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武蔵野台地東南部における水文地名の由来と分布特性

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ても,合成地名,あるいは開墾に従事した人物の名や豪 族の姓に因む事例があり,付会であるか否かの判別に留 意が必要である。 一例として,本稿が考察の対象とする武蔵野台地東南 部において地域の水文環境と一見関わりがないように捉 えがちな地名の一つに世田谷区弦つる巻まきがあげられる。弦巻 は目黒川の支流蛇じゃくずれ崩川と品川用水の 水つ流るが渦巻まく (森,1984),もしくは 水つ流るのある牧まき場 に由来を求め ることができると考えられ,水流を「つる」と呼称する 地名は九州南部に多い。宮崎県えびの市水つ流る,都城市上かみ 水づ流る町・下しも水づ流る町,西都市水つ流る崎さき町,小林市水つ流る迫ざこ,宮 崎市大塚町水つ流る,延岡市北方町川かわ水づ流る,鹿児島県出水市 高野尾町上かみ水づ流る・下しも水づ流るの地名が該当し,都城市下水流 1.はじめに 地球上の特定の範囲を呼ぶ地理的名称の一種としての 地名は,ある土地に固有の名であり,人が集まり居住す るに至った集落の成立と深く関わってきた。特に自然地 名の中で,地形地名であれば山・丘・台・坂・谷・砂等 の一字,気候地名であれば日・雲・風・雨・霧・雷等 と,それぞれ地名に付された文字から連想される地域の 自然特性と地名の由来との関連性の深いことが指摘され る。これらに対し水文地名には,地域の水文環境を示唆 する文字に当て字を用いている例が全国各地で見受けら れ,地名がその地域の地表水や地下水の特異な性状に直 接結びつかない場合も多い。逆に,地域の水文環境を意 味すると類推される字句が明らかに含まれる地名であっ

森   和  紀

Hydrological place-name in the southeastern part of Musashino Plateau was examined in terms of special reference to its derivation and spatial characteristics. The principal objective of the present study is to elucidate the source of a hydrological place-name in conformity with successive topographic maps, a map showing the physical characteristics of a piece of land and a groundwater table map. The results of investigation are summarized as follows: (i) The ratio of hydro-logical place-name is in the first rank as compared with names of topography, climate, vegetation and civilization origin in the study area. This fact gives a vivid account of close connection between human living and hydrological environment as a residential qualification. (ii) Hydrological place-name derived from swamp with rush and/or cattail growing thick has the highest number in the name of a place related to geomorphological depression. (iii) Locations of place-name resulted from damp ground are consistent with the occurrence of groundwater mound, groundwater cascade and perched water, and the site with shallow depth to groundwater table is closely connected with the hydrological place-name originated in well. (iv) Distributions of hydrological place-name deriving its origin from marsh correspond with those of the dissected valley by relatively small scale rivers and the zonal area of 30-40 m in altitude.

Keywords: physical place-name, hydrological place-name, hydrological environment, abandoned river channel, groundwater table, Musashino Plateau

武蔵野台地東南部における水文地名の由来と分布特性

Derivation and Spatial Characteristics of a Place-name as Originated in

Hydrological Environment in the Southeastern Part of Musashino Plateau

Kazuki MORI

* (Accepted November 30, 2017)

Senior Research Fellow; Institute of Natural Sciences, College of

Humanities and Sciences, Nihon University, 3-25-40, Sakura-josui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan.

日本大学文理学部自然科学研究所上席研究員:

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町には水つ流る神社が鎮座する。漢字は異なるものの,福岡 県みやま市瀬高町東津つ留るは有明海に注ぐ矢部川が曲流す る緩傾斜地に位置し由来を同じくする地名とされ(谷 川,2013),神田川右岸の新宿区早稲田鶴つる巻まき町,七なな北き田た 川に支流梅田川が合流する地点の仙台市宮城野区鶴つる巻まきの 例も同義である。これら弦巻・鶴巻の地名に文字どおり 弓 ゆみ 弦 づる や鶴に由来を求める説は牽強付会の謗りを免れない と考えられる。鏡味(1981a・1981b)は「つる」が水 路のある低地の意であるとし,鶴や釣つるの字が地名に多く 当てられると説いている。地名の由来を同じ語源に求め る目黒区目黒について, めぐる(曲流する) 川から派 生したとの楠原(2016)の指摘は一理あると言えよう。 水文地名とその由来との一義的な繋がりを推察すること が比較的難しい他の事例に関しては,判断の根拠となる 新旧の地形図・空中写真を比較検討し本稿で後述する。 一方,都市化前の地形図から判読される河道や用水路 の形状に加え,水温の特異現象に由来して経験的に名づ けられたと考えられる河川名が全国に分布する点は注目 に値する。地下水の分水界漏出に伴う基底流量が高い比 率を占めることが要因となり,夏季の河川水温が隣接流 域より低いことに着目した冷ひえ川かわの例に狩野川水系(静岡 県)・員弁川水系(三重県),冷ひや川かわに大分川水系(大分 県),冷つめた川がわに木曽川水系(長野県)・神通川水系(富山 県)がある。同じく地下水による涵養量が高い比率を占 める冬季の高温現象,もしくは温泉水の流入や河道への 湧出に着目したと思われる温ぬる川かわの例として米代川水系 (秋田県)・岩木川水系(岩手県)・利根川水系(群馬 県),温ぬるい川かわに汐泊川水系(北海道),温ぬくみ川がわに九頭竜川水系 (福井県),温おん川がわに信濃川水系(新潟県)があげられる。 水文地名の実例は各国でみられ,例えば鉄道の駅名 にWaterfall(Sydney,オ ー ス ト ラ リ ア )・Spring Road (Birmingham,イギリス)・Brunnen(Ingenbohl,スイ ス ), 山 の 名 称 にRegenegg(Unteriberg, ス イ ス )・ Schneeloch(Salzburg,オーストリア),通りの名前に Wasserstraße(Düsseldorf,ドイツ)のように,滝・湧 水・井戸・雨・雪・水を意味する地名がみられることは 興味深い。古くBach(1954)は『ドイツ地名学』を著 し,諸外国における地名の由来や語源に関する考証は, ド イ ツ(Sturmfels and Bischof,1961)・ イ ギ リ ス (Field,2005;Mills,2011)・ ア フ リ カ 南 部(Raper et

al.,2014)・カナダ(Rayburn,2009)を対象に刊行され

た成果に詳しい。オーストラリアにはアボリジナルの言 語 に 由 来 す る 地 名 が 多 く み ら れ(Koch and Hercus, 2009),北海道と東北地方北部に分布するアイヌ語起源 の地名と共通する面がある。 すでに述べてきたとおり,地名は地域に固有の自然特 性や社会・人文特性を反映していると考えることがで き,この点に着目すれば地名を指標に地域の自然環境の 特徴や変遷の過程を読み解くことが可能であることを意 味する。正に地名は,失われた自然を我々に教え,過去 を語り,命名当時の時代と経てきた歴史を知る指標であ り,土地と人を結ぶ文化の表象とみるべきものである (鏡味,1984;千葉,1994)。自然地名のうち,地形地名 に つ い て は 柳 田(2017; 原 著 1936) や 鏡 味(1981a・ 1981b;原著1957・1958)を始め多くの論考があり体系 立てた記述が成されているのに対し,視覚的に把握する ことの難しい現象に因む気候地名に関する成果はきわめ て僅かしかないとされる(吉野,1990・1997)。翻って 水文地名について考えてみると,水文環境は都市化に伴 う変貌や改変が著しいため,現今の地形図のみに依拠す る由来の考察は困難であり,必然的に過去の地形図を辿 ることが不可欠となる。 本稿は,水文地名を拠り所として地域の水文環境との 整合性を検証すると共に,由来に基づき分類される水文 地名の分布特性を見出すことを目的とする。 2.調査手法・資料と対象地域 対象地域の原地形が判読しやすいよう,時代の異なる 都市化前の歴代地形図を比較検討し,地名の由来に諸説 ある場合の解釈に際しての基礎資料とした。明治時代初 期には藩政時代とほぼ同じ名称の村が存続していたため に村の数は多かったが(山口ほか,1972),1889(明治 22)年に町村制が施行されたことで合併が行われ,以後 に発行された地形図から判読できる地名の数は少なく なった。本稿では地名の字名が郷土誌等から抽出できる 例を除き原則として旧村名を中心に考察したが,「住居 表示に関する法律」が1962(昭和37)年に施行された ことに伴い,町名変更により消失した旧地名が地区に よっては多くあるため,現存しない地名についても合わ せて検討した。考察の対象とした地名は集落名に限るも のとし,河川や池沼等の名称は含まれていない。鏡味 (1985)は,新住居表示が施行されたことにより歴史的 な町並みの残っている地域の伝統的遺産としての地名が 消え,安易で非文化的な新しい地名が付けられた例の多 いことを指摘している。加えて,「市町村の合併の特例 に関する法律」の一部が1995(平成 7)年に改正された ことに伴って仮名書きの自治体名が新たに誕生し,地域 の固有性が薄れた点は否めない。なお,市町村合併前の 地名を含め,全国の地名を検索する上で「郵便番号簿」 の利用が有用であった。

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20,000分の 1 陸地測量部正式図「膝折」・「白子」・「田 無」・「中野」・「東京首部」・「下布田」・「世田谷」・「東 京南部」・「溝口」・「大森」図幅 6)1916(大正 5)年測図・1917(大正 6)年測図・1922 (大正11)年修正・1927(昭和2)年修正・1929(昭 和4)年修正・1932(昭和7)年要部修正・1945(昭 和20)年部分修正:縮尺25,000分の1陸地測量部地形 図「 志 木 」・「 赤 羽 」・「 吉 祥 寺 」・「 東 京 西 部 」・「 溝 口」・「東京西南部」・「川崎」・「東京国際空港」図幅 7)1955(昭和30)年資料修正・1966(昭和41)年改 測・1970( 昭 和 45) 年 修 正・1981( 昭 和 56) 年 修 正・1995(平成7)年部分修正・2001(平成13)年修 正:縮尺25,000分の 1 国土地理院地形図「志木」・「赤 羽 」・「 吉 祥 寺 」・「 東 京 西 部 」・「 溝 口 」・「 東 京 西 南 部」・「川崎」・「東京国際空港」図幅 都内の中小河川は,1961(昭和36)年に東京都知事 に対し成された答申に基づき多くが暗渠化され(中村・ 沖,2009;中村,2012),下水道幹線としての機能を有 する地下空間に以後大きく変容した。したがって,かつ ての河川・用水と土地利用との関連を把握する上から過 去に発行された地形図の判読は必須であり,合わせて新 考察に用いた地形図・地図,土地条件図,および資料 を一括し,巻末に掲げる。地名の抽出に利用した江戸時 代末期の地図,ならびに歴代の地形図を縮尺・図幅名と 共に年代順にあげれば以下のとおりである。 1)1850(嘉永 5)年∼1868(明治元)年:縮尺 20,000 分の1「大江戸地理空間図」(正井,2000) 2)1856(安政3)年:縮尺6,500分の 1「復元江戸情報 地図」(児玉,1994),「安政三年度実測復元地図」(吉 原・俵,2001;中川,2004) 3)1880(明治13)年測量・1881(明治14)年測量・ 1891(明治24)年修正・1894(明治27)年修正:縮 尺20,000分の 1 参謀本部陸軍部測地局迅速図「田無 町」・「板橋驛」・「下谷區」・「布田驛」・「内藤新宿」・ 「麹町區」・「登戸村」・「二子村」・「品川驛」・「川 驛」・「羽田村」図幅 4)1883(明治16)年測量・1884(明治17)年測量:縮 尺5,000分の 1 参謀本部陸軍部測地局製版図「東京北 西部」・「東京北部」・「東京北東部」・「東京西部」・「東 京中部」・「東京東部」・「東京南西部」・「東京南部」・ 「東京南東部」図幅 5)1906(明治39)年∼1909(明治42)年測図:縮尺 図 1 武蔵野台地の地勢と主な水系 赤枠は調査対象地域の範囲を示す. カシミール3D(WGS84測地系)を平面直角座標系に改変し,加筆した.

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3.地名の抽出と由来に基づく分類 図1 に示す赤枠の地域範囲に含まれる地名について, 地名の由来との関連づけが比較的明白に解釈できる事例 を選び出し,自然地名・人文地名・植物地名に分類し た。さらに自然地名については水文地名・地形地名・気 候地名に細分して,合成地名の例と共に表1 に示す。こ れらの地名の中には,前述したようにすでに失われた旧 地名も含まれており,現地名の一部に付されている上かみ・ 下 しも ・東・西等の副次的字句は除外した。表1 はあくまで も客観的に整理した結果であって,地形地名と気候地名 の数を恣意的に限定した訳ではないが,自然地名が人文 地名・植物地名と比較しはるかに多く,中でも水文地名 の占める比率が特段に高い事実が読み取れる。ロームに 厚く覆われ地下水面の深い武蔵野台地は,利水の面から 元来が乏水地域と位置づけられてきた。一方,宙水に代 表される局地的な水文条件が集落の立地と深く関わるこ とから,武蔵野台地では地名と水文環境との結びつきの 強いことが示唆される。水文地名の数の多さが示すとお り,集落の成立が水と深く関わってきた経緯が地名から も推量され,武蔵野台地は水文地名の考察にとって好個 の地域であると考えられる。 水の得にくさの面で共通点を有する乾燥地域の例とし て,ステップ気候(BS)・沙漠気候(BW)によって特 旧の空中写真を利用した。地名を地形図から抽出する作 業において検討を必要とする事項の一つに,基図とする 地形図の縮尺の相違による比較検討があり,この点に関 し福岡(1999)は気候地名について言及している。同じ く気候地名を対象に,縮尺50,000分の 1 地形図(陸地測 量部)と25,000分の 1 地形図(国土地理院)を比較して 同一地域における地名の種類と出現頻度に関し考察した 結果によれば(吉野,2001),出現する文字の種類に有 意な差の認められないことが指摘されている。 武蔵野台地の地勢と主な水系,および本稿で考察の対 象とした地域の範囲を図1 に示す。武蔵野台地は荒川・ 多摩川・入間川の各水系に挟まれた典型的な洪積台地で あり,西端に位置する青梅の標高が約210m,東端の上 野で20m,東西約47kmに亘り西から東にかけて平均勾 配4.0‰の緩やかな傾斜を示す。本稿では,武蔵野台地 の中で水系密度が比較的高い東南部を考察の対象とし た。水文地名を抽出し由来の解釈と特定を行った範囲を 1947(昭和22)年に再編され現在の23区となった東京 特別区に当て嵌めれば,練馬区・杉並区・中野区・新宿 区・世田谷区・目黒区・大田区の7 区が該当する。以下 では,事例研究としての武蔵野台地東南部における水文 地名の由来をより確証の高いものとするため,起源が共 通すると考えられる全国の地名についても可能な限り考 証した。 表 1 武蔵野台地東南部の自然地名・人文地名等 町名変更と市町村合併に伴い消失した旧地名を含む.  地名の副次的字句(上かみ・下しも・東・西等)は除外した. 自然地名 水文地名 赤 あか 堤 つつみ

(Se) 揚あげ場ば(Sh) 阿あ佐さがや谷(Su) 天あま沼ぬま(Su) 新あら井い(Na) 井い草ぐさ(Su) 池いけ上がみ(O) 池いけじり尻(Se) 石いし井い戸ど(Se) 和い ず み泉(Su) 江え古ご田た(Na) 大おお泉いずみ(Ne) 荻おぎ窪くぼ(Su) 奥おく沢さわ(Se) 落おち合あい(Sh) 蒲

かま

田た(O) 鎌かま田た(Se) 川かわ添ぞえ(Na) 北きた沢ざわ(Se) 桜さくらじょう上水すい(Se) 清し水みず(M・Su) 石しゃく神じ井い(Ne) 水すい道どう(Sh) 瀬せ田た(Se) 洗せん足ぞく(M) 祖そ師し谷がや(Se) 高たか井い戸ど(Su) 玉たま堤づつみ(Se) 堤つつみ方かた(O) 弦つる巻まき(Se) 等と々ど力ろき(Se) 中なか井い(Sh) 貫ぬく井い(Ne) 沼ぬま袋ぶくろ(Na) 沼ぬま部べ(O) 野の沢ざわ(Se) 羽は沢ざわ(Ne) 深ふかさわ沢(Se) 堀ほりノの内うち(Su) 廻めぐり沢さわ(Se) 目め黒ぐろ(M) 谷や原はら(Ne) 芳よしくぼ窪(M) 淀よど橋ばし(Sh) 和わ田だ(Su) 地形地名 市 いち 谷 がや (Sh) 大おお岡おか山やま(M) 大おお久く保ぼ(Sh) 大おお原はら(Se) 尾お山やま台だい(Se) 神か楽ぐら坂ざか(Sh) 久く我が山やま(Su) 向こう山やま(Ne) 三さん谷や(M・Su) 長なが谷や戸と(Sh) 気候地名 あさひNe) 春か す が日(Ne) 霞かすみがおかSh) 八くもM) 雪ゆきがやO) 人文地名 粕

かす

谷や(Se) 松しょう庵あん(Su) 雑ぞう色しき(Na) 太たい子し堂どう(Se) 箪たん笥す(Sh) 土ど支し田だ(Ne) 碑ひ文もん谷や(M) 宮みや前まえ(Su) 弥や よ い生(Na) 祐ゆう天てん寺じ(M) 植物地名 梅

うめ

ざと

(Su) 榎えのき(Sh) 小こ竹たけ(Ne) 桜さくら(Se) 萩はぎ中なか(O) 松

まつ

ノの木き(Su) 桃もも井い(Su) 山やまぶき吹(Sh) 若わか葉ば(Sh) 若わか林ばやし(Se) 合成地名 おぎSu) 駒こまざわSe) 大だいきょうSh) 代だいざわSe) 本ほんしおSh) 等       M:目黒区 Na:中野区 Ne:練馬区 0:大田区 Se:世田谷区 Sh:新宿区 Su:杉並区

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由来になったと想定される水文事象に基づく分類を行 い,一覧を表2 に示した。地形起源の窪地を意味する地 名のうち,地下水面の局地的に浅い場所に自生する湿生 の藺い草ぐさや挺水植物の蒲がまが繁茂する湿地に由来すると判定 される事例が水文地名の中で最多であり,成因が類似の 池沼・沢に因む地名と合わせ抽出総数の中で最も高い比 率を占めることが特徴である。 以下では水文地名の由来の根拠について信憑性を検証 し,地名と水文環境との整合性,および水文地名の分布 特性について検討する。考察の対象とした水文地名につ い て,各 地 名 の 確 証 と な る 鉄 道 駅( ①・② )・バ ス 停 (③)・神社(④∼⑦)・公立学校(⑧・⑨)・公共施設 (⑩)・道路標識(⑪∼⑭)の写真を一括して写真1 に示 す(2017年10月撮影)。 徴づけられるモンゴルでは,河川・湖沼・湧水に由来す る水文地名の占める比率が高く,水に関わる地名が定住 圏をもたない人々の地名に対する認識において遊牧のた めの目的地として重要であることが指摘されている(古 谷,1992)。カザフスタン・キルギス等の中央アジアの 乾燥地域においても,水との関わりに着目した地名の考 察がなされている(吉野,2001)。対照的に,富士山頂 を中心とする半径約40kmの地域における自然地名と植 物地名について考察した結果では,湧水の多い南斜面の 山麓に水文地名が多く分布する(福岡,2009)。他方,地 名の由来を自然災害との関わりから論考した記述も多く (例えば丸本・福岡,2007;谷川,2013;楠原,2016), 氾濫平野にみられる地名の中には水害の発生頻度との関 連が深い例も見受けられる。 次いで表1 中に示した水文地名 45を対象に,地名の 表 2 水文地名の由来に基づく分類 表1中の水文地名45を対象とした. 由来 地        名 池 沼 天沼  池上  池尻  洗足  堤方 沼袋 沼部 湿 地 阿佐谷 井草  荻窪  蒲田  鎌田 瀬田 谷原  芳窪 沢 奥沢  北沢  野沢  羽沢  深沢 廻沢 湧 水 和泉  大泉  清水  祖師谷 井 戸 新井  石井戸 石神井 高井戸 中井 貫井 河 川 赤堤  揚場  江古田 落合  玉堤 弦巻 等々力 目黒 和田 用 水 川添  桜上水 水道  堀ノ内 淀橋 写真1 考察の対象とした水文地名(何れも2017年10月,筆者撮影.) ①京王井の頭線高井戸駅(杉並区高井戸西二丁目) ②西武池袋線江古田駅(練馬区旭丘一丁目) ③東急バス・小田急バス野沢 銀座停留所(世田谷区野沢一丁目・四丁目) ④井草八幡宮(杉並区善福寺一丁目) ⑤清水稲荷神社(目黒区目黒本町一丁 目) ⑥奥澤神社(世田谷区奥沢五丁目) ⑦深澤不動教会(世田谷区深沢六丁目) ⑧杉並区立天沼小学校(杉並区天沼二丁 目) ⑨世田谷区立北沢中学校(世田谷区北沢五丁目) ⑩目黒区立清水池公園(目黒区目黒本町二丁目) ⑪新宿区立落合中央 公園(新宿区上落合一丁目) ⑫新宿区水道町 ⑬杉並区清水二丁目 ⑭杉並区和田一丁目

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であると定義し,河川の屈曲した場所に形成された小平 地と説いている。愛知県岡崎市上和田町・下和田町はか つての矢作川分流や乙川が流れていた地区,西尾市大和 田町は矢作古川と広田川に挟まれた土地である(谷川, 2013)。河川が大きく曲流することに因む「川かわ和わ」の地 名も同義であり(金子,2010),鶴見川流域の横浜市都筑 区川和町・川和台,利根川支流の神か ん な流川流域に位置する 群馬県多野郡上野村川和の例があげられる。 すでに1591(天正19)年の検地帳に「武州多摩郡大 宮内和田村」の記載があるとされ,杉並区和田が古くか ら開けた集落であることを物語る。上記のとおり,地名 「和田」の由来については旧河道に着目した河川との関 わりから考証することの確実性が高いと考えるが,加え て平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将和田義 盛の領地や居館があったとする説(竹内,2006),平安 時代中期に編纂された辞書『和わみょう名類るい聚じゅ抄しょう』に記載のあ る多摩郡海あま田た郷の海田が転訛したとの諸説があることを 付言する。 4. 2. 落 合 新宿区上落合・中落合・下落合・西落合と4地区に分 かれる「落合」は,二河川が落ち合う地点,すなわち河 川の合流点に由来する地名である。図3 左に示す2003 (平成15)年測量の地形図からは妙正寺川と神田川(か つての井草川)が合流する河道を判読することができな いが,地形図に破線で加筆した暗渠の流路から明らかな 4.水文地名の由来とその検証 地名と水文環境との直接的な類推が比較的難しい地名 の例を中心に,古地図に依拠した検証を先ず行う。 4. 1. 和 田 2009(平成 21) 年撮影の空中写真に示す杉並区「和 田」の地名について(図2 左),歴代の地形図に由来の 根拠を求めようとすると江戸末期まで時代を遡る必要が ある。1856(安政 3)年当時の地図を基に彩色を施した 図2 右を参照すると,1590(天正 18)年に開削された 神田上水に流入する小規模な河川が網状的に流れ,河川 に囲まれた水田地帯の景観が判読される。杉並区和田の 西に隣接する地区が現在も堀ノ内(江戸時代の堀之内 村)と称されることからも類推されるように,この地域 はかつて神田上水,および神田上水に合流する善福寺川 の水路網に囲まれた一帯であったと類推される。すなわ ち,和田の わ は輪が転じたものと解釈され,土地利 用の様相と規模は異なるものの木曽三川下流域に広く展 開される輪わ中じゅうと共通する景観が読み取れる。水防共同体 としての輪中と同義語に曲くる輪わの地名があり(安藤, 1988),岐阜県安八郡今尾村(現;海津市平田町今尾) 和田曲輪は同じ地名由来の事例であると考えられる。 福地(1995)は全国に分布する「和田」の地名に共通 する特徴として,河川の流路に臨む水田地帯である点を 指摘し,鏡味(1981a・1981b)は「和田」を自然地名 図 2 水文地名「和田」(現;杉並区和田一丁目近傍) [左]2009(平成21)年撮影,国土地理院空中写真. [右]1856(安政 3 )年,「安政三年度実測復元地図」に彩色.

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の地名から類推されるように,この地は台地の縁辺部が 侵食され形成された低湿地であったことが示唆される。 武蔵野台地をさらに広域的に捉えると,1910年代(明治 時代末期)の地形図からは多摩川支流の河谷に「谷戸」 地名が多く確認され(平岡,2008),畑地と山林が卓越 する台地上とは対照的に水田が早くから開かれていた。 河川の合流に因む同様の例は諸外国にもみられ,ドイ ツ西部の都市コブレンツの地名は二河川の合流点に由来 する(本保,1995;楠原,2016)。Koblenz はフランス 東北部に源を発する国際河川モーゼル川がその本流で あるライン川に合流する地点に位置しており,合流 (合流点)を意味するラテン語の古称confluentes(英語 confluence)が訛った地名であるとされる。ブゼント川 とクラーティ川の合流点に位置する南イタリアの都市コ ゼンツァCosenzaも,「合同(合流)する」を意味する ラ テ ン 語consentioが語源との説が有力である(牧, 1989;蟻川,1990)。 4. 3. 江古田 中野区「江え古ご田た」について,始めに河川との関わりか ら地名の由来を考察する。因みに,西武池袋線の駅名は 「江え古こ田だ」(練馬区旭丘一丁目),都営地下鉄大江戸線の 駅名は「新江え古ご田た」(中野区江原町二丁目)である。都 市化の進んだ2003(平成15)年測量の地形図(図 4 左) からは地名の由来となった景観を読み取るべくもない ように,神田川の治水を目的に1982(昭和57)年度に 完成した高田馬場分水路により(鈴木,2003;東京都建 設局,2016),辰巳橋(下落合一丁目)を約 40m流下し た地点で二河川が合流していることが分かる。同一地域 の範囲を同一縮尺で示す1947(昭和22)年の米軍撮影 の空中写真(図3 中)からは,すでに河道改修がなされ 直線化された妙正寺川が神田上水(神田川)に合流する 流路を判読することができ,1909(明治42)年測量の 地形図(図3 右)では台地上を自由蛇行する両河川の河 道がより鮮明に読み取れる。現在は,かつての合流地点 で神田川にかかる「落合橋」が地名の名残をとどめてい る。同じく河川の合流地点に多い地名として,松山ほか (2012)が言及する「川又」に加え,落合(1964)は 「川合」・「出合」の例をあげている。 1520(永正17)年から1555(弘治元)年にかけて行 われた検地に基づく『小お田だ原わらしゅう衆所しょりょう領役やく帳ちょう,1559(永禄 2)年』にすでに「落合」の地名があることから判断し (竹内,2006),神田上水がこの地に引かれる以前から三 鷹市井の頭の湧水を源流とする複数の小河川が流下し, 合流していたと考えられる。江戸時代初期には,神田上 水の上流に上落合村,下流に下落合村があり,1889(明 治22)年に ケ村との合併を経て落合村が成立し, 1924(大正13)年に落合町となった経緯がある。現在 の中落合一丁目は1932(昭和 7)年に淀橋区が制定され るまで前まえ谷や戸との小こ字あざ名で称され(福地,1995),「谷戸」 図 3 水文地名「落合」(現;新宿区上落合一丁目・下落合四丁目近傍) [左]2001(平成13)年測量,国土地理院地形図「東京西部」. [中]1947(昭和22)年米軍撮影,空中写真. [右]1909(明治42)年測量,陸地測量部正式図「中野」.

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なお,地名「江古田」の由来に関する上記の解釈に加 え,新田の開墾に際し武蔵野台地に当時群生していたエ ゴノキ(Styrax japonica)の原野を切り開いた(福地, 1995),あるいは水田の境にエゴノキが繁茂していたと する説,アイヌ語に語源を求める説があることを付記す る(竹内,2006)。アイヌ語は文字をもたないため,音おん を聞いて仮名書きする際に正確さを欠く面があり,さら に仮名に漢字をあてる上で正確さが失われたと言われる (吉野,2001)。この点からすれば中島(1976)が述べる ように,漢字による字義の説明に拘るよりは,地名の音おん から考察する方が由来を解釈する上で適切な場合もある。 4. 4. 清 水 直感的に湧水を連想させる「清水」の地名は,都内に 限っても杉並区清水,板橋区清水町のほか,すでに消滅 した目黒区清水町,文京区清水谷町,墨田区本所清水町 と多くみられ,同じ読みに対し異なる字をあてる例に和 歌山県海南市冷し水みず,京都市下京区志し水みず町の例がある。同 じく湧水に由来する類似の地名として,杉並区和泉,練 馬区大泉町,板橋区泉町をあげることができる。市町村 が,1909(明治 42)年測量の地形図(図 4右)から判読 される土地利用に着目し,水田部分に彩色を施して凡そ 1 世紀を隔てた新旧の両地形図を比較した。元来 江 には川・堀などを指す意があり(「大辞泉」,小学館), 妙正寺川に中新井川(現;江え古ご田た川がわ)が合流する一帯の 低地に 古く (江戸時代以前)から台地には少ない 湿田 が開けていたことに由来すると解釈することが できる。加えて,湧水が湧出する小規模な谷の湿地や窪 地を意味するエゴに由来するとの説も一理あると考えら れる(鏡味完二・鏡味明克,1977)。 地名としての江古田村は前述の『小田原衆所領役帳』 にすでに記載があるとされる。集落が立地する標高の高 い地区には「江古田原」の地名がみられ(図4 右),現 在の江原町の旧名となっている。図4 左の地形図中に加 筆したとおり,北流する江古田川が南方に曲流する地点 の右岸には,中野区立公園の東部分に1986(昭和61) 年度に調整池が完成し(飯野,2015),都市化が著しく 進んだ都市河川の治水対策として,水位が上昇した場合 に護岸の一部に設けられた越流堤から水を引き込むこと で下流域の被害を軽減させる機能を持たせている。 図 4 水文地名「江古田」(現;中野区江え古ご田た一丁目・二丁目近傍) [左]2001(平成13)年測量,国土地理院地形図「東京西部」. [右]1909(明治42)年測量,陸地測量部正式図「中野」に彩色.

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4. 5. 水 道 かつての神田上水は現在の神田川大滝橋(文京区関口 二丁目)近くに築かれた「大おおあらい洗堰ぜき」において水位を上 昇させ,開渠で水戸徳川家上屋敷(現;小石川後楽園) に導水された後,暗渠の樋で神田と日本橋の一帯に上水 として給水されていた。飲用としての神田上水の利用は 1901(明治34)年まで続き, 1933(昭和 8)年に取水口 が閉鎖された。このような歴史的経緯を背景に,付近に は新宿区水道町(旧牛込水道町),文京区水道(旧関口 水道町・金杉水道町・小石川水道町・小日向水道町・水 道端)といった上水ゆかりの地名が多くみられる。全国 的にも新潟市中央区水道町・長岡市水道町・燕市水道 町・静岡市葵区水道町・熊本市中央区水道町,国外では 台北市水道町の例にみられるとおり,上水道の給水施設 に由緒をもつ地名が存在する。 大洗堰の近辺一帯について,1883(明治16)年測量 の地形図(図6 上)を示す。同一範囲を表す1856(安 名としては,鹿児島県出い ず み水市,姶あい良ら郡湧水町の例があ る。ここでは,現在の目黒区目黒本町二丁目について, 2001(平成13)年測量の地形図(図 5 左)と1909(明 治42)年測量の地形図(図 5 右)を比較して示す。 1932(昭和7)年の目黒区成立に伴って成立し 1966 (昭和41)年に消滅した清水町には,図 5右に示した 1909(明治42)年の地形図にみられるとおり地名の起 源となった清水池があり,台地を開析する浅い谷に湧出 する地下水によって涵養される池の水は灌漑用水として 利用されていた。池の周辺には池ノ上・東池ノ下の字名 が認められる。図中には玉川上水からの分水の一つであ り,同じく灌漑用水として利用されていた品川用水の流 路がみられる。現在も池は市街地化された地域の貴重な 親水空間として保全され,周囲は清水池公園として整備 されている(図5左)。 図 5 水文地名「清水」(現;目黒区目黒本町二丁目近傍) [左]2001(平成13)年測量,国土地理院地形図「東京西南部」. [右]1909(明治42)年測量,陸地測量部正式図「世田谷」.

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における地下水位の等高線を吉村(1940a)の地下水面 図に基づき,1880(明治13)年測量の地形図を基図に 作成したものである。善福寺川は現在の杉並区和田二丁 目・中野区弥生町六丁目の和田廣橋下流で神田上水に, 妙正寺川は新宿区下落合一丁目地先の辰巳橋で同じく神 田上水に合流するため,地形図中の地名「井草」から 「天沼」にかけての一帯は上水の涵養域として重要な地 となっていた(竹内,2006)。 図7 の地下水面図に示すとおり,この地域における 地下水の特徴的なあり方として,井草から東南東方向 の天沼に延びる地下水堆の分布が明瞭に判読される。 井草の地名由来には自然地名・人文地名を含め複数の 説があるが,善福寺池と妙正寺池の周辺に湿生の藺い草ぐさ (Juncs effusus L. var. decipens Buchen.)が自生していた

とする説が理にかなっていると考えられる。藺草はもと 政3)年の地図(図 6 下)を参照すると, 水番屋構 の 字句が地図中に認められ,上水取水堰の水門管理が重要 であったことがうかがえる。地名の関口は堰せき口ぐちの意と考 えられており(本間,1994),水番所には水番人にあた る水門の差さし蓋ふた揚あげおろし卸役人が居を構えていた。神田上水と して取水された余水(旧江戸川)は,お茶の水の堀を経 て隅田川に流入する。 5.水文地名の分布と水文環境の整合性 次に主として地下水面図に基づく水文環境の特徴に着 目し,水文地名としての由来を検証し,分布の特徴につ いて考察する。 5. 1. 井草・天沼 図7は,杉並区上井草四丁目・天あま沼ぬま一丁目の近辺一帯 図 6 水文地名「水道」(現;新宿区山吹町・文京区関口二丁目近傍) [上]1883(明治16)年測量,参謀本部陸軍部測量局地形図「東京北西部」. [下]1856(安政 3 )年,「復元江戸情報地図」.

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図 7 杉並区上井草四丁目・天沼一丁目一帯における地下水堆の分布 吉村(1940a)の地下水面図に基づき,1891(明治24)年測量迅速図 「板橋驛」・1894(明治27)年測量迅速図「田無町」を基図に作成. 図 8 「井草」・「天沼」とその周辺地域の地下水面断面図 断面の位置(A―A ・B―B ・C―C )は図7に示す. 吉村(1940a)に基づき作成.

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り明らかである。善福寺川と妙正寺川の流路にほぼ直交 する方向(A―A とB―B ),および平行する方向(C ―C )にとった3本の断面位置(図7)について,図8 には合わせて地表面の断面も図示した。図から判読され るとおり,井草と天沼の両地区には凹地が形成されてい ることに加えて地下水面が浅く,低湿地の特徴を読み取 ることができる。なお,地名の由来との直接的な関わり は持たないが,断面図に示されるとおり地下水面は善福 寺川と妙正寺川の河床より低い位置にあり,井草・天沼 地区における両河川は河川水が地下水を涵養する失水河 流となっている。 5. 2. 高井戸 1921(大正10)年測量の地形図を基図として,吉村 (1940b)に基づき作成した地下水面図を現在の杉並区上 高井戸・下高井戸・高井戸東・高井戸西近辺一帯につい て図9 に示す。古く吉村(1939・1940b)・郷原(1953) が指摘するように,この地には地下水面等高線の不連続 な部分が線状に続き,地下水瀑布の分布が地下水面図か ら判読される。地形図中の高井戸村字上高井戸・下高井 もと湿地や沼に生える植物であることから,この地は地 下水面が浅い低湿地であったと想定され,地下水堆の分 布とよく整合する。 天沼については,現在は枯渇しているが地形図にみら れる「天沼辨べん天てん池いけ」が降雨後に水面積のさらに大きな沼 になることから,雨あめ沼ぬまが転訛したとする説の確証が高 い。雨あめが「あま」となり天あまに結びついた地名は,元来が 降雨後に冠水する地区や降雨量の多い場所であり(吉 野,1997・2001),京都府福知山市天あま田だ,伊豆半島中央 部の天あま城ぎ山等の例がある。金子(2010)は湿地・沼地に 由来する天沼が各地にみられる地名であると述べてお り,現行の住居表示について検索した限りでも,宮城県 大崎市岩出山下野目雨あま沼ぬま,愛知県稲沢市天あま池いけ町,埼玉県 川越市天沼新田等の例があげられる。千葉(1994)が指 摘するように,杉並区天沼は神田川に流入する桃園川の 水源となる低地に当たり,平坦な台地上に湧水や池沼が 出現することは古代人にとって驚異であり,霊地として 崇められたことが推察される。 井草と天沼の地名について述べた上記の由来は,吉村 (1940a)に基づき作成した図8の地下水面断面図からよ 図 9 杉並区高井戸西一丁目・上高井戸三丁目一帯における地下水瀑布の分布 吉村(1940b)の地下水面図に基づき,1927(昭和2)年測量地形図 「吉祥寺」・1929(昭和4)年測量地形図「東京西部」を基図に作成.

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あることを物語る。台地上にありながら地下水面の深度 が比較的浅い宙水の分布域において集落の立地と発達が 古くまで遡る事実は,水利条件が人々の暮しにとって重 要な要因となったことの証左であろう。ここでは上記の とおり,地下水面高度の分布に関する地域的な差異の特 徴に基づき高井戸の地名由来を解釈したが,他方,現在 の下高井戸二丁目付近の高台に宗源寺の不動堂がかつて 祀ってあり, 高いお堂 に由来するとの言い伝えがあ る点を付け加える。 5. 3. 北沢・野沢等 地名と水文環境との関わりを類推させる例として, 沢 を共通の地名とする世田谷区北沢ざわ・野沢ざわ・深沢さわ・ 奥沢さわ・廻めぐり沢さわ・代沢ざわ・駒沢ざわがあげられる。ただし,これら の地名のうち代沢は,前述の「住居表示に関する法律」 の施行に伴って1964(昭和39)年に実施された町区域 の変更により,代田の代と北沢の沢を組み合わせた合成 地名であり(世田谷区,1982;森,1984),駒沢は 1889 (明治22)年に旧荏原郡上馬引沢村ほか 5村が合併され て成立し誕生した新しい地名である。廻沢は北東部を流 戸の一帯は,北西からほぼ南東方向に連なる2 列の地下 水瀑布に挟まれた地域に位置しており,地表面から地下 水面までの深度が5 m以浅の範囲と重なる。 武蔵野台地は河谷の沖積低地と開析谷を除けば地表が ローム層によって覆われており,有力な帯水層とみなさ れる地層は段丘を構成する砂礫層であって(細野, 1978),武蔵野礫層・立川礫層がこれに相当する。一方 宙水は,ローム層の下部が粘土質化し難透水層となった 部分,および下位の砂礫層上部に粘土層が局部的に挟ま る部分に賦存することから,図9 の地下水面図から判読 される不圧地下水の特徴的なあり方は宙水の分布と密接 に関連していることが示唆される。宙水は不透水層もし くは難透水層が本水の不圧地下水面より高い位置に分布 する保持層,すなわち宙水床によって形成される地下水 の形態であるので,宙水が賦存する地域の周辺では,宙 水床が薄くなり消失する地点において地下水面の高度が 急変する現象が認められ,地下水瀑布が形成される。 僧侶道どう興こうによる紀行文『廻かい国こく雑ざっ記き,1487(文明19) 年』には「掘りかねの井」と「高井戸」の字句が記され ており(本間,2009),高井戸が古くに成立した集落で 図10 沢に由来する水文地名の分布と地勢 [左]土地条件図「東京西北部」・「東京西南部」に加筆. [右]壽圓(1956)・新多摩川誌編集委員会(2001)に彩色し加筆.

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としての沢と谷の全国的な分布について考察し,起伏の 大きな山地の小規模な渓谷の呼名である点は両者に共通 するものの,沢が東北日本,谷が西南日本に多く分布す る特徴的な差異を指摘している。郡および市町村の名称 に付された地名としての沢も,静岡県以東の東日本に分 布が卓越する(石月,1989)。 6.まとめ 得られた結果は下記のとおり要約される。 (1)自然地名は人文地名・植物地名と比較しはるかに多 い。中でも水文地名の占める比率が最も高く,武蔵野 台地における集落の成立が水と深く関わってきたこと が地名からも示唆される。 (2)地形起源の窪を意味する地名のうち,藺い草ぐさや 蒲がまが 繁茂する湿地に由来すると判定される事例が水文地名 の中で最多であり,成因が類似の池沼・沢に因む地名 と合わせ抽出総数の中で最も高い比率を占める。 (3)湿地と井戸に起源をもつ地名は地下水堆・宙水の分 布域との整合性が高く,地下水面の深さと密接に関連 する。 (4)沢に由来する地名の位置は,下末吉面と武蔵野面を 開析する小河川の谷と重なる例が多く,標高30∼40m の地域に分布する。 追記 本稿の骨子は,2017年 9 月30日,駒澤大学深沢キャンパ スにおいて開催された2017年度日本水文科学会設立 30周年 記念学術大会において発表した。 謝辞 口頭発表の場で会場から貴重な意見・コメントをいただい た諸氏,ならびに推敲の過程で重要な指摘を賜った査読者に お礼申し上げます。図の作成に際しては,日本大学文理学部 地球科学科の大八木英夫助教に助力を仰いだ。拙稿を草する ことができたのは,受入教員として研究活動を支えていただ いている同学科の高橋正樹教授のおかげである。ここに記し て感謝いたします。 れる水無川と烏山川を始め,元来が四方を小河川(沢) に囲まれた地区であったが(菅原,2012),住居表示の 実施によって1971(昭和46)年に消滅して千歳台とな り,現在は路線バスの停留所「廻沢」としてのみ地名を 残している(竹内,2009)。北沢は世田谷の旧称である 覚 かが 志し郷ごう,菅すげかりの苅庄しょう,もしくは世田谷郷の最も北に位置す る沢,野沢は草地・林地から成る未開墾の地の沢と解釈 される(森,1989)。深沢と奥沢は共に呑川の上流域に 位置し,地下水面の浅い谷底の湿地にあたる 奥深い 谷や地ち(沢)に由来する地名である。 加えて,練馬区羽は沢ざわも同じく沢に由来する水文地名と 捉えることができる。1921(大正10)年測量の地形図 では「羽根澤」の表記がみられ,地名の起源を沢に求め る点では変わりないが,埴はに沢さわが羽根沢へ転化したとの説 もとられる。千川上水から分派して北流し石神井川に流 入する羽沢分水(下練馬村分水)の谷底にあたる現在の 羽沢二丁目にはかつて湧水がみられ,埴輪を作る際の粘 土質の 埴はにが産出する沢 であったと考えられている。 武蔵野台地を流下する河川の多くは台地上に水源をも ち(角田,2015),特に武蔵野面・立川面を流下する小河 川は湧水に涵養される場合が多いために侵食・運搬作用 が小さく,関東ロームの存在が谷の分布と大きく関わる ことが指摘されている(久保,1988)。沢に由来する上記 6箇所の地名の位置を土地条件図,および標高 10 mごと の等高線図(壽圓,1956;新多摩川誌編集委員会,2001) に示したものが図10である。沢とは本来,河川の源流部 から上流部にかけてみられる小規模な雨裂よりは大きな 谷と定義されることから(森,2006),特に渇水期におい ては涵養源としての地下水との関連が深い水文特性の地 区である。沢に由来する地名の位置は台地を開析する谷 とほぼ一致する点に加え(図10左),標高30 mから40 m の帯状の範囲に分布すること(図10右)が特徴である。 鏡味(1944・1981b)・隅田(2001)は河川名の語尾 蟻川明男(1990):「コンパクト世界地名語源辞典」,古今書 院,266p. 安藤萬壽男(1988):「輪中―その形成と推移―」,大明堂, 328p. 飯野頼治(2015):「東京の川を歩く―地図でたどる里川・用 水・緑道―」,さきたま出版会,558p. 石月 升(1989):渓流名としての「沢」と「谷」の言語境 界に関する考察,新砂防,42(1),pp.26-33. 落合重信(1964):川の合流点の地名学的考察―落合という 地名を中心に―,人文地理,16(5),pp.538-547. 鏡味明克(1984):「地名学入門」,大修館書店,279p. 鏡味明克(1985):「地名が語る日本語」,南雲堂,224p. 鏡 味 完 二(1944):河川の地名(前編),地理學評論,20 (2),pp.110-132. 鏡 味 完 二・ 鏡 味 明 克(1977):「地名の語源 角川小辞典 13」,角川書店,390p. 鏡味完二(1981a;原著1957):「日本地名学(上)―科学篇 ― 新装版」,原書房,406p. 鏡味完二(1981b;原著1958):「日本地名学(下)―地図篇 ― 新装版」,原書房,327p. 参考文献

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