新刊紹介
著者 船橋 雄
雑誌名 主流
号 2
ページ 51‑52
発行年 1937‑06‑01
権利 同志社英文學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016550
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日本風の折本仕立てにし︑各頁極彩色の給
を入れて締繍なのに一驚を喫し︑値段を聞
いて其至擦なのに一持驚する次第である︒其
出版者は欧米の所ムベに世間︿日本口開店を様へ
る山中商舎であるから︑欧米人の趣味に通
時間してゐる磐であるし︑印刷は京都似玉堂
選ばれて英文の説明を抽常任されたのは同志
一枇人たる・橋詰光春氏であれば︑臨時より惑か
らう筈はないが︑唯序に一言させて貫へば
拾聞はもワと純粋な日本風であワてほしかっ
たし︑設明はもワと本来からの英文でほし
かった︒外人から見でもなまじ外人向きの
骨崎支は好まれない︒設明には流汲の名穏な
どよ切りは︑外人が知らんと欲ふ黙が多hあ
るに相蓮ないが夫等が十分考慮されてゐな
いかと怒ふ︒−とにかく美本である︒妄評の 如きは一蹴されてよろしい︒
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米図に箪ぶ若き穆徒のものされる英詩の
集といふ事︒私版であれば批評の限りでは
あるまいが︑少年ヲ1ズヲlスでもかきそ
うな︑脅作の域を出でぬもの︑とにかく今
日の英詩とは受け取れぬ︒題材は冨常可と
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ものが多い︒いづれは日本人の身にづかぬ
技術であれば︑未熟なら未熟︑幼稚なら幼
稚で上い︑犬
2 4の摩地を国民剣に歌ワたもの
であれば板柄があらう︒唯文字を列べたば
かりではカがない︒若し家数︵或は加特カ
教か︶が伶ぶべきものを抑へてゐるとした
ら︑早速宗教を拾て
も︑穀を磁ワて精進B L
一帯すべきでるらう︒あまり他人の御世畿
に気をよくぜぬ事とそ望ましい︒︵菊板︑
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批評とは他をほめる技術なりと︑ガ
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アンが皮肉ってゐるが︑それにしても過度の
好評は不親切に常ると忠ふので正直に言
ふGかLる著書の生命は適切な哩塁間にある
のであるが︑一言語本来の意味を明かにして
それから汲生した文字なり︑管一味なりを推
し易からしめる趣意は一際額けるとして︑
この字書は少々そのセオ
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は﹁岡上ずる者﹂とある︒﹁検事﹂
などいふ様な意味の影すらないから︑英字
新聞でも讃んでゐて︑字書を引いた者の念
の間に
APはない︒語は現代的適用を設つて
は怠球をなさぬ位の事は︑先制剤御政知の著
者先立方が︑務執軸を出すに念にして︑賞
用を犠牲に供されたとでも申すのか︒とに
かく稀に見る美本たるに杓蓮ないが︑右の
様な例を散見する︒︵袖珍インヂイヤベー
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舞 踊 憲 司 術 教 程
木村駒子著
明治時代に初めて女優なるものが況は
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た時︑逸品a︿膝募して女優となり︑後大衆
敦化の民擦を立て込東京浅草に一一闘を結成
し︑夫君と北ハに米図紐育に渡って第一期第
百頭バレーの時︑アオキンに就て露凶彊バ
レーを壊ぴ︑アオ1キンには交換的に何本
舞蹄を設へ︑日本に隠った一時︑京都にも在
ワて和洋の舞踊を数へてゐた木村駒子女史
︑か昨夏夫君を失って帰京︑訴日時雌伏してゐ
た内の出版である︒共西洋舞踊を論ずる苧
入1然書籍と憐れで後続から出た滋祭に守同み
理論に抽出する敏感な批評は到底他に求
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からざる新鮮さを備へてゐる︒例へば︑ア
ナ︑パプロバを論じて﹁議術家で女でロU
ヤ人である以上︑新うして場面が無かづた
たら︵前段にパブロバが嫡癒を起した時の
認事がある︶反って不自然でありたかも知
れません・::::彼女が如何に神経を酷使し
つL精議してゐたかを考へればとれ位のヒ
ステリ一カルな場面がもっと屡A行はれなか
ったのが不思議な位です︒﹂と言ふが如︑き 婦人の言としていかにもと緩かれる匂一一ジン見キーや7P1・ウイグマンヤ現代舞踊
家の同時代人として著者溺得の翻黙を有し
イ+ド一ブ・ダンカンを批評するに常って︑
﹁理念或は思想に重き含おき︑細部に・える舞
踊上の技巧を無税する新汲の特徴一を排撃
して邪道に隠れるものとなす知吉︑いかに
も誌を傾けしむる議論である︒女史の如く
幼時から仕込まれた対本舞踊の根幹の上に
東西主要な流汲の割線を経て︑最も調大な
墜問を以で裏附した人にして初めて言ひ得
る総論も少︿たい︒とにかく之を近時珍ら
しい天才的な大著と時ぷに臨時間時しない︒
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らるλのは敬般に値する︒漢詩六十八銭は
支那人の作︑これにお野玉の選龍向山の詩
から︑井上巽軒の感慢に至る迄間十二緩の
邦人作を加へた十会計九詩集である︒及ぶ限り
識をふみ一行為ベ々を溺立させるのは漢詩の 性質上官然の事と一吉ふべきも︑時々
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