ウイグルの音楽世界と音楽教育—中国新疆ウイグル自治区を中心に— [ PDF
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(2) する先行研究を整理し、その研究史に照らして本研究の. 創り出すことを主要な目的としている。そのため教科書. 意義を明らかにする。次に本研究にて用いるキィワード. については、中央の人民教育出版社が発行する全国統一. (4). といった関連分. 教科書をほぼそのまま翻訳したものが用いられ、 「中華民. 野の研究方法、理論のレビューを行い、理論的枠組みを. 族の音楽」を習得することが期待されている。また少数. 提示する。さらに本研究の基づく調査の方法や過程につ. 民族の民謡にナショナリズムのイデオロギーが添付され. いて記す。. 再構築された「新疆民歌」のような音楽作品も用いられ. の確認、及び音楽人類学・民族音楽学. 第 2 章では、調査地である新疆ウイグル自治区の自然. ている。音楽教員の養成課程においても民族音楽文化を. や歴史、新疆に居住する主要 13 民族などについて概説を. 体系的に習得することは配慮されておらず、アコーディ. 行い、さらに研究対象であるウイグルのひとびとの言語. オンやピアノを用いた教育が展開されていた。. や宗教、その他の諸文化を紹介する。. しかし、 「中華民族」として公教育制度の中で習得を求 (5). 第 3 章においては、ウイグルの音楽世界 について記. められたこれらの音楽は、学校を一歩外に出たウイグル. 述する。まず新疆地区の音楽文化の歴史的背景を概観す. の生活にはほぼ無縁となる。人々は家庭や地域などの音. る。ここではインドやトルコ、アラブ地域の音楽文化や、. 楽教育の場面においては、ウイグル音楽文化に親密に接. 中原地域のそれとの関係に着目して記述する。その後ウ. しており、また新疆以西に広がる諸地域の音楽にも身近. (6). イグルの楽器や民謡、 「12 ムカム 」などの伝統音楽文化. に接し、愛着を感じているのである。. や宗教音楽、現在の流行音楽など、ウイグルの音楽世界. またウイグルは、しばしば「歌舞に長けた民族」とし. を描き出す。さらに少数民族音楽とナショナリズムイデ. て表象される。実際に、家庭や地域の中のさまざまな場. オロギーの融合した「新疆民歌(7)」や、近年ウイグル社. 面で、歌舞音曲に親しむ環境が今でも整っており、豊か. 会に大量に流入しているトルコやインド、ロシア、ウズ. な音楽活動が日常的に繰り広げられている様子が見られ. ベクといった近隣諸国の音楽やその影響についても紹介. た。そして確かに、音楽や踊りを愛好する、あるいはそ. する。. れに長じた人物は多いようにも思われ、自らは歌舞に疎. 第 4 章においては、ウイグルの子どもたちが学校教育. いという人物であっても、誰もがこの言説について誇り. の場で身につける音楽について記述する。まず中国全体. を持って語っていた。また、近年のワールドミュージッ. の少数民族教育制度について述べ、次に新疆の少数民族. クブームの中、新疆のムカム芸術団は北京など中国国内. 教育の様子を明らかにする。さらに中国の音楽教育の様. のみならず、日本など諸外国への公演も行っている。ウ. 相を述べ、その上で新疆の音楽教育の現状について教科. イグルの人々は自らを表象する際に、漢族や他の少数民. 書や実際の授業の様子をもとに記述する。. 族とは異なるウイグルを特徴づけるマーカーとして、こ. 第 5 章では、家庭や地域での音楽教育の様子を描き出 す。ウイグルの人々日常生活のなかで直接的に、あるい はメディアを通して触れる音楽について述べた後、結婚 (8). の「歌舞の民族」という言説を戦術的に利用し、自らの 民族のイメージを内外にアピールしているのである。 しかし、グローバル化に伴う影響は新疆においても大. 式や割礼式、 「マシラプ 」などの特別な機会に行われる、. きく、現在ウイグルの音楽世界は非常に多彩で複雑な状. 音楽を伴う行事について記述を行う。. 況にある。音楽文化のパッケージ化、ボーダレス化によ. 第 6 章においては以上の記述を総括し、ウイグルの. って、近隣諸国のポップス音楽など音楽文化が国境を越. 人々の音楽教育とエスニシティ、ナショナリズムの関係. えて流入し、若者の心を捉えている。これはトルコ語系. について考察を行う。. 民族圏、イスラーム文化圏といった範囲を越えて、ロシ ア、インドといった周辺諸地域の音楽文化まで含んでい. 4.結論. るのである。特にインド映画とその音楽は若い女性を中. 中華人民共和国の国民であり少数民族であるウイグル. 心に人気を得ている。また、音響技術の発展から各種メ. の人々は、社会的上昇を果たすためには、 「ウイグル族」. ディアも積極的に利用されており、ムカムや民謡につい. (9). である以上に、 「中華民族 」とならざるを得ない。その. ても、採譜やパッケージ化による内容の変化、電子楽器. ためには学校教育を通して中華民族文化を積極的に身に. や西洋楽器を用いたアレンジなどが見られる。結婚式や. つける必要がある。音楽文化についても例外ではなく、. 割礼式などに見られる器楽演奏においても、伝統的な民. 中国の義務教育段階の音楽教育においては、各民族の音. 族楽器以外にシンセサイザーなどの電子音楽機器がおお. 楽文化の保持・発展を促しつつも、基本的には「想像の. いに取り入れられている。演奏する楽曲についても、ウ. 」としての「中華民族」を 共同体〔アンダーソン 1983〕. イグル以外に西側近隣諸国のものを中心盛んに取り入れ.
(3) られている。また、これらの演奏に合わせて踊られるダ. 満足させるような音楽文化を、状況に応じて戦略的に選. ンスもウスル(ウイグルダンス)のほか、社交ダンス、. 択しているのである。エスニシティやナショナリズムの. ディスコなども楽しまれている。さらに、これらの様子. 絡み合う複雑な状況の中でそれぞれの個人が、柔軟な姿. が専業の業者の手によってビデオカメラに収められると. 勢でそれぞれの音楽的嗜好の赴くままに、ウイグル、漢. いった変化も生じているということが明らかになった。. 族の別を超えて、時には国家の枠組みさえも超えて、手. 若者の中には、自ら積極的に漢族の芸能や音楽文化に. に入る限りのあらゆる音楽文化をしたたかに貪欲に摂取. 親しみ、愛好しているものも存在する。漢族の流行音楽. し、それぞれが主体的にそれぞれの内面に豊かな音楽世. もわずかではあるが、着実にウイグルの若者の間で受け. 界を築き上げているのである。. 入れられているのである。また、音楽的嗜好には地域や. 伝統音楽ムカムの再構築やそれに伴う民族英雄の創出、. 年齢、性別ごとにそれぞれ偏りがあり、一概にウイグル. あるいは政治的イデオロギーを持ったプロパガンダ音楽. の音楽世界を述べることはもちろんできない。このよう. 「新疆民歌」の例からも明らかなように、 「音楽教育」は. に、現在、ウイグルの人々の周囲には、ハイブリッドで、. 個々人や民族集団あるいは国家がそれぞれのレベルにお. ダイナミックな音楽世界が広がっていることがわかる。. いてナショナリズムや汎トルコ主義といったイデオロギ. 「ウイグル音楽」というものを、もはや固定的で静的な. ーを施行し、アイデンティティを操作する際の手段にな. イメージの音楽文化として捉えることはできないのであ. りうる。ウイグルのひとびとは、中華民族としてのナシ. る。. ョナル・アイデンティティ、ウイグルとしてのエスニシ. さらに、 「歌舞の民族」とされるウイグルではあるが、. ティ、さらにトルコ系ムスリムとしてのアイデンティテ. 実際には中国においてこのように表象される民族はウイ. ィのせめぎあいの中で、社会的な成功を達成しつつ、民. グルだけではない。西原の言うように、カザフやウズベ. 族の誇りも失わないように、なおかつ良きムスリムとし. クといった新疆のその他の民族、更に言えば中国の 55 の. て暮らしていくための手段の一つとして、多様な「音楽. 少数民族ほぼ全てが歌舞を好み、民族衣装をまとい、来. 教育」を通して、それぞれの音楽世界を築き上げている. 客を暖かく歓待するといった固定的なイメージで語られ. のである。. ているのである〔西原 1995:70-71〕 。つまり歌や踊り. このようなウイグルの音楽教育の状況と、日本におけ. といった、娯楽的な行為の範囲内でのみ少数民族の自己. る伝統音楽教育の状況は、全く異なることが明らかであ. 表象を許し、独立運動など民族分裂につながるようなエ. る。現在日本に暮らす子どもたちにとっては、西洋音楽. スニシティの発露の動きを抑えよう、という国家の思惑. の影響を受けた流行音楽や明治以降創作された混交音楽. が働き、一見個性的でありそうな、その実まったく没個. である唱歌などが最も身近な音楽文化となっており、日. 性的なこの言説を奨励しているのである。. 本の伝統的音楽文化はもはや大半の日本人にとって異文. 近年盛んに行われる伝統音楽ムカムの定型化. (10). や、. 化も同然となっているのである。このような状況にある. 「新疆民歌」の創出などの動き、あるいは「ムカムは中. 日本において、ウイグルのように学校外の教育場面にお. 華民族音楽の珠玉の一つ」などとする言説は、漢族の主. ける伝統音楽の教育効果に期待することはほぼ不可能で. 導によって「自己と異なる他者」として、ウイグル文化. あり、また学校教育においても日本音楽を本質化し、日. を本質的なイメージの中へ固定化する行為であり、また. 本民族に自明のものとして扱うことには無理が生じるこ. さらにいえば、マジョリティによるマイノリティの文化. とは想像に難くない。さらに民族的マイノリティの子ど. の収奪であると受け止めることもできる。. もたちの存在を無視し、日本の伝統音楽を自明の「わた. しかしウイグルの人々もまた、自らの文化を再構築し. したちの音楽」として学ばせることは、愛国心の強要の. 視覚的に見いだすためにこのような語りを自発的、積極. もつながる危険をはらんでいる。これは中国における中. 的に利用している。中華民族音楽やウイグル音楽、そし. 華民族音楽の強要と同じ行為となりうるのである。日本. て西側近隣諸国の音楽が複合的に交錯する中で、ウイグ. 音楽についても、他民族の音楽と同様の慎重さを持って. ルの人々は、自らを表象する音楽を選択し、時には「歌. 取り扱い、また、さまざまな音楽文化の選択肢のうちの. 舞に長けた民族」と言うこの本質主義的な言説をも積極. 一つとして捉えられるような導入の仕方が必要となって. 的に採用し、自己を表象する。目の前に広がる豊富な音. くるものと思われる。. 楽文化の幅広い選択肢の中から、自らのエスニックプラ イドを高揚させる音楽文化を、または中国国民として習. 5.註. 得を迫られる音楽文化を、なおかつ自らの音楽的嗜好を. (1) 江淵は「教育」を「一定の社会に生まれ育つ個人がそ.
(4) の社会の文化を習得していく過程」である「文化化」. 国の王妃アマンニサハンが整理したものとされている。. と同義語であるとし、 「学校教育」など、意図的文化化. 現在新疆のテレビや劇場で上演されているムカムは. が定型化されたものである定型的(フォーマル)教育、. 1950 年代から 80 年代に漢族主導のもと整理・補完さ. 育児慣行・しつけなど、家庭における日常生活を通じ. れたものである。また、アマンニサハンがムカムを整. ての形式のはっきりしない教育である非定型的(イン. 理したとされる言説についても、新しく創出された伝. フォーマル)教育、入社式や成年儀礼など、年齢集団を. 統音楽に歴史的権威付けをする必要性と、文化大革命. 通しての教育を指す準定型的(ノンフォーマル)教育に. 後行きすぎた民族弾圧への反動として民族文化の復興. 分類している〔江淵 1994:36-39〕 。本研究でも「教. を進める中で、民族英雄を創り出そうとする一連の動. 育」という語をこのような多様な形態を含む広義の意. きの中から生まれたものである、とする研究もある〔鈴. 味において用いるものとする。. 木 1999〕 。. (2)「エスニシティ」には「エスニック・グループ」と同 義的に用いる用法や、これらの集団のバウンダリーを. 6.主要引用・参考文献. 規定する文化的マーカー、あるいは集団への帰属意識. アンダーソン,B. 1983(1997) 増補『想像の共同体』. (エスニック・アイデンティティ)をあらわすなど、 さまざまな用法がある。本研究では、エスニック・ア イデンティティと同義語の意味で用いるものとする。. (白石さや・白石隆訳 )NTT 出版 江淵一公 1994 『異文化間教育学序説―移民・在留民 の比較教育民族誌的分析―』 九州大学出版会. (3)漢族は現在 40%。 北疆のウルムチ市は、 ウイグル 13%、. ――――2000. 漢族 73%と漢族が多数を占めている。南疆のカシュガ. 学教育振興会. ル市ではウイグル 89%、漢族 9%となっている〔新彊 維吾尓自治区統計局 2002:110-115〕。 (4)「文化における音楽の研究〔メリアム 1964:17-18〕 」. 岡本雅享 1999 『中国の少数民族教育と言語政策』 社 会評論社 丸山孝一 「少数民族の子どもたち」 権藤与志夫編著. という定義に表されるように、音楽文化を社会的・文. 1991. 化的コンテクストにおいて研究する学問領域。. 159-186 頁. (5)なお、ここではウイグル社会に広く見られる音楽に関. 『文化人類学 ―伝統と現代』 放送大. 『ウイグル. その人びとと文化』. 鈴木健太郎 1999 「ウイグル音楽の歴史書『楽師伝』. する現象・事象、それぞれの個人がそれぞれの内面に. と民族英雄アマンニサハンの誕生」. 形成する各個人の音楽的嗜好など、ウイグルの人々が. No.1』 勉誠出版 88-98 頁. 接するすべての音楽を指して「音楽世界」とする。 (6)叙情歌曲、叙事歌曲、歌舞曲と器楽演奏を伴うウイグ. 朝日選書. 『アジア遊学. 西原明史 1995 「ウイグル族の飼いならされないエス ニシティ ―マイノリティ民族誌記述の試み ―」. 『九. ルの伝統的大型組曲。主にカシュガル、ヤルカンド、. 州大学比較教育文化研究施設紀要』第 47 号 67-85 頁. ホータン、クチャ一帯及びイリ地区に伝わっている。. ホブズボウム,E・レンジャー,T 編 1992(1983) 『創. (7) 少数民族の民謡に漢語の歌詞を当てたもの、あるい は、少数民族音楽風のメロディを新たに漢族音楽家が 作曲したもの。その歌詞は新疆の自然や男女の愛情を. られた伝統』 (前川啓二ほか訳)紀伊国屋書店 メリアム、アラン・P 1964(1980) 『音楽人類学』 (藤 井友昭、鈴木道子訳) 音楽之友社. 歌ったものの他、民族団結を促し、毛沢東や共産党、. 艾買提江、迪力夏提・怕 爾哈特、張知吾、沙金他 1998. 共産主義を称える内容のものが多い。プロパガンダと. 「維吾爾族音楽史」 袁炳昌、馮光鈺編『中国少数民. して消費され、学校音楽教育の場においてもしばしば. 族音楽史 上冊』 中央民族大学出版社. 使用される。 (8) 新疆各地で見られる、集団的娯楽行事。ダンスやゲ. 程万里 2001 『新疆民俗風情録 ―民俗』 新疆人民出 版社. ームなどが行われ、娯楽や通過儀礼、配偶者探し、裁. 万桐書編著 1986 『維吾爾楽器』 新疆人民出版社. 判と刑の執行といった、共同体の維持にかかわるさま. 新疆維吾爾自治区統計局編 2002 『新疆統計年鑑』 中. ざまな機能がこめられている。 (9) 各民族という下位概念の集合体でありかつ不可分一 体の上位概念〔費 1988:3-4〕 。 「中国国民」 「中国人」 と同義語とされている。 (10)一般的には 16 世紀に南疆にあったヤルカンドハン. 国統計出版社 周菁葆著 1987 『絲綢之路的音楽文化』新疆人民出版 社.
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