ライフストーリーの生成から教材化へのプロセス
キャリア形成支援教材の開発における協働の事例
菅長理恵・中井陽子・渋谷博子
【キーワード】・ 協働、対話、ライフストーリー、構え、キャリア形成支援、教材開発
1.はじめに
複数の主体が共に一つの目標に向かって取り組んだ結果、一人では達成し得な いような成果が生まれることは、様々な場面で見られる。参画する主体はそれぞ れの視点を有しており、それらが統合されることによって新たな視野が開けたり、
多角的な検討を通して議論が深まったりするのである。このような取り組みは「協 働」と呼ばれる。本研究では、ライフストーリー1の生成からそのストーリーを 教材化するに至るプロセスにおいて見られた二つの「協働」をとり上げる。一つ 目の「協働」とは、元留学生へのインタビューにおける、語り手と聴き手2による ライフストーリーの生成である。二つ目の「協働」とは、そのストーリーを教材 化する際に行われた教材開発チームの 3 名に語り手を加えた 4 名による「対話」で ある。本研究の目的は、この二つの「協働」がどのようなプロセスで行われたのか、
事例に則して経過をたどり、その分析を通して、そこに見られる「協働」の意義 を検証することである。
本研究の背景には、文部科学省国費学部留学生3のキャリア形成に関する研究 と、それを基盤とした教材開発がある。前者は、平成 26 年度から 28 年度の科学 研究費助成事業4を軸として、筆者らのうち菅長、中井の 2 名を中心に実施した。
高度人材として日本で就職した経験を持つ元国費学部留学生へのインタビュー調 査5を通じて、日本への留学から日本での就職が留学生のキャリア形成にどのよ
東京外国語大学
留学生日本語教育センター論集 45:57~76,2019
1・ ライフストーリーとは、「個人のライフ(人生、生涯、生活、生き方)についての口述(オー ラル)の物語である」(桜井 2012:6)。
2・ ライフストーリー研究においては、研究者ごとに「聴き手」と「聞き手」の表記が分かれる が、本研究では、佐藤(2014)らと同様、「聴き手」という表記を採用する。
3・ 文部科学省国費学部留学生の概要については 3 章で触れる。
4・「文部科学省国費学部留学生のキャリア形成―グローバル人材のロールモデル」(JSPS 科 研費挑戦的萌芽研究 26580092)
5・ 一部、就職前の学部生、大学院生へのインタビューも実施している。
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うな意味を持つのかを探り、グローバル人材養成のロールモデルを示すことを目 的とした調査研究6である。後者には、平成 29 年度から渋谷が加わり、3 名により、
基礎研究、教材開発、授業実践とその分析7を進めてきた。この教材開発のプロ セスにおいて、キャリア形成の多様性を示す一つのモデルとして、日本で子育て をしながら働いている女性の体験談を取り上げようという企画が生まれた。菅長 の教え子の多くが現在子育てのステージに来ており、インタビュー調査の際にも 時折子育てが話題に上っていた。それを改めて焦点化しようという企画である。
本研究では、日本で子育てをしながら働いている一人の元留学生へのインタ ビュー調査から、それを体験談として教材化するまでのプロセスをたどり、そこ に見られる二つの「協働」について分析していく。以下、2 章では本研究のキーワー ドとして掲げた「協働」「対話」「ライフストーリー」に関する先行研究を概観し、
分析における課題を明示する。3 章では一つ目の「協働」であるライフストーリー 生成について、インタビューの文字化資料に基づき、プロセスを追いつつ分析し ていく。4 章では、二つ目の「協働」である教材作成のプロセスを、途中段階での 草稿や草稿へのコメント等の記録に基づいて分析し、作成した教材を用いた授業 実践への学習者のコメントを参照する。これらの分析を踏まえ、5 章では、教材 開発における「協働」の意義について考察する。以上の事例分析と考察により教 材作成等の日本語教育現場での「協働」の営みに資することを目指す。
2.先行研究
本章では、本研究における 3 つのキーワードを「ライフストーリー」、「協働」、「対 話」の順で概観し、本研究における二つの「協働」の分析における課題を明確にす る。
近年の社会学的研究における「ライフストーリー」という用語は、語り手と聴 き手の相互関係を重要視する点に特徴がある。桜井(2002)は、「インタビュアー と語り手の言語的相互行為によってライフストーリーが語られ、そのストーリー を通して自己や現実が構築される」(p.61)という「対話的構築主義」を提唱してい る。同時に、桜井(2002)はインタビュアーのあらかじめ持っている調査や研究 の枠組みを「構え」と呼び、その「構え」に自覚的であることを促す。石川(2012)
6・ 成果として菅長・中井(2015a、2015b、2016、2017)がある。・
7・ 成果として、渋谷・菅長・中井(2017、2018)、中井・菅長・渋谷(2019)がある。
では更に、調査協力者によって「調査者は自らの構えに気づかされ」(p.6)ること があり、「調査者が自らの構えを捉え返していく過程」によって「新たなストーリー の生成」が「帰結する」(p.9)と述べる。即ち、聴き手が語り手の語りにどのよう な形で関わるかによって、語りそのものの内容や形が変わってくるだけでなく、
聴き手側にも変容が起こると考えられるのである。佐藤(2014)は、日本語教師 としての聴き手(佐藤自身)の「構え」の変化を分析し、学習者の「声」を聴くこと によって日本語教師には「応答責任」が構築されると述べる。聴き取った「声」を、
いかに教育実践につなげていくのかを具体的に追求していくことがライフストー リー研究の意味だというのである。ここから、研究者の「構え」が単にライフス トーリーを生成するインタビューの枠内にとどまらず、その後の取り組み姿勢に おいても自覚されるべきものであると考えられるであろう。三代(2015)は、「日 本語教育における LS(ライフストーリー)研究の課題は、それぞれが、自覚的に LS、LS 研究法を捉え、記述していくことである」(p.13)と述べる。ライフストー リーの捉え方や研究方法には様々な形があってよいが、それぞれの内実や差異が 共有されることが重要であるという指摘である。研究における「構え」を自覚し、
共有できる形で記述していくことが求められていると考えられる。
「協働」については、さまざまな分野でそれぞれの定義が付与されている。池 田(2007)は、協働の要素として、「対等」「対話」「創造」と「協働のプロセス」、そ して協働主体間の「互恵性」の 5 つを挙げ、それぞれについて、以下のように説 明する。「対等」とは、参加者が互いを尊重しあうことが協働の前提条件であると いう考えに基づく。「対話」は協働を展開する手段であり、「協働のための対話は、
他者との対話を重ねる中で互いの社会的関係性を構築し、両者にとっての新たな 創造性を生み出していく可能性」(p.6)を持つ。「創造」はその成果であり、相乗効 果によって生み出されるものである。「協働のプロセス」とは協働する対話のプロ セスであり、「互恵性」とは、協働する主体同士のかかわりのプロセスや成果が両 者にとって意義のあるものとなることを意味する。すなわち、「協働」とは、「対等」
な参画者間の「対話」という「プロセス」によって実現される、「互恵性」のある「創 造」であると定義することができる。
最後に「対話」については、蔭山(2016)が日本語教育における主要な対話観を 概観している。それによると、「会話」とほぼ同義の対面式言語コミュニケーショ ン、「話し合い」とほぼ同義の相互理解や課題の発見・解決のための取り組み、「内 省」と同義の自己内対話の 3 種類の対話観が混在しているという。本研究の一つ
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目の「協働」であるライフストーリー生成における「対話」は第一種の「会話」に相 当し、二つ目の「協働」である教材作成のプロセスは、第二種の「話し合い」に相 当すると考えられる。
上記の先行研究を踏まえ、本研究では、ライフストーリーの生成とそのストー リーに基づくキャリア形成支援教材の作成という連続した二つの「協働」につい て、「構え」とその変容のプロセス、および二種類の「対話」に着目しつつ分析する。
具体的な課題として、①インタビューの聴き手の「構え」はどのようなものだっ たか、②語り手・聴き手間の相互作用によりどのようなストーリーが生成された か、③双方にどのような成果(「創造」)がもたらされたか、④教材開発の取り組 みにおいてどのような「対話」と「構え」の変化があったかという 4 点を設定する。
また、二つの「協働」を通して、どのように「対等」「対話」「創造」「協働のプロセス」
「互恵性」といった 5 つの要素が見出せるかを分析し、「協働」という位置づけの妥 当性についても確認する。
3. 一つ目の協働:ライフストーリー生成
3.1 元国費学部留学生へのインタビュー実現までのプロセス
筆者を含む研究チームでは、これまでに、1998 年から 2017 年に来日した(元)
国費学部留学生を対象に、のべ 40 件余のインタビュー調査を実施してきた。国 費学部留学生プログラムは、大学入学前の 1 年間の予備教育と学部卒業までの 4 年間、合わせて 5 年間(医学部は 7 年間)の奨学金が保証されているものである。
本研究で取り上げるのは、その調査に協力してくれた元留学生に対して 2017 年 度に行ったインタビューである。
協力してくれたベトナム人女性アイン氏(仮名)が国費学部留学生として日本 に留学してきたのは、1990 年代の後半で、ベトナムからの留学生が急増しつつ あった頃である。菅長は、アイン氏の留学一年目の日本語予備教育にひらがな の指導から関わった。アイン氏への最初のインタビューは、2015 年の春である。
当時、アイン氏はベトナムの会社で働いていたが、仕事で頻繁に日本に来ており、
来日に合わせてインタビューを設定した。その際には、日本留学を決めた理由か ら留学直後、大学進学後、大学院、日本での就業、帰国、現在の仕事まで、半構 造化インタビューにより、時系列で語ってもらった8。アイン氏は、帰国や転職
8・ その分析結果は、菅長・中井(2017)に生かすことができた。
など、紆余曲折を経て、現在の仕事を精力的、かつ創造的に行っており、その仕 事ぶりや取り組み姿勢には大いに感心させられた。単なる教師と教え子という関 係を超え、一人の職業人に対する尊敬の念を持ってインタビューを終えた。
その後まもなく、アイン氏はベトナムから日本に住居を移した。子ども二人を 連れての来日であったため、子どもの教育相談などを中心に、SNS やメールな どによる菅長とのやりとりが頻繁になった。そのようなやりとりの中で、2017 年の春、「ワーキングマザーや女性の仕事、子育て等、自分のやっていることを 事例として発信したいのだが9」という相談がアイン氏の側から菅長に寄せられ た。この頃は、ちょうどそれまでのインタビュー調査の文字化資料を教材化する 取組みが始まったところであり、キャリア形成の多様性を示すために子育てス テージにある女性の体験談を必要としていた。アイン氏の 1 回目のインタビュー においても、子ども二人を育てながら仕事をしているという話は出てきたが、そ れほど詳細には語られていなかった。そのため、菅長から、子育てと仕事の両立 を中心とした第 2 回のインタビューを実施し、それを教材として使わせてもらえ ないだろうかという提案をしたところ、快諾を得た。
3.2 ライフストーリー生成のプロセス
以下、アイン氏のワーキングマザーとしてのライフストーリー生成に至る「協 働のプロセス」である「対話」を見ていく。聴き手(菅長)を S、語り手(アイン氏)
を A で表す。数字は、発話の通し番号であり、687 まである。聴き手の発話の後 には、太字で発話の機能を示した。なお、会話中に出てくる固有名詞は全て仮名 に変えた。
まず、アイン氏の発信の動機を尋ねている冒頭部分(S1 ~ A22)について見て みる。
会話 1:ライフストーリー生成冒頭(①発信の動機)
S1: はい、えーとなんかね、いろいろ社会に伝えたいことがあるからインタビュー を本にしてほしいという話がありましたが、じゃあちょっとどうしてそう思っ たのかっていうあたりからお話していただけますか ?
発話内容の指示・話題の方向づけ
9・「自分で書くのは無理だがしゃべるのならできるから、だれか書いてくれる人がいない だろうか。」とも述べていた。
- 62 - A2: 難しいですね。
S3: でもなんか、そう思ったのには理由があるんでしょ?どういうようなことを こう、社会に訴えたい、って思ったんですか ? 絞り込み質問・具体化 A4: そうですね、どこだったっけ。一つきっかけ ?
S5: きっかけ、はい。 反復・肯定
A6: としては、この一年でなぜか偶然、いろんな人に言われて。そういうことな んですよ。女性で働くって、ワーキングマザーどうのこうのっていう話をまあ、
ある会社には働く女性としてのロールモデルがほしいとかなんかそんな話題 がいろんな方面から来てて。そういうのがありますなと思って。
S7: うんうん。 相槌・肯定
A8: 私って今までその、働く女性だから何っていうのはほとんど思ってなくて、別 に普通に働けばいいじゃんってくらいしか思ってないんですけど、まぁそう 言えば世の中にはそういうことが必要とされてる人もいるかもしれないなっ ていうことを今いろんな人に言われて思ってきたんですね。そのくらいです ね。
S9: そのいろんな人に聞かれるっていうのは、どんな場面でどういう風に聞かれ
たんですか ? 絞り込み質問・詳細化
A10:やー、まあもう偶然の友達の会ですね。
S11: 友達の会。 反復・確認
A12:なんかよくわかんない。
S13: つまり、これからワーキングマザーとして働きたいんだけど、先輩として何 かアドバイスしてください的な、そういう質問ですか ?
絞り込み質問・言い換え A14:いやむしろ言われたのが、全然関係ない男性の友達とかで。
S15: へぇー男性に聞かれたの。 相槌・反復
A16:アインさんワーキングマザーで偉いんですねとかって。別にそんなになんか えらいことやってるような認識はないんですけど。そんな自覚は全くないん ですけど「いやえらいんです」って言われて「あ、そうなんですか」って。そん な感じですよ。
S17: 周りから見るとそれをやっているってことはすごいなっていう風に見えるわ
けですよね。・ 要約・評価
A18:なんかそうらしいんですよ。別にそんな自覚が全くない
S19: そうなんだ。 相槌・納得
A20:まあ、なのでまあ何らかの形でじゃあ、普通にやればいいんですよって。
S21: その「普通」が知りたいわけでしょ、みんなは。 話題の整理 A22:ていうのをなんかまあ伝える方法がないかなっていう、まあ考えている。
会話 1 の S1 で、聴き手はインタビューの最初に、語り手であるアイン氏がな ぜ社会に向けて発信しようと考えたのかについて質問している。アイン氏の方か ら発信したいと言ってきたのだから、一番話しやすい切り口であろうと予想して この質問からインタビューを開始したのである。ところが、A2 で、語り手は「難 しいですね。」と答え、動機の説明が困難と感じていることを示した。S3 で「でも、
そう思ったのには理由があるんでしょ?」と問いを重ねているが、実は、予想外 の反応に接し、聴き手は内心焦りを感じている。語り手は A4 で「きっかけ」につ いて思い出そうとし、聴き手は、S5「きっかけ、はい。」S7「うんうん。」のように、
話が滑り出したことにほっとしながら相槌を打っている。以下のやりとりの中 で、A6 に出てくるように「働く女性としてのロールモデルがほしい」と言われた ことがきっかけであると確認されたが、どのように語ろうかという方向性や内容 は固まっていない様子が見て取れる。ただし、アイン氏自身は自分がやっている ことは特別なことではないと考えている。A16 の「別にそんなになんかえらいこ とやってるような認識はないんですけど」や A20「普通にやればいいんですよ」と いう発話にもそれは表れている。そこを出発点として、周囲から期待される「働 く女性としてのロールモデルがほしい」という声にどう答えるか、という模索が、
A22 の「ていうのをなんかまあ伝える方法がないかな」以下、聴き手とのやりと りの中で行われていく。
具体的に模索がどのように行われたのか、会話 1 に続く部分(S23 ~ S31)を見 てみる。・
会話 2:ライフストーリー生成冒頭(②働き方⇒会社の概要)
S23: そうですね、じゃあまずアインさんを知らない人に、アインさんがどんな風 に働いているのか。その現状がわかるように、今どういうような状況なのか、
簡単に自己紹介をお願いします。・ ・・・発話内容の指示・話題の方向づけ A24:自己紹介、今どういう状況、ですか。別に普通に朝会社に向かって夕方帰る
だけなんですけど(笑)
S25: ちょっと待ってね。OKOK。じゃ、その、まず、会社について。えー、今、
日本で働いているんですよね ?・ 肯定・話題整理・絞り込み質問 A26:はい。
S27: その働いている会社は、どういう会社ですか ?・・ 絞り込み質問 A28:・働いている会社はどういう会社ですかって。
S29: ・うん。 相槌・肯定
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A30:まあ、業界で言うと、日本で言うシステムインテグレーター、SI ですね。要 はお客様の、・・・何ていうんですか、情報システムの、まあ主に受注して開発、
作ってるとこなんですね。簡単に言うと。
S31: はい、いいですよ、簡単で。で、その中でアインさんの役割は ?・
肯定・励まし・絞り込み質問 この会話 2 で、聴き手は、「ワーキングマザーのロールモデルとしてのストー リー」を引き出そうという「構え」のもとに、S23 により具体的なインタビューを 開始する。これに対して、A24 には再び「普通」という言葉が出てきており、こ の段階ではまだアイン氏は自分自身がどのような点でロールモデルに値するのか は自覚できていない。そこで、聴き手は、語り手の言う「普通」を解きほぐして いくために、話題の方向付けや絞り込み質問により、一段階ずつ情報を整理して いくことを試みている。働き方の中身を解きほぐすために、まず、アイン氏の口 から出てきた「会社」という単語を手がかりに、会社の全体像について尋ね(S27)、
その中での役割を尋ねる(S31)という順で情報を引き出していったのである。こ の後には、具体的な仕事の内容、顧客とのやりとりの例などが続いていき、アイ ン氏の働き方の全体像が描き出されていく。S5、S7、S25、S29、S31 など、肯 定的な相槌や励ましも、アイン氏の語りを引き出すために活用されている。
その結果、この第 2 回のインタビューの結果として、子育てをしながら仕事の 成果も挙げている働き方の全体像が、約 1 時間半、文字起こしの結果 3 万 400 字 のライフストーリーとして生成された。アイン氏への第 1 回インタビューは、留 学前から留学一年目、大学進学後、という時系列での半構造化インタビューであっ たが、今回は、ワーキングマザーとしての働き方という面に焦点を当てたもので あって、特に構造らしきものはなく、語り手の口から出てきたものを手がかりに 聴き手が絞り込み質問をしていくという手法で進められた。語られた順にトピッ クを見ていくと、図 1 のようになった。
細かく聞いていくと、アイ ン氏の言う「普通」が、かな りの努力や工夫に支えられて いることがわかる。アイン氏 は、そのような努力や工夫を 行うことを当たり前と捉えて おり、苦にしていない。聴き この会話2で、聴き手は、「ワーキングマザーのロールモデルとしてのストーリー」を 引き出そうという「構え」のもとに、S23により具体的なインタビューを開始する。これ に対して、A24 には再び「普通」という言葉が出てきており、この段階ではまだアイン 氏は自分自身がどのような点でロールモデルに値するのかは自覚できていない。そこで、
聴き手は、語り手の言う「普通」を解きほぐしていくために、話題の方向付けや絞り込み 質問により、一段階ずつ情報を整理していくことを試みている。働き方の中身を解きほ ぐすために、まず、アイン氏の口から出てきた「会社」という単語を手がかりに、会社の 全体像について尋ね(S27)、その中での役割を尋ねる(S31)という順で情報を引き出し ていったのである。この後には、具体的な仕事の内容、顧客とのやりとりの例などが続い ていき、アイン氏の働き方の全体像が描き出されていく。S5、S7、S25、S29、S31など、
肯定的な相槌や励ましも、アイン氏の語りを引き出すために活用されている。
その結果、この第2回のインタビューの結果として、子育てをしながら仕事の成果も 挙げている働き方の全体像が、約1時間半、文字起こしの結果3万400字のライフスト ーリーとして生成された。アイン氏への第1回インタビューは、留学前から留学一年目、
大学進学後、という時系列での半構造化インタビューであったが、今回は、ワーキングマ ザーとしての働き方という面に焦点を当てたものであって、特に構造らしきものはなく、
語り手の口から出てきたものを手がかりに聴き手が絞り込み質問をしていくという手法 で進められた。語られた順にトピックを見ていくと、図1のようになった。
細かく聞いていくと、アイン氏 の言う「普通」が、かなりの努力 や工夫に支えられていることが わかる。アイン氏は、そのような 努力や工夫を行うことを当たり 前と捉えており、苦にしていない。
聴き手は、そのような取り組み姿 勢に感心しながら、質問を重ねて行った。インタビューを通して特に印象的だったのは、
語り手のアイン氏が、女性の働き方のロールモデルが必要とされること自体への疑問を 抱いていることであり、彼女が発信を考えた根底には社会批判的意識があるということ だった。その意識が強く現れているのが、インタビューの後半「⑨女性の働き方」、およ び「⑪働く女性の意識」の部分である。そこでは、男女の区別より全ての人がどのように 効率よく働くかを考えるべきであり、そのための制度作りの手間や努力を惜しむべきで はないという考え方が貫かれていた。そして、それを受け、最後に、冒頭で質問した「発
図1 生成されたライフストーリーの流れ
図 1 生成されたライフストーリーの流れ
手は、そのような取り組み姿勢に感心しながら、質問を重ねて行った。インタ ビューを通して特に印象的だったのは、語り手のアイン氏が、女性の働き方のロー ルモデルが必要とされること自体への疑問を抱いていることであり、彼女が発信 を考えた根底には社会批判的意識があるということだった。その意識が強く現れ ているのが、インタビューの後半「⑨女性の働き方」、および「⑪働く女性の意識」
の部分である。そこでは、男女の区別より全ての人がどのように効率よく働くか を考えるべきであり、そのための制度作りの手間や努力を惜しむべきではないと いう考え方が貫かれていた。そして、それを受け、最後に、冒頭で質問した「発 信の動機」に戻ってインタビューが終わっている。
以下、「⑪働く女性の意識」の末尾とそれに続く「⑫発信の動機」の部分を見てみ る。
会話 3:ライフストーリー生成末尾(⑪働く女性の意識)
A680: (前略)生物的に女性は幾分かは子育ての方に傾くのがしょうがないので、
だから同じことで社会の中で昇進してリーダーになるのは結果的に幾分か 男性の割合が多いのは自然なバランスだと思うんですよ、最終的には。だ からっていってそこを(中略)大前提においてしまったらそうしかならない んですよ。
S681: まあね。うん。でそれをこう、社会に訴えたい。 相槌・肯定・要約 A682: どうするんですかね。
会話 4: ライフストーリー生成末尾(⑫発信の動機)
S683: つまりあれだよね、一番最初の話に戻りますけれど、何も私は特別なこと をしている意識がないと。ワーキングマザーのロールモデルがほしいとい われたときに「いや私特別なことはしてない」っていうのは、そもそもそう いうスタート地点が違うよってそこに戻るわけですよね、結局。
要約 A684: そうそう。
S685: 発想として。・ 要約
A686: 大前提が。
S687: OK。はい、じゃあ話がぐるっと回って戻ってきたところでお昼ごはんにし ましょうか。今日はここまで。はい、ありがとうございました。
終了の明示・謝辞
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会話 3 の「働く女性の意識」についての語りを受け、聴き手は、会話 4 の S683 で、
アイン氏が「普通」と考える生き方が、周囲からワーキングマザーのロールモデ ルと捉えられる、そのことへの違和感が出発点になっているのではないかと指摘 し、アイン氏も S684 で「そうそう」と同意を示している。ここに来て初めて、語 り手のアイン氏は、なぜ語ろうと思ったのか、何を社会に向けて発信したいのか を自覚するに至ったのである。
ライフストーリー生成のプロセスを振り返ってみると、聴き手は終始アイン氏 がロールモデルとされるのはなぜかを解きほぐして聞いていこうという「構え」
を持ちながらインタビューを行っている。具体的な手法としては、段階的な絞り 込み質問・要約・励まし等の支援により語りを引き出していた。聴き手が興味を 持って質問を重ねていくことで、語り手も語るべき内容を自分の内側から引き出 して開示していった。聴き手・語り手双方が「対話」を通して語るべき内容を見 出して行ったと言えよう。このような「対話」によるライフストーリー構築とい う「プロセス」を通して、アイン氏は、自らの発信の動機を探り当てた。それは、
アイン氏の考える当たり前・普通の生き方が周囲からロールモデルと捉えられる のは不思議であり、それは実は女性の意識の問題なのではないかということで あった。
この後、語り手のアイン氏は、自ら日本語のブログを開設し、女性の働き方の 意識改革について発信を始めた。「対話」によるライフストーリー構築を経て、発 信の方向性が固まったと見られる。アイン氏の発信活動と並行して、聴き手側で は、得られたライフストーリーの教材化に取り組んでいった。このライフストー リー形成は、語り手側の、「自分のやっていることを事例として発信したい」とい う意思表明から出発している点が、通常のいわゆるインタビュー調査と異なって いる。ただし、聴き手側も、教材作成においてちょうどワーキングマザーの体験 談を必要としており、双方のニーズの一致が見られた。これにより、この「対話」
によるライフストーリー生成は、語り手・聴き手双方に「互恵性」のある「創造」
をもたらす「協働」として成立したと言えよう。
4.二つ目の協働:ライフストーリーの教材化 4.1 教材化のプロセス
以下に、生成されたライフストーリーを教材化するまでの「協働のプロセス」
を見ていく。教材開発グループの菅長・中井・渋谷は、この時、所属機関の
2017 年度秋学期10用に作成した読解用教材の試用と並行して、冬学期用教材の 作成に取り組んでいた。この教材の作成意図は、同じ国費学部留学生プログラム の先輩の体験談に触れ、そこから自分なりに将来の課題を発見し、自らが主体的 にキャリア形成を考えていく契機とすることであった11。その中で、アイン氏の ライフストーリーは、子育てステージにある先輩の事例として、多様なキャリア 形成のあり方を示す一例となるよう企図して教材化が進められた。先輩留学生の 体験談として再構成し、教材化する取り組みにおいては、教材作成グループ 3 名 でのやりとりに加え、語り手のアイン氏からのコメントや追加情報を得つつ、第 1 稿から第 6 稿まで、5 回の改稿作業が行われた。(図 2)
アイン氏の語ってくれた ライフストーリーに基づ き、聴き手である菅長が 作成した第 1 稿は「ワーキ ングマザーとして」と題す る 2300 字の読み物だった。
インタビューを通して印象 的だった、女性の働き方に対するアイン氏の考えを冒頭と末尾に据え、具体的な 働き方とそこにある工夫の記述を間に挟み、ワーキングマザーとしてのアイン氏 の考え方や姿勢を明確に示す構成とした。原稿作成に際しては、インタビュー後 にアイン氏が発信を始めたブログの初回の記述も参考にした。冒頭部分と末尾の み以下に引用する。
〈第 1 稿〉「ワーキングマザーとして」
日本で働いていると、ワーキングマザーもしくは働く女性としてのロールモデル として話を聞かせてほしいとよく言われます。が、私には今一つぴんと来ません。
何も特別なことはしていませんよ、としか答えようがないのです。
男性は、女性は、という分け方はそもそも、(中略)。
女性が働くことについて、日本人は特別に考えすぎるのではないかと思います。
(中略)仕事の内容を見ないで、会社にいる時間が長いことを評価していたら、それ は、働きにくいし、かえって成果も上がらないのではないでしょうか。
のやっていることを事例として発信したい」という意思表明から出発している点が、通 常のいわゆるインタビュー調査と異なっている。ただし、聴き手側も、教材作成において ちょうどワーキングマザーの体験談を必要としており、双方のニーズの一致が見られた。
これにより、この「対話」によるライフストーリー生成は、語り手・聴き手双方に「互恵 性」のある「創造」をもたらす「協働」として成立したと言えよう。
4.二つ目の協働 : ライフストーリーの教材化 4.1 教材化のプロセス
以下に、生成されたライフストーリーを教材化するまでの「協働のプロセス」を見て いく。教材開発グループの菅長・中井・渋谷は、この時、所属機関の2017年度秋学期10 用に作成した読解用教材の試用と並行して、冬学期用教材の作成に取り組んでいた。こ の教材の作成意図は、同じ国費学部留学生プログラムの先輩の体験談に触れ、そこから 自分なりに将来の課題を発見し、自らが主体的にキャリア形成を考えていく契機とする ことであった11。その中で、アイン氏のライフストーリーは、子育てステージにある先輩 の事例として、多様なキャリア形成のあり方を示す一例となるよう企図して教材化が進 められた。先輩留学生の体験談として再構成し、教材化する取り組みにおいては、教材作 成グループ3名でのやりとりに加え、語り手のアイン氏からのコメントや追加情報を得 つつ、第1稿から第6稿まで、5回の改稿作業が行われた。(図2)
アイン氏の語ってくれたライ フストーリーに基づき、聴き手で ある菅長が作成した第1稿は「ワ ーキングマザーとして」と題する 2300字の読み物だった。インタ ビューを通して印象的だった、女 性の働き方に対するアイン氏の 考えを冒頭と末尾に据え、具体的な働き方とそこにある工夫の記述を間に挟み、ワーキ ングマザーとしてのアイン氏の考え方や姿勢を明確に示す構成とした。原稿作成に際し ては、インタビュー後にアイン氏が発信を始めたブログの初回の記述も参考にした。冒 頭部分と末尾のみ以下に引用する。
10 国費学部留学生の予備教育においては、4月から7月を春学期(第1学期)、9月から12月を秋学期
(第2学期)、1月から3月を冬学期(第3学期)とする、3学期制をとっている。
11 教材全体の構成等は渋谷ほか(2018)に詳しい記述がある。
図2 教材化と改稿のプロセス
図 2 教材化と改稿のプロセス
10・ 国費学部留学生の予備教育においては、4 月から 7 月を春学期(第 1 学期)、9 月から 12 月を秋学期(第 2 学期)、1 月から 3 月を冬学期(第 3 学期)とする、3 学期制をとっている。
11・ 教材全体の構成等は渋谷ほか(2018)に詳しい記述がある。
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子どものリズムに合わせて、朝はゆっくり保育園に送っていき、日中は効率よく 仕事をこなして成果をあげたら、定時にはさっさとお迎えに行って、子供たちと夕 飯を食べる。それは本当に当たり前のことだと思います。私がしていることは、何 も特別なことではないのです。
この第 1 稿に対する教材作成チームからのコメントは、「体験談としてぴんと来 ない」というものだった。客観的な事実としての体験談というより、社会批判的 な意見表明に力点があったことが大きな要因である。菅長は、アイン氏の発信動 機でもありインタビューで最も印象的だったこの点に共鳴、傾倒してしまってお り、アイン氏が発信したいと考えている路線に沿って体験談を構成していた。素 材を生かしたいという立場から、この路線を離れることには心理的抵抗があった が、教材化の目的である「留学生が先輩の体験談から自分なりの課題を発見し、
自らのキャリア形成を考えられるようにする」という点からはもっともな指摘で あるため、全面的に改稿することにした。
第 2 稿は、題を「ワーキングマザーとして」から「仕事をマネジメントする」に 変え、会社の説明、働き方の説明、子育ての状況と、具体的な描写から始め、女 性の働き方への意識についての意見を挟み、最後に、自分のしていることは何も 特別なことではないのだというコメントでしめくくった。
〈第 2 稿〉「仕事をマネジメントする」
私が働いている会社はシステムインテグレーター、いわゆる SI です。お客はほと んどが日本の企業で、お客様が求める情報システムを受注して開発するところです。
(中略)
日本人から見ると、子育てをしながら働いていることはとても特別なことに見え るようです。それは、日本人の働き方観に問題があるような気がします。(中略)子 どものリズムに合わせて、朝はゆっくり保育園に送っていき、定時にはさっさとお 迎えに行って、子供たちと夕飯を食べる。そのような生活のリズムを実現するため に、私は、自分の働き方をマネジメントしています。(中略)子育てと仕事を両立さ せるために、それは本当に当たり前のことだと思います。私がしていることは、何 も特別なことではないのです。
この第 2 稿へのコメントは、「仕事の説明がわかりにくい」、「焦点が何かわかり にくい」というものだった。仕事の内容について、インタビューの内容をかいつ まんで説明したが、予備知識のない読み手にとってはシステム開発の仕事内容を
イメージしにくいという指摘である。更に、仕事の説明から始まり、かつ全体の 分量の中で仕事内容の説明が占める割合が大きいため、焦点が仕事の説明にある かのように見えるということである。また、インタビューの中で菅長が興味深い と感じた仕事に関するエピソードを盛り込んでいたが、「子育てとの両立」とはあ まり関係がないのではないかという指摘もあった。筆者の菅長がアイン氏の語り の活用に重点をおいていたのに対し、中井・渋谷は、主に、学習者12が読んだ時 に理解しやすいかどうかという視点で指摘を行っている。
コメントを受けて作成した第 3 稿は題を「仕事と子育てを両立する」に変え、
両立とは関係のない仕事関連のエピソードは省き、逆に両立のための工夫に関す るエピソードを詳しくし、そのことによって子育てとの両立を可能にしている、
という筋立てにした。
〈第 3 稿〉「仕事と子育てを両立する」
(前略)今は留守中に子どもを見てくれる人がいないので、出張はしません。代わり に、直接私がベトナムに行かなくても仕事が回るようにシステムを作り、それでう まくいっています。(中略)
ベトナムに出張しなくてもお客様のニーズをエンジニアにきちんと伝えられるよ うなシステムを作ったのも、会社に行く時間や出る時間を気にせずに、成果をきち んと上げることに集中していることも、マネジメントの一環です。(後略)
これに対するコメントは、依然として「仕事の説明がわかりにくい」、「両立を 可能にしているポイントがよくわからない」というものだった。この指摘を語り 手のアイン氏とも共有したところ、第 3 稿への加筆修正を送ってきてくれた。こ の修正稿には、それまでにはなかった新たなエピソードとして 2 点が加わってい た。一つは、仕事の進め方の詳細であった。もう一つは、仕事のマネジメントと 子育ての工夫とがつながっていることを示す具体的な子育てエピソードであっ た。そして、仕事を通して得たスキルは今後の仕事や生活のすべてにわたって役 立っていくという視点が示されていた。更に、題を「仕事も子育てもマネジメン トする」に変えたらどうかという提案もついていた。このようなアイン氏の積極 的な参画は、両立を可能にしているのは何かという問いに対する答えを分かり易 く伝えようとする取り組みにおいて、教材開発チームの教師たちと「対等」な関
12・ 対象となる学習者の日本語レベルは、中級終了から上級と想定されている。
- 70 - 係性を築くものであったと言えるであろう。
寄せられた補足修正案をどう取り入れるかについて教材作成チームで議論した 際、「結局、この教材で一番伝えたいメッセージは何か」、という疑問が出された。
時期的にちょうど、先立って教材化した読み物の秋学期での試用が終わり、反省 点として、読み物の焦点が明確になるような題の付け方が必要であるという点と、
大学入学前の学生にとって仕事の詳細は読んでも具体的にイメージしにくいとい う点が明らかになったところだった(中井ほか 2019 に詳述)。その反省点を踏ま え、アイン氏からの最新のフィードバックを生かすという視点からも、伝えたい メッセージの核を「両立とマネジメント」にしようということになった。つまり、
「この教材から学習者に何を読み取ってほしいか、学んでほしいか」という点を 明示的にするために、ライフストーリーのエピソードを絞り込む方向性が定まっ たのである。同時に、そのほかの部分は捨象することが求められた。そのため、
アイン氏から新たに提示された二つの追加エピソードのうち、子育てに関するマ ネジメントに関するエピソードのみを採用することとなった。
以上の議論を踏まえて作成した第 4 稿は、題を「仕事と生活をマネジメントす る」とした。両立させるものを「仕事と子育て」に限定せず、学習者が自分なりの 両立を見つけられるようにと考え、タイトルは「仕事と生活」とした。構成とし ては、やや簡略化した仕事の内容とやり方の説明をした上で、マネジメントとい う考え方が仕事にも子育てにも使えるという考えとそれに関する具体的なエピ ソードを語り、仕事で得たスキルはすべてにわたって役立っていくという展望を 述べてしめくくるというものになった。
〈第 4 稿〉「仕事と生活をマネジメントする」
日本で働いていると、「仕事と子育ての両立は大変でしょう」とよく聞かれます。
「何も特別なことはしていませんよ」と答えると、不思議そうな顔をされます。(中略)
仕事を効率よくやることと、子どもたちと過ごす時間を作ることは、同じやり方、
つまり、時間の使い方のマネジメント(management)によって可能になると思い ます。
(中略)このように、仕事をして得た知識や経験は子育てに大いに役立っていると思 います。(中略)一番重要なものは、いろいろな物事がうまくいくように考え、計画 的に実行するマネジメントです。きっと、この考え方は、今後の仕事や生活のすべ てにわたって、役立っていくと思います。
第 1 稿と比較するとかなり大幅な改変となったが、その改変の骨子は、伝えた
いメッセージの核は何か、それをどのようなエピソードを通して伝えるか、とい う点にあった。前者としては、社会批判的視点からの「ワーキングマザー」の捉 え方だったものが、ワーキングマザーの働き方を可能にしているスキルとしての
「マネジメント」という取り組み姿勢の紹介に変わったことが挙げられる。イン タビューで語られたライフストーリーそのものではなく、そこから得られる知見 の一つに焦点をしぼったわけである。後者としては、会社で新人エンジニアを指 導するやり方と子育てとがつながっているという捉え方を、「マネジメント」とい うことばで統一的に捉え、子どもに自律的に行動するように仕向ける具体的なエ ピソードを通して伝えるようにしたこと、そして、それが仕事や生活の全てに役 立つのだというメッセージを明確にしたことが挙げられる。先輩の体験談を通し て、二つのことを両立させるためにはどんなことが必要かについて自分なりに考 えてもらいたいという教材作成の意図を明示する形にしたのである。
その後の教材作成チームでの作業は、教材としての形式を整えるほか、表現レ ベルでの細かな改訂作業となり、第 5 稿を経て、第 6 稿(最終稿)の完成に至った。
この間、教材作成チームのメンバーは、日本語教育およびキャリア形成支援教育 に携わる教員として「対等」な立場で「対話」を重ねた。教材作成という作業一般 に当てはまることではあるが、このような「対話」を経て教材開発チームの目的 が達成されたことは、チームメンバー全員にとって「互恵性」のある「創造」が達 成されたことを意味している。
4.2 学習者の感想
上記のようなプロセスを経て作成した教材を、予備教育の冬学期に読解教材と して使用し、読んだ後に、「アインさんは、どのようにして仕事と子育てを両立 しているのだと思いますか。」「アインさんの体験談で、参考になる点、学びたい と思う点はどこですか。」という二つの設問を踏まえてディスカッション活動を 行った。菅長が担当したのが女性の多いクラス(女性 8 名、男性 2 名)だったこと もあり、女性の働き方について活発な意見交換が行われた。授業後のコメントシー トおよび学期終了時アンケートの記述からは、子育てというキャリア形成の一場 面への気づきや、何かと何かを両立させる方法、タイムマネジメントの大切さへ の学び等が見られた13。以下に抜粋を示す。
13・ 学習者の記述データの研究目的への使用についてはクラスの学生全員から承諾を得た。
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・ 子育てまでは考えていなかったが、子育てと仕事の両立を考えるいい機会になり ました。(韓国 女性)
・ 一般的なルートじゃなくて、ワークライフバランスのある生活が可能である体験 談が聞けて参考になった。(シンガポール 女性)
・ 優先順位を考えることが大切。アインさんは子供を優先順位一番にして、そこか らいろいろなことをマネジメントしていると思う。(モンゴル 女性)
・ 学生としてバイトと学業を両立させるのをとても不安に思っていましたが、アイ ンさんの体験談を読んでみた結果、何事も落ち着いて取り組むことの大切さと計 画性にすべてがかかっていると分かりました。(コロンビア 女性)
・ アインさんの話のおかげで自分の弱点に気づいたと思う。Time management を 学びたい。(ブルガリア 男性)
キャリア形成の多様性を示すことと、二つのことを両立させるために何が必要 かを考えさせるという教材のねらいは達成されたと考えられる。
・
5.考察―「協働」のプロセスとその意義
以上、語り手と聴き手の「協働」によるライフストーリーの生成と、教材作成チー ムに語り手を交えた 4 名での「協働」による教材化の事例について、プロセスを 追いながら分析してきた。以下に、2 章の末尾で設定した課題①から④について 確認していく。
一つ目の「協働」の出発点は、インタビューの語り手側からの「自分のやってい ることをワーキングマザーの事例として発信したい(が自分では書けないから手 伝ってほしい)」という希望だった。これを受けて、聴き手は、ロールモデルと しての働き方とはどのようなものかを引き出そうという「構え」を持ち、話題の 方向付けや絞り込み質問により段階的に情報を引き出していくという方法で、語 るべき内容を模索するアイン氏を支援した(課題①)。その結果、図 1 で示したよ うなライフストーリーの生成が行われた(課題②)。「協働のプロセス」において、
語り手側は、質問に答えていく中で、どのようなことを情報として提供していけ ばいいのかを模索し、自らが発信していくべき方向性として「女性の働き方にお ける意識改革」というテーマを最終的に見出し、ブログという形での発信を始め るに至った。これは、語り手のアイン氏にとっての成果(課題③語り手側)である。
そして、教材作成の素材となるライフストーリーが生成されたことは、聴き手お よび教材チーム側にとっての成果(課題③聴き手側)である。したがって、ここ には、「対話」による「互恵性」と「創造」が見られると言って良いであろう。また、
語り手に「話を聞いてほしい」という欲求があったのと同時に、聴き手にも「話を 聞きたい」という欲求があったため、このインタビューにおいて双方は「対等」な 関係であったと考えられる。
二つ目の「協働」である教材化に着手した当初、菅長は、聴き手としてアイン 氏の語りに思い入れがあり、その語りに添う形で体験談を構成していた。アイン 氏の語りへの共鳴を背景に、語りの内容を生かし、同じ方向性で発信しようと いう「構え」があったと見られる。しかし、教材作成チームとの「対話」を通して、
学習者に発信すべきメッセージを絞ることの必要性を再認識し、「仕事と生活と の両立を可能にしているものは何かを明示し、他は捨象する」という枠組みに「構 え」を修正した(課題④)。このような教材作成における「協働」は、教材のねらい を絞り込んでいく「構え」を共に構築していく営みであったと捉えることもでき るであろう。取り組みの当初から、教材作成チームには、キャリア形成を考える 契機とするため、女性の働き方のロールモデルを示したいという動機があった。
ただし、それがどのような形で示せるのか、女性の働き方のロールモデルとはど のようなものかという具体的なイメージはまだ見えていなかった。アイン氏のラ イフストーリーに基づく体験談を構成する作業の中で、チーム間での「対話」を 重ねることによって、どのようにロールモデルを描くかを「創造」していったの である。この「協働プロセス」においては、チームのメンバーだけでなく、語り 手のアイン氏も教材作成チームと「対等」な立場で参画し、読み手に伝わりやす い形でのロールモデルの示し方を考える「対話」に加わっていた。教材の方向性 は、アイン氏のブログによる発信の方向性とは異なるものであったが、自らの日々 の実践が後輩留学生の役に立つロールモデルとして教材の形になることを、アイ ン氏自身が肯定的に捉える姿勢を示したものと解釈できる。このようなアイン氏 の積極的な協力のおかげで、教材開発チームは、仕事と子育てとを両立させて いるロールモデルをわかりやすい形で示すことに成功した(課題③教材作成チー ム側)。この取り組みにおいて、アイン氏と開発チームとは、子育てと仕事の両 立という課題について考え、解決方法を他者に伝えたいという立場・「構え」にお いて全員「対等」であり、完成した教材が狙いどおりの効果を挙げたという点で、
全員にとって「互恵性」のある成果を得たと考えられる。
以上、本研究における二つの「協働」の事例分析を通して、2 章で課題とした諸 点が確認された。まず、本研究で採り上げた事例において、「対等」「対話」「創造」
「協働のプロセス」「互恵性」の 5 つの要素が確認できた。これにより、本研究で扱っ
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たライフストーリー生成と教材化のプロセスはともに「協働」と位置づけること が妥当であると考えられる。本研究で扱った事例では、語り手側に発信したいと いう動機が強くあったため、ライフストーリーの生成後に、語り手、聴き手双方 がそれぞれの発信に取り組むこととなり、「互恵性」が際立つ結果となった。そし て、本研究では、「協働のプロセス」を詳細にたどることにより、二つの「協働」は、
「対話」を通して伝えるべきことがらを見出して行くと共に、「対話」を通してより 良い「構え」を共に構築していくという意義を持つものであったことが明らかに なった。
6.おわりに
以上、本研究では、ライフストーリー生成から教材化へのプロセスをたどるこ とにより、キャリア形成支援教材の開発という事例における「協働」の形と意義 が確認できた。
一般に、ライフストーリーには人生の多様な経験や視点が含まれ、一つ一つの エピソードはそれぞれに興味深いものである。特に、留学経験を土台にどのよう にキャリア形成を行っているかという経験者によるライフストーリーは、これか らキャリア形成を考えていく段階にある学習者にとって、有用なロールモデル(手 本)となり得る。このようなライフストーリーの生成において、ロールモデルと しての語りをどのように引き出すかという聴き手側による引き出し方を考えるこ とには一定の意義が認められるであろう。本研究の一つ目の「協働」のプロセスに、
その一つの事例を示した。一方で、語られたストーリー全てをそのままの形で示 すことは困難であり、また、有効性に乏しい。そこで、キャリア形成支援の立場 から、伝えたいメッセージは何かを考え、一つを焦点化し、語りを再構成して教 材化するという方向性が求められる。素材としての語りを内容的に生かすことは もちろんだが、その語りに引きずられることを避け、学習者へのメッセージ性を 明確にすることが必要になるのである。本研究では、その方向性を実現するため に、チームメンバー間での「対話」を重ねるという取り組みが有用であった。
このような、「対話」を通して、伝えるべきことがらを見出し、「構え」をより良 いものに構築し直していくという事例と分析が、今後、教材作成等の日本語教育 現場での「協働」の営みに少しでも資することができれば幸いである。
参考文献
(1)・池田玲子(2007)「第 1 章 協働とは」池田玲子・舘岡洋子『ピア・ラーニング入門 創造的な学びのデザインのために』ひつじ書房,1-19.
(2)・石川良子(2012)「ライフストーリー研究における調査者の経験の自己言及的記述 の意義―インタビューの対話性に着目して」『年報社会学論集』25 号,1-12.
(3)・蔭山拓(2016)「日本語教育における『対話』:対話主義的な第二言語教育の視点か らの考察」『多文化社会と留学生交流・大阪大学国際教育交流センター研究論集』20 号,1-7.
(4)・桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方』せりか書房
(5)・桜井厚(2012)『ライフストーリー論』(現代社会学ライブラリー 7)弘文堂
(6)・佐藤正則(2014)「日本語教育を実践する私がライフストーリーを研究することの 意味・元私費留学生のライフストーリーから」『リテラシーズ』14 号,55-71.
(7)・渋谷博子・菅長理恵・中井陽子(2017)「キャリア形成支援に関する基礎研究―留 学生のための行材開発に向けて―」『東京外国語大学論集』94 号,87-102.
(8)・渋谷博子・菅長理恵・中井陽子(2018)「中上級日本語クラス『キャリアプランを 考えよう !・』における学習者の学び―先輩留学生の体験談を生かした教材の開発 と実践―」『東京外国語大学論集』97 号,264-284.
(9)・菅長理恵・中井陽子(2015a)「理科系ベトナム人国費留学生のキャリア形成―グ ローバル人材に必要な資質―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』
41 号,29-45.
(10)・菅長理恵・中井陽子(2015b)「日本における高度人材の働き方の鍵としての多文 化性―文系の元国費学部留学生の事例から―」『留学生教育』20 号,57-66.
(11)・菅長理恵・中井陽子(2016)「学生時代に培われたアカデミック・ジャパニーズと 職場での活動のつながり―理系・文系の元国費学部留学生の事例から―」『アカ デミック・ジャパニーズ・ジャーナル』8 号,55-64.
(12)・菅長理恵・中井陽子(2017)「エピソードから探る学部留学生の困難点と克服方法
―予備教育の果たすべき役割―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論 集』43 号,65-79.
(13)・中井陽子・菅長理恵・渋谷博子(2019)「先輩留学生の体験談を読む活動における 学び・―キャリア形成支援をめざした教材作成と授業実践から―」『東京外国語大 学留学生日本語教育センター論集』45 号 37-56.
(14)・三代純平(2015)編『日本語教育学としてのライフストーリー・語りを聞き、書く ということ』くろしお出版
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From Producing a Life Story to Teaching Materialisation:
Using Collaborations to Develop Career Development Teaching Materials SUGANAGA Rie, NAKAI Yoko, SHIBUYA Hiroko
Key Words: collaboration, dialogue, life story, stance, developing teaching materials, career development support
In this study, we analyse two collaborations from the series of our works for career development support. The first collaboration involves an interview with a Vietnamese woman, who is expected to be the role model for working mothers after completing studies in Japan. The second involves the process of developing a career development teaching materials based on the life story established in the interview. There are four tasks. The first is to determine the kind of “stance” that the interviewer use to draw out of life story from the interviewee during the interview. The second is what kind of life story was established as the result of interaction. The third is to analyse the kind of achievement that all participants accomplish through these collaborations. The last is to clarify how the “stance” transforms in the researcher’s approach through dialogue as a process of collaboration to develop a teaching materials.
In the first collaboration, the interviewer has a “stance” to elicit information on what types of work are involved in becoming a role model and to help the narrator identify which information to provide. Through the dialogue they succeed in establishing a life story as a model for working mothers. The narrator also identifies the theme of “awareness of working women” and starts a blog on the topic. In the second collaboration, the interviewer works on materialisation with development members and succeeds in showing a role model that balances work and child rearing. The narrator also actively participates in this work. As a result of using this teaching module, the purpose of supporting career development is fulfilled.
These analyses reveal how a life story is formed through dialogue between the interviewer and narrator. They also demonstrate the effectiveness of dialogue and cooperation for building a better “stance” in the approach developing teaching materials.