• 検索結果がありません。

家族旅行研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "家族旅行研究"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

【修士論文概要】

家族旅行研究

交通技術との関係への若干の考察

斉藤 亮太

第 1 章 はじめに

本稿は、技術と遊びの関係を論ずる必要があるのではないかとおぼろげながら、しかし 強く考えている筆者が、その論ずる必要性を確信するための足がかりとなる目的を秘めて いる。だが、それはあくまで最後に必要性を浮かび上がらせることが出来た程度のもので あり、本稿において論ずることが出来たのは以下の点である。つまり「家族をバラバラに しつつあるテクノロジーすなわち交通技術が、家族がよりどころにしているハレの儀式に も用いられている」という仮説を立て、これを検証する。

近年マーケティングリサーチの世界などでは、家族についてバラバラになっていく一方 で、彼らは家族を求め、意識的に家族を「する」ようになっており、その為に家族である ことを確認する「イベント」(博報堂生活総合研究所 2009)「特別なこと」(関沢 1998)「行 事」(サントリー株式会社次世代研究所 2005)が増えているといったことが言われている。

こうした彼らの主張に従えば、「バラバラになりつつある家族は家族で一緒にするハレの儀 式をそのよりどころにしているようだ」と言うことができよう。彼らが挙げた儀式の 1 つ に家族旅行があり、筆者はこれに注目する。なぜなら、家族旅行ではこうしたハレの儀式 が家族をバラバラにすると言われているテクノロジーによって成り立っているという点で 興味深いからである。そしてこのテクノロジーとは交通技術すなわち通信技術・運輸技術

(人の移動については特に移動技術とする)である。携帯電話をはじめとする現代の通信 技術や電車による長距離長時間の通勤が家族をバラバラにしているとはしばしば言われる ことであるが、そもそも移動技術なくして近代以降の旅行は成り立たず、日ごろバラバラ に暮らす家族が必要に応じて集まる現代の家族旅行も成り立たない。

先行研究の不足により、2章から5章までは歴史と現状の把握を中心に進める。その後の 6章では、家族旅行をはじめとした「家族をする」ことと交通技術の関係についてさらに考 察を進める。ここでは家族社会学の蓄積を交通技術の側から読みかえてゆくこととなった。

なお、こうした手法で研究を進めて行くので、はじめに立てた問いは、「1.現代の家族にお ける家族旅行はどのような意義を持つか」、「2.家族にとって交通技術はどのように影響して いるか」、の2つへと分割して検証していくことにした。

なお、以下では家族を同行者とした1泊以上の観光旅行を「家族旅行」、いわゆる日帰り 家族旅行を「家族行楽」、この2つの上位概念として広義の家族旅行を「家族観光」として 論じていく。

(2)

第 2 章 家族旅行前史:文化的技術的下地

2章においては、交通技術の浸透が徹底する以前の社会について調べることで、大衆レベ ルでの観光の活性化が必ずしも鉄道を筆頭とする近代的交通技術によって規定されるので はない、ということを明らかにした。そこでは親子連れの旅行・行楽すら既に生まれてい た。それに対して、近代的交通が導入された明治期では、大衆レベルの観光は基本的には 江戸期のそれを踏襲したに過ぎないものであり、それどころか都市下層民を中心に江戸期 以来の観光すら出来ない人々が現れていたともみられるのである。

ただし、明治期においては一部の有産層に近代的交通を利用した近代観光が定着した。

多くの場合その同行者は家族であり、これはその後の家族旅行の萌芽とも取れるものであ る。こうした中、明治44年『婦人世界』新年号付録に『家族旅行 日本名所雙六』が現れ ている(川端 1911)。筆者の確認できる限り、これは「家族旅行」という言葉がタイトルに 使われた最古の刊行物である。

第 3 章 家族旅行が普及し始めた時代

3章においては交通技術の浸透が徹底した社会について述べる。大正・昭和初期は近代交 通が社会に完全に根付いた時期であり、逆に言えば近代交通に合わせて生きなければなら なくなった時期であることは間違いなく、そうした中、大正末創刊した『旅』の創刊号で は交通技術に依って立つ「近代文明の真中に生存する吾々の日常生活」が人間を自然から 引き離す一方で、「自然に還ること」は、その「近代文明」を成り立たせている交通技術に よる「旅行によって然かく容易に得られる」と一見アンヴィヴァレントなことが述べられ ている(野村 [1924]1974)。そうした社会的文脈の中で都市に住む新中間層の余暇時間利用 として観光が盛んになり始め、家族旅行もまた、ようやく盛んになってきたのである。

第 4 章 復興から定着、そして「滑稽」へ

4章は戦後復興から90年代前半までの状況について述べる。

戦後、観光も復興し、その後も観光はヨリ盛んになっていく。1950 年代以降の交通網の さらなる整備は観光客も運んでいった。ヨリ盛んになった観光の中には家族旅行もあり、

1960年には「家族旅行」の言葉をタイトルに冠したガイドブックまで出版され、1966年に は観光を提供する側から独立した調査対象とみなされるようになった(読売新聞社編 1960;

日本交通公社 1975)。しかしながら当時の観光の主流は職場などの団体旅行で家族旅行は 主流たりえなかった。

1970 年の大阪万博を機に家族旅行は定着し、その後さらに普及していく。ついに、特別 な事情のある家庭でないかぎり誰もが家族旅行に行ける時代の到来がはじまったのである。

また、マイカー時代の到来とともに、移動においても一家水入らずの移動が実現する。戦 後家族――多くは地方から都市部に移動してきた人々が形成した核家族であった――は一 見マイホームに閉じこもった生活をし、マイカーという外部から隔離された移動する部屋

(3)

による家族旅行を好んだ。しかしこうした家族が完全に孤立していたわけではなく、彼ら はしばしば帰省しそしてその帰省は家族旅行と化していた。交通技術により故郷を離れ普 段はバラバラに暮らしていた人々が、交通技術により親族関係を維持していたのである。

ところでこの家族旅行の定着と前後して、それまでは「一家に 1 台」で家庭に影響して いた通信技術が「1人に1台」で影響し始めてくるのである。こうした事態は1章での問い 立ての注目点の 1 つ「たとえ同じ家にいても交通技術が家族をバラバラにすること」と関 わってくるのであり、今までは交通技術のうち移動技術を主に扱ってきたが本章からは通 信技術にもヨリ注目しなければならなくなる。

そしてこの、両大戦間に広まりはじめ戦後大阪万博を経てついに一般的なものになった 家族旅行であるが、その後1980年代以降には「滑稽な演技」と評されるようになってしま った。そしてこの時期は通信技術が家族に個人単位でヨリ影響するようになった時期であ ったのである。

第 5 章 「家族をする」ことが必須の時代、「新しい大家族」の時代へ

5章は1990年代後半から現在について確認した。90年代後半以降、家族旅行の性格に変 動がみられる。

第 1 節 新しい交通技術と家族を巡る一般の認識

1990年代後半から2000年代にかけても社会評論などでは家族の崩壊や危機といったもの が叫ばれたのであるが、これらは往々にして交通技術(特に携帯電話やインターネットと いった新しい通信技術)の影響として語られた(藤原 2000; 小此木 2000b)。こうした認識 が現在でも影響しているのであろう、筆者の研究内容を聞いた方から「いまどき家族旅行 なんかするのか?いまは 1 人とか友だちと行くのが普通なのではないか?」といったこと を度々言われる。しかしながら官庁統計や業界団体調査は意外な数字を示している。

第 2 節 家族旅行の復権?

はじめに、日本社会のどれぐらいの人が家族旅行に行っているのか、その割合は低下し ているのかを、総務省統計局が1976年から5年ごとに実施している「社会生活基本調査」

の結果から確認した(総理府統計局 1978-1983; 総務庁統計局 1988-1998; 総務省統計局

2003-2008)。結論を先に言えば、その割合は低下していない。回答者全体に占める家族を同

行者として観光旅行に年1回以上行った人の割合は、1976年調査から2006年調査に至るま でほぼ一貫して 30%台を維持している。なお、これに対して観光旅行全体の体験率――回 答者全体に占める過去一年に観光旅行に行った人々の割合――は 1986年調査(66%)から 2006年調査(49%)まで下降を続けている。また、直近の2006年調査を見ると観光旅行の 同行者(複数回答)では「家族と」が 32%で最も多く、それに次ぐのが「友人・知人・そ の他の人と」の 19%である。そして、この「友人・知人・その他の人と」が占める割合は 1996年調査から低下している。ちなみに「一人で」は2%にすぎない(総務庁統計局 1998a;

総務省統計局2003a, 2008a,b)。このように、家族旅行の体験率は1970年代半ばからほとん ど変わっていない一方で、観光旅行全体での体験率は低下しており、加えて同行者として

(4)

は「家族と」がトップとなっている。こうしたことから家族旅行は相対的に地位が上がっ ているのではないかと考えられる。

次に、日本観光協会の調査結果から、観光旅行全体に占める家族旅行の割合を確認して いる。結論から先に言えば、観光旅行の延べ回数に占める家族旅行の割合は上昇している。

東京圏を対象にした調査では1970年調査に37%だったのが1999年調査では52%にまで上 昇しているが、その上昇は1990年代半ば以降の変動によるところが大きい(日本観光協会

1971-2000)。そして、この調査の打ち切り後の全国調査における関東圏と大都市部の数字を

見ても、家族旅行の占める割合は5割を越え高止まりしたままである(日本観光協会 2005,

2010)。この時期に家族旅行の地位はむしろ上がっているとも解釈できる。

では、これは家族旅行をはじめとする家族観光が単純に失地回復したと言えるのであろ うか。次の節では、広告や先行調査および筆者自身の調査をもとにこの時期から現在に至 る家族観光がどうなっていたかを確認したい。

第 3 節 90年代後半以降の家族旅行

1990 年代後半以降の世相を反映するテレビ CM、家族の年中行事に関する調査報告、家 族旅行のマーケティング論文、そして筆者自身の調査から明らかになったことは、家族旅 行の質的変容である。具体的には、第1項では1997年の小田急ロマンスカーのテレビCM

(高橋2010)、第2項では民間研究機関による調査報告(サントリー株式会社不易流行研究

所・株式会社シィー・ディー・アイ 1992, 2003)、第3項では観光経営学の森下晶美の報告

(森下 2007)について確認した。続く第4項ではポケモン・スタンプラリーに関する筆者

自身による調査のフィールドノーツから要点を紹介し、第 5 項では「うちにいるより家族 だね」がキャッチフレーズとなったスズキ自動車新型パレットのテレビCM(スズキ株式会

社 2010a, b)を取り上げた。

まず家族観光における同行者である「家族」が、従来のありかたと変わってきている。

普段地理的に離れて暮らしている「家族」が家族旅行の際に集まって一緒に旅行をすると いったことが散見されるようになった。そうした家族旅行は従来主流であった核家族を中 心としたタイプではなく三世代が集まってのものであったり、特に第 3 項で紹介した森下 が呼ぶところの「新しい大家族」による家族旅行であったりする。この「新しい大家族」

は同居を前提とせず、なおかつ旅行の際には父母の双方あるいはきょうだい全員の参加が 無くとも家族旅行を成り立たせる。そしてこの「別々だが家族観光では集まって一緒に」

という形態は普段同居している家族においても「新しい大家族」とは少し別の形で見られ るようになった。第2項で紹介したサントリー株式会社不易流行研究所・株式会社シィー・

ディー・アイの報告には、例えば花火大会に行く際には父が先に行って場所を取り、その後 娘と母は各自で父と連絡を取って逐次集合するといった事例が見られた。それに加えて、

たとえ同居している家族同士の家族旅行であっても全員がそろわずとも行ける時に――い わば機動的に、常設の師団まるごとの出動ではなく即応すべく臨時編成された混成部隊の ように――行ってしまうようにもなってきている。

このような家族観光における家族のあり方の変化には、交通技術との関係が見出せるの である。地理的距離を越えて(あるいはふだん同居していても)機動的に家族が集まるた めに電話や携帯電話をはじめとする通信技術が必須となっていることは想像に難くない。

(5)

なお、ここで見られるような「家族」、特に森下が「新しい大家族」と呼んだものは、家族 社会学でいうネットワーク家族と関係があるが、これについては次章で扱うものとする。

そして、こうした家族旅行の意味付けは、説教くさいテレビドラマなどではなくテレビ CMで親子関係が再生される機会と描かれるようになったり(第1項)、ふだん別々に住む

「家族」がお祝い等様々な目的で集まる機会となったり(第2項・第3項)、増加したワー キングマザーが日ごろあまり子供と一緒の時間が確保できないことの埋め合わせになった り(第 3 項)している。いずれにしろ、地理的あるいは時間的あるいは意識の上でバラバ ラになってしまっている家族が集まる機会という性格が強くなってきた。そして、その家 族旅行は家族の仲の良さを実感するためのものともなっていて、なおかつそれが本人達に もヨリ意識的なものとなって、父親や子供等までも意識的になってきているところが、こ れまでと異なるところである。しかも単に仲の良さを実感しているだけではなく――サン トリー株式会社不易流行研究所・株式会社 CDI が指摘したことであるが――不安があるか らこそ家族の仲の良さを実感して安心したいのではないかと考えられるのである。そして 現在は、家族観光を描いたテレビ CM で「うちにいるより家族だね」と言われてしまうま でに至っている(第5項)。

また、帰省は従来言われてきた以上に楽しい集まり、つまり観光の一種(とは言い切れ なくとも、少なくともレジャーの一種)と化している。しかし、帰省ではないが親戚が集 まっての花見において、そうした楽しい集まりを子供に親戚づきあいの仕方を教える機会 にしようとしている親がいることも見逃せない(第2項)。

最後になるが、本稿の関心からすれば、消費社会の権化のような場所や交通技術によっ て構成される場所での家族観光が非常に興味深い。自然の中で子供を遊ばせたいという親 の声が見られなくなった一方で(第2項)、むしろ消費社会や交通技術――よく言われるよ うに消費社会で消費されるのが情報であるならばこれは通信技術の影響が大なるものであ り、本稿では消費社会も交通技術の影響に含めてしまってもよいだろう――に没入してし まった中でこそ、家族の触れあいや教育の機会や父性を発揮する機会が生まれているとい うことである(第3項)。そして、ポケモン・スタンプラリーと高尾山の比較からは、これ は交通技術がヨリ我々の生存環境を決めるようになった現代という時代におけるアウトド ア――アウトドア・レジャーが家族の触れあいや教育の機会あるいは父性発揮の場であっ たことに異論はないだろう――なのではないかと考えられるのである。

第 4 節 「家族をする」こと

なぜわざわざこのようなことをしてまで家族観光をするのか。この現象を理解する上で 助けとなるのが「家族をする」という考えだ。たとえば、生活学の天野寛子は「「家族の絆」

は意識的に生活時間を確保し、そのように生活しなければ育たない。なぜなら現代は「家 族の関係」を壊すことに役立つ誘惑や「やむをえない」事情に溢れているからである。…

…家族の関係が「自然に育つ」のではなくて「自覚的に家族が努力しなければならない」

時代となっている」(天野 2003: 123)1と主張している。

1 中野収も1992年の単著において「家族する」という言葉を用いている。だが、彼の「家 族する」はあくまで「母子密着父親不在」と呼ばれた戦後の核家族において父親たちが

(6)

本章第1節で紹介した社会評論の立場から通信技術による家族の「破壊」「分断」「悲劇」

について指摘していた藤原智美と小此木啓吾も、そうした家族が家族でありうるために「家 族をする」ことが必要だと主張している。こうした考え方を借りると、家族旅行も「家族 をする」こととして必要となってきたと考えることができる。とはいえ、家族旅行は観光、

いわば楽しみを目的とした消費であり、しかも交通技術あってのものである。「家族をする」

はもっと真剣なものであり家族旅行は「家族をする」ことたりえないという指摘があるだ ろう。藤原や小此木によればこの「家族をする」ことは消費社会や通信技術の影響と戦う ことである。しかし、関沢英彦が指摘するように現代の我々は市場を介して生きていくし かないのであり、若林幹夫が言うところの共異体=共移体に生きる我々にとって、共通の 文化や環境は地域の中にではなく、地域を越えた交通技術や大衆消費文化の中にある(関

沢 1998; 若林 2007)。そしてその中で「家族をする」ことが行われる。

なお、こうしたなか、4章で取り上げたように交通技術によりバラバラになりつつあるに もかかわらず同居や「一家そろって」を前提にしていた家族が「滑稽」と言われていたの に対して、すでにバラバラになってしまってから交通技術によって緩い結びつきを保つ家 族の方が家族関係が良好なのではないかとすら考えられる事例が当の小此木と藤原によっ て――当人たちには重要性があまり意識されていないが――述べられていた(小此木 2000a; 藤原 2000)。

第 6 章 終章・「家族をする」ことと交通技術

終章である6章では、2章から確認してきた家族旅行の歴史と現状を、社会学の蓄積を用 いて読みかえた。これは家族社会学の蓄積を本稿の関心すなわち交通技術と観光(および 隣接領域)の側から咀嚼していくことで可能になった。

第 1 節 近代家族と交通

近代以降の産業社会・官僚制の中では移動(職業的地理的移動)することが求められ、

1950 年代ごろまで家族は多くの機能を失っていくと見られていた。こうした社会に適応し た家族の形態としてパーソンズは「孤立した核家族」論を提示した(目黒 2007; Parsons

[1949]1959)。それに対して、リトウォクは修正拡大家族という概念を提示した(Litwak 1960)。

彼は一見孤立したように見えるそれぞれの核家族が交通技術によって結びつき、活発な親 族関係が維持されていることを指摘したのである(Litwak and Szelenyi 1969)。この修正拡大 家族という考えは当時の日本にも導入され、そこでは当時の日本社会の状況に即して修正 直系家族という概念に修正されたが、こちらも本稿の立場からすれば地理的距離を越え交 通技術により保たれる拡大家族という意味で修正拡大家族である。そして現在の家族のあ りようを理解する上で助けとなるのが、ネットワークとしての家族という考え方である。

修正拡大家族がその構成要素を核家族単位にしたネットワークであるのに対して、同居す ら前提とせず個人を単位としたネットワークとして家族を捉えるのがネットワーク家族と

おこなっていたことに関してであり、本章で扱うような意味での「家族をする」とは注 目する点が少し異なる(中野 1992)。

(7)

いう概念である。本稿の立場から見れば交通技術によって彼らは核家族という家族の最小 単位すら維持できなくなった一方で、バラバラになったかと思いきや交通技術によって「家 族」を維持している。

しかしながら、個人化してバラバラになった家族はなぜ交通技術を用いてまで「家族を する」のだろうか。経済的問題をクリアできれば家族なしの生活は非常に容易になってき ている。これは家族に求められている他の側面があるからなのだろうか。

第 2 節 情緒的側面の増大と「家族をする」こととしての遊び

近代以降の家族の持つ性格として「制度から友愛へ」というように情緒側面が強まった。

その一方、家族に求められる機能は従来に比べ少なく弱くなっていった。だが、成人のパ ーソナリティの安定と子供の社会化というパーソンズが挙げた 2 つの機能が残っていると いう認識は多くの社会学者に共有されている。このように情緒的側面が強まった家族は個 人と個人の相互作用によって統一が保たれるのであり、これはいわば 5 章で紹介した「家 族をする」ことによって保たれているということである。このように「する」関係になっ た家族にとっては遊びがカギとなるのではないかと考えられる。第一に成人のパーソナリ ティの安定化という点で見れば生活に必要な多くのサービスが市場を介して得られてしま う現在、家族でしか出来ないことといえば「一緒に楽しいことをする」こと、もっと言え ば一緒に遊ぶことが主要なものとしてあげられるだろう2。第二に子供の社会化であるが、

こちらは教育を「真面目」にすることが大事なのではないかと思われがちである。しかし ながら野々山はそれに反対し、家族に求められるのは遊びであるとする(野々山 2003)。

第 3 節 家族と余暇≒観光

そのような家族の遊びの一つに挙げられるのが家族と共にする余暇活動すなわち家族余 暇である。実際に家族の情緒化と並行して家族余暇は盛んになっていき、野々山が戦後家 族の特徴について述べた部分では、余暇活動を共に行う小集団としての家族のイメージは 人々の夢を育んでいったとされている。そして野々山は今後の家族にとってもヨリ明確に 余暇活動の必要性を述べている。彼の主張を本稿の立場から読みかえせば、「家族の遊び力」

を発揮する場として余暇活動は重要になるのである。こうした家族余暇は交通技術と深い 関係にある。まずいわゆる戦後家族の余暇にとってはテレビや自家用車の導入が重要であ った。また、修正拡大家族にとってはこれまで指摘したように(そして社会学の側からは 鷹取昭も指摘しているように(鷹取 1994))帰省は楽しい集まりと化していた。そしてこ の帰省は交通技術によって(そもそも修正拡大家族が必然的にそうなのだが)成り立って

2 むろんここでも、「家族をする」ことにはもっと真剣で「真面目」なコミュニケーション が含まれるという指摘もあろう。しかし、たとえば小此木と藤原が夫婦で重要なことを 話し合うための土壌づくりとして提案する方法は、遊びを媒介にすることの必要性がう かがえるものである(藤原 2000; 小此木 2000a)。彼らは夫婦での「デート」および夫婦 の寝室での飲酒・性交渉を媒介にすることを提案しているが、デートや飲酒・性交渉は 余暇活動として余暇研究の対象となってきたものであり、そして余暇研究では余暇活動 の特徴の1つに遊び(遊戯性)が挙げられてきた(松原編 1977ほか)。とすれば、家族 の情緒的側面がヨリ強まった現代において円滑に「真面目」をするためには家族はまず 共に「遊び」をする関係でなくてはならない、ということではなかろうか。

(8)

いた。そして、同居を前提としないネットワーク家族の家族余暇ではヨリ交通技術との関 係が深いものとなっている。同居していない相手との余暇活動であっても彼らにとっては

「家族で」する余暇活動なのである。こうした家族余暇の実施にあたっては、離れ離れで 暮らす彼らがなんらかの通信技術で連絡を取り合い、移動技術によって集合していること は想像に難くない。ネットワーク家族の家族余暇における集まり方は、普仏戦争時のプロ イセン軍――彼らは分進し電信と鉄道により決戦地で大軍として集結した――の姿もしく は「2ちゃんねる」等のインターネット掲示板やソーシャルネットワーキングサイトの「オ フ会」に参加するインターネットユーザー達の姿を彷彿とさせる。こうした現代の家族は たとえ同居していたとしても、花火大会へ行くのはバラバラにだが携帯電話で連絡を取り 合って現地では一緒に花火を楽しむなどといったことが見られる。

こうした余暇活動において代表的なものの一つが観光である。そしていみじくも、この 家族観光こそ交通技術あってのものなのである。ここまで家族余暇と交通技術の関わりを 指摘してきたが、しかし、家族余暇でもたとえば一家団欒はテレビという通信技術なくし ても可能であるし事実テレビのない時代から近代家族の余暇としてありえた。だがそれに 対して、近代観光は近代の移動技術によって生まれたものである。言うなれば家族観光と はその成立からして、交通技術に支えられている現代の家族余暇の中でもとりわけ交通技 術に依存した部類であり、この部類が家族の重要な部分を占めているのが現代の我々の社 会――前章4節で紹介した若林の言葉なら共異体=共移体――なのである。

第 4 節 現状での結論および今後の課題

これまで確認してきたように、現代において家族は交通技術によって一見バラバラにな ったように見えるが、そのバラバラにしてしまったかにみえる交通技術によって集まって おり、なおかつその集まりというのは遊び=余暇活動が 1 つのカギになっている。その家 族余暇の中でも家族観光は、近代観光の性格上活動そのものも交通技術――特に移動技術

――によって成り立つのであり、交通技術を利用するほかない現代の我々の技術的環境を 最も象徴しているのである。家族観光は現代の技術的環境における家族関係の存続にとっ てそのカギの1つであろう。

そして今後、家族観光は交通技術で完結したものへとなってゆくかもしれない。5章で確 認したポケモン・スタンプラリーの調査で観察された親子連れたちは鉄道という移動技術 とメディアミックス(それは通信技術の複合体である)が提供する空間の中で共に遊び、

その遊びの中でこそ交通技術がもたらす環境の中での規範を教える機会すらもまた確認さ れたのである。これを踏まえれば交通技術によって個別化した家族はその交通技術の空間 の中で集まって一緒に遊ぶ関係になってゆくのかとも考えられる。

むろん、ここまで論じてきたことの多くは仮説の域を出ない。今後十分な検証が必要で ある。また、そうした検証に加えて、これが単なる記述に堕さないためにヨリ理論的な枠 組みも当然求められるであろう。ここで我々はハイデガーの技術観を思い出す。ハイデガ ーにとって技術とはこの惑星全体を覆っていくものであり、彼によれば、そうした圧倒的 な技術を前にした我々人間にとっての救いは技術に対して抵抗することではなく技術に対 して「開かれていること」によって得られるという(Heidegger 1962=1965, 1976=1976)。 この「開かれていること」ということ――ハイデガーはこの言葉を技術論に限らず用いる

(9)

――についてはハイデガー研究の哲学者達にとって議論の的であり、これに筆者が口をは さむことには多少抵抗がある。しかしあえて述べれば、社会を覆っていく交通技術を目の 当たりにしながらこの社会における家族観光の持つ意味を問うた筆者の立場からは、この 圧倒的な技術を前にした我々人間にとっての救いは技術を受け入れそこに没入しその中で..............

親しい人びと......

と共に遊ぶこと.......

によってこそ得られるということなのではないかと考えられ るのである。そしてここから、技術と遊びの関係を問う理論が必要とされるのではないか と考えられるのである3

本稿で提示した仮説特に事実関係の再検証、そしてそのことが何を意味するかを考えて いく上での理論的枠組みたる技術-遊び論の構築、この2つが今後の課題であろう。

謝辞:最後になるが、清泉女子大学の藤本さん、立教大学OBの秋元君、東京海洋大学OB

(高校時代の後輩)の橋本君、本学の谷脇君、坂本君、田村さんにお礼を申し上げる。

【引用・参考文献】

著者不明,2009a,『JR東日本 ポケモン・スタンプラリー2009』.(駅配布のパンフレット)

著者不明,2009b,『JR東日本 ポケモン・スタンプラリー2009 ラリー記念スタンプ帳』.

雨宮昭一,1997,『戦時戦後体制論』岩波書店.

天野寛子,2003,「生活時間からみる家庭生活100年――圧迫される家族共有時間」日本生 活学会編『生活学第二十七冊 家庭生活の一〇〇年』ドメス出版,108-124.

荒井秀規・櫻井邦夫・佐々木虔一・佐藤美知男編,2001,『日本史小百科<交通>』東京堂 出版.

朝日新聞社会部編,1959,『東京周辺三等旅行』山と溪谷社.

土肥義則,2009,「日本の家族は20年で変化した? 心地よさを意識する「保温家族」へ」.

(http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0904/08/news045.html, 2009.10.28).

藤原智美,2000,『家族を「する」家――「幸せそうに見える家」と「幸せな家」』プレジ デント社.

藤見純子・西野理子編,2009,『有斐閣ブックス 691 現代日本人の家族――NFRJからみた その姿』有斐閣.

舩橋惠子・宮本みち子編,2008,『家族社会学研究シリーズ⑥雇用流動化の中の家族――企 業社会・家族・生活保障システム――』ミネルヴァ書房.

Galbraith, John Kenneth, 1973, Economics and the Public Purpose,Boston: Houghton Mifflin.(=

1980,久我豊雄訳『ガルブレイス著作集4 経済学と公共目的』TBSブリタニカ.)

――――, 1978,The New Industrial State,3rd ed., rev., Boston: Houghton Mifflin.(=1980,都留

3 この遊びとの関係を問う必要性は、しばしば技術史で指摘される「技術はその初期の段 階では遊びや芸術にもちいられていた」という過去の事実から生まれるのではない。そ うではなく、現代のように技術が圧倒的な影響力を持つ社会において技術をもちいた遊 びが家族にとって必要とされているという、この現状から必要性が生まれているのであ る。

(10)

重人・石川通達・鈴木哲太郎・宮崎勇訳『ガルブレイス著作集 3 新しい産業国家

(第3版)』TBSブリタニカ.)

博報堂生活総合研究所,2009,「Research News 2009.04.07 1988年→1998年→2009年「日 本の家族20年変化」調査結果発表」.(http://seikatsusoken.jp/pdf/release/20090407.pdf, 2009.05.07).

橋爪大三郎,1998,「「近代家族」は家族をどこまでもはみ出していく」『AERA Mook 39 家 族学のみかた.』朝日新聞社, 80-6.

Heidegger, Martin, 1962,Die Technik und die Kehre,Pfullingen: Verlag Günther Neske.(=1965,

小島威彦・Armbruster, Ludwig訳『技術論』理想社.)

――――, 1976, "Aufklärung meines Falles,"Der Spiegel,30(23): 193-219.(=1976,川原栄峰訳

「ハイデッガーの弁明」『理想』520: 2-38.)

原田勝正,1983,『講談社現代新書713 汽車・電車の社会史』講談社.

原武史,2009,「鉄道から見える日本」『NHK知る楽 探求 この世界』日本放送出版協会,

5(5).

星野芳郎,[1966]1967,「自動車時代の自己矛盾」川添登編『都市と人間』日本生産性本部,

178-92.

Huizinga, J., [1938] 1950, “Homo ludens. Proeve eener bepaling van het spel-element der cultuur,”

Huizinga, J. (L. Brummel et al. eds.), Verzamelde werken V (Cultuurgeschiedenis III), Haarlem: H.D. Tjeenk Willink & Zoon, 26-246 .(=1989,里見元一郎訳『ホモ・ルー デンス――文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』河出書房新 社.)

池上真由美,2002,『同成社江戸時代史叢書 13 江戸庶民の信仰と行楽』同成社.

井上章一,1990,『朝日選書402 霊柩車の誕生 新版』朝日新聞社.

石川弘義編,1979,『東書選書44 余暇の戦後史』東京書籍.

板谷敏弘編,2003 ,『江戸東京歴史探検 第6巻 昭和の暮らしを追ってみる』 中央公論社.

香川眞編,1996,『現代観光研究』嵯峨野書院.

加藤尚武編,2003,『ハイデガーの技術論』理想社.

神崎宣武,1997,『おみやげ 贈答と旅の日本文化』青弓社.

川端龍子,1911,「家族旅行――日本名所雙六」『婦人世界』實業之日本社,6(1): 新年附録.

川喜多喬,1993,「テクノロジー」森岡清美ほか編『新社会学辞典』有斐閣,1038.

京 九 快 速 ,2010,「 座 席 探 訪 小 田 急 電 鉄 30000 形 ロ マ ン ス カ ーEXE( エ ク セ )」

(http://www62.tok2.com/home/tsubame787/seat_oer30000exe.html, 2010. 06. 17). 北岡伸一,1999,『日本の近代 5 政党から軍部へ――1924~1941』中央公論新社.

交通新聞社編,2009,『東京時刻表8月号増刊 夏休み時刻表 ポケモン・スタンプラリー 特別号2009』.

熊坂賢次,1997,「生活世界をめぐる,3つの構成要素」

(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ken/digitalbook/pdf/22.pdf, 2010. 05. 07).

黒川紀章,1969,『中公新書 198 ホモ・モーベンス――都市と人間の未来』中央公論社.

Litwak, E., 1960, ‘Geographic Mobility and Extended Family Cohesion,’ American Sociological Review, 25(3): 385-394.

(11)

――――, 1969, ‘Primary Group Structures and Their Functions: Kin, Neighbors, and Friends,’

American Sociological Review, 34(4): 465-481.

牧野宏美,2010,「ママ鉄:ママは鉄道に夢中 子どもと見学急増」毎日新聞

(http://mainichi.jp/tanokore/travel/003689.html, 2010. 06. 01).

松原治郎編,[1977] 1986,『講座余暇の科学 第1巻 余暇社会学』垣内出版.

村野まさよし,2008,『深夜放送がボクらの先生だった』実業之日本社.

牟田和恵,1993,「変貌する家族――家族はターミナルたりうるか」石川実・大村英昭・塩 原勉編『ターミナル家族』NTT出版,1-22.

目黒依子,2007,『家族社会学のパラダイム』勁草書房.

森岡清美,1977,「家族の変動」山根常男・森岡清美・本間康平・竹内郁郎・高橋勇悦・天 野郁夫『テキストブック社会学(2)家族』有斐閣,212-25.

森岡清美,1993,「家族」森岡清美ほか編『新社会学辞典』有斐閣,177-8.

森下晶美,2007,「家族構造の変化と家族旅行――海外家族旅行における現在の潮流と展望」

『観光学研究』東洋大学国際地域学部,6: 33-43.

内藤錦樹,1976,「家族旅行の動向」運輸振興協会『トランスポート』26(1): 20-24.

中野収,1992,『<いま 家族を問う8> 「家族する」家族――父親不在の時代というが…』

有斐閣.

日本経済教育センター 企画,1979,『家族旅行――統計と国民生活 教育映画 16 ミリカラ ー3巻』東文.(完成台本)

日本観光協会,1971-2000,『大都市住民の観光レクリエーション』.

――――,2005-2010,『観光の実態と志向』. 日本交通公社,1975,『家族旅行の動向』.

日本交通公社,2009,「旅の図書館 蔵書検索 旅検索」.

(http://www.jtb.or.jp/library2/search.php?type=4&limit=10&view=2, 2010. 04. 16.)

野村龍太郎,1924,「日本旅行文化協會創立に際して」『旅』日本旅行文化協會,1(1): 2-3.

(再録(復刻版):1974,『旅 創刊50周年記念 4月/特別号付録』日本交通公社.) 野々山久也編,1995,『高度技術社会における家族のライフスタイルについての実証的研究』

平成6年度科学研究費補助金:重点領域研究『高度技術社会のパースペクティブ』

研究成果報告書,甲南大学.

野々山久也・渡辺秀樹編,1999,『家族社会学入門――家族研究の理論と技法 社会学研究

シリーズ1』文化書房博文社.

野々山久也,2003,『家族の「遊び力」――変わりゆく家族と子育てのはなし』ミネルヴ ァ書房.

老川慶喜,1996,『日本史小百科――近代<鉄道>』東京堂出版.

大石真人編,[1960]1961,『東京周辺 温泉ハイキング』山と渓谷社.

小田急電鉄株式会社社史編集事務局,1980,『小田急五十年史』小田急電鉄株式会社.

小田急電鉄株式会社社史編集事務局編,1980,『小田急五十年史』小田急電鉄.

小此木啓吾,1983,『家庭のない家族の時代』ABC出版.

――――,2000a,『「家族学」ことはじめ』講談社.

――――,2000b,『「ケータイ・ネット人間」の精神分析――少年も大人も引きこもりの時

(12)

代』飛鳥新社.

奥野卓司,1998,「インターネットが媒介する「第三の社会」」『AERA Mook 39 家族学のみ かた.』朝日新聞社, 128-132.

小野佐和子,1983,「江戸郊外の遊覧地」『造園雑誌』日本造園学会,46(4): 235-50.

――――,1984,「花見における民衆の変身と笑いについて――幕末江戸住民のレクリエー ションの一形態」『造園雑誌』日本造園学会,48(2): 93-103.

――――,1987,「宝暦・天明期の在郷町池田におけるレクリーション生活と別荘」『造園 雑誌』日本造園学会, 50(5): 18-23.

――――,1992a,『江戸の花見』 築地書館.

――――,1992b,「茸狩にみる近世地方都市の行楽」『造園雑誌』日本造園学会,55(5): 43-8.

――――,1995,「新聞広告に現された明治時代の月瀬」『ランドスケープ研究――日本造 園学会誌』58(5): 9-12.

落合恵美子,2004,『有斐閣選書1613 21世紀家族へ(第3版)』有斐閣.

大和田公一,1999,「道中記類資料に見る近世箱根の遊覧について――温泉観光地箱根の認 識」地方史研究協議会編『都市・近郊の信仰と遊山・観光――交流と変容』雄山 閣出版,237-57.

Parsons, T.,[1949]1959,"The Social Structure of the Family," Ruth Nanda Anshen ed., The Family: ITS FUNCTION AND DESTINY, New York: Harper & Brothers, 241-274.

堺市博物館,1999,『パノラマ地図を旅する――「大正の広重」吉田初三郎の世界』. サントリー株式会社不易流行研究所・株式会社シィー・ディー・アイ,1992,『現代家族の年

中行事――366家族からの報告』.

サントリー株式会社不易流行研究所・株式会社シィー・ディー・アイ,2003,『現代家族の年

中行事 PartⅡ――平成ファミリー10年の変化』サントリー不易流行研究所.

サントリー株式会社次世代研究所,2005,「現代家庭の年中行事調査」

(http://www.suntory.co.jp/culture-sports/jisedai/active/event/index.html, 2006. 08. 12). 関沢英彦,1998,「消費で確かめる家族の絆」『AERA Mook 39 家族学のみかた.』朝日新

聞.

瀬沼克彰,1988,『どうなる日本人の余暇ライフ――欧米型余暇観からの脱却のシナリオ』

ぎょうせい.

瀬沼克彰・園田碩哉編,2004,『余暇学を学ぶ人のために』世界思想社.

島田裕巳,1997,『個室――引きこもりの時代』日本評論社.

新村出編,1998,『広辞苑 第5版』岩波書店.

下村彰男,1988,「観光地空間との関わりから見た交通機関の史的展開」『造園雑誌』日本 造園学会,51(5): 55-60.

総理府統計局,1978,『昭和51年社会生活基本調査報告 全国II 行動者編』.

――――,1983a,『昭和56年社会生活基本調査報告 全国 生活行動編(下)』.

――――,1983b,『国民の生活行動 昭和56年社会生活基本調査の解説』.

総務庁統計局,1988a,『昭和61年社会生活基本調査報告 全国 生活行動編 その2』.

――――,1988b,『国民の生活行動 昭和61年社会生活基本調査の解説』.

(13)

――――,1993,『平成3年社会生活基本調査報告 第10巻 国民の生活行動――解説編』.

――――,1998a,『平成8年社会生活基本調査報告 第2巻 全国 生活行動(余暇活動)

編』.

――――,1998b,『平成 8年社会生活基本調査報告 第 6 巻 国民の生活時間・余暇活動

(解説編)』.

総務省統計局,2003a,『平成13年社会生活基本調査報告 第2巻 全国 生活行動編』.

――――,2003b,『平成13年社会生活基本調査報告 第6巻 国民の生活時間・生活行動

(解説編)(調査票A)』.

――――,2008a,『平成18年社会生活基本調査報告 第2巻 全国 生活行動編(調査票 A)』.

――――,2008b,『平成18年社会生活基本調査報告 第7巻 国民の生活時間・生活行動

(解説編)(調査票A)』.

スズキ株式会社,2010a,「スズキ パレット ―うちにいるより家族だね.新型パレット誕生

―」(http://www.suzuki-palette.jp/, 2010. 10. 17).

――――,2010b,「スズキ パレット ギャラリー」

(http://www.suzuki.co.jp/car/palette/gallery/index.html, 2010. 10.17).

高 橋 研 司 ,2010,「 演 出 す る と い う 快 感 ― ― 小 田 急 ロ マ ン ス カ ー で い く 箱 根 」

(http://takahashi-ken.com/odakyu.htm, 2010. 06. 17).

鷹取昭,1989,「第Ⅴ章 家族と余暇活動」日本大学総合科学研究所『「現代家族の生活行動 に関する全国調査」報告書』,63-77.

――――,1991,「自由時間の増大と家族余暇」『社会学論叢』112: 119-32.

――――,1992,「Ⅲ わが国における家庭生活と余暇に関する研究」日本大学総合科学研 究所『現代日本文化と家族』,49-69.

田野大輔,2004,「古典的近代の復権――ナチズムの文化政策について」『大阪経大論集』

54(5): 195-232.

田山花袋,1916,『東京の近郊』實業之日本社.

栃木県立博物館,1993,『第42回企画展図録 行楽・観光・レジャー――余暇の近代化』. 東北歴史博物館,2002,『観光旅行――大正~昭和初期のツーリズム』.

Urry, John, 2000,Sociology beyond Societies: Mobilities for the Twenty-first Century,London; New

York: Routledge.(=2006,吉原直樹監訳『叢書・ウニベルシタス 845 社会を越え

る社会学――移動・環境・シチズンシップ』法政大学出版局.) 若林幹夫,1999,『都市のアレゴリー』INAX出版.

若林幹夫,2007,『郊外の社会学』筑摩書房.

渡辺秀樹,[1977] 1986,「家族と余暇」松原治郎編『講座余暇の科学 第1巻 余暇社会学』

垣内出版,136-57.

柳原佳子,1993,「お宅に侵入するサイバーメディア」塩原勉ほか編『ターミナル家族』

NTT出版.

矢野久/アンゼルム・ファウスト,2001,『ドイツ社会史』有斐閣.

読売新聞社編,1960,『東京周辺家族旅行』山と溪谷社.

参照

関連したドキュメント

全国の宿泊旅行実施者を抽出することに加え、性・年代別の宿泊旅行実施率を知るために実施した。

※調査回収難度が高い60歳以上の回収数を増やすために追加調査を実施した。追加調査は株式会社マクロ

昭和三十三年に和島誠一による調査が行われ、厚さ二メートル以上に及ぶハマグリとマガキからな

ピンクシャツの男性も、 「一人暮らしがしたい」 「海 外旅行に行きたい」という話が出てきたときに、

 内容は「函館から道内」 「本州への国鉄案内」 「旅行に必要なきっぷ」 「割引きっぷの案内」 「団体 旅行」

一方、区の空き家率をみると、平成 15 年の調査では 12.6%(全国 12.2%)と 全国をやや上回っていましたが、平成 20 年は 10.3%(全国 13.1%) 、平成

利用者 の旅行 計画では、高齢 ・ 重度化 が進 む 中で、長 距離移動や体調 に考慮した調査を 実施 し20名 の利 用者から日帰

1に、直接応募の比率がほぼ一貫して上昇してい る。6 0年代から7 0年代後半にかけて比率が上昇