研
究
助
成
報
告
書( 中間 ・ 終了 )
No.1 整 理 番 号 H28-J-062 報 告 者 氏 名 本多 智 研 究 課 題 名 光刺激により固化・液状化を繰り返すナマコ様高分子ソフトマテリアルの創製 <代表研究者> 機関名:東京大学 職名:助教 氏名:本多 智 <共同研究者> 機関名: 職名: 氏名: 機関名: 職名: 氏名: 機関名: 職名: 氏名: 機関名: 職名: 氏名: <研究内容・成果等の要約> 生命の究極の機能の一 つに動的な変形がある。 物質の変形には、一方で は外的摂動によって準安 定な状態間を遷移し、他 方では狙った外的摂動以 外では超えられないエネ ルギー障壁を要する。こ のような系にヒントを与 える生物にナマコがい る。ある種のナマコは海 水から取り出されると流 動化するが海水中に戻す と元に戻る。この機構は、 コラーゲン繊維の架橋/解架橋によるとされている。このことに着想を得、研究代表者らは光刺激で 切断・再生可能な共有結合を含む原子団(ヘキサアリールビイミダゾール:HABI)を分子鎖中に持 つ網目状ポリジメチルシロキサン(PDMS)を合成した(図 1a 左)。続いて、365 nm の UV(UV365) 照射によるHABI の開裂に伴うトリフェニルイミダゾリルラジカル(TPIR)対の生成と、TPIR 同士 の再結合に立脚した物質の流動化・非流動化を期待して非流動性の網目状PDMSにUV365を照射した。 その結果、末端TPIR 型星型 PDMS を生成して流動することを突き止めた(図 1b)。この研究結果は、 温度変化を伴わず溶媒成分にも頼ることなく高分子形状を組換えることのみによって物質の流動性 を大胆に変化させた世界で初めて成果となった。また、この成果によって研究を飛躍的に進めること ができ、照射する光の波長を切換えることで網目の形成と切断を制御できる高分子材料も合成にも成 功した。さらに、液状PDMS への UV365照射によって貯蔵弾性率(G’)を 30000 倍以上に増大させ、 254 nm の UV(UV254)照射によってほぼ流動状態にまで戻るPDMS 材料の創製にも至った。 図1.(a)網目状・星型 PDMS の構造 (b)網目状 PDMS への UV 照 射の有無による流動性の変化
No.2 <研究発表(口頭、ポスター、誌上別)>
論文発表
1. Photo-triggered solvent-free metamorphosis of polymeric materials
S. Honda, T. Toyota, Nature Commun., 8, 502, 2017(査読有り、PDF 添付) Highlights: (1) 日本経済新聞、「東大、光刺激を与えるたびにナマコのように繰り返しドロドロになる高分 子を合成」(2017 年 9 月 11 日) https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP456760_R10C17A9000000/ (2) OPTRONICS ONLINE,「東大、光で繰返しドロドロになる高分子を合成」(2017 年 9 月 15 日) http://www。optronics-media。com/news/20170915/48260/ (3) 日本経済新聞、「光当てるたび軟らかく 硬さ変わる高分子材料」(2017 年 9 月 18 日)、 https://www。nikkei。com/article/DGKKZO2123420017092017TJM000/ (4) 科学新聞、「光刺激だけでドロドロに・新規高分子材料」(2017 年 9 月 22 日) (5) Materials Liquefied by Light, Synfacts, 13, 1144, 2017
(6) Chem-Station スポットライトリサーチ、光刺激に応答して形状を変化させる高分子の合成 (2017 年 10 月)、https://www.chem-station.com/blog/2017/10/polymate.html
(7) academist Journal 研究コラム、まるで SF の世界? – 光刺激の有無で流れる、固まる、変形 自在な物質の創出(2017 年 10 月)、https://academist-cf.com/journal/?p=6093
2. Synthesis of Star-Shaped Poly(n-Butyl Acrylate) Oligomers with Coumarin End Groups and Their Networks for a UV-Tunable Viscoelastic Material(査読有り、PDF 添付)
S. Honda, N. Tanaka, T. Toyota, J. Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 56, 9–15, 2018 Highlight:
(1) Front Cover(表紙への採用): J. Polym. Sci., Part A: Polym. Chem. (DOI: 10.1002/pola.28910) 3. 光で流動・非流動状態を制御する高分子材料—ナマコをヒントに生みだされた次世代の新素材
本多智, 豊田太郎, 化学, 73, 40–44, 2018(印刷中)(招待有り、公表後送付予定)
4. Photocontrolled network formation and dissociation with coumarin end-functionalized branched poly(dimethyl siloxane)s
S. Honda, T. Toyota, 2018, accepted(査読有り、公表後送付予定) 学会発表
口頭
1. ○S. Honda, T. Toyota, Isothermal reversible softening and hardening of polymer gels and networks based on photo-triggered repeatable macromolecular architectural transformation, 254th ACS National Meeting & Exposition, Washington D.C., Aug. 2017.
2. ○本多智、高木秀彰、豊田太郎、星型– 網目間の高分子形状変換に伴うポリジメチルシロキサン の流動・非流動機構、第66 回高分子討論会、愛媛大学、2017 年 9 月 3. ○本多智、田中信明、豊田太郎、主鎖結合様式の星型– 網目高分子間変換に立脚したポリジメチ ルシロキサンの光誘起液状化・固化、第66 回高分子学会年次大会、幕張メッセ、2017 年 5 月 ポスター 1. ○田中信明、本多智、豊田太郎、固化・液状化の光制御を目指した四分岐星型および網目高分子 間分子形状変換、第66 回高分子学会年次大会、幕張メッセ、2017 年 5 月
No.3 <研究の目的、経過、結果、考察(5000 字程度、中間報告は 2000 字程度)> 研究目的 溶媒を含む有機分子の混合物が外部刺激によって流動・非流動化する現象は、物理ゲルが示すゲル 状態とゾル状態*との可逆的な変化にみられるように古くから知られてきた。現在では、外部刺激に よってゲル–ゾル間の状態変化を誘起可能な刺激応答性ゲルも報告されている。こうしたゲル材料は、 医療分野などでの実用化が期待され広く研究されているが、溶媒成分の蒸発に伴って性質が変化する 問題がある。この問題を解決するために、不揮発性のイオン液体を利用してゲルの物性を制御する研 究も登場した。実用化の観点では、イオン液体が高価である点を克服できるような材料・用途設計が 必要となるだろう。一方、ゲル材料のように溶媒を含まなくとも、物質は固液相転移に伴って流動化・ 非流動化する。固液相転移は一般に熱刺激で引き起こされるが、最近、光応答性のアゾベンゼンを複 数含む低分子物質が光刺激で固液相転移することが見出されて以来、盛んに研究されている。アゾベ ンゼンは、光刺激によってトランス体とシス体との間で立体配座が変化(光異性化)する。トランス 体は平面的な立体構造であるために分子同士が配列しやすく結晶状態となる。他方でシス体は折れ曲 がったような立体構造となるために分子同士の配列が乱され融解する。こうした物質は、溶媒を利用 することなく流動化・非流動化する点で注目に値する。また熱刺激は周囲に伝わるため局所的に及ぼ すことが難しいが、光刺激には意図したタイミングで局所のみに作用させられる利点がある。しかし、 これら低分子物質は、固体、液体、またはそれらの混合状態となるため、粘弾性を制御することが困 難だった。それに対して高分子物質は、多数のモノマーが連結して分子鎖が絡み合うことで本来的に 粘弾性を示す。言い換えれば、分子鎖の連結や絡み合いをうまく制御することが出来れば、物質の流 動化・非流動化とともに粘弾性をも制御出来る可能性がある。ごく最近、アゾベンゼンを側鎖に持つ
高分子に光刺激を与えると、流動状態を制御できることが報告された(Zhou et al. Nat. Chem., 9,
145–151, 2017)。この高分子のガラス転移温度は、アゾベンゼン側鎖がトランス体だと室温よりも高 く、シス体に光異性化すると室温よりも低くなる。この高分子物質の登場によって、溶媒成分を用い ることなく流動・非流動状態を切り換えられることに加え、粘弾性をも制御出来るようになった。と ころが、この高分子の流動化・非流動化は、アゾベンゼン側鎖の光異性化によるため、側鎖の改変を 通じた更なる機能化の余地がほとんど残されていない。 側鎖に改変の余地を残し、高分子種によらずに適用可能な汎用的な方策によって、光刺激による物 質の流動・非流動化と粘弾性制御を実現できないか?この発想の飛躍を可能にすると考えたのが、生 物の構造や機能の工学応用を目指す試みである生物模倣技術であった。生命らしさを物語る究極の機 能は動的な振る舞いにあり、その人工物質による模倣・再現は学術的のみならず工学的にも重要な挑 戦となっている。生命現象における“動き”は、マクロ、マイクロ、メゾ、そしてナノスケールに至る 各階層における分子および分子集合体の複雑な変形、駆動、および相互作用の変化に支えられている。 その一つに、分子アーキテクチャを巧みに変換してマクロな変形・駆動を生み出す生物とも言えるナ マコがいる。ある種のナマコは、海水から取り出されて力学的刺激を受けると流動化し、また海水に 入れると非流動化して最終的には元の形にまで戻る。ナマコの流動化・非流動化に要する時間は数分 程度とされており、なかなか“動かない”見た目とは裏腹に物質の応答として考えると速い。最近、ナ マコの流動・非流動機構は、コラーゲン繊維の架橋・解架橋による網目の切断と生成に基づくと本川 らによって説明された。ナマコは水を含むゲル状態で流動化・非流動化するが、網目の切断と生成は 原理的には溶媒成分を含まずとも成立しうる。そのためには、第一に非架橋時に流動性を持つ高分子 が必要となる。筆者は、シリコーン材料の一つであるポリジメチルシロキサン(PDMS)に着目した (図2)。PDMS はシリコーンオイルやグリースとして利用されているように流動性があり、その架 橋体はシリコーンゴムとして知られるように流動性はない。またシリコーン 材料は、側鎖や末端の改変を通じて容易に機能化され、それらは変成シリコ ーンとして工業化されている。さらに、シリコーン材料は、耐熱性、耐候性、 耐光性、光透過性、および耐寒性などに優れ、流動化・非流動化の繰り返し 図2.PDMS の構造
No.4 に伴う材料の劣化も少ないと期待される。シリ コーン材料に流動化・非流動化機能を実装する ことは、産業化の観点でも大きな意味を持つと 言って過言ではない。第二に、網目を繰り返し 切断・再生させるための反応が必要となる。筆 者は、数ある分子の中でヘキサアリールビイミ ダゾール(HABI)類の光反応に着目した。HABI に365 nm の紫外光(UV365)を照射するとイミ ダゾール環の間の結合が開裂してトリフェニル イミダゾールラジカル(TPIR)対を生じる(図 3)。
この反応で生じるTPIR は酸素存在下でも安定だが、UV365の照射をやめると他のTPIR と再結合して
HABI に戻る。HABI のフォトクロミズムは 1960 年に林らにより報告された。その後に阿部らによっ て報告されたHABI の高速フォトクロミズムは現在でも精力的に研究されている。それに対して筆者 は、HABI の光反応を PDMS からなる網目の切断・再生に応用すれば、光刺激に応答して自在に流動 化・非流動化する高分子物質の創製が可能になると考えた。 この研究構想を実現するために本研究では、流動的な星型高分子と非流動的な網目状高分子との間 でアーキテクチャを自在に組み換えることで、溶媒成分に頼ることなく等温的に流動化・非流動化す るナマコ様ソフトマテリアルを創製することを目的とした。 研究経過 先ず、ペンタエリスリトールを開始剤とするヘキサメチルシクロトリシロキサン(D3)の開環重 合(ROP)とクロロジメチルシランによる停止反応、それに次ぐ 4-アリロキシベンズアルデヒドとの ヒドロシリル化、さらにベンジルとのDebus–Radziszewski イミダゾール合成により HABI の前駆体で
ある2, 4, 5-トリフェニルイミダゾール(Lophine)を分子鎖末端に持つ星型 PDMS(star-PDMSLophine)
を合成した(図 4 上・中段)。また、star-PDMSLophineの末端のイミダゾール環をフェリシアン化カリ ウム存在下でおだやかに酸化することで分子鎖末端を2、4、5-トリフェニルイミダゾリルラジカル N N N N N N 2 UV365 no UV HABI TPIR 図3.HABI への UV365照射によるTPIR の生成 とTPIR 同士の再結合による HABI の再形成 OH OH OH HO O Si OSi O Si TBD DMF/THF/toluene TEA
Cl SiH Karstedt cat.
toluene O O Hexane/H2O benzil CH3COONH4 star-PDMSLophine O O SiH 3n Si O OSi 3n Si O O O OSi 3n H N N Ph Ph O Si Hexane/H2O K3[Fe(CN)6] KOH O OSi 3n N N Ph Ph N N Ph Ph O Si network-PDMSHABI (D3) 図4.網目 PDMS 前駆体(star-PDMSLophine)の合成
No.5
(TPIR)に変換し、続く TPIR 同士の再結合による HABI 形成を通じて network-PDMSHABIを合成し
た(図4 下段)。得られた network-PDMSHABIへのUV 照射に伴う物性の変化、とりわけ粘弾性の変化 を調べた。 一方、HABI の光反応によれば、光刺激を与えている間にのみ網目が切断され、光の照射をやめる と網目が再生することになる。そこで、クマリンの光二量化反応に基づき照射する光の波長を365 nm と254 nm(UV254)とで切換えることで網目の形成と切断を制御できる高分子材料も合成し、UV 照 射に伴う物性の変化を調べた。 研究結果・考察
標的化合物である network-PDMSHABIは star-PDMSLophineを前駆体に収率良く合成された。ここで
network-PDMSHABIには流動性がなく、前駆体であるstar-PDMSLophineにはシリコーンオイルのような流
動性があったことから、反応後に網目が形成されたことが強く示唆された。そこで、network-PDMSHABI をサンプル瓶に入れた状態で倒立させ (図5 左)、試料に UV365を照射したと ころ、照射部分のみが流動した。また、 流動部分が流れ落ちたことで材料の深 部にもUV365が届くようになり、最終 的にはUV365の照射領域に円形の穴が あいた状態となった(図5 中央)。さら に、UV365の照射をやめると流動性が なくなりその場で固まった(図5 右)。また UV365の照射時には、流動した部分が青色を呈していた が時間の経過に伴い元の薄い黄緑色に戻った。この色の変化は、溶液においてHABI から TPIR が生 成する際に示す吸収スペクトルの変化と対応し、UV 照射によって無溶媒下でも star-PDMSTPIRが生成 することを示している。その後、UV の 照射をやめると最終的には再び流動性 うとともに材料全体が薄い黄緑色に戻 った。この結果は、UV365照射によって 生成したstar-PDMSTPIRが、照射をやめ ると無溶媒下でも TPIR 間の再結合に よって network-PDMSHABI を生成する ことを示している 続いて、network-PDMSHABIの流動状 態の変化を定量的に粘弾性測定によっ て調べた。すると UV365を照射した部 位においては網目の切断によって貯蔵 弾性率(G’)および損失弾性率(G’’) がともに急激に低下することが分かっ た(図6)。また UV365の照射をやめる と、10 分程度で G’および G’’ともに UV365照射前と同程度にまで戻ったこ とから、網目の再生が起きることも直 接的に示された。さらに、これらの変 化に伴う温度の影響を調べるために、 試料の温度も同時に測定したところ 25 °C で一定していた。このことは、網 目の切断と再生が光刺激のみによって 図5.network-PDMSHABIへのUV365照射によって流動性 が変化した様子の写真 図6.network-PDMSHABIへのUV365照射の有無によるG’ およびG’’の時間変化
No.6 誘起されたことを強く支持する。これらの研究結果によって、意図した部分のみを流動化・非流動化 させることができ、かつ粘弾性をも制御可能な新物質の開発に至った(S. Honda, T. Toyota, Nature
Commun., 8, 502, 2017)。 さて、network-PDMSHABIは、 HABI の光反応に基づいてお り、光刺激を与えている間のみ 網目が切断される。そこで、ク マリンの光反応に基づき、網目 の切断と生成とを UV365 と UV254の照射で制御するコンセ プトを提案した(図 7)。この 分子設計では、ポリアクリル酸 ブチル由来の網目の生成と切 断による粘弾性の変化を無溶 媒下かつ等温的に制御するこ とができることが分かった(S. Honda, N. Tanaka, T. Toyota, J.
Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 56, 9–15, 2018)。 さらに最新の研究結果では、 このコンセプトを分岐状–網目 状 PDMS 間の高分子アーキテ クチャ変換に展開することに も成功した(図8)。すなわち、 高分子鎖末端にクマリンを持つ分岐状PDMS を新規に合成した。驚くべきことにこの高分子に UV365 を照射したところ、G’が元の分岐 PDMS に比べて 30000 倍以上も大きくなることを突き止めた。続 いてUV254を照射すると G’がG’’と同程度にまで小さくなり非常に柔らかい状態を取り戻せることも
分かっている(S. Honda, T. Toyota, 2018, accepted)。 このように、網目切断・生成反 応の鍵を握る化学種だけでなく、 網目の切断によって生成する高分 子の形状も粘弾性の変化に大きく 影響する点は興味深い。このこと はナマコの機能にヒントを得た高 分子設計および材料設計が普遍的 で汎用的であることを示している ばかりでなく、高分子ならではの 設計の多様性を生かしてより高次 の機能を材料に付与することがで きる可能性をも示唆する。今後、 側鎖を様々に改変することで高次 の機能を持つ新素材を開発すべく 検討を続けている。 図7.末端クマリン型星型ポリアクリル酸ブチルへの UV365の照 射による網目の生成と続くUV254の照射による網目の切断制御 図8.末端クマリン型分岐状 PDMS への UV365の照射による 網目の生成と続くUV254の照射による網目の切断制御