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乳幼児医療費助成制度の拡大が小児医療に与える影響分析

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乳幼児医療費助成制度の拡大が小児医療に与える影響分析

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU13613 田中 祐介

1. はじめに

乳幼児医療費助成制度(以下「助成制度」)は,

現在すべての都道府県において導入され地方自 治体単独事業として実施されている.

医療保険の場合,経済学的には事前のモラルハ ザードと事後のモラルハザードが考えられる.事 前のモラルハザードとは,保険者が被保険者の健 康保持の努力や注意を正確に観察できないため,

仮に医療費の

10

割を保険により給付した場合,

被保険者に健康保持の努力や注意を払うインセ ンティブがはたらかず,努力や注意を怠りがちに なることである.

また,事後のモラルハザードでは,被保険者が 病気にかかり保険給付を受ける場合,自己負担が なければ医療サービスを過剰に需要するインセ ンティブが生じる.

現在の我が国における医療保険では,義務教育 就学前の乳幼児の医療費にかかる自己負担が

2

割 となっており,助成制度は医療保険にかかる自己 負担分をさらに軽減するものである.助成制度の 拡充によって,コンビニ受診といった言葉に象徴 されるように,モラルハザードにより過剰な受診 行動を招いている可能性がある.

本稿では,制度の拡充による受診行動及び受診 行動の変化による健康状態への影響について検 討を行う.

2.

乳幼児医療費助成制度の概要

助成制度は,乳幼児,小・中・高校生らの医療 費患者負担分を助成し,医療費を無料化または軽 減するものである.

医療機関を受診したときにかかる医療費は,健 康保険の適用を受け保険から支払われる部分と,

自己負担分に分かれており,義務教育就学前の乳 幼児の場合,2 割が自己負担となっている.助成 制度は,この

2

割の自己負担分の一部又は全部を 市区町村が助成するものであり,市区町村が助成 した一部について都道府県が補助する形をとっ ている.

この制度は,

1961

年岩手県和賀郡沢内村(現和 賀郡西和賀町)において

1

歳未満の乳児を対象に 国民健康保険にかかる医療費の

10

割給付を実施 したことに始まる.沢内村では乳幼児医療費の無 料化と同時期,保健師を増員し保健教育活動など に取り組んだことにより助成制度が導入された 翌

1962

年に乳児死亡率ゼロを達成した.

こうしたことから都道府県が市町村が実施す る助成制度への補助を行うようになり,現在では すべての都道府県が導入している.

当時の助成制度の目的を経済学的観点からみ ると,貧しいため受診すべき患者が受診できない ことに対応するための所得再分配,感染症に対応 する負の外部性対策,受診を促し医師らの指導を 受けることで病気を減らす情報の非対称対策と して実施されていたと考えられる.

現在でも,助成制度の目的として,各自治体に おいて子育てコストの負担軽減,乳幼児の保健向 上や,病気の早期発見早期治療といったものが掲 げられている.これらの目的は,助成制度導入当 時と変わっていない.

もちろん,乳幼児は,感染症も多く,症状が急 変しやすいことや,自らの病状を正確に伝えるこ

(2)

2

とができず,親が乳幼児の様子を見て判断しなけ ればならないといった点を踏まえる必要がある.

制度導入当時には,乳幼児の病気を重症化させな いため,貧困などを理由に過尐となっていた受診 を促すことが必要であった.ただし,当時の制度 は国民健康保険の事業として開始したものであ り,受診をより一層促すように拡充されてきてい る.

3. 乳幼児医療費助成制度の拡大が小児医療に

与える影響分析

本稿では,助成制度の変更による受診行動への 影響と,制度の目的として掲げられている乳幼児 の健康状態への影響を分析することとする.

0~4

歳の外来受療率,乳児死亡率,30~39 歳 の定点当たり感染症報告数(インフルエンザ),6

~14歳の健康状態(自覚症状なし・日常生活への 影響なし・通院なしの割合)の各指標を用い,助 成制度の変更前後を比較することにより,政策変 更による効果を分析する.

3.1

分析方法

助成制度における支給方法,自己負担の有無,

所得制限の有無,対象年齢といった制度の変更に よる乳幼児の受診及び健康状態に与える影響を 把握するため,

DID

分析(Difference-in-differences

estimator)により検討する.

よって,現物給付を行っている自治体,自己負 担なしの自治体,所得制限なしの自治体をトリー トメントグループとし,それら以外の自治体をコ ントロールグループとする.また,年齢について は,観測可能な変数が

0~4

歳のものがあるため,

年齢を

5

歳で区切り,制度の対象を

5

歳以上とし ている自治体を制度を拡充している自治体とし てトリートメントグループとする.

3.2

推定式及びデータ

推定式は次のとおりである.

Y=β₀+β₁D₁+β₂D₂+β₃D₁D₂+Xy+u

ここで,

Y

は外来受療率(0~4歳),乳児死亡率,

感染症報告数,健康状態,β₀は定数項,β はパラ メータ,D₁は政策変更後ダミー,D₂は政策導入 自治体ダミー,

Xy

はコントロール変数,

u

は誤差 項を表す.

インフルエンザの定点当たり報告数に 0~4 歳児の報告数を用いた場合,インフルエンザに かかった本人については助成制度によって受 診を促されることで医療機関に行き感染者と して報告されるため,報告数が増える効果と,

早期に受診したことで感染拡大を防ぎ報告数 を減らす効果の二つの面があることから,分析 の結果,係数の符号がプラス、マイナスどちら にでても政策の効果の有無を判断できない.0

~4 歳児の親世代への感染を防げたかどうかを 分析することで,政策の効果を図る.

乳児死亡率と健康状態の説明変数について,乳 児死亡率は

1

年前のものを,健康状態については

5

年前のものを使用した.これは,調査時点にお ける健康状態は現在の助成制度による影響では なく,乳幼児期における助成制度がどのように子 どもの将来の健康状態に与えているかという影 響を推定する必要があると考えたためである.

予想される推定結果は,受療率については,プ ラスの符号となると考えられる.

乳児死亡率,感染症報告数については,助成制 度の目的に沿った効果が表れているとすれば,マ イナスの符号が予想され,子どもの健康状態につ いては,プラスの符号が予想されるが,制度拡充 により過剰な受診となっており,健康への影響は 小さいのではないだろうか.

3.3

推定結果

本節では,助成制度が外来受療率,乳児死亡

率,感染症報告数,健康状態に与える実証分析

の結果を示す.

(3)

3 3.3.1 外来受療率への影響

外来受療率にかかる推定結果は表

1

のとおりで ある.

外来受療率への影響について,自己負担なしの 自治体で

2011

年に有意水準

5%でプラスに有意で

あり,対象年齢拡大後の

2008

年にも有意水準

10%

でプラスに有意な結果が出ている.所得制限につ いては,有意水準

5%でマイナスに有意な結果と

なっている.その他の助成制度変更による影響に ついては,統計的に有意ではないが,プラスの符 号となっており,制度の拡充により受診にプラス の影響を及ぼすという予想を支持するものであ った.

1 外来受療率への影響の推定結果

3.3.2

乳児死亡率への影響

乳児死亡率にかかる推定結果は表

2

のとおりで ある.

乳児死亡率への助成制度変更による影響につ いては,統計的に有意な結果は示されなかった.

また,統計的に有意ではないものの助成制度変更 による効果としてプラスの符号となる結果が出 ているものもある.

助成制度の変更による乳児死亡率への影響は 限定的であると考えられる.

2 乳児死亡率への影響の推定結果

3.3.3

感染症への影響

感染症にかかる推定結果は表

3

である.

3 感染症(インフルエンザ)への影響の推定結果

インフルエンザへの影響について,所得制限 有無の自治体間比較では有意水準 5%でマイナ

外来受療率 係数 標準誤差

現物給付自治体ダミー 451.476 518.462 制度変更年'08×現物給付自治体ダミー 384.450 422.595 制度変更年'11×現物給付自治体ダミー 228.019 439.96 自己負担なし自治体ダミー -162.223 395.185 制度変更年'08×自己負担なし自治体ダミー 723.449 476.952 制度変更年'11×自己負担なし自治体ダミー 1067 ** 514.867 所得制限なし自治体ダミー -921.676 ** 426.626 制度変更年'08×所得制限なし自治体ダミー 183.056 464.746 制度変更年'11×所得制限なし自治体ダミー 733.755 517.666 制度対象5歳以上自治体ダミー -624.116 407.773 制度変更年’08×制度対象5歳以上自治体ダミー 1095.13 * 573.895 制度変更年’11×制度対象5歳以上自治体ダミー 793.826 583.082

医師数 380.982 918.001

歯科医師数 320.185 200.149

病院数 1174.214 2545.72

診療所数 -359.304 1890.119

子どもの数1人 596.278 21101.87 子どもの数2人 5792.718 21699.33 子どもの数3人以上 7851.223 22396.3 母親の就業割合 -4739.942 4035.022 保育者割合(祖父母) 1745.811 5209.952

1人当たり県民所得 1.254 * 0.729

生活保護率 194.118 122.919

保健師訪問指導実施率 -3.708 2.856

保健師数 0.238 58.300

大学・大学院卒割合(女性25~34歳) -29714.94 48485.63

1人当たり居住床面積 1.353 103.246

都道府県ダミー 省略

年度ダミー 省略

定数項 -1452.156 24244.09

観測数 188

修正済み決定係数 0.551

***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%で統計的有意であることを示す.

乳児死亡率 係数 標準誤差

現物給付自治体ダミー 0.304 0.248

制度変更年'07×現物給付自治体ダミー 0.240 0.199 制度変更年'10×現物給付自治体ダミー 0.332 0.229 自己負担なし自治体ダミー -0.147 0.166 制度変更年'07×自己負担なし自治体ダミー 0.034 0.205 制度変更年'10×自己負担なし自治体ダミー 0.144 0.253 所得制限なし自治体ダミー 0.215 0.207 制度変更年’07×所得制限なし自治体ダミー -0.145 0.201 制度変更年’10×所得制限なし自治体ダミー -0.394 0.249

医師数 -0.119 0.439

病院数 1.740 1.188

診療所数 -0.635 0.925

子どもの数1人 0.009 10.674

子どもの数2人 -1.498 10.950

子どもの数3人以上 -2.796 11.230

母親の就業割合 0.544 2.077

保育者割合(祖父母) -0.119 2.518

1人当たり県民所得 0.000 0.000

生活保護率 0.094 0.059

保健師訪問指導実施率 0.001 0.002

保健師数 0.016 0.030

大学・大学院卒割合(女性25~34歳) -4.357 3.699

1人当たり居住床面積 0.052 0.051

都道府県ダミー 省略

年度ダミー 省略

定数項 0.459 10.677

観測数 188

修正済み決定係数 0.361

***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%で統計的有意であることを示す.

定点当たり感染症報告数(インフルエンザ30~39歳) 係数 標準誤差

現物給付自治体ダミー 2.547 3.139

制度変更年'08×現物給付自治体ダミー -2.022 2.598 制度変更年'11×現物給付自治体ダミー -2.400 2.697 自己負担なし自治体ダミー -1.149 2.359 制度変更年'08×自己負担なし自治体ダミー -0.264 2.942 制度変更年'11×自己負担なし自治体ダミー -0.065 3.184 所得制限なし自治体ダミー -6.275 ** 2.504 制度変更年'08×所得制限なし自治体ダミー -0.732 2.735 制度変更年'11×所得制限なし自治体ダミー -0.262 2.961 制度対象5歳以上自治体ダミー 3.730 2.429 制度変更年’08×制度対象5歳以上自治体ダミー -0.618 3.590 制度変更年’11×制度対象5歳以上自治体ダミー -3.263 3.618

医師数 11.649 ** 5.014

病院数 -5.633 3.525

診療所数 3.995 4.135

子どもの数1人 -56.733 130.754 子どもの数2人 -62.882 134.397 子どもの数3人以上 -249.149 * 136.801 母親の就業割合 94.211 *** 22.342 保育者割合(祖父母) -58.153 ** 29.110

1人当たり県民所得 -0.003 0.004

生活保護率 1.204 * 0.719

保健師訪問指導実施率 0.034 ** 0.017

保健師数 0.687 * 0.354

大学・大学院卒割合(女性25~34歳) 776.380 *** 235.707

1人当たり居住床面積 -0.429 0.631

都道府県ダミー 省略

年度ダミー 省略

定数項 -87.307 140.866

観測数 188

修正済み決定係数 0.659

***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%で統計的有意であることを示す.

(4)

4 スに有意となっている. その他の政策効果を 図る変数については、マイナスの符号となって いるものの,係数の値も大きくなく,統計的に 有意な結果は表れなかったことから,政策効果 として感染症のまん延防止に効果が出ている とは言えない.

3.3.4

健康状態への影響

健康状態にかかる推定結果は表

4

のとおりであ る.

4 健康状態への影響の推定結果

健康状態への影響について,政策効果を測る説 明変数においては,マイナスの符号となっている ものもあり,また,係数の値も小さいことから政 策効果として表れているとは言い難い.

4.政策提言

分析によると,助成制度が拡充されている自 治体においては,外来受療率を増加させている が,乳幼児の健康保持,向上に必ずしも寄与し ているとは言えない.つまり,受診の増加分に 過剰な受診があったと考えることができる.助 成制度そのものを否定できるものではないが,

過剰な制度拡大を行っている可能性があると 考えられる.

よって,尐なくとも一律の無料化をやめ,自 己負担部分を残すべきであろう.適正な負担の あり方については地域ごとに異なると思われ る.地域の特性に合った負担を求めることで,

健康状態に影響せず受診行動の抑制につなげ ることができると考えられる.

また,助成制度による情報の非対称対策及び 負の外部性対策には限界があり,それらに対応 するためには,子供の健康にかかわる相談をし やすい環境を整えたり,感染症のまん延を防ぐ ための知識の普及啓発など,現在行われている 他の施策の充実についても,政策の効果を検証 しつつ検討がなされる必要があると考える.

5.おわりに

本研究は,助成制度の拡充による乳幼児の受 診行動と健康状態への影響を分析したもので ある.

しかしながら,データ上の制約と分析能力の 限界から分析できなかった部分があることか ら,今後の課題として以下に述べる.

都道府県の補助基準に上乗せした助成を実 施している自治体もあるため,より詳細な検証 を行い適正な負担の求め方について提言する ためには市区町村別のデータを用いた比較が 必要である.コスト・ベネフィット分析のため に必要な医療費への影響についても分析の必 要があるだろう.これらの課題の整理にあたっ ては今後のデータの蓄積が望まれる.

さらに,健康状態に関する指標についても,

今回の分析では主観的な健康や乳児死亡率を 用いているが,それら以外の指標を用いたより 詳細な分析が必要であり,今後の課題としたい.

今後研究が蓄積され,地域や時代に沿った助 成制度のあり方について議論が深まることを 期待したい.

健康状態(6~14歳)’04, ’07,’10 係数 標準誤差 現物給付自治体ダミー -0.026 * 0.013 制度変更年'02×現物給付自治体ダミー 0.008 0.009 制度変更年'05×現物給付自治体ダミー 0.008 0.009 自己負担なし自治体ダミー 0.001 0.008 制度変更年'02×自己負担なし自治体ダミー 0.004 0.009 制度変更年'05×自己負担なし自治体ダミー -0.003 0.009 所得制限なし自治体ダミー 0.022 * 0.012 制度変更年'02×所得制限なし自治体ダミー -0.004 0.009 制度変更年'05×所得制限なし自治体ダミー -0.004 0.009 制度対象5歳以上自治体ダミー -0.005 0.008 制度変更年’02×制度対象5歳以上自治体ダミー 0.013 0.016 制度変更年’05×制度対象5歳以上自治体ダミー -0.012 0.013

医師数 -0.023 0.02

歯科医師数 0.003 0.007

病院数 -0.072 0.067

診療所数 0.013 0.047

子どもの数1人 0.502 0.480

子どもの数2人 0.593 0.503

子どもの数3人 0.435 0.516

母親の就業割合 -0.015 0.046

保育者割合(祖父母) 0.158 0.111

1人当たり県民所得 0.000 0.000

生活保護率 0.006 * 0.003

保健師訪問指導実施率 0.000 0.000

保健師数 0.003 * 0.002

大学・大学院卒割合(女性25~34歳) 0.218 1.174

1人当たり居住床面積 0.001 0.001

都道府県ダミー 省略

年度ダミー 省略

定数項 -0.067 0.615

観測数 147

修正済み決定係数 0.391

***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%で統計的有意であることを示す.

参照

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