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講師:中井俊樹(愛媛大学教授 教育・学生機構教育企画室副室長)

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第三部   講演会

講演録

 

アクティブラーニングを授業に取り込む

──実践の課題とIRとの接点

講師:中井俊樹(愛媛大学教授 教育・学生機構教育企画室副室長)

良心館ラーニング・コモンズの利用から 学習成果を探る

事例紹介:浜島幸司(同志社大学 学習支援・教育開発センター准教授)

日時:2015年3月28日(月)13:30〜15:30 場所:今出川校地 寧静館5階会議室

   京田辺校地 ラウンジ棟207会議室(テレビ会議システムで接続)

山田礼子 学習支援・教育開発センター所長:

みなさん、こんにちは。2015年度同志社大学学習支援・教育開発センター FD講演 会にお越しいただきまして、どうもありがとうございます。本日は愛媛大学の中井俊 樹先生に講師をしていただくことになりました。アクティブラーニングを授業等で取 り入れておられることと思いますので、工夫も含めたディスカッションができるよう 研究会形式で行いたいと思います。中井先生からはアクティブラーニングに取り組む 実践の課題とIRとの接点について。学習支援・教育開発センターも今年度からIRを担 当する専門の教員を採用することができましたので大学の教学の中でのIRを推進して いく姿勢を明確にしております。アクティブラーニングとIRとの関係性をどう教育の 効果に生かされるか、この分野で第一人者である中井先生から実践の課題も含めてお 話をしていただきます。大変たくさんの書籍への執筆、論文等がございます。たとえ ばまさに今日のタイトルにぴったりの12月出版されたばかりの『アクティブラーニン グ』、『大学のIR  Q&A』など、評価も高く、いろんな大学がお使いになっている内容 です。この分野のリーダーとしてご活躍されています。中井先生は東京大学教育学部 卒業後、名古屋大学大学院国際開発研究科を修了、名古屋大学高等教育研究センター 助手、准教授を経て、現在愛媛大学教授でいらっしゃいます。

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先生のご講演の後、本学の准教授・浜島幸司先生から「良心館ラーニング・コモン ズの利用から学習成果を探る」というタイトルでお話をしていただきます。その後、

ディスカッションをインタラクティブにできればと考えています。それでは中井先生、

どうぞよろしくお願いいたします。

アクティブラーニングを授業に取り込む

──実践の課題とIRとの接点

愛媛大学教授 教育・学生機構教育企画室副室長 中井俊樹

中井俊樹教授:

愛媛大学の中井です。このような大事な会に呼んでいただきましてありがとうござ います。今日のテーマ「アクティブラーニングとIRの接点」については自分の中でも 整理できたこともあり、きちんとまとまらなかったことも含めて、みなさんにご意見 をいただきたいと思います。今日、用意しました資料は2種類。パワーポイントとポ スター「データから考える愛大授業改善」です。今日は研究会風に考えていますので 質問とかコメントとかをいただければと思います。

「AERA」からの引用。特集「大学入試改革とアクティブラーニング」。雑誌でもア クティブラーニングが採り上げられている。大学外の人からも「アクティブラーニン グとは何なの?」と聞かれます。アクティブラーニングという世間的な関心は大学を 超えて出ている証拠かなと思います。入試改革とセットですが、文部科学省がいう「ア クティブラーニング」について。今日、お話したいことは4つ。意義、課題をみなさ んと議論したい。そもそも学習者の意義ある学習は何か。それを促進するために教員 は何ができるか。アクティブラーニングの具体的な方法をみなさんで選んでいただき、

自分の文脈で活用できればと思います。最後にアクティブラーニングとIRの関係性も 考えていただきたいと思っています。

一つ目。「意義ある学習とは?」。教育を料理、音楽と比較して説明することがあり ます。おいしい料理は、いい食材があり、ちゃんとした調理器具があり、調理方法が うまい。この3つがまとまっておいしい料理ができると考えることができる。素材が どんなによくても方法が悪いと残念な結果になる。同じように音楽も曲という素材が あり、楽器という道具があり、演奏方法がある。同様にどんないい素材でも演奏方法 が悪いと人に感動を与える音楽にはならない。教育も似ています。素材という教える

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第三部   講演会

講演録

 

内容があり、教える道具があり、教える方法がある。「素材」「道具」「方法」に分け ることができるのではないか。今日、扱いたいのは道具を含んだ上での「教える方法」

を考えてみたい。料理とか音楽は「道具」「方法」を大事にする。教育は「道具」や「方法」

を大事にしているか、案外軽視されている。何を教えるかに関心がある。「道具」「方法」、

どうやって教えるか、何を使うかが軽視される傾向にある。プレゼンも同様で大学院 生にプレゼンさせる。学生にプレゼンさせる。学生は内容ばかり考えてタイムオーバー する。時間を使い切らずに終わる。言葉がきちんと聞こえない。内容に走ると、いい 内容でも伝わらないことは教育にもあてはまるのではないかと思います。そういう背 景から「方法」とか「道具」を考えてほしいということです。

事例として2つ。「学生Aの学習」。みなさんが学生だった頃、こういう学習をした 経験がある方、結構多いですね。試験前必死に覚えて結局、1週間後にはすべて忘れ てしまう経験をしたかもしれない。これは誰の責任なのか。学生が悪いのか、それと も教員が悪いのか。どっちでしょうか。両方ともという答えもありますが、どっちが 悪いか。「学生が悪い」、いませんね。「教員が悪い」、こちらが大半ですね。「教員の 教え方が悪い」と多くの方が思っている。高等教育だから学生がしっかり自分で学べ ばいいわけで学生が薄っぺらな学習をするから悪いと。しかしみなさんは教員が悪い のではないかと。講義法、教授法で陥りやすい一つの罠ではないかと思います。

もう一つの事例。「学生Bの学習」。みなさんが学生だった頃、就職して研修で受け た経験も踏まえて「活動はしたけど、学習にならなかった」という経験がある方。学 生Bのように「活動したが、何を学んだかわからなかった」。これは少ないですね。「学 生B」の学習はどっちが悪いのか。活動はするが学習になっていない状況。学習をし た自覚がない。「学生が悪い」、少ないですね。「教員が悪い」、多くおられます。アクティ ブラーニングを授業で導入する時、活動が目的になって学習になっていないことが起 こる。小学校教育でも活動が大事、経験が大事とやったが、なかなか学習につながら ないという批判がありました。高等教育でアクティブラーニングを導入する時、こう いう罠があることを知っておかれるといいと思います。「学生A」も「学生B」も授業 の設計が軽視されている。そこをしっかりやれば、こういう問題は起きない。という ことで二つの事例を考えてもらいました。

「政策文書の中での位置づけ」。なぜアクティブラーニングが必要なのか。キーワー ドとして「将来にわたって学び続ける力」「主体的に考える力」を育成すべきだ。そ のためにアクティブラーニングが大事だと。「認知的、倫理的、社会的能力を引き出す。

それを鍛えるディスカッションやディベートが求められる」と書かれています。これ

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が政策文書の位置づけです。

「アクティブラーニングの背景」。一つは「教授からの学習への転換」。何を教える のかということよりも学生が何を学習したのかというのが、より大事になる時代に なってきた。知識は学生の中で構成され、創造されるものであるという学習観が出て きた。単なる空っぽの容器に知識を入れていくものではないという考え方。教授から 学習への転換は世界的な教育改革の流れにも乗っている。「大学教育政策による推進」

も行われています。大学教育だけでなく高校教育から入試選抜を含めた一体的な改革 で進められている。入試改革、客観テストだけで評価するのではなく、面接、活動報 告書を含めて評価しないと高校教育も大学教育も変わらないという視点から一体的改 革が進められている。卒業生に対する幅広い能力の期待。科目の内容だけでなく、リー ダーシップ、コミュニケーション能力など幅広い能力が社会から求められることが政 策による推進の背景にあると思います。高等教育のユニバーサル化という文脈。今ま で大学に来なかった層が大学に来ている。それに対応する教育をやらないといけない。

ここが難しく、講義法が合わなくなってということでアクティブラーニングだったら 今の若い人は対応できるかというと、これはまた別に考えるべき点だと思います。講 義法も大衆化した学生には難しいかもしれませんが、アクティブラーニングも同様で 後で学生がどう考えているかを紹介しますので、そこでまた考えていきたいと思いま す。予測困難な社会における生涯学習の重要性、これは政策文書によく書かれている ものです。昨今、社会が困難であるがゆえに人生の節目で学習が大事になってくる、

アクティブラーニングで学び方をきちんと学んでもらうことが求められていると。

「アクティブラーニングの定義」。中央教育審議会で書かれたものです。短い定義は

「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加 を取り入れた教授・学習法の総称」と具体的な例や目的が書かれています。この定義 は面白いところがあって、そもそもアクティブラーニングを「能動的な学修」と直訳 したものが使われているのは奇妙な感じではないか。もう一つ、ラーニングは学習の はずなのに「教授・学習法」と書いてある。ラーニングなのに「学習法」とならなかっ たのは奇妙なところです。ただ納得もできる。「講義法」との比較だったらそういえ るかもしれない。講義法は教師の指導スタイルとみなされるので、それとの比較なら ば「教授法」ということもできる。定義を見る限り、一方向的な講義形式の教育をやっ ているのは教員であり、その中で学生がどうアクティブに学ぼうとしても定義上は「講 義法」の中に入ってしまって「アクティブラーニング」にならないところがあるので、

主体が教員というのも考えようによっては「教授・学習法」ということもできるので

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第三部   講演会

講演録

 

はないか。「総称」というのも具体的な方法が記述されています。具体的な能力、ど ういう能力を育むかも定義の中に書かれているのが特徴かなと思います。「アクティ ブラーニングの定義自体、難しい」と多くの研究者によっていわれています。学習の 能動性は外部から直接、判断できない。頭の中にあるものは外から見えないことが特 徴ではないかと思います。研究者によっていろんな定義があり、一致する見解はない のではないか。人によっては「形態ではなく、姿勢・態度が重要だ。本質なのだ」と いう方もあります。文部科学省の定義を見る限り、「形態」を採り上げて定義してい ます。これ以外にも京都大学の溝上先生の定義も基本的には「形態」を重視しています。

形態でないと現状がわからないのではないかということで、こういう定義をとらざる をえなかったのではないか。これに関しても論争があることは知っておくべきだと思 います。溝上先生は「学習」と書いて「教授・学習法」と書いていない。ラーニング は「学習」とされています。

「期待される効果」。いろんな人がいろんなことをいっていますが、一つは「学習意 欲の喚起」。活動を組み込むことで学習意欲の維持や記憶に寄与する。「知識の習得の 促進」。質問に答える、説明する、教え合うなどの活動を通して知識を理解すること ができる。知識の習得に関しては講義法も強力な教授法の一つですのでアクティブ ラーニングは教授法の役目もあるということだと思います。「知識を活用する能力の 育成」。問題解決能力など専門的な知識を用いて問題解決する能力を身につけること ができる。「汎用的能力の習得」。学士力、リーダーシップ、コミュニケーションとか 汎用的な能力、どんな職業についても役に立つ能力を習得することも目的としてある のではないかと思います。アクティブラーニングは一見、新しく出てきた概念ですが、

昔からある「教授法」を含むものと見なすこともできます。

「伝統的なアクティブラーニング」として「職業教育」「教養教育」「研究教育」と 考える。「職業教育」であれば実習、実技。「教養教育」ならチュートリアル。「研究 教育」は演習、実験、卒業研究。こういう参加型の授業は以前からあった。現在でも つながっていますが、広範囲の授業、多人数の講義であってもアクティブな要素をど う拡張していくかが課題になっているととらえられるのではないかと思います。

「アクティブラーニングの課題1」。実践上の課題、教員の課題、大学組織が考えな いといけない課題もある。理系の先生を中心にいわれるのが「学習内容の量の課題」。

アクティブラーニングをやっていると知識を教える量が減る。アクティブラーニン グの研修を大学でやると必ずいわれます。量が減ってしまう。知識提供の時間が減少 するのをどうするかは考えなければならない問題で、そもそもその科目の中で知識を

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網羅することが本当に大事なのかどうか。もっと大事な考え方、概念を絞って教えた 方がいいのか。大学教員は網羅的に教えたい。しかしそれによって長期記憶で残るも のが減ってしまうという研究成果もあります。たくさん教えたいから「学生A」の形 になる。試験のために覚えようとがんばるが、結果として頭の中に残らないことが起 こる。「量」を網羅することが大事なのかどうかを大学教員は考える必要があるので はないか。もう一つは「時間外学習」、予習復習で知識提供すればいいのではないか。

反転授業は授業外で知識を提供する。知識を提供した後、アクティブラーニングでちゃ んと自分のものにするというスタイルもあるのではないかと思います。学習内容の量 の問題は各人、大学の中で考えるべき問題ではないかと思います。

二つ目は「求められる授業運営の技能」。講義法は伝わるようにしゃべる。板書と か限られた教授スキルでできますが、アクティブラーニングは設計の方法が変わる。

学生の意見をくみ上げていく、動機づけも必要、意見を尊重する、成果の評価をきち んとやらないといけない。IRとの接点でも出てきますが、グループでやる。一人があ まり参加していない時、どう成績評価するか。知識ではなく、技能、態度をどのよう に評価するか。大学の教員は慣れてないかもしれません。大学教員は知識をどれくら い身につけたかを問うてきたので、そのあたりが課題になってくるのではないかと思 います。

もう一つは「アクティブラーニングの組織的課題」。カリキュラム、学習環境の整備、

教育支援者の配置、TAとか。研修の機会。これはなかなか個々の教員ではできない。

大学としては考えなければならないことがアクティブラーニングにかかわっているの ではないかと思います。

学生がアクティブラーニングをどう見なしているか。「学生の意見1」。東大がやっ た全国学生調査のデータです。授業で経験したこと、こういう活動が必要であるとい うグラフです。「授業中に自分の意見や考えを述べること」は3割くらいしか「経験」

しなかったが、8割は「必要である」と。「グループワークなど学生が参加する活動」

に関しても「経験」はあまりしていないが、「必要である」と。コメントが付されて いる提出物が返ってくることは「経験」は少ないが「必要である」と考えている。ア クティブラーニングを学生が求めている根拠として使われるデータです。彼らが「必 要である」といっているからやるべきではないかと。ただこのデータは一面でしかな い。もう一つのデータをあわせると別の形が見えてくるのではないかと思います。

「学生の意見2」。Benesse教育研究開発センターのデータ。これは面白いデータです。

A「あまり興味がなくても単位を楽にとれる授業がよい」。B「単位をとるのが難しく

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第三部   講演会

講演録

 

ても自分の興味のある授業がよい」。Aの答えが多くなる。「出席や平常点を重視して 成績評価をする授業がよい」が「定期試験や論文を重視して評価をする授業がよい」

より高い割合になっています。「基礎・基本中心の授業がよい」は「応用発展的な内 容中心の授業がよい」よりも多い。最後は決定的で「講義形式の授業がよい」が8割 以上いる。「自分で調べて発表する練習形式の授業がよい」は2割以下ということです。

先ほどのアクティブラーニングを求めている学生とは別人のように見えます。これは アクティブラーニングに対する二面性ではないかと思います。必要性は理解している。

これから大事になってくるように思う。「必要性は理解するが、自分自身は講義形式 の授業を受けたい」というのが学生の二面性なのかなと。総論はわかるが、自分にあ てはめてみるとちょっと怖いのではないかなと思います。私自身も何度か経験しまし たが、選択科目の場合、初回、「こんな感じの学びを求める。こういう活動をします」

といった瞬間に受講をとりやめて授業登録しないことが実際にある、私自身も経験が あります。まわりの先生ははじめの数回はそんなにアクティブでない授業にして、そ の後、アクティブな段階にどんどん上げていく先生もいます。

「アクティブラーニングを積極的に受け入れない」学生はどういう学生か。いくつ かあるんですね。学生が大衆化すると。「楽して卒業したい」。この学生に対してはき ちっと大学の意義を伝えていかないといけない。せっかくいい授業をしても、こうい う学生ばかりだと授業も評価されません。気持ちはわからんでもないのですが、きちっ と大学教育の意味を伝えていく必要があると思います。二つ目は「慣れていない学生」。

中等教育までに主体的な教育は進んではいるんですが、それに慣れていない学生もい ます。初年次からきちっと慣れていかせる。初年次のゼミナールで慣れていかせるこ とが大学にとって必要ではないかと思います。成功体験を少しずつ与えていかないと、

なかなか自分からやろうと思わないかもしれません。もう一つ大学として必要なこと は「特別な配慮が必要な学生」がいることです。障がいのある学生、ディスカッショ ン、グループワークに参加できない学生もいるので、こういう学生にどう参加させる か、教員としては初回の授業で、そういう学生にどう授業を受けてもらうかを決める 必要があるかと思います。アクティブラーニングは、教員がよいと思っていても学生 にとっては必ずしも歓迎するものではないということを理解しておく必要があると思 います。

「アクティブラーニングを授業に取り入れるためのいくつかの指針、工夫、課題」

を紹介したいと思います。一つ目は「学習課題を組み立てる」。アクティブラーニン グは何らかの課題を学生に与えるので課題がうまく設計できていないと活動しただけ

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になってしまう。意義のある学習をするためには学習課題を組み立てることにつきる かと思っています。学習課題は何をどのように学習するか教員が学生に示すこと。「優 れた学習課題」はどういうものか。目標に沿っていること、活動は手段にすぎない。

活動を通して目標に到達すること。それには自分で考えないとできない。スマホで簡 単に解答が入手できる問題は出さない。スマホで調べて解答を出すような問題がいい のではないかといわれています。剽窃を促進しているのが教員の課題の与え方ではな いかといわれます。学生が剽窃している、カンニングしている。それは教員の課題の 与え方に問題があり、それが原因になっているといわれます。学生の関心、能力に合っ ていること。能力、知識が把握できているかが大事になってきます。

「学習目標を明確にする」。授業の目標、毎回の授業との関係性を考えながら明確に していく。いくつか枠組がありますが、よく使われるのはブルームが分類した6類 型。「知識」を問うのか、「理解」を問うのか、「応用」なのか、「分析」なのか、「統 合」なのか、「評価」なのか。こういうところできちんと明確にしていく必要がある。

アクティブラーニングの場合、「応用」から「評価」は高次の学習目標といわれます。

単に覚えているかを確認するだけではなく、内容を新たな文脈で使用できる、分析で きる、こういう少し複雑な領域にもっていった方がいいのではないか。

それは「ディープラーニング」の概念でも説明されます。単に記憶するとか、名前 を挙げるとか、文章を理解するだけではなく、身近な問題に適応させる。原理と関連 づける。学習活動をすることによって深いアプローチができるということがよくいわ れます。そもそもの学習目標をどう設定するかは教員が考えるべきことだと思います。

どの目標にどの教授法があっているか。いろんな表があります。わかりやすかった のはニルソンの表。○がついていればすべてできるということではなく、技法とそれ を学生に望む目標をきちっと合わせることが大事ではないかと思います。これを見る と講義法は知識に偏るということもわかります。

目標をきちんと考えることと同時に学習課題を魅力的にする必要がある。いろんな 工夫があります。「学習課題を魅力的にする方法」。学生はマンネリに弱いので「単調 にならないように」いろんなタイプの学習方法を採る。個人でやるもの、グループで やるとかいろんな形、目標を立てる。二つ目は「学問の本質的な問いに関連する課題」

がいい。唯一の正解はなく、人生において繰り返されるような思考を深める問いがい い。アメリカでは「エッセンシャル・クエスチョン」といわれます。特定の状況を設 定する。「あなたがその医師だったらどうするか」という状況を設定して考えさせる のもいい課題の与え方だと。「学生の生活と結びつける」「仮説を持たせる」。昔、「仮

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第三部   講演会

講演録

 

説実験授業」というのがありました。物理とかで。簡単な物理の例だと「重い石と軽 い石を落とした時、どちらが速く落ちると思いますか。重い方が速く落ちると思う人、

軽い方が速く落ちると思う人」、実際にやらせて「一緒だったね、重さに関係なく落 ちる」ことを教える方法が仮説実験授業として日本でも歴史のある方法です。

「本質的な問い」について。最近、教育方法で採り上げられているものでウィギンズ、

マクタイが書いた本があります。この人の主張は、みなさんに提示した「学生A」の 学習が多いのではないか。その原因は教員が網羅しようとしているところに問題があ る。そうではない授業のつくり方を提案した人です。学習内容を一つひとつ網羅する のではなく、学習の領域における「本質的な問い」を中心に授業を構成し、学習者の 永続的な理解につなげることが重要だといっています。この人は言葉の使い方がうま くて「カバーするのはよくない、アンカバーするのが大事なんだ」と。カバー、覆い 尽くす、アンカバー、網羅ではない教授法が大事だと。

「本質的な問い」とはどんなものか。唯一の正解があるものではない。人生におい て何度も繰り返される。学問においても中核である。初学者であっても、ある程度 学習した者であっても思考を深めていく。彼が挙げているものはこういうものです。

ちょっと話が大きすぎるようにも思いますが、こういうことに関連しながら授業をし ていく方がいいというのが彼らの主張です。

本質的な問いの例。「宇宙はどのようにして始まったのか」「生命はどのように誕生 したのか」「DNAはどの程度、その人に影響を与えるのか」「技術の進展は人間の生活 を豊かにしているか」。少し大きな問いを中心に授業をつくっていくといいのではな いかという考え方です。これについては批判もあるのではないかと思いますが。ただ 最近、新書とか番組も「大きな問い」をつけながら読者に関心をもたせることが多い。

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』とか。そういう本が多い。「問い」をすることによっ て学習者に刺激を与える。こういう方法もあるのではないかと思います。ご参考に。

本質的な問い、アクティブラーニングでは「発問」が大事になってくる。日本では 昔から「発問」を蓄積してきたので大学教育でも使えるのではないかと考えています。

人は問われると考える。ソクラテスも問いを与えながら考えさせていくことをやって います。これは伝統的な方法といえます。1899年にも『發問法』がある。「これは使 えるな」というのがある。100年以上前のものでも役に立つ。昔の人も同じことを考 えているなと思いました。これはどこかわかりますか。この先生、誰かわかりますか。

「ガリレオ」という映画で女子大学で物理を教えているという設定です。学生が「星 の質量はどのように測定するのでしょうか?」と教員に対する質問。逆のパターン、

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先生が「星の質量はどのように測定することができるでしょうか?」。奇妙だと思い ませんか。物理学者は知っている。知っていて知らないフリをして聞くから相手は考 える。それが「発問」と「質問」の言葉を分けることと「発問」の意義ではないかと 思います。これが教授法にとって意味があると思います。よく教師の言葉を3つに分 けることがあります。「説明」「発問」「指示」。ざっくりした形で3つ、説明型教師、

発問型教師、指示型教師といわれます。講義法は「説明」が中心だった。説明する教 授法。アクティブラーニングは「問い」を発して「指示」を与える。「指示」にしたがっ て「活動」が始まる。これまでアクティブラーニングをしてきていない先生にとって 大事なのは「発問」の与え方と「指示」の与え方ではないかと思います。

「発問の機能」はいろんな役割があります。学習意欲を喚起する。一番考えてもら いたいことに焦点化させることができる。学生が他のことを見ている時、「ここを見 なさい。ここはどうなっているかね」と聞くことによって思考を焦点化することもで きる。思考は焦点化するだけでなく「発散」「拡張」する必要もあるので、その時も「発 問」は有効です。「哲学という言葉を聞いて何を思いますか?」「IRという言葉を聞い て何をイメージしますか?」は「思考」を拡張するんですね。教員の教育活動は「発散」

と「収縮」をうまく使えないと「思考」を刺激することはできない。うまい先生はそ れができている。大学教育ですので学生自身に「問い」をつくらせる視点も大事かと 思います。学生の学習状況を把握しようとすれば「問い」の後に何かをやらせてみる、

手を上げさせることとかで把握できる。「発問」はいろんな機能がある。それを意識 的に使えることは教員にとって大事かなと思います。

「発問」はいろんな類型に分かれています。「基礎知識」「比較」「動機」や「原因」「行 動」「因果関係」「発展」「仮説」「優先順位」「総括」。これくらいに分けられるといっ ている人もいます。ブルームの「知識」「理解」「応用」と分ける人もいます。「発問」

のバリエーションを増やしたいという時、こういう類型が使えるのではないかと思い ます。

「伝統的な問答法」。ソクラテス式問答法といえるものです。個別指導によく使われ る方法です。教員「少年犯罪が増えていると思いますか?」学生「はい」教員「なぜ ですか?」学生「ニュースで見るからです」。こういう問いをどんどん学生に与えて いくことで学生の思考を深めていく方法。これもアクティブラーニングの一つの方法 としていえるのではないかと思います。これを1000人対象にやったのがサンデル先生。

こういう問いを学生に与えながら多人数に「ソクラテス式問答法」を使っていること が評判になった。1000人くらいの講堂でソクラテス・メソッドを使って学生に「問い」

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第三部   講演会

講演録

 

を与えている。どんな「問い」か。「自分の兄弟が万引きしているのを見つけたらあ なたは警察に通報しますか?」。ここから自分が教えたいところにもっていくんです が、サンデルさんはうまくて、はじめの発問から自分の教えたいところに誘導してい く。巧妙だなと思います。

「ディスカッションの失敗例」。アクティブラーニングではよく使われる例です。「発 問」でカバーできるものですが、ディスカッション特有の準備が必要になるかと思い ます。大学の先生に聞くと「ディスカッションをやっても学生がついてこない、盛り 上がらない」と。失敗例。「自由に議論しましょう、何でもいいですから誰か意見を 出してください」といってもシーンと全体が沈黙する。この失敗例、教員は学生のせ いにする。「うちの学生はしゃべれない」と。教員がディスカッションをしやすい状 況にしていないせいです。うまくいかなかったら学生のせいにするのは教員の方の問 題です。教員次第でディスカッションは何とでもできるということです。目的もよく わからない、きちんと準備もさせていない。発問も曖昧という課題があります。ディ スカッションは「準備」が必要だということです。多くの人は「日本人学生だから」

とか、言い訳をする。日本人学生はアメリカ人の学生よりディスカッションは得意で はないかもしれませんが、これは責任を転嫁しているのではないかと思います。教員 次第でできるところはできるのではないかと思います。最近多いのは、最初にルール を学生に配布することをやっている先生がいます。人を批判するのではなく、考え方 を批判する。お互いに名前を呼び合って議論する。わからないことがあったら質問す る。すべての参加者が議論に参加することを促進する。他人の答えが自分の答えと異 なっていても、その考えを尊重する。これはいいなと思って参考になるものを使って 授業でもやっています。研修でも、はじめにルールをつくってやるとうまくいきます。

誰かが報告したら拍手をするとか。はじめにルールで決めておくと円滑にディスカッ ションもうまくいったりする。何も準備せずにではなく、準備してからやる必要があ るのではないかと思います。

「学生を相互に学ばせる」。アクティブラーニングで一番注目されているのは「学生 同士の交流」です。「学習の形態」は3種類あるといわれます。一つは「一斉学習」。

全体で同じことを学習する。全体が同じように学んでいく講義法です。二つ目が「協 同学習」。グループで学習する。少人数ディスカッション。二人ずつペアで議論しましょ う。4人でチームをつくってこの問題を解いてみましょう。もう一つは「個別学習」。

一人ひとりで学習させる。自習とか卒業研究とか。アクティブラーニングは「協同学習」

が注目されています。その技法もたくさんあります。関田先生と安永先生が書かれて

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いるのは「協力して学び合うことで、学ぶ内容の理解と習得を目指すとともに、協同 の意義に気づき、協同の価値を学ぶ(内面化する)ことが意図される教育活動」とさ れています。これも単にグループをつくってやらせるだけではなく、工夫点があるよ うです。

「協同学習」がうまくいくための条件は5つ挙げられています。一つは「互恵的な 相互依存関係」をこちらからつくってあげる。それぞれにちゃんと役割を振って、そ れぞれがいないと全体が完結しない関係をつくってあげる。3人グループで考えさせ る時、「京都、奈良、大阪の人口減少に対する対策を調べてきなさい。最終的に3つ の違いを明らかにしなさい」。全体の目標を達成するためにはそれぞれ3つをちゃん と学ばないとできない。学習が他の学習者に対しても責任をもっている状況をつくる ことが大事だといわれています。課題の内容を3人グループで分ける、相互に必要な 関係をつくってあげることが大事だといわれています。これは典型的に使われるのが ジグソー法で資料を載せています。「十分な相互交流」「明確な個人の責任」「社会的 技能の活用」「活動の振り返り」。こういう5つの条件を満たしているかどうかが大事 になってくる。

グループをつくる時、どうつくるかも論点があるようです。「無作為に決める」方 法もあるし、「学生に決めさせる」「教員が決める」。それぞれ長所短所があり、うま く使い分けている先生もいます。決め方もいろいろとあり「フリーフォーム」「整列」「カ ウントオフ」、「トランプ」を使っている先生もいます。グループの編成方法、こうい う工夫は各教員でたまっていますから互いに収集して交流することも大事かなと思い ます。

実際に使う学習法として「バズ学習」は「6・6法」ともいわれます。6人で6分 時間を使うものです。一人1分とってあげるといい。グループを分けるのも6人グルー プが丁度いい意見が出てくる。小学校、中学校で出てきたもので、200、300人の授業 では6人は少ないかもしれません。6人は一つの基準になるかなと思います。

海外のFDで一番始めにアクティブラーニングをしたのが「シンク・ペア・シェア」

の方法です。段階的に議論させる。まず個人で考えさせて次に2人組のペアで。最後 に全体で共有する。この形でやれば多少、大人数であっても議論ができる。いきなり 全体で議論させても抵抗があるが、まずは自分で考える時間をとって、横で話し合う。

最後は共有するという順序で議論させる。アメリカのFDの新任研修では使われます。

「書かせる」活動を加えた「ライト・ペア・シェア」とか4人組での議論を加えた「シ ンク・ペア・スクエア・シェア」とか4人組も加えるというのが知られている例かと

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第三部   講演会

講演録

 

思います。

「ジグソー法」。相互に専門をもって他のメンバーに教える責任が生じることをやら せる手法です。参考までに。

IRとの接点。なかなかまとまらなかったところでもあります。「アクティブラーニ ングとIR」の前に「FDとIR」との関係から。IRの二つの機能として「説明責任」と

「改善支援」の二つの機能が分けられるのではないか。4象限に分ける。学内の改善 支援か学外への説明責任という横軸があり、縦軸に通常業務か臨時業務か。「あなた のIRはどこを大事にしていますか?」。よく考える作業やワークショップがあります。

「改善支援」がIRでは大事になっている。それとFDは親和性が高い。データに基づい て教育を改善していく。授業評価アンケートを思いつくと思います。授業に対する学 生からの評価のデータに基づいて個々の先生が改善していく形。カリキュラム改革に 向けた調査も多くの大学であるのではないかと思います。これまでにやったのはクラ ス規模がどれくらい影響しているか。どれくらいまでクラス規模をしなければならな いか。大きくしても大丈夫か、執行部から求められてデータをとったことがあります。

「TAの効果を調べろ」とか。これらがデータで教育改善をしていく方法ではないかと 思います。

愛媛大学のポスター。「データから考える愛大授業改善」。教職員にぜひ知ってほし いデータをまとめたものです。これはデータそのもので何ら分析していない。データ そのもので授業改善を考えることでつくったものです。「愛媛大学が第一志望でない 入学生」が49%いる。半分が第一志望ではない。それすらも多くの人は知らないので「半 分は第一志望ではないんですよ」と。そうであれば4月の授業で「ここの大学にきて よかった」と思わせる経験をさせたいと思う人もいるだろうと、こういう数字も大事 にしています。「進学や卒業に不安をもつ学生」が74%いる。4人に3人が不安をも つことを、まず知ってもらう。そこから始まるということです。弱いデータもあえて 出します。「図書館で借りる本の冊数が少ない」「予習復習が少ない」。新任教員から

「成績はどれくらいの分布で出したらいいでしょうか?」と。あえて理事から「公開 してもいい」といわれたので公開しています。「中退者数」「障がいをもつ学生数」も 公表しました。「愛媛県に就職する学生」38%。大学の目標としては50%にしないと いけない。COCの予算をもっていて50%にすることを目標に掲げています。中期目標 でも50%にする。いろんな議論はありますが、データをきっちり知ってもらって大学 としても「50%の目標をもっている」と知ってもらう。「分析していないのではない か」ともいわれますが、「データ自体がもつ力をちゃんと知っておくことが大事では

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ないか」とポスターをつくりました。同志社大学も似たようなものをつくっておられ ると聞きました。データに基づく教育改善の一つかなと。ただ難しいのは改善する時、

量的データでできるのか。授業アンケートをやって「数値データ」より「質的データ」

の方が改善しやすいということも思います。「自由記述アンケート」だと具体的なこ とを書いてくれるので「これが良かった、悪かった」というのがあるので改善しやす いかもしれません。必ずしも量だけではなく、質的データも大事だと思います。「デー タから考える愛大授業改善」の後で「自由記述」を集めたものを会議で出すと「改善 の方向性が見えやすい」といわれた経験もあります。

アクティブラーニングとIR。まだ十分に実践できていませんが、いくつか論点があ るかと思います。「アクティブラーニングで期待する学習成果はどのようなものか」。

目標次第かなと思います。「講義法での知識の習得」をアクティブラーニングで期待 するのであれば講義法と同じ評価法でいいと思いますが、学習成果が違うものと設定 するならばそれにあわせないといけない。「知識の活用」「技能の幅広い能力」を学習 成果として求めるのであれば、それに対応した評価が大事になってくるのではないか と。もう一つアクティブラーニングでよくいわれるのは「学び方を学ぶ」「経験した ことを学びに変える」。メタ的に考える力が要請される、期待されているのではない かと。これをどう評価するかは検討すべき課題かなと思います。

愛媛大学はアクティブラーニングから始めたわけではないのですが、「愛大学生コ ンピテンシー」をつくっています。授業ではなくてラーニングとか課外の学習とどう つながっているかを今、分析しているところです。まずは「目標とする学習成果は何 か」ということを明確にしないと「アクティブラーニングとIRとの関係」は見えないと。

アクティブラーニングで育成する能力をどのように評価することができるか。授業レ ベルでもアクティブラーニングの評価は大きな課題ではないかと思います。単に目標 だけを評価するのではなく、プロセスも、ある程度評価する。たとえば発言、ディスカッ ションへの貢献度とかを評価に入れていくとディスカッションがうまくいくと。授業 レベルでも難しい問題がありますが、組織として、どう評価していくかを考えないと いけない。テストで評価できるものなのかどうか。レポートを含む作品、実演も必要 になってくるのではないかと思います。客観的に評価できない場合、教員からの評価 が難しい場合は「自己評価」「ピア評価」も、ある程度、使っていく必要があるので はないかと思います。「愛大学生コンピテンシー」は「自己評価」を使っています。「あ なたはこの能力が身につきましたか?」と聞きながら行っています。こういう能力は 2種類、テストをするか、アスクかのどっちかだと。「愛大学生コンピテンシー」は

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第三部   講演会

講演録

 

それに対応するテストをつくるよりも「自己評価」をしてそこからカリキュラム改善 に使えるところは使っていこうとしております。

「アクティブラーニングとIRの関係性」。アクティブラーニングの有効性の評価をし ていかないといけない。カリキュラム目標に対して「講義法と比較して効果があるの か」。愛媛大学は「愛大生コンピテンシー」でアクティブラーニングがどれくらい貢 献しているかを測っていこうと思っています。いろんな先行研究があり、知識の習得 については講義法が有効という考えもありますが、それ以外の能力をどう評価するか を考える必要があるかと思います。「学習時間」「図書館の利用」とか幅広い指標にお ける影響を見ていくことかなと。ただ反転授業で予習の時間が増えるのは当たり前な ので、それも踏まえて幅広い指標における影響を見ていこうと思います。学習効果以 外にも効率性の観点も必要なのかなと思います。ある程度、少人数でしかできない、

TAとかを使ってお金がかかる部分もあるので、この視点をどう入れていくかは少し 検討している最中です。

2012年につくった「愛大学生コンピテンシー」。今年度初めて、これにそって卒業 生にアンケートをとり、どれが身についたかをとりました。男性が得意なところと女 性が得意なところ。留学がどういう効果を与えているか。ボランティア活動がどうい う効果を与えているとか、わかってきて、このデータは使えると学内では思っていま す。今年度はこれに加えて学生番号を記入して教務データと紐づけしておこうと。個々 の成績とアクティブラーニング型の授業をどれだけとったかと組み合わせて効果を ちゃんと検証していきたいと考えています。

以上で、アクティブラーニングを授業に取り込む実践の課題との接点について話題 提供させていただきました。ご清聴ありがとうございました。

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第三部   講演会

講演録

 

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第三部   講演会

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