日本興業銀行[2002] 『日本興業銀行百年史』 日本債権信用銀行[1993] 『日本債権信用銀行三十年史』 日本長期信用銀行[1962] 『日本長期信用銀行十年史』 日本長期信用銀行[1977] 『日本長期信用銀行二十年史』 原田幸裕・千保喜久夫・竹内文則[1982] 『金融界』教育社新書 第2章・第3章・第4章 共同通信社全部[1999] 『連鎖崩壊-長銀・日債銀粉飾決算事件』共同通信社 共同通信社全部[2003] r銀行が食いつくされた日』講談社+α文庫 軽部謙介・西野智彦[1999] 『検証経済失政-誰が,何を,なぜ間違えたか』岩波 書店 久門文世[1999] 『金融再生法36条「長銀落城」現場からの証言』小学館文庫 佐伯尚美[1997] 『住専と農協』農林統計協会 榊原英資[2005] 『日本と世界が震えた別角川文庫 ジリアン・テット[2004] 『ゼイビング・ザ・サンリップルウッドと新生銀行の誕
生』日本経済新聞社(Tett, Gillian. Saving The Sun. Harper Collins Publisher,
37)不足分を6,850億円の公的資金投入で穴埋めすることになった。責任を取って 村山内閣は総辞職したが,それ以降,金融機関への公的資金投入の議論はタブー視 されることとなった。 38)詳しくは佐伯[1997]を参照(p91-)0 39)当時の幹部行月の証言による。なお,テット[2004]によれば, 5月28日に, SBCのアジア地域代表アーノルド・ルックマン,在日代表のビットリオ・ポルビ と長銀の幹部2人がシンガポールで極秘に行った会談で,多くのことが決まったと される。 40)この段階で, SBC一本ではなく他との提携を模索したり,自己資本比率4%国 内基準行になることで不良債権処理を行う選択肢もあり得た。しかし,長銀役月 OBによると,大野木氏は当時はまだそれほどの「最悪の事態」には至っていない, との認識だったという。
41)合併前のUBSはUnion Bank ofSwitzerlandであり,合併後のそれはUnited