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わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性

著者 小林 弘二

雑誌名 同志社商学

巻 64

号 6

ページ 1098‑1115

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学商学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013230

(2)

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性

小 林 弘 二

Ⅰ はじめに

Ⅱ 国際観光の定義

Ⅲ 現在に至る日本の国際観光の変遷

Ⅳ 「観光政策の転換・アジア諸国アウトバウンド市場の拡大」と旅行業ビジネスの方向性

Ⅴ 航空規制緩和の進展と旅行業ビジネスの方向性

Ⅵ おわりに

Ⅰ は じ め に

敗戦後,わが国の国際観光は,インバウンド観光を外貨獲得の有力手段の一つと位置 づけるところから出発した。その後,60年〜80年代,わが国は貿易立国化に大きな成 功を収め,貿易黒字大国へと邁進する。その結果,インバウンド観光による外貨獲得の 必要性が全くなくなったのである。それどころか

80

年代後半には,日本の突出した貿 易黒字が国際的な問題となり,政府は,国際収支のバランスを改善すべく,他国に例を 見ない外貨消費を積極的に奨励するアウトバウンド観光(海外旅行)重視に偏った国際 観光政

1

策をとるようになった。

その後,バブル経済の崩壊を経て,21世紀になる頃から日本の国際観光を取巻く環 境が大きく変化した。市場の成熟や経済のグローバル化,少子高齢化社会の到来,地方 都市の空洞化,アジア諸国の経済的成長等である。そしてこのような環境変化に伴って 新たな観光現象が顕在化する。すなわち,観光政策の転換やアジア諸国のアウトバウン ド市場の拡大,航空規制緩和の進展等である。そして旅行業ビジネスにおいては,新た な観光需要を取り込むべく新たなビジネスシステムの構築が求められるようになる。

本稿ではまず簡潔に国際観光を定義した上で,戦後(1945年以降の)日本の国際観 光の変遷について時系列に分析するところから始める。つぎに

21

世紀になり顕著とな ってきた国際観光に関わる現象として,「観光政策の転換」「アジア諸国のアウトバウン ド市場の拡大」,そして「航空規制緩和の進展」について取り上げその動向を探る。そ して,それぞれの現象がこれまでの日本の旅行業ビジネスにどのような影響を与え,今 後どのような対応が必要になってくるのかについて論じる。あわせて,日本にとって最

────────────

1 運輸省が1987年に5ヵ年間のテンミリオン計画を策定。86年の日本人海外旅行者の実績,約500免人 1987年から5年間で倍増し1000万人にする計画であった。

228(1098

(3)

大の観光交流相手国である韓国の旅行ビジネスに及ぼす影響についても日韓双方向型提 携ビジネス等,グローバルな視点を交え言及する。

Ⅱ 国際観光の定義

国際観光とは,一般的には「人が自国をはなれて,ふたたび自国へもどる予定で,外 国の文物,制度などを視察し,あるいは外国の風光などを鑑賞,遊覧する目的で外国を 旅行するこ

2

と」とされている。しかし,通常旅行目的を広くとらえ,純粋な観光目的以 外の旅行をも含めた国際旅行を意味する。ちなみに,世界観光機関(UNWTO)は,

「国際観光客」を「訪問の主な目的が,訪問国内で報酬を得るための活動を行わない人 で,1泊以上

12

カ月を超えない期間,居住国以外の国で通常の生活環境を離れて旅行 する人」と定義している。このように,国際観光は,自国に再び戻ってくることを前提 に,国境を越え往来する旅行者の流れや観光交流を,経済的,文化的,社会的,心理的 な側面からみた観光行動,観光現象といえる。また,国際観光を一国単位で捉えると,

迎える国際観光(インバウンド観光)つまり,外国から内に向かって(インバウンド)

生まれる観光客の流れ(外国人が自国を訪れること),と送り出す国際観光(アウトバ ウンド観光)つまり,ある国から外に向かって(アウトバウンド)生まれる観光客の流 れ(自国民が外国へ旅行すること)という双方向の観光で成り立ってい

3

る。日本の国際 観光を捉えると,日本人の海外旅行(アウトバウンド)と訪日外国人旅行(インバウン ド)とに分けることができる。

次に,現在に至る日本の国際観光について,その変遷過程を時系列(1945年〜2000 年)に検証してみよう。

Ⅲ 現在に至る日本の国際観光の変遷(1945〜2000 年)

1.第 1

期=インバウンド観光重視の時代(1945〜1970年代前半)

戦後すぐの荒廃した経済環境の中で,日本の国際観光は,主としてアメリカ人の訪日 旅行から始まった。アメリカは,自由主義陣営のリーダーとしてマーシャルプラン(欧 州経済復興援助計画)を打ち出し,ドル不足に悩む諸国を救済する対策の一環として自 国民の国外旅行(アウトバウンド)を積極的に奨励してい

4

た。

日本政府も,訪日外国人旅行(インバウンド観光)を外貨獲得の重要な手段として位

────────────

2 津田昇『国際観光論』東洋経済新報社,1969年,8ページ。

3 小林弘二「国際観光」廣岡裕一他編『観光入門』新曜社,2011年,80ページ。

4 岐部武,原祥隆著『やさしい国際観光』財団法人国際観光サービスセンター,2006年,45ページ。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1099)229

(4)

置づけていた。また旅行業界も欧米からの利益率の高い旅行者を対象にした収益性の高 い事業分野としてインバウンド観光に積極的に取り組んでいた。しかし,経済が復興 し,高度経済成長を成し遂げる過程で日本は工業製品の輸出による工業・貿易立国化に 成功する。そして,1964年に海外渡航の自由化が実現し先進国の仲間入りを果たした 日本は,68年には米国に次ぐ世界第

2

の経済大国となった。70年には大阪万国博覧会 が開催され,日本社会は繁栄のピークを迎えると同時に訪日外国人旅行者数もピークを 迎えた。

しかし,71年には万国博覧会の反動,73年の変動相場制への移行による円高基調の 始まり等により訪日外国人旅行者数は大幅に減少した。その後インバウンドの総需要が

70

年のレベルに回復するまでに

6

年間を要することにな

5

る。

────────────

5 同書,35ページ。

6 日本旅行業協会編『数字が語る旅行業』2012年,4ページ。

1図 訪日外国人旅行者数及び日本人海外旅行者数の推

6

資料:法務省「出入国管理統計」資料に基づき日本政府観光局作成資料による 同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

230(1100

(5)

さらに日本は経済成長を続け,もはやインバウンド観光による外貨獲得の必要性がな くなったのである。軌を一にするように,インバウンドビジネスを担っていた旅行業界 でも,70年の大阪万博をピークに,その後の急激な円高によるインバウンド需要減少 や収益性の低下に耐えきれず,インバウンド事業からの撤退や縮小する旅行業者が相次 いだ。他方,旅行業者は,インバウンドとは対照的に円高による観光需要の増大などに よって収益性が高くなったアウトバウンド観光に事業分野を大きく切り替えるようにな ったのである。

2.第 2

期=アウトバウンド観光重視の時代(1970年代後半〜2000年)

旅行市場を取巻く環境変化などによって日本の国際観光は,1971年を境にインバウ ンド観光需要(訪日外国人旅行者数)とアウトバウンド観光需要(日本人の海外旅行者 数)が逆転した。そして,その後

10

年間でインバウンド観光需要はアウトバウンド観 光需要の

1/3

となっ

7

た。その結果,日本はアウトバウンド観光に関しては世界有数の市 場となり,インバウンド観光では世界に大きく遅れることになったのである。この間,

日本政府は,インバウンドとしての国際観光を振興する必要性と認識に欠け,日本の宣 伝と外国人旅行者の受け入れ体制の整備を積極的に行おうとはしなかった。

一方,アウトバウンド観光に対して日本政府は,世界に例を見ない積極的な対応を行 うことになる。1980年代,日本の貿易による国際収支の突出した黒字が国際的な問題

(日本だけが貿易で大幅な黒字を蓄積している)となっていた。政府は貿易摩擦の緩和 に向け,貿易収支の大幅な黒字を,海外旅行支

8

出を増加させることにより,国際収支の バランスを改善することを目的に,海外旅行倍増計画(テンミリオン計画)を策定す る。簡単に言うと,国民にもっと海外旅行をしてもらって外貨の蓄積を減少させ,外国 からの批判を少しでも解消しようとする考え方である。

この計画の具体的な数値目標は,1986年の日本人海外旅行者

552

万人を

87

年から

5

年以内(91年まで)に

1,000

万人(テンミリオン)にするというものである。円高や好 況などの追い風もあり,予定より

1

年早く,90年に

1,000

万人に達し計画の目的は達成 された。具体的な成果として,政府が期待したように,86年に貿易収支黒字額の

6.1%

であった旅行収支の赤字額が,90年には

33.5% まで拡大し,貿易収支黒字の 1/3

強を 旅行収支の赤字で相殺するまでになったのであ

9

る。

そして,この間(1985〜2000年)に日本のインバウンド市場の構造が大きく変化す

────────────

JNTO編著『日本の国際観光統計』によると,1981年訪日外国人数:132万人,海外旅行者数:392 人であった。

8 海外旅行支出は貿易における輸入と同じ効果を発揮する。国際旅行収支を大幅に赤字化することによっ て,貿易収支での黒字の減少に貢献するという考え方である。

9 運輸省編『平成3年運輸白書』印刷局,1991年,付表テンミリオン計画の成果。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1101)231

(6)

る。すなわち,訪日外国人の発地国の変化である。アジア地域からの訪日客比率が,85 年には

42% であったが 2000

年には

65% まで増大したのであ

10

る。その間に,香港,台 湾,韓国等の各国・地域は自主系のランドオペレー

11

タを日本で育成し,自主オペレーシ ョン体制を確立させた。一方,この時期,欧米からのツアーのランド手配を主業務とし ていた日本の旅行業者は,手配実務,言語,コストの面でアジア系ランドオペレータと 太刀打ちができなくなり,業界としてインバウンドへの関与が著しく低下したのであ

12

る。

Ⅳ 「観光政策の転換・アジア諸国アウトバウンド市場の拡大」

と旅行業ビジネスの方向性

1.観光政策の転換,観光立国宣言とビジット・ジャパン・キャンペーン

その後,21世紀になり,観光政策の大転換が図られる,すなわち,アウトバウンド 観光からインバウンド観光振興政策への転換である。

2002

2

月,第

154

国会における当時の小泉首相の施政方針演説で,観光振興が内 閣の主要政策課題となる。内閣で取りまとめた「経済財政運営と構造改革に関する基本

方針

2002」では,経済活性化戦略のアクションプログラムの 1

つとして「観光産業の

活性化・休暇の長期連続化」が取り上げられ,その中で外国人旅行者の訪日促進策とし て外国人旅行者の訪日を促進するグローバル観光戦略を構築する記述がなされてい

13

る。

2003

年,第

156

国会施政方針演説において小泉首相は観光を国家戦略の

1

つとして 位置付ける観光立国宣言を行った。これを受け,国土交通省は,グローバル観光戦略を 策定,戦略のスタートの年にあたる

2003

年を「訪日ツーリズム元年」とした。そして,

2003

年から,外国人旅行者の訪日を促進するための具体的戦略として,国,地方自治 体及び民間が共同して取組む,国を挙げての戦略的なビジット・ジャパン・キャンペー ン(VJC)を展開し

14

た。

政府の観光政策転換の背景には,人口減少や工場の海外移転等によって疲弊し空洞化 している地方都市の存在と,日本の膨大な財政赤字問

15

題があった。国や地方の財政状況

────────────

10 JNTO編著『日本の国際観光統計』による。

11 ランドオペレータ(Land Operator):海外旅行の手配では航空をAirというのに対し,宿泊,地上交通,

食事,ガイド,観光施設などをLandという。ランドオペレータはこれら地上サービスの手配をする業 者で地上手配業者ともいう。

12 岐部武・原祥隆著『やさしい国際観光』財団法人国際観光サービスセンター,2006年,166〜167ペー ジ。

13 国土交通省『観光白書』2003年,国立印刷局,58ページ。

14 同上書,64〜65ページ。主に2010年までに訪日外国人客を1000万人する数値目標が設定された。

15 国債,借入金,政府短期証券を合わせた債務残高の総額である「国の借金」は200012月時点ですで 500兆円を超え,0912月末では,871兆円にまで膨らんでいる。(財務省発表資料20102 !

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

232(1102

(7)

の悪化等から,これまでのような大規模公共投資による地域振興策は実施できない。そ こで出てきたのが観光による地域振興策である。観光による地域振興は大規模公共投資 に比べ,投資額が少なく,経済・雇用波及効果が大きい。また地域の自助努力が求めら れる観光は,地域住民の活性化にもつながるという利点もある。緊縮財政を強いられる 政府にとっては格好の政策選択であった。

これまで日本では,観光は,重要な国家的政策課題とはされなかったが,2003年の 小泉首相の「観光立国宣言」以降,重要な国家的課題として位置づけられるようになっ た。また,09年の政権交代後,閣議決定された「新成長戦略,元気な日本復活のシナ リオ」の中でも観光は少子高齢化時代の地域活性化の切り札とされ,「訪日外国人を

2020

年初めまでに

2,500

万人,将来的には

3,000

万人,2,500万人による経済波及効果約

10

兆円,新規雇用

56

万人」と数値目標と目標達成による効果が示された。

2.国際観光市場の変質と旅行業者に求められる外国市場への積極的参入

国を挙げての戦略的なビジット・ジャパン・キャンペーンの展開によって,訪日外国 人旅行者数は,キャンペーン開始年である

2003

年,521万人であったが,2008年

835

万人となり

5

年連続で過去最高を更新した。このうち,アジアからの旅行者が

73.4

16

%を 占めている。

一方,アウトバウンド市場は,2000年の

1,782

万人を頂点に小さな増減幅を繰り返し

2011

年は

1,699

17

人に止まっている。

日本の国際観光市場は,アウトバウンド市場は成長市場から成熟(停滞)市場へ,イ ンバウンド市場は成長市場へと旅行市場の変質が始まっている。しかし,主要な日本の 旅行業者は,戦後すぐの外国人旅行のように欧米からの利益率の高い旅行者が中心の時 期を除い

18

て,インバウンド部門は縮小と合理化の対象で,業界全体としてこれを支援す る動きもなく,特にアジアからのインバウンド旅行者に対しては,積極的な対応をして こなかっ

19

た。そのため,アジア圏からの旅行者は,日本の旅行業者を利用せず,自国系 のオペレーターを利用するか,旅行業者を通さない個人旅行者が多

20

い。すなわち,これ まで日本人を対象にビジネスを展開してきた日本の旅行業者のビジネスモデルでは,こ の新たな成長市場を取り込むことができないのが現状である。

事実,2007年の主要旅行業者

50

社の総取扱額に占める外国人取扱額は

628

億円,約

────────────

! 10日,日本経済新聞211日朝刊)

16 国土交通省『観光白書平成20年版』国立印刷局,41〜42ページ。

17 出典:法務省入国管理局「日本人出国者数」より。

18 日本国際観光学会編『新訂二版旅行業入門』同友館,2005年,27ページ。

19 松園俊志・飯田芳也監修『インバウンド概論』ジェーティービー能力開発,173〜174ページ。

20 佐々木正人・渡辺寛『改訂新版 旅行業概論』ジェーティービー能力開発,210ページ。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1103)233

(8)

0.9

21

%である。また,国土交通省は

2008

8

月,2020年に訪日外国人旅行者

2000

万人 を達成した場合,外国人旅行者の消費額が

06

年比で

3.1

倍の

4.3

兆円となる予測を発表 し

22

た。全体の旅行消費額に占める外国人の割合は,06年の

5.8% から 13% に拡大する。

直接効果として,39万人の雇用効果と

2.0

兆円の付加価値効果,波及効果として

85

万 人の雇用効果と

5.4

兆円の付加価値効果とし,生産波及効果を

10.4

兆円としている。

一方,主要旅行業者の外国人取扱額は,07年の

628

億円の

3

倍となる

1,884

億円と予 測している。しかし,日本人の海外・国内の取扱額が変更しない前提で推計した場合,

旅行全体の総取扱額に占める外国人取扱額は,0.9% から

2.7% となるにすぎない。予

測を発表した国土交通省審議

23

官は「今のままではビジネス的にうまくいかなくなるだろ う」と警鐘をならしている。

成長市場に移行しつつあるインバウンド市場に対し,旅行業者としてもこれまでの日 本人旅行者対象のビジネスを転換する機会と捉え,自発的に外需の取り込みに向けた戦 略転換,すなわち,積極的な相手国マーケットへの参入が求められるのである。

3.アジア諸国のアウトバウンド市場の拡大と日本的商習慣の限界

世界観光機関(=UNWTO,以下

UNWTO

と表す)の長期予測によれば,1995年全 世界で約

5.6

億人であった国際観光客(到着ベース)が,2020年には

15.6

億人に達す ると見込まれている。特に経済成長の著しい中国や韓国を含む東アジア・太平洋地域に おいては,1995年に約

8

千万人であった国際観光客は

2020

年には約

5

倍の

4

億人へ と,世界全体をはるかに上回る急速な勢いで増加すると予測してい

24

る。また,UNWTO が発表した

2008

年のアウトバウンド旅行者数の成長率予測によると,世界平均が前年

3〜4% 増であるのに対し,アジア太平洋地域は 8〜10% 増と突出して高成長を維持

している。具体的にアジアの国(地域)のアウトバウンド旅行を数で検証すると,人口 に対する出国率においては,シンガポール(133.8%・5,533千人),香港(83.0%・5,786 千人),台湾(38.7%・8,671千人),韓国(27.1%・11,610千人),実数では中国(2.4%

・32,000千人)と,いずれもアウトバウンド市場が低迷する日本(13.5%・17,535千

25

人)を圧倒している。

このようなアジア諸国のアウトバウンド市場の拡大が,旅行者受け入れ先国の旅行素 材提供業者(ホテル等宿泊業者や現地の地上手配専門業者であるオペレーターを含むサ

────────────

21 国土交通省旅行振興課資料。

22 200888日,観光立国推進戦略会議ワーキンググループ第1回会合での発表。(トラベルビジョン 2008818日掲載)

23 国土交通省総合観光政策審議官本保芳明氏。(その後第1代観光庁長官)

24 世界観光機関(UNWTO)国際観光客到着数の長期予測,出所「Tourism 2020 Vision」

25 アジア各国の出国率は,国際観光振興会(JNTO)「日本の国際観光統計2006年」による。

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

234(1104

(9)

プライヤ)のビジネスに変化をもたらしている。すなわち,日本的商習慣に対する見直 し要求である。

これまで,長きに亘り世界第

2

の経済大国として,その経済力を背景にアウトバウン ドビジネスを展開してきた日本の旅行業者に対し,旅行素材提供業者は客室等における

「預かり在庫システム(アロットメントやブロックと呼ばれ

26

る)」や「代金後払い

27

制」等 の日本的商習慣を受け入れてきた。しかし,有名観光地における旅行素材に関する需給 関係は,アジア諸国のアウトバウンド市場拡大によって逼迫感を増している。一方,日 本の旅行業者は,「預かり在庫」としての客室の消化率が悪

28

くかつ「代金後払い制」等 リスクを取らない日本的商習慣を改めようとしない。ここにきて外国の旅行素材提供業 者は日本の旅行業者に対し,このような片務的ビジネスを継続するのであれば,旅行素 材の安定的な供給ができなくなる等,日本的商習慣の見直しを厳しく求めている。

さて,ここで日本の観光政策の変化とアジア諸国のアウトバウンド市場の拡大が,日 本にとって最大の観光交流相手

29

国である韓国の旅行ビジネスに及ぼす影響について現象 面を中心に考察してみよう。

────────────

26 旅行業者の旅行素材(航空座席や宿泊施設の部屋等)の仕入れ手法で,座席や部屋を事前に買い取るの ではなく,あくまで預かり在庫として仕入れるのである。一定の時期になり,販売の見込みがない場合 は,返却するというリスクを伴わない仕入れ手法でもある。

27 仕入れ,利用した宿泊等の素材に対し,旅行終了後,数カ月後に決済をする手法。

28 トラベルビジョン2008924日号,によるとヨーロッパ8都市でのホテル客室の預かり在庫の内,

61%〜92% の客室を返還。アジアでも平均70% を返却しているという。

29 日韓双方で年間約500〜550万人の日本にとり最大の交流相手国である。

30 http : //www2.ttcn.ne.jp/honkawa/7100.htmlによる。

2図 『韓国への旅行客数と韓国からの旅行客数の推移』

資料:観光白書,日本政府観光

30

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1105)235

(10)

4.わが国の観光政策の変化とアジアの旅行市場拡大が韓国旅行ビジネスに及ぼす影響

(1)日・韓,2国間提携ビジネスの促進

これまでみてきたように,日本の観光政策の変化やアジア諸国のアウトバウンド市場 の拡大が,日本の旅行業者に対し,従来型の日本人旅行者対象のビジネスモデルだけで は限界があることを示すとともに,片務的な日本的商習慣の見直しを促している。この ような現状に対し,ここ数年,日本の大手旅行業者を中心に,これまでのビジネスモデ ルや商習慣を改め,現地に進出し,現地顧客を対象としたビジネス展開を図る動きが出 てきた。特に伸長著しい東アジア地域の市場に対する取組である。

観光政策の変化で,日本でのインバウンド市場が成長市場になりつつある中,日本の 大手旅行業者は,これまでインバウンドビジネスに積極的な対応を怠っていたため新た な取組に迫られている。その際キーワードとなるのが,ツーウェイ・ツーリズムであ る。すなわち,自国のインバウンドを伸ばすためには,アウトバウンド(相手国のイン バウンド)との双方向(ツーウェイ)でお互いにメリットを出し合わなければ成功しな いということである。そこで

2

国間の双務的なビジネス提携が重要になる。

ツーウェイ・ツーリズムを視野に入れ,日本の大手旅行業者と韓国旅行業者との提携 ビジネスが行われるようになってきた。日本政府観光局の統計資料によると,両国は,

2010

年日本からの訪韓旅行者数は,302万人,韓国からの訪日旅行者数は,244万人と 双方合わせて

550

万人に近い旅行者が往来している最大の交流国である。また,日本へ の再訪問率(リピータ率)も

58.6% と,米国 37.6%,中国 17.2% を大きく上回ってい

る。このような数字からも,互いに戦略上欠かせない国でありかつ,2国間の提携ビジ ネスの発展により,第

3

国へのグローバルなビジネス展開の可能性も秘めている。さら に,為替リスクの軽減も

2

国間提携ビジネスのメリットである。円対ウォンの為替変動 に伴う日韓両社間の旅行者数の増減について,インバウンドとアウトバウンドの双方を 扱うことで経営の安定につながるということである。現在進行中である具体的な日韓旅 行業者の提携ビジネスの事例について以下に記す。

(2)グローバル市場を視野に入れた日・韓旅行業者の提携ビジネスの展開

『事例

1.合弁会社ロッテ・ジェイティービー㈱の設立』

これまで日本人のアウトバウンド旅行者をサポートするための事業所を世界各地に設 けてきた日本の旅行業最大手ジェイティービーは,2007年,現地顧客を対象とした事 業展開,すなわちグローバル戦略に本格的に着手することを決断する。

㈱ジェイティービーは,自社のグローバル戦略の狙いは,「仕入れ力の維持,強化」

としてい

31

る。世界各地の旅行市場が活性化する中で,従来の日本的商習慣(客室等の預 かり在庫制や代金後払い制等による旅行素材の仕入れ)に対する不満の声が大きい。さ

────────────

31 トラベルビジョン2008924日号。

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

236(1106

(11)

らに日本を除く東アジア地域の旅行需要の拡大,格安航空会社(LCC)の興隆による旅 行需要の活性化で,ホテル等の供給量の不足感もあり,ホテル側も取引条件の良い方へ 流れ,「これまでのような日本的商習慣では良い条件での仕入れ確保が難しい」。こうし た現状を踏まえ,ジェイティービーとしては「全体の送客力を上げてい

32

く」ために,日 本的商習慣を見直し,日本発の旅行需要に限らず,海外からの日本インバウンド,日本 以外の第

3

国間での旅行需要を獲得していく狙いであ

33

る。そして,同社は,グループ全 体の利益の

20% を国外で上げるという具体的な数値目標を設定し,その中核市場とし

て東アジア地域とヨーロッパを選定した。

2007

5

月,中核市場である東アジア地域を担う現地企業として,㈱ジェイティー ビーと,韓国の大企業であるロッテグループで旅行事業を手掛けていたロッテドットコ ムとが折半出資して,合弁会社ロッテ・ジェイティービー

34

㈱が韓国ソウルに設立され た。同社は,韓国人アウトバウンド旅行者,日本人インバウンド旅行者,韓国内での国 内旅行者を対象としたビジネスを展開し,2011年度には取扱人数

120

35

人という数値 目標も掲げた。

同社は,07年に設立後,09年には韓国内に

54

の店舗を展開し,主に韓国人アウトバ ウンド向け自社商品(パッケージ・ツアーによる日本を含む第

3

国向けツアー)を企画 販売している。日本人の韓国向けツアーに関しては,東京,名古屋,大阪,福岡に営業 所を設置し,㈱ジェイティービーの韓国向け商品の契約オペレーターとなってい

36

る。ま た,韓国では,テレビホームショッピングでパッケージツアー(旅行商品)を販売する ことができる。旅行先にロケ隊を出し,宿泊するホテルや訪問先を収録するという日本 ではあまり見られない旅行販売形態である。ロッテ系列のテレビホームショッピング会 社と組み,ジェイティービーの海外ネットワークを活かしながら商品の企画・造成を行 っている。09年は北京やバリ島方面など

9

コースで約

9000

人を集客し

37

た。このように 日・韓合弁旅行会社として互いの強みを活かしたビジネスを展開し業績拡大を図ろうと している。

一方で,アウトバウンド旅行商品だけでなく,韓国内では比較的少ないという国内旅 行商品造成にも取組んでいる。韓国での国内旅行は,従来,済州島等の離島観光以外は 個人旅行が中心で,旅行業者の業務領域も宿泊等の素材手配に限定されることがほとん

────────────

32 グローバル市場でのビジネス展開により,スケールメリットによる仕入れ力強化につながるという意味 である。

33 トラベルビジョン2008924日号,JTB志賀常務が方向性について言及した。

34 ㈱トラベルジャーナル編「日韓ネットワーク提携が加速」『週刊トラベルジャーナル』2009年,1019 日号,10ページ。

35 トラベルビジョン誌2007528日号「JTB,送客力と仕入れの維持・強化を目指しアジアでのM&

Aも視野−グローバル化に対応」による。

36 トラベルジャーナル,前掲書13ページ。

37 同書,13ページ。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1107)237

(12)

どであった。しかし近年,宿泊施設や観光スポット,道路網の整備が進み,自治体も観 光客誘致に積極的になってきている。このような機会をとらえ,同社は,国内の有形・

無形文化財や地域の食文化に触れる「ああ!大韓民国」を

08

年に商品発表し,韓国観 光公社から推薦商品として表彰され

38

た。そして,この企画で培った国内旅行のノウハウ や旅行素材をインバウンドの部門でも活用して行く方向である。

このように,ロッテ・ジェイティービーは,両国企業の旅行ビジネス上の利点を活用 することにより,相乗効果を生み,旅行市場の活性化を促し,潜在需要の顕在化につな がる事業領域の拡大を図っている。

『事例

2.韓国最大手ハナツアーの日本法人設立』

ハナツアーは,1993年に韓国ソウルで設立され,2000年に旅行業者として始めて韓 国株式市場コスダックに上場,06年にはロンドン証券取引所に上場した韓国最大手の 旅行業者である。05年

9

月に日本法人である株式会社ハナツアージャパンを設立,東 京本社に加え,九州,北海道,大阪,名古屋等に連絡事務所を開設するなど積極的な事 業展開を図ってい

39

る。

日本法人の事業内容の骨子は,「韓国からのインバウンドビジネス」「アジアからのイ ンバウンドビジネス」「海外へのアウトバウンド事業」「運輸事業」の

4

つである。

同社は,2008年のいわゆるリーマンショック以降の円高,ウォン安によって,韓国 人の訪日需要が低迷するなか,特に第

3

国からの受入れや日本人向けアウトバウンド事 業を収益の柱に育ててゆく計画である。その一環として,同社は,アウトバウンド旅行 予約サイト「TRAVEL 4 U(トラベルフォーユー)」を新たに立ち上げた。サイト立ち 上げと同時に販売を開始したハナツアー本社のチャーター便を利用したパラオ方面のツ アーでは,アシアナ航空のソウル/パラオ間チャーター便を韓国人旅行者のみならず日 本人旅行者にも活用。仁川空港での乗り継ぎとなるが,安定的な座席の確保や,日本発 着のツアー商品と比べ,2〜3割安い価格設定が実現し好調な集客を実現した。

今後も素材の仕入れやランド手配(ホテル等地上素材)の面からハナツアーが持つ海 外

26

拠点のネットワークを活かし,取扱い方面の拡大や商品内容の差別化を図るとい う。

さらに,日本,韓国とも旅行市場の成熟化が進み,個人旅行形態が増加する中,個人 ニーズに合わせて計画できる現地ツアーの活性化が重要と捉え,日本におけるオプショ ナルツアー「ポップコーンツアー」の開発・展開を強化する。現在は訪日韓国人旅行者

────────────

38 同書,13ページ。

39 トラベルジャーナル編「逆風に挑むハナツアーの戦略」『トラベルジャーナル』2009810日号,36 ページ〜37ページ。同社の081月〜12月の韓国人アウトバウンド取扱人数は1117592人,韓国 におけるアウトバウンドシェア−約10%(アウトバウンド渡航者数約1300万人)訪日旅行者数シェア

−は8.2%195998人(訪日旅行者数全体238万人)である。

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

238(1108

(13)

が中心であるが,将来的には第

3

国からの来日客を対象に営業拡大を図る計画である。

また個人旅行者に対する強化策の一環として,09年

7

月温泉旅行サイト「japanRyokan.

net」を立ち上げた。日本特有の文化ともいえる温泉は韓国人をはじめとする外国人に

人気の高いコンテンツである。このサイトの対応言語は韓国語,中国語,英語で,韓 国,アジア各国を中心にハナツアーが展開する

25

カ国のビジネスルートを通じて販売 する。そして,08年

1

月から提携した日本の旅行業界第

2

位の近畿日本ツーリストと の提携関係もフルに活用し,互いの海外ネットワークの活用や,チャーター便を利用し た共同商品企画・販売も加速させる。

その後,09年

9

月には日本のトップツアー㈱が韓国旅行業界第

2

位モードツアーネ ットワークと提携ビジネスを開始した。

相次ぐ両国大手企業による提携ビジネスへの参入は,次の段階に向けた布石となる。

すなわち,日・韓で培った双方向型ビジネスモデルが,今後外資企業に対する規制緩和 が予想される巨大市場中国を視野に入れたグローバル戦略に向けた基盤と位置付けられ るからであろう。

Ⅴ 航空規制緩和の進展と旅行業ビジネスの方向性

1.1998

年運賃制度改正と旅行業ビジネスの変化

日本政府は,認可運賃制度のもと,日本発国際航空運賃について

3

つの原則を貫いて きた。すなわち,①二重認可方式②発地国通貨建て運賃③IATA運賃協定の承認であ

40

る。その結果,乗入れ国側の企業が低原価に基づく廉価な運賃を日本発運賃に導入しよ うとしても,二重認可方式で当局が拒否できる。発地国通貨建て運賃とは高原価の日系 航空企業に合せて設定される。また,カルテルとも言われる

IATA

運賃協

41

定は,必然 的に一番高い水準の価格に落ち着く。いずれにしても市場原理が作用しないので常に運 賃は高く設定されるのである。

一方,低原価体質である外国系航空企業は,日系航空企業の高原価を基に設定された 日本発運賃を使って日本市場で高収益を上げることができる。また,オフシーズンでの 空席は,安い原価に合せた「格安航空

42

券」として流通させる。従って,日本の運賃政策 に不満であるはずが無い。また,日系航空企業も発地国通貨建て運賃の保護のもとに,

────────────

40 川口満『現代航空政策論』成山堂書店,2000年,192〜194ページを参考。

41 国際航空運賃には,IATA運賃とNONIATA運賃がある。世界の多くの航空企業がIATA運賃を使用し ている。これは,IATA運賃調整会議において,加盟航空企業全員の賛成をもって設定され,関係各国 政府の認可を受けて発効する。この民間の協定は,加盟航空企業に強い拘束力を持つことからカルテル とも呼ばれた。ちなみに,米国やEU等はこのシステムに異を唱えている。

42 格安航空運賃の詳細については,拙著『旅行ビジネスの本質』晃洋書房,2007年,121〜127ページを 参照されたい。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1109)239

(14)

世界一といわれる高賃金を維持し,高原価体質を改善しない。そして高い運賃を払わさ れている消費者のみが犠牲になっているという構図であっ

43

た。しかし,このような規制 による生産者側の論理で成り立っていた構図も,市場の右肩上がりの成長が前提であっ た。

経済状況の悪化等から市場が低迷し,消費者の低価格志向に拍車がかかり,認可運賃 とは別の運賃価格(格安航空券)が市場を支配するようになる。市場の変質により,外 資系航空企業にとっても日本市場での高収益というメリットがなくなり,逆に認可制運 賃制度に基づいた不透明な日本的商習慣が弊害となる。そして,市場の運賃自由化への 要求と航空企業の利害が重なることとなる。

1998

年,規制当局も規制緩和の方向へと政策転

44

換を図る。すなわち,生産財運賃で ある

IT

運賃(Inclusive Tour Fares=包括旅行運賃)の下限枠の撤廃,消費財運賃であ る正規個人割引運賃(ペックス運

45

賃)の下限枠

70% までの拡大である。この運賃制度

改正によって,「格安航空券」の存在意義は大きく低下することになった。

98

年の運賃制度改正は,これまでの,ある程度の規制を前提にした従来の秩序維持 とは異なり,国際航空運賃流通システムを根本的に変えて行くという狙いが,運輸当局 にあったと考えられる。不透明な割増手数料やボリューム・インセンティ

46

ブを前提とし た日本的商習慣から,日系航空企業を解放し,効率的な運航を可能にさせる。すなわ ち,価格決定機能を旅行業者から取り戻すことである。その背景には,98年の日米航 空交渉暫定合意が考えられる。米国の要求どおりのオープンスカイ協定には至らなかっ たものの,世界規模で拡大する国際航空市場自由化に一歩踏み出したのである。規制緩 和によるコスト削減策で国際競争力を備えた企業とのグローバル競争による影響を考慮 し,遅まきながらではあるが,日本市場での規制を緩和し,日系企業の企業体質強化の ためのシステム作りを意図したものと考えられる。

一方で,90年代後半以降,情報通信技術(インターネット等)が一気に進展し市場 に普及して行く。情報通信技術を利用した

e

チケットの導入や航空券のオンライン販 売は,航空企業をグローバルにそしてダイレクトに消費者に近づける効果がある。運賃 規制緩和により価格決定機能を取り戻した航空企業は,情報通信技術という販売チャネ ルの武器を手にすることにより,流通面でも旅行業者に対し競争優位に立ち,顧客の利

────────────

43 川口満『21世紀の航空政策論』成山堂,1996年,175〜177ページを参考。

44 94年国際航空運賃制度改革,98年「日本発国際航空運賃に係わる制度の改正」への一連の流れである。

詳細は小林弘二編著『変化する旅行ビジネス』文理閣,2003年,57〜69ページ。

45 消費者が公示価格で航空企業や旅行業者から自由に購入できる個人割引運賃である。航空各社の判断に よってIATAペックス運賃を上限に70% 割引まで可能になった。価格設定次第では,格安航空券の運 賃レベルにまで安価にできるようになった。

46 長谷政弘編著(1997)『観光学辞典』同文舘,1997年。147ページ。

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

240(1110

(15)

便性を高めるとともに,焦眉の急であったコスト削

47

減も可能になったのである。このよ うに,98年の国際航空運賃規制緩和を境に,日本における従来の旅行ビジネス構造が 大きく崩れてきたのである。そして,その後数年間航空政策上大きな進展はなかった が,07年,自由化に向けて航空政策が大きく動き出した。

2.2007

年,「アジア・ゲートウェイ構想」を受けての航空政策の転換と旅行業ビジネス

2007

年,世界の航空需要の約

6

割を占めるといわれる米国・EU間の航空自由化締結 の流

48

れを受け,やっと日本政府も航空自由化に向け政策の転換を図る方向性を打ち出し た。

2007

5

16

日,首相官

49

邸はアジア・ゲートウェイ戦略会議を開催し,日本が魅力 ある国となるために必要な政策を実現するための構想である「アジア・ゲートウェイ構 想」を発表した。最重要項目の第一番目に「航空自由化(アジア・オープンスカイ)」

に向けた航空政策の転換を明記した。アジア・ゲートウェイ構想を受け,一気に航空規 制緩和が動き出す。

2007

年に国土交通省は外国籍航空企業の地方空港への路線開設や増便等を原則自由 化した。続いて

2008

1

28

日,日本発国際航空運賃に係る制度改正を行い,2008

4

1

日より

IATA・PEX

運賃の下方

70% に設定していたゾーンの撤廃を航空各社

に通知し

50

た。ここで,国際航空運賃の特別運賃の制度面での自由化が実現したのであ る。この

2

つの規制が撤廃されたことにより,外資系

LCC(Low Cost Carrier=格安航

空企

51

業)の日本の地方空港への参入を容易にし,利用者利便の向上と航空企業間の競争 の促進が可能となった。

さらに

2009

年に入り国土交通省航空局国際課と航空事業課が,航空各社に対しビジ ネスクラスの割引運賃の下限廃止を通知した。また,ファーストクラスについても,こ れまではビジネスクラスの運賃を目安としてきたが,目安の設定を撤廃し

52

た。

2010

10

月,国土交通省航空局は,航空企業が需要動向に応じて機動的に運賃の設定や変更がで きるように国際航空運賃を上限認可制へ移行すると発表。これまで,包括旅行運賃(IT

────────────

47 航空券販売に対する販売代理手数料であるコミッションがカットされる。

48 自由化のポイントは2つ。米国とEU各国が締結している2国間協定のEUへの一本化と協定相手国の 航空企業だけに独占的な路線運航を認めている国籍条項の撤廃である。EUは,米国に続き日本やアジ ア諸国等との協定見直し交渉を本格化する構えである。

49 安倍晋三内閣。

50 日本発国際航空運賃に係る制度の改正について。(国土交通省ホームページ,平成20128日)

http : //www.mlit.go.jp/kisha/kisha08/12/120128_2_.html

51 効率化の向上によって低い費用を実現し,低価格かつサービスが簡素化された航空輸送サービスを提供 する航空機企業。米国サウスウエスト航空,アイルランドのライアン・エアー等が有名である。

52 トラベルビジョン2009219日掲載記事を引用。

http : //www.travelvision.jp/modules/news1/article.php?storyid=39899

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1111)241

(16)

運賃)以外の公示運賃は運賃レベルを変更するごとに認可を受ける必要があったが,今 後は,上限の範囲内であれば需要動向に応じて自由に運賃設定ができるようになる。こ れによって,日本の国際航空運賃は,制度面及び運用面でも自由化に踏み出したのであ

53

る。

また,旅行業者が望んでいた包括旅行チャーター規

54

制も大幅に緩和された。具体的に は①個札販売の拡大(個人客に対する宿泊を伴わない航空券のみの販売を認める範囲を 拡大)②第

3

国の航空企業を利用した国際チャーター便の促進③成田空港での国際チャ ーター便の促進の

3

点である。チャーター規制緩和の背景には,競争激化による航空企 業の経営戦略の変化が考えられる。利益率の低い観光路線を縮小し,利益率の高いビジ ネス路線へのシフトである。政府は,定期便で減少した観光路線に対し,観光需要に対 応するための代替輸送手段としてチャーター便の積極活用を可能とした規制緩和を行っ たのである。チャーター便に対する規制緩和により,旅行業者がコスト面や機材調達の 可能性を考慮したうえで,幅広い航空企業の中から運航機材を調達できるようになっ た。選択肢を広げることでチャーターの実現可能性が向上したということである。同時 に,多少のリスクは伴うもの

55

の定期航空路線に限定されない消費者需要に応じたデステ ィネーション(観光地域)への商品造成が可能になる。今回の規制緩和は,おそらく今 後,中長期的には定期便はビジネス需要が中心となり,観光需要はチャーター便で,と いう大きな流れの布石となるであろ

56

う。

以上のように,国際観光ビジネスの基盤をなす航空政策の転換によって,旅行ビジネ ス構造も大きく変化することになった。これまでの,旅行業者と航空企業が一心同体と なって,右肩上がりの成長市場の中で規制による生産者優位を前提に培ってきた「数の 論理」の追求に重点をおいた共生的ビジネス構造が成り立たなくなったということであ る。すなわち,航空企業と旅行業者の利害が相反する競争的ビジネス環境である。そこ では,航空企業と旅行業者は互いに数を求めて依存し合う関係ではなく,互いのビジネ ス特性を活かしながら旅行需要喚起という目的のために,消費者視点に立脚した創造的 な競争を行って行く必要がある。特に旅行業者においては,コミッション依存型のビジ ネスが成り立ち難くなったいま,自らリスクを取り,消費者視点に立脚した商品造成機 能の充実が求められるのである。

────────────

53 2010917日,国土交通省航空局が発表。1012日までパブリックコメントを募集し,1031 日以降に申請された運賃から適用された。

54 定期便ではなくチャーター便を利用してパッケージ・ツアーを造成するための規制が大幅に緩和され た。この規制緩和により,定期便に頼らないで消費者視点に立った商品造りが可能となった。一方で,

チャーターに伴うリスクは発生する。

55 チャーター便を利用した旅行商品造成は,預かり在庫(アロットメント・ブロック)というリスクの伴 わない座席調達ができず,チャーター便を座席ごと買い取るというリスクが伴う。

56 トラベルビジョン20081212日掲載記事を引用。

http : //www.travelvision.jp/modules/news1/article.php?storyid=39205 同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

242(1112

(17)

次に,日本の航空政策の変化が韓国旅行ビジネスに及ぼす影響について,現象面を中 心に考察してみよう。

3.日本の航空政策の変化が韓国旅行ビジネスに及ぼす影響

(1)積極的な日本市場への参入を計画する韓国

LCC(格安航空企業)

アジア・オープンスカイに向けた自由化の流れを受け,2007年

8

月,国土交通省は 日本,韓国航空当局者協議において,日本の首都圏を除いた乗り入れ地点,及び便数制 限の撤廃に合意し,日本で初めて航空自由化が実現したことを発表し

57

た。その後,2008 年以降の国際航空運賃自由化やチャーター規制の大幅な緩和により,韓国の航空企業,

取り分け

LCC(格安航空企

58

業)の日本市場への積極的な参入計画が相次いだ。例えば,

2010

2

月当時の状況では,済州航空は,仁川/関西空港線(週

7

往復),金浦/関西 空港線(週

7

往復),仁川/北九州線(週

3

往復)を運行していたが,2010年

3

28

日から金浦/中部空港線(週

7

往復)を就航予定。エア釜山は,3月

29

日から釜山/

福岡間に週

7

便でチャーター便を運航予定のほか,4月

26

日から釜山/関西空港線

(週

7

往復)も開設。また大韓航空の子会社ジン・エアは,3月中に日本路線を計画。

また,イースター航空も

09

12

31

日に仁川/高知間のチャーター便を就航。2010 年

1

15

日から仁川/新千歳線に

15

往復でチャーター便を運航開始したのを始め,3 月には高知へ往復

2

便等チャーター便を計

59

画等である。

(2)日本人アウトバウンド旅行者のハブ空港の役割を担う韓国・仁川国際空港

このような韓国航空企業の積極的な日本市場への参入を背景に,いまや韓国仁川国際 空港が首都圏を除く日本人アウトバウンド旅行者の「ハブ空港」といわれるようになっ た。

ハブ空港とは航空輸送等で多数の地点を効率よく結ぶための「ハブ&スポーク」方式 に由来している。需要の少ない空港も含めすべての空港同士を直行便で結ぼうとする と,効率の悪い路線が出る。そこで,乗り継ぎ拠点となる空港を設け,拠点空港と各空 港を結べば,最小限の路線で各地点を結ぶことが可能となる。これを図示すると自転車 の車輪に似ているため,中心となる空港をハブ,ハブと各地を結ぶ路線をスポークに例 えてこの名称がついた。現在,機能や現象面で捉えると,日本人のアウトバウンド旅行

────────────

57 今回の合意はアジア・ゲートウェイ構想に基づく航空自由化を初めて実現したものである。(国土交通 省ホームページニュースリリース,200783日)以降,韓国に続き,201210月現在,香港,マ カオ,タイ,ベトナム,マレーシア,シンガポール,スリランカ,アメリカ,カナダ,ブルネイ,中華 民国(台湾),イギリス,ニュージーランド,フィンランド,フランス,オランダ,スカンジナビア三 国(デンマーク,スウェーデン,ノルウェー)とオープンスカイ協定を締結している。

58 済州航空,エア釜山,ジン・エア,イースター等である。

59 これらの航空企業の就航,就航計画については,各社ホームページや日本政府観光局(JNTO)ソウル 事務所が201025日に開催した「第7JNTOインバウンド旅行振興フォーラム」での現状説明 によるものである。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1113)243

(18)

者のハブ空港の役割を担っているのは,韓国仁川国際空

60

港といわれている。事実,仁川 空港は,日本の

26

空港と路線を結び,世界の

127

都市の空港と路線を持

61

つ。一方,日 本最大の国際空港である成田国際空港は,国内

8

路線,世界

93

都市に止まっている。

航空不況により大手航空企業の観光路線からの撤退も相次いでいる。日本航空をはじめ とする日本の既存の航空企業の相次ぐ地方都市からの撤退や観光路線からの撤退は,観 光による地域振興を目指している地方都市にとっても大きな痛手である。すなわち,日 本のアウトバウンド需要,インバウンド需要双方にとって,韓国を中心とする外国系航 空企業が大きな役割を担うことになる。韓国航空企業の日本市場への参入は,日本のア ウトバウンド旅行者の輸送手段となるばかりではなく,韓国の訪日旅行者の輸送手段と もなる。

このように,日本の航空政策の変化が,これまでに無い双方向の交流型旅行ビジネス の創造を可能にする。新規需要創設のためにも,日本の旅行業者,韓国の旅行業者,韓 国航空企業が一体となってツーウェイでのチャーター便利用の旅行商品の開発が求めら れるのである。

Ⅵ お わ り に

これまで見てきたように,日本の国際観光を取巻く環境変化が,閉鎖的で一方向的で あった日本の従来の旅行ビジネス構造を変化させるとともに,最大の交流相手国である 韓国の旅行ビジネスにも少なからぬ影響を及ぼしていることがわかる。グローバル化が 進展する中,今後の旅行業ビジネス(国際観光に関わる)は,一方向型のビジネスでは 通用し難く,双方向型のツーウェイ・ツーリズム型ビジネスが有効であると考えられ る。伸長著しいアジア地域における旅行需要を取り込み,顕在化させるためには,まず は東アジア地域での最大の国際観光交流国である日本と韓国の旅行企業がツーウェイ・

ツーリズム型ビジネスモデルを構築し,さらに第

3

国である中国等に拡大させてゆくこ とが有効であろう。

そしてツーウェイ・ツーリズム型ビジネスをさらに発展させるためには,航空政策や 観光政策という国際観光ビジネスの基盤となるような国の政策を所与のものとして受動 的にビジネスに反映させるだけでなく,積極的に両国の旅行市場が活性化する方向に双 方から働きかける必要があるのではないか。消費者視点に立脚した両国旅行企業による 積極的な政策提言が,アジア地域全体の旅行需要の喚起を促し,潜在的旅行需要が顕在

────────────

60 報道各紙によると,20091012日,前原国土交通大臣は大阪府知事橋本徹氏との会談後「日本に はいまハブ空港が存在しない。成田が国際,羽田が国内と分かれ,日本のハブ空港は韓国の仁川国際空 港になっている」と述べている。

61 20101月現在。

同志社商学 第64巻 第6号(2013年3月)

244(1114

(19)

化しさらなる交流が広がり,それぞれの地域の活性化につながるように考えられるので ある。

末筆で誠に恐縮であるが,太田進一先生からは,大学院時代を通じてビジネスにおけ る諸課題に関して,どのような視点で捉え分析し,政策提起し,課題解決につなげて行 くかということを折に触れ,繰り返しご指導していただいた。先生の古希祝賀記念号と なる本号に寄稿できたことをうれしく思うと同時に深く感謝申し上げる次第である。あ りがとうございました。

参考文献

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長谷政弘編著(1997)『観光学辞典』同文舘。

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川口満(2000)『現代航空政策論』成山堂書店。

韓国観光公社(2007)『2006,韓国観光統計』

小林弘二(2007)『旅行ビジネスの本質』晃洋書房。

小林弘二編著(2009)『新版変化する旅行ビジネス』文理閣。

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国土交通省編『国土交通白書』財務省印刷局,関係各年。

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総務庁編(1998)『規制緩和白書』。

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東洋経済日報社編(2005)『韓国企業年鑑』東洋経済日報社。

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山上徹(2004)『国際観光論』白桃書房。

わが国の国際観光の動向と旅行業ビジネスの方向性(小林) 1115)245

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