東京学芸大学附属小金井 中学校 『 研究紀要』第 4 6 号 2 0 1 0
学び合いを通して生物とは何かを問う理科の授業
‑ 「 与論島の自然環境」と 「 薩摩藩による琉球 。奄美侵略 」‑
村 上 潤
要約 「 生物 どうしのつ なが り」 について、与論島の生物分布 に基づ き、サ トウキ ビを考察 の 柱 とした授業 を行 った。 島 とい う隔離 された環境 は、食物連鎖 の しくみを理解 す る うえで 有効であった。サ トウキ ビは、イネ と比べて、生産者 として作 り出すェネルギー量 は同 じ だが、人間の生活 に与 える効果は異なることが指導できた。4 00 年前 に、薩摩藩 が琉球 ・奄 美 を侵略 した歴史 を扱 うことを通 して、 ヒ トも食物連鎖 の中に含 まれてい るこ とを明確 に す ることができた。 さらに、理科 の特質 に応 じた道徳指導 を 「 生 きることの喜 び」 を題材 にして行 った。 当時の奄美 の人々が 「 苦 しい環境の 中で も生 きる書 びを見 出 していた」 こ とに気づいた生徒 がいた。
〔 キー ワー ド〕与論島の生物分布 薩摩藩による琉球 。奄美侵略 サ トウキ ビ 理科 にお ける道徳教育
1 .は じめに
昨年度、1 1 月2 0 日に開催 した本校 の公開授業研究会 において、 「 島の自然環境」 についての授業 を公開 した。 この授業内容 は、第 3 学年 を対象 とした小単元 「 生物 どうしのつなが り」 に含 まれ るものである。
授業では、私が研究のフィール ドとしている奄美群島の中か ら、特 に与論島を取 り上 げた.また、理科の 授業 の中に 「 教科 の特質に応 じた道徳の指導 」 も取 り入れた。
本稿では、 この公開授業 を行った意義や授業のようす、お よび今後 の課題 について報告す る。
2. なぜ 「 奄美群島 」を対象 とするのか ( 1 ) 「島の特質 」 について
「 島」は、生物学的にはたい‑ん魅力的な ところである。島は、他の地域 との交流 を断 った孤立 した環 境を保 ち、そ こには固有の生物たちが生活 している。特 に進化学の分野では、島は古 くか ら貴重な研究対 象であった。 このような 「 島の魅力 」 については、第 2学年の単元 「 動物 の生活 と種類」 においても、生 徒たちに伝えた。 しかし、限 られた指導時間のなかでは、多 くを扱 うことはできない。そ こで、第 2 学年 の気象単元において 「 奄美群島の気候」の指導 1 )を行い、 これを 「 島の魅力 ・その2」 とした。そ して今 年度、 「 島の魅力 ・その 3」の指導を行 うこととなった。
平成 21 年は、 7 月の皆既 日食 を通 して、奄美群島や トカラ列島が全国か ら注 目された。 これ らの島々が 沖縄県ではな く鹿児島県であることも認識 されたであろ う。奄美群島の近 くには 「 黒潮」が流れている。
この世界最大級の海流 と気候 との関わ りを考察することは、生徒の学習意欲を高めることにつながるO‑
方、地質学的な面か らは、 この地域 は、氷期 と間氷期 による海面変動 と地殻変動の影響 を大き く受 けてい る。 このことも、生徒たちの科学的思考 を発揮 させ る要因 となる。
日本列島そのものが島であることは、 「 川」 にも大きな特徴 を与 えている。 日本の川 は 「 短 くて急傾斜」
である.それゆえ、 ヨーロッパを襲 った河川大洪水のニュースを見ても、我々 日本人は 「 洪水が何 日もか けて下流の都市‑ と移動 してゆ く」 とい う現象をイメージすることが難 しい。 日本の川の中で、 この 「 短 くて急傾斜」 とい う特徴を最 もよく現 しているのが 「 屋久島の川」である。屋久島は、奄美群島か らは外 れるが、 「自然 と人間 とのかかわ り 」 を学習する うえで、ぜひ注 目したい島である。
( 2 ) 「気候 と海 との関わ り」 につ いて
気候 と海 との間 には密接な関係がある。 「 気候 は、海 によって決め られてい る」 とも言 える。海面の水
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温が変化するだけでも、異常気象が生 じて しま う。また、台風は、海 に蓄えられている多量の熱エネルギー が大気に移動することによって発生する。 これ らのことからも明らかなように、島の自然環境 についての 学習指導を行 う際には、私たちは 「 海 とのかかわ り 」 をいつ も生徒 に意識 させる必要がある。幸い、 日本 は四方 を海 に囲まれ、 日頃か ら様々な恩恵 を受 けている。 この地の利 を活用 したい。
( 3) 昨年は 「 薩摩藩による琉球 。奄美侵略か ら 40 0年 目」であった
1 6 0 9 年 に薩摩藩が琉球 ・奄美を侵略 した
2)3と昨年は、そ こか ら数 えて 4 0 0 年 目に当たる。それゆえ、昨 年は 「 琉球 ・奄美侵略 4 0 0 年」 をテーマ としたシンポジウムがい くつ も開催 された。
当時、徳川家康は琉球 を通 して日明貿易を復活 させ よ うと考 え、薩摩藩 に琉球 との関係 を取 り持つ よ う に命 じた。 しかし、琉球 にとって 日明貿易の仲介 をすることは日本‑の属国化を意味するので、琉球は応 じなかった。そこで薩摩藩は、幕府の命を借 りて琉球 を侵略 し、 日明貿易の窓口を独 占する, ことを目指 し た。 1 6 0 9 年 3 月 4日に、 3 0 0 0 人の薩摩 の軍勢が 1 0 0 鯉の船団を組んで薩摩 を出発 し、奄美大島、徳之島、
沖永良部島を次々 と侵略 し、 4 月 1日には沖縄島の首里城 を占拠 した。
しか し、明に対 しては琉球王国の存在を示 さなければいけなかったので、 この侵略は公にはされなかっ た。琉球 は、表向きは独立国の形 を示 しなが ら薩摩藩 に従 うことになった。 さらに、奄美諸島の島々は、
表 向きは琉球 に含まれるとい う体面を保ちなが ら、薩摩藩の直接支配を受けることとなった。そして、 こ の直接支配は、幕府 に対 しても報告 されなかった。
その後、奄美に対する薩摩藩の黒糖収奪が始まる。薩摩藩は、奄美 に対 して、年貢を 「 米」ではな く 「 黒 糖」で納めるように定める。男子は 1 5 歳か ら 6 0 歳、女子は 1 3 歳か ら 6 0 歳 までの島民一人ひ とりにさとうき び畑を割 り当てた。サ トウキビか ら黒糖‑の抽出率は僅か 6% である。薩摩藩が設定する上納量は次第 に 増加 し、奄美 にとっては 「 黒糖地獄」 とよばれる時代が訪れる。
薩摩藩は、奄美 に対 し、黒糖の売買 と貨幣の流通 を禁止 した。 さらに大型船の建造 も禁止 したので、島 民たちは島外‑の移動 をすることができな くなった。米などの食料品や 日用品は、黒糖 と交換で薩摩藩か
ら配給 された。 しか し薩摩藩 は、大阪市場では奄美か ら買い入れた黒糖 を 5 倍以上の相場で売 っていた。
例 えば 1 8 3 0 年 には、奄美 に対 しては黒糖 1 斤 ( 0 . 6 k g ) と米 3 合 ( 0. 5 4 8)を交換 したが、大阪では黒糖 1 斤を米 15 合 と交換 していた。他の食料品や 日用品も同様である。当時、薩摩藩は莫大な借金を抱 えて いたが、この差額 により財政状況は好転 した。そ して豊かな財源 を背景 として、西郷隆盛 を中心 とした倒 幕運動が起 こる。明治維新 は、奄美か らの黒糖収奪 によって可能 となった といえる。
「 自然界のつ り合い」を考 えるうえで、島 とい う 「 隔離 された地域」 は最適の場 といえる。特 に、島外
‑の脱出を禁止 された とい う環境は、 「 閉鎖性」をより強化 したもの となる。 このよ うな特別な地域 にお ける 「ヒ トも含んだ自然界のつ り合い」 についての学習を行 うことは、生物 どうしのかかわ りを考察する
うえで有効である。
3. 「 理科の特質に応 じた道徳指導」について
新学習指導要領では、 「 道徳 との関連付 け」が付加 されている。「 道徳教育の目標 に基づき、道徳の時間 な どとの関連を考慮 しなが ら、理科の特質 に応 じて適切な指導をすること 」 とある。理科で学習する内容 には 「自然環境」や 「 生命 ( 命、いのち )」 な どの ように、道徳の教材 に適応できるものが揃 っている。
今回の授業では 「 生 きること」 について考 える時間を設定す ることとした。
,薩摩藩 によって支配 されていた奄美は、 「ヒ ト ( 奄美の島民) を含 む 自然界のつ り合い」 を人間 ( 薩摩 港)が支配するとい う状況 にあった。 さらに、生物学的 には、個体数 の ピラミッ ドにおける生産者は、草 本であればイネでもサ トウキ ビでも作 り出すェネルギー量は同量 と考 える。
しかし、人間にとっては、イネ とサ トウキビでは、受 け取 る意味が異なる。かつて松山光秀が 「 水稲は 祖霊 と人間社会 をとりもつ神聖で、 しかも不可思議な作物であった 」 と述べたよ うに、稲作は祭儀や信仰 の対象 となった。一方、サ トウキビは食料ではな く、菓子 ・調味料であ り、祭儀や信仰の対象 とはな らな
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い。 このように、奄美の人々は、食糧不足 とい う物質面の困難 とともに、祭儀や信仰の対象 も失 うとい う 精神面での困難 も背負 うこととなった。
このような場面 において、 「 奄美 と薩摩」 について考 えることは、生徒 の内面 に葛藤 を引き起 こす こと とな り、 「 生 きること 」について深 く考 える機会 になると考 えた。
4. 学習指導の柱
( 1 ) 「自分 自身に関わること」 として学ぶ
授業 を行 う際の 「 学習指導の柱」 として、私 は次のような ことを考 えている。
自然 のしくみについて、教科書上の話 ( 他人事) として とらえるのではな く
授業で学習 したことは、 日常生活の活用することで、その価値が高まる。特 に、第 3 学年 の授業を行っ ていると、学習の目的が 「 受験のため」 となる傾 向が見 られる。そのことは全面的に否定できるものでは ない。 しかし、本来 の学習の目的は、受験 とは異なるところにあるはずである。 日常生活 に活用する ( 身 の回 りゐ自然現象 ・科学現象 に興味 ・関心を示す) こと正よ り、生徒 の学習意欲 も高まる
.本時では 「自然界のつ りあい 」 についての学習をするので、 「 食物連鎖 の中に自分 自身 も入 っている」
ことを自覚することが大切である。私たちは、 日常生活において 「 野生の動物 に襲われる」 ことはほとん どない.それゆえ、「自分 も自然界の一員である」 とい う意識 を持つ機会がないO しか し、 アフ リカの大 草原地帯で生活することとなれば、状況は一変するはずである.授業では 「自分 も自然界 の一員である 」
ことを実感 させる場面 を設定することが必要であると考 えたO ( 2) 「 学習意欲を高める指導 と評価」について
私 は、 これまで継続的に 「 学習意欲 を高める指導法」 についての研究を行い、発表 して きた4 ) .
「 教師の独 自性 ( こだわ り)を提示する学習」は、それ自体が生徒の学習意欲 を高める要因にな りうる。
「 特別なこと 」を学ぶ ことによって得 られる 「 充実感 ・達成感」は貴重である。基礎的 ・基本的な学習内 容についての理解や習熟の程度が不充分な生徒でも、 「 特別な こと」 を学ぶ ことか ら 「 学習意欲 を高める きっかけ」をつかむ ことはできる。そ して、 「 教師の独 自性 」 を提示する学習だか らこそ、教師は 「どの ような教材を提示するか 」 について絶 えず吟味することが必要である。授業 において教材 ( 課題) を提示 した ときに、生徒が 「 おや、不思議だな 」 「どうしてそ うなるのだろ う」 な どの 「自分の課題」を見出す ことができれば、学習意欲は高まっていると評価できる。換言すれば、生徒の学習意欲の高ま りは、教師 の 「 教材を選ぶ力」 にかかっているとい うことだ。充実感 ・達成感は 「 大 きな壁」を乗 り越 えた ときに生 じる。 この大 きな壁 に相当する教材 を提示 してい くことが大切である。生徒‑の評価 は、そのまま自分‑
の評価 となる。
5. 公開授業の内容
( 1 ) 学習指導案 [抜粋]
1. 対象学級 第 3 学年 D 組 ( 男子 2 0 名、 女子 2 0 名、 計 4 0 名) 2. 小単元名 「 生物 どうしのつなが り」
3. 授業主題 「 島の自然環境」
〜薩摩藩 による琉球 ・奄美侵略を教材化す る〜
4. 小単元の目標
*菌類 ・細菌類や土の中の小 さな動物のはた らきを調べることを通 して、栄養の とり方の面か ら 「 生 産者 ・消費者 ・分解者 とい う三者」を相互 に関連付 けて とらえるとともに、 自然界では、植物 と動 物がつ り合いを保って生活 していることを理解することができる。 ●
*身近な自然環境 について調べることを通 して、多様な要因が自然界 のつ り合いに影響 を与えること
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2 7‑を理解するとともに、 自然環境 を保全す ることの重要性 を認識することがで きる。
5. 小単元 の指導計画 [ 単元名] 自然 と人間
①生物 どうしのつなが り 1) 食物連鎖
2) ツルグレン装置 3) 物質の循環 4) 大学構内の生態系 5) 島の自然環境
(7 時間)
2 時間 1 時間 1 時間 2 時間
1 時間 ( 本時)
*1) ‑3) は教育実地研究生が担 当した。
*4) は本学 自然科学系の松川正樹教授 との共同授業 として行 った。
②人間 と環境 ( 2 時間)
③ 自然 と人間のかかわ り (2 時間) 6. 本時 の 目標
1. 与論島の生物分布の資料を調べることを通 して、島 とい う隔離 された環境 においては、限 られた 種類の生物たちによって自然界のつ り合いが成 り立 っていることを理解す る。
2. 島において自然界のつ り合いが崩れると、個体数の急激な変化が起 こり、つ り合いが保てな くな ることを説明す ることができる。
3. イネ とサ トウキビは、生産者 として作 り出すェネルギー量 は同 じだが、人間の生活 に与える効果 は異なることを説明することができる。
4. 奄美の人々は、隔離 された環境 における苦 しい生活 を通 して、それを克服す る強 さを持ち、 さら に生きる喜びを見出せた ことを推測できる。 <道徳 視点 3‑( 3) に関わること>
7. 本時 の展 開[ 教 師の指導過程 ]
指 導 過 程 指導上 の留意点
1. 「これは何だ と思 う 。 」
*黒砂糖 を 1人ずつ に配布する。
2.「 黒砂糖 は何か ら作 られか。 」 [ 発間]
*サ トウキビを配布する。
3. 黒砂糖 の作 り方 を説明する。 [ 説明]
*石灰 の代わ りにサンゴを使 う。
4. 「 与論島の畑の割合 は どれ位だろ う。 」
*教科書の写真か ら読み とらせる。
[ 発間]
5. 「 サ トウキ ビは主食 になるか 。 」
[ 発間]
6. 「 現代の与論島の人々は、食料をどのよう に得ているか 。」 [ 発間]
7. 「 与論島には、 どんな生物がいるか。 」
*個体数の ピラ ミッ ドを示す。
[ 資料提示]
1 * 「 黒砂糖が主食 になるか」 について考える とき は 「 食べて味わ う 」 ことが有効である。
2* 与論島か ら直送 されたサ トウキ ビを配布す る。
3 * 「 石灰の代わ りにサ ンゴを用 いる」 ことは、
生徒 に気づかせ る。
4* 奥 に沖縄本 島が見えている。かつては与論 島 と 沖縄本島の問に国境 があった。行政的な境界 と 生物学的な境界 は異 なっている。
5* イネ とサ トウキ ビとを対比 させ る。人間の生活 にはイネ ( 栄) が必要である。
6* 台風 な どにより物資の運搬 が途絶 えると 、 店頭 か ら生鮮食料品な どがな くなる。
7* 予め図を板書 し、模造紙で隠 してお く。
*生産者 と第一次消費者の欄 は空欄 にする.
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8. 「この図にヒ トは入 るか。 」 [ 発間]
9. 「 生産者 と第一次消費者 にあたる生物は何 だろ う 。 」 [ 発間]
1 0 . 「 与論島の生物分布 と個体数のピラミッド」
を示 したプ リン トを配布す る。
<本時の目標 1> [ 資料提示]
ll . 田中一村の作品を示すO [ 資料提示]
*アダン、 ソテツ、アカシ ョウビン 1 2 . 「 『自然界のつ り合いが崩れる例』にはどの
よ うなものがあるか。 」 [ 発間]
1 3. 「 マングースはどのようにして本土に姿を
現 したのか。 [ 発間]
*プ リン ト配布、新聞記事 も紹介する。
1 4 . 与論島‑はホン ドイタチとキジが移入 され た ことを説明す る。 [ 説明]
1 5 . <自然界のつ り合いが崩れると、島ではど のようなことが起 こるか。 > [ 発間]
<本時の目標 2>
1 6 . <薩摩による琉球 ・奄美侵略 4 0 0 年につい て説明する。 > [ 資料提示] [ 説明]
*当時、奄美は琉球王国に含まれていた。
*幕府は、琉球を介 して明との貿易を行お う としたが、琉球 は従わなかった。
*薩摩藩が琉球 ・奄美を侵略 し、奄美を直轄 地 とした。
*大型船の建造を禁止 し、島民を島に隔離 し た。
*年貢を黒糖で納めることとし、サ トウキビ 畑を割 り当てた 。1 8 3 0 年には年貢高が高騰
した。
*貨幣の流通 を禁止 し、食料や 日用品は黒糖 と交換で与 えた。
*黒糖 との交換比率が奄美相場 と大阪相場で は極端 に異な' つていた.
*薩摩藩は借金を返済 し、財政を立て直 した。
そ して明治維新へ とつながる。
1 7 . 「 当時の奄美の人々の生活は、 どのような 状況であっただろ うか。 」 [ 発間]
*個体数の ピラ ミッ ドを書 き直す。
*何 を食べていたのか。
8 * 「自給 自足の生活 をしていない」 ことに着 目さ せ る。
9* 与論島の農地の 9 0% はサ トウキ ビ畑で、 2 戸 に 1 戸はその栽培 にかかわっている。
1 0* 与論島は平坦な土地で、川や池はないので、両 生類 にとっては厳 しい環境である。
*渡 り鳥の休息地 にもなる。
1 1* 撤密な描写技法は、優れた観察力 によるもので あることに気づかせたい。
1 2* 原因が 「自然現象」 と 「 人為的な もの 」 のいず れであるかを区別する必要がある
。1 3* 鹿児島県本土では、今年 6 月 2 2 日にマングース が発見 されて以来、 1 1 月 1 4 日まで に 4 9 匹が捕獲
された。
1 4* キジは、サ トウキ ビを食べ るバ ッタの数 を減 ら す ことを目的 として、昭和 5 4 年 に 5 0 羽が移入 さ れた。
1 5* ネズ ミな どの小 さな動物 が海 を渡 るときには、
海流や潮の満ち引 きを利用す るとよい ことを確 認する。
1 6* 琉球王国 とい う国があった。
*薩摩藩 による侵略後、奄美 は 「 琉球で もない、
薩摩で もない」 とい う中途半端な立場 となった。
*薩摩藩 と琉球 とのつなが りを証明す るもの とし て琉球通賓がある。
* 「 与論島 と沖縄本島 との間 に鹿児島県 と沖縄県 の県境 があることの原因」は薩摩藩 の侵略であ ることが分かる。
* 「 奄美の人々 と薩摩の人々の立場 の違い」を明 確 にす ることで、 この後 の 「 道徳 の指導 」 がよ
り効果的 になる。
‑奄美の人ノ 再ま食糧難でも島か ら出る ( 脱出 す る) ことができない。黒糖 を食べ ると処 罰 された。
*薩摩の平民は、奄美 と同 じく、年貢の厳 しい取 立てを強い られていた。
1 7* イモ、 ソテツ、海藻 を食べ る他はなかった。
‑ 自然界の一員 として、他 の動物 ・植物 とと
、もに生活 していた。
*黒糖 との交換で得た米 も年貢 として納 めること が多 く、島民は米 を口にすることはできなかっ た。
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1 8 . 「ソテツ地獄」 について説明する。
[ 説明]
1 9 . イネとサ トウキビは、生産者 として作 り出 すエネルギー量は同じだが、人間の生活に与 える効果は異なることに気づかせる。 [ 説明]
*イネは主食であ り、儀式や祭 にも使 う。
<本時の目標 3>
2 0. <当時のようすを映画化するとしたら、
奄美 と薩摩のどちらの立場で描 くか。>
*どちらの立場か ら伝 えたいですか。
*双方の立場か らの意見を交換 させる。
[ 発間]
<本時の目標 4>
1 8* ソテツには毒があ り、充分 に水 にさらさない と 食べることはできない。毒抜 きが不充分であっ たため亡 くなった島民 もいた。
*与論島では、 ソテツ地獄 は 日本復帰 ( 1 9 5 3 ) の 後 も数年間続いた。
1 9* バ ッタにとっては 「 イネで もサ トウキ ビで もど ち らでもよい」 ことである。 しか し文化 を作 り 出 してきた人間 にとっては、 どちらで もよい と い うことにはな らない。
2 0* 全員が同 じ考えにまとまることや、偽善的な考 えが述べ られることにはな らないよ うにしたい。
*大河 ドラマ 「 篤姫 」 は薩摩 の立場か ら描かれた ものである ( 奄美 の苦難 については、ほ とんど 描かれていない) 0
*奄美の生活の中にも明る く楽 しい ことがあったの ではないか」 とい うことに着 目させる。
8. 本時の評価
*島 とい う隔離 された環境 における自然界のつ り合いについて説明す ることができる。
*島において自然界のつ り合いが崩れ ると、個体数の急激な変化が起 こり、つ り合いが保てな くなる ことを説明す ることができる。
*イネ とサ トウキビは同じなかまの植物だが、人間の生活‑のかかわ り方は異なることを説明するこ とができる。
*奄美の人々が、苦 しい環境の中でも生きる喜びを見出すことができた ことを推測することができる。
( 2 ) 協議主題との関わ り
公開授業研究会 における 「 理科の研究テーマ」等 は、次の通 りである。
理科の研究テ‑マ 「 学び合いを通 し、生物 とは何 かを問 う理科の授業 について」
提案事項の柱 * 科学的思考を うながす学び合いを活性化 させる教材 を開発す るo
* 「どのようにしてその ことが分かったのか」 について考 えさせ る指導 を行 うo 今回の公開授業 における 「 学び合いの場面」 を以下 に記す。
* 「 ネズ ミが梅 を渡 る方法」 を考 える場面
* 「自然界のつ り合いが崩れる例」 を具体的な事例 を挙 げて説明する場面
* 「 奄美 と薩摩 の どちらの立場で映像化するか」 を考 える場面
さらに、「 学び合いを うながす課題 ・教材 」 として、次の ようなものを用意 した。
*黒砂糖 とサ トウキ ビ
*田中‑村の作品
*薩摩藩が奄美 に設定 した環境 (ヒ トは島か ら出 られない 〜ネズ ミで も脱 出できるのに〜)
*自作の 「 奄美群島の大型地図」
上記 の 「 奄美群島の大型地図」は、種子島か ら与論島までの約 5 0 0 k mの間にある島々の位置 を、全長約
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6m の自作地図 として表 したものである ( 図 1) 。水色 の色模造紙 をつなげて各島の形 に切 り抜いた茶色の画 用紙 を貼 り付 けて作成 した。
この大型地図を理科室側面の前か ら後ろに伸ばした。
大型地図を用いると、生徒全員が 1 つの地図を 「 烏轍 図の視点 」 で見ることができる。以前に 「 ウオーレス の動物地理区十に関わる内容の授業を行 った
1)ときに も、この大型地図を取 り囲み、生徒全員で考察するこ とができた。
図 1. 奄美群島の大型地図
6. 公開授業の成果
( 1 ) 「自然界のつ り合い 」 についての指導
「 自然界のつ り合い」 について生徒たちが理解 を深めるための学習の柱は 「 食物連鎖」 と 「 物質の循 環」である。 これ らの一般的な内容 については、前障までの授業 において既 に学習 してきた。学習の過 程では、やは り 「 個体数の ピラミッ ドの図」や 「 食 う ・食われるの関係 を矢印で表す図」が有効である。
しか し、 これ らの図 を活用 した学習 においては、次の 2 つの留意点がある。
1 つ 目は、「どの範囲について考 えるか」である。 「 個体数 の ピラ ミッ ドの図」 には ○ ○平方 メー トル 当た りとい うよ うな表示がある。 ところが想定 している場所が草原の ような開放 された環境の ときには、
動物たちはその範囲の内外 を自由に出入 りす る。そのため、生徒 たちは 「 動物の個体数の数 え方」 につ いて戸惑 うこととなる。そ して 2 つ 目の留意点は 「自分 も個体数 の ピラ ミッ ドの中に入 っていること」
に気づかない とい うことである。
これ らの留意点 に対 して、今回の授業では 「 島 とい う隔離 された環境 」 を設定 したので、個体数の数 え方‑の戸惑いはなかった。特 に与論島は、生息 している動物の種類が限 られてお り
5)6
).食物連鎖の しくみを具体的 に理解することができた。また、薩摩藩の直轄地 となっていた時代の奄美の人々の生活 を知 ることを通 して、 ヒ トも自然界の一員であることを理解す ることもできた。
ところで、食物連鎖の学習では 「 生産者は植物 ( 緑色植物)である 」 と扱 う。 しか し、 ヒ トが 「 人間」
として生活するためには、緑色植物であるな らば何でもよい とい うわけにはいかない。サ トウキ ビはイ ネ科ではあるが、米 ( イネ)の代替 え作物 とはな らない。生徒たちは、 自分たちも自然界の一員である ことを自覚す る とともに、 「 文化を作 り上 げてきた」 とい う観点か らは、やは り 「 特別 な存在である」
こともまた認識することとなった。人間 と自然 との共生を成 し遂 げることは容易ではない。 この 「 共生」
については、教科 の枠 を超 えて学習 を深めてい く必要がある。
( 2) 「 理科の特質に応 じた道徳指導」について
本時では 「 当時のようすを映画化するとしたら、奄美 と薩摩の どち らの立場で描 くか」 とい う発間を した。実は、 この発間について、第 1 案では 「 奄美 と薩摩 の どちらに生活 したいか」 としていた。本時 より以前 に、 ●別の学級 において この第 Ⅰ案 を提示 した ところ、奄美派 はわずか数名であった。やは り、
自分のこととなると豊かな生活環境の方 を選択することは、正直な回答であろ う。因みに、奄美派の選 択の理由は 「自分 を鍛 えたい」であった。 これは、本時の目標か ら全 く外れているとい うものではない。
しか し、奄美 と薩摩 とい う両者の状況を客観的 に見るためには、やは り映画 プロデ ューサーのよ うな第 三者の立場 に立 って考 えた方が よい と判断 した。
さて、本時 における 「 奄美派 と薩摩派」の人数は 2 7 人対 1 2 人であった ( 1 名欠席) 。それぞれの立場 の主な理 由は、次の通 りである。
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