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ドッグイヤー時代の複眼行政システム

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Academic year: 2021

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- 4 - このところ介護保険の問題が大きな話題 になっている。わたしは,幸いにも今のとこ ろは,親の介護をする立場を免れているが, いつそのような立場になってもおかしくな いということもあり,介護保険制度に関心 を持っている。

しかし,テレビでの討論をみていて,介護 保険を受ける基準が,ほとんど肉体的支障 度によって規定されていることを知って驚 いた。というのは,介護をする立場からもっ ともやっかいで家族泣かせな要介護者は, 肉体的には健康だがボケが進んでいて,排 徊や奇行などを繰り返す人だと友人などか ら聞いていたからである。

もちろん,肉体的支障度も重要な判断基 準であるが,それは,本人が自分で生活でき る程度を判断する基準として有効であるに 過ぎない。

社会的支援の必要性を判断する基準を考 えるときに,本人の肉体的支障度だけでな く,介護する家族の大変さを考えないので は,この制度の意義が半減するのではない かと思われたからである。

適正な社会的支援

実は,災害弔慰金制度にも,同じような課 題が残されている。これは,地震等の災害で 不幸にも亡くなったり,怪我をした被災者 に対して,国が弔慰金等を贈る制度である が,介護保険と同様に,被災者の肉体的支障 度によって,ほぼ弔慰金等が決まる仕組み になっている。

このため,高齢の親が災害に遭い死亡し た場合,たとえ子どもが自立し,被災地とは 遠く離れた場所に住んでいて親の死亡によ って経済的にまったく困らない場合でも高 額の弔慰金が支払われる反面,幼い子ども を抱えた家族の唯一の働き手が大怪我をし た場合には,経済的に大変困窮することが わかっていても,死亡した場合よりもはる かに少ない見舞金しか支払われないのであ る。

これは常識的に考えてもおかしな話であ る。社会的支援を必要とする程度を判断す る基準が,被災した本人の肉体的支障度と 生計維持者かどうかだけで決まるというの は,明らかにおかしい。社会的支援をどの程 度行うべきかについては,被災家族の状況 をよりきめ細かに反映してしかるべきと考 えられる。

これらの 2 つの制度は,対象が異なるもの

●巻頭随想

ドッグイヤー時代の複眼行政システム

東京経済大学コミュニケーション学部

吉 井 博 明

(2)

- 5 - ではあるが,いずれも個人あるいは家族だ けでは対応できない状況に置かれた人々を 社会的に救済するための非常に有力な制度 である。

しかし,両方とも,救済の仕組みの中に本 当に救済されるべき人々要介護者の家族や 被災者の家族の状況が充分反映されていな い点が大きな欠点となっている。もちろん, 完壁な制度をつくることは無理としても, 社会的救済を行う制度の中に,受け手の状 況をよりきめ細かく取り入れて欲しいもの である。また,問題が判明したら,すぐに修 正する柔軟性も必要である。

トレードオフの方策

もうひとつ気になった出来事は,徳島県 吉野川の可動堰建設をめぐる市民投票の結 果である。今年 1 月 23 日に行われた投票は, 投票率 55%で,投票した市民の 9 割が建設に 反対を表明した。この問題は基本的には防 災と環境の優先順位をめぐる問題であった。

治水の重要性は言うまでもないが,治水の ために日々の快適な環境を損なっても良い のかとなると誰しも疑問に思うであろう。

現在の治水対策システムは,戦争直後,荒廃 した国土に大型台風や集中豪雨が次々と来 襲し,大きな被害をもたらした後で整備さ れたものであるが,当時の洪水や集中豪雨 は地域住民の命や生活を脅かす問題であっ ただけでなく,農業国,日本の経済を揺るが す大問題でもあった。治水は国政の最重要 課題だったのである。

しかし,現在では,状況が大きく変化し, 身近な環境の重要性も増大している。身近 な環境の恩恵は,市民全体に及ぶが,可動堰

による防災性の向上は一部の市民にしか, 直接の恩恵を与えない。また,身近な環境は 日常的な便益であるが,防災はいつどの程 度の被害が出るかわからない危険への準備 である。河川環境保全と治水という 2 つの 課題は,このケースでは非常に対照的な利 害構造を持っていたのである。

双方の言い分はそれぞれ説得力があるが, 市民は圧倒的多数で河川環境保全を選択し た。しかし,もし,治水(防災)をないがしろ にして良いのかと尋ねれば,治水もやるべ きだと答えたに違いない。環境保全も治水 も,両方とも市民の重要なニーズなのであ る。それでは,どうすれば良いのか。このト レードオフ(あちらを立てればこちらが立 たずという状況)を何とか緩和する方策を 編み出すことである。治水といってもいろ いろな方法がある。巨大な構造物をつくっ て川の環境を一変させてしまうような治水 のやり方が唯一の方法というわけではない。

また,洪水になっても住民の生命だけは 助ける警報といざというときに避難する高 台を近所につくる対策のセットも考えられ よう。他にもいろいろなアイデアが考えら れる。このような様々なアイデアを出し合 いながら合意点を見いだしていく努力が何 よりも必要なのである。

バランスある行政

トレードオフを緩和するアイデアを出し 合いながら市民の合意形成を促していくに は,それなりの仕組みが必要である。徳島の ケースでは,河川環境保全も治水も当該地 域の市民が利害関係者であるにもかかわら ず,国=建設省対市民運動グループの対立と

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- 6 - いう図式になった背景には,建設省をはじ めとする治水を担当する強力な行政体とそ れを支援する企業等が存在する一方,環境 保全を担当する行政体があまりにも弱体で あり,そのバランスの悪さを市民運動が補 ったという構図が読みとれる。言い換える と,現在の行政の仕組みそのものが,国民の ニーズをバランスよく反映できないシステ ムになっているのである。

現在のような制度の下では,担当者がよ ほど市民のニーズに敏感で,かつリーダー シップを持った人でない限り,市民の要望 をバランスよく反映させる事業を進めるこ とはできないと思われる。

むすび

最近起きたこの 2 つのトピックスをみる と,日本の行政システムの弱点硬直化した ために,状況の変化に素早く合わせ,複雑化 した国民ニーズをバランスよく,適切に吸 い上げ,具体的な政策や事業に展開する対 応能力の欠如が浮かび上がってくる。チェ ックアンドバランスあるいは対抗的分業と いった考え方に基づき,トレードオフを含 む複雑な国民のニーズに対応でき,かつ状 況変化に素早く対応できる行政システムへ の移行が望まれるのである。

参照

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