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第3節制作を通した鑑賞

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1)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会/編:『かえるがいる―大原美術館教育普及活動この10年の歩

1993-2002』,財団法人大原美術館・株式会社人文経済研究所,2003年,93頁.

2)文部科学省:『幼稚園教育要領解説』,フレーベル館,2008年,263頁.

3)文部科学省,前掲著2),163頁.

第3節 制作を通した鑑賞

本節では、幼児対象プログラムのうち、制作を通した鑑賞である絵画鑑賞プログラム「模 写」、彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」について考察する。

Ⅰ.絵画鑑賞プログラム「模写」

1.絵画鑑賞プログラム「模写」への見解 (1)実践現場における見解

「模写」は、幼児対象プログラム立ち上げの契機となった保育所・若竹の園からの発案 により 1)、1995(平成7)年から実施され、以来、若竹の園を始め多くの保育施設で実施さ れている。

一般的に模写は、臨画教育への批判という歴史的背景から、否定的に捉えられる傾向が ある。また、平成元年の「学習指導要領」の改訂以降、「造形遊び」の充実が示されるな ど、子どもの本来的な表現欲求を重視した活動が重要と考えられている。現行の「幼稚園 教育要領」でも、領域「表現」の「感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現し たり、自由にかいたり、つくったりする(下線は筆者による)」2)と示され、自由な表現を 受け止め、表現する喜びを十分に味わえるようにすることを重視している3)

しかし、幼児対象プログラムにおける「模写」は、多くの保育施設で受け入れられ、実 践されている。保育施設は、「模写」を次のように捉えている。「模写は、大人の考えて いる模写と違って、感じたもの、見えないものを、自分の頭と手を使って表現しているも のが大半で、中には忠実に真似て描いているものもいた。形として残るので、1年1年が

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4)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),93頁.

5)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),96頁.

6)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),96頁.

7)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),97頁.

8)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),70頁.

9)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著1),42頁.

私たちにも印象深い」4)「本物の絵の前で自分が見たように、感じるままに模写する」5)「初 めて模写をさせて頂いた日のこと(中略)静かに、子どもたちがそれぞれに、自分の絵を描 き上げていく姿を見た時、(中略)感動せずにはいられなかった」6)「保育園に帰ってから の子どもたちの活動や変化にも、私たちは何度も魅せられたものでした。美術館で養われ た絵を見る目や色使いの工夫等、大切にしたいと話し合いました」7)(下線は筆者による) これらの記述から、「模写」が、絵画を忠実に再現する目的の活動ではなく、児童中心 主義的な活動であり、模写作品は幼児自身の表現や作品とみなされていることが分かる。

このことは、大原美術館が以下のように示す「模写」の目的とも整合する。「作品を見な がら絵を描くことにより、作品をよりよく見ること、また幼児が言語で明確に表すことの できない作品への気づきや思いを表すことを、目的としている。決して、作品をそっくり

「模して写す」ことが目的ではない」8)

一方、「模写」が、当初からすべての保育施設に理解されたわけではないことも記録さ れている。「A園:模写をする意味が、今ひとつ分からない。B園:私も初めは疑問に思っ ていた。(中略)他の園が模写をされる日に見学に行かせてもらった。そこで納得した。(中 略)描くことを通して、自分の気に入ったところや、作品を見たときの気持ちを表してい るのだと思った。その子の表現になっているのだと思う。C園(既実施園):微妙な色の違 いを出そうと、何色も塗り重ね、自分が納得いく色をつくり出そうとする子があったり、

気に入った部分を丁寧に描く子がいたり、作品には描かれていない部分を想像して描く子 があったり、(中略)その子なりの表現を、大切にしたいと思う」9)

以上から、保育施設は、経験的に「模写」の教育的価値を認め、幼児の創造性を発揮さ せる活動と捉えられていることが分かる。

(2)先行研究における見解

これまで多くの研究者達が、模写について言及しており、立場も様々である。例えば、

チゼック(F. Cizek)やローウェンフェルド(V. Lowenfeld)は否定的な立場であり、ローウェ ンフェルド(1963)は次のように述べている。「模写や模作は、(中略)多くの場合、それは

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10)Viktor Lowenfeld:Creative and Mental Growth, 3rd edition, The Macmillan Conpany, 1957.(竹内清・堀内敏・武井勝雄/

訳:『美術による人間形成―創造的発達と精神的発達』,黎明書房,1963年,86頁.)

11)岸田劉生:「図畫教育論―我子への図畫教育」(1925 年),『岸田劉生全集』第3巻,岩波書店,1979 年,540-541

頁.

12)有馬知江美・赤羽薫:「幼児を対象とした美術鑑賞プログラムにおける模写の実施過程の分析と考察」,2006年,58

頁.

13)有馬・赤羽,前掲著12),58頁.

他から課せられたものであって、子どもの行動の中にある本来の特性ではないのである。

しかしながら、幾度も模写を続けていると、その中に子どもの柔軟性は奪われてしまう」

「子どもが、自分自身の経験の世界に直面したり、それを表現したりすることができずに、

模写ばかりしていると、子どもは、最後には、自分の作品に自信を失い、明らかに逃避機 制である型にはまった繰り返しの中に逃げ込むようになる」10)。一方、アルンハイム(R.

Arnheim)やリュケ(G. H. Luquet)は肯定的な立場を取っている。以上のように、模写は、

肯定的にも否定的にも捉えられてきた。しかし、これらは描画発達における模写の是非に ついての見解である。本論文では鑑賞の手立ての1つとして「模写」を取り上げる。

日本においては、明治期に行われていた臨画への批判、及び山本鼎による自由画教育運 動の普及と、1928(昭和3)年の山本自身による自由画教育打ち切り宣言を経て、様々な図 画教育論が起こった。中でも岸田劉生(1925)は、「図畫教育論」において、鑑賞教育とし ての臨画について意義を認め、次のように述べている。「ここに提出した臨画法は、鑑賞 教育を一層確実に、又実際的にせしめるために、生徒の興味本位にまかせながらやらせる もので、その手本は鑑賞用の美術品による事勿論である。これは、模写したいといふ、美 的本能を認めた上にそれを活用するところのものである」11)絵画鑑賞プログラム「模写」

について、筆者の見解は、岸田の見解とほぼ同じである。

幼児対象プログラムについて、有馬知江美(2006)は幼児の哲学教育の観点から研究をし ている。「模写」については、「原画に拘束されながらも、子どもたちがその拘束を自ら 断ち、自分自身の自由な世界を展開していく(中略)模倣という行為を子どもたちに要請す る模写が、創造の契機であるということができる所以」12)とし、「目の淘汰」としての「模 写」の意義を述べている13)

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14)岡山万里・高橋敏之:「大原美術館における対話による幼児のための絵画鑑賞プログラム」,『美術教育学』第 30 号,美術科教育学会,2009年,152頁.

15)岡山・高橋,前掲著14),153頁.

2.絵画鑑賞プログラム「模写」の概要 (1)実施時期

1993(平成5)年から2006(平成 18)年までの 14年間に実施された幼児対象プログラムは

1122 回あり、そのうち絵画鑑賞プログラム「模写」を含む活動は 237 回ある。「模写」の 多くは、年間計画の後期に相当する 12 月以降に実施されている。幼児が画材の使用に慣 れ、発達過程に応じた描画能力を獲得した上で、活動に取り組ませるという保育者の希望 があるためである。年長児が行う場合は、卒園アルバムの表紙や内容に収録するという期 待もある。年中児が行う場合は、発達過程から3月頃に設定されている。

(2)実施手順

「模写」は、60 ~ 120 分で実施する。60 分で行う場合の、標準的な実施手順を表1に 示す。表1には記載していないが、60 分を超える活動時間を設定する場合や保育施設か ら希望があるとき、「導入」の中で油彩画の画材や道具について説明することもある。道 具箱に入れた絵の具、パレット、筆、ペインティングナイフなどとキャンバスを提示しな がら説明する。幼児対象プログラムの主な実施場所は本館であり、展示作品は主に油彩画 である。「模写」は年間計画の後半に行うことから、幼児は既に油彩画のマチエールを目 にしており、それらが何によって形成されているかを、幼児に知らせるためである。また、

幼児が「模写」で使用する画材では、油彩画と同様のマチエールを形成することができな い。予め材料や道具の違いを示すことにより、原作品の忠実な再現を期待しているわけで はないことを、幼児に理解させるねらいがある。

(3)実施場所と鑑賞作品

大原美術館は、同一敷地内の本館、分館、工芸・東洋館と、児島虎次郎記念館から成る。

「模写」は、主に本館2階展示室(以下、本館2階)と新展示棟2階展示室(以下、新展示 棟2階)で行う。両展示室が使用されるのは、展示作品と床面積に因るもので、絵画鑑賞 プログラム「対話」が両展示室で多く行われている理由とほぼ一致する14)。幼児が鑑賞す る主な作品の一覧を、表2に示す 15)。大原美術館は、所蔵作品の常設展示が基本であるた め、すべての展示作品が入れ替わるような大規模な展示替えは行わない。しかし、作品貸 出などに伴う部分的な展示替えを、早ければ数週間から数か月の時間幅で行うため、すべ

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ての幼児が、次に示す作品を常に鑑賞しているわけではない。また、他の作品が含まれる こともある。

(4)実施形態

「模写」は、10数名から 30 名程度の幼児と、2~4名の職員で行う。職員の役割は、

プログラム全体を進行する「進行」と、「進行」の補助をする「補助」である。30 名を越 える幼児を受け入れる場合は、時間帯をずらして実施する。30 名以下の場合でも、以下 のような理由から、本館2階と新展示棟2階の2展示室に分かれて活動する場合もある。

(1)年間計画の中で、幼児は既に両展示室の作品を見ていることから、模写する作品を決 めて来館する幼児への配慮、(2)多様な作品の中から、模写する作品を選ばせる配慮、(3) 床に画板と画用紙を置いて模写することから一般来館者の鑑賞を妨げる恐れがあり、1室 で活動する幼児の人数を分散させる配慮、などである。

表1.絵画鑑賞プログラム「模写」の実施手順

経過 活動 職員の行動と幼児の活動

00(分) 挨拶 ①幼児を迎える。挨拶し、歓迎の意を伝える。

03 移動 ①建物の中へ誘導する。②初めの展示室を一巡し、アトリウムへ誘導する。

05 導入 ①美術館はどのような所か伝える。②美術館での約束を話し合う。

13 移動 ①活動する展示室へ移動する。

15 鑑賞 ①幼児は、自由に鑑賞する。職員は、「好きな絵はあるかな」など声をかける。②集合 するよう伝える。③好きな作品、その理由などを尋ねる。④好きな作品を見て描くこと を伝える。その際、「絵をよく見て描いてみよう」「自分の見た通り、思った通り描いて ごらん」「この絵のこんなところが好きだな、と思う気持ちを、絵で教えて下さい」な どと説明し、対象となる作品をよく見ることに加え、その再現を目的としないことを伝 える。

35 模写 ①画用紙・画板・クレヨンなどを渡す。②幼児は、好きな作品の前へ行き、描く。職員 は、幼児の間を巡り、「よく見て描けているね」「この絵のどんなところが気に入ったの かな」などと言葉をかけたり、見守るなど、個々の幼児に適当な対応をする。

50 総括 ①集合するよう伝える。②活動を振り返る。③時間に応じ、互いの作品を見て、感想な どを話し合えるようにする。

55 移動 ①出口へ移動する。

58 挨拶 ①挨拶し、再訪を期待する意を伝える。

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表2.幼児が模写の対象にできる絵画一覧

●本館2階 ○アマン=ジャン『ヴェニスの祭』、○ヴュイヤール『薯をむくヴュイヤール夫人』、○エル・グレ コ『受胎告知』、○カリエール『想い』、○ギヨマン『自画像』、○クールベ『秋の海』、○ゴーギャン『かぐわし き大地』、○コロー『ラ・フェルテ=ミロンの風景』、○シスレー『マルリーの通り』、○シダネル『夕暮れの小 卓』、○シニャック『オーヴェルシーの運河』、○シャヴァンヌ『幻想』、○セガンティーニ『アルプスの真昼』

○セザンヌ『風景』『水浴』、○ドガ『赤い衣裳をつけた三人の踊り子』、○ピサロ『りんご採り』『中庭』、○フ ォラン『舞台裏』、○フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』、○ボナール『欄 干の猫』、○マネ『薄布のある帽子をかぶる女』、○ミレー『グレヴィルの断崖』、○モネ『睡蓮』『積みわら』

○モロー『雅歌』、○ラファエリ『アニエールの街路』、○ルソー『牛のいる風景』、○ルノワール『若い婦人の 肖像』『麦わら帽子の女』『泉による女』、○ロートレック『マルトX夫人の肖像―ボルドー』など

●新展示棟2階 ○ヴラマンク『静物』『サン・ドニ風景』、○カンディンスキー『尖端』、○キリコ『ヘクトー ルとアンドロマケーの別れ』、○グリス『コップと瓶』、○シャガール『恋人』『アレキサンドル・ロムの像』、○

スーティン『鴨』、○デュフィ『ドーヴィルの競馬場』、○ドラン『イタリアの女』『静物』、○ニコルソン『コン ポジション―木槿』、○ピカソ『頭蓋骨のある静物』『鳥籠』、○ブラック『裸婦』、○ホドラー『木を伐る人』

○マティス『マルグリット嬢の肖像』『画家の娘』『エトルタ』、○マルケ『マルセイユの港』、○ミロ『夜の中の 女たち』、○モディリアーニ『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』、○ユトリロ『パリ郊外―サン・ドニ』、○ルド ン『鐘楼守』、○ルオー『青い鼻の道化師』『呪われた王』など

(作家名五十音順.本節で取り上げた作家と作品に下線を引いた.)

(5)使用する材料と道具

幼児は、日頃保育施設で使用しているクレヨン、パス、色鉛筆、芯のみのカラーペンシ ルのいずれかと、画用紙もしくは自由画帳を持参する。画用紙の大きさと色は、幼児に適 当なものを保育者が選択するが、4つ切もしくは8つ切の白画用紙が使用されている。美 術館は、プラスティック製で軽量の4つ切画用紙に対応できる大きさの画板を貸し出す。

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16)高階秀爾/監修・高階秀爾他/著:『大原美術館名作選155』,財団法人大原美術館,2004年,27頁.

3.絵画鑑賞プログラム「模写」の実際

事例1:モネ『睡蓮』の模写

事例1では、モネ『睡蓮』の模写作品を示す。模写作品1で、幼児は、モネが表そうと した「水や花はもちろんのこと、そこに映る空や雲の影、樹の葉の反射、微妙な風のそよ ぎとそれによる水面の変化、そして何よりも、刻々と変って行く光の効果」16)を、色鉛筆 の複数色を塗り重ねることによって表現しようとしている。一方、模写作品2では、先ず 睡蓮の葉を描き、次に水面を描こうとしている。幼児が描いた葉の中には、丸に切れ目が 入ったようなものもある。原作品は、距離を置いて見ると具体的な内容物が見えるが、近 づくと画面を埋める色彩や筆触しか見えないという特徴がある。模写作品の前者は、その 色彩に注目し、どのように描かれているかを表そうとしていると言える。後者は、葉や水 など、何が描かれているかを表そうとしていると言える。

模写作品1(保育所年長・男児) 模写作品2(途中)(幼稚園年長・女児)

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事例2:ホドラー『木を伐る人』の模写

事例2では、ホドラー『木を伐る人』の模写作品を示す。原作品では、木と木の影そし て伐る人の影が、作品に奥行きを与えている。模写作品では、その影を基底線として描い ている。模写作品3では、線を描いた後、木の影と男の位置関係に気付き、画面において は線より下に男を描いた。模写作品4では、青い線は男の影ではなく、基底線になってい る。模写作品4は、腕や脚の筋肉を詳細に観察している。特に画面に向かって左の脚(男 の右脚)が関節や筋肉の隆起により屈折する様を、詳細に観察していることが分かる。両 腕は、脚に比べ細く描かれているため弱い印象を受けるが、よく見ると脚と同じように衣 服の皺や身体の関節、筋肉による屈折が表現されている。

模写作品3(保育所年長・男児) 模写作品4(保育所年長・男児)

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事例3:ピカソ『頭蓋骨のある静物』の模写

事例3では、ピカソ『頭蓋骨のある静物』の模写作品を示す。模写作品5で、幼児は机 に注目している。絵画鑑賞プログラム「対話」により同作品を鑑賞する際、机の形状が不 自然であるという内容が、しばしば話し合われる。その不思議さを追求するかのように、

右端の脚が長く斜めに強調され、その他の脚も他の内容物に比べ力強く塗られている。5 本目の脚も色を変えて描かれており、幼児はよく観察して描いている。模写作品6では、

頭蓋骨、花、机、窓という内容物が網羅されているが、描き方は図式的段階の特徴を示し ている。机の4本の脚は、黒い四角の4つ角から伸びている。頭蓋骨は正面を向いており、

葉も星形に変形されている。しかし、葉と頭蓋骨の画面左側の目の彩色に観察の痕跡があ る。

模写作品5(幼稚園年長・男児) 模写作品6(保育所年長・男児)

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事例4:マティス『マルグリット嬢の肖像』の模写

事例4のマティス『マルグリット嬢の肖像』は、「かわいいから好き」などの理由から、

女児を中心に多くの幼児によって模写されている。マルグリット嬢のV字状の襟、眉、首 飾りから描き始める幼児が多い。模写作品7及び模写作品8では、原作品にはないものが 多く描き込まれている。模写作品7で、マルグリット嬢は少年になっている。きりりとし た眉や目元などが、幼児の想像を少年へと導いたと考えられる。隣には、友達が描かれ、

公園で遊んでいる。滑り台、砂場、ブランコなど、幼児の遊びに親しいものが描かれてい る。模写作品8も、原作品には描かれていないズボンが描かれ、周囲に装飾的に花が配置 されている。原作品の内容物ではないものを、幼児が想像して模写作品に描くことはよく 見られるが、特に本作品やモディリアーニ『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』のような肖 像画の模写作品に多い傾向にある。これは、絵画を観察し物語を想像する絵画鑑賞プログ ラム「お話作り」において、肖像画からのお話作りが少ないことと対照的で、興味深い。

模写作品8(幼稚園年長・女児) 模写作品7(保育所年長・女児)

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17)有馬知江美:「哲学教育に関する考察(Ⅴ)―(財)大原美術館「模写」プログラムと目の陶冶の問題」,『作新学院女 子短期大学紀要』第24号,2000年,58頁.

18)有馬,前掲著17),58頁.

有馬(2000)は、「お話作り」では「作品の言語化をめぐり共同的な探求がなされている」

のに対し「模写」では「各自が作品に対峙するダイアローグがなされている」と指摘して いる 17)。共同的な探求では共有し難いイメージが、個人と作品との対峙の中では明確にさ れ、描画に現れると考えることができる。

4.絵画鑑賞プログラム「模写」の教育的意義 (1)幼児が「模写」を通じ学ぶもの

①何が、どのように描かれているのか

有馬(2000)は、絵画鑑賞プログラム「対話」と「お話作り」が「鑑賞をとおして彼らの 言葉を引きだす言語的活動であるのに対し、「模写」の表現は非言語的」であり、「言語的 な表現を苦手とする者が、非言語的に表現する機会を「模写」では与えられる」と指摘して いる 18)。有馬の論述の通り、幼児は描画を通じ、原作品に「何が」「どのように」描かれ ており、それについて「自分はどのように考えているのか」を、認識し表現している。

ホドラー『木を伐る人』を模写した事例では、ホドラーの象徴的意図を受け止め、彼ら なりの表現で「力」を表していた。絵画鑑賞プログラム「対話」では、「この人、木を伐っ ている」などの幼児の発言に対し、進行が「どんなふうに伐っているかな。力一杯伐って いるかな。それとも、簡単そうに伐っているかな」という発問を続けると、「力一杯伐っ ている」「一生懸命伐ってる」などと答える。「木を伐っている」という動作については 自ら言語化することができるが、「力一杯」であることを言語化するには進行の助けがい る。しかし、「模写」においては、幼児は描画によって「力一杯」であることを自ずと表 現する。事例の模写作品で既に見たように、伸びやかな手脚であったり、筋肉の隆起であっ たり、顔の表情に現れる。「力」の表現がどのようになされているのかを、幼児は模写を 通じて読み取り、自らの表現に置き換えていると言えよう。事例3の『頭蓋骨のある静物』

の模写作品も、同様の指摘ができる。頭蓋骨、花、机などの内容物のみならず、色調、幾 何学的な描き方、頭蓋骨の存在感などピカソの表現を、幼児なりに表している。

また、事例に挙げていないが、『オーヴェルシーの運河』に使われるシニャック独自の 筆触を、幼児が小さな丸もしくは四角を丹念に描くことで表現しようとすることが、しば

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19)岡山・高橋,前掲著14),160頁.

しばある。絵画鑑賞プログラム「対話」では、「風車がある」「川が流れてる」「遠くにお 城が見える」など内容物への関心が主であったり、「色がきれい」「たくさんの色が使っ てある」などと言って「水色、ピンク、紫」と具体的な色名を挙げることはできるが、筆 触の特徴が言語化されることは少ない。しかし、「模写」では、新印象派と呼ばれるシニャッ クの筆触を、幼児なりの表現で再現しようとする。「何が」描かれているかに加え、「ど のように描かれているか」が認識されていると考えられる。

②幼児はどのように考えているのか

「模写」では、模写する作品を幼児が選ぶ。活動する展示室は1室か2室に限定するが、

その中にある20数種から60種に及ぶ作品の中から幼児が1作品を選び出すことは、絵画 鑑賞プログラム「対話」における「好きな作品を見つける活動」の意義に共通する。つま り、生涯にわたる美術や美術館との関わりの端緒と成り得る19)。幼児対象プログラムは、

1993 年から実施しているため「模写」を経験した多くの幼児が児童期・青年期を迎えて いる。大原美術館が行っている幅広い年齢層を対象にした種々の教育普及活動への参加者 の中に、幼児対象プログラムの経験者が含まれていたり、一般来館者の中にも経験者はお り、彼らから「保育園のときに模写した作品が、今も好きです」「幼稚園のときに模写し た作品が忘れられません」などという話を、しばしば聞くことができる。このことから、

幼児は「好きな作品」を模写する傾向にあり、また模写により対峙した作品への好みは継 続する可能性があると言える。幼児が、「描きたい作品」を「描けそうな作品」と解釈し て選ぶ場合があることも否定できないが、原作品と対峙する経験そのものが重要であり、

そのことにより「好きな作品」になる可能性が含まれていると考えることができる。

事例4では、幼児の想像が模写作品に描かれる例を報告した。この時、幼児は心情を言 葉で表現しながら描画する傾向もあり、例えば模写作品7で、少年になったマルグリット 嬢が手に持っているのはアイスクリームであり、画面右に描いた自動販売機で購入したこ とを、幼児は職員に伝えている。また、事例で取り上げていないが、モディリアーニ『ジャ ンヌ・エビュテルヌの肖像』を模写した例では、「手を組んでいるのは、悲しいからじゃ ないかな」と言いながら、動物や装飾品などを描き込んだ。寂しげに描かれたジャンヌ・

エビュテルヌの風情を幼児が読み取ると同時に、悲しみを回避しようと試みる幼児の心情 を表している。幼児の心情は、作品との関わりのみならず、美術館との関わりにおいても

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変化し、模写作品に現れる場合がある。ニコルソン『コンポジション―木槿』を模写した 幼児が、原作品の通り画面の右下に赤い半円を描き、その隣に同じ大きさの円を描いた中 に笑顔を描き込み、「これは美術館のお姉さん」と筆者を指さした。円を顔の輪郭と見な したことと、美術館での人的環境との関わりや活動そのものの楽しさが融合し、即時模写 作品に現れたと考えられる。

肖像画の模写作品に、想像的内容が含まれる傾向にあることは既に述べたが、人物を描 いたものでも、事例2に示した『木を伐る人』に、仲間や樹木が描き加えられた例はない。

このことから、すべてを簡略し「力」に焦点を当てたホドラーの表現意図を、幼児が直感 的に読み取っていると推測できよう。

Ⅱ.彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」

1.彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」の概要 (1)実施手順

彫刻鑑賞プログラムの実施形態には、(1)「対話」のみ実施、(2)「対話」と「模刻」も しくは「自由制作」を組み合わせ90~120分で実施、(3)「対話」と「模刻」もしくは「自 由制作」を組み合わせるが異なる日に各60分で実施、の3種がある。「模刻」もしくは「自 由制作」を単独で行うことはない。(3)の形態での標準的な実施手順を表3に示す。

表3.彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」の実施手順

経過 活動 職員の行動と幼児の活動

00(分) 挨拶 ①幼児を迎える。挨拶し、歓迎の意を伝える。

03 移動 ①活動する場所(分館前庭など)へ誘導する。

05 導入 ①美術館はどのような所か伝える。②美術館での約束を確認する。③「対話」でどのよ うな作品を見たか、思い出せるようにする。

13 主題と ①粘土で彫刻(立体作品)を作ることを伝える。②鑑賞時に見た物、眼前にあるもの、自 例の 由に作りたい物など、主題を提示する。③場合によっては、作り方の例を提示する。

提示

15 制作 ①幼児は、分館前庭の中で自由に制作する。職員は、「何を作っているのかな」など声 をかけたり、困っている幼児の手助けをする。

55 総括 ①集合するよう伝える。②活動を振り返る。③時間に応じ、互いの作品を見て、感想な どを話し合えるようにする。

58 挨拶 ①挨拶し、再訪を期待する意を伝える。

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(2)実施場所と実施形態

大原美術館は、本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館から成るが、彫刻は、主 に本館玄関と本館各室、分館各室と分館前庭に展示されている。そこで「対話」では、彫 刻が展示されている各所へ順に行き、鑑賞する。展示室間や敷地内を移動するため、幼児 の安全確保や他来館者への配慮のため、10数名の幼児と1~2名の職員がグループになっ て行動する。10 数名を超える幼児を一時に受け入れる場合は、小グループを編成し、各 グループが取る順路を事前に調整した上で実施する。「模刻」と「自由制作」は、分館前 庭で一斉に行うことを基本としているが、陽射しが強い時や雨天時は、研修室で行う場合 もある。

1993(平成5)年から 2006(平成 18)年までの 14 年間に実施された幼児対象プログラム

は、1122回ある。そのうち彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」を含む活動は、延べ45 回ある。

(3)実施時期

幼児対象プログラムに参加する保育施設は例年 20 数園あり、年間計画は保育施設毎に 立案するため、実施時期も保育施設により異なる。しかし、「模刻」と「自由制作」は、

分館前庭で行うことを基本としているため、7月や9月など天候の良い時期に設定するこ とが多い。

(4)制作で使用する材料と道具

「模刻」と「自由制作」では、日頃保育施設で使用している粘土、粘土板、へらを持参 してもらう。幼児が各自500グラム程度の油粘土を、プラスティックケースに入れ持参す ることが多い。保育者が塊の状態で土粘土を持参し、制作時に幼児が自由に取り分けて使 用できるようにする保育施設もある。粘土板は、プラスティック製もしくは木製で8つ切 り程度の大きさのもの、へらはプラスティック製で3種類程度がセットになっているもの が使用されている。

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20)高階,前掲著16),84頁.

21)作品の一部として床や台座との間に存在する安定させるための部分。

2.彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」の実際 (1)「模刻」の実際

事例1:ロダン『歩く人』の模刻

(写真:昭和保育園年長/2004年9月21)

『歩く人』でロダンは、「(ブロンズを)生きた生命を持ったもの」20)にしようと試みて いるが、幼児も力強く一歩を踏み出す生命力溢れる「歩く人」を作っている。幼児は、上 の写真のように、『歩く人』が載っているブロンズの地山 21)に相当する部分を粘土板の上 に作り、次に、足、膝から下、膝から上と部分を作り、それを積み上げ「歩く人」を作ろ うとした。しかし、胴を積み上げようとした時、2本の脚の間が離れていることに気付い た。そこで、前に踏み出した脚の上部を延長させた上で、もう一方の脚に向け斜めに引き 寄せた。結果、踏み出した一歩が大きくなった。また、胴を積み上げ立体として成立させ るには、脚全体が脆弱であることに気付いた。そこで、粘土を何度も塗り重ねるようにし て補強した。太さと塗り重ねた粘土の質感により、脚の力強さが現れた。胴を積み上げる 際も、均衡を取るため、ややねじれを持たせ組み立てた。幼児は、『歩く人』を後方から 見て制作したためか、原作品とは逆の左脚を踏み出させている。しかし、この幼児の視点 に立てば、脚の交差する角度や胴のねじれ具合、そして大地を踏みしめる力強さが再現さ れている。

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22)高階,前掲著16),90頁.

事例2:ムーア『横たわる母と子』の模刻

(写真:昭和保育園年長/2004年9月21日)

この事例では、「抽象と具象のいわば中間領域に豊かな造形性の領域を拓いて行ったムー ア」22)の作品を、幼児は注意深く見て、量感やどっしりと豊かな存在感を、彼らなりに再 現している。幼児は、「母」の2本の脚を作り粘土板の上に配置し、次に胴になる粘土の 塊と接続させた。写真では向かって右に見える左の脚は、高さの点では原作品を再現して いないが、膝を上げた様子は表している。右の脚は、曲げてやや傾けた様子をよく表して いる。幼児は、続いて胴に原作品で腕と見える部分を接続するが、左腕は幼児が制作して いる位置からは背面になる。そこで、上の写真の通り、制作場所を離れ作品の背後に回り、

作品を凝視し、制作に戻りという行動を繰り返し、模刻をした。その過程の中で、幼児は、

胴と曲げた腕に見える部分により構成された空間に気付き、再現している。頭部は、一見 球を載せただけのように見えるが、原作品同様、抱いた子と見られる部分の方に向いてい る。「子」は、原作品では、円盤形のものが2つ重なるように構成された部分があるが、

幼児には印象深いようである。2つの突起で表現しようとしている。

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(2)「自由制作」の実際

事例3:「人」の自由制作

(写真:昭和保育園年長/2004年9月21日)

事例4:「樹木」の自由制作

(写真:若竹の園年長/19961023日)

自由制作には、(1)模刻を基本とするが好きなものを作ってもよい、(2)与えられた主題 のものを自由に作る、(3)立体を自由に作る、の3種の実施形態がある。幼児の実態に合 わせ、保育者と事前に相談し、どの形態で行うか決定する。(2)の場合に主題となるもの は、「自分」「友達」「樹木」などである。対話により鑑賞した作品のほとんどが人体彫刻 であるため、人間が主題となる場合が多い。また、分館前庭周辺に樹木が多いことから、

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樹木を作ることもある。

発達過程から立体を作ることが困難な子どもいるため、立体の制作を強要することはな い。しかし、保育者からの希望により、立体を作る例を提示する場合がある。例えば、人 体を作る時、粘土の塊から体の部位をひねり出す方法、胴・手・脚など部位を作り繋ぐ方 法、球・立方体・円柱などを作り組み立てる方法などである。

事例3は、『歩く人』の模刻が発展したものであり、写真左が模刻をしようとしていた 段階、右が完成作品である。幼児は、初め事例1の幼児同様『歩く人』が載る地山を作り、

その上に足と脚を作り積み上げていった。胴を作る段階で、やはり2本の脚が離れている ことに気付いた。事例1では、一方の脚を斜めに引き寄せることで解決したが、事例3で は、踏み出した脚の上部に別の粘土の塊を直角に付けることにより解決した。つまり、そ れまで脚の付け根だった部分が、膝の関節になったのである。この幼児の「歩く人」は、

使用している粘土の量が少なく脆弱なようだが、胴を持ち人体として成立している。そし て、粘土の少なさが軽快さを作品に与えている。そこに関節ができたことで、軽快さに動 きが加わったようである。足には、指が付けられていたことも、軽快な動きを連想させる 一因と見られる。制作している幼児自身も刺激を受けたからか、胴、動きのある腕や手、

頭部と制作し、結果2体の作品を完成させた。写真右の奥が初めの作品である。『歩く人』

の模刻から始まったが、原作品から頭部や腕を想像して作ったというより、軽快に踏み出 した一歩を作ったことが、生き生きと表情ある腕などの動きを誘発したと言えよう。

事例4は、「樹木」を作ったものである。分館前庭付近の樹木を粘土で写生するのでは なく、想像上の樹木を作っている。粘土の塊から枝をひねり出したもの、幹や枝葉の茂み など部分を作り組み合わせたもの、円盤状のものを作り重ねたものなど、様々な作り方が 見られる。一般的に樹木の枝葉の茂みは、幹の太さより空間的な広がりを持つ。それを粘 土で表すことは、困難なことである。しかし、幼児は、幹を太くし茂みを支えることや、

太く作った幹に小さく作った枝葉を飾りのように付けることで、克服している。本事例が 実施されたのは秋季であり、周囲の木々は紅葉し、ハナミズキの実が赤くなっていた。幼 児は、それらも作品に取り入れている。屋外で制作するうちに、活動が広がったようであ るが、樹木を表現する手段としてうまく利用している。例えば、写真の中で円錐状の樹木 を作っている幼児は、円錐の下部に芝をつけ、上部にハナミズキの実を付けることで、単 なる円錐状の立体ではなく、樹木であることを主張しているのであろう。

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23)高階,前掲著16),89頁.

3.彫刻鑑賞プログラム「模刻」「自由制作」の教育的意義 (1)幼児が「模刻」を通じ学ぶもの

本来「模刻」は、彫刻を学ぶ人が技術や作品の構成、制作の進め方などを学ぶために行 うものである。しかし、幼児対象プログラムでは、彫刻鑑賞の1つの方法として「模刻」

を行う。先ず、幼児は制作の過程において、作品を凝視することになる。より注意深く作 品を見るという行為そのものが、鑑賞につながると考えられる。

次に、幼児は「模刻」を通じ、彫刻という表現形式を知ることができる。幼児は、作品 を見て、形を模そうとするばかりでなく、質感や量感に気付く。それらは表現のため、作 家によって導き出されたものであるが、構成し作品として現すためには、技術が必要にな る。例えば事例1『歩く人』の模刻では、単に粘土を脚に形作って組み立てれば立体とな り「歩く人」となるわけではないことに、幼児は気付く。2本の脚の均衡、全体を支え得 る堅牢さや強固さが必要になる。そのような課題を克服しつつ、表現として成立させなけ ればならない。

また、本論では取り上げていないが、ジャコメッティ『ヴェニスの女Ⅰ』を模刻した事 例がある。原作品は「独特の針のように引き伸ばされた人体という様式」23)を取っている が、幼児の作品は、太く短い2本の脚で直立した人体であり、他の部位に比べ細く長い首 と頭部が、僅かにジャコメッティの様式を彷彿とさせるに止まっている。活動場所の都合 から、幼児は原作品を眼前に模刻したわけではない。つまり、眼前になくとも模刻したい という幼児の意欲を引き出す程、原作品が幼児にとって印象深いものであったと言えよう。

しかし幼児は、記憶と照らし合わせながら模刻するうちに、最も印象深いはずのジャコメッ ティ独特の様式を手放さなければならない葛藤に直面しただろう。そうしなければ、作品 を立体として成立させられないからである。このような葛藤体験を通じ、幼児は彫刻とい う表現形式の特質の一部を知り、その上で表現として成り立っている彫刻の本質に迫って いくことができると言えよう。

さらに、事例2の『母と子』の模刻のように、圧倒的な量感を、手にしている粘土の量 の範囲で表現することも要求される。幼児は、作品の構成について知ることになるだろう。

最後に、幼児は「模刻」において、視覚により得た質感を、自らの触覚において再現し ている。例えば、速水史朗『道しるべ』を模刻した幼児は、粘土の表面を何度もなで、原

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作品の黒御影石による滑らかな質感を表そうとしていた。「対話」の考察において述べた ように、視覚から受けた質感は、言語により意識化されるが、「模刻」においては、質感 の再現への試みにより、自らの体験として鑑賞されていると言えよう。

(2)幼児が「自由制作」を通じ学ぶもの

「自由制作」は、特定の彫刻を見たり思い出したりしながら作る「模刻」と異なり、何 を作るかという点においては自由である。しかし、どう作るかという点において制限を受 けることとなり、そのことを通じ彫刻の特質を知り、表現することの意義を学ぶことがで きる。

事例4の樹木の制作において、幼児は、幹と枝葉の茂みのバランスを克服しようとして いた。樹木は、地下の根が地上の幹や枝葉を支えている。枝葉は空間的な広がりを持って おり、それを粘土で表現することは、幼児にとって困難なことである。粘土の性質を考慮 に入れ、形状を工夫し、重量の調節をすることによって、立たせなくてはならない。幼児 は、実存するものには固有の構造があり、別の素材によって表現することは、困難を伴う ことを知るだろう。そして、幼児は表現したいと思うものを、彫刻という形式の中に成立 させることの困難さにおいて、表現することの意義を学ぶと言える。また、円錐を重ねて 樹木を表現したように、多様な彫刻を鑑賞した幼児は、表現の多様さを自らの作品に応用 できることも知る。

事例3で「人」を自由制作した事例では、当初模刻であったのに、偶発的に生じた表現 に刺激され、作品が転換した例であるが、表現することの本質の1つを、幼児は体験して いると言えよう。

(3)幼児が彫刻の構成要素を通じ学ぶもの

彫刻の構成要素の点から見てみよう。ここでは、彫刻を鑑賞対象とするという観点から、

第2節で取り上げた彫刻鑑賞プログラム「対話」の事例も合わせて考察する。

①質感

「対話」についての箇所でも述べたが、幼児は、ブロンズやテラコッタ、大理石などの 素材の質感を、的確に見分ける。例えば、マイヨールの『想い』と『坐せる女の像』は、

同じ展示ケースの中に、対角線上に互いが背を向け展示されている。前者はブロンズで、

後者はテラコッタである。幼児は、それぞれの質感を捉える。また、同じブロンズであっ ても、質感が異なることも見分ける。さらに、「模刻」においても、作品の質感を再現し ようとする。

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24)文部省:『幼稚園教育要領解説』,フレーベル館,1999年,201頁.

1998 年の『幼稚園教育要領』では、領域「表現」の内容において、「(1)生活の中で様 々な音、色、形、手触り、動きなどに気付いたり、楽しんだりする」「(5)いろいろな素 材に親しみ、工夫して遊ぶ」24)とある。2008 年度改訂版でも、ほぼ同様の記述が見られ、

幼児期に様々な素材に触れる経験が重視されている。美術館での彫刻鑑賞で、幼児はブロ ンズや大理石など、保育施設ではあまり見ることのない素材に出会う機会を得ていると言 えよう。

しかし、幼児は「ブロンズである」や「石である」などと職員から伝えられる以前に、

それら素材の特徴を識別している。このことは、眼前の素材と、保育施設や家庭で触れた 様々な素材の経験とを、照合することによって導き出されたものと考えられる。つまり、

幼児対象プログラムは、単独で成り立つものでなく、保育施設や家庭との連携の中にあっ て、その教育的価値を増すものであると言えよう。そして、プログラムでの経験が再び日 常生活に還元され、幼児にとっての素材体験やその他の体験に、深まりが加えられるもの と考えることができる。

②大きさと量感

保育施設であまり体験できないものとして、表現物としての圧倒的な大きさと量感を指 摘することができる。高さを基準に大きさを見ると、ロダン『歩く人』が225㎝と最も大 きい。量感は、136.9㎝の高さ、214㎝の横幅、120㎝の奥行きを持つムーア『横たわる母 と子』が豊かである。単に「大きなもの」や「たくさんあるもの」は、幼児の日常にもあ る。住宅や園舎も幼児の背丈を遥かに超えるものであるし、砂場の砂を積み上げても相当 の量になる。しかし、表現として圧倒的な大きさや量を持つものに、幼児が保育施設や家 庭で出会うことは、ほとんどないだろう。

一方、最も小さい作品は、白樺美術館から寄託されているロダン『ゴロツキの首』で8.8

㎝の高さである。幼児は、美術館の建物内や敷地内の各所へ行き彫刻を見るうちに、彫刻 には様々な大きさのものがあることに気付く。また、『ゴロツキの首』は頭像であるが、

同じく白樺美術館からの寄託作品であるロダン『或る小さき影』は、全身像で 31.5 ㎝の 高さである。『歩く人』や『カレーの市民』他の作品と比較して、全身像でも様々な大き さがあることを知ることができる。

また、大きさと量感は、必ずしも比例するものではない。例えば、マイヨール『想い』

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は、高さ 28.5 ㎝と大きな作品ではないが、つややかな肌質を備え豊かな量を感じさせる 作品である。一方、ジャコメッティ『ヴェニスの女Ⅰ』は、高さ105㎝であるが、形態の 特徴は前述した通りである。このように、幼児は、表現のための必然として、大きさや量 感を有する彫刻という表現形式に、美術館で出会っていると言えよう。

③人体彫刻の諸形態

幼児は、事例1・2・3で示した全身像、頭像を始め、トルソなど様々な形態の人体彫 刻を目にする。中でも、幼児の興味を引くのはトルソであり、「何で手がないの」「何で 脚がないの」という問いに繋がる。進行は、「作った人は、特にこの部分を見てもらいた かったからではないかな」などと応答し、詳細に鑑賞することを促す。例えば、マイヨー ル『イル・ド・フランスのトルソ』では、肩や腕の付け根に注目し「少し後ろに向いてる から、もし手があったら後ろで組んでると思う」と発言したり、後ろで手を組むポーズを して見せる幼児がいる。「少し後ろに向いてるから」という発言は、作品をよく観察した 結果であると同時に、人体の構造や動きを認識していることを示している。自らそのポー ズを取って見せることから、幼児は知識として理解しているのではなく、体験的に知って いると考えられる。人体彫刻の鑑賞では、作品理解のみならず、自身の身体への気付きを 強固にする側面があると言えよう。

また進行は、作品の表情やポーズを真似してみようと呼びかけるが、これは鑑賞を身体 的記憶を伴う体験にしていると言えよう。事例1で『カレーの市民』のポーズを真似てみ たことで、筋肉の張りや鍵の重さとの関連、さらにはジャン・デールの怒りや悲しみを見 出している。この活動は、作品が彫刻であるために、幼児の想像を引き出し易いものにし ていると考えられる。例えば、絵画の作中の人物の心情について「もし、あなたがこの人 だったら、今、どんな気持ちだと思う」と尋ねたとする。おそらく幼児は、想像の中で一 度平面を立体化させ、自らをそこに重ね合わせるという作業を必要とする。しかし、彫刻 では、既に同じ空間に存在している作品に、自らを重ね合わせる。工程が1つ少ない分だ け、想像し易いと言えるだろう。あるいは、自らを重ね合わせることなく、あくまで他者 として関わり合うとしても、同じ3次元空間に存在する友達と同じ感覚で、向き合うこと が可能になる。幼児は、彫刻の人物に自らを重ね合わせたり、同じ空間に身を置く者とし て向き合うことで、作品理解を深めたり、他者の思いに気付くという体験をしていると言 えよう。

④多様な形態

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大原美術館には、人体彫刻などの具象作品ばかりでなく、抽象作品もあり、様々な形態 の彫刻がある。中でも、カルダーのモビールは、幼児の関心を引く。他の作品では幼児が 周囲を動き鑑賞していたが、モビールは作品が自然に動き姿を変えることに、幼児は興味 を示す。

幼児は初め「赤い丸だ」「三角もある」「葉っぱみたい」などモビールの各先端に見つ けることができる形を言葉にするが、次第に「自転車みたい」「ザリガニみたい」とモビー ル全体が動くことによって描き出される形に気付き始める。そして、自ずと作品により周 囲の空間が様々に切り取られている様を見ている。幼児は、やがて「なぜ動くのか」とい うことに疑問を持つが、進行の「皆が動いたら動くのかも」などの言葉かけにより、自身 と同一空間にあり、空気振動により作品と自らが共鳴し合っていることを知る。身体的な 相互作用と知的な相互作用が引き起こされていると言えよう。

また、クライン『惑星レリーフ』は、進行が初めに「彫刻は壁ではなく、台の上に載っ ている」と説明することに矛盾し、壁面に展示されている。ジャッド『無題』も同様であ る。しかし、幼児は、展示方法の矛盾につまづくことなく、これらを彫刻として受け入れ る。順路上、プログラムの終盤に鑑賞するため、幼児が既に彫刻即ち立体作品の概念を体 得していることが理由に考えられる。このように幼児は、様々な形態の彫刻を鑑賞するこ とにより、彫刻の概念を理解し、各々の特徴に自ずと触れていると言えよう。

⑤空間との関わり

これまで見てきた質感、量感、大きさ、形態は、作家が表現として作品に与えたもので あり、それらにより彫刻は、空間に存在する立体になる。しかし、空間との関わりは、鑑 賞者が作品に与えることのできる可能性を含むものである。進行は、幼児に彫刻を様々な 角度から見るよう促す。また、作品に近づいたり離れたりし、どの距離の、どの角度から 見るのが、自分の好みであるかを問うこともある。立体である作品を総合的に理解させよ うとするためであると同時に、鑑賞者に委ねられた空間との関わりを作品に与える体験を、

幼児にさせるためである。

また、分館前庭での「模刻」で、速水史朗『道しるべ』を作っていた幼児が、形作った 楕円や半円球などを粘土板の上に並べるに当たり、粘土板を前庭全体に見立て、作品の配 置どおりに並べようとした事例がある。これは、幼児が空間全体を的確に把握しているこ とを示している。そして、幼児が作品と同一空間にいることを認識しつつ、鳥瞰できる能 力があって、達成できていると考えられる。

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彫刻と取り巻く空間を併せて鑑賞することは、生活においても、物を何処にどのように 配置すれば環境を整えられるかにも通じるだろう。幼児の美的感覚を養う側面があると言 える。

Ⅲ.制作を通した鑑賞についての総括と今後の課題

本節では、制作を通じた鑑賞活動である絵画鑑賞プログラム「模写」及び彫刻鑑賞プロ グラム「模刻」「自由制作」について、考察した。

幼児は、模写を通じ作品と対峙し、内容物の確認のみならずその表現様式や絵画を構成 する諸要素を認識する。幼児の模写作品には、彼らの描画発達過程の特徴が見られ、観察 と同時に知的写実性をもって模写している。また幼児は、模写する試みの中に作品への認 識を深め、十分に言語化できない観察内容や思考を描画において表現している。

大原美術館が、このような鑑賞の方法を幼児対象プログラムとして長年採用してきた背 景には、その子の独創性を阻害するという教育的見地からの模写への批判を認識した上で、

その鑑賞教育における有用性を認めたからである。その有用性とは、幼児の模写行為にお ける創作性と原作者との対話である。

「模刻」では、制作の過程において、幼児は作品を凝視することとなり、鑑賞の深まり につながると考えられる。そして、彫刻の構成要素を再現することの困難さを体験するこ とから、彫刻という表現形態の特質の一部に気付くことになる。「自由制作」においては、

自らの表現を彫刻という形式の中に成立させることの困難さにおいて、表現することの意 義を幼児は学ぶと言える。これら、彫刻鑑賞プログラムを通じ、幼児は多様な彫刻と彫刻 の構成要素に触れ、素材体験や空間認識など様々な学びをしていると言えよう。

今後、幼児の自由な造形表現様式との関連、模写や模刻の対象となる作品、模写による イメージの生成など、さらに研究を進める必要がある。

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