高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 : 歴史的展開から考える
著者 郭 芳
雑誌名 評論・社会科学
号 130
ページ 23‑43
発行年 2019‑09‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000399
要約:高齢者のニーズが変化していくなかで,高齢者に対するサービス供給システムの諸 要素およびその構造も変化していく。本稿の目的は,時代の変化に伴う高齢者ニーズの変 貌のなかでの高齢者福祉サービス供給の発展経路を考察することを通して,その特徴を明 らかにすることである。具体的には,サービス提供の責任主体,供給主体,サービス提供 に直接関わる諸要素(提供内容や提供方式,費用負担),利用者の4つの視点から検討を行 った。そして,地域包括ケアシステムの構築が課題となっている今日において,新たな局 面を迎えている高齢者福祉サービス供給システムが直面する課題を提示した。それは,基 盤を失っていった家族と地域を提供主体として再活用するには,その具体的な支援策を同 時に打ち出さなければならないことである。
キーワード:高齢者,サービス供給,発展経路,地域包括ケアシステム
目次 1.はじめに
2.社会福祉サービス供給システム
3.老人福祉法における高齢者福祉政策とサービス供給 4.「福祉見直し」における高齢者福祉サービス供給
4-1.「福祉見直し」による「費用負担問題」の提起 4-2.「日本型福祉社会」論の登場と在宅福祉サービスの展開 4-3.「福祉見直し」によるサービス供給の変化
5.多元的高齢者福祉サービス供給システム 5-1.供給主体の多元化と参加型福祉社会論 5-2.社会福祉供給システムのパラダイムの提起 5-3.供給主体の多様化によるサービス供給の変化 6.介護保険制度における高齢者福祉サービス供給
6-1.措置制度の限界と介護保険
6-2.介護保険によるサービス供給構造の変化
7.介護保険の財政問題と今後のサービス供給システムの構築 7-1.拡大されつつある介護保険給付
7-2.地域包括ケア時代のサービス供給システム 8.おわりに
────────────
†同志社大学社会学部助教
*2019年6月21日受付,2019年7月22日掲載決定
論文
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴
──歴史的展開から考える──
郭 芳
†23
1.はじめに
1960
年代後半まで日本の高齢化率は5% 前後で推移してきたが,1970
年には7% に
達し,1995年には14.6% となり,高齢社会の入り口に到達した。2017
年10
月現在,65
歳以上人口は3515
万人,総人口に占める割合は27.7% である(平成 30
年版高齢社 会白書)。平均寿命は男性81.09
年,女性87.26
年となっている(厚生労働省平成29
年 簡易生命表)。日本は,世界で最も高齢化が進行した超高齢社会となったが,やがて誰 もが100
歳程度まで生きる「人生100
年」時代が到来するともいわれている。長寿は,人類の勝利であるとともに新たな課題を生み出している。そして,長寿とその課題に対 応した介護システムの構築をしなければならないという意味で,先頭を走っているのが 日本である。今大きな転換期を迎えている日本が,社会変動のなかで,その状況を明確 にし,かつ,これからの福祉政策の選択を的確に行うには,日本の高齢者福祉政策と,
高齢者福祉サービス供給の特質を把握することが必要になると考えられる。
日本社会は,戦後復興の時期から高度経済成長を経て,その後の経済停滞,少子高齢 化,家族構造の変動などの社会変動の影響を受け続けてきた。このような背景のなか,
人口構造,家族構造,高齢化率の変化とともに高齢者の健康,医療,介護へのニーズが 高まり続けている。高齢者のニーズが変化していくなかで,それに相応するサービスが 課題となっているが,さらにその根底に必要となる社会福祉の供給システムの開発が求 められる。高齢者福祉政策はその時々の高齢者の課題に焦点を移しつつ,理念や制度の 原理にも及ぶ変化を経験しているが,これらの変化に伴い,高齢者に対するサービス供 給システムの諸要素およびその構造も変化していく。
本稿では,高齢者福祉の政策動向を通して,高齢者福祉サービス供給システムの発展 経路および構造変化を考察し,その特徴を明らかにする。そのうえで今後の高齢者福祉 サービス供給システム再編の課題を提示したい。
2.社会福祉サービス供給システム
福祉サービスの提供には,誰が(提供主体),誰に(対象),何を(サービス),どれ だけ(提供量),どのようにして(給付形態),という要素が絡んでいる。そうした要素 でできあがる福祉サービス提供の仕組みを,「福祉供給システム」とよぶ。「提供」は福 祉サービスを利用者に届ける部分,福祉の「供給」は法制度の構成や財源の問題など基 底的な領域を含めた全体のシステムを指している(坂田
2014 : 65)。社会福祉の供給組
織あるいは供給システムの論議は,1973年ごろから日本の社会福祉の計画,経営論の高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 24
研究の中から始められたものであった。その内容は,福祉ニーズとニーズ充足に必要な 方法,手段(サービス)の検討という従来の社会福祉研究の枠を越えて,このサービス の提供と,サービスに必要な資源の調達・配分をいかに行うかという課題を取り扱うも のであった(三浦
1983)。
戦後
50
年の日本の社会福祉の骨格を作ってきた社会福祉サービスの提供を公的な関 与と規制によって実施してきたのが措置制度である。社会福祉の援助は,財源調達から 援助の提供にいたるまで,政府(行政)が直接的に実施する責任を負うべきであるとい う考え方が強調されてきた。中央,地方の政府が福祉施設を設置する場合と社会福祉法 人という民間の特別な法人に委託する場合があるが,権限・組織・資金からなる全体シ ステムは政府の一元的な管理の下におかれていた。しかし,福祉サービスの提供を担当 する者と,それに必要な資金を提供する者が一体になっている場合だけでなく,分離し ている場合もある。また,財やサービスを提供する者には,公的機関もあれば非営利,営利の民間機関もあり,資金提供は公的資金もあれば民間資金もある。そこで,福祉サ ービス供給システムのバリエーションが増える。
社会福祉供給システムを分析しようとすると,その構成要素を明らかにしなければな らない。高田(1981 : 4)は「供給システムには三つの主体が関与している。すなわち,
供給者としての『政策主体』,受け手あるいは参加者としての『住民』(クライエント)
であり,そして両者の間にあってサービスとニードを調整する『実践主体』である」と 主張している。高齢者福祉に当てはめると,図
1
のようになる。その主要なものとして①サービス提供のための財源の調達方式や責任主体,②サービスの提供主体(供給機 関),さらに③サービスの直接の提供に関する提供内容(サービスの種類)や提供方式,
サービス提供に伴う費用負担,最後に④利用者など,をあげることができる。本稿で は,この
4
つの視点から,時代変化,高齢者ニーズの変貌のなかでの高齢者福祉サービ スの供給システムの構造変化を明らかにしたい。図1 サービス供給システムの構成要素 出所:高田(1981)p4参考して筆者作成
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 25
3.老人福祉法における高齢者福祉政策とサービス供給
ここでは,社会福祉供給システム概念が登場する以前の高齢者福祉サービスの供給は どのような形であったかを検討したい。政策転換にはそれ以前との変化の連続性がある し,その転換の理由の所在は,当然,転換以前の状況にあるからである。
戦後すぐの高齢者福祉政策は救貧制度のもとで高齢者の救済を行っていた。高齢者福 祉は独立した領域ではなく新旧生活保護法に位置付けられていた。生活保護のなかで営 まれる高齢者政策というのは,当然貧困層高齢者に限定され,その生活扶助を行うこと になる。
生活保護の枠内で行われていた高齢者福祉政策を独立させたのは
1963
年に制定され た老人福祉法である。この法律は,それまでの地方公共団体や民間で行っていた高齢者 施策をまとめ,法律的に体系づけたという意味をもっている。高齢者福祉政策の内容を 具体的に述べると,老人福祉法に福祉施設として規定されている老人ホームは,養護老 人ホーム,特別養護老人ホーム,軽費老人ホームの3
種類であった。養護老人ホームと 特別養護老人ホームは,措置権者(「都道府県知事・市町村及び福祉事務所を管理する 町村長」)の措置に基づいて入所する施設である。軽費老人ホームは先の2
つの施設と は違って,これへの入居は公的機関の措置に基づいてではなく,入所希望者がホームの 経営主体と直接契約を結んで入所する施設である。しかし,自由な契約に基づいている とはいえ,対象者は低所得者に限られており,経済的要件が付されているといってよ い。また,老人福祉法にはこのほかに,福祉施設ではないが,一般の有料老人ホームに 関する若干の規定がある。一方,在宅サービスについては,家庭奉仕員派遣制度による国庫補助事業としての
「老人家庭奉仕員派遣事業」がある。サービスの対象は「要保護老人世帯」に限定され ていたが,その後,対象が拡大され,「低所得家庭」となった。この家庭奉仕員派遣制
度は,国
3
分の1,都道府県 3
分の1,市町村 3
分の1
の出費により,市町村,または市町村が委託した社会福祉法人(主に社会福祉協議会)などが主体となり事業を運営し た。
さて,老人福祉法によって,高齢者福祉サービス,特に介護サービスの供給はどのよ うになっていたか,図
2
のように整理できる。①この時期のサービス供給の財源は国・自治体の一般財源による公共的福祉供給であった。②提供主体については,日本では,
家族制度のもとに,介護は家族が行うもの,とくに妻,嫁,娘等女性の仕事としてとら えられてきた。高齢者の介護は基本的に,子どもや親族との同居によって介護者を確保 していた。日本は高齢化社会に
1970
年頃から足を踏み入れたが,介護をめぐる上記の高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 26
社会福祉施策をみると,一つには,施設サービスにおける,日常生活上,常時の介護を 要することを入所要件とする特別養護老人ホームと所得制限付き(生活保護世帯もしく は低所得高齢者)の養護老人ホーム,二つには,在宅サービスにおける,所得制限付き の家庭奉仕員(ホームヘルパー)派遣があげられる。また,数はわずかであったが,あ る程度の収入があり生活保護法の適用外であったため,養老施設を利用できないでいた 高齢者が利用できる有料老人ホームもあった。その運営主体は「財団法人」が約
4
割で 最も多く,営利法人を含む「私人」は約3
割となっていた(石田2018 : 21)。
③提供方式については,上で述べたように,養護老人ホーム,特別養護老人ホームへ の入所に先立って,対象者の意思のみならず,対象者が養護にかけていて入所を要する 状態であるかどうかを公的機関が判断するシステムになっていた(三浦・忍
1983)。ホ
ームヘルパー派遣の申請も措置権者である市町村が措置決定を行った。また,④利用者 は低所得高齢者や寝たきり高齢者に限定している。老人福祉法が定められた当初は,平均寿命も高齢化率も低い状況であった。要介護高 齢者は基本的に家族が世話をしていた。老人福祉法によるサービス供給において,施設 サービスの利用者は低所得高齢者や寝たきり高齢者に限定され,在宅高齢者対策も低所 得高齢者世帯のみに適用されていた。つまり,この時期の福祉サービスの供給は「低所 得層の利用する公的サービス」と「高所得層の利用する有料老人ホーム」という形で の,階層ごとにサービス利用の分断が生じているという問題があった。
4.「福祉見直し」における高齢者福祉サービス供給
4-1.「福祉見直し」による「費用負担問題」の提起
上で述べたように,日本は高度経済成長の時代を向かえ,高齢者福祉の面では,従来
図2 老人福祉法におけるサービス供給 出所:筆者作成
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 27
の生活保護中心の政策からの転換がはかられ,すべての高齢者を対象とした老人福祉法 が制定された。のち,在宅の寝たきり高齢者などに介護サービスを提供する老人家庭奉 仕員も制度化された。この時期に,国・地方自治体の双方において,さまざまな新しい 事業やサービスが行われるようになっている。1970年に「社会福祉施設の緊急整備に ついて」という答申が出され,老人ホーム,とくに特別養護老人ホームの建設が促進さ れた。また老人福祉法の改正による高齢者医療費公費負担制度が
1973
年に導入され,これによって高齢者福祉費は大幅に増加することになった。こうしてこまごまと進めら れた高齢者政策をはじめ,「老人医療無料化」の実施や社会福祉関連諸政策の改善,社 会保障関係費の急増も合わせて,1973年は「福祉元年」と称されるようになった。
1970
年代後半には,高齢者対象のショートステイ事業(1978年)やデイサービス事業(1979年)も始まった。
しかし,国民に夢を与えた「福祉元年」は,1973年秋のオイルショックの勃発とと もに暗転した。1975年以降になると,一方において高齢者の福祉ニーズは拡がりなが らも,経済の高度成長とそれに伴って生まれた比較的潤沢な財政状況は一転して悪化 し,きびしい財政のもとで高齢者福祉運営が図られなければならない時期に入った。そ こで,日本の社会福祉は「福祉見直し」の時代を迎えることになった。
政府による福祉の見直しは高齢者福祉のさまざまな面で現れている。例えば,政府予 算において老人医療無料化は毎年見直しの焦点となった。1980年の老人ホームの費用 徴収制度の改定では,利用者本人からの費用徴収額が措置費支弁額(月
24
万円)にみ たない場合には(大半の入所者がそうであったが),その扶養義務者からも利用料を徴 収する方式が導入された。その後,改定のたびに老人ホーム利用者からの費用徴収は強 化されていった(伊藤2002 : 4)。1982
年老人保健法が成立し,翌1983
年より老人医療 無料化制度は有料化されるとともに,70歳以上高齢者の診療制限が厳しくなり,病弱 高齢者を病院からしめ出すこととなった。家庭奉仕員派遣事業については,1982年の 派遣事業運営要綱の改定で,ヘルパーの派遣対象が,生活保護世帯,所得税非課税世帯 から所得税課税世帯に拡大されたのに伴い,課税世帯に対して有料制が導入された。こ のように,悪化する財政状況を緩和するために,利用者の費用負担問題が提起されるよ うになった。4-2.「日本型福祉社会」論の登場と在宅福祉サービスの展開
福祉の見直しの時代を迎えた日本では,かねてから,革新的な自治体を中心とした地 方自治体による社会福祉政策の拡大に批判的であった政府,与党は,「バラマキ福祉」
と拡充した福祉政策を批判した。そこで,日本の社会福祉政策は,1970年代までの先 進諸国に対する「キャッチアップ型志向」から脱却し,高福祉高負担型の北欧型の福祉
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 28
国家を否定的に捉え,個人や家族の自助努力と近隣・地域社会の連帯を強調する,老親 などの介護も家族責任とされた「日本型福祉社会」論が政府によって打ち出された。
日本型福祉社会論の福祉政策については,肯定・否定を含めて多くの議論がなされ た。君島(1997)は「日本型福祉社会論の登場は,不況下の財源不足のなかで,高齢化 の深刻さ(否定的な意味での)を増長しつつ,自助,つまり自衛・自前の福祉を推奨す る面において,その時代の特殊性を見ることもできる」と評価した。一方,自助を強調 するこの構想を批判する議論もいくつか挙げられる。例えば,松井(1985 : 107)は
「高度成長による生活構造の大きな変化によって伝統的な血縁的・地縁的関係は解体さ れ,今日では,私的・個人的な対応によって生活困難を解消できる余力はほとんど失わ れてしまっている。 自助の原則 はほぼ完全に崩壊してしまった」,「行財政改革の下 で,日本型福祉社会論は福祉削減によって自助努力を刺激する事を企てる」と指摘し た。また,古川らは「この日本型福祉社会論は,『簡素な,効率のよい政府』による社 会保障や社会福祉の限界を既に実態的な基盤を喪失しつつあった伝統的家族や地域共同 体の理念によって補完しようとする転倒した提言であった」(古川・庄司・定藤
1993 : 121)と批判した。
日本型福祉社会論に基づく政策が本格的に展開されていくなか,家族介護がその基盤 を失っていたにもかかわらず,長期化,重度化していく高齢者介護を家族に担わせてき た高齢者福祉政策の歪みは,高齢者の虐待,介護疲れによる殺人や心中など,「介護地 獄」とまで言われる悲惨な状況を生み出した(伊藤
2002)。1980
年代半ばごろになる と,政府の側でも,家族介護への依存に限界があることが認識されるようになり,「日 本型福祉社会」という言葉はあまり用いられなくなった。財政的逼迫を背景に,政府は地方自治体がその単独事業として先鞭をつけてきた高齢 者に対する在宅福祉施策を安上がりの福祉施策として位置づけた(古川
1992)が,公
的福祉の削減を目指し,自助(家庭,地域社会の機能)が強調される日本型福祉社会は この在宅福祉サービスを前面に大きく押し出した(井岡1983 : 318)。これについて,
国の主な文書をみてみたい。
たとえば,1981年
12
月,中央社会福祉審議会は「当面の在宅福祉対策のあり方につ いて」(意見具申)を発表し,「居宅処遇原則」優先,利用者負担制の導入などを提示し た。1982年に全国社会福祉協議会が公表した「在宅福祉サービスの戦略」報告書にお いて,社会福祉の供給システムという考え方が提起された(高橋1995 a)。それまでの
施設福祉を中心とした社会福祉サービスは,公的責任によって実施されるべきものとし て想定されており,そのサービス提供は,地方公共団体や社会福祉法人の経営する法定 の施設に限定されていた。これに比べ,在宅福祉サービスの場合は提供するサービスの 種類や性格からみて,サービス提供の方式のより多様な形態が予想され,また,その資高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 29
源調達や費用負担のあり方として従来の租税を財源とするだけでない多様な方式が考え られる。そして,80年代最後の年である
1990
年には,前年に策定された高齢者の在宅 保健福祉施策の拡充に関わる「高齢者保健福祉10
か年計画(ゴールドプラン)」の思想 を継承し,社会福祉の施設福祉型から在宅福祉型への移行を法的に確認することになる 福祉八法改正が実施された。4-3.「福祉見直し」によるサービス供給の変化
このように,福祉ニーズの増大に対して,一方では,財政状況の悪化により,人々に 受益と能力に応じて負担することを求めながら,他方では,福祉サービスの種類の施設 サービスから在宅サービスへの転換及びその供給について,可能な限り官民の役割分 担,財政金融の活用を図りつつ,それを民間福祉に移すことを企てた。種類が多くなっ た高齢者福祉サービスはどのように提供され,高齢者はどのように利用され,それぞれ のサービス供給の利用状況はどのようであったか,図
3
のように整理できる。福祉見直しによって,日本の社会福祉供給には大幅な制度改革がもたらされた。高齢 者福祉の領域については,そのほとんどすべての権限が市区町村に委譲された(古川
1997)。在宅福祉サービスの供給を中心に市区町村の比重は著しく増大させられた。こ
の時期の社会福祉は,かつての国や都道府県による集権的で,施設中心的なものから 徐々に,地方自治体による施策運営と在宅生活を重視する地域福祉型社会福祉へ移行し つつあった。いわゆる,80年代の福祉の「分権化」と「地域化」である。そのため,供給システムにおける①責任主体(政策主体)は国から地方自治体になりつつあったと いえよう。
図3 福祉見直し時代のサービス供給
(注)費用負担について,ホームヘルプの場合,課税世帯費用負担が必要。
ショートステイの場合,飲食物の費用負担が必要。デイサービスの場合,材料の費用負担が必要。
出所:筆者作成
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 30
②提供主体については,a. 1990年,「ゴールドプラン」の一層の推進を図るため,在 宅福祉サービスの法定化を行い,都道府県から住民に最も身近な市町村に,特別養護老 人ホームと養護老人ホームへの入所決定権などをはじめとする権限や責任を移した。ま た,老人ホームの費用徴収の改定により,所得に応じる応能負担を採用した。b. 1963 年の老人福祉法に定められた老人家庭奉仕員派遣事業は,1982年になると,所得税課 税世帯にたいしても有料で派遣できるようになった。従来,実施主体である市町村がホ ームヘルプサービス事業を委託することができたのは社会福祉協議会だけであったが,
1989
年から委託先が特別養護老人ホームや民間事業者へも拡大された(「民間事業者に よる在宅介護サービス及び在宅入浴サービスガイドライン」(1988年))。c. 1978年に 開始されたショートステイ事業は,介護者の病気や出産などの社会的理由が利用条件で あったが,1985年に,介護者の旅行などの私的理由でも利用できるように条件を緩和 した。当時,その利用料は社会的理由では飲食物費相当額,私的理由では全額自己負担 であった(笠原2014 : 80)。d.デイサービスについては,1979
年に通所サービス事業 が始まり,1981年には訪問サービス事業が始まった。これら通所サービス事業と訪問 サービス事業が統合して,1986年に老人デイサービス事業となった。e. 1970年代後半 から「シルバー産業」が注目されはじめた。1981年6
月に厚生労働省社会局長の諮問 機関である有料老人ホーム問題懇談会がとりまとめた「有料老人ホームの健全育成と利 用者保護に関する当面の改善方策について」では,有料老人ホームの健全育成と入居者 保護のための対策を提言した。③サービスの提供方式は,以前と同様に有料老人ホーム以外,「行政措置」である。
ただし,措置権者が国・都道府県から市町村に変わったことは大きな特徴である。④サ ービスの利用者は低所得層の高齢者限定から介護ニーズのあるすべての高齢者に変わり つつあった。高齢者福祉の発展方向,経済的要件によって予めサービス対象者を経済的 立場で規定する「選別主義」的福祉サービスから,経済的要件にかかわりなく,福祉ニ ーズに応じたサービスの提供を図る「普遍主義」的福祉サービスへの転換ということで あろう。
老人福祉法時代のサービス供給と大きく異なるところは,高齢者から提供主体への費 用負担が生じるようになったことと,在宅福祉サービスが増えていることの二つであ る。費用負担という点では,原則無料・低額から有料化,応能負担になりつつあった。
在宅福祉サービスについては,この時期には,老人福祉法時代の「家族介護優先」原則 に基づく政策の限界が明らかになり,在宅サービスの拡充が始まり,次第にこの原則 は,「家族介護支援」原則に取って代わられることになった(平岡
1998 : 390-391)。そ
のため,この時期には家族は主な提供主体として強調されなかった。高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 31
5.多元的高齢者福祉サービス供給システム
5-1.供給主体の多元化と参加型福祉社会論
高齢化社会の到来は,購買力のある高齢者層の増加にみられるように,幅広い層の高 齢者を生み出し,多様なニーズを生み出した。併せて,家族の養育・介護機能は低下す る傾向にあったため,かならずしも従来のような公的サービスにのみ頼るのではなく,
有料老人ホーム等のように,自分のニーズに合ったサービスであれば,自己負担であっ ても民間の有料サービスを利用したいという意識へと変化してきていた(古川
1992 : 184)。これに対応して,公共的福祉サービス提供主体以外の提供主体が登場した。
福祉供給システムの多元化は,いくつかの自治体と民間における独創的な試みから始 まった。その一つは当時注目を集めた武蔵野福祉公社である。武蔵野福祉公社は,運 営・管理への公費補助,資産活用,そして有償サービスという仕組みをもって誕生し,
全国に大きな影響を与えるとともに,類似した新しいサービス供給システムを生み出し ていた。もう一つは,住民参加型在宅福祉サービスの主体として代表される社協や生協 などによる非営利有償サービス供給の試みである(山口
1994 : 283)。住民参加による
非営利有償サービスは,1980年代以降,都市近郊地域から生まれ,ホームヘルプサー ビス,食事サービスなどを中心として展開がなされた。90
年代前半,住民参加型在宅福祉サービスは政策的にも福祉サービスの地域化をす すめるための新たな制度的枠組みのなかに位置付けられつつあった。藤村(2000 : 221)は「90年代の参加型福祉社会論は,サービス提供の多様化が具体的な行為主体の存在 としても,その萌芽を見出せたことにより,現実味を帯びた提唱となっているととらえ られる。…80年代の日本型福祉社会論は…国家の撤退そのものに議論の重点があった のと比較して,90年代の参加型福祉社会論は,サービス提供の実施場面に限定された 行為主体の奨励と展開に焦点をしぼった現実的な議論といえる」と指摘している。換言 すると,1990年代には,このようなサービス供給システムの多元化が,「参加型」供給 システムとして,ポスト日本型福祉社会論モデルとしての正当性を付与されたのである
(森川
2015 : 107)。
5-2.社会福祉供給システムのパラダイムの提起
供給主体の多様化は,欧米で福祉多元主義として議論されてきたが,日本でもこの区 分を意識的に取り上げた論議が
1980
年代半ば以降盛んに行なわれるようになった(坂田
2014 : 67)。社会福祉のシステムを供給システム論としてはじめて体系化し,社会福
祉供給システムのパラダイムの提起を行ったのは三浦文夫である。
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 32
三浦によれば,社会福祉供給システムは公共的福祉供給システムと非公共的福祉供給 システムに大別され,前者は「社会福祉ニーズに必要な国または地方公共団体(国)の 責任で供給するもので」「認可をうけた民間社会福祉団体に対して業務を委託すること も認められる」ので,行政型供給組織と認可型供給組織に分けられる。後者は「市場原 理を媒介とするもので,営利を目的とする」市場的供給システムと,「宗教上の目的や 特定の集団目的の他に,愛他主義,総合連帯などの理念にもとづいて非営利的な形で提 供される」参加型供給システムとに分類される(三浦
1987)。
その後,福祉サービスの展開をふまえて,京極高宣は三浦の社会福祉供給システムの 枠組みを修正しつつ,公的福祉などの公共的(法定的)福祉供給システム,ボランティ アなどの自発的(非営利)福祉供給システム,福祉産業などの市場的(営利的)福祉供 給システムに大別し,さらにこれらのタイプを組み合わせたものとして,行政と市民の 協力による福祉公社などの福祉供給組織類型を設定している(京極
1995)。
また,古川は福祉サービスの供給システムをフォーマル部門とインフォーマル部門に 大別した。フォーマル部門は,公設公営型,認可団体型,公民混成型,住民主体型生活 保障システム(供給システム)の
4
通りの生活保障サブシステムに分類された。インフ ォーマル部門の内容は相互支援型生活システムである。これらのシステムのサービス供 給主体は,社会原理部門,市場原理部門,互酬原理部門からなるとして供給システムの パラダイムを整理している(古川1997 : 148-149)。
上記のように,多くの学者がこうした類型論を提起しているが,それぞれ少しずつ観 点が異なるので,定説はできていない。ただし,これらの供給システム論に共通する特 徴は,家族部門が福祉供給システムの類型から除外されている点である。社会政策論で は,福祉供給の主体を,政府・自治体といった公的部門,家族を中心とする非公式部 門,民間営利部門,民間非営利部門の
4
部門,もしくは政府,家族,民間市場の3
部門 に類型化する(武川1991)。しかし,上記の社会福祉供給システム論は家族を除外し
た。それは家族を介護の主体として考慮していなかったということではなく,ただ単に「前提」とされたのである(森川
2015 : 96)。この点は日本のサービス供給システムの
一つの特徴といえよう。5-3.供給主体の多様化によるサービス供給の変化
5-1
で述べたような試みは従来のサービスの提供要件に合致しないニーズに対応する ものとして現れ,新しいサービス供給として社会に認められるようになった。では,「供給主体の多元化」により,高齢者福祉サービス供給システムはどのような影響を受 け,どのような構造になっているかを分析したい(図
4)。
①施設サービスである特別養護老人ホームの設置主体については,社会福祉法人が設
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 33
置できるようになった。また,従来のショートステイとデイサービスについては,1997 年の「民間事業者による日帰り介護事業(デイサービス)指針及び短期入所生活介護事 業(ショートステイ)指針について」により,この事業指針の内容を満たす民間の事業 者に対して,市町村が委託できるようになった。例えば,社会福祉協議会や社会福祉法 人など多様な設置主体が現れた。
②従来のサービスに加え,新しいサービスとして在宅介護支援センターと認知症老人 グループホームが設置された。在宅介護支援センターは,「ゴールドプラン」における デイサービス,ショートステイ,ホームヘルプの各サービスの充実と,これらの在宅福 祉サービスを援助を必要としている人に対して円滑に結び付けていく機能を担うための センターである。その実施主体は市町村とされているが,在宅介護支援センター運営事 業の「実施要綱」では,この事業の運営の全部または一部を適切な事業運営が確保でき ると認められる地方公共団体,社会福祉法人及び医療法人に委託することができるとし ている(六波羅
1994 : 107)。
認知症老人グループホームは,1997年度から実施された痴呆(認知症)対応型老人 協働生活援助事業によって設立された。その設置主体は,当初,特別養護老人ホームな どのバックアップ施設,ボランティア,協力医療機関が中心であったが,1998年から は社会福祉法人と医療法人,2001年 か ら は
NPO
法 人 ま で 広 げ ら れ た(笠 原2014 :
82)。さらに,上で述べたように,80
年代を通じ,社会福祉関連諸立法に依拠する公的ないし公共的福祉サービスの周辺に,福祉公社,当事者組織,相互援助組織,あるいは 協同組合組織を供給主体とする任意的住民参加型在宅福祉サービスが登場した(古川
1992 : 22)。
図4 サービス供給主体の多様化 出所:筆者作成
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 34
③この時期の各種サービスの提供方式として原則措置であるが,福祉公社や住民参加 型の有償サービスは公的サービスとは別建てであり,利用者と提供機関の契約により利 用され,その分の費用負担も生じた。
このように,政策主体がすすめる福祉サービス供給主体の多元化は,公的部門のほか に,公民混合組織(福祉公社,社会福祉法人),認可団体や住民参加型団体などの民間 部門も重要な供給主体として活用する。ただし,家族部門はシステムの提供主体として 取り上げられなかったが,介護の前提としてみなされていた。こうして,諸部門による 多元的なサービス供給の総体として大量のサービス供給が実現されることをもって,拡 大するニーズへの社会的な対応が達成されるという見解が,当時の政策形成の中心にあ った。
6.介護保険制度における高齢者福祉サービス供給
6-1.措置制度の限界と介護保険
措置制度は,政府機関が社会福祉サービスの優先的利用者を決定する行政処分として 制度化された。措置委託優先主義は,事実上,政府を社会福祉サービス利用者に対して は「独占的供給者」,社会福祉サービス供給者に対しては「独占的需要者」としての立 場に立たせる(星野
1995 : 26)。サービス利用者は措置機関を通さなければサービスを
利用できないし,サービス供給者はサービスを措置委託機関に売るしか経営の道がな い。このような措置制度は公的責任を明確にするものという評価があるが,むしろ公的 責任そのものを抑制する防波堤になっているというべきである。また,措置制度と深く結びついている費用負担の構造も大きな問題がある。措置要件 の骨格としては,低所得者のサービス利用を想定したサービスの無料ないし低い費用負 担の仕組みがとられてきた。ところが,サービスニーズの拡大に対応して措置要件から 経済的な要件がはずされるようになって,応能負担の方式が採用されることになった。
その結果,応能負担の仕組みが,その前提となる支払い能力捕捉のおける階層ごとの不 公平によって大きな問題をはらむことになってしまったのである(高橋
1995 b : 68)。
原則として措置制度のもとで提供されていた高齢者福祉サービスは,国とサービス供 給者を含めた供給者本位に形成されており,利用者不在に陥りやすかったのである。
「ゴールドプラン」や「新ゴールドプラン」において提唱された「利用者本位」,「高齢 者の自立支援」,「利用者による選択」という新しい高齢者介護の考え方を現実化するた めには,新たな介護システムが必要になっていた。また,90年代になると,急速な高 齢化は介護という新たな不安を生み,核家族などをはじめとした社会経済状況の変化 は,それを家族や従来のサービスだけで支えることを困難にしていた。そこで,上で述
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 35
べた福祉サービスの多元化という構造が生み出された。そして,高齢者の希望を尊重 し,尊厳をもって生活できるように,介護サービスを社会全体で支える介護保険制度が 登場した。
介護保険法成立後は,老人福祉法第
10
条に「身体上又は精神上の障害があるために 日常生活を営むのに支障がある老人の介護等に関する措置については,この法律に定め るもののほか,介護保険法の定めるところによる」と定められている。つまり,要介護 高齢者へのサービス提供は,大部分が介護保険制度へ移行され,やむを得ない理由で介 護保険制度を利用することができない場合のみ,老人福祉法において入所の措置をとる 仕組みに変化した。6-2.介護保険によるサービス供給構造の変化
介護の社会化を主張する介護保険制度は公共性を前提にした社会福祉サービスの制度 化の方向を解体し,介護サービスの市場化と供給主体の民営化・営利化を促しながら,
「個人への費用助成方式の導入」を図るものであった(岡崎
2005)。このようなサービ
ス供給主体の規制緩和とサービス利用者個人への費用補助の並行策は,介護の領域にと どまるわけではなく,社会福祉制度全体に導入された。社会福祉基礎構造改革(以下,基礎構造改革)がそれであり,2000年の社会福祉事 業法の改正により具体化された。基礎構造改革は措置制度から「契約による利用制度」
へ,すなわち「個人がサービスを選択し,それを提供者との契約により利用する制度を 基本とし,その費用に対しては,提供されたサービスの内容に応じ,利用者に着目した 公的助成を行う」(1998年「社会福祉基礎構造改革について(中間まとめ)」)制度に転 換すべきだとしている。「基礎構造改革のねらいは,福祉サービスの市場化とともに公 的責任のもとづく社会福祉サービス供給システムの解体にある。それはとりもなおさず 措置制度の解体を意味しており,社会福祉サービスそのものへの公費負担の解体,地方 自治体の社会福祉サービス提供責任の解体…を意味している」(岡崎
2001 : 135)。介護
保険法は1997
年に成立しているので,すでに基礎構造改革でいう「契約による利用制 度」はすすんでいた(岡崎2005 : 34)。
このように,基礎構造改革と介護保険制度の制定により,高齢者福祉サービスにおい てサービス提供主体の多様化,選択制,契約制という市場メカニズムが浸透しはじめ,
新たな高齢者福祉サービス供給システムが構築された。
周知のように,日本の介護保険制度は保険方式を採用した。介護保険法のもとでのサ ービス提供関係に関しては,被保険者が保険者(市町村)に保険料を支払い,要支援・
要介護状態が発生すれば,要介護認定において受給資格ありと認定されることで,要介 護被保険者に保険給付の受給権が発生する。ここでのサービス提供関係としては,保険
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 36
者,要介護被保険者,サービス提供機関(指定事業者)の三者それぞれの関係が考えら れる。図
5
のように,保険者は要介護被保険者のサービス利用決定をし,サービス利用 費用の補助を行う。被保険者は保険者に保険給付の申請を行う。保険給付の決定に伴 い,被保険者は指定事業者と契約をし,サービスの利用が始まる。被保険者は指定事業 者に一部費用(1割(一定所得以上の利用者は2
割・3割))を負担し,残りの9
割(8 割・7割)の費用は保険者から直接指定事業者に支払われる。保険方式に基づく新たなサービス供給において公的責任と公私関係も変化し,1990 年代ごろから,政府(都道府県)はサービスの直接的提供から撤退し,その役割を,社 会福祉サービスの総量と質の確保,サービス供給事業者の指定,サービスの利用にとも なう費用の補助,利用者権利擁護などの利用支援システムの構築と充実,マンパワーの 確保など社会福祉の環境整備,条件整備にかかわる責任に限定するようになってきた。
介護保険制度が創設されることにより,保険方式による介護の社会化につながったと ともに,「介護費用の社会化」にもなった。すなわち,介護の関する家計の一部が社会 保障給付によりまかなわれ,社会的な介護制度への拠出や,公的な介護サービス利用に 伴う支払いが行われるようになったのである。従来のサービス供給と比べて,介護保険 による高齢者福祉サービスの構造変化は,「個人への費用補助方式の導入」による直接 現物サービスの給付からサービス費用の現金給付への転換,それに伴う国や自治体のサ ービス提供責任からサービス費用補助責任への公的責任の縮小化と要約することができ る。また,サービスの利用方法は自由選択が可能な契約制度による利用に転換した。
7.介護保険の財政問題と今後のサービス供給システムの構築
7-1.拡大されつつある介護保険給付
介護保険制度の
18
年の存在により,公的介護保険で親の介護負担が行われるという 意識は定着しつつあり,介護保険は高齢者の介護になくてはならないものとして定着・発展している。と同時に,さまざまな課題に直面している。制度創設当初から多くの研
図5 介護保険制度による新たなサービス供給構造 出所:厚生労働省「介護保険制度の仕組み」一部改正
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 37
究者に指摘されている大きな課題は保険財政の肥大化である。
日本以外に,ドイツと韓国も介護保険単独の社会保険方式による制度を創設してい る。日本は,介護保険制度の検討にあたってドイツの介護保険制度を参考にしたが,異 なっている部分も多い。日本とドイツの介護保険の給付のあり方を比較すると,日本の 介護保険は「必要十分給付型」である。すなわち,要介護度ごとに必要な介護サービス 量を想定して,それを賄う保険給付額を設定している。一方で,ドイツの場合は「部分 給付型」であり,「必要かつ十分なサービス」を保障しているわけで は な い(増 田
2016)。保険給付に対して利用者負担はないが,保険給付の範囲を超える部分はすべて
自己負担となる。また,日本の介護保険は,保険給付の対象者範囲が広いこと(要支援 者や要介護1
のような軽度の人も対象),保険給付額の水準が高いこと,サービスの種 類が豊富で,要介護者のニーズに幅広く対応していること,という特徴をもっている。このような給付のあり方は保険財政の肥大化につながり,増田(2016)は「こうした 構造的問題にメスを入れない限りは,財政問題からくる制度の持続可能性の不安が常に つきまとうことになる」と断言している。
介護保険財政は,保険料と公費の折半で構成されており,保険財政が膨らむと介護保 険料が上昇する。この課題に対して,政府は保険料上昇緩和の努力をしていることが
3
年ごとの制度改正からわかる。例えば,施設の食費・居住費が自己負担になった(2005 年改正)こと,一定所得のある利用者の負担が1
割から2
割(2014年改正),3割まで 引き上げられた(2018年改正)こと,サービス提供時間を見直したこと,福祉用具の 価格情報を提供し,またその上限を設定した(2018年改正)こと,などがある。利用 者負担の引き上げやサービス利用の制限などの努力はしているが,一方で,保険給付の 範囲についての変更はなく,なおかつ,その都度の制度改正において給付対象と範囲を さらに広げた。2005
年の制度見直しでは,要介護度の軽度者の増加により,予防重視型システムへ と転換し,新たに「予防給付」を加えた。介護予防を推進するために,市町村が実施す る地域支援事業を創設し,要介護認定非該当高齢者をその対象に含めた。そして,行政 によって提供されていたサービス(総合相談支援事業・権利擁護事業)が,介護保険制 度内に取り込まれた。つまり,介護保険制度で扱う対象者の範囲とサービスの内容が拡 大されたのである。その後の2014
年の改正においては,生活支援サービスの必要性を 強調し,予防給付と生活支援サービスを一体化し(「介護予防・日常生活支援総合事業」創設),これまで介護保険で提供されていなかった高齢者の生活支援サービスが市町村 の判断によって,介護保険制度内で実施可能となった(森
2016)。すなわち,介護保険
制度で扱う対象者をさらに広げたわけである。対象者や給付範囲を広げることは,介護保険財政の節約につながりにくいと思われ
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 38
る。保険財政に負担をかけずに,これからの介護問題にどのように対応していくかにつ いて,政府が出した解決策の一つは,地域包括ケアシステムの構築である(1)。
7-2.地域包括ケア時代のサービス供給システム
地域包括ケアに関する議論は,2011年の介護保険法の改正に先立って出さ れ た
「2009年度地域包括ケア研究会報告書」においても展開されている。そこには,「地域 包括ケアシステムは,ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で,生活上 の安全・安心・健康を確保するために,医療や介護のみならず,福祉サービスを含めた さまざまな生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるよう な地域での体制」であるとの記述がある。2011年に出された「地域包括支援センター 運営マニュアル」では次のように記されている。「地域包括ケアとは,地域住民が住み 慣れた地域で安心して尊厳あるその人らしい生活を継続することができるように,介護 保険制度による公的サービスのみならず,その他のフォーマルやインフォーマルな多様 な社会資源を本人が活用できるように,包括的および継続的に支援すること」。ここで は,インフォーマルな社会資源がその構成要素として強調されていること,いわゆる,
自助や互助といったインフォーマルな支援も,地域包括ケアの要素として重視されてい ることに注目することが必要である。
上記の文書からわかるように,地域包括ケアシステムは自助と互助を強調している。
地域包括ケアシステムの構築により,どのようなサービス供給構造になるか,図
6
のよ うに予測できる。すなわち,自助と互助を強調する地域包括ケアシステムにおいて,自 助に当たる提供主体の「家族」と互助に当たる提供主体の「地域(住民)」を活用する ことが推測される。しかし,日本のサービス供給システムは家族による介護を前提としていたため,加え て「家族介護固定論」や「介護費用増大論」が強調されたため,介護保険では家族への 現金給付(評価)の制度化がなされなかった。また,保険給付範囲の広い介護保険は,
図6 地域包括ケア時代のサービス供給 出所:筆者作成
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 39
介護の社会化につながったが,本来地域に根ざしていた,埋め込まれたケアの資源(近 所付き合いなどの互助)の振興には貢献してこなかったのではないか,むしろそれとは 逆に地域から離れた他の資源としてのケアを作ってきたために,地域発の資源の創設を 抑制してきたのではないか(森川
2015)。一度失われた地域にあるケア資源を活用する
ことは相当に難しいと思われる。財政難を乗り切ろうとするために,地域に十分な資源 投入が行われない場合,地域包括ケアシステムは,地域により多くの負担を強いる結果 となる(猪飼2011 : 32)。そのため,地域包括ケアシステム構築に当たって,弱体化し
た家族と失われた地域資源を再活用するためには,地域のインフォーマル資源の創出の 具体的な手段を考えなければならない。8.おわりに
これまでサービス提供の政策主体,提供主体,サービス提供に直接関わる諸要素(提 供内容や提供方式,費用負担),利用者の
4
つの視点から,時代の変化に伴う高齢者ニ ーズの変貌のなかでの高齢者福祉サービス供給の発展経路および特徴を明らかにした。そして,新しい政策概念である地域包括ケアシステムの構築に向けた課題を考察するこ とを通して,今後の高齢者福祉サービス供給システム再編の課題を提示した。そこで,
こうした視点からの分析によって得られた結論を,時代ごとに整理しておこう。
第一に,老人福祉法によるサービス供給においては,要介護高齢者は基本的に家族が 世話をしていた。施設サービスの利用者は低所得高齢者や寝たきり高齢者に限定され,
在宅高齢者対策も低所得高齢者世帯のみに適用されていた。
第二に,「日本型福祉社会」論では,増大する高齢者の福祉ニーズへの対処を家族の 相互扶助機能に肩代わりさせ,福祉サービスの量的拡大には抑制的であった。福祉見直 し時代になると,老人福祉法時代の「家族介護優先」原則に基づく政策の限界が明らか になり,在宅サービスの拡充が始まったが,次第にこの原則は,「家族介護支援」原則 に取って代わられることになる。また,財政的逼迫を背景に,高齢者から提供主体への 費用負担が生じるようになった。
第三として,供給主体の多元化により,社会福祉供給システムが提起された。それと ともに,介護サービスの量的拡大の必要性も認められた。サービスの供給主体について は,公的部門のほかに,福祉公社,社会福祉法人,認可団体や住民参加型団体などの民 間部門も活用すると強調したが,家族部門はシステムの供給主体として取り上げられな かった。
第四に,介護保険制度が創設されることにより,保険方式による高齢者福祉サービス 供給へと構造が変化し,国や自治体のサービス提供責任がサービス費用補助責任に転換
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 40
した。また,介護の社会化と介護費用の社会化が実現され,サービスの利用方法も契約 制度による利用に転換し,供給者サイドの福祉から利用者サイドの福祉に転換した。
そして最後に,介護保険制度は保険給付の対象や範囲を拡大しつつあるため,財政問 題は深刻化している。保険財政を維持するために,一つの解決策として自助と互助を強 調する地域包括ケアシステムの構築が示されたが,基盤を失っていった家族と地域を提 供主体として再活用するには,その具体的な手段および支援策を同時に打ち出すことが なによりも重要であり,それこそが今後の高齢者福祉サービス供給システム再編におい て考えなければならない課題である。
こうして,日本の高齢者福祉サービス供給の責任主体については,老人福祉法時代に おける国から,福祉見直し時代における市町村へと,分権化により権限が転嫁され,つ いには,介護保険制度の創設を機に,国はサービスの直接的提供から撤退した。また,
高齢者のニーズの変貌のなか,サービスの提供主体と提供するサービスの内容は多様に なり,提供方式も措置から契約へと変わり,高齢者は自由にサービスを選択できるよう になった。当初,財政問題を背景に生じた費用負担(応能負担)については,介護保険 制度の創設による介護費用の社会化のため,利用介護費用の
1
割(所得によって2
割,3
割)負担となっている。サービスの利用者については,低所得高齢者限定から介護ニ ーズのあるすべての高齢者に変わり,普遍主義的福祉サービスの提供が実現していると 言えよう。注
⑴ 本稿では,高齢者福祉サービス供給と関連する地域包括ケアシステムの介護予防・生活支援の部分に ついて議論する。
参考文献
猪飼周平(2011)「地域包括ケアの社会理論への課題−健康概念の転換期におけるヘルスケア政策−」『社 会政策』2(3),pp 21-38,社会政策学会
石田慎二(2018)「老人福祉法制定過程における有料老人ホームの位置づけの検討」『社会福祉学』59(2),
pp 15-23,社会福祉学会
伊藤周平(2002)「高齢者福祉サービスの政策動向と構造変化」『大原社会問題研究所雑誌』525, pp 1-14,
大原社会問題研究所
井岡勉(1983)「在宅福祉の歴史的展開」三浦文夫・忍博次編『講座社会福祉8 高齢化社会と社会福祉』
有斐閣
岡崎祐司(2001)「社会福祉『基礎構造』改革と社会福祉サービス保障の課題」『社会学部論集』34, pp 123 -141
岡崎祐司(2005)「基礎構造改革と自治体福祉計画」『社会福祉学部論集』創刊号,pp 31-43 笠原幸子(2014)『高齢者に対する支援と介護保険制度』ミネルヴァ書房
簡 易 生 命 表(平 成29年),厚 生 労 働 省 https : //www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/dl/life17-02.pdf
(2019年2月19日アクセス)
君島昌志(1997)「福祉政策の転換に関する考察(1)−1970年代における日本型福祉社会論と高齢者政策 の変容を中心にして−」『島根女子短期大学紀要』35号,pp 47-56,島根県立大学短期大学部
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 41
京極高宣(1995)『社会福祉学とは何か』全国社会福祉協議会
高齢社会白書(平成30年版),内閣府 https : //www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_1_1.
html(2019年2月19日アクセス)
坂田周一(2014)『第3版 社会福祉政策−現代社会と福祉』有斐閣アルマ
里見賢治(1982)「『日本型福祉社会』論の福祉政策:経済政策との関連を中心として」『社會問題研究』31 号,pp 93-122
高田真治(1981)「社会福祉サービスの供給システム−基礎的課題の検討」『社会福祉研究』28号,pp 1-6,
鉄道弘済会社会福祉部
高橋紘士(1995 a)「社会福祉の供給システム」古川孝順・松原一郎・社本修編『社会福祉概論』,有斐閣 高橋紘士(1995 b)「措置制度の問題と福祉供給システムの多元化」『社会福祉研究(64),pp 64-69 武川正吾(1991)「社会政策・社会行政論の基礎概念」大山博・武川正吾編『社会政策と社会行政−新たな
福祉の理論の展開をめざして−』法律文化社
平岡公一(1998)「介護保険制度の創設と福祉国家体制の再編:論点の整理と分析視角の提示」『社会学評 論』49(3),pp 389-406
藤村正之(2000)「家族政策における福祉多元主義の展開」副田義也・樽川典子『現代家族と家族政策』ミ ネルヴァ書房
古川孝順(1992)『社会福祉供給システムのパラダイム転換』誠信書房 古川孝順(1997)『社会福祉のパラダイム転換−政策と理論』有斐閣 古川孝順・庄司洋子・定藤丈弘(1993)『社会福祉論』有斐閣
星野信也(1995)「措置委託制度と介護保険」『社会福祉研究』63, pp 24-29 増田雅暢(2016)『介護保険の検証:奇跡の考察と今後の課題』法律文化社
松井栄一(1985)「日本型福祉社会論における自助と福祉」『經濟論業』135(3),105-123,京都大学経済学 会
三浦文夫(1983)「社会福祉改革の戦略的課題−複合的福祉供給システムについて」社会保障研究所編『社 会保障の基本問題』東京大学出版社
三浦文夫(1987)『[増補]社会福祉政策研究:社会福祉経営論ノート』全国社会福祉協議会 三浦文夫・忍博次編(1983)『講座社会福祉8 高齢化社会と社会福祉』有斐閣
森詩恵(2016)「高齢者の生活支援サービスからみた介護保険改正とその変遷−介護保険制度導入時から 2014年介護保険改正まで−」『大阪経大論集』67(2),pp 29-46.
森川美絵(2015)『介護はいかにして「労働」となったのか−制度としての承認と評価のメカニズム−』ミ ネルヴァ書房
山口尚子(1994)「多元的福祉サービス供給システムのあり方と諸課題」『ソーシャルワーク研究』19(4),
pp 282-288,相川書房
六波羅詩朗(1994)「在宅介護支援センターの位置と役割」『長野大学紀要』15(4),pp 106-137 高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴
42
As the needs of the elderly change, the component parts of the service supply system for the elderly and their structures need also to change. The purpose of this paper is to clarify the characteristics of these elements by examining the development path of a welfare service system for the elderly in a time of changing needs. Specifically, we examined the elements from the four viewpoints of : the service provider entity, the supply entity, the elements directly related to the service supply (the content and method of supply, the cost burden), and the user. Further- more, in a time when construction of an integrated community care system is an issue, we pre- sent the issues faced by a welfare service supply system for elderly people that is about to enter a new phase. Out believe is that support measures should be launched at the same time to reutil- ize families and communities, who have lost their foundations as providers.
Key words: Elderly people, Service supply, Development path, The Integrated Community Care System
Development Path and Characteristics of
a Social Welfare Service Supply System for the Elderly :
Perspectives Through Historical Development Hou Kaku
高齢者福祉サービス供給の発展経路とその特徴 43