研究論文
宗教 とグローバ リゼーション
ー近代国民国家形成の帰趨 とその超克 一
宮 嶋 俊 一
要 旨
宗教のグローバル化 は、はた して現代的な現象 と呼べ るのだ ろ うか、それ とも宗教 は古 代か らグローバル化 していたのだろ うか。それ は宗教を どのよ うな位相で捉 えるかによる。
宗教 を現象的に捉 えれば前者 となる し、逆に本質的に捉 えれ ば後者 となると言 えるだろ う。
ただ し、宗教のグローバル化 は近代 国民国家 との関連 か ら考 えるべ きである。近代 国民国 家が形成 され ることによって、元々は国境 とは関わ りな く信仰 ・実践 されてきた宗教 に対 していったんは世俗 国家 とい う枠組み を当てはめ、国 ごとの宗教 のイメー ジを形成 した上 で、国家 を超 える現象 としての 「グローバル化 した宗教」 とい う見方が作 られた と考 え ら れ るO さらに、かつての世俗化論 がグローバル化 と宗教の衰退 を結びつ けて考 えていたの に対 し、む しろ社会の再聖化 の中で宗教の個人化 が グローバル な宗教運動 (新霊性運動) と結びついてい く反面、宗教 はグローバ リゼーシ ョンに反す る動 き としてのナ シ ョナ リズ ム とも結びついてい る。
キ ー ワー ド 二近代国民国家、個人化 、ナ シ ョナ リズム
1
. は じめに本稿 の課題 は、宗教 の グローバル化 1とはい かなる事態であるのか、それ を概括的 ・包括的 に検討す るこ とである2。 後述す るよ うに、宗 教が国家 を超 えて伝播す る現象 は、既 に古代 に おいて も見 られた。 キ リス ト教、仏教、そ して イス ラームな どは世界各 地に伝播 し、 「世界宗 教」 と呼ばれてきた。 もし、 このよ うな 「宗教 の拡散」 を 「宗教のグローバル化」 と同義 と見 なす のであれ ば、宗教 は古代 か らグローバル化 して きたので ある3。 そ して、それ だ けの こ と であるな らば、あえて 「宗教 のグローバル化」
とい う問題設定 を行 う必要はないだ ろ う。
宗教のグローバル化がいま問題 とされ るのは、
前近代社会、あるいは近代前期社会 とは異なっ た現象が生 じつつ あるとい う認識 が持たれてい
るか らである。その認識 の前提 となるのは近代 にお ける国民国家の形成 とその限界状況であろ う。 グローバ リゼー シ ョンとはまず近代 国民国 家が形成 され、その国境 を越 えて ヒ ト、カネ、
モ ノ、情報 の動 きが活発化 した結果、国家の役 割 が相対的に弱体化 してい く現象 と捉 え られて いるのである。それ ゆえに、グローバル化論は、
ポス トモダン論 とも結びつ け られてきた。
ただ し、 こ うした問題認識 において も宗教 は 経済や政治 の領域 と比べ る とやや複雑 な様相 を 呈 している。 とい うのも、近代 国民国家の形成 過程 において政治や経済のシステムが国家 を単 位 としてきたことか らも明 らかなとお り、政治 ・ 経済 と国家は近代 において密接 に結びつ け られ て きたのに対 し、宗教 においては近代化 の過程 においてむ しろその紐帯が解 かれてきたか らで ある。つま り、国家 を超 えた拡散 とい う意味だ 宗教とグローバ リゼーション 165
けでな く、国民国家か らの分離 とい う意味で も 宗教は近代以前か ら 「グローバル化」 していた
と言 えるので ある。
本稿では上述の よ うな宗教 の独特 な状況につ いてまず概 略的な検討 を加 え、 「宗教 とグロー バ リゼー シ ョン」 とい う問題設定その ものが含 んでい る問題 の構制 を明 らかに していきたい。
2.
宗教のグローバル化 は現代的な現象な のかグローバ リゼー シ ョンを、 「国境 を越 えて ヒ ト、モ ノ、カネ、そ して情報が激 しく行 き交 う よ うな状況」 とゆるや かに規定す るな ら、それ らの移動 に伴 って人々の思考や行動の様式が国 家の境 を超 えて伝播す ることが宗教のグローバ リゼー シ ョンの基盤 となると考 え られ る。 ここ で言 う 「国家」 とは、多 くの場合近代国民国家 を指す。 こ うした限定が必要 となるのは、前近 代社会 において もヒ トの移動 はあった し、また それ に伴いモ ノや情報 も移動 していたか らであ る。 ただ し、論者 によっては前近代社会 におい て既 にグローバル化 と呼び うる状況 は存在 して いた と述べている。
例 えば、ギデ ンズはこれまでのグローバル化 をめ ぐる議論 を整理 し、そ もそ もグローバル化 とい う概念が新 しい もの と言 えるのか、それ と も 目新 しくもない概念 なのか を問 うてい る4。
そ して、 「旧式 の社会 民主主義の姿形 を保守 し たい人 々」、す なわち 「旧左翼 の人 々」か らす れば、 グローバ リゼーシ ョンは新 自由主義の造 語 に他 な らず 、新 しい ものではない 5。 グロー バ リゼーシ ョンに対す る 「懐疑論者」に とって、
グローバル経済はそれ以前の経済 とは異 なるも のではな く、経済 をコン トロールす る政府 の力 はそのままであ り、また福祉 国家は健在である。
そ して、グローバ リゼーシ ョンとい う世界観 は 福祉 国家の解体 と財政支 出の削減 を企図す る市 場主義者 のイデオ ロギーである6とされ る。
他方でグローバ リゼー シ ョンが これまでにな い新 しい事態であるとす る人々がいる。す なわ
ち 「私 たちは、国境 なき世界 に住 んでお り、そ こでは、国民国家 は 『フィクシ ョン』 とな り果 て、政治家たちはまった くもって無力 となる」 7。
こ うした議論 は主 として経済の領域 に関 して行 われてきたが、ギデ ンズはそれだけでな く情報 化 の進展 に伴 う日常生活の変容 もそ こに含 めつ つ、経済のグローバ リゼー シ ョンは過去の趨勢 の延長 として捉 え られ るものではな く、 「と り わけ先進諸国にお ける 日常生活 のあ りよ うを塗
り替 えつつ あ」 り、 「同時にそれ は国境 を越 え た組織 と力 を育みつつ ある」 と言 う8。
この よ うに、 グローバ リゼーシ ョンをこれ ま でにない新 しい動 き と捉 えるギデ ンズに対 して、
ロバー トソンは、宗教のグローバル化現象 は近 代以後に特有 とは言 えない現象であると述べ る。
彼 はグローバ リゼー シ ョンが近代化 の帰結であ る とい うギデ ンズの単線 的 な発達論9の延長 に あるとい う見方 を批判 し、その よ うな単純な命 題 で は捉 え る こ とので きない現象 で あ る とす る10。 ロバー トソンは経済のグローバ リゼーシ ョ ン (資本主義 の力学)や政治の グローバ リゼー シ ョン (帝国主義の諸力) を否定は しないが、
む しろ文化的要素に重点 を置 き、世界 システム には唯一の文化的基盤 、す なわち西欧的な合理 主義 のみが存在す る とい う含意 を否定す る"。
そ して仏教、キ リス ト教、イスラームの興隆や 拡散 といった事実 を踏 まえなが ら、 グローバ リ ゼー シ ョンが何世紀 にもわた る長いプ ロセスで あると論 じるのである。
確 かにロバー トソンが指摘す るとお り、宗教 は既 に前近代社会 において、特定の国、地域 を 越 えた拡大 を見せ ていた。それ ゆえに、キ リス ト教、仏教、イスラーム といった諸宗教は民族 ・ 国境 を越 えて信仰 されてい るとい う意味で 「世 界宗教」 と呼ばれてきたのである。だが、 こ う
した見方 に対 して疑義 を差 し挟む ことは可能で ある。 「世界宗教」 と言 われ なが らも、 キ リス ト教 においては、 ローマ ・カ トリック とプ ロテ スタン ト諸教派、 さらに東方諸教会 が存在 して お り、各教派において独 自の展開を見せている。
仏教 において も、北伝仏教 と南伝仏教 には大 き
な違いがあるし、同 じ北伝仏教であっても中国、
チベ ッ ト、 さらには 日本の仏教ではそれぞれ異 なっている。 さらに詳細 に見 るな ら、 日本 の仏 教の宗派間にも数多 くの違いが兄いだ され るだ ろ う。つま り、あ らためて論 じるまで もな く、
宗教 はそれぞれの土地 ごとに独 自の展 開を して い るのであ る12。 この よ うに、宗教 のグローバ ル化現象 と言 った場合、まず事実 として宗教が 本 当に国境 を越 えて拡散 していると言 えるのか、
とい う問いが生 じて くるのである。つ ま り、宗 教のグローバ リゼーシ ョンについて論 じる場合、
宗教 をどのよ うな位相で捉 えるかが問題 となる。
宗教 を本質 と現象 とに分 けて考 えるな らば13、 よ り本質 に注 目す ることで宗教 は普遍的な もの として捉 えることが可能 とな り、グローバル化 した現象 と見なす ことができる。例 えば 「キ リ ス ト教の本質」や 「仏教の本質」 とい うことを 規定すれ ば、それ ら 「世界宗教」が国境 を越 え てグローバル化 してい ると言 える。だが、 よ り
ミクロな視点で現象面に着 目す るな ら、それ ら
「世界宗教」 も地域 ご とに独 自の展 開 を してい ることを兄いだす ことができるのである。
このよ うに考 えるな らば、ギデ ンズ とロバー トソンの対立は、グローバ リゼー シ ョンについ て考察す るに当たって経済 (や政治) に力点 を 置 くか、あるいは文化現象に力点を置 くか とい う違 いであ り、また宗教現象 を どの よ うな位相 で捉 えるかの違いで もある。 その意味で、 どち らが正 しいか とい うよ りも、 グローバル化 を捉 える視点が異 なってい るのであ り、両者 の議論 は相補 的な もの と言 えるだ ろ う14。本稿 では、
ギデ ンズに従い グローバル化 を新 しい現象 とし て捉 えてい くが、 とりわけ近代国民国家 と宗教 との関わ りとい う視点か ら考察 を さらに展開 し てい く。
3.
近代 における国家 と宗教国家 と宗教の結びつ きを考 える場合、い くつ かのパ ター ンが考 えられ る。阿部美哉 によれば、
国家 と宗教の関係 の形式 には、国家 と宗教が合
‑ してい る場合 と、分離 してい る場合があ り、
また合一 してい る場合 には、国家が宗教 を支配 してい る場合 と宗教 が国家 を支配 してい る場合 がある。宗教 が国家 を支配す る場合 には、神権 政治ない し祭政一致制度が行 われ、国家が宗教 を支配す る状況 のもとでは、国教制 ない し公認 教制が とられ る。また国家 と宗教 とが独立に各々 の領域 を成立 させ てい る場合、国家 と宗教 は法 律や制度 の上で分離 され、政教分離制度が行 わ れ る15。 文 明の草創期 においては、宗教 的価値 規範 が統治者 の意志決定 を支配 し、聖 と俗 の社 会組織 の分化 はなかったか ら、国家 と宗教 の関 係 が問題 とな らなかった。 だが、近代国民国家 形成 の過程 において、宗教 は政治 と分 けて考 え られ るよ うになった。近代 国民国家はほ とん ど の場合 、世俗 的な国家である。す なわち、政教 分離原則 に基づいて営まれ てい く。 その よ うに して宗教 と政治的な国家の結びつきが解 かれて、
宗教は私事化 していった。 この宗教の 「私事化」 のプ ロセスを、杉 田敦 の議論 を参考 にま とめて お こ う⊥6。
公共的な問題 を扱 うのが政治であ り、私的な 問題 を扱 うのが宗教である、 とい う見方、す な わち公私 を区分 し、政治概念 を公的領域 にあて はめる見方 は、すでに古代 ギ リシアか ら見 られ るもので、そ こでは経済が私的な領域 とされ、
両者 は厳密 に区別 され る と考 え られてきた。 ま た、キ リス ト教 の成立以後 、宗教でない ものが 政治 だ とい う考 え方 が勢力 を持つ。 「カエサル の ものはカエサル に、神 の ものは神 に」 とい う いわゆる両剣論 は、 こ うした二分法 を前提 とし てい る。人間の精神 的な部分 を教会組織が担 当 し、その身体的な部分 を担 当す るのが国家であ り、両者 は分離 している、 とい う考 え方である。
この よ うな考 え方が成立 したのは、キ リス ト教 会が国家 とは別 に、む しろ国家 に先ん じて教 団 の組織化 を進 め、国境 を越 える堅固な組織 を作 り上 げたか らである。す なわち、宗教 とい う名 のゲームを繰 り広 げてい る人々の外延 が、世俗 的な政治 と呼ばれ るゲームの外延 と一致 してい ない ことが明 らかだったか らこそ、両者 は別物 宗教とグローバ リゼーション 167
である とい う意識 が生 じ、両者 の間の関係 が争 点 となったのである。 しか し、両者 の関係 を、
国家が政治的であ り、宗教が非政治的である、
ととらえる必要はな く
、1 7
世紀のジ ョン ・ロッ ク に い た る ま で 、 教 会 政 治 (ecclesiastical government)と世俗政治 (civilgovernment)を 並列的に とらえるとい う用語法が示 してい る と お り、その性格 は同 じでないに して も、両者 が 類比的であるとい う認識 の存在 は前提 されてい た。だが、このよ うな意識がやがて失われてい く。
それ は教会 と世俗 国家 との争いが、粁余 曲折の 果てに国家側 の勝利 によって決着 し、そのため に宗教的なゲームの外延 が世俗的なゲームの外 延 と一致 して しまった ことと関係す る。 その結 果、宗教 は政治 とは独立な、それ に対抗 しうる よ うなゲーム とは見な されず、国家 とい う単‑
のものの一部であると考 えられ ることになった。
この よ うな宗教 の位置づ けを最初 に典型的に示 したのがホ ップズで、彼 の議論では、宗教が国 家か ら独立 した形でルール を形成 した り、国境 を越 えた単位 をな した りす ることが もっ とも警 戒 され るべ きこととされてい る17。
この よ うに して、宗教や民族 に基づかない、
世俗的な国家が形成 され、国境が引かれてい く。
そ して国境 の内部 には本来文化的 ・民族的 ・宗教 的な多様性 が存在 しているにも関わ らず、あた か も一枚岩 の よ うに単一な文化が成立 している かの よ うな見方が成立 してい くのである18。
宗教 において この よ うな見方 を典型的に示 し てい るのが、いわゆる 「世界宗教分布 図」であ ろ う。 日本 の学校教育において用い られ る地図 帳や百科事典 において も、世界の宗教分布 図が 示 されてい る。 もちろん、現実には宗教は国家 を単位 として分布 してい るわけではない.一国 内に様 々な宗教 の信仰者や宗教施設が存在 して いるのが現状である。 だが、国ごとの分布 、 さ らには地域 ごとの分布 に一定の傾 向を兄いだす よ うな宗教分布 図を私たちは頻繁 に 目に してい るのである。 こ うした宗教分布 図を批判的に分 析 したのが、 ク レヒ19である。 各 国 ご との宗教
の主要分布 を示 した世界地図を見れば、世界が 幾つかの宗教ブ ロックに分 け られてい るよ うな 印象 を受 ける。そ こでは、西 ヨー ロッパがカ ト
リック とプ ロテスタン トに、南アメ リカはカ ト リックに、北アメ リカはプ ロテスタン トに、そ して東 ヨー ロッパは正教会に色分 けされてお り、
アラブ世界、す なわちアフ リカの北半分 と中央 アジアお よび東南アジアは、イスラーム圏 とし て特徴づ け られてい る。東 アジア圏は儒教、道 教、そ して仏教が特徴的である。 こ うした主要 分布 には、た とえば、サ ミュエル ・ハ ンチ ン ト
ンが主張す るよ うな七つの文化 圏による世界 の 区分が結びつ け られ るのである20。
しか しク レヒによれば、主要分布 を構成す る それぞれの宗教伝統の実際の分布 を明 らかに し よ うとす るな らば、 どのよ うに して もこのモデ ル を維持す ることはできない。 ク レヒは各 国 ご との宗教的多様性 を分析 し、韓国、アメ リカ、
ナイ ジェ リア といった国々では国内において高 い宗教的多様性が見 られ ることを指摘 した。 そ こで ク レヒが問題視す るのは境界線 の想定であ る。つ ま り、宗教ブ ロック間に境界 を想定す る ことによって、上述の よ うな地政学的思考が生 まれて しま うのである。そ して こ うした考 え方 がいわゆる 「世界宗教」 とい う認識 を生んでき たのではないか。
以上がク レヒの主張であるが、 さらに敷術 し て考 えるな ら 「世界宗教」 とい う認識 の背景 と して、まず国境が想 定 され、かつその国境 を越 えた宗教の拡散 とい うイ メージが形成 され るこ とによって、 「国 を超 え世界 に広 が る宗教」 と しての 「世界宗教」 とい う概念 が作 られてきた のである。つま り、宗教のグローバ リゼーシ ョ ンとは、宗教 と国家が分離 し、前者 が後者 の下 位 に位置づ け られ、国 ごとに単一的に宗教が存 在 してい るとい う 「幻想」が形成 され る と同時 に、それ に対す るア ンチテーゼ として 「世界宗 教 」 的 な宗教観 が生 み 出 され た こ とに よって
「発 見」 され た現象 で ある と見 るこ とがで きる のである。
4.
宗教の個人化 と反グローバ リズムの 動きここまでは、主 として国家の枠 を超 えて宗教 が拡散 してい くとい う事態に焦点を置 きつつ宗 教のグローバル化 を近代国民国家 との関連 にお いて考察 してきた。だが、本稿 の冒頭で示 した とお り、 (宗教 の) グ ローバル化 には国民国家 の役割の弱体化 とい うも う‑つのファクターが 存在 していた。 もちろんそれ は、国境 を越 えた 宗教 の拡大 とパ ラ レル に捉 えてい くべ き問題 で あるが、本章ではそれ を個人化 と反 グローバル 化 とい う二つの動 きか ら考 えてみたい。 とりわ け後者 に関 しては、宗教がグローバル化 してい くとい う側面だけでな く、む しろナシ ョナ リズ ムの高ま りとの関連での動 きが指摘 されてい る か らである。
まず個人化 の動 きについて、中野毅 は以下の よ うにま とめてい る。すなわち従来 の宗教社会 学の一般的理解では、宗教は近代化過程 の進展 と共 に 「個人化」 され、その意味において民族 集 団な どの伝統的社会 とい う 「特殊性」 を超越 した 「普遍性」をもつ よ うになった と言われ る。
また伝統社会の共 同体性 は、その集 団の個別 の 宗教が主に担 っていたが、近代社会のそれは世 俗 的な合理主義的理念 が担 うはず で あった2⊥。 これ は、いわゆる世俗化論 と呼ばれ る議論であ る。す なわち、伝統宗教が衰退す る中で 「私事 化」 した宗教 は個人的な問題 として扱 われてい
くとい う議論 である22。
それに対 して、島薗進 は宗教の個人化 につい て、 以 下の よ うに述べ る。 す なわ ち、 それ を
「ポス トモ ダン」 と呼ぶか、 「第二の近代」 と呼 ぶかは とにか くとして、20世紀後半に近代 と呼 ばれてきた時代がある転換点 を迎 えた とい う認 識 は広 く共有 され てい る と した上 で、バ クマ ン23やペ ック24を援用 しつつ、 「ポス トモ ダン」
や 「第二の近代」の特徴 を 「個人化」 とい う概 念 で分析 してい く。 す なわち、 「伝統 的な規範 が拘束力 を失い、職場での集 団的統制や性別役 割分業 に基づ く家族 の統合が弱体化 し、経済社
会の構成原理が生産か ら消費‑ とシフ トし、個々 人は欲望に応 じて選択す ることを脅迫的に促 さ れ、平準化 が進むにもかかわ らず個 々人の差異 が際立たせ られ、連帯の基盤 が掘 り崩 されてい く。 それ を 『宗教』 に当てはめてい くと、 と り あえず は宗教 において も個人化 が進み、また集 団統合 の機能 を持つ宗教の力が後退 してい くと い う結論 が引き出 されそ うに思 える
」 2 5 。
こ うした世俗化論 によれ ば、 とりわけ経済的 合理性 に基づいたグローバル化 と結びついて宗 教の衰退がもた らされ る と考 え られ る。 ま さに
「聖 な る天蓋」なき時代 の到来 である。 しか し なが ら、他方で社会が世俗化 の方 向‑ と進 んで い るのではな く、む しろ再聖化 が進行 してい る とい う見方 もまた存在 してい る。 島菌 は、個人 化 によって宗教が衰退す るとい う見方だけでな く、む しろ社会の再聖化 の動 き と個人化 の動 き を結びつ けた分析 を示 してい く。いわゆる新霊 性運動 な ど個人 のス ピ リチ ュア リテ ィを尊ぶ動 きが、一方 で社会 の再聖化 をもた らしてい ると す るので ある26。 こ うした霊性 文化 は個人主義 的な考 え方 を尊んで共同体の形成 を好 まず、商 業主義や消費主義 に適合的であ り、またそれ ら の中にはグローバル な資本主義 と市場経済の拡 大にポジテ ィブに呼応 し、現代世界の社会悪 を 軽視 して未来 をオプテ ィ ミステ ィックに展望す る側 面 も見 られ る27。 島菌 が指摘 してい るよ う に、一方で こ うした宗教 (あるいは宗教性)の 個人化 の動 きは、市場や情報のグローバル化 と 結びつ きなが ら、国境 を越 えて拡散 しつつ ある のである。す なわち、グローバル化 とい う現象 が生 じていることは確 かである として、それが 世俗的 ・合理的価値観 に基づ くだけでな く、む しろ特定の共同体 を離れ なが らも 「聖」なるも のを求 める人 々のネ ッ トワー クに基づ くとい う 見方ができるのである28。
他方 で、そ うした個人化 とは対極 の動 きも見 られ る。す なわち、集 団の結束 を強め、伝統宗 教的な価値観 を復興 させ てい く動 きである。 こ うした集 団 としては とりわけ民族集 団が重要で あ り、その集 団の共 同体性 を再び宗教が担 って 宗教とグローバ リゼーション 169
い るか、少 な くとも強化す る働 きを してい ると いえる。宗教のもつ 「共同体性」や 「特殊性」
に、つま り民族集団その他の固有のアイデ ンティ ティを強化す る働 き、他 の集 団 との差異 を強調 す る差異化機能、個別利害を正 当化す るイデオ ロギー化機能 の顕在化 が、注 目され てい る29。 さらには民族集団のみな らず、さまざまな教派、
教団において も同様 の動 きが見 られ るが、島薗 によれ ば とりわけ救済宗教は現代社会の悪や 困 難 を正面か ら受 け止 め人類全体に及ぶ普遍的な 連帯の構築 を呼びかけよ うとしてお り、そ して それ らは宗教復興や原理主義(強硬派政治勢力) の広 ま りとして現れてい る。例 えばアメ リカの キ リス ト教 は、 1960年代以降 リベ ラル派の勢力 は後退 し、福音派の勢力が著 しく伸長 している。
アメ リカの福音派 キ リス ト教徒 は、キ リス ト教 を信 じない世俗的エ リー トや,世俗的エ リー ト と妥協的な リベ ラル派が社会 か らキ リス ト教的 なイ酎直を遠 ざけてい ると見な して、社会 にキ リ ス ト教的な価値 を取 り戻す ことを 目指 している。
彼 らは他宗教の価値 を容認せず、他 の価値 を奉 ず るもの との対話や協力 を拒み、内部 の団結 を 重視す る。 これは個人化 の傾 向に対抗 し、新た な集 団化 の道 を選び取 ろ うとす る傾 向 といえな くもない30。
また 日本 において も、原理主義 とい う呼称 に ぴ った り当てはまる現象 はない31が、排他 主義 的で内間的な宗教集団の興隆が 目立つ。信仰教 団を 「新宗教」 と呼ばず に 「カル ト」 として特 徴付 けるよ うになったの もこ うした状況 の反映 で もある32。 島菌 に よれ ば 「1970年代 頃まで に 発展 してきた新宗教教団は近代的な価値 に比較 的親和的で、外部勢力 との連携 に積極的な場合 が多かった。 しか し、 1970年代以降に発展が 目 立っ教団のなかには、世俗社会の価値観 に正面 か ら対決 しよ うとした り、外部勢力 との連携 を かた くなに拒 も うとす るものが 目立ってい る。
内部の団結 を尊び、集 団外の人々 との間に壁 を 設 けよ うとす るのである。その よ うに内閉化す れば、発展が押 しとどめられ るのが従来のパター ンだったが、現代 の宗教集団は内閉性 を保つ こ
とによって、かえって勢力拡充の力 を持つ場合 が少 なか らず見 られ る
」 3 3
。 こ うした動 きは、 グ ローバル化 に対抗す るもの ととらえることがで きるだろ う34。5.
まとめ本稿 ではまず宗教 のグローバル化 がはた して 現代的な現象 と呼べ るか、 とい う問い を立て、
それが宗教 を どのよ うな位相で捉 えるかに よる ことを示 したo その上で、宗教のグローバル化 を近代 国民国家 との関連か ら考 え、元々は国境 とは関わ りな く信仰 ・実践 されて きた宗教 に対 して、いったんは世俗 国家 とい う枠組み を当て はめ、国ごとの宗教のイメージを形成 した上で、
国家 を超 える現象 としての 「グローバル化 した 宗教」 とい う見方が作 られたのではないか、 と い うことを述べた。 さらに、かつての世俗化論 がグローバル化 と宗教 の衰退 を結びつ けて考 え ていたのに対 し、む しろ社会の再聖化 の中で宗 教の個人化 がグローバル な宗教運動 (新霊性運 動) と結びついてい く反面、宗教 はグローバ リ ゼーシ ョンに反す る動 き としてのナ シ ョナ リズ ム とも結びついてい ることを論 じた。本稿 にお いて 「宗教 とグローバ リゼー シ ョン」 とい う主 題 の下で見据 えるべ き問題 について、概略的 ・ 包括的に触れ ることはできた。 だが、 さらにこ
うした分析 を、個別具体的な諸 問題 に突 き合わ せて考 えてい くことが重要であろ う。移民の増 加 に伴 う諸 問題や多文化主義社会 にお ける宗教 の役割、 とりわけ公共的問題 において どこまで 宗教 がそ の役割 を果 たせ るのか35、 とい った問 題 について稿 をあ らためて論 じていきたい。
注
1本稿では、 「グローバル化」と 「グローバ リゼー シ ョン」 とい うふたっの語をほぼ同義に用いる。
2同主旨の論文として、阿部美哉 「グローバ リゼー ションと宗教」『宗教研究』通巻329号、2002年、
1‑24頁を挙げてお く。 また直接 引用は しなかっ たものの、本稿 を作成す るにあた り参考にした文
献 と して、Robertson,RolandandGarrett,William R.(eds.),Rell'gfon and GlobalOrder,New York;
Pargon llouse, 1991, Featherstone,Mike/Rash, scott/Robertson,Roland(eds.),GlobalModern]'tles,
London;Sage,1995,Hadden,JeffreyK.andSchupe, Anson (eds.),PTOPhetl'cRell'glonandPoll'tl'cs,New York;Pargon House,1986,Beyer,Peter,Rell‑gl'On and Globa]Ization,London;Sage,1994を挙 げて お く。
3 こ う した 見方 を示 した もの と して 、 井 上 順 孝
「グ ロー バル 化 と宗教 」 同編 『現 代 宗 教 事 典 』 弘 文堂、2005年、1341136頁 を参照0
4 ギデ ンズ , ア ン ソニー (佐 和 隆光 訳 ) 『第 三 の 道 効 率 と公 正 の新 た な同盟』、 日本経 済新 聞社 、 1999年、58‑67頁。
5 同書、59頁。
6 ギデ ンズ , ア ン ソニー (佐 和 隆光訳 ) 『暴 走す る世 界 グ ローバ リゼ ー シ ョンは何 を ど う変 え る のか』 ダイ ヤモ ン ド社、2001年、23‑25頁。
7 ギデ ンズ、前掲書 (『第 三 の道』)、59頁。
8 同書、62‑67頁。
9 ギデ ンズ,ア ン ソニー (松尾精文 ・′川 番正敏訳)
『近代 とはい か な る時代 か ? モ ダニテ ィの帰結 』 而立書房、1993年。
10ロバ ー トソン, ロー ラ ン ド (阿部 美 哉 訳 ) 『グ ローバ リゼ ー シ ョン 地球文化 の社 会 理論 』東京 大学 出版 会、1997年、 1‑18頁。
11粟 津 賢太
「
『グ ローバ リゼー シ ョン』」井 上編 前 掲書、133‑134頁 を参照。12こ うした見方 が示 され て い る解説 書 と して、井 上順 孝 編 著 『世 界 の宗 教101物 語 』 新 書館、 1997 年 を挙 げてお く。 なお 、そ うした展 開 を踏 ま えた 上 で 、 「キ リス ト教 」 とは何 か 、 ま た 「仏 教 」 と は何 か をあ らた めて問 うこ とは可能 だ が、 それ は 宗教 学 の範 境 を超 えた神 学 的 ・宗学 的 問い とな り かね ない。
13 こ うした見方 を提示 して きた のが宗教現象 学 で あった。拙稿 「古典 的宗教現象学 にお け る 『宗教』
‑フ リー ドリッヒ ・ハ イ ラー を例 に」 島薗進 ・鶴 岡賀雄編 『(宗教)再考』ぺ りかん社、2004年、73‑ 88頁 を参 照。
14宮永 園子 もまた、両者 の理論 が相 補 的 で あ る こ とを指摘 してい る。 す なわ ち、 ギデ ンズ は グ ロー バル化 とは地域 社会 の破 壊 とい う作用 と地域社 会 の再建 とい う反 作用 とを同時 に含 んだ過程 だ とい う見方 を示 してい るの に対 して、 ロバ ー トソンは 世界 統合 のベ ク トル を示す た め にそれ を用 い る と い う問題 関心 の違 い か ら、前者 で は現代社 会 の特 性 の解 明 に関心 が集 中 し後者 で は前者 よ りも抽 象 度 の高 い グ ラン ド ・セ オ リー が展 開 して い るので ある。富永園子 『グローバル化 とアイデ ンテ ィテ ィ』
世界 思想 社、2000年。 阿部 、前掲論 文 も参 照。
15阿部美哉 「国家 と宗 教 」小 口偉 一 ・堀 一郎 監修
『宗教 学辞典』 東 京 大 学 出版 会、1973年、20ト202 頁。
16杉 田敦 『境 界線 の政治 学』岩 波 書店、2005年。
17以上 、 同書 「第1章 政治 と境 界線 」 を参 照。
18ア ンダー ソン,ベ ネ デ ィク ト (白石 隆 ・白石 さ や か訳 ) 『増 補 想 像 の共 同体‑ ナ シ ョナ リズ ム の起源 と流行』NTT出版、1997年 。
19Krech,Volkhard,Vorstellung deslntemationalen KollegsftirGeistesiswsenschaftlicheForschungzum Thema"DynamikenderReligionsgeschichtezwischen AsienundEuropa",2009(unverb'ffent).
20ハ ンチ ン トン, サ ミュエル (鈴 木 主税 訳 ) 『文 明の衝 突』集 英社、1998年 。
2⊥中野毅 「宗教 ・民族 ・ナ シ ョナ リズム ‑ 読 み解 くた めの基礎 と問題 の所在 」 中野毅 ・飯 田剛 史 ・山中弘編 『宗 教 とナ シ ョナ リズ ム』 世界 思想 社、1997年6‑7頁。
22こ うした議 論 の代 表 と してバ ー ガー , ピー ター (薗 田稔 訳) 『聖 な る天 蓋』新 曜社、1975年 、 お よ びル ックマ ン, トーマス (赤池憲昭 ・スイング ド一, ヤ ン訳 ) 『見 えな い宗 教 』 ヨル ダ ン社、 1975年 を 挙 げてお く。
23バ ウマ ン,ジー クム ン ト (森 田典正訳)『リキ ッ ド・モ ダニテ ィ』 大月書店、2001年。
24ペ ック, ウル リ ッ ヒ (東 康 ・伊 藤 美 登 里 訳 )
『危 険社 会 一新 しい近代 ‑ の道 』 法 政 大学 出版 局 、 1998年。
25島薗進 『ス ピ リチ ュア リテ ィの興 隆 新 霊性 文 化 とそ の周辺』岩 波 書店、2007年、275‑276頁。
26同書、278‑298頁,
27同書、298頁。
28た だ し、 こ うした新 霊 性 文 化 が 日本 で はネ オ ・ ナ シ ョナ リズ ム と親 和 的 で あ る との指摘 もあ る。
同書、303‑306頁。
29中野前掲 書、 7頁。
30島薗 前掲 書、298‑299頁。
31この用語 に関 して は、 臼杵 陽 『原理 主義』岩 波 書店、1999年 、お よび リズ ン,マ リー ズ (中村 圭 志 訳 ) 『フ ァ ンダ メ ン タ リズ ム』 岩 波 書 店、2006 年 を参 照。
32拙 稿 「新 宗 教 研 究 ・カル ト研 究 の現 在 」 『国際 宗 教 研 究 所 ニ ュー ス レター』 NO.62(09‑1)、2009 年4月、26‑31頁参 照。
33島薗 前掲書、299頁。
34中野前掲 書。
35拙 稿 「宗 教 と公 共性 ・公 共 哲 学 」 『大 正 大 草研 究紀 要』 通巻92号、2007年、14ト150頁 にお い て 、 予備 的考 察 を行 った。
宗教 とグローバ リゼーシ ョン 171
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