「 相当程度の可能性」をめ ぐる混迷
一下級審裁判例の動向を中心 に一
橋 口 賢 一
1・ は じめに
2 下級審裁判例の動向
3 .混迷状態の分析 と今後の展望 4.おわ りに
キーワー ド:相当程度の可能性,法益,因果関係,高度の蓋然性
第 1 章 は じめに
最高裁 は,平成 1 2 年 9月22 日判決 ( 民集5 4 巻 7 号 2 5 7 4 頁.以下,「 平成1 2 年 判決」 とい う) において , 「 疾病 の ため死亡 した患 者 の診療 に当たった医師の 医療行為が.その過失 によ り,当時の医療水準 にか なった ものでなか った場合 において,右 医療行為 と患者の死亡 との間の因果関係の存在 は証明 されないけ れ ども,医療水準 にか なった医療が行 われていたな らば患者がその死亡の時点 においてなお生存 していた相 当程度の可能性 の存在が証明 され る ときは,医師 は.患者 に対 し.不法行為 に よる損害 を賠償す る責任 を負 うもの と解す るのが 相 当であ る。 けだ し,生命 を維持す る こ とは人 に とって最 も基 本 的 な利益 で あって,右 の可能性 は法 によって保護 され るべ き利益 であ り,医師が過失 に よ り医療水準 にか なった医療 を行 わない ことによって患者 の法益が侵 害 された も の とい うことがで きるか らである」 と判示 し,「 相 当程度の可 能性 」 とい う概 念 を初めて採用 したo爾後,最高裁 は,平成 1 5 年 1 1月 1 . 1日判決 ( 民集5 7 巻 1 0
12 9 (1 45) ‑
号 1 46 6 頁,以下,「 平成 1 5 年判決」 という),平成1 6 年 1 月1 5 日判決 ( 判時 1 8 5 3 号 85 頁,判夕1 1 4 7 号 1 5 2 頁,以下,「 平成 1 6 年判決」 とい う),平成 1 7 年 1 2 月 8
日判 決 ( 判時1 9 2 3 号 2 6 頁∴判 グ1 2 0 2 号 2 4 9 頁,以下.「 平成1 7 年判決」 とい う) とこの概念の定着化 を着実 に図 って きた。 これに伴 って現在 では もはや.下級 審 レグェルにおいて も. この概念 についての判 断が な され ることは珍 しくな く
なった といえる
1。とはい え. この概念 について共通の理解が得 られた とい うわけでは、 な く.そ の法的性 質,射程,認め られる賠償範囲な どの理解 をめ ぐって.未だに学説上 対立が見 られ る し.下級審 レヴェルで も混迷が確認 される。
著者 は以前 , 「 相 当程度の可能性」 とい う概念の理解 につ きささやか なが ら 私見 を提示 した ことが あ る
2。 しか し,その分析 はあ くまで も,上述 した一連 の最高裁判決の分析 に とどま り,下級審裁判例 に関す る分析 は末尾で少 しく言 及す るに とどまった。 また,現状 においては,下級審 レヴェルの動向 を本格 的 に検証 した研究 も見 当た らない。そこで本稿 においては,前稿 では検討の対象 と しなか った下級審裁判例の動向にスポ ッ トを当て.そ こにおける当概念の理 解 をめ ぐる混迷 を具 に観察 し, こう した混迷状態 を招来す る原因が どこにある のか を突 き止め る とともに今後の展望 を示す ことと したい。
以上 の ような問題意識 か ら, まず は平成 1 2 年判 決以降の下級 審裁判例 の動 向お よびその特徴 を把握 す る ( 第 2 章)。 そ してその後,明 らか に した混迷状 態 の分析 をお こない今後の展望 を示す ことと したい ( 第 3 章)。
第 2 章 下 級 審 裁 判 例 の 動 向
これ まで 「 相 当程度の可能性」 とい う概 念 について何 らかの判断 を下 した判 決
3は,公刊雑誌お よびLEX/ DBに限れば,総計 で44 件確認す ることがで きる ( 2 0 0 7 年 9 月 1日現在) 。 内訳 は,最高裁判決が 4 件,高裁判決が 6甘 地裁判 決が 3 4 件 であ る。詳細 は,後掲 の資料 ( 「 『 相当程度の可能性』 をめ ぐる判決の
‑3 0(1 46) ‑
動向」 ) の通 りである。この資料では , 「 裁判所/裁判 日付/ 出典 」 ,「 患者の状況 」 ,
「 義務違反の認否 お よびその内容」 , 「因果関係 お よび 『 相 当程度の可 能性 』に 関す る判断」 , 「 慰謝料 の認容額お よび考慮要 因」 とい う項 目に よってその特徴 を リス トに して示 してある。本章では・ , この リス トか らI L 1 司え, る下級審裁判例 の 動向 を 4 つの観点か ら悟 り出 してみたい。
第 1 節 法 益 性
学説 においては , 「 相 当程度の可能性 」 を最高裁が新 たに認 めー た法益 と解す る見解が圧倒 的多数 であ った
4。裁判例 において もその ような理解 を示す もの が圧倒 的多数であ るが ( 【 2 】【 3 】【 5 日6 日8 日1 1 日1 2 日1 3 日 1 4 日 1 9日2 0 日2 2 日2 4 日2 5 】
【 3 0 】【 3 2 】【 3 4 】【 3 6 】【 4 0 】 ) ,異 なった理解 を示すかの ように見 える もの も存す る (この点についての捉 え方が不明なもの も存する) 。具体 的 には,期待権 とす る もの ( 【 1 7 】【 1 8 】【 2 6 】 )辛, 期待 し得 た生存 の可能性 とす る もの ( 【 21 】【 3 3 】 ) , 延命利益 とす る もの ( 【 3 5 】 ),適切 な治療 を受 ける機会お よび生命維持可 能性
とす る もの ( 【 4 2 】 ). 適切 な医療行為 ( 治療)を受 ける機会 とす る もの ( 【 2 7 , 】【 3 8】 ▲
【 3 9 】 )であ る。当事者の主張 に引 きず られているかの よ、 うに見 える もの もない ではないが, この概念の法的性質 につ き,期待権論 や治療機会雫失論 といった 以前 か ら主張 されて きた見解 との関係 をめ ぐって,各裁判官の間で若干 の混乱 が見受 け られ ることが確認で きよう。
これに関連 して, 【 3 4 】が注 目すべ き判断 を示 してい る。す なわ ち.期待権 論 に関 して過失 を基礎付 ける事実その ものが損害お よび因果関係 と同一の要件 事実 となる結果 とな り法理論 と して失当であ る との被告 の主張 に対 して,東京 地裁 は , 「 患者が死亡 の時点 においてなお生存 していた相 当程度 の可能性 の証 明があった場合 に,医師等の責任 を認 める」のが相 当程度の可能性 の法理 であ っ て . 「 単 に過失 を基礎付 ける事実 その ものの証明が あれば足 りる とす る もので はない」 とし,期待権論 との差別化 を図 ってい る̲ 。硯 に, ‑過失が認め られ相 当 程度の可能性 の法理 に依拠 した判断が されたに もかかわ らず請求が認容 され な
‑3 1. (1 4 7)‑
かった もの と して,【 7】【 2 4】【 2 7】【 41 】 を挙 げることがで きる
。また, 因果関係 の判断 において 「高度の蓋然性 」の存否 とい う1つの尺度 を 用 い る ものが多数見受 け られ る一方で ( 明白なものとして,【 6 日1 3 日 1 4日1 8日2 2】
【 2 3 】【 2 4 】【 2 6 】【 2 7 】【 3 2 】【 3 4 】【 4 0】【 41 】【 4 3 】 ) ,因果関係の判断において 「 相 当程度の可能性」お よび 「 高度の蓋然性」 とい う 2 つの指標 を対比 させ て用 い た上で , 「 損害 ( 蘇) 」の項 目において平成 1 2 年判決や平成 1 5 年判決 を引用 し, 改 めて 「 相 当程度の可能性」法益 の侵害 ( 損害) を確 認す る判決が多数見受 け
られ る ( 【 8 】【 1 1 】【 1 9 】【 21 】【 3 0 】【 3 3 】 ) 。 た とえば,【 8 】 は, 因果 関係 の判 断 において . 「 死亡 しなか った ことについて.相 当程度の可能性が あ った もの と 認め ることがで きるが,それ以上 に,高度の蓋然性が存在す ることの証明が尽 くされた とい うこ とはで きない」 とす る。「それ以上 に」 の 「それ」が 「 相 当 程度 の可 能性 」 を指す こ とは明 白であ る。 そ うす る と , 「 相 当程度 の可 能性 」 は因果関係 を判 断す るにあたっての指標 と して用 い られてい ると同時 に,法益 として も位置付 け られてお り, この概念が 2 重 の意味で用 い られてい る ように 推察 され る
。第 2 節 射程
相 当程度の可能性 の法理の射程 をめ ぐる議論 において重要 な役割 を果 た した と考 え られ るの は, 当法理 を初 めて採 用 した平 成 1 2 年判 決 ( 【 4 4
】)5と,重 大 な後遺症 が残存 した事案 にお いて も当法理 の射程が及ぶ こ とを認 めた平成 1 5 年判決 (【 31 】 )6 である といって よいであろ う。 そ こで本節では,当法理 に基づ いて賠償請求が認容 された判決 を , ( a) 平成 1 2 年判決か ら平成 1 5 年判決 まで と ( b) 平成 1 5 年判決以降 とに時期 を区分 した上 で.各 々において ( i)「 死 亡 のケース」 と ( i i)「 重大 な後遺症 のケース」 に分類す る。
( a) 平成 1 2 年判決か ら平成 1 5 年判決 まで (i)死亡のケース
‑3 2(1 4 8)‑
【 3 2 】【 3 3 】【 3 4 】【 3 5 】【 3 6 】【 3 8 】【 3 9 】【 4 0 】【 4 2 】【 4 3 】 の計 1 0件 (l l)重大 な後遺症のケース
な し
( b) 平成 1 5 年判決以降 (i)死亡のケース
【 3 】【 8 】【 1 0 】【 1 2 】【 1 4 】 【 1 6 】【 1 9 】【 2 0 】【 2 1 】【 2 3 】【 2 5 】【 2 6 】【 3 0 】
の計 1 3 件
(i i)重大 な後遺症のケース
【 5 】【 6 】【 1 1 】【 1 3 】【 1 8 】 の計 5 件
以上 の分類 に よれば,平成 1 2 年判決か ら平成 1 5 年判決 までの期 間において は,当法理 に よる解決が下級 審で もなされ始めてい る ものの / 「 死亡のケース」
以外 の事案 に射程 を拡大す るものは全 く見受 け られ ない ( 【 3 7 】においては.徳 遺症のケースへ と射程 を拡大することへの懸念が述べ られている)。他方で,平成
1 5 年判 決以 降は,徐 々に下級審 レヴェルで も 「重大 な後遺症 の ケース」へ と 射程 を拡大化す る傾 向が見 て取 れ る。 ちなみ に,平成 1 5 年判決 にお ける 「重 大 な後遺症 」 とは重 い脳 障害 であ ったが, こ う した脳 障害 の事例 ( 【 6 】【 1 1 】 ) 以外 に も,二度 と子 を産 め ない状 態 (【 5 】 ),精神 遅滞 お よび運動発 達遅滞等
( 【 1 3 】) ,下半 身運動麻痔 お よび膜朕麻痔等 ( 【 1 8 】 )が 「 重大 な後遺症」 とされ, 当法理 に基づ く救済がお こなわれている。
なお , 「 死亡のケース」 に も 「 重大 な後遺症のケース」 に も該 当 しないかの ように見 えるケースで当法理 に よる解 決 を図ってい る事案が 1件確 認 で きる。
す なわち ,【 2 2 】 は,血栓症 の発症 を疑 い十分 に診察 した上で必要 な検査 を行 うべ き当該 医師の注意義務違反 に よって 2 度の回復手術 を受 け るこ とになった とい う事案 において,「第 1及び第 2 手術 を受 けな1、 で済 んだ相 当程度の可能性」
が法的保護 に値す る として原告の賠償請求 を認容 してい る。本件 は,手術 中に 血栓 が遊離 して死 につ なが る可能性があ′ ったにせ よ 「 死亡のケース」ではな く,
‑3 3(1 4 9 )‑
侵襲 を伴 う手術 に よ り現在 も傷跡が残 っているにせ よ「 重大 な後遺症 のケース」
で もない。 また本件 は,い うまで もな く,平成 1 5 年判決 よ りも後の事案である。
第 3 節 「 相 当程 度 の 可 能 性 」 の 程 度
「 相 当程度の可能性」 の程度 に関 しては,平成 1 2 年判決における可能性 の程 度 が 2 0% であ うた こ とか らそれ ほ ど高度 な確 率が要求 されてい るわけではな い と認識 された。 その後.平成 1 5 年判 決 においては,統計的 な数字 に とらわ れ ることな く具体的病状 に即 してその有無 を検討すれば よい とされ. さらに平 成 1 6 年判 決 にお いては,医療水準 を下 回 る医療行為 の実施が患者 側 に よって 明 らか にされれば.医療水準 にかなった適切 な医療行為が な されていて も結果 が全 く同 じである とい うことを医師が立証 しない限 り,医師は責任 を負担 しな ければな らない とされ るに至 る
7。 それで は,当法理 に よ り請求 を認容 した下 級審裁判例 においては, どの ような傾向が見て取 れるだろ うか。
下級審 レヴェルで は,平成 1 2 年判 決の ように実際 に程度が数値 で示 されて い る よう に見受 け られ る もの も一定程度存 す るが それほ ど多 いわけで は な く ( 【 1 6 日1 7 日2 0 日2 2 日2 6 日3 3 日3 9 】)8 ,む しろ鑑定や有意差の見 られるようなデー タ資料等 に依拠 してはっ きりと数値 を示す ことな くその存在 を肯定 してい る も のが圧倒 的多数であ る。そ こでは概 ね具体的事案 に即 した判断が なされてお り, 可能性 の提示が観念的 弓由象的な ものに とどまるとの理 由で請求 を棄却 した も の も存 す る ( 【 2 4 】 ) 。 また,死 亡 とい う結果 か らは逃 れ られ なか った と しつつ も 「 相 当程度の可能性」の存在 をわずか な可能性 で もって肯定す る事案が注 目 され る ( 【 3 】【 2 5 】【 3 6 】 ) 。 ここか ら, 上述の最高裁 における傾 向を下級審 レヴェ ルにおいて も確認す ることがで きよう。
第 4 節 賠償 範囲 お よび賠償額
賠償範囲 に関 して,学説上 は財産的損害 を認め ることの是非 をめ ぐって争い が ある一方で,下級審 レヴェルでは賠償請求 を認容 した もののすべ てがその範
‑34(1 5 0)‑
園 を慰謝料 に限定 してお り ( 弁護士費用 を除 く),財 産的損 害 まで認 めた もの は見 当た らない 1 0 。そ うす る と,下級審 レヴェルで は,賠償範 囲 に関 しては慰 謝料 限定 とい うことで足並みが揃 っているように見 えるが,その内実 をよ く見 てみる と,下級審で も対立や傾向の変化のあ ることが わかる。
まず,回復の見込みのない脳性麻痔 とい う重大 な後遺症が 出生児 に残存 した 事案である 【 5 】 においては近親者 固有の慰謝料が認容 されているのに対 して,
【 8】【 9】【 1 4】【 2 0】 【 2 1 】【 2 4】【 3 0】【 3 5】【 4 2 】 にお いて は こ う した近親者 固 有の慰謝料請求 は きっぱ りと否定 されている。た とえば ,【 3 5 】 においては,「 被 害者の近親者 は,被害者が死亡 し 又は死亡 した ときに も比肩すべ き精神 的苦 痛 を受 けた場合 に限 り, 自己の権利 として固有の慰謝料 を請求す ることがで き る もの と解 され る十 と した上で,本件過失 と死亡 との間の因果 関係が認 め られ ない事実関係 の下で近親者 固有 の慰謝料 は認め られない と してい る
11。また.慰 謝料 を認め るにあた って考慮 された要 因につ いて は,一切 の事 情 または諸般の事情 とす るのみでその内実 を全 く明 らかに していない もの ( 【 1 3 】
【 2 3 】【 2 6 】【 3 2 】【 3 8 】【 3 9 】【 4 0】【 4 2 】 ) もあ れ ば,過 失 の態様 や可 能性 の程 度 な ど詳細 に考慮要因 を挙 げる もの もある。 どち らか といえば,初期 は概 ね こう した要 因があ ま り示 されない傾向であ ったが ( たとえば ,【 3 6 日 3 9日 4 0日 4 2 】 ) , 近時 にいたってはその要 因が詳細 に挙 げ られ る傾 向 にある ( たとえば 【 1 1 】は.
事案の内容,過失の態様,可能性の程度,後遺症の内容 を考慮要因として挙げてい る)0
賠償額 に関 しては,「 死亡 のケース」では , 1 0 0 万円 ( 【 2 5 】 ) や 1 8 0 万円 ( 【 1 0 】 ) といった低額 か ら 8 0 0 万円 ( 【 3 5 】 )や 1 0 0 0 万円 ( 【 4 2 】 ) とい った高額 まで ば ら つ きが見 られる。 そ して 「 重大 な後遺症 のケース」で も同様 に , 1 0 0 万 円 ( 【 1 8 】 )
といった低額か ら 1 0 0 0 万円 ( 、 【 5 】 ) といった高額 までば らつ きが見 られ る
12。‑3 5(1 5 1)‑
第 3 章 混 迷 状 態 の 分 析 と今 後 の 展 望
前章 において明 らか となった下級審裁判例の動 向 をもとに,本章ではその混 迷状態 を招来す るに至 った原因 を突 き止め るとともに今後の展望 を示す ことと
し たい。
第 1 節 法的性質 をめ ぐるば らつ き現象
「 相 当程度の可能性」 に関 しては,平成 1 2 年判決 に よって採用 された新 しい 法益概念 だ とい う理解 で学説 はほぼ固 まっている状 況 にあ る
13。 そ して,一連 の最高裁判決で示 された法理 を分析す る限 り,その真意 は,医師の過失が認定 されてい るに もかかわ らず因果関係の存在が立証で きない とい う事情 を 目前 に して,医療過誤訴訟 の特殊性 に鑑み,医師の過失行為 と死亡 または後遺症 との 間の因果関係の立証の成否 に よって責任の可否が オール ・オア ・ナ ッシングで 決め られて しまうこと‑ の不信感 を基礎 に,従来の期待権論や治療機会喪失論 が有 していた射程の拡大への懸念 を払拭すべ く,患者の生命 ・身体 とい う重大 な法益 に引 き付 け られた もの ( 連続 したもの) を新 たな法益 と して採用 す るこ とで,患者保護の新たな境地 を切 り開 きつつ上述の懸念 を払拭 した点 にあ る と 考 え られる
14。確 か に.期待権論へ の反論 をなす 【 3 4 】の ように , 「 相 当程度 の可能性」 を 法益 として位置づ け.最高裁の抱 く懸念 を共有 しているように見 える もの も存 す る。 しか しなが ら,下級審裁判例 においては,期待権論,治療機会喪失論 な どといった従来の見解 と当概念 をない まぜ に した り,当概念 を従来の見解 に代 替 した りす る ものが まま見 られ るの もこれ また事実であった。 この ような法的 性 質 をめ ぐるば らつ き現象 は,原告側の主張 に影響 されている部分 も大 きいで あ ろ うが, この 「 相 当程度の可能性」 じたいが法益 として観念 しづ らい ことも あ って,従 来の見解 との相違 ( 最高裁が当法理 を採用 した真意) を裁判官が十 分 に理解 していなか った ことを示す もの といえよう。逆 にいえば.従来の期待
‑36(1 52) 一
権論や治療機会喪失論等の見解がそれだけ実務上浸透 し,当該過失行為 と死亡 または重大 な後遺症の残存 との間の因果関係が認め られない場合 に,患者保護 の観点か ら依拠す ることので きる法理 として機能 していたのであろ う0
ただ,従来の見解 とない まぜ に した りそ う した見解 に代替 した りす る判決 に おいて も,結 果 と して平成 1 5 年判 決が 出現す るまで死亡事 案以外‑ と射程が 拡大 され るこ とはなか った し,平 成 1 5 年判決以降 もほぼ 「 重大 な後遺症 」の 事 案 に とどめ られて きた ( 「 重大な後遺症」の具体的な症状 については脳障害に とどまらないが,そこに無理なこ じつけ感は感 じられない)。 さ らに時期 的 に見 る と,【 1 7 】 以降は上述 の ようなば らつ き現象が見 られ ることもな く ( 「 相当程 度の可能性」の法理が浸透 したことの証左 とも' いえる),従来 の見解 とは区別 さ れた法益 と して位置付 け られてい る
15。 したが って, ひ とまず は落 ち着いた状 況 にあるとい えよう。
とはい うものの, こう した状況が今後 も続 くか どうかは不透明である。 なぜ な ら, 当法理の射程 を ヨリ拡大す る事案が皆無ではないか らであ る。確 か に
【 2 2 】 においては他の事案 と異 な り, 当該可 能性 を法的 に保護す る必要性 がか な り慎重 に判断 されてお り ( 患者側の年齢,傷跡が残存 していること,手術中に 予想外のことが起 こりえたこと等の事由を挙げて詳細 に当該可能性の要保護性 を判 断 している),結論 の是非 は ともか く.射程拡大へ の懸念 とい う問題 が度外視 されてい るわけではない。 しか し, この判決が今後当法理 の射程 をさらに拡大 す る契機 を秘めてい ることは否定で きないのであって, これに倣 った後続 の事 案が出て くることはあ りえないではない。
第 2 節 多義 性 を避 け られ な い 「 相 当程 度 の 可 能 性 」
下級審裁判例の因果関係 の判断 においては,大 別 して ( a)「高度の蓋然性 」 とい う尺度のみ を用いて判断 を行 うもの と , ( b) 「 高度の蓋然性 」お よび 「 相 当程度 の可能性 」 とい う 2 つ の指標 を用 いて判 断 を行 うもの ( ただ し 「 相当 程度の町能性」の存在が認め られたからといって因果関係の存在が認め られるわけ
‑3 7(1 5 3) ‑
ではない)が見受 け られた。平成 1 2 年判決が 「 相 当程度の可能性」 を法益 とし て位 置付 けた とい う一般的な理解 に基づ けば .( a) は素直 にこれに従 った もの だ とい え よう。他方 で この ( b)に関 しては,改 めて 「 相 当程度 の可能性 」が 法益 と して位置付 け られ, この概念が 2 重 の意味で用 い られる こと も多 いの は 前章 で示 した通 りであ る。 ( b) において, この よ うな 2重 の意味 での用 い方 が な されるのはいか なる理 由に よるのだろ うか。 これ は,新概念導入の際 に見 られが ちな混乱現象 だ とい うことで切 って捨 て ることので きる もので はない。
なぜ な ら, む しろ近時の判決の方が相対 的 に ( b)の態度 を示 す傾 向が強い よ うに思われるか らである
。そ こで これか ら, ( b) の態 度 を示 した裁判官 が辿 ったであ ろ う思 考 プ ロセ ス をなぞ ってみ ることと したい。 この ような想定 を してみ ることでその原因 を 突 き止め ることがで きるのではないか と思われる。
裁判官 と しては まず,病院側の過失お よび患者の死亡 または重度 な後遺症が 認定 されれば,当該過失行為 と生 じた結果 との間の因果関係 の判断 をなそ うと す るはず であ る ( 第 1 段階の プロセス) 。 この判 断 にお いて は,最 高裁 昭和 5 0
年 1 0月24 日判決 ( 民集2 9 巻 9 号 1 41 7 頁,ルンバ‑ル事件)以降その証明の尺度 とされ最高裁平成 11年 2月25 日判 決 ( 民集5 3 巻 2 号 2 3 5 頁,以下 , 「 平成 1 1年 判決」 という)で も言及 された 「 高度 の蓋然性」 とい う尺度 に よ りその有無 の 判 断が な され る。 ここで,鑑定や客観 的 なデー タ等 によって 「高度の蓋然性」
が認め られれば上記 の因果関係 は肯定 されるが, もし仮 に認め られない とい う ことになればその因果関係 は否定 されることとなる。
ところが,医療過誤訴訟 における特殊性 に鑑みれば,上述 の因果関係が肯定 されないか らといって,裁判官 と して この段階で請求 を棄却す ることはで きか ね るので,次に 「 相当程度の可能性」の法理 を通 じて患者側の保護 を図ること がで きないか考 えることとなる ( 第 2 段階の プロセス)
16。 ここで裁判官 は,す でに認定 された当該過失 に加 えて,新 たに 「 相 当程度の可能性」の侵害お よび 両者 の間の因果関係 を認定 しようとす る。 しか しなが ら,① 「 相 当程度の可能
‑38(1 5 4)‑
性」侵害 じたいがや は り損害 として観念 しづ らい こ と
ユ7,② 因果関係 の判断 に あたって,前段 階のプロセスにおいて患者 の死亡 または重大 な後遺症七 の間 と はいえ 「 高度の蓋然性」 を認め得 なかった鑑定や客観 的 なデー タ等 に依然 とし て依拠せ ざるを得 ない こと
18,③ 最高裁の判示 の なか に.当概 念 を法益 と して 位置付 けなが らも , 「因果 関係の存在 は証明 されないけれ ども, ‑相 当程度の 可能性 の存在 が証明 され る ときは ‑ 」 ( 平成 1 2 年判決) , 丁 因果 関係 の存在 は証 明 されな くとも,‑相 当程度の可 能性 の存在 が証 明 され る ときは ‑ 」 ( 平成 1 5 年判決) との表現が見 られ ること, などか ら, どう して も連続 して前段 階の プ
ロセスの因果関係 の判 断 において,「 相 当程度 の可能性 」侵 害お よび当該過失 とそれ との間の因果関係の認定が分か ち難 くなされ ることとなる。 この ような 判断を経て,本段階の プロセスにおいて前段階のプロセス とは異 なる 「別の不法 行為 」 1 9 の要件の充足が認められれば,患者側は保護 を受けることが可能 となる2 0 。
一連 の最 高裁判 決の法理 を分析 す れ ば,理論 的 には 「 『 相 当程度 の可 能性 』
侵害」お よび 「当該過失行為 とそれ との間の因果関係」 とは区別 され るべ きも のであ り,かつ後者 に関 しては 「高度の蓋然性」で もって認め られ るべ きとい うこ とになる
21。 ところが,具体 的 な事案 において当法理 に基 づ く判断 を しよ うと して も, lなかなか この理論通 りに事が運 ばない とい うのが実際の ところで あ る ように見 える2 2 。「 相 当程度 の可 能性」が 因果 関係 の判 断 にお け る 1 つの 指標 と して も用 い られてい るのは まさに こ う した実情 を示 してい る とい え よ う。 ここでは法益侵害 ない しは損害の認定お よび因果関係 の認定 を同時にな さ ざるを得ず, もはや別個の判断は困稚 なのであ る。 しか も,因果関係の認定 に 当たって要求 される 「 高度の蓋然性」 は,その同時 にな され る判断の なかで認
定 されてい ると解釈で読み込 むはか ない。 ノ
そ うす る と, これ まで最 高裁 に対 して投 げかけ られて きた 「もはや因果 関 係 と損害 を区別す ることな く , 『 相 当程度の可 能性』 の中で両者が一体 的 に評 価 されてい るように見 える」 とか 「 保護法益 と証明度の問題が混合 され る傾 向 が見受 け られる」 とい った指摘 2 3は,下級審 レヴェルにおいて も (( b)の態度
一 一 3 9(1 5 5 ト ー ー
を示す ものが多いとい う近時の傾向を考えれば) ます ます当ては まる ものである し,実質的には因果関係 の立証の緩和 である との指摘 も致 し方 ない
24。 「 可能性 」 とい う概念が法益 と して位置付 け られた時点で, この ような事態 を招 くことは もはや避 け られなか った といえよう
25。第 3 節 賠償 をめ ぐる最高裁の沈黙
平成 1 2 年判決 は賠 償範 囲 を慰謝料 に限定 した ように見 える ものの,あ くま で も原審の判断 を正 当 としたにす ぎないのであって,最高裁 レヴェルでは未 だ 賠償範 囲に関 して何 らの言及 もな されてい るわけではない
26。 しか しなが ら下 級審 レウェルでは,賠償範囲 を慰謝料 に限定 し ,過失利益等の財産的損害 につ いては弁護士費用 を除けば悉 く否定す る立場 にほぼ固 ま りつつあ った。そ して, その理 由 と しては,当該過失行為 と死亡 または重大 な後遺症の残存 との間の因 果関係が認め られ ない ことを挙 げる ものが多 い。 これは学説で最高裁 に対 し指 摘 されて きた ように,差額説の立場か ら,生存で きた場合の予後の考慮や生存 の可能性 の程度 を明確 にで きるとす ることへの疑問 な どを顧慮 しての ことだろ
う 27。