飛鳥 の水時計、山田寺 回廊 の発見 と、大々的 に報ぜ られたことは 記憶 に新 らしい。 この よ うな大発見の陰で、一般 にはあま り知 られ ない重要 な発見 も各地 で相 つ いでい る。
本書 は、奈良市教育委員会 の依頼 によって1982年10月 に発掘 した 平城京 の東堀河 とそれに架 か る橋 の報告である。
堀河 は東西の市 に物 資 を運 ぶため、京の東西 に設 け られた。 しか し堀河 に関す る史料 は誠 に少 ない。西堀河 を秋篠川 にあてることは 諸説一致 してい るが、東堀河 につ いては異説 があった。東市の北辺 で埋没 した東堀河 を発見 し、論争 に終止行 を打 ったのは1975年 の こ とで あ.る。今調査地 は東市の南側 にあた る。三度 の調査 か ら浮ぶ堀 河 の姿 は、小 さな川船 を両岸 か ら曳いた とい うものである。 も う一 つの成果は、多 くの橋材 が出土 し、 この時代の橋復原の資料 を得た ことで ある。 また、出土遺物 には人面墨書土器、人形 なども多 く、
東堀河 が祓川で あることが明 らかになった。 これは平安京の七瀬の 祓 の起源 を考 える上 で看過 しえない。 この よ うな成果 をあげること がで きたのは奈 良市教育委員会 および関係諸機関の協 力のお陰であ る。厚 くお礼 申 し上 げる次第である。
19834F3月
奈良国立文化財研究所長