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我が国における遺跡保護政策について : 政策実施 過程からの検討

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過程からの検討

著者 今井 透

雑誌名 同志社政策科学研究

巻 3

ページ 95‑122

発行年 2002‑02‑28

権利 同志社大学大学院総合政策科学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004736

(2)

我が国における遺跡保護政策について

―政策実施過程からの検討―

今 井  透   

あらまし

 佐賀県吉野ヶ里遺跡などの遺跡の発掘がマス コミの報道を賑わすようになって久しい。しか し、そうではあるものの、遺跡自体を社会全体の 中でいかに保護していくべきか、開発と保護と の整合性をどのように保つべきかといった点に ついては、マスコミや人々の関心は遺跡の発掘 への関心に比すると不充分であるように思われ る。なぜ、貴重な人類の文化遺産である遺跡を保 護することができないのか。

 本論ではこのような問題を内包する我が国の 遺跡保護政策において、既存の議論とは異なり、

その問題点と処方箋を示すために政策実施過程 から検討する。まず、政策実施過程から分析する ためのフレームワーク(目的、行政機関、文化財 保護法上の行政過程、財源、利害関係者、政府間・

政府内関係、実施担当機関の特性)について述べ た。これをもとに、滋賀県と同県野洲町を調査対 象地域として政策実施過程分析を試みる。

 本論の分析の結果、遺跡保護政策の実施過程 上の失敗(組織間での協議の失敗・資源の不足・

政策の社会的認知度の低さ)と、実施過程から顕 在化した制度上の問題点(目的が曖昧・都道府県 の権限が強固・開発制度と保護制度の分離・法律 上の手続きの未整備)を実証した。

 そして、本論で政策実施過程から分析するこ とにより、次の論点が明らかとなった。それは実 施過程における運用の失敗とそれを規定する制 度の欠陥であり、且つ、土地利用規制の問題を正 面から論じてこなかったことである。

1.はじめに ―問題の所在―

 佐賀県吉野ヶ里遺跡や青森県三内丸山遺跡を はじめとする遺跡の発掘がマスコミの報道を賑 わすようになり、人々の耳目を引くようになっ て久しい。遺跡の発掘や遺跡の発掘調査に伴っ て出土する遺物に対しての人々の関心は概して 高い。例えば、邪馬台国の女王である卑弥呼に関 わるものとみられる三角縁神獣鏡の出土があっ た場合、発掘調査中における現地説明会の見学 者の数たるやすさまじいものがあり(1万人を 超えることもある)、これだけでも考古学への関 心、引いては遺跡への関心の高さを裏付ける証 左となり得る。また、1999 年に奈良県明日香村 の飛鳥池遺跡から出土した、日本最古の貨幣と みられる富本銭の発見をめぐるニュースも記憶 に新しいところである。しかし、そうではあるも のの、遺跡自体を社会全体の中でいかに保護し ていくべきか、開発と保護との整合性をどのよ うに保つべきかといった点については、マスコ ミや人々の関心は遺跡の発掘への関心に比する と不充分であるように思われる。

 図①の文化庁の統計をみると、1977 年度以降 における開発事業に伴う緊急発掘調査費の増加 には驚く他ない。緊急発掘調査費の増加、それは 畢竟、遺跡を処理して破壊していく過程に他な らない。なぜ、貴重な人類の文化遺産である遺跡 がにべもなく破壊されていくのであろうか。

 爾来、この問題についての論文は夥しく、遺跡 の法律上の諸問題を論ずるもの(遺跡保護政策 の行政法上の問題点1・開発事業実施に伴う遺跡

  1 [椎名 86a][大野 92]参照。とくに、椎名は行政法学の立場から盛んに遺跡保護政策についての論文を表しており、本論の叙述 も椎名の論考に多くを負っている。

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の発掘を事前協議制2から許可制3への変更を訴 えるもの4・遺跡の歴史的環境権について5)、文 化財保護法から逸脱した行政の遺跡保護に関す る行政指導の問題点を論じるもの6、発掘調査に おける費用負担の問題7、というように多種多様 な論点から遺跡保護政策について論が展開され ている。これら既存の論点も重要なものではあ るが、異なる論点を提示するには、従来の議論の 状況ではこれ以上望むのは困難であると思われ る。

 遺跡保護政策は今まで国(主として文化庁8

が立案し、その政策実施を都道府県・市町村の教 育委員会(文化財保護課)に求めてきた。1950年 に文化財保護法が立法化されてから 50 年、遺跡 保護政策の実施は都道府県・市町村によって担 われてきたのである。遺跡保護政策はこのよう な国・都道府県・市町村の3層構造になってい る。本論は、このような構造であることを踏ま え、政策実施過程分析の視点から遺跡保護政策 の実施過程を描き出し、同時に、実施過程から引 き起こされる問題点を明らかにして、その改善 方向について述べようとするものである9

  2  事前協議制とは、厳密な法律用語ではない。遺跡保護政策の実務上は遺跡を発掘する際に、開発事業者と開発部局、それに保護 部局が事前に遺跡保護に係る開発事業について協議することを指す。

  3  許可制とは、遺跡を発掘する際に、行政庁の開発許可を必要とするものである。

  4 [勅使河原 00̲1]参照。

  5 [林・江頭 80]参照。

  6 [椎名 93̲1][大野 94̲1]参照。

  7 [原田 86̲1][椎名 93̲2]参照。

  8  2001 年1月6日から国の中央省庁は新省庁に移行しているが、本論ではすべて旧省庁名で表記を統一する。

  9  これから我が国の遺跡保護政策について論じていくわけであるが、それではそもそもなぜ、国や地方自治体が遺跡保護政策を実 施して遺跡を保護しなければならないのか。様々な回答がありうるが、ここでは次の点を指摘しておく。

① 遺跡は学術上、貴重な研究資料であり、財産であるから。

② 遺跡を通じて過去を考えることは現在という時代を相対化することに繋がるから。

③ 過去世代・将来世代への責任を考慮せず、現在世代の考えだけで遺跡を破壊していいのか。

④ 学術上、重要な遺跡であれば観光行政の振興に役立ち、地域活性化に繋がるから。

⑤ 開発と保護が対立している以上、調停者として何らかの形で行政が関わらざるをえないから。

⑥ 住民が豊かさの一環として、遺跡の保護を追求するようになりつつあるから。

図① 緊急発掘調査費

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 それでは遺跡保護政策においてなぜ、政策実 施過程から論じるのか。それは次の2点に理由 が求められる。第1に、遺跡保護政策の実施がな ぜうまくいっていないのか、すなわち、その問題 発見と処方箋を示すためには、政策実施過程か らの分析が最もよく事態を説明できるように思 われるからである。第2に、政策実施過程から遺 跡保護政策を分析することで、従来の遺跡保護 の議論とは異なる視点を提示できるかもしれな いと考えるからである10

 なお、遺跡は学術上重要なものであればマス コミにも報道され、史跡に指定されて保存の道 も開かれる(冒頭の佐賀県吉野ヶ里遺跡など)。 しかし、それは限られた一部のものでしかなく、

遺跡は地中から発見されるため不確実な存在で ある。故に、本論における遺跡の概念は発掘調査 により地中から発掘されたものに限定する(古 墳や史跡指定されたものは含まない)11。  さて、本論は次のような構成から成り立って いる。第2章では遺跡保護と政策実施過程分析 について述べ、遺跡保護政策を分析するための フレームワーク(目的、行政機関、文化財保護法 上の行政過程、財源、利害関係者、政府間・政府 内関係、実施担当機関の特性)について言及す る。続く第3章〜第7章において、このフレーム ワークに基づき国・都道府県・市町村における政 策実施過程から遺跡保護政策を分析する。その 際には、滋賀県及び滋賀県野洲郡野洲町でのヒ アリング調査の結果も考慮しつつ論じる。第8 章では第3章〜第7章の分析を踏まえて、遺跡 保護政策の実施過程上の失敗と実施過程から分 析して明らかになった制度の問題点をまとめて いる。そして、おわりにで今後の我が国の遺跡保 護政策の展望と論じ残した問題についてみるこ とにしたい。

2.遺跡保護政策と政策実施過程分析につ いて

2.1 遺跡保護政策における政策実施シス テム

 ある特定の政策を政策実施過程から分析する 場合には、その政策ごとに政策実施システムが 具体的に認識されなければならない。遺跡保護 政策の場合、具体的には文化財保護法、就中、第 4章「埋蔵文化財」の諸規定を指すものと考える のが一般的であろう。

 遺跡保護政策をこのように捉えるならば、政 策実施過程における政策実施システムはどのよ うなものが想定されるのか。真山は政策実施シ ステムにおいて、政策レベルでは、取り組むべき 問題・実現すべき価値・取組方法の基本的枠組 み、施策・事業レベルでは、対象・期間・資源・

組織・手段などを想定している12。これらの視点 を抽出しておくことは、政策の実施過程を包括 的・体系的に理解するためにも重要である。しか し、本論では問題発見とその処方箋を考えるた めに政策実施過程から遺跡保護政策を検討する ので、理論に拘泥することなく政策実施過程分 析を行うことにしたい。

 政策実施過程分析には O'Toole13の研究にある ように様々なアプローチがあるが、本論におけ るアプローチは次の7つのフレームワーク(目 的、行政機関、文化財保護法上の行政過程、財源、

利害関係者、政府間・政府内関係、実施担当機関 の特性)に基づいて検討することにする。その理 由は次の通りである。第1に、この7つが政策実 施過程分析で用いられる基礎的なフレームワー クであると考えられるためである。第2に、この 7つのフレームワークが遺跡保護政策の政策実 施過程分析において、その問題発見と処方箋を 示すために有益であると思われるからである。

第3に、政策実施の理論それ自体の検討も重要 ではあるものの、それはある特定の政策を念頭

10  木村も文化財保護法制や行政の面からのアプローチが少ないことを指摘している。[木村 96]P 63 参照。

11  文化財保護法上の埋蔵文化財は、考古学などで学ぶ遺跡とほぼ同様のものを指す。一般的に遺跡とは過去の人間活動の痕跡を留 めた土地を指し、遺物とは過去の人間活動の所産である道具・器物等の動産を指すとされている。

しかし、この両者の区別は本来的なものではない。遺跡の中には、遺物が一体的に埋もれているのが普通であるから、遺跡とい う言葉のなかに遺物が含まれるとする意見もある。この混乱を解決する方策として、遺構という言葉が使われることが多い。す なわち、不動産に類するものを遺構、動産に類するものを遺物と呼び分け、この両者を合わさったものを遺跡と呼ぶのである。こ のように厳密に遺跡を定義することは困難であるが、ここでは遺跡を以上のようなものと理解して論を進める。

12 [真山 98b]P47 〜 P53 参照。

13  近年の政策実施過程分析の研究動向については[O'Toole00]参照。

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にしてモデル化されたものであり、演繹的にそ のモデルを遺跡保護政策に当てはめても、遺跡 保護政策に適用できるか否か判断が難しいから である。また、遺跡保護政策には遺跡保護政策独 自の実施過程があり得る蓋然性も高いと判断し たためでもある。

 そして、遺跡保護政策を実施過程から分析す るために有益と考えられる7つのフレームワー クの詳細は以下の通りである。

(1) 目的…遺跡保護政策の目的の明確さ、社 会的認知度について。

(2) 行政機関…どのような行政機関(組織)を 使って実施しているのか。

(3) 文化財保護法上の行政過程…実施担当機 関が利用できる権限(許認可、報告、協議 など)の種類と組み合わせについて。

(4) 財源…遺跡保護政策の実施費用に関して。

(5) 利害関係者…政策実施に直接、間接に利 害を持つ「関係者」の数や種類、特性につ いて。

(6) 政府間・政府内関係…政策実施を担当す る都道府県・市町村の関係、及び都道府 県・市町村それぞれの内部部局相互の関 係について。

(7) 実施担当機関の特性…実施担当機関及び その構成員たる実施担当者の特性、意向、

業務遂行上の能力に関して。

2.2 調査対象地域(滋賀県・野洲町)

の概要

 前節のフレームワークに基づき、次章以下で 国・都道府県・市町村における遺跡保護政策の実 施過程をみていくわけであるが、その前に実施 過程分析の調査対象地域である滋賀県及び滋賀 県野洲郡野洲町について簡単な説明を付け加え ておくことにする。

 滋賀県は近畿東北部に位置し、古くは大津京・

紫香楽宮があり、日本の首都が置かれたところ でもある。歴史と文化のある県であり、それ故に 周知の遺跡14数も多い。また、遺跡の保護だけで なく、その活用や周知にも力を入れている県で ある15。近年は京阪神地区への通いやすさから人 口増加も著しく(人口増加率は全国でも有数で ある)、それに伴ってマンション建設などの開発 事業も増えている。ヒアリング調査対象者は滋 賀県教育委員会文化財保護課A氏であり、調査は 2000 年 10 月 23 日に実施した。

 野洲町は滋賀県湖南地方の北部に位置し、西 は野洲川、東は日野川に接している。東南部は町 の5分の2を占める山地で、変質岩の三上山を 除いては花崗岩で標高 95 m付近には扇状地がみ られ、北西部の低地は概ね平坦で野洲川、日野川 が形成した沖積平野からなる。野洲町からは日 本最大の銅鐸が発見されており、町のイメージ キャラクターとして銅鐸を模した「ドウタクく ん」を使っているなど、遺跡保護政策に対して理 解のある町である16。ヒアリング調査対象者は野 洲町教育委員会文化財保護課B氏であり、調査は 2000 年 10 月 20 日に実施した17

3 . 遺跡保護政策の目的と行政機関 3.1 目的

 遺跡保護政策においては文化財保護法(以下、

「法」と略記)が中心となる。そして、政策の目 的としては法第1条にも掲げられている通り、

「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつ て国民の文化的向上に資するとともに、世界文 化の進歩に貢献することを目的」とする。国・都 道府県・市町村においても、この目的を遵守する ことに変わりはない。

 ところが、この目的自体が遺跡保護政策にお

14  周知の遺跡とは、考古学者のみならず、遺跡の周辺に住む住民が一般的に知りうる状態を指す。現実の実務としては、市町村に ある遺跡台帳(遺跡がどこにあるかを地図上に示した地図)に記載されていれば、周知の遺跡となるようである。

15  2000年度は文化財保護法 50 周年を記念し、「20 世紀近江発掘調査ベスト 10 展」を滋賀県の湖国 21 世紀記念事業の一環として行っ ており、県民に対して遺跡保護政策への理解促進を図っている。

16 [野洲町 00̲1]P1・P 26・P 36 参照。

17  本論では滋賀県・野洲町を調査対象地域とするが、取り上げる理由は以下の通りである。勿論、調査が簡便なこともあるが、第 1 に、滋賀県・野洲町ともに全国の都道府県・市町村に比して周知の遺跡数が多く、遺跡保護政策の実施過程を考えるうえで適当 な場所であると考えるからである。第2に、遺跡保護政策に関して熱心な取り組みをみせている地方自治体が同じ県下にあると いうことは、都道府県と市町村の政府間関係を考える上でも有益であると考えられるのも、取り上げる理由の1つである。

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いて明確にされているとはいい難い。都道府県 や市町村が周知の遺跡において、開発事業の実 施に伴って発掘調査をすること自体、本来なら ば遺跡を破壊することに繋がってしまうからで ある18。政策として遺跡「保護」を志向するなら ば、発掘調査を行わないことが最も遺跡「保護」

に適しているということになる。敷衍していえ ば、開発事業を実施しなければ、最も遺跡「保護」

が図れるのである。しかし、現実に開発事業を廃 止・中止することは不可能であるから、開発事業 と保護事業との調整が必要になり、遺跡を記録 保存19という形で保護せざるを得ない。この時点 で遺跡保護政策における目的は既に遺跡「保護」

という概念上、自己矛盾をきたしている20。実際 には、押し寄せる開発事業から、いかに記録保存 を行うかが国・都道府県・市町村の政策目的と なっており、遺跡「保護」といえば、記録保存の ことを指すといってもよい状況になっている。

 文化庁は 1998 年9月、各都道府県教育委員会 教育長宛に「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円 滑化等について(通知)」を発している。これが 現在の都道府県における遺跡保護政策の指針と なるべきものであるが、この通知内容も、埋蔵文

化財の保護と開発事業との適切な調整・発掘調 査の迅速化・発掘調査に係る費用負担の明確化 などであり、記録保存の強化を狙いとしたもの であることは疑いない。

 このような状況の中、1999 年7月「地方分権 の推進を図るための関係法律の整備等に関する 法律」(地方分権一括法)が成立した。この地方 分権一括法において文化財保護法の一部改正が 実施され、2000 年4月から施行された。遺跡保 護政策の目的に関わる改正内容は次の通りであ る21

 埋蔵文化財に関する「必要な事項」の指示(法 第 57 条の2)を「当該発掘前における埋蔵文化 財の記録作成のための発掘調査の実施その他」

と内容を例示し、この指示を都道府県教育委員 会(民間工事は指定都市の教育委員会)に委譲。

 本改正によって、「記録作成のための」という 一文が盛り込まれた。これにより、開発事業がよ り一層促進されるだろうとの懸念が考古学者か ら表明されている22

 以上をまとめると、法律上は遺跡の保護を 謳っているが、今までの遺跡保護政策の目的は 記録保存を前提としており、国・都道府県・市町

18  発掘調査は最終的な手段であり、できうる限り発掘調査は避けることが望ましい。そういう意味においては、考古学者の学術目 的による発掘調査も遺跡破壊となり得る。

19  記録保存とは、発掘調査の結果を発掘調査報告書に記載して、遺跡の記録を保存することである。

20  学術上、重要な遺跡を残す場合は、遺跡「保存」と呼ばれている。

21  改正についての詳細な概要と問題点については、[椎名 00̲1]P 94 〜P 96 参照。

22 [勅使河原 00̲2]P 20 〜P 21 参照。

図② 遺跡担当職員数の推移

(7)

村の政策もそれに倣ったものとなっている。地 方分権一括法による法の改正自体も、現状の実 務を追認した形である23。以下、本論の叙述では 遺跡保護といえば通常は記録保存を指すものと して論を進める。

 次に、目的がどの程度社会的に認知されてい るかについてであるが、法制定当時(1950年)と 比べて遺跡保護の必要性はかなり広く認知され ている。全国的にみて、マスコミの取り上げ具合24・ 発掘調査費(図①参照)・都道府県と市町村にお ける遺跡担当職員数(図②参照)などの件数の増 加をみても、社会的認知度は高まってきている といえる25。        滋賀県においても、滋賀県と県下市町村を合 わせた遺跡担当職員数は1983年では75人であっ たが26、1998 年5月現在では 168 人と倍増してい ることからも27、社会的認知度の高まりが窺える。

3.2 行政機関

 文部省組織令により、文化庁文化財保護部記 念物課が遺跡保護政策を主管している。記念物 課の中で直接、遺跡保護政策を所管業務とする のは1人の主任文化財調査官と4人の文化財調 査官である。文部大臣の諮問機関である文化財 保護審議会では、そのもとに第3専門調査会が 置かれ、埋蔵文化財部会が遺跡に関する事項を 調査審議している。奈良県には文化庁の付属機 関として奈良国立文化財研究所があり、同研究 所は研究所内に埋蔵文化財センターを設け、都 道府県や市町村の遺跡担当職員を対象として発

掘調査に関する研修を行っている。また、法第98 条により都道府県においては教育委員会文化財 保護課が、市町村においても教育委員会文化財 保護課並びにそれに相当する機関(文化財保護 係など)が遺跡保護を主管している28。  滋賀県では教育委員会文化財保護課が遺跡保 護政策を主管しており、遺跡担当課長補佐(1名)

が置かれ、そのもとに4名の遺跡担当職員がい る。他に財団法人滋賀県文化財保護協会があり、

そこには 37 名の職員が、関係機関(博物館など)

には8名の職員が在籍している。いずれも嘱託 ではなく、正規の職員であり、滋賀県は合計で50 名の職員が遺跡保護に携わっている(平成 11 年 5月1日現在)29

 遺跡保護政策の実施活動は滋賀県の場合、大 きく3つの機関に分かれて実施されている。教 育委員会文化財保護課・財団法人滋賀県文化財 保護協会・滋賀県埋蔵文化財センターである。教 育委員会文化財保護課は開発部局などと開発事 業の調整を行い、国への届出・通知、市町村への 補助金算定、市町村への指導・助言などを含む遺 跡保護に係る事務を処理する。財団法人滋賀県 文化財保護協会は直接発掘調査を指揮し、滋賀 県埋蔵文化財センターは遺跡から出土した遺物 を保管する。文化財保護課は調整、文化財保護協 会は発掘調査、埋蔵文化財センターは保管と分 割することにより、業務の円滑化を図っている。

 滋賀県下では 42 の市町村に遺跡担当職員が存 在する30。存在しない市町村の場合では遺跡保護 政策に自ら当たることはない。県文化財保護課 も市町村の開発事業に対して発掘調査を行って いない31

23  A・B 両氏へのインタビューにおいて、2 人とも同じ認識であった。

24  いまや、遺跡の発掘調査のニュースがマスコミに流れない日を探すのが困難なぐらいである。遺跡に対するマスコミの報道が本 格化したのは、1972 年の高松塚古墳の壁画発見のニュースからであるといわれている。

25  2000 年 11 月の宮城県上高森遺跡における遺跡発掘捏造事件が我が国においてこれだけ騒がれるのも、社会的認知度の高さの裏 返しとも解釈できる。

26 [県教委 95]P12 参照。

27 [県教委 00a̲1]P47 参照。

28  都道府県ではすべて教育委員会文化財保護課、もしくはそれに類する機関が置かれている。法律上も地方分権一括法により、行 政庁としての役割は明瞭であり、その中に遺跡担当職員が設置されている。一方、市町村では教育委員会は存在するものの、文 化財保護課の設置は任意であり、遺跡担当職員がいない場合が多い。

 このような市町村間の格差を是正するために、広域連合を設置して、遺跡保護政策に当たっている都道府県もある。兵庫県・長 野県では広域行政事務組合を作り、調査に当たっている([調査研究委 95]P13 参照)。千葉県では市町村が出資して共同の財団 法人「地区埋蔵文化財センター」を設立し、現在県内に 6 つ存在している([萩原 98]参照)。そして、遺跡担当職員は存在する ものの、発掘調査件数が多すぎるために民間の発掘調査機関に発掘調査を委託している場合もある。

29 [池淵 00]P 22 参照。

30 [県教委 00a̲2]P47 参照。

31  遺跡担当職員が存在しない市町村に対して、県文化財保護課は設置して欲しい旨の要望書を送付している。

(8)

 文化財保護課がある野洲町では遺跡担当職員 がおり、発掘調査も行っている。遺跡保護政策に 携わる遺跡担当職員は文化財保護課における正 規職員が5名、嘱託職員が4名の合計9名であ る(平成 12 年4月1日現在、人口:約3万6千 人)32。他の県下の市町村をみると、大津市9人

(人口:約 29 万人)、彦根市3人(同:約 10 万6 千人)、守山市8人(同:約6万5千人)である

(しかもいずれの市も野洲町より面積は大きい)。 これら県下の市町村に比して野洲町の規模の大 きさ・取り組みの独自性がわかるが、自治体規模 から推して適正か否かの問題も起こりうる。現 に、近年の行政監察では財政規模に比して多い のではないかとの指摘を受けている33。  市町村の遺跡保護政策に係る行政機関につい ては法律・政令・通達は何も規定していない。こ のことは市町村が自由に裁量を持って行政機関 を設置し、遺跡保護政策を実施できる環境であ るといえる。勿論、設置する場合には財源の裏付 けと首長の理解が必要である。また、裁量を持っ て設置できるということは、首長や住民の意向 により設置しないことも選択し得るということ でもある。つまり、開発事業実施優先の遺跡保護 政策もあり得る。

4.文化財保護法上の行政過程 4.1 基本的枠組み

 国(文化庁)は都道府県・市町村への補助金の

算定、他省庁(建設省・農水省)との協議、都道 府県への勧告・通達・協議・指導、文化財保護審 議会の開催、重要な遺跡の史跡指定、都道府県や 市町村の遺跡担当職員を対象とした技術者研修 などを実施している。遺跡保護政策の基本的枠 組みとしては、法第 57 条に勧告・通知・届出・協 議が定められている(許認可や検査といったもの はない)。それを一覧にしたものが表①である34。  法では表①のように、事業主体が国の機関等 であるか否か、遺跡の区分が周知か不時発見35か という基準により手続きが4つに分かれている。

この手続きの中で周知の遺跡の場合を図示した ものが図③・図④である。この図③・図④によれ ば、国の機関等は通知で済むが、国の機関等以外 は届出となっている。表面上の語句の違いだけ であるが、これに文化庁と建設省・農水省などの 中央省庁、日本道路公団などの公団が交わした 覚書が国レベルで存在し36、国の機関等はそれぞ れの意向優先で、開発事業を進めることができ る。

 更に詳しくみると、市町村教育委員会はいず れの場合においても運用上手続きの中に組み込 まれているに過ぎず、開発事業者は市町村教育 委員会を経由せずに直接都道府県教育委員会に 対して届出や通知を行ってもよい。どこに届出 や通知を行うかは基本的に開発事業者の任意に よっていることが理解できる。この届出や通知 体制では市町村教育委員会は、行政庁としての 位置付けは曖昧であるといわざるを得ない。

32 [野洲町 00̲2]P 2 参照。

33  B 氏へのインタビューによる。

34  この表①における国の機関等とは、国・都道府県・市町村及び法第 57 条の3第1項による政令で定める法人である。文化財保護 法施行令(平成 10 年政令第 336 号)第1条には 2000 年現在、西日本旅客鉄道株式会社、住宅・都市整備公団、日本道路公団、農 用地整備公団、水資源開発公団など42の法人と地方自治体の全額出資に係る法人で文化庁長官の指定するものが法人として指定 されている。文化財保護法施行令によると、全国で 200 以上の公団・公社が指定されている。なお、滋賀県下にはこの指定を受 けている法人は存在しない。

35  不時発見とは、周知の遺跡以外での開発事業実施に伴い、遺跡が発見されることを指す。

36  建設省は昭和 46 年 11 月「直轄道路事業の建設工事施行に伴う埋蔵文化財の取扱いについて(道一発第 98 号)」や同年同月「建 設省がおこなう道路事業の建設工事施行に伴う埋蔵文化財の取扱いについて(国保第47号 文化庁文化財保護部長から各都道府 県教育委員会あて通知)、昭和 61 年 4 月「開発と文化財の取扱いについての調整、調査に関する事務処理等の標準について(建 設経済局調整課長、建設経済局宅地開発課民間宅地指導室長、都市計画局区画整理課長から各都道府県担当課長、各政令指定都 市担当局長あて通知)」などの通達を各都道府県に発しており、農水省は昭和 50 年 10 月「農業基盤整備事業等と埋蔵文化財の保 護との関係の調整について(庁保記第 211 号 文化庁文化財保護部長から各都道府県教育委員会あて通知)」などを各都道府県に 発し、開発事業推進の立場から遺跡保護政策に対応している。

 また、文化庁は日本道路公団と昭和 42 年 9 月「日本道路公団の建設事業工事施行に伴う埋蔵文化財包蔵地の取扱いに関する覚書」

(内容は原因者負担〔注:第 5 章財源にて後述〕を承認するものであるが、高度経済成長時代を迎え、開発事業を優位に進めるた めに交わしたものであることは明らかである)を交わしており、他の公団ともほぼ同様の内容の覚書を交わしている。

(9)

表① 文化財保護法上の手続きの区分

図③ 国の機関等が土木工事等を行う場合の手続き(法第 57 条の3)

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4.2 遺跡保護の実施手順

 前節で法が定める遺跡保護の手続きの概略を みた。この手続きの次の段階である開発事業実 施に伴う遺跡保護の基本的な取扱いの流れ(図

③の場合)は図⑤の通りである37

 この図⑤の場合をみると、図③・図④と比して

図④ 国の機関等以外のものが土木工事等を行う場合の手続き(法第 57 条の2)

この市町村教育委員会の行政庁としての役割の 不明確さが一目瞭然となる。とくに法第 57 条の 3(土木工事等のための発掘に関する通知)・法 第57条の6(遺跡の発見に関する通知)・法第57 条・法第 98 条の2(発掘調査届出等)は市町村 教育委員会を経由しなくても法的には何ら問題 はない。

37 [建設省 00̲1]P 6 〜P 7 参照。

(11)

図⑤ 事業実施に伴う遺跡の取扱いフロー図(事業者が国の機関等である場合)

(12)
(13)

4.3 法改正と保護手続きの変更

地方分権一括法が 1999 年7月に成立したことは 既に述べた。この法改正において遺跡保護の手 続きに関わる改正が行われ、都道府県への権限 委譲がなされた。すなわち、図③・図④からもわ かるように、都道府県が原則として遺跡の重要 性を判断するのである。

 この改正による文化財保護法の施行を 2000 年 4月に控え、建設省は先の手引書を作成したも のとみられる(手引書は 2000 年2月に発行され ている)。しかし、これは法改正に合わせた改訂 版であり、前著がある。1997 年発行の前著では 図⑤は図⑥のように表現されている。

 図⑤と図⑥を比較すると、第1に、市町村教育 委員会の行政庁としての位置付けが曖昧なのは 変わらないが、注目すべきなのは第2に、図⑤に は土木工事等のための発掘に関する通知(法第 57 条の3)の後に「工事立会」38・「慎重工事」39 という項目が入っていることである40。この「工 事立会」・「慎重工事」は、遺跡を破壊せずに盛土 保存41ができ(つまり、本発掘調査の対象としな いことができる)、開発事業の実施優先42の発想 から生み出されものであることは両者を比較す ればよく理解できる。これは手続き面上、大きく 後退していることは明らかである。

 第3に、遺跡は地域の財産であり、それ故地域 の住民の意向が遺跡保護に反映されるべきであ るが、それに関して全く配慮したものになって いない点である。これは手引書上だけでなく、滋

賀県や野洲町の現場においても変わりはない43。 勿論、法には不服申立てなどの行政救済制度は 整えられているが(法第 85 条)44、すべて遺跡の 発掘調査が終了した後での事後的救済である。

鳥取県妻木晩田遺跡において学者団体・住民団 体らによる遺跡保存運動が盛り上がったのも、

発掘調査の事前に学者団体・住民団体をはじめ とする利害関係者が意見を反映できないことの 証左でもある(詳しくは第6章で後述)。  さて、都道府県教育委員会では、市町村への勧 告・通達・協議・指導、都道府県の開発部局・開 発事業者との協議、市町村への補助金の交付、文 化財保護審議会の開催、発掘調査作業などを 行っている。

 1999 年に成立した地方分権一括法において文 化財保護法の一部改正が行われたことは繰り返 し述べたが、遺跡保護政策における都道府県・市 町村の役割についても改正が行われた。その最 たるものが遺跡発掘調査の権限の上での機関委 任事務から、自治事務への変容である45。今回の 改正により文化庁長官への届出要件は緩和され、

自治事務とされた(地方分権一括法第135条によ る改正文化財保護法第 99 条)。これによって、都 道府県の権限は強化されている。

 一方、市町村(政令指定都市を除く)に対して は法律上機関委任されてはおらず、そのことが また問題にもなっていた46。それに対して今回の 改正で新たに法第 58 条の2を設け、市町村も固 有の権限を持って発掘調査を行うことが可能に なったが、行政庁としての役割が不明確なのは 指摘した通りである47。このように行政庁として 明瞭でないにもかかわらず、野洲町文化財保護

38  工事立会とは、対象地域が狭小で通常の発掘調査が実施できない場合及び工事が埋蔵文化財を損壊しない範囲内で計画されてい るが現地で状況を確認する必要がある場合において、工事等の実施中に教育委員会の職員が立ち会うことである。

39  慎重工事とは、遺構の状況と工事の内容から、発掘調査、工事立会の必要がないと考えられる場合において、工事等に際して埋 蔵文化財等に悪影響を及ぼすことのないよう、慎重に実施すべき旨について、教育委員会の指導のもとに工事を行うことである。

40 [建設省 00̲2]P9 参照。

41  盛土とは、土地の造成などのとき、所定の高さにするために土を盛ることであり、盛土保存とは、盛土をして遺跡が破壊されな いようにすることを指す。

42  具体的には、工期の短縮であり、原因者負担(注:第5章財源にて後述)による費用の軽減である。

43  A 氏・B 氏へのインタビューによる。

44  今回の地方分権推進一括法で審査請求に関する事項が強化されているが、これも事後的処理である点においては旧来のそれと何 ら変わりない。

45  改正以前は遺跡の発掘調査は都道府県への機関委任事務の形をとっていた(法第 103 条・地方自治法別表第3の2の 11・法第 104 条の1)。従来は必ず、文化庁長官へ届出るものとされていたのである。

46 [原 87]P 79 参照。

47  市町村への全面的な権限委譲については、A 氏は時期尚早との認識であり、筆者も同感である。なぜなら、未だ市町村の保護体 制が充実しているとはいい難いからである。しかし、現実には市町村の中でも野洲町のように保護体制の充実に努めているとこ ろもあり、何らかの形で市町村への権限委譲が必須であるように思われる。

(14)

図⑥ 事業実施に伴う遺跡の取扱いフロー図(国の機関等の場合)

(15)
(16)

課では様々な努力が講じられている48

5 . 財源

 文化庁における 1998 年の遺跡の発掘調査費用 補助金は 33 億 7200 万円である49。国がそうであ るように、都道府県・市町村の文化財保護課にお ける発掘調査費の当初予算は少ない。発掘調査 は、試掘調査・分布調査・確認調査・本発掘調査 の4段階50に分けられるが、このうち文化財保護

課の当初予算で負担するのは試掘調査と分布調 査のみである。残りの確認調査と本発掘調査が 緊急発掘調査に相当し、この緊急発掘調査費の 負担を開発事業主体に依存している。緊急発掘 調査費は図①でも見た通り、総額は 1200 億円を 超え、文化庁全体の予算を遥かに超える。

 財源の問題において、発掘調査費用負担の問 題を避けて論じることはできない。この場合の 緊急発掘調査費は開発事業主体が持つのが慣例 になっている。これを端的に原因者負担と呼ん でおり、法的根拠(法第 57 条の2項を指すもの

48  野洲町文化財保護課では遺跡の発掘調査は勿論のこと、法に基づく都道府県への発掘件数の届出(3ヶ月に1回)、市町村の開発 部局・開発事業者との協議などを行っている。野洲町の概要から遺跡保護に係る事業計画を抽出すると、「埋蔵文化財に関する協 議、調整、発掘調査の実施とその保存・発掘調査現地説明会の開催及び埋蔵文化財速報展の共催・桜生史跡公園環境整備事業・辻 町古墳確認調査・史跡及び史跡公園の管理」などが行われている。

49  文化財保護全体の予算は 557 億円、文化庁全体でも 817 億円であるからこれもやむを得ない額ではある。

50  発掘調査は一般的に、試掘調査→分布調査→確認調査→本発掘調査の流れで行われる。

表② 滋賀県内埋蔵文化財発掘調査等

(17)

と解釈することが多い)が明確でないことから、

訴訟上の争点にもなってきている51, 52。  しかし、遺跡保護政策において必要とされる 緊急発掘調査費(図①参照)は大部分が公共事業 絡みであり、公共事業ということは殆どが国・都 道府県・市町村から支出されているものと解せ られる。遺跡保護政策の費用は予算を開発事業 につけるか、保護事業における緊急発掘調査費 につけるか否かだけの問題であるともいえるの である53。財源の問題は遺跡保護政策を所管する 文化庁、都道府県・市町村文化財保護課だけでは なく、公共事業を所管する開発部局(国ならば建 設省・農水省、都道府県ならば土木部・農政部な ど)によって担われているといっても過言では ない54

 滋賀県では文化財保護課が発掘調査費を負担 するのは勿論のこと、開発事業を所管する開発 部局も、周知の遺跡で開発事業がある場合には 発掘調査が行われることも踏まえて、予算を組 んでいる55。例えば、ある遺跡の発掘調査では農 政課は費用の 75%を、文化財保護課は 25%を負 担し、費用負担の問題に対応している56。  さて、滋賀県が財源の面で他の都道府県と若 干異なっているのは、市町村への補助金交付に ついてである。他の都道府県では個別の発掘調 査事業につけるのが一般的であるが、滋賀県で は周知の遺跡数や開発事業の件数に基づいて補 助金を算定するのではなく、市町村ごとに事業 内容として補助金を一括して交付している57。表

②は滋賀県の県下市町村に対する 2000 年度の発

掘調査における補助金の内訳である58。  この表②をみると、市町村ごとに一括して配 分することにより、1つの遺跡の発掘調査事業 ごとに予算を配分するよりも、弾力的に市町村 は遺跡の発掘調査に補助金を当てることができ る。反面、補助金の使い残しが生ずる恐れもあ り、そうなれば予算の無駄遣いになる可能性も 含んでいる。そして、一括して県が補助金を市町 村に交付することにより、市町村の発掘調査事 業を県がコントロールしている蓋然性も否定は できない。

6.遺跡保護政策に関わる利害関係者  文化庁・滋賀県教育委員会文化財保護課・野洲 町教育委員会文化財保護課は勿論のこと、開発 関係の中央省庁も利害関係者として国レベルで は関わってくる(建設省・農水省など)。建設省 では、開発事業を主管している課の殆どが遺跡 保護政策と無関係ではない。大臣官房をはじめ、

建設経済局・都市局・河川局・道路局・住宅局が 遺跡保護政策に密接に関わり合っている。農水 省では構造改善局などが関係する。そして、中央 省庁は都道府県の開発部局に通達を発して、遺 跡保護に対応している59

 滋賀県においては土木部に属する都市計画課・

住宅課・建築課・道路課が、農政部では農政課が、

琵琶湖環境部では下水道計画課・下水道建設課 などが開発事業を所管し、遺跡保護政策と密接

51  東京都府中市において原因者負担が問題となり、裁判で争われた。この行政法上の原因者負担の問題点については[原田 86̲2]

[椎名 86b][椎名 94]P 118 〜P 121 参照。

52  この問題の淵源は 1964 年、文化財保護委員会(文化庁の前身)から中央省庁や公団宛に出された「史跡名勝天然記念物および埋 蔵文化財包蔵地等の保護について」依頼文に求めることができる。この時点において国または国関係特殊法人等の開発事業につ いては、緊急発掘調査費を原因者が負担し、調査の実施を都道府県教育委員会に委ねる方式(原因者負担制度)が、文化庁と関 係省庁(建設省・農水省など)や関係機関(日本道路公団や日本住宅公団)との間で確認されたのである。大規模開発時代の到 来を踏まえ、この方式は公団だけではなく民間の開発事業者にも普及し、遺跡の記録保存(保護側)と緊急発掘調査費の負担(開 発側)の方式が全国に広がった。

53 [椎名 93̲3]P 23 〜P 25 参照。

54  ところで、開発事業者が負担した原因者負担の費用を、開発事業者は受益者に負担させることも可能である。すなわち、発掘調 査が進行すると開発事業は遅延するが、その開発事業の工期の遅れ分だけの金利負担などを住宅などの購入者に転嫁させ、住宅 の販売価格を上昇させることも理論上は可能なのである。[大野 94̲2]P 191 〜P 192 参照。

55  A 氏へのインタビューによる。

56  このように2つの部局に予算をつけることによって発掘調査費用を捻出しているが、2つの部局にまたがるため、過去に2重予 算の問題が発生したこともあるそうである。

57  A 氏へのインタビューによる。

58  A 氏によると、遺跡担当職員がいる市町村に対して交付しているとのことである。

59  他に遺跡保護に係る公共事業として、運輸省所管の空港事業・港湾事業がある。

(18)

な関わりを持つ。この構図は野洲町でも滋賀県 とほぼ同様の構図である。

 国・都道府県・市町村いずれをみても圧倒的に 開発部局の行政機関が多く、保護部局に相当す るのは教育委員会文化財保護課だけである。

 以上は行政内部での利害関係者であるが、そ れ以外に保護側ではマスコミ・学者団体60・住民 団体が、開発側では開発事業者・公団・地権者が 関わり合っている。

 このように遺跡保護政策を巡る利害関係者は 多く、複雑多岐にわたっている。この利害関係の 多様さが遺跡保護政策の1つの特徴であるが、

この利害関係者のどれがイニシアティブを発揮 して遺跡保護に関わり合っているかにより、遺 跡保護の展開が大きく異なってくることになる。

例えば、周知の遺跡の存在が明確な土地で開発 事業を計画した場合、遺跡が発見され発掘調査 の結果により当該遺跡が学術上重要であると判 明すれば、学者団体・住民団体・マスコミが遺跡 保存運動を展開し、開発事業の進捗状況は著し く遅れることになる。そうなれば開発事業の見 直しに繋がり、開発事業を縮小、もしくは中止す る事態となり得る。この場合、マスコミ・学者団 体・住民団体がトライアングルを組んで遺跡保 存運動を推進する。いわば、これらは一種の圧力 団体といえなくもない。

 そして、鳥取県妻木晩田遺跡の場合がまさに この場合に該当する61。開発事業者は最終的に50 億円を投じたが、遺跡保存運動の前に撤回を余 儀なくされた。その遺跡保存運動は1997年に「妻 木晩田の遺跡を守る会」・「妻木晩田遺跡保存連 絡会」・「自然と遺跡と人間を考える会」などが結 成されたときから始まる。これらの会は遺跡の 解説パンフレットやビデオを作成し、遺跡へ のバスツアーを企画や遺跡に直接来られない人 たちのために巡回写真パネル展を開いた。また、

考古学の学者に講演を依頼して連続講演会を開 催し、1998 年6月には「海と山の王国 〜妻木 晩田遺跡をどう活かすか〜」と題するシンポジ ウムも開催し、これらの活動はマスコミでも報 道された。こういった殆どの活動は遺跡の重要 性を認知してもらうための活動だったと総括で

きる。この遺跡保存運動が実を結び、1999 年4 月鳥取県知事の記者会見において遺跡の全面保 存が認められた。更に、この運動は文化庁をも動 かすことになり、異例のスピードで 2000 年 12 月 に国史跡指定を受けて全面保存が可能になった。

しかし、このような紛争が生じること自体、利害 関係者の参加手続きが明確にされていないから ともいえる。

 学術上重要な遺跡であるというのは稀であり、

考古学などの専門家でない限り、やはりその重 要性は認識しにくい。一般的に保存される遺跡 は極僅かであり、殆どの遺跡の運命は記録保存 である。最終的には発掘調査により開発事業の 実施は遅延するものの、開発事業主体はその事 業目的を達成することになる。このことは開発 事業主体が行政の開発部局であれ民間であれ、

何ら変わりはない。

7.政府間・政府内関係 7.1 機関間関係の円滑化

 文化庁は先述の通り、1998 年9月各都道府県 教育委員会教育長宛に「埋蔵文化財の保護と発 掘調査の円滑化等について(通知)」を出してい る。本通知では、

「埋蔵文化財保護の具体的な内容が市町村ごと に大きな差違を生ずることを避け、行政の客 観化・標準化を進めるためには、各都道府県教 育委員会において、保護の基本となる方針や 標準を定め、それを基に管内の市町村を指導 することが望ましい。」

と述べられており、都道府県教育委員会に保護 の基本となる基準の策定を促している。滋賀県 においても文化庁の通知に則り、1999 年度に県 文化財保護課と県下の市町村で文化財保護課を 有する市町村から遺跡保護に関わる遺跡担当職 員を集めて検討委員会を数回開き、「滋賀県にお ける開発事業に伴う発掘調査等の取扱い基準」

を策定し、2000 年4月1日から適用している62。 いい換えれば、それまでは各都道府県が独自の

60  日本考古学会・考古学研究会・日本歴史学会・歴史学研究会・日本史研究会など。

61  以下の段落の記述は[佐古 00]P1 〜 P7 をもとにまとめた。

62  A 氏によれば、この基準の策定に当たり県文化財保護課は、県開発部局に対して意見聴取は実施していないとのことである。

(19)

判断で遺跡保護を実施していたといえる63。  そして、この基準において、第4章第3節で検 討した発掘調査における工事立会・慎重工事の 県レベルでの考え方も示されている64。この基準 は、滋賀県内の発掘調査を統一的に実施しよう と努めている65。だが、既に触れたように、滋賀 県の市町村の保護実施体制は現時点ではかなり 異なっている。野洲町のように複数の遺跡担当 職員がいる市町村もあれば、全くいない市町村 も存在する66。また、周知の遺跡や開発事業の数 も市町村によって異なり、自ずと市町村の遺跡 保護の組織体制にも違いが生じている。

 基準では「滋賀県教育委員会および市町村教 育委員会は、埋蔵文化財保護のための組織・体制 の整備・充実に努め、本基準を誠実に遵守するも のとする」とある。つまり、この基準が策定され たことによって、市町村はこの基準を踏まえた 上で指針を策定せねばならず、本基準から大幅 に逸脱して発掘調査体制を充実させることはで きない。そうであれば、野洲町のように保護体制 を強化したいという市町村の足枷になる恐れも ある。

7.2 連絡調整の問題点

 総務庁は 1995 年に遺跡保護政策について行政 監察を実施している。この行政監察には発掘調 査に係る都道府県・市町村の事務分担がまとめ られており、都道府県・市町村は概ね次のいずれ かの類型で事務分担を行っている。その結果は 表③の通りである。

 この表③を見ると、発掘調査の事務分担は一 様ではないことがよくわかる。事務分担が法律・

政令・通達で定められていないため、事務分担の かなりの部分は、都道府県に委ねられているこ とが窺える。

 また、総務庁近畿管区行政監察局は 1998 年4 月から7月にかけて、「埋蔵文化財の発掘調査に 関する地方監察」という監察を実施している67。 以下に関連する部分を引用する。

 (主な調査結果)

 埋蔵文化財の保護、発掘調査の実施状況等 を調査した結果、次のような問題がみられた。

① 建築確認の担当部局との連携が不十分な ため、埋蔵文化財包蔵地内で無届の住宅建 設が多数みられる。また、事業者に発掘調査 等を指示したにもかかわらずその後の確認 が不十分なため、土木工事等が着工され地 下の遺物又は遺構を損傷しているおそれの あるものがある。

(改善措置)

 調査結果を関係府県の教育委員会に対して 通知した結果、次のような改善措置が講じら れた。

① 土木工事等による遺構等の損傷の防止策 としては、市町村教委と建築確認担当部局 との合議システムの整備等による連絡調整 の徹底指導。発掘調査、立会等の指示の厳正 な取扱い、事業者との連絡の確保等による 指示違反工事の防止。

 上記のような問題を内在しつつ、都道府県は どのような連絡調整の体制をとっているのか。

次節以降で滋賀県と野洲町における連絡調整の 事例を検討する。

63  県の策定を受けて滋賀県野洲郡中主町(野洲町と隣接している町)では詳細な「埋蔵文化財の調査について」と題す基準を策定 しているが、中主町のように策定している市町村は県下では現時点で中主町を除くと皆無に近い。野洲町でも未だ策定段階であ る(B 氏へのインタビューによる)。なお、この市町村における策定は義務ではなく、任意である。

64  それによると、工事立会とは、(ア)小規模な排水路、ガス・水道等の理管理設工事など、工事対象が狭小であり、通常の発掘 調査の実施が出来ない場合で、原則として掘削幅1m以下の工事とする。ただし、土質や遺構までの深さ等の理由により、掘削 幅1m以下の工事においても、危険を伴う等、発掘調査の実施が不適当と判断される場合には工事立会の扱いとする。(イ)周辺 での調査データの蓄積から、工事による影響が地下遺構に達しないと判断される場合」である。一方、慎重工事とは、(ア)対 象地が既工事により攪乱されていることが明らかな場合。(イ)発掘調査終了部分での再工事の場合。(ウ)周辺での調査データ の蓄積から、工事による影響が地下遺構まで達しないことが明らかであると判断される場合」である。この工事立会や慎重工事 の位置付けは都道府県によってまちまちである。

65  県文化財保護課では市町村をいくつかのブロックに分けて実施体制を把握している。

66  県下では 42 の市町村が遺跡担当職員を置いているが、設置していない市町村にとっては関係のない基準である。

67 [総務庁 98]P 23 〜P 24 参照。

(20)

表③ 発掘調査の事務分担

(21)

7.3 滋賀県における連絡調整の事例  滋賀県では表③のI県やその他の県同様、国及 び都道府県の開発事業を都道府県教委が分担し、

市町村及び民間の開発事業を市町村教委が分担 している68

 次に、連絡調整の原因となる開発事業の実施 に伴う滋賀県全体の通知・届出、並びに発掘調査 件数を示すと、表④の通りである。

 これらの届出・通知を踏まえて、滋賀県文化財 保護課は 1999 年度において発掘調査 24 件、試掘 調査2件、測量調査 1 件を実施するとともに、過 年度に実施した発掘調査などについての整理調 査を 32 件実施している。発掘・試掘・測量調査 の内訳は、河川改修などの国・公団事業に伴うも のが2件、県道建設などの県土木事業に伴うも のが 11 件、圃場整備など県農政水産部事業に伴 うものが 11 件、その他の県事業に伴うものが3 件である69

 これら滋賀県における周知の遺跡での発掘調 査に係る開発事業を所管しているのは土木部

(建築課・砂防課・住宅課・都市計画課・河川開 発課・道路課)・農政水産部(農政課・農村整備 課)・琵琶湖環境部(下水道計画課・下水道建設 課)などである70。その他に国や公団が直接開発 に携わっているもの(建設省河川改修・日本道路 公団施設整備・水資源開発公団琵琶湖総合開発)

や、滋賀県警本部の宿舎建設などもみられる。

 これらの開発部局と連絡調整を行っているの は県文化財保護課である。それでは、文化財保護 課はどのようにしてこれら開発部局に係る開発 事業との連絡調整を行っているのであろうか。

 まず、滋賀県の公共事業について述べる71。滋 賀県では8・9月頃から県全体の予算作成過程 が始まるが、その過程で来年度にどういう開発 事業を実施するかを文化財保護課から文書で開 発部局に通知する。11 月中に各課から返答が揃 い、文化財保護課で周知の遺跡において開発事 業と遺跡保護との調整が必要か否かを照合する。

周知の遺跡で開発事業を実施する場合にはその 開発事業を所管する開発部局と文化財保護課と が協議する72。一方、周知の遺跡を無視して開発 事業計画が立案されていた場合には、文化財保 護課から開発部局に再考を促す文書を送付する。

68 [県教委 00a̲3]P46 参照。

69 [県教委 00b̲1]P 250 〜P 254 参照。

70 [県教委 00b̲2]P 250 〜P 253 参照。開発事業別にみると、国道改良・県道改良・砂防工事・河川改修・公園整備・住宅建築(以 上、土木部)、圃場整備・灌漑排水・水田再編排水対策・広域営農団地農道整備・一般農道整備・中山間総合整備・新生産調整対 策(以上、農政水産部)、治山工事・下水管渠(以上、琵琶湖環境部)などが列挙されている。なお、開発部局や開発事業数は年 度によって当然異なる。

71  以下、滋賀県の連絡調整に関する記述は A 氏へのインタビューによる。

72  但し、河川関連の事業はこの流れに組み込まれていないので、この流れとは別に、土木部河港課・河川開発課に対しては個別に 文化財保護課から問い合わせている。

表④ 滋賀県・市町村における遺跡発掘届等件数

(22)

以上の手続きで、各課の予算決定までには最初 の協議は終了する体制になっている。そして、1 月から3月にかけて開発部局と文化財保護課が 再協議をして全体として開発事業計画を詰めて いき、3月の上旬には次年度の遺跡保護計画が 固まる。この時期に文化財保護課は財団法人滋 賀県文化財保護協会(発掘を直接担当)との発掘 調査の調整(この開発事業計画で発掘調査が実 施できるか否か)や開発部局との微調整も行う。

この予算作成過程の中で遺跡保護政策が協議さ れているが、それは滋賀県の開発部局・国・公団 などが開発事業主体となる場合(公共事業)であ り、且つ、周知の遺跡に限られている。そして、

これらの開発部局が開発事業主体となる開発事 業は財団法人滋賀県文化財保護協会が発掘調査 を担当する。これは、国や公団が直接開発事業を 実施しているものに関しても同様である。この 協議に基づいて次年度は発掘調査を実施するこ とになり、工事立会・慎重工事・本発掘調査のい ずれかが選択されることになる。

 次に、民間による各種の開発事業の場合につ いて代表的な事例をみることにする。滋賀県で は民間の開発事業は市町村教育委員会が最初に 対応しており、この体制を取る以上、都道府県の 許可に係る民間開発事業において、すべての市 町村は県文化財保護課と連絡調整を行うことに なる。このことを前提として、以下、それぞれの 事例をみる。

 初めに、農地転用73(農地法第4条の1、第5 条の1)の場合に関してである。次の図⑦は農地

転用に係る許可申請手続きをフローチャート化 したものである。

 農地転用では開発事業者から開発事業が申請 され、それが農地転用の許可(農地振興指定を解 除)を必要とする場合(農地転用は原則、知事の 許可が必要)、県文化財保護課は県農業委員会と の協議を行っており、その協議の中で周知の遺 跡の有無を、閲覧・合議の2種類の方法を通じて 確認する。そして、遺跡が確認された場合には県 文化財保護課から市町村教育委員会へ連絡する 体制となっている。この協議の後、発掘調査(工 事立会・慎重工事・本発掘調査)が行われること になる。第5条許可(2000 平方 m 以上)以外の 場合には、市町村は県文化財保護課や県農政課 と連絡調整を行うことなく、発掘調査(工事立 会・慎重工事・本発掘調査)をすることができる。

 都市計画区域において、市街化調整区域の指 定を解除(都市計画法第 29 条)する場合も農地 転用とほぼ同様の手続きである。市街化調整区 域の指定の解除には都道府県知事の許可が必要 だからである。なお、農地転用・市街化調整区域 の指定解除いずれの場合も、協議ができなかっ た場合には、開発許可が下りないこともあり得る。

 建築申請74(建築基準法第6条の1)の場合は 県が財団法人を設置し、開発事業者から建築主 事への建築申請の前に、県文化財保護課から開 発事業者に対して周知の遺跡の有無を確認する 指示を出している。なぜなら、建築申請が認めら れれば滋賀県としてはその開発事業を認めたこ とになり、文化財保護課は開発事業者と協議で

73  農地転用とは、農地を農地以外の利用に供することである。農業政策上、優良農地を確保するためにもこの規制は極めて重要で ある。

74  建築申請とは、申請された建築計画が、建築に関する法令の基準に適合しているか否かの認定を建築主事が確認することである。

図⑦ 農地転用に係る許可申請手続き(知事許可の場合)

参照

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