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カナダ最高裁判決と先住民の自治

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(1)

カナダ最高裁判決と先住民の自治

その他のタイトル Aboriginal Governance in Supreme Court of Canada Cases

著者 守谷 賢輔

雑誌名 關西大學法學論集

巻 59

号 5

ページ 1047‑1079

発行年 2010‑02‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/1541

(2)

カナダ最高裁判決と先住民の

自 治

(1

カナダの先住民は︑カナダに対し︑自治およびそれへの権利を訴え続けてきた︒先住民の要求は︑﹁先住民の権利﹂

(2 ) 

の憲法典化を実現させることとなったが︑先住民の自治権︵以下︑単に﹁自治権

と記す場合もある︶を含め︑どの

ような権利が一九八

年憲法で保障されているかは明らかではなく︑その後の憲法会議に委ねられることになった

一九八三年から

九八七年にかけて行われた

回の憲法会議において︑先住民の権利および条約上の権利が男女に等

(3)4)

5)  

しく保障されることや︑憲法会議への先住民の﹁参加﹂の定めがあらたに盛り込まれること等が決定された

しかし︑この会議で大きな争点となった先住民の自治権については︑結論が出なかった

そ の

後 ︑

案された憲法改正案すなわちシャーロットタウン合意

( C

h a

r l

o t

t e

t o

w n

A c

c o

r d

)

には︑先住民の自治権を承認する規

(6

定が含まれていたが︑最終的には国民投票により否決された︒もっとも︑この憲法改正案は否決されたものの︑連邦

(7 ) 

政府および州政府が︑自治権を憲法上承認することに合意したことに大きな意義があったと指摘される

は じ め に

カナダ最高裁判決と先住民の自治

七 (1 0四 七 ︶

一九九二年に提

(3)

最 高

裁 が

第一節 ﹁調和﹂に関する初期の判例 第一章

﹁先住民の権利﹂との

第 五 九 巻 五 号

﹁ 調 和

( r

e c

o n

c i

l i

a t

i o

n )

(1 0四 八

結局︑第

五条

項が保障する権利の内容を明らかにする役割の多くを担うことになったのは︑裁判所とりわけ最

(8

高裁判所であった

自治を求める先住民が︑憲法改正という手段によりそれを実現することが極めて困難である中で︑

(9 ) 

裁判にその可能性を求めることは︑理解できるところであろう︒

本稿は︑先住民の自治に関して最高裁がどのような判断を示してきたのかを検討し︑最高裁が前提としている論理

がいかなるものか探ることを目的とする︒とりわけ︑近年の最高裁判決が強調していると思われる﹁調和

( r e c

o n c i

, l

i a t i

o n ﹂)

﹂の観念に焦点を当てて︑分析を試みる 第

章では︑﹁先住民の権利 と﹁調和﹂に関する判例の生成と展

( 1 0 )  

開を概観し︑第

章では︑先住民の自治に関する判例と﹁調和

との関連を分析し︑その意義と問題点を論じる

年憲法第

五 条

項が保障する権利について最初に検討したのは︑連邦法の規制が先住民の漁

業権を侵害しているか否かが問題となった

Sp

ar

ro

事件においてであった

w ︒

Sp

ar

ro

w

判快は︑先住民側が︑第

三五

(1 2

項はカナダ

章第一条に服さないと主張したことについて︑先住民としての権利を制限する

法の正当性を評価

する権限が裁判所にあることを定める明確な文

は存在しないが︑﹁承認および確定﹂という第

五条

項の文

託関係

( f i d

u c i a

r y r e l a t i o n s h i p

)

を組み込み︑主権の行使への何らかの抑制を導入していると述べた

そ し

て ︑

八六七

憲法第九

条二四号に依拠した﹁連邦の

法権は︑連邦の義務と調和されなければならず︑その調和を達成

する最善の方法は︑先住民としての権利を侵害または否定する政府の規制の正当化を要求することである

と判示し

関法

四八

(4)

カナダ最高裁判決と先住民の自治

下のように理解するのが最善であると判示した︒ た︒こうした審査は︑

Gu e

カナダの先住民に関して名誉ある対応を行うという高度な基 判決で示されたように︑

ir n

( 1 4 )  

準を国王に守らせるという概念に

致している︑とされる

そ し

て ︑

Sp r a ro

w

判決は︑先住民としての権利の侵害の正当性を審査するテストを打ち立てる

Sp ar ro

般公衆または先住民自身への害悪 テストは︑二つの段階に分けられるが︑その中で︑天然資源の保全や

w

を防止する目的︑または︑やむにやまれぬ実質的

( c o m p e l l i n a g nd   s u b s t a n t i a l )

な目的と認定される他の目的は︑権

利を制約する妥当な立法目的といえるが︑﹁公共の利益

( p u b l i c i n t e r e s t

)

﹂という過度に曖昧な目的は妥当な目的と

( 1 5 )  

はいえない︑との判断を示した︒

先住民の漁業権の侵害が争われた

Va nd e r   P e e t

事件において︑

La me

r

長官が書いた多数意見は︑次のように述ぺ

た︒﹁ヨーロッパ人が北アメリカに到着したとき︑先住民がすでにここに存在し︑数世紀の間行ってきたように︑そ

の土地にあるコミュニティの中で生活し︑独自の文化に参加していたという

四九

拠は求められる

この事実が︑先住民と他のすぺてのマイノリティを区別し︑先住民に特別な法的地位を命じている

のである︒第

三五

条一項が保障する先住民の権利は︑﹁先住民社会が以前から存在することと︑国王の主権とを調和

( 1 6 )  

させる

という目的に照らして定義されなければならない

Va n  d e r   P e e t

判決によると︑第

三五

条一項がこのような﹁調和﹂に関する憲法上の枠組みを定めているという考

え方は︑学説によっても支持されている

︒そ

して︑﹁調和﹂という観念には︑﹁先住民の文化と非先住民の文化を橋渡

( 1 7 )  

しすること﹂や﹁間社会的法

( i n t e r s o c i e t l a l a w

)

﹂が含まれることを示唆する その上で︑第

三︒

五条

項の権利を以

1 ( 0四 九

︶ ︱つの単純な事実に先住民の権利の根

( S p a r r o w

テス

ト︶

(5)

﹁ ﹃

調 和

﹂ と

い う

観 念

は ︑

慣行︑慣習または伝統でなければならない

﹁ 第

一 に

( 1

0

0 )

ヨーロッパ人が北アメリカに到着する以前から︑その土地は︑すでに独自の先住民社会により占有さ

れていたという事実を︑憲法が承認する手段として︑第二に︑以前からの占有と︑カナダの領土に対する国王の

主権の主張とを調和させる手段として︑

( 1 8

に向けられなければならない︒﹂

V a

n  

de r  P ee

t

判決は︑第三五条一項の基本的目的を以上のように理解し︑﹁調和﹂という目的を達成するために︑

五条一項の権利を認定するテストは次のものでなければならないとする ︒ すなわち︑ある行為が 三 五条一項の権

利と認定されるには︑その行為がヨーロッパ人と接触する以前から︑当該先住民集団の独自の文化にとって不可欠な

(1 9

( V

a n

d

 

er   Pe et

テスト︶︒そうであると認定された場合には︑当該慣行︑

慣習または伝統がヨーロッパ人の到着に応じて変化することがあっても︑権利の存否に関連しない ︒

し か

し ︑

ロッパ人の到着の影響に応じて生じたに過ぎない慣行︑慣習または伝統は︑先住民としての権利の承認の基準を満た

(2 0

さない

︒ これらを検討する際には︑当該先住民の視点を考慮しなければならない ︒ これは︑﹁調和﹂という第 三

五 条

一 項の基本的目的から要請されるものであるが︑先住民の視点の考慮は︑カナダの法的構造および憲法構造が認識で

きる文言で作られなければならず︑先住民としての権利がカナダの 一 般的な法システムの中で存在することに留意し

(2 1

なければならない ︒

V a

n  

de r  P ee

t

判決は﹁調和﹂についてこのように言及する ︒

一般的に言えば︑先住民としての権利に対して特定の内容を命じているわけではない ︒

関 法 第 五 九 巻 五 号

である

︒ 先住民としての権利の内容は︑これら両者の目的を果たすこと

五〇

ヨ ー

(6)

カナダ最高裁判決と先住民の自治

けれども︑唯

の公平かつ公正な調和とは︑⁝⁝コモン・ローの視点を考慮に入れると同時に︑先住民の視点も

( 2 2 )  

考慮に入れるということである

真の調和は︑等しく︑それぞれの視点に重みを置くことなのである

︒﹂

先住民の漁業権の侵害が問題となった

Gl

ad

s t o n

e

決 で

La

me

長官が書いた多数意見は︑漁業権の制約の正当 r

化を論じる中で︑

Va nd e r   P e e t

判決を引用し︑第三五条一項の根底にある目的のうち︑ やむにやまれぬ実質的な目

的であるかどうかの審査にもっとも関連するのは︑﹁先住民の以前からの占有と国王の主権の主張との調和

である

と述べた

そして︑先住民としての権利は︑先住民社会と︑先住民社会もその一部である広範な政治的コミュニティ との﹁調和﹂に必要な一部であることから︑先住民としての権利の制約の目的が︑広範なコミュニティ全体にとって

︑ ︑

十分な重要性がある場合には︑かかる権利制約は︑﹁同様に︑その調和の必要な

部である﹂︵強調は原文︶とした︒

G l a d s t o n

e

判決によると︑権利制約を正当化する目的の中には︑天然資源の保全だけでなく︑経済的地域的公平さの

(2 4

追求︑非先住民集団が歴史的に漁業に依存および参加してきたことの承認といったものも含まれる

﹁土

地権

( a b o r i g i n a l t i t l

e )

﹂に関するリーディング・ケースである

De lg am uu kw

判 快

に お

い て

La me

r

長官が書

(2 6

いた多数意見は︑

Va nd e r   P e e t

判決を踏襲し︑先住民の視点を考慮しなければならないことを再度述ぺ︑また﹁土

(2 7

)  

地権﹂の証明のテスト

D ( el ga mu uk

w

テスト︶においても︑先住民の視点とともにコモン・ローの視点が考慮され

( 2 8 )  

なければならないことを明らかにした︒これらは︑﹁調和

という第

五条

項の目的から導き出されている

そして︑﹁土地権﹂の制約について︑

G l a d s t o n

e

判決を引用し︑同判決が示した︑権利制約を正当化する広範な立

法目的のほとんどを﹁北アメリカを先住民が以前から占有していたことと︑国王の主権の主張との調和に跡づけるこ

(10五一︶

(7)

第二節 と

が で

き る

﹂ ︵

強 調

は 原

文 ︶

と こ

ろ で

第五九巻五号

すなわち﹁調和﹂という目的の達成は︑誠実な交渉による解決

( n e g o t i a t e d s e t t l e m e n t )  

(3 1

譲歩によってなされる︑という見解を示した︒

(1

0五

二 ︶

とし︑﹁農業︑林業︑鉱業および水力発電の発展︑並びにブリティッシュ・コロンビア州

内の総合的な経済発展︑環境または絶滅危惧種の保護︑インフラの建設およびこれら諸目的を支援するための外国人

( 2 9 )  

の定住は︑調和という目的に

貫する種類の目的であり︑原理的に土地権の侵害を正当化しうる﹂と述べた

( 3 0 )  

De lg am uu kw

判決は︑判決を締めくくるにあたり︑

S p a r r o

w

判決を引用しつつ︑訴訟よりも交渉に

よって︑﹁土地権

に関する問題を解決するのが望ましいことを示唆する

そして︑国

は︑法的ではないとしても︑

( g o o d   f a i t h )

交渉を開始し行う道徳的義務があると述ぺ︑究極的には︑第

五条一項のひとつの基本的目的︑

と︑あらゆる者との相互の

条約上の権利について判断を下した

M

a r s ha l l (

No .  

1

判決の再審理を求められた最高裁は︑条約上の権利の制約を

)

( 3 3 )  

論じる中で︑先住民としての権利の制約を広く認めた

G l a d s t o n

e

判決の

節を引用し 条約上の権利にもこの論理

(3 4

が適用されることを明らかにした

﹁調和﹂に関する判例の展開

Haida N

ia t o

判決は︑﹁調和﹂に関して新たな展開をみせた ブリティ シュ・コロンビア州が︑ の人々が

ッ︒Hidnaa

100

年以上﹁土地権﹂を主張し続けている

地の木材を伐採する免許を発給していることをめぐって

われた

H a i d a   N a t i o

n

事件で︑最高裁は︑

H a i d a N a t i o

n ﹂

の﹁土地権 が証明されていなくとも︑政府には︑

H a i d a N a t i o n

( 3 6 )  

協議し︑場合によっては便宜を図る法的義務があると判示した︒ 誠実に

関法

(8)

カナダ最高裁判決と先住民の自治

H a i d a   N a t i o

n

判決は︑暫定的差止命令による救済は部分的で不完全であるとの認識を示し︑協議し便宜を図る義

( 3 7 )  

務が︑﹁まさにその性質上︑先住民および他の者の利益の衡量を伴い﹂︑

V

a n

de r  

Pe e t

判決および

Delg

am uu kw

判梃

(3 9

が示した︑﹁国王と先住民との関係の核心にある︑調和という目的により密接な位置にある

と述べた︒この義務の

( 4 0 )  

根拠は︑﹁国王の名誉

( h o n o u o f r   t h e   C r

o w n )

﹂に求められる

国王の名誉は︑先住民の﹁主権の主張から土地請求

( c l a i m s )

ゆる関係﹂において妥当するものであり︑

Va nd e r   P e e t

判決および

De lg am uu kw

判決が述べた﹁先住民社会の以前

(4 1 )

 

からの存在と国王の主権の主張との調和﹂を達成するのなら︑最低限度要請されるものである︒

H a i d a   N a t i o

n

判決は︑義務の根拠を要約するにあたり︑次のように述べた︒

﹁ヨーロッパ人が来たとき︑

主張と国王の主権とを︑交渉に基づく条約を通じて調和させた︒残りのバンド︑とりわけブリティッシュ・コロ

ンビア州のバンドは︑

の解決や条約の履行にいたるまで︑先住民とのあら

カナダの先住民はここに存在し︑決して征服されなかった

多くのバンドは自己の

いまだそうしていない

これらの主張に組み込まれた潜在的な諸権利は︑

一九八二年憲法

第三五条によって保障されている︒国王の名誉は︑これら諸権利を確定︑承認および尊重することを要請してい

このことは︑同様に︑国王が名誉ある活動をし︑交渉のプロセスに参加することを要請している

︒こ

の プ

( 4

2 )  

セスが継続される一方で︑国王の名誉は︑協議し必要な場合には先住民の利益に便宜を図ることも要請しうる︒﹂

こうした義務は︑公正な対応と﹁調和﹂

な土地請求に基づく解決

( f o r m a l c l a i m s   r e s o l u t i o n )  

のプロセスの

部と位置づけられ︑国王の主権の主張とともに生じ︑正式

( 4 3 )  

の後にも継続する

(1 0五 三 ︶

(9)

ロールしていた土地や資源に対する国王の事実上 ﹁調和は︑通常の意味における最終的な法的救済ではない︒むしろ︑

(10

五 四

利に由来する ︱ つのプロセスである︒この調和のプロセスは︑先住民に対して名誉ある対応を行う国王の義務に

由来する︒また同様に︑国王の義務は︑先住民に対する国王の主権の主張から︑そして︑先住民が以前にコント

のコントロールから生じている︒ ﹂

( d e f a c t o )  

( 4 5 )

 

もっとも︑協議し便宜を図るプロセスは︑先住民に拒否権を与えるものではない

また︑国王は協議し便宜を図る

(4 6 )

 

義務を負っているが︑資源を管理し続けることができる︒﹁要請されるのは︑利益の衡量のプロセスであり︑妥協の

(4 7 )

4 8 )

 

プロセス ﹂ である

こうした﹁衡量と妥協は︑調和の観念に内在するものである︒﹂そして︑利益の衡量を行うのは︑

(4 9

国王なのである︒

採鉱の認可をめぐり争われた

Ta ku R i v e

r

事件で︑最高裁は先住民の権利の存在が証明される前であっても︑国王

に協議の義務が課せられているとし︑

H a i d a N a t i o

n

判決を踏襲した︒そして︑

Ta ku R i v e

r

判決は︑﹁先住民とのす

べての関係において︑当該先住民との歴史的関係および将来の関係に従って︑国王は名誉ある行動をしなければなら

ない﹂ことを確認し︑この義務の根拠にある国王の名誉に︑第三五条一項が命じる﹁調和﹂のプロセスを促進するた

(5 0

めに十分な効果が与えられなければならないと指摘する︒

Ta ku   R i v e r

判決は︑国王に要求される義務の程度を論議する中で︑協議の義務が権利の立証前に生じるとの理解

は︑﹁国王の名誉の歴史的ルーツの重要性を否定するものではなく︑調和のプロセスにおける国王の役割を奪うもの

ではないだろう﹂と述べ︑協議および便宜の義務は︑﹁第三五条一項が命じるプロセスに不可欠である﹂ことを強調

関 法 第 五 九 巻 五 号

一九八二年憲法第

五条一項が保障する権

五四

(10)

カナダ最高裁判決と先住民の自治 および伝統は︑第三五条一項の保障の範囲外であるとされた︒

Va n  d e r   P e e t

テス

トは

( T r e a t y  

N o

8

) 

の規定に甚づき︑国王が土地を収用

( t a k i n g u p )   Cr ee

事件において︑最高裁は

Sp ar o r w

テストの適用を拒否し︑国王は協議の義務があるにもかかわらず︑その義務

( 5 3 )  

と判示した︒

Mi ki se wC re

e 判決はその冒頭で︑﹁先住民の権を果たしておらず︑﹁調和﹂

利および条約上の権利に関する現代法の基本的目的は︑先住民と非先住民との調和︑そしてそれぞれの主張︑利益お

( 5 4 )  

よび野心の調和である﹂と述べる︒

( 5 5 )  

Mi ki se w  C re

e一段階であるが︑唯一の段階ではない﹂とし︑判決は︑﹁条約の作成は調和の長いプロセスの重要な

条約

八は

︑ Mi ki se wC re

e に狩猟漁業わな猟の権利のような実体的権利のみならず︑協議のような手続的権利も保障

( 5 6 )  

していると判示した︒

第三節

Sp ar ro w判

決は

︑﹁

調和

条約八 ( 5 1 ) ( 5

2 )  

した

評 価

のプロセスを掘り崩した︑

五五 したことをめぐって争われた

Mi ki se w

の観念を連邦の立法権の抑制と関連づけ︑先住民としての権利の侵害が正当化される立

法目的を限定した

Va d n e r   P e e t

判決は︑より明確に﹁調和﹂

習または伝統でなければならないことを要件する︒

そし

て︑

の観念を打ち出し︑第三五条一項の基本的目的とし

て位置づけ︑そのうえで︑先住民としての権利を認定するテスト

(V an e   d r   P e e

t テスト︶を示したのである︒

ヨーロッパ人と接触する以前から︑先住民集団の独自の文化にとって不可欠な慣行︑慣

ヨーロッパ人との接触の影響によって生じた慣行︑慣習

( 1

0

五︶

(11)

同判決における

L'H

eu re au

x, D

ub

e

裁判官の反対意見はこの点を批判した︒すなわち︑先住民と非先住民双方に共

通するものを第

五 条

項の権利の保障範囲から排除することになり︑こうした二分法は︑﹁先住民の文化および先

( 5 7 )

 

住民の権利を︑非先住民の文化の諸特徴が取り除かれた後に残ったものと定義することになる

﹂ ︒

し た

が っ

て ︑

﹁ ﹃

自の先住民の文化﹄という基準は︑先住民のみが着手してきた︑または非先住民が着手してきていない諸活動に限定

されるべきではない

組織化された先住民社会の自己同

( s e l

, if

d e n t i t y )

 

や自己保存

( s e l

, pf

r e s e r v a t i o n )

に十分

関連する︑すべての慣行︑伝統および慣習は︑第三五条

項の保障に値するものと見なされるぺきである

⁝⁝あま

りにもありふれたことではあるが︑先住民文化および社会にとって独自の慣行︑伝統または慣習を構成するものは︑

マジョリティである非先住民の目や︑既存の規制というゆがんだレンズによってではなく︑先住民の目によって審査

(5 8 )

 

さ れ

な け

れ ば

な ら

な い

︒ ﹂

ま た

L'H

eu re au

x, D

ub

e

裁判官によると︑﹁ヨーロッパ人と接触する以前﹂という要件は︑先住民の視点に反する︒

すなわち︑﹁先住民の視点からすると︑入植者の到来は︑非常に重要なものではあるが︑継続する社会的な変化およ

び発展に関わる︑多くの要因の

つを構成している︒英国の主権を先住民文化における分岐点とすることは︑そのと

き以降に先住民が行ったあらゆるものが︑先住民の文化や社会組織にとって十分に重大かつ根本的ではなかった︑と

(5 9

いうことを想定している︒

( 6 0 )

 

学説からも類似の見解が提出され︑強く批判されてきた︒

Jo hn Bo rr ow s

は ︑

Va d n e r P e e t

判決は﹁調和﹂の観念

に﹁先住民法﹂が含まれることを認めているものの︑権利の認定のテストにおいては︑﹁先住民法﹂を無視している

ことを指摘する︒また︑

Va nd e r   P e e t

テストは本質主義的であり︑先住民に関するステレオタイプを強化している

関 法 第 五 九 巻 五 号

五六

(1 五 0 六 ︶

(12)

あ る

カナダ最高裁判決と先住民の自治

であるとすることは︑

五七

ことを徹底的に非難する

そして︑﹁ヨーロッパ人との接触のとき﹂が先住民としての権利の立証にとって﹁決定的﹂

(6 1

コモン・ローの視点も先住民の視点も組み込んでいないと断じる︒

G l a d s o t n

e ﹂

の観念は︑先住民としての権利を侵害する立法目的を拡張するものとして機 判決においては︑﹁調和

能している

K e n t M c N e i l

に よ

る と

G l a d s t o n

e

た曖昧な目的を正当化す 判決は︑経済的および地域的公正さとい

るだけでなく︑非先住民の資源の利用の歴史を考慮し︑非先住民が先住民の権利をかつて侵害してきたことを今日の

( 6 2 )  

先住民の権利の侵害の正当化根拠として用いている

De lg am uu kw

判決は︑﹁調和﹂の観念を

G l a d s t o n

e

判決と同様

に ︑

﹁ 土

地 権

の侵害を正当化する立法目的を広範なものとするために用いた

M c N e i l

は ︑

De lg am uu kw

判決が例

示 し

た 目

的 が

ヨーロッパの植民地主義の全盛期において︑先住民の

地を収奪した正当化根拠と非常に類似してい

(6 3

ると指摘する

また︑憲法上の権利であることの価値や目的をないがしろにするものだと強く批判するのである

このように︑判例が用いる﹁調和﹂の観念に対して多くの批判が寄せられる中で︑

H a i d a N a t i o

n

判決は︑新たな

展開をみせた

すなわち︑第

五条一項の基本的な目的とされる﹁調和

の観念を強調し︑先住民の権利の立証がな

されていない状況においても︑国王には先住民と協議し︑場合によっては便宜を図る法的義務があると判示したので

九九七年の時点で︑

De g l am uu kw

判決が訴訟よりも交渉による解決が望ましいと述べてきたところであり︑

H a d i a   N a t i o n

判決が出される前においても︑この点を重視する見解が提出されてきた

た と

え ば

S o n i a L a w r e n c e  

P a t r i c k Ma ck le

m

は︑当事者が交渉により直接的で建設的に参加できる場合には︑交渉に基づく協定は正当性を

獲得する可能性が高い︑と指摘する

また︑交渉を︑﹁土地権﹂に関する法の土台にあるネーション間の関係を映し

(10五七︶

(13)

出 し

第五九巻五号

(10

五八

ファースト・ネーションズと国王との関係を構築するものと位置づける︒そして︑司法は︑交渉に基づく協定

を結ぶインセンティブを当事者に与えるようなやり方で︑国王に協議の義務を履行させることに最初に取り組むべき

(6 4

であると主張し︑この義務が﹁調和﹂を促進するものと期待していた

訴訟には時間的にも金銭的にも多大なコストを要するうえに︑権利が立証されたとしても︑そのときにはすでに回

復不可能または困難な状態になってしまっていることに重大な問題があった

その点で︑近年の判例は︑従来の問題

もっとも︑協議の義務のプロセスの実現可能性に関する問題点も指摘されている

このプロセスにおいて︑先住民

は︑情報を提供されるとともに︑それを審壺し有意義な参加を可能とする資源を必要としているが︑それが不足して

いるところ︑これまで下級審裁判所はそれを国王に負担させることに消極的である

との批判がある

また︑長い不

正義の歴史に由来する信頼の欠如や便宜に関する裁判所の政府に対する謙譲は︑協議のプロセスを真正なものという

より︑公判前手続のようにしてしまうのではないか︑といった懸念が表明されている

こうした克服すべき実践的問

( 6 5 )  

題がある中では︑﹁協議の義務は必然的に調和を導くわけではない﹂と評される︒

さらに︑より根本的な問題として︑

H a i d a N a t

i o n

判決や

Ta ku R i v e

r

判決は︑初期の判例が抱えていた問題を克

服したものとみなすことはできないとの指摘がある

たとえば

Go rd on C h r i s t i e

は︑従来の判例を植民地主義に根差

すものとみなしたうえで︑

H a i d a N a t i o

n

判決もこうした植民地主義の判例を踏襲していると批判する

す な

わ ち

﹁先住民法﹂からすると︑権利が立証されていることは明瞭であり︑﹁先住民の権利が立証されていない

のではな

C h r i s t i e

によると︑以前から存在する先住民の利益がいまだ﹁認識

されていないことは︑先住民の

地が収奪 を克服しようとしている

︒ 関法五八

(14)

第一節

カナダ最高裁判決と先住民の自治

第 二 章

(6 6

され︑先住民の主権が切り下げられてきた結果を雄弁に語っている

五九

も っ

と も

B r i a n S l a t t e r y

は ︑

Ha id aN a t i o

n

判決および

Ta uk R i v e

r

判決が新たなパラダイムを示したものと解す

(6 7

︒ S l a t r y t e

の 第

五条の解釈それ自体は興味深いものであるが︑この

つの判決にそこまで強い読み込みができる

かは疑問である

最高裁は︑国王に協議し便宜を図る法的義務があることを認めるが︑資源を管理するのは依然とし

(6 8

て国王であることを認めている

Mi ki se w  C r e

e

判決は︑﹁先住民の権利が立証される前﹂の事案ではない点︑先住民の権利ではなく条約上の権利

(6 9

で あ

る 点

で ︑

Ha id aN a t i o

n

判決および

Ta ku R i v e

r

一方︑国王の名誉を根拠とし協議の義務を導き 判決と異なる

出し︑手続的権利を重視する点は︑共通している

条約上の権利にこうした手続的保障が含まれると解したのは︑輿

(7 0

味深い

Mi ki se w  C r e

e 三

五条の核心にあることを再確認するとともに︑その直後に︑ 判決は︑冒頭で﹁調和﹂の観念が第

先住民とカナダとのこれまでの歴史に言及している

﹁ 調

を達成するためには︑これまでの歴史ゆえの︑先住民

のカナダに対する不信を取り除かなければならないとの認識が伺われる

そして︑こうした障害を除去するための一

(7 1

つの手段に︑手続的権利の保障が位置づけられているように思われる︒

先住民の自治

自治の主体としての先住民

(7 2

七六 0 年文書およびインディアン法八八条をめぐり︑条約上の権利が問題となった

S i o u

i

判決は︑英国およびフ

(1

0五九︶

(15)

ランスの双方が︑インディアン・ネーションズは十分に独立しており︑主権国家間のそれと非常に近いネーション間

の関係を維持するほどの大きな役割を果たしていると考えていた︑と結論づけた︒そして︑インディアン・ネーショ

ンとの同盟条約や中立条約は︑インディアン・ネーションズが独立したネーションとみなされていたことを明瞭に示

( 7 3 )  

している︑と明言した︒

( 7 4 )  

S p a r r o

w 判決は︑第三五条一項の背景を最初に検討するとし︑以下のように述べた︒

﹁先住民に対する英国の政策は︑伝統的な土地を占有する先住民の権利への尊重に基づいてなされ︑

国王布告がその証拠となる計画

( p r o p o s i t i o n )

であるけれども︑主権︑立法権︑ならびにかかる土地への根底に

(7 5

ある権原が国王にあることに最初からなんらの疑いの余地がなかったことは︑想起するに値する︒﹂

(7 6

先住民の憲法上の自治権について︑初めて最高裁が判断を示したのは︑

Pa ma je wo

判決であった︒この事件は︑n

Sh aw an ag a ファースト・ネーションの構成員である

Pa ma je wo

nらが︑保留地で高配当のビンゴや賭け行為を行っ

(7 7

たことで刑法上の罪に問われたことをめぐって争われた︒

多数意見を書いた

La me r 長

官は

︑ Pa ma je wo

らが︑第n

五条一項で自治権が保障され︑この権利には保留地で の賭け行為を規制する権利が含まれると主張していると解した上で︑本件にく

a n d e r   P e e

t テストを適用すると判示

した

︒ Pa ma je wo

判決によると︑第三五条n

一項に自治権が含まれると想定しても︑同規定の根底にある目的に照ら

第 二 節 先 住 民 の 自 治 権 に 関 す る 判 例

関 法 第 五 九 巻 五 号

六〇

(1

0六

0 )

一七六三年

(16)

して検討しなければならないので︑

(7 8

適 用

さ れ

る ︒

( 1

0

六一︶

かかる目的を検討することに由来するテスト︑すなわち

Va d n e r   P e e t

テストが

このテストに従って︑

Pa ma je wo

n

らの主張は﹁保留地で高配当の賭博行為に参加し︑それを規制する権利﹂と特

(7 9

徴づけられた︒

Pa ma je wo n

決 は

Pa ma je wo

n

らが﹁保留地の使用を管理する広範な権利﹂として特徴づけること

を求めていたであろうが︑そうすることは︑﹁裁判所の審査を過度に

般的なレベルに投げ込むことになろう

と警

鐘を鳴らす︒そして︑自治権を含む先住民の権利は︑各事案の個別の状況に照らし︑とりわけ権利主張を行っている

(8 0

先住民集団の個別の歴史および文化に照らし検討されなければならない︑と述べ t

自治権の主張に対して

De lg am uu kw

判決は︑事実審裁判官による事実認定に誤りがあったことや︑本件が将来の

訴訟を指導する法原理を示す適切な事案ではないことを理由に︑判断を差し控えたが︑この事件で先住民側が自治権

の主張にあまり力点をおかなかった理由を推測した︒すなわち︑

Pa ma je wo

判決が﹁もし自治権が存在するとして

n

も︑過度に一般的な文言で形成されえないと判示した﹂ことにその理由がある︒こうした認識を示した上で︑本件で︑

先住民側は非常に広範な文言で自治権の主張をしており︑それゆえに︑﹁第三五条一項の下で認識できない方法

(8 1

あると断じた︒

アメリカ合衆国で購入した毛布︑聖書︑衣服など持って︑関税を支払うことなくカナダに入国した

M i t c h e l l

が罰

金に課せられたことをめぐって争われた

M i t c h e l l

事件において︑

M c L a c h l i

n

長官が書いた多数意見は︑

Pa ma je wo n

判決を参照し︑主張された権利を過度に狭くまたは広く特徴づけるぺきではないと述ぺた上で︑

Va nd e r   P e e t

テ ス

トを適用し︑本件で主張されている権利を﹁交易を目的とし︑

S t .

L a w r e n c e

川にあるカナダとアメリカ合衆国の国

カナダ最高裁判決と先住民の

自治

(17)

﹁主権との両立不可能性﹂の根拠は︑継続性の理論にある︒この理論によると︑先住民法および先住民の慣習は国

王の主権の主張に基づく新たな法体制に吸収される︒

そし

て︑

(8 4 )

 

と両立しない諸利益は存続しないという﹁例外﹂に服する︒しかし︑判例は第

三五条一項の権利を定義する際︑﹁主

権との両立不可能性﹂の理論を明示的に援用してこなかった ︒先住民社会の独自の文化にとって不可欠な慣行 ︑

慣習

および伝統が︑第

三五

条一項の保障する権利だと認定するアプローチを是認するとともに︑﹁先住民としての権利と︑

国王の主権に基づく主張を含む︑競合する主張との衝突を解決する適切な枠組みとして︑消滅︑侵害および正当化の

(8 5

諸理論を是認してきた﹂︒

さら

に︑

Mi tc

he =

判決

は︑

Va nd e r   P e e t テストに﹁主権との両立不可能性

主張に対して︑先住民側が権利の存在を立証していない本件において︑﹁裁判所がこの論点を解決するのが必要なと

きがくるまでは︑もしあるとしても︑主権の継承に関する植民地法が︑第三五条一項に基づく先住民の権利の定義に

(8 6

関連する︑という程度にコメントをとどめることが望ましい﹂と述べた︒

一方︑多数意見とは異なり︑主権の論点に正面から取り組んだのは

B i n n i e

裁判官の同意意見であった

判官

同意

︒Bin

ine

裁判

官は

︑ Ca l d e r

判艇菰出される前は︑﹁主権との両立不可能性﹂の理論に過度に広範な射程が ように答える︒ (8 2

境を横断して物品を持ち込む権利﹂と特徴づけた ︒ 関

法 第 五 九 巻 五 号

(M

aj or

裁 の要素が含まれているという政府の コモン・ローヘのこの組み込みは︑新たな体制の主権

M i t c h e l l

判決は︑

本件権利はカナダの主権に根本的に対立する︑すなわち︑﹁主権との両立不可能性

(s o

v e r e i g n i n c o m p a t i b i l i t y )

﹂に触れるものであるがゆえに︑第

三五条一

項の権利たりえない︑という政府の主張に対し︑次の

六(10六

二 ︶

(18)

の事件におけるこれらの諸利益の

( 9 0 )  

と 結

論 づ

け た

可能性 ﹂ は︑第

三 五

条一項の一要素であり続けるものだが︑ほとんどの場合︑

市民としての地位に︑国境を越えて交易をし移動する権利があると主張しているが︑これは︑

( 8 9 )  

属性と両立しない︒

( 1

0

三 ︶

与えられていたと指摘するとともに︑それを控えめにそして慎重に適用すべきものだと主張する︒﹁主権との両立不

カナダにおける先住民の文化にとって

(8 8 )

 

独自の慣行︑伝統および慣習を定義する段階で︑主権の論点が生じることはないとする︒

そのうえで

B i n n i e

裁判官は次のように述べる ︒本 件で問題となっている国境に対する権限

( a u t h o r i t y )

は主権に

婦属するものであるだけでなく︑当該国家が公共の利益のために権限行使することが期待されている︒

M i t c h e l ー は ︑

ニューヨークのオノンダガにその基礎をもつ

Ha ud en os au ne e ( I r o q u o i s   C o n f e d e r a c y )  

カナダの主権の歴史的

B i n n i e

裁判官は︑﹁この結論が︑第

三 五

条一項の目的︑すなわち先住民の利益と国王の主権との調和と両立しない

かどうか

が問題であると述ぺ︑﹁先住民自身もカナダの主権の

部であることを忘れてはならない﹂と注意を促す︒

﹁主 権と の両 立不 可能 性﹂

の 観

点 か

ら す

る と

M i t c h e

l

ーの主張は︑先住民コミュニティにとって独自の利益というよ

り︑むしろ我々すべての者が共通して持つ全国的な利益

( n a t i o n a l i n t e r e s t )   s o

v e r e i g n t y )

﹂および﹁共有的主権

( s h a r e d s o v e r e i g n t y

)

カナダ最高裁判決と先住民の自治

カナダ市民としてではなく︑

に関連しているとされる︒そして︑こ

﹁調和﹂は︑我々の﹁集団的主権

( c o l l e c t i v e s o v e r e i g n t y )

﹂を支持すると考える︑

︑ ︑

ただ

し︑

B i n n i e

裁判官は︑これらの説示が︑国王の主権と先住民の内的な自治政府︵強調は原文︶

との両立また

は両立不可能性とは関係がないことを強調し︑先住民に関する王立委員会報告書で示された﹁併合的主権

(m er ge d

( 9 1 )  

の概念に言及し︑その実現可能性を示唆している︒

(19)

第 五 九 巻 五 号

﹁ 調

Sp ar ro w

テ ス

ト を

含 め

Sp ar ro

w

判決が提示した内容は︑学説において概して肯定的に評価されている︒

Va nd e r   P e e t

判決は

Sp ar ro

w

判決に反するとし︑

Sp ar ro

項の解釈を行い︑権利の認定テストを

w

判決に立ち戻り第三五条

(9 2

) (

作るべきという批判は︑最高裁裁判官の中でもみられたし︑学説においても同様の主張があった︒他方で︑先住民の

9 3

自治権という観点から︑

Sp ar ro

判決を分析し︑その限界と問題点を指摘する学説がある︒たとえば︑

w

M i c h a e l As ch

Ma cl em

は ︑

カナダの主権を自明のものとする

Sp ar ro w

決 が

(9 4

黙のうちに前提にしていることを明らかにする︒また︑

C h r i s t i e

は︑先住民の主権を切り下げる植民地主義の精神に

(9 5 )

 

基 づ

‑v Sp ar ro

w

テストは︑その後の判例に影響を与え続けていると批判する

Va n  d e r   P e e t

判決やそれ以後の判例も︑当然に国王の主権を自明としている︒

Va nd e r   P e e t

判決が︑第三五条一

項の基本的目的の

つに︑﹁先住民の以前からの占有と︑ カナダの領土をめぐる国王の主権の主張

と の

あると判示していた︒第一章第二節でみた﹁調和﹂に関する判例の展開も︑かかる前提を変更するものではない︒

も っ

と も

H a i d a N a t i o n

判決や

Ta ku R i v e

r

判決が︑﹁調和﹂に言及する際︑従来の判例になかった言葉を用いて

︑ ︑

︑ ヽ

(9 6

)

いることが注目される︒すなわち︑﹁先住民の以前からの占有と︑国王の事実上の主権﹂や﹁先住民が以前にコント

︑ ︑

︑ ヽ

(9 7

)

9 8 )

9 9 )

ロールしていた土地や資源に対する国王の事実上のコントロール

︵傍点︑引用者︶などと述べた点である︒

L e o n a r d  

I .  

Ro tm an

は︑上述の表現の違いについて︑

Sp ar ro

w

判決に比べると︑国王の法的地位の特徴づけがかなり

(1 0 0

抑制されていると指摘する

な お

S i o u

i

判決は︑憲法上の論点を扱ったものではなかったが︑先住民が独立したネーションであったことに言

評 価

関法

ヨーロッパ国家の優越性という観念を暗

六四

( 1

0六

四 ︶

(20)

カナダ最高裁判決と先住民の

自 治

個別の行為を行う権利と特徴づけるという判断を示した

六五

(1 0六 五

及した

最高裁はこのような認定をしたことがあったものの︑

Pa ma je wo

判決や

n

M i t c h e l l

判決においては︑触れら

さ て

Pa ma je wo

n

判決および

M i t c h e l l

判決をいかに評価しうるだろうか

Pa ma je wo

n

判決は︑第三五条

項 に

よって自治権が保障されるか否かを明らかにすることなく︑自治権の主張に

Va nd e r   P e e t

テストを適用するとはっ

きり述べた

そして︑過度に一般的なレベルで審査することに警鐘を鳴らし︑

Pa ma je wo

らの主張を﹁保留地で高

n

配当の賭博行為に参加し︑それを規制する権利﹂と特徴づけたうえで︑

Pa ma je wo

n

らはかかる権利を立証しておら

ず ︑

Va d n e r   P e e t

テストを満たさないと結論づけた︒このように︑非常に広範な内容をもつ自治権の主張を退け︑

かかる最高裁の審査の方法は︑裁判所が自治権の論点に取り組むことに消極的であることを示すものと解される

De lg am uu kw

判決が﹁土地権

に関して︑訴訟ではなく交渉による解決が望ましいと述べたことは︑自治権に関し

(J O I

ても当てはまるということであろう

こうした消極的な姿勢は︑自治権への取り組みは裁判所の役割としてふさわしくない︑あるいは︑裁判所の能力を

超える問題と考えているのかもしれない

仮にそうであるとしても︑その意図にもかかわらず︑先住民の文化を積極

(1 0 2 )

 

的に審査する結果をもたらしているとの批判が妥当しよう

すなわち︑すでに指摘したように︑

Va nd e r   P e e t

テ ス

トは︑﹁先住民的なるもの﹂をあらかじめ想定し︑それに当てはまらないものについては︑先住民の権利の範囲外で

あるとする

これは﹁先住民の文化﹂を裁判所が定義することにほかならず︑そして︑先住民の自治を掘り崩すこと

( 1 0 3 )  

と な

る ︒

れていない

(21)

第 五 九 巻 五 号 M i t c h e l l

判決において

Mc La ch li

n

長官が書いた多数意見は︑﹁主権との両立不可能性﹂についての判断を避けた︒

しかしながら︑興味深いのは︑

M i t c h e l l

判決が

Va nd e r   P e e t

テストと﹁主権の両立不可能性﹂

M i t c h e l l

判決は︑先住民の以前から存在する法および利益や慣習法がヨーロッパ人の入植によって消滅しておらず︑

主権の主張によっても生き残っているし︑それらは﹁権利としてコモン・ローに吸収された﹂と述ぺた︒ただし︑こ

れには三つの﹁例外﹂があるという ︒ すなわち︑第 一 に︑国王の主権の主張と両立しないこと︑第 二 に︑条約の締結

によって自発的に譲渡したこと︑第 三 に︑政府が消滅させたこと︑これら 三 つがなければ︑存続している ︒

そして︑﹁主権との両立不可能性﹂

項に基づく先住民の権利の定義に関連する︑

あった︒先住民の権利に関する定義は︑先住民としての権利については

Va nd e r   P e e t

テストで︑﹁土地権﹂につい

て は

De lg am uu kw

テストで示されている︒そして︑自治権の主張には

Va d n e r   P e e t

テストが適用される︒

上の説示を検討し︑

I,

e o r n a d   I .  

Ro tm an

は︑最高裁は﹁主権との両立不可能性﹂を

Va nd e r   P e e t

テストの黙示の

(1 0 5 )

 

要素とみなしている︑と評する︒とはいえ︑

M i t c h e l l

判決の多数意見は最終的な判断を留保している︒これに対し︑

より踏み込んだ判断を示したのが

B i n n i e

裁判官

( M a j o r

裁 判

官 同

意 ︶

B i n n i e

裁判官によると︑

え ず

論をしていることである︒

関法

の関係を示唆する議

の主張に対して︑﹁もしあるとしても︑主権の継承に関する植民地法が︑第 三 五

という程度にコメントをとどめることが望ましい﹂と述ぺたので

の同意意見であった ︒

︵強調は原文︶用いる独占権を有している︒これは︑第 三 五 カナダの領土で軍隊を組織することは︑いくらヨーロッパ人との接触前の戦闘行為が重 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 要なものであっても︑それを第三五条 一 項に基づくコモン・ロー上の権利

( l e g a l r i g h t )  

︑ ︑

︑ ︑

カナダの主権がカナダの領土内で軍隊を合法的に

︵ 強

調 は

原 文

六六

( 1

0六

六 ︶

であるとい

(22)

両立が判例上認められない︑という考えを強化するだけであるし︑多くのファースト・ネーションズが主張している

(1 0 8

( i n h e r e n t )

自治権と相容れないものである︒

B i n n i e

裁判官を批判する学説は︑先住民の自治権の消滅を

的に決定することに根本的な問題があると考えているように思われる︒

他 方

で ︑

Mc Ne i

ー は

B i n n i e

裁判官の意見を好意的に評価する︒

Mc Ne i

ー は

B i n n i e

裁判官が先住民の内的自治権が

国王の主権と両立しないと判断するのを注意深く避けていることに注目し︑

Pa ma je wo

n

のアプローチよりも︑はる

(1 0 9

かに理論的に健全であり︑かつ実践的であると評する︒

ま た

Do ug Mo od ie

は ︑

B i n n i e

裁判官の意見を否定的に解する上述の学説は彼の真意を捉え損なっていると批判

( H O )  

し ︑

B i n n i e

裁判官の意見を高く評価する︒

Mo od ie

に よ

る と

B i n i

i e

裁判官は︑先住民の価値および視点を包摂する

ために︑主権の概念に再度取り組んでおり︑﹁国王の主権対先住民の主権

という二項対立的な捉え方をする﹁絶対

主 義

の袋小路から抜け出す可能性をもつ﹁併合的主権﹂﹁共有的主権﹂の概念を提示している

すなわち︑先住民

︑ ︑

と非先住民の双方が共同で 固有の

カナダ最高裁判決と先住民の自治

(1 0 6

項を分析する際に﹁主権との両立不可能性

に由来する原理的制限をうまく例証している︑とされる

そ し

て ︑

B i n n i e

裁判官は︑先住民に関する王立委員会報告書が︑﹁併合的主権

や﹁共有的主権﹂が﹁多様性の維持にとって

だけでなく︑調和の達成にとっても不可欠﹂と述べたことに言及する︒

六七

(1 0六 七

B i n n i e

裁判官の同意意見に関して︑学説の評価は大きく分かれている︒

Ro tm an

は︑多数意見を﹁後退﹂とみなす

(1 0 7

方 で

B i n n i e

裁判官の意見を﹁門戸を閉ざす﹂ものと批難する︒

B i n n i e

裁判官は︑自身の見解が﹁内的

自治権

に関するものではないと明確に留保していたが︑

Ro tm an

によると︑これは︑﹁外的な﹂自治機構と国王の主権との

︵強調は原文︶主権を保持することを意味し︑

Va nd e r   P e e t

判 決

G l a d s t o n e

決 ︑

(23)

第 五 九 巻 五 号

Pa

ma

je

wo

n

決 ︑

De

lg

am

uu

kw

判決の核にある﹁国王主権

とは大きく異なる︒国王の主権は保持されているが︑

(l l l

その本質は修正されているのである

Mo

od

ie

が︑カナダの主権の法的根拠の疑わしさを認めながらも

B i

n n

i e

裁判

官の見解を支持するのは︑その実践的なアプローチの有用性にあるのだろう︒

最高裁は︑﹁調和

が一九八二年憲法第

五条の基本的目的であると明

し︑国王の主権と先住民の権利をどのよ

(1 1 2

うに﹁調和﹂させるのかの判断を示してきた︒第三五条

項が自治権を保障しているかどうかについて︑いまだ明確

な判断は示されていないが︑最高裁のいう﹁調和﹂の概念を前提とし︑先住民の自治権の成立の余地はあるのだろう

( 1 1 3

の概念が鍵となるが︑﹁独自の先住民の文化

をどう捉えるかによって︑その結論は大 か ﹁主権との両立不可能性

)  

きく変わると思われる︒このことは︑訴訟による解決であろうと︑交渉による解決であろうと同様であろう

(1 1 4

筆者に課せられた検討課題は多い︒とりわけ︑自治権の根拠論が重要な位置を占めるように思われ︑この点を今後

検討していきたい

(l) 

S e

e   M

en

no

  Bo

l d

t  

An

th

on

y  L

on

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e   ( U

n i v e

r s i t

o f y  

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r o

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o   P

r e s s

1

98 5)

(2)本稿でいう﹁自治権﹂は統治権とりわけ立法権を意味する︒﹁主権﹂という用語についても︑同様の意味として用いてい

る︒本稿は︑分離独立の権利を含む意味での自治権を対象とするものではない︒したがって︑﹁自治権﹂や﹁自治政府﹂と

いう概念自体が植民地主義を拡張するものに過ぎないのではないかという議論をここで扱うことはできない︒

なお本稿は︑﹁先住民の権利﹂︑﹁先住民としての権利﹂という用語をそれぞれ次のように使い分けている︒

﹁先 住民 の権

利﹂は﹁自

治権

﹂︑

﹁土 地権

(a b

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l e )﹂および﹁先住民としての権利﹂を含むものとして︑﹁先住民としての権利﹂ 関法

お わ り に

六八

(‑ 0六 八

参照

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