上 微 妙 大 曼 摯 羅 経 ﹂ 五 巻 ( 正 蔵。 十 八。 八 八 九 号。 麗 本。 ) の 巻 五 に も 見 え る。 ( 正 蔵。 十 八。 五 五 六、 中。 )。 (8) 此 の ﹁ 文 殊 儀 軌 ﹂ に は、 巻 十 八 に も、 ﹁ 彼 支 那 国 及 大 支 那 国 ﹂ ( 正 蔵。 二 十。 八 九 八、 上。 ) と あ り、 中 国 と い う 名 称 も 見 え る 0 ( 同 上。 )。 一 般 仏 教 の 経 文 は 勿 論 の こ と、 外 に 密 部 経 文 に つ い て 見 て も、 支 那 ・ 震 旦 の 名 称 は 決 し て 珍 ら し く な い。 例 え ば、 東 晋 吊 戸 梨 蜜 多 羅 訳 ﹁ 灌 頂 経 ﹂ 巻 六 ・ 唐 菩 提 流 志 訳 ﹁ 文 殊 師 利 法 宝 蔵 陀 羅 尼 経 ﹂ ・ 不 空 訳 ﹁ 詞 哩 底 母 経 ﹂ に も 見 え る。 (9) 道 端 良 秀 博 士 ﹁ 唐 代 仏 教 史 の 研 究 ﹂ -第 三 章 仏 教 と 実 践 倫 理 -第 二 節 中 国 社 会 と 儒 教 の 孝 倫 理 -第 三 節 仏 教 孝 経 典 の 流 布 -第 四 節 唐 代 仏 教 徒 の 孝 道 論。 法 蔵 館。 昭 和 三 十 二 年 刊。 岡 部 和 雄 ﹁ 宗 密 に お け る 孝 論 の 展 開 と そ の 方 法 ﹂ -﹁ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹂ 十 五 の 二。 木 村 清 孝 ﹁ 中 国 仏 教 に お け る 孝 倫 理 の 受 容 過 程 ﹂ -﹁ 東 方 学 ﹂ 三 十 九。 静 谷 正 雄 ﹁ 碑 銘 に あ ら わ れ た 仏 塔 崇 拝 ﹂ -﹁ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹂ 十 六 の 一。 タ キ シ ラ 出 土 ハ テ ィ ヤ 銅 版 紀 元 前 七 七 年 に、 ﹁ 父 母 供 養 の た め に ﹂ と あ る。 中 国 の 孝 養 は 如 何 に も 現 実 的 に 面 前 の 父 母 の た め の そ れ で あ る が、 イ ン ド に 於 て は 亡 き 父 母 の た め の 供 養 が 孝 養 で あ る。 仏 教 学 者 一 般 は 漢 訳 仏 典 の 孝 養 ・ 孝 順 を 梵 本 に 討 源 し て、 悉 く 供 養 父 母 の 意 と 解 せ ら れ て い る 向 き が 多 い。 併 し 私 は、 現 実 的 な 雑 密 で は、 現 前 の 父 母 に 対 す る 孝 養 ・ 孝 順 と い う 意 味 に て 漢 訳 し て い る 場 合 が 多 い と 思 っ て い る。 尤 も、 こ れ に は 例 外 が あ っ て、 失 訳 唐 写 本 ﹁ 阿 密 哩 多 軍 祭 利 法 ﹂ ( 正 蔵。 二 十 一。 一 一 二 二 号。 ) で は、 孝 順 父 母 ( 正 蔵。 二 十 一。 六 五、 上。 ) と 供 養 父 母 ( 同 上。 六 一、 中。 ) と を 区 別 し て 漢 訳 し て い る し、 階 闇 那 堀 多 等 訳 ﹁ 大 法 炬 陀 羅 尼 経 ﹂ ( 正 蔵。 二 十 一。 一 三 四 〇 号。 ) で も、 供 養 父 母 ( 正

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蔵。 二 十 一。 六 七 六、 下。 ) と 不 順 父 母 ( 同 上。 七 二 〇、 中。 ) ・ 不 孝 父 母 ( 同 上。 七 三 二、 下。 ) ・ 不 孝 父 母 ( 同 上。 七 三 三、 下。 ) ・ 孝 順 養 父 母 ( 同 上。 八 〇 一、 下。 ) ・ 孝 養 父 母 ( 同 上。 八 一 四、 上。 ) 等 と 区 別 し て 漢 訳 し て い る。 (10) 此 の ﹁ 文 殊 儀 軌 経 ﹂ で は、 巻 十 四 に も、 ﹁ 互 相 侵 害。 而 冤 家。 ﹂ ( 正 蔵 二 十。 八 八 五、 下。 ) と あ る。 此 の 他、 密 部 経 文 に は、 以 下 解 説 す る 如 く 冤 家 ( 怨 家 ) と い う の が 頻 り に 出 て 来 る。 中 国 本 来 の 冤 の 思 想 は、 山 崎 宏 博 士 が 論 究 せ ら れ た 如 く、 シ ナ 中 世 貴 族 政 治 下 の 士 庶 社 会 に お け る 幾 多 受 難 の 徴 証 で あ っ て、 無 実 の 罪 餐 に よ る 怨 み を 意 味 す る。 山 崎 宏 博 士 ﹁ 六 朝 階 唐 時 代 の 報 応 信 仰 ﹂ -﹁ 史 林 ﹂ 四 〇 の 圃六。 一 九 五 七 年。 -﹁ 階 唐 仏 教 史 の 研 究 ﹂。 昭 和 四 十 二 年 刊。 法 蔵 館 ・ 勝 村 哲 也 ﹁ 顔 氏 家 訓 帰 心 篇 と 冤 魂 志 を め ぐ っ て ﹂ -﹁ 東 洋 史 研 究 ﹂ 二 十 六 の 三。 昭 和 四 十 二 年 ・ 荘 司 格 一 ﹁ 冥 祥 記 に つ い て ﹂ -﹁ 東 洋 学 ﹂ 二 十 二。 一 九 六 九 年。 冤 を 無 実 の 罪 と 解 す る も の は ﹁ 史 記 ﹂ の 干 定 国 伝 に、 ﹁ 民 自 以 下 不 冤 ﹂ と あ る を 欺 証 の 意 と す る。 顕 教 経 文 は 姑 ら く 措 く と し て、 密 部 経 文 で は 冤 と 怨 と 意 味 を 異 に す る か ど う か。 六 朝 古 経 で あ る ﹁ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ 四 巻 の 巻 三 に、 怨 親 平 等。 心 無 憎 愛。 ( 正 蔵。 二 十 一。 五 五 〇、 下。 ) ・ 怨 憎 平 等。 無 有 親 愛。 ( 同 上。 五 五 四、 下。 ) と あ る 怨 は 単 な る ﹁ う ら み ﹂ で あ る 0 梁 失 訳 ﹁虚 空 蔵 菩 薩 問 七 仏 陀 羅 尼 経 ﹂ に、 一 切 怨 家。 自 然 和 解。 ( 同 上。 五 六 二、 中。 ) ・ 是 諸 怨 賊。 無 問 遠 近。 自 然 退 散。 ( 同 上。 五 六 二、 下。 ) ・ 若 有 一 切 怨 家。 不 得 其 便。 ( 同 上。 五 六 二、 下。 ) ・ 欲 得 一 切 怨 家。 自 然 和 解。 ( 同 上 ) ・ 夜 見 悪 夢。 怨 家 伺 求 其 便。 ( 同 上 ) ・ 或 有 怨 家。 闘 諏 勝 負。 ( 同 上。 五 六 三、 中。 ) ・ 則 遠 一 切 怨 家。 不 得 其 便。 ( 同 上 ) 等 の 怨 も こ れ 亦 単 な る ﹁ う ら み ﹂ の 意 で あ る。 北 涼 法 衆 訳 ﹁ 大 方 等 陀 羅 尼 経 ﹂ 四 巻 の 巻 一 に、 若 有 菩 薩。 視 他 怨 家。 作 怨 家 想 者。 是 名 犯 第 十 三 重 戒。 ( 同 上。 六 四 六、 上。 ) と あ る 怨 も こ れ 亦 単 な る ﹁ う ら み ﹂ で あ る。 唐 写 本 失 訳 ﹁ 西 方 陀 羅 尼 蔵 中 金 剛 族 阿 密 哩 多 軍 旺 利 法 ﹂ に、 降 賊 債 怨 家。 ( 同 上。 五 三、 中。 ) ・ 破 一 切 怨 敵。 ( 同 上。 五 四、 下。 ) ・ 一 切 怨 家。 生 善 友 想。 ( 同 上。 六 四、 下。 ) ・ 一 切 王 難。 賊 難 怨 家 之 難。 ( 同 上。 ) ・ 欲 止 他 怨 兵 馬。 ( 同 上。 五 八、 下。 ) ・ 一 切 悪 鬼 薬 叉 羅 刹 竜 蛇 等 及 怨 家 悪 人。 ( 同 上。 五 九、 下。 ) ・ 若 作 降 怨 怨 法。 ( 同 上。 五 三、 下。 ) ・ 作 一 切 降 怨 法。 ( 同 上。 ) 等 数 々 諸 種 の 怨 も 悉 く 単 に 当 方 に 対 し て 抱 い て い る ﹁ う ら み ﹂ で あ る。 唐 善 無 畏 訳 ﹁ 阿 陀 薄 倶 元 帥 大 将 上 仏 陀 羅 尼 経 修 業 儀 軌 ﹂ 三 巻 の 巻 上 に、 欲 令 降 伏 一 切 怨 家 悪 人 悪 賊 等。 ( 同 上。 一 八 八、 中。 ) ・ 王 難 賊 難 怨 家 軍 兵 之 難。 ( 同 上。 一 九 〇、 上。 ) ・ 巻 下 に、 消 伏 隣 王 怨 敵 事。 ( 同 上。 一 九 九、 上。 ) と あ る 怨 も や は り ↑単 な る ﹁ う ら み ﹂ で あ る 0 唐 阿 質 達 霰 11 無 能 勝 将 訳 ﹁ 繊 跡 金 剛 説 神 通 大 満 陀 羅 尼 法 術 霊 要 門 ﹂ に、 降 伏 捨 怨 憎 之 心。 ( 同 上。 一 五 八、 下。 ) と あ る 怨 も こ れ 亦 単 な る 当 方 に 対 す る ﹁ う ら み ﹂ で あ る。 以 上 は 六 朝 ・ 階 唐 時 代 密 部 経 文 の 怨 の 数 々 の 実 例 を 示 し た が、 怨 家 ・ 怨 賊 ・ 怨 兵 ・ 怨 敵 ・ 怨 憎 ・ 降 怨 ・ 怨 法 等 あ る 中 で、 怨 家 の 例 が 圧 倒 的 に 多 い。 併 し 冤 の 意 味 の 如 き 無 実 の 罪 に 対 す る 怨 み と い っ た 特 殊 な 内 容 を 持 っ た も の で は な い。 但 し 顕 教 経 文 に 関 し て は 未 調 査 で あ る が、 中 華 書 局 印 行 の 辞 書 で あ る ﹁ 辞 海 ﹂ が 手 近 に あ 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究

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-密 教 文 化 る の で、 こ れ を 披 い て 怨 家 の 項 を 検 出 す る と、 謂 相 与 結 為 仇 饒 者。 無 量 寿 経。 怨 家 債 主 焚 漂 劫 奪。 按 俗 云 冤 家。 と 解 説 し て、 怨 家 と 冤 家 と を 同 義 と す る。 併 し、 六 朝 ・ 階 唐 密 部 経 文 で は 冤 家 の 事 例 は、 不 空 訳 ﹁ 阿 毘 遮 噌 迦 儀 軌 ﹂ ( 正 蔵。 二 十 一。 一 二 一 六 号。 麗 本。 八 ○、 上。 ) 他 二 三 あ る が、 悉 く 怨 家 と 同 意 義 で あ る の は 両 者 を 使 い 分 け て い な い か ら で あ ろ う。 尤 も 冤 敵 ・ 冤 雌 ・ 冤 恨 と い っ た 例 は 不 空 訳 ﹁ 阿 毘 遮 噌 迦 儀 軌 ﹂ ( 正 蔵。 二 十 一。 一 二 一 六 号。 麗 本。 八 ○、 上 ・ 八 ○、 中 ・ 八 ○、 下。 ) ・ 唐、 阿 質 達 霰 訳 ﹁ 大 威 力 鳥 枢 麸 摩 明 王 経 ﹂ ( 同 上。 一 二 二 七 号。 麗 本。 一 四 五、 上。 ) 唐、 般 若 力 訳 ﹁ 迦 縷 羅 及 諸 天 密 言 ﹂ ( 同 上。 一 二 七 八 号。 三 三 六、 下。 ) 不 空 訳 ﹁ 焔 口 経 ﹂ ( 同 上。 一 三 一 二 号。 四 六 五、 中。 ) ・ 同 ﹁ 施 食 起 教 縁 由 ﹂ ( 同 上。 一 三 三 九 号。 四 七 三、 中。 ) ・ 同 ﹁ 焔 口 軌 儀 経 ﹂ ( 同 上。 一 三 一 八 号。 四 六 九、 下。 四 七 二、 下。 ) が あ る。 而 る に 趙 宋 訳 に な る と、 ﹁ 文 殊 儀 軌 経 ﹂ と 同 様 冤 が 他 の 経 文 に も 多 く 使 用 さ れ て い る。 施 護 訳 ﹁ 仏 説 持 明 蔵 八 大 総 持 王 経 ﹂ に、 若 人 欲 降 冤 家 者。 当 面 南 坐。 手 画 冤 家 頭 面。 手 按 呪 之。 冤 自 降 伏。 ( 同 上。 八 八 七、 下。 ) と あ り、 施 護 訳 ﹁ 仏 説 尊 勝 大 明 王 経 ﹂ に、 一 切 冤 家 発 悪 心 者。 ( 同 上。 九 二 七、 中。 ) ・ 冤 家 見 面 除 解。 ( 同 上。 九 二 七、 中。 ) と あ る し、 法 護 訳 ﹁ 仏 説 出 世 一 切 如 来 法 眼 遍 照 大 力 明 王 経 ﹂ 二 巻 の 巻 下 に、 復 能 遠 離 一 切 冤 家。 ( 同 上。 一 二 一、 中。 ) ・ 関 閉 冤 家。 死 者 還 活。 ( 同 上 ) ・ 即 能 降 伏 一 切 冤 魔。 ( 同 上。 一 二 一、 中。 ) と あ り、 冤 魔 と い う 珍 ら し い 用 例 が あ る。 併 し こ れ ら の 冤 も い ず れ も 六 朝 ・ 階 唐 時 代 訳 の 怨 と 同 意 義 で、 単 な る ﹁ う ら み ﹂ の 意 以 外 の 何 物 で も な い。 次 に 天 息 災 訳 ﹁ 仏 説 大 摩 里 支 菩 薩 経 ﹂ 六 巻 で は 霧 し い 数 に 上 り、 冤 家 ・ 冤 賊 ・ 冤 兵 ・ 冤 人 ・ 冤 軍 ・ 冤 陣 ・ 冤 家 法 等 で あ っ て、 兵 ・ 軍 ・ 陣 に 関 す る 冤 が 目 に つ く が、 こ れ と 錐 も や は り 単 な る ﹁ う ら み ﹂ の 意 で あ る。 巻 一 で は、 正 蔵 二 十 一 の 二 六 二、 下 ・ 二 六 三、 上 ・ 二 六 三、 中 ・ 二 六 三、 中 ・ 二 六 三、 中 ・ 二 六 四、 中 ・ 二 六 四、 中 ・ 二 六 四、 中 ・ 二 六 四、 中 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 四、 下 ・ 二 六 五、 中 ・ 二 六 五、 中 ・ 二 六 五、 下 ・ 二 六 五、 下。 巻 二 で は 同 二 六 七、 下 ・ 二 六 七、 下 ・ 二 六 九、 中。 巻 三 で は 同 二 七 〇、 上 ・ 二 七 〇、 上 ・ 二 七 〇、 上。 巻 四 で は 同 二 七 四、 上 ・ 二 七 四、 中 ・ 二 七 四、 中 ・ 二 七 四、 下 ・ 二 七 五、 下 ・ 二 七 五、 下 ・ 二 七 五、 下 ・ 二 七 五、 下 ・ 二 七 六、 上。 巻 五 で は 同 二 七 六、 下。 巻 六 で は 同 二 七 九、 下 ・ 二 七 九、 下 ・ 二 七 九、 下 ・ 二 八 ○、 上 ・ 二 八 ○、 上 ・ 二 八 ○、 上 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 中 ・ 二 八 ○、 下 ・ 二 八 ○、 下 ・ 二 八 ○、 下 ・ 二 八 ○、 下 ・ 二 八 ○、 下 の 如 く で あ る が、 冤 の 意 は 依 然 変 化 な く、 六 朝 ・ 階 唐 訳 に 見 え る 怨 の 意 と 同 様、 単 な る ﹁ う ら み ﹂ で あ っ て、 中 国 本 来 独 自 の 無 実 の 罪 替 に 対 す る ﹁ う ら み ﹂ の 意 は 汲 み と れ な い。 つ ま り、 六 朝 ・ 階 唐 訳 で は、 怨 が、 趙 宋 訳 で は 冤 が 使 用 さ れ て い る だ け の こ と で あ る。 筆 者 按 ず る に、 本 朝 ﹁ 源 氏 物 語 ﹂ の 須 磨 ・ 明 石 の 巻 の 構 想 に お け る 光 源 氏 の 流 調 が 無 実 の 罪 を 訴 え て い る の は 中 国 貴 族 政 治 下 の 社 会 の 受 難 思 想 の 継 承 で あ っ て、 仏 教 的 な も の で な い の に 興 味 を 覚 え る。

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(11) 陰 陽 論 の 原 初 は 恐 ら く 易 の 繋 辞 で あ ろ う が、 こ れ を 儒 学 に 持 ち こ ん だ 人 は 漢 の 董 仲 野 の ﹁ 春 秋 繁 露 ﹂ で あ ろ う。 宋 学 者 は 更 に こ れ を 拡 充 し た。 田 中 麻 紗 己 ﹁春 秋 繁 露 五 行 篇 に つ い て の 一 考 察 ﹂ 1 ﹁ 東 洋 学 ﹂ 二 十 二。 道 教 医 学 の 書 で あ る 唐 の 王 泳 撰 ﹁ 黄 帝 内 経 素 問 ﹂ 巻 十 九 に、 神 在 天 為 風 ・ 寒 暑 燥 湿 風 火。 天 之 陰 陽 也。 三 陰 三 陽。 上 奉 之。 木 火 土 金 水 火。 地 之 陰 陽 也 ・ 厭 陰 之 上。 風 気 主 之。 少 陰 之 上。 熱 気 主 之。 と あ り、 以 下 盛 ん に 陰 ・ 陽 と 風 と を 説 く が、 陰 ・ 陽 ・ 風 の 三 元 は ト リ オ で 以 て 展 開 さ れ て い な い し、 古 く は ﹁ 漢 書 ﹂ の 律 暦 志 に 六 気 を 説 い て 陰 ・ 陽 ・ 風 を 数 え て い る が、 勿 論 三 元 論 で は な い。 後 漢 の 王 充 の ﹁ 論 衡 ﹂ に も 陰 陽 ( 自 然 篇 ) ・ 風 ( 商 虫 篇 ) を 論 じ た 箇 所 が あ る が、 こ れ 亦 三 元 論 で は な い。 漢 の 京 房 の ﹁ 京 氏 易 伝 ﹂ に も 陰 と 陽 と 風 と を 取 り 上 げ て い る が、 こ れ も 三 元 論 で は な い。 密 部 経 文 に て 陰 ・ 陽 論 を 説 く 先 例 は 晋 代 失 訳 ﹁ 七 仏 八 菩 薩 所 説 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ 四 巻 ( 正 蔵。 二 十 一。 一 三 三 二 号。 ) の 巻 四 で あ る。 此 の 経 文 は ﹁ 陀 羅 尼 雑 集 ﹂ 十 巻 ( 正 蔵 二 十。 一 三 三 六 号。 ) と 同 本 異 訳 と い わ れ て い る が、 私 は 同 本 異 出 と 見 て い る。 ﹁ 陀 羅 尼 雑 集 ﹂ は ﹁ 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ を 再 治 し た も の で あ ろ う。 巻 一-巻 三 迄 は 両 方 に 大 差 は な い が、 巻 四 は 可 な り 相 違 し、 ﹁ 陀 羅 尼 雑 集 ﹂ の 方 に は 陰 陽 論 は な い。 唐 の 菩 提 流 志 訳 ﹁ 文 殊 師 利 法 宝 蔵 陀 羅 尼 経 ﹂ ( 正 蔵。 二 十。 二 八 五 号。 A ・ B。 ) に も、 五 行 失 序。 陰 陽 交 錯。 ( 正 蔵。 二 十 一。 七 九 三、 下。 ) と 見 え る。 因 み に、 ﹁ 陀 羅 尼 雑 集 ﹂ を 再 治 本 と す る 私 の 論 拠 は、 十 巻 悉 く 各 巻 首 に 内 容 の 項 目 を 掲 げ て い る が ﹁ 大 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ に は そ れ が な い し、 ﹁ 陀 羅 尼 雑 集 ﹂ の 巻 四-巻 十 は 別 に 之 を 増 補 し た も の で あ る。 (12) 松 本 文 三 郎 博 士 ﹁ 趙 宋 時 代 の 訳 経 事 業 ﹂ -﹁ 仏 教 史 雑 考 ﹂。 創 元 社。 昭 和 十 九 年 刊。 筆 者 案 ず る に、 密 部 経 文 に 関 し、 中 国 風 潤 色 が あ っ た と 推 定 出 来 る 確 証 は、 唐 の 智 通 訳 ﹁ 千 眼 千 腎 観 世 音 菩 薩 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ 序 ( 正 蔵。 二 十。 一 〇 五 七 号。 ) に、 即 請 一 清 信 士 李 太 一。 其 人 博 学。 梵 書 玄 儒 亦 究。 紆 令 筆 削 潤 色 成 章。 と あ り、 経 文 中 に は 訳 文 で な く し て、 明 か に 作 文 に 成 る 辞 句 が 見 え る。 謹 案 梵 本 ・ 又 一 本 云 ・ 武 徳 年 中 等 の 如 き が 其 の 実 例 で あ る。 此 の ﹁ 千 眼 千 腎 観 世 音 菩 薩 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂ に は 麗 ・ 明 の 両 本 が 現 存 す る。 ﹁ 経 序 ﹂ は 麗 本 の 巻 首 だ け に あ っ て、 明 本 に は 無 く、 撰 者 は 誰 か 分 明 で な い。 撰 文 は 訳 者 智 通 を 客 観 的 に 扱 っ て 記 し て い る か ら、 智 通 が 撰 者 で は な い し、 中 天 竺 波 羅 門 僧 盟 多 提 婆 ・ 弘 福 大 徳 玄 暮 ・ 常 州 正 勤 寺 主 慧 淋 ・ 北 天 竺 婆 羅 門 僧 蘇 伽 施 ・ 波 衛 ・ 真 諦 律 師 そ の 他 無 名 の 北 天 竺 僧 ・ 西 来 梵 僧 等 の あ っ た こ と を 言 う が、 こ れ ら の 人 々 の 中 の 誰 か で も な さ そ う で あ る。 と も 角、 智 通 法 師 三 覆 既 了。 即 祈 心 懇 切。 停 流 徴 応。 ( 正 蔵。 二 十。 八 三、 中。 ) と あ る か ら、 中 国 思 想 の 浸 潤 が 見 ら れ る。 此 の 経 文 の 麗 本 と 明 本 と の 相 違 を 検 出 す る と、 麗 本 上 巻 に、 謹 案 梵 本 ・ 又 一 本 云 ・ 武 徳 年 中 ・ 又 案 梵 本 ( 正 蔵。 二 十。 八 七、 中。 ) 等 あ る は 前 き に 摘 記 し た 通 り で あ る し、 明 本 下 巻 に は、 智 通 畢 寛 尋 遂 不 得。 ( 正 蔵。 二 十。 九 五、 中。 ) ・ 智 通 於 此 僧 弟 弟 婆 伽 伽 辺 得 本。 ( 同 上。 九 六、 上。 ) ・ 智 通 於 涼 州。 逢 一 婆 羅 門 僧。 有 此 本。 ( 同 上。 九 六、 上。 ) 等 と あ る。 麗 本 に は 智 通 趙 宋 時 代 の 中 国 風 密 教 -天 息 災 訳 文 殊 儀 軌 経 の 研 究 -

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