日本の都市圏に関する二つの定義 ―標準大都市雇 用圏と都市雇用圏―
著者 徳岡 一幸
雑誌名 經濟學論叢
巻 55
号 2
ページ 21‑82
発行年 2003‑09‑20
権利 同志社大学経済学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004592
【資 料】
日本の都市圏に関する二つの定義
――標準大都市雇用圏と都市雇用圏――
徳 岡 一 幸
1
都市圏定義の最近の動向都市圏は都市化による都市の外延的拡大を反映した都市空間の実質的な範囲を意味す る地域概念である.定義されるべき都市圏は,都市化の実態を反映するとともに,統計 データの表章や都市に関する実証研究や政策課題の検討のために共通に利用できる地域 単位であることが望ましい.
アメリカ合衆国では,各種の統計を集計する地域単位として用いる目的で,行政予算 局(Office of Management and Budget(OMB))が定める基準に基づき大都市圏が定義さ れ,種々の都市問題に関する実証研究に利用されている.アメリカにおける最初の公式 の定義は1949 年の Standard Metropolitan Area(SMA) であるが,59 年には Stand- ard Metropolitan Statistical Area(SMSA) という名称に変更された.その後も設定基準 の見直しが行われ,1983 年には Metropolitan Statistical Area(MSA) が,90 年からは Metropolitan Area(MA) という総称のもとで都市圏が定義されている1).日本におい ては,国勢調査の結果を表章する地域単位の1 つとして「大都市圏」と「都市圏」が 総務庁統計局により定義されているものの,東京都特別区部と政令指定都市,および,人 口50万人以上の大都市を中心都市とする大規模な都市圏に限定されており,日本の都市化 や都市問題に関する包括的な実証研究を行う上では不十分である.そのため,都市圏を用 いた実証分析を行う際には,研究者が個々に都市圏を定義しているのが現状である.
わ れ わ れ も ,SMSA の 設 定 基 準 を 参 考 に し て 「 標 準 大 都 市 雇 用 圏 (Standard Metropolitan Employment Area(SMEA))」という名称の都市圏の設定基準を提案し,
1)Statistical Abstract of the United States: 2001(121st edition),U.S. Census Bureau, 2001, P. 892に よる.
1965 年,75 年,85年,95 年のSMEA を定義して公表した2).さらに,2000 年の国勢調 査結果に基づく2000 年SMEA を定義したところである.SMEA 以外にも,Kawashima et al.(1993)の「機能的都市地域(Functional Urban Region(FUR))」3),鈴木勉・竹 内章悟(1994)による「統合都市地域(Integrated Metropolitan Area(IMA))」などが 提案されている.そして,このような都市圏の提案を踏まえ,日本における都市の集積 の経済や最適都市規模に関する実証研究においても都市圏を単位とした分析が試みられ るようになり,IMA を用いたKanemoto et al.(1996),SMEA を用いた金本良嗣・斎藤 裕志(1998),田渕隆俊(1998),清水希容子(2002)などが発表された.また,『平成 11 年版 建設白書』では,FUR の基準を採用した都市圏が定義され,都市圏ごとの 人口の将来推計が試みられている.
これらのなかで,われわれのSMEA は共通の分析単位として望ましい性質を有する都
市圏の1 つといえるが,設定基準について見直さなければならない点があるのも事実
である.また,アメリカ合衆国においても,都市圏の設定基準について大幅な見直しが 1998 年から行われ, Core Based Statistical Area(CBSA) と総称される新しい都市圏が 2000 年センサスから定義されることになった.
アメリカにおける見直しの背景としては,(1)現在の基準はあまりにも複雑で,ad- hoc な基準に縛られているという批判が多くあること,(2)交通等の技術の変化,居 住場所と従業場所の関係の変化,商業機能の立地の変化により合衆国内の人口分布や 種々の活動のパターンが変化したにもかかわらず,定義される都市圏の概念自体は1950 年以降大きくは変わっていないこと,(3)コンピュータによるデータ処理,とくに,地 理的なデータ処理技術の進歩により,統計圏を構築するための地理的単位としてサブ − カウンティを利用できるようになったこと,(4)現行の都市圏は合衆国全土を区分して はいないため,非都市圏内の社会・経済的な結びつきが統計データに適切に反映されて いないこと,が指摘されている4).これらの課題に対応するいくつかの代替的な基準案の
2)1995 年までのSMEA については徳岡一幸(1998)を参照されたい.
3)FUR の設定基準はKawashima(1982)において定義された Functional Urban Core(FUC)
の基準を改定したものである.なお,Kawashima(1982)ではFUR は本来の都市圏であるFUC にその後背地を含む圏域を指す名称として用いられていたが,Kawashima et al.(1993)ではFUR が都市圏の名称として使われている.
4)Office of Management and Budget(1998)による.
検討を経て,2000 年に Core Based Statistical Area(CBSA) と総称される新しい都市 圏の設定基準が公表されたのである.
CBSA は核になる一定規模以上の人口集積地(Urban Area と呼ばれる)と,それと強 い結合関係をもつ周辺のコミュニティから形成される圏域である.圏域を定義する地理 的な単位は従来通りカウンティであるが,核になる人口集積地としては,これまでの基 準で用いられてきた人口密度が1 平方マイル当り1,000人以上で人口5 万人以上の連続し た空間である都市化地域(Urbanized Area)に加えて,センサス局が2000 年センサスか ら定義する人口密度が1 平方マイル当り1,000人以上で人口2,500人以上5 万人未満の連 続した空間である都市的クラスター(Urban Cluster)のうちの人口が1 万人以上のもの も含まれる.そして,域内の人口の半分以上,または,5,000 人以上がこれらの人口 集積地に居住するカウンティが中心カウンティになる.周辺カウンティを決めるための 基準については大幅に簡略化され,中心カウンティへの通勤流出比率,または,そこか らの通勤流入比率が25%以上という条件のみになった.これらの基準のもとで定義され るCBSA のなかで, 人 口5 万 人 以 上 の都 市 化 地 域 が核 になる圏 域 はMetropolitan Statistical Area と呼ばれ,人口1 万人以上5 万人未満の都市的クラスターが核になる圏域 はMicropolitan Statistical Area と呼ばれて,区別されることになる5).
以上のような点を踏まえて,日本の都市圏の設定基準についての研究が東京大学空間 情報科学研究センターの「都市システム」共同研究プロジェクトの一環として行われ,
2001 年に都市雇用圏(Urban Employment Area(UEA))と総称される新しい都市圏の設 定基準が東京大学の金本良嗣教授により提案された.以下では,新たに提案されたUEA の特徴について,SMEA のもつ問題点と対比させながら検討する.
2 SMEAと UEAの設定基準
最も一般的な都市圏は,結節地域の概念に基づき,中心都市と,それと社会経済的に 密接に関連付けられる周辺地域,すなわち,郊外によって形成される.したがって,定 義にあたっては,前述のCBSA のように中心都市と郊外の設定基準が必要になる.前者 は中心都市としての資格要件であり,後者は郊外と判定するために必要な条件で,都市
5)CBSA の設定基準はOffice of Management and Budget(2000)による.
的性格と中心都市との結合度に関するものである.SMEA とUEA も以上のような設定基 準に基づき,市町村を基礎的な単位にして定義される.それらの基準は第 1 表のと おりである.
SMEA は人口が10 万人以上になる規模の大きな都市圏を大都市圏として定義すること
とを目的にしている.中心都市の資格を示す基準としては人口規模,非1 次産業就業者 比率(常住地ベース),昼夜間人口比,流出就業者比率が,また,郊外の条件には,都 市的性格を表わす基準として非1 次産業就業者比率(常住地ベース),中心都市との 結合度の基準として中心都市への流出就業者比率(通勤比率)が用いられている.SMEA の設定基準の特徴は,中心都市を人口の集積地としてのみでなく雇用の中心として捉え,
1 つの雇用中心とその通勤圏として都市圏を定義することである.そのため,中心都 市に対して雇用中心と位置づけるための厳しい条件が課される.
一方,UEA の中心都市の条件は,一定規模以上の人口集積地は都市圏の核になるとい
うCBSA の考え方が採用され,人口1 万人以上の人口集中地区(DID)を有し,他の都
市の郊外にはならない市町村が中心都市になる.ただし,郊外に位置づけられる市町村 であっても,一定の条件を満たすものは中心都市に加えられる6).郊外になる市町村は中 心都市への通勤流出比率が10%以上という条件のみによって決められる7).さらに,こ れらの郊外市町村への通勤流出比率が10%になる市町村も2 次以下の郊外として都市圏 に含まれることになる.UEA ではDID 人口で表される人口集積地であるという性質が重 視され,基準を定めるにあたっては,都市圏と呼ぶにふさわしい集積を有する地域が都 市圏に入り,都市圏としてのまとまりをうまく把握できることに注意が払われているの である8).
そして,定義されたUEA は,最大の中心都市のDID 人口が5 万人以上のものは大 都市雇用圏(Metropolitan Employment Area(MEA)),中心都市のDID 人口が1 万人以 上5 万人未満のものは小都市雇用圏(Micropolitan Employment Area(McEA))と呼ば
6)ただし,郊外に位置づけられる政令指定市の場合は,少なくとも1 つの区が条件を満たせば,市
全体が中心都市に組み入れられる.
7)日本の都市圏の通勤構造が非常に入り組んでいること,ベッドタウンが郊外市町村として分類 されることを保証するために10%という閾値が採用された.金本良嗣・徳岡一幸(2002)を参照.
なお,この値はSMEA と同じである.
8)金本良嗣・徳岡一幸(2002)による.
れて,区別される.したがって,SMEA との対比では,MEA がSMEA に相当する大都 市圏といえる.UEA の定義に関しては,金本教授により1995 年の国勢調査結果に基
づく95 年基準のUEA が最初に定義され,その後,80 年基準,90 年基準,2000 年基準
のUEA が定義された.これらはすべて金本教授のホームページで公表されている9).な
お,『平成14 年版 通商白書』では,日本における経済集積の特徴を明らかにするうえ で,経済活動の地理的分布を捉えるために1995 年のMEA が用いられた.
3 SMEA の問題点と UEA の特徴
前述のように,SMEA の特徴は相当の人口規模と雇用中心としての性格を有する唯一 の中心都市とその郊外によって形成されるmono-centric な圏域という点にある.また,
郊外は唯一の中心都市との直接的な関係のみによって決められるため,単層的な構造に なる.しかし,都市化の進展にともなって人口や企業の分散が進み,それによって通勤 流動のパターンも多様化して,多核的な都市空間が形成されている.中心都市の雇用中 心としての性格を重視し,郊外の市町村から唯一の中心都市への通勤流動のみを考慮し て単純な圏域構造を仮定するSMEA の基準は,このような変化に対応できなくなってき た.とくに,中心都市に雇用中心としての厳しい条件を求めていることが障壁となり,
本来なら都市圏に含まれるべき市町村を都市圏から除外してしまうという問題が生じて いる.
第 2 表は2000 年の国勢調査結果に基づき全国の市町村をSMEA とUEA の設定基準,
および,人口規模等により分類したものである.SMEA の設定基準を適用すると,いず
れのSMEA にも属さない(非SMEA の)市町村が1,966 になるが,そのなかに人口が5
万人以上10 万人未満の市町が70,10 万人以上の市が29 存在する.また,DID 人口
の規模別分類から,5 万人以上の非SMEA の市が40 あるが,うち14 市は10 万人以 上であることがわかる.このような大規模かつ高密度な集積が都市圏から除外されるこ とは,都市圏の意味や定義の目的からみて,SMEA の設定基準がもつ最大の問題点とい える.1995 年基準のSMEA のもとでは非SMEA になる人口10万人以上の市は16 であっ たので,この問題は2000年にはより深刻になったと考えられる10).
9)http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~kanemoto/MEA/mea.htm
10)徳岡一幸(2001)では,1995 年のSMEA に基づく設定基準の問題点の検討が行われた.
UEA では,以上のようなSMEA の定義では除外されてしまう,本来なら都市圏に 含まれるべき集積を有する市町村がすべて都市圏の構成要素となるように,中心都市の 条件として人口集積地という性質が重視されるとともに,通勤パターンの多様化に対応 するために,複数の中心都市を有するmulti-centric で重層的な構造をもつ都市圏が仮 定される.そのため,中心都市の条件が基本的にはDID 人口のみとされる一方で,一定 の条件を満たす郊外市町村が中心都市とみなされる.さらに,中心都市と間接的に結び つけられる2 次以下の郊外が定義される.このような基準により,第2 表からわかる ように,DID 人口が1 万人以上のすべての市町村はいずれかのUEA に属することになる.
人口総数でみても,10 万人以上の市はすべていずれかのUEA に属しており,どのUEA にも含まれない(非UEA の)人口が5 万人以上10 万人未満の市も3 つのみになる.
SMEA の設定基準のもう1 つの特徴は,中心都市と郊外の条件として都市的性格を加
え,非1 次産業就業者比率をその指標として採用したことである.FUR を定義した
Kawashima et al. (1993) は,以前は同様の条件を課していたが,その意義がなくなったと して,1990 年の定義では条件から削除した.アメリカのCBSA の設定基準においても,
このような都市的性格に関する条件は課されてはいない.UEA の設定基準を決める際に,
SMEA のような都市的性格を条件として入れることの妥当性が検討された.しかし,
UEA の定義にあたって前提とするべき条件の1 つとして「自動車利用が急速に普及した
ために,人口密度の低い地域から都市へ通勤することが可能になった.したがって,都 市への通勤圏の定義において人口密度や非一次就業者比率を用いることの合理性が薄く なってきた.」11)という点が指摘され,中心都市の条件としてはもちろん,郊外の条件と しても採用されなかった.
第2 表からわかるように,UEA の中心都市はすべて非一次就業者比率が75%以上であ
り,中心都市の条件としての意義はなくなっている.ただし,郊外の市町村については,
MEA の郊外の8 %にあたる107 市町村が,McEA の郊外の22%にあたる117 市町村
が75%未満である.非一次就業者比率が75%以上という基準は都市的な土地利用が支配
的な空間であることの代理指標としての意味をもつ.その点からみれば,UEA は非都市 的な土地利用が支配的な空間をSMEA に比べてより多く含んでいることになる.
以上のように,UEA は高密度な人口集積地をすべて圏域に含む一方で,郊外は広く設 定することになり,全体としてSMEA よりも広い範囲を都市圏として定義するという特 徴を有している.ここで,SMEA とUEA の対応関係をみるために,全国の市町村を 所属先の圏域別に分類して整理すると第 3 表のようになる.SMEA に属する市町村
11)金本良嗣・徳岡一幸(2002)による.
のなかで,いずれのUEA にも属さない非UEA の市町村は8 つのみで,他はすべていずれ かのUEA に含まれる12).さらに,どのSMEA にも属さない1,966 の非SMEA 市町村のな
かで45%余りの887 市町村がいずれかのUEA に含まれる.このように,UEA は,全体と
してみれば,SMEA を部分集合として含む圏域として定義されているとみなされる.
ただし,SMEA とUEA では,市町村によっては都市圏における位置づけが変化する.
SMEA の中心都市のなかで3 市はMEA の郊外に位置づけられる.その一方で,SMEA の
郊外になる市町村のなかの13 市町村がMEA の中心都市に,3 市町村がMcEA の中心都 市になる.これらの16 市町村は,いずれも複数の中心都市をもつUEA の中心都市の 1 つになっている.SMEA の基準では,郊外の条件を満たす市であっても,中心都市 の条件が満たされれば,その市は独立した都市圏の中心都市とみなされる.しかし,UEA では郊外の条件を満たす場合は基本的に郊外に組み入れられ,そのうえで,一定の条件 に基づき中心都市に加えられる市町村が抽出される.このような設定基準の違いにより,
都市圏における位置づけが変化するのである.
4 2000 年の日本の都市圏
2000 年の国政調査結果にそれぞれの設定基準を適用して都市圏を定義すると,第 4 表 に示されているように,SMEA は118,MEA は113,そして,McEA は156 定義され る13).これらの都市圏別の市町村数と人口は付表 1と付表 2のとおりである.また,付 表 3には,2000 年SMEA の構成市町村の一覧が掲載されている.付表1 と2 では,
MEA とMcEA に対して同じ中心都市をもつSMEA を対応させて表示している.UEA で
は1 つの都市圏内に複数の中心都市が存在しうるが,そのようなUEA は,MEA では
7 つ(つくば市,太田市,東京都特別区部,名古屋市,大阪市,岡山市,徳山市をそれ ぞれ最大の中心都市とするMEA),McEA では5 つ(北上市,燕市,御殿場市,福知山 市,伊予三島市をそれぞれ最大の中心都市とするMcEA)存在する.また,2 次以下
12)SMEAに含まれるにもかかわらず非UEA になる8 市町村はすべて中津川SMEA を形成する市町
村である.中心都市である中津川市のDID 人口が1 万人未満であるため,UEA の中心都市となら ないことによる.
13)2000 年のSMEA の定義は筆者が行った.定義の結果は付表3 のとおりである.MEA とMcEA
については,金本教授が定義されたものを使わせていただいた.ただし,本稿の都市圏別の人口 や就業者数等の値は筆者が集計したものを用いている.
の郊外が定義されたUEA は,MEA では約半数の56,McEA では32 であった14).
第4 表 からわかるように,SMEA に基づくなら,全国の市町村の39.1%にあたる1,263
市町村が都市圏に含まれ,そこに総人口の76.6%が居住し,従業就業者の77%が働いて いることになる.それに対して,MEA に基づくなら,全国の44.8%にあたる1,447 市町
村がMEA に属し,総人口の81.9%が居住し,従業就業者の81.9%が働いている.SMEA
と比較すると,前節で明らかなように,MEA の方が圏域の範囲が広いことがわかる.な お,UEA 全体でみると,全国の市町村の66.3%がいずれかの都市圏に含まれ,日本の人
口の92.4%が都市圏人口として把握される.
2000 年のSMEA とUEA の規模別の都市圏数をみると,第 1 図のようになる.SMEA
とMEA では,人口50万人以上の都市圏数はほぼ一致するが,50万人未満ではMEA
の方が規模の大きな都市圏が相対的に多くなる.ただし,SMEA は人口が10万人以上の 圏域として定義されるが,MEA ではそのような条件は存在しないため,10万人未満のも
のが4 つできる.小都市圏であるMcEA は3 分の2 余りが人口10万人未満であるが,10
14)2000年のUEA では,4 次以下の郊外をもつUEA は存在せず,3 次の郊外まで定義されている.
万人以上25万人未満のものも50 存在する.
また,第4 表に基づいてそれぞれの都市圏全体の人口密度とDID 人口比率を計算する
と,第 5 表のようになる.これらの数字は都市圏の平均的な空間特性を表す.MEA と
SMEA を比較すると,設定基準の違いから予想されるように,MEA の中心都市はSMEA
のそれよりも高密度な空間であり,反対に,MEA の郊外はSMEA のそれよりも低密 度な空間であることがわかる.とくに,MEA の2 次以下の郊外は全国平均よりも低密度 である.McEA は,DID 人口1 万人以上の人口集積を核としてもつものの,圏域全体と しては低密度な空間であり,SMEA やMEA とは性質の異なる圏域であることに留意 する必要がある.
ところで,Frey, W.H. and A. Spearce, Jr.(1988)は,分析のための基本的な単位とし て利用可能な都市圏の定義が備えるべき3 つの条件を指摘している.それは,
(1)すべての大規模な人口集積を含むこと,
(2)センサス等のデータが設定された都市圏単位で集計可能で,かつ,時間的に大 きく変化しない地理的単位を用いて定義されること,
(3)都市圏は,そこに住む住民の居住地と従業地を含むため,労働市場圏を近似し ていること,
である.第1 の点からは,すべての大規模で高密度な人口集積を含むMEA がSMEA よ りも望ましい性質を有しているといえる.
第2 の点については, いずれの都市圏も市町村を基本単位としており,都道府県を単
位としてのみ集計される一部のデータを除いて,都市圏単位でデータを集計することは 比較的容易である.しかし,時間的な安定性に関しては,近年の大規模な市町村合併の 動きから,時系列の比較を困難にするという問題が予想される.同一の都市圏に属する 市町村の間で合併が行われる場合には問題は比較的小さいであろうが,合併の範囲が圏 域外や他の都市圏にまたがる場合には大きくなる.このような市町村合併への対応につ いて,基本的なルールを明確にする必要がある.
第3 の労働市場圏としての都市圏という点に関しても,SMEA やMEA は条件をほ
ぼ満たしている.第 2 図は,個々の都市圏について従業就業者数の常住就業者数に対す
る比(従業常住就業者比)の値の分布をみたものである.SMEA とMEA については,そ れぞれの約60%が0.98〜1.02 の範囲にあり,SMEA の方がそれよりも右側に分布する割 合が若干大きくなるものの,両者はほぼ同じ分布を描いている.圏域全体の従業常住就 業者比の平均をみると,第5 表にあるように,SMEA は1.011,MEA は1.005 である.
SMEA の方がこの比はわずかに大きくなっている.SMEA が,雇用中心としての中心都 市という性格を重視する一方で,郊外の範囲はUEA よりも狭く定義されることがこのよ うな違いをもたらしたといえる.McEA ではこの範囲にあるのは40%余りで,他の都市 圏と比較すると従業常住就業者比の低いものが相対的に多い傾向がみられる.DID 人口 が1 万〜5 万人という集積の核では,独立した労働市場圏を形成するうえでは不十分 であることが示唆される.
以上のように,都市圏と呼ぶにふさわしい集積を有する地域が都市圏に入り,都市圏 としてのまとまりをうまく把握するという点からはMEA の方が望ましい性質を備えてい ると評価される.今後,このような都市圏の概念が日本における都市問題に関する種々 の研究や政策策定に活用され,成果をあげることを期待する次第である.
(本稿の執筆にあたっては,平成14 年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特 別経費大学院重点特別経費(研究科分)の助成を受けた.)
【参考文献】
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