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現地重視』の折衷は国家建設の妙策か

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(1)

第二世代の治安部門改革(SSR) : 『自由主義』・『

現地重視』の折衷は国家建設の妙策か

著者 藤重 博美

出版者 Faculty of Global and Interdisciplinary Studies, Hosei University

雑誌名 GIS journal : the Hosei journal of global and interdisciplinary studies

巻 5

ページ 39‑67

発行年 2019‑03

URL http://doi.org/10.15002/00023282

(2)

identities, and resistance (pp.87–103). Binghamton, New York: Harrington Park Press.

Khor, Diana & Kamano, Saori. (2017). Practices of intimacy: Mother-daughter relationships in Hong Kong and Japan. GIS Journal, 3, 1-29.

Khor, Diana & Kamano, Saori. (2013). Negotiating heteronormativity in the heterosexual mother-lesbian daughter relationship. Japanese Journal of Family Sociology, 25(2), 124-134.

Maree, Claire. (2004). Same-sex partnerships in Japan: Bypasses and other alternatives.

Women’s Studies, 33, 541-549.

Wong, Day. (2016). Negotiating marriage and sexual identity: A study of Chinese lala of different socioeconomic statuses. Paper presented at the 18th Annual Conference of the Hong Kong Sociological Association, December 3, 2016, The University of Hong Kong, Hong Kong.

第⼆世代の治安部⾨改⾰(SSR) ――『⾃由主義』・『現地重視』の折衷は国家建設 の妙策か1

Questioning the Validity of Second Generation Security Sector Reform: Hybridity of Liberal Interventions and Local Ownership in Statebuilding

藤重 博美(Hiromi Nagata Fujishige)

Abstract

This paper focuses on the new form of Security Sector Reform (SSR), otherwise known as

“Second Generation” SSR. SSR denotes the (often international-led) enterprise to reform security-related systems (e.g. police, military, judiciary) in fragile and/or post-conflict states.

Since the late-1990s, SSR has firmly established its status as an indispensable tool to achieve peace and stability in fragile/post-conflict states. In practice, however, we rarely see

“successful” cases of SSR. Six cases, i.e. Timor Leste, Sierra Leone, Bosnia Herzegovina, Georgia, Afghanistan and Iraq are examined to try to answer why. Comparatively analyzing them, this essay criticizes the orthodox (or the first generation) SSR and its emphasis on liberal values. In so doing, this study argues that the second-generation type, characterized by the hybridity of liberalism and local ownership, will be a more realistic, if not ideal, option for statebuilding.

はじめに

「治安部⾨改⾰(Security Sector Reform: SSR)」概念は、近年の国家建設に導⼊され た様々な新機軸のなかで、もっとも「主流化」に成功したものの⼀つといってよい。脆 弱国家(特に紛争国2)の治安部⾨(警察、軍、司法制度など)の再⽣⽀援を意味する

(3)

SSR 概念は、20 世紀末、英国で⽣まれた。2000 年代半ばには「経済開発・協⼒機構 開発委員会(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD/DAC)

による概念の精緻化と政治的後押しを受け、瞬く間に国家建設に⽋かせない政策ツー ルとして確固たる地位を築いたのである。

OECD/DAC 主導で 2000 年代半ばに確⽴された「第⼀世代の SSR(以下、第⼀世代 型)」は、①国家権⼒による治安部⾨の⼀元的な掌握、②⾃由主義的価値に基づいたガ バナンス(統治)の実現、③治安部⾨の範囲をきわめて広く捉える包括性−−の3点を 基本原則とする。これらの点は、紛争国の SSR を⽀援する国際ドナー(国連などの主 要国際機関、先進諸国政府)にも広く受け⼊れられ、公式の「教義」として確⽴された。

ところが、国家建設の現場で⾏われてきた実際の SSR をみると、「第⼀世代型」はほ とんどみあたらず、多くの事例で OECD/DAC 的な理念や原則と現地の伝統的な価値 や⾮国家治安制度を織り交ぜた「ハイブリッド性(Hybridity)」が⾒受けられる。ハイ ブリッド性の⾼い「第⼆世代の SSR(以下、第⼆世代型)」3では、「第⼀世代型」の「教 義」のうち、特に①と②は実現していない場合が多いが、ハイブリッド性の⾼い「第⼆

世代型」によって現地の治安環境がある程度回復する場合も少なくないほか、現地の

⼈びとの⽀持を受けている場合も珍しくない。

本稿は、国家建設の現場でしばしば⾒受けられる「第⼆世代型」に焦点を当て、政策・

概念⾯では、「第⼀世代型」が確⽴されているにも関わらず、実際の国家建設では、な ぜ、「第⼆世代型」に収斂しがちであるのか、その有⽤性と課題はなにか、また、今後 の国家建設にどのようなインプリケーションを与えるのかを検討する。

上記の問題意識を念頭に、本稿では、この共通の課題に取り組んだ6人の研究者によ る6つの事例研究の概要を紹介し、得られた知見を比較考察する。本研究課題の分析 は、国家建設に関わる現実的・実践的な手がかりにつながるだけでなく、近年、紛争解 決研究の中で主流となっている「ハイブリッドな国家建設」論についての新しい知見 を提供するものと期待できる。さらにいえば、この問題を掘り下げることにより、「自 由主義的原則に基づき、政治権力を中央政府に一元的に集中した国家」を理想的・標準 的な国家像とする国際社会の常識にも一石を投じることにもなろう。

本稿は三部構成をとる。第一節では、国家建設を巡る議論において「ハイブリッドへ の転回」が生じた背景を探る。第二節では、まず、「第一世代型」の起源と特徴を確認 した上で、6つの事例(東ティモール、シエラレオネ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(以 下、ボスニア)、ジョージア(グルジア)、アフガニスタン、イラク)で見られる「第二 世代型」の実際を確認する。第三節では、なぜ「第一世代型」が現実の国家建設にはう まく適用できないのかを検討した上で、「第二世代型」の本質を批判的に考察する。

第1節 「第⼀世代型」の概要

(1)「第⼀世代の SSR」の歴史的起源と展開

途上国の治安組織に対する国際社会や先進国による⽀援⾃体は⽬新しいものでなく、

たとえば冷戦期には東⻄両陣営とも途上国への軍事援助を活発に⾏っていた。だが、

今⽇の SSR は、1990 年代を通じ、「⾃由主義の平和(Liberal Peace)論」の台頭(後 述)、この時期に深刻化した内戦の頻発とその解決の難しさ、また、このような状況の 下、広く認識されるようになった「安全保障と開発のネクサス」論4が重なりあって⽣

まれたものである。

こうした背景の下、1998 年、英国のクレア・ショート国際開発⼤⾂が“SSR”という⽤

語に初めて公式に⾔及し、これに積極的に取り組む姿勢を⽰した5。さらに 1990 年代 半ばから 2000 年代初頭にかけ、英国が全⾯的に⽀援したシエラレオネに対する SSR

⽀援が⽐較的順調に進んだこともあり6、英国政府内では、国際開発省(Department for International Development: DIFD)の主導で包括的な SSR モデルの形成が進んだ7。 2003 年には英国政府から政策ペーパー『SSR 政策ブリーフ』が発表され、SSR は英国 の対脆弱国家⽀援策に正式に位置付けられた8。同⽂書によれば、SSR 政策の⽬的は、

被⽀援国家が「より⺠主的に責任のある、また、より有効で効率的に治安を提供できる ような改⾰を通じて正当な治安(維持)機能を果たす」ことができるように⽀援するこ と、また、改⾰の対象に軍隊や警察だけでなく⽂⺠の監視機関や市⺠社会をも含むこ とであり、「第⼀世代の SSR」の原則の原型がみられる9

英国発の SSR 概念・政策は、その後、数年のうちに OECD/DAC の公式な⽅針として 採⽤され、ガイドライン(2005 年)やハンドブック(2007 年)の整備により10、SSR に関する基本概念や⽅針の精緻化が進み、①中央政府の下に治安部⾨を⼀元的に管理、

②⾃由主義的な価値の反映、③治安部⾨の包括的な定義――という「第⼀世代型」の基 本⽅針が形成されていった11

まず、「中央政府による治安部⾨の⼀元的な管理」は、国家の本質は暴⼒⾏使権限の 独占だと看破したマックス・ヴェーバー(Max Weber)の名⾼い⾦⾔と軌を⼀にする ものであり12、とりわけ内戦に苛まれた国々の安定には⽋かせない要素として強調され る。次に SSR における「⾃由主義的な価値の反映」は、当初は、治安組織(特に軍隊)

に対する⺠主的統制の促進から始まったが、その後、⼈権、法の⽀配、アカウンタビリ ティ(説明責任)など、さまざまな⾃由主義的な価値を治安部⾨のあり⽅に反映するこ とを⽬指すようになった。最後に、「治安部⾨の包括的な定義」も「第⼀世代型」の特 徴であり、軍や警察だけでなく、司法制度(裁判所)、懲役制度(刑務所)、さらには

(4)

SSR 概念は、20 世紀末、英国で⽣まれた。2000 年代半ばには「経済開発・協⼒機構 開発委員会(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD/DAC)

による概念の精緻化と政治的後押しを受け、瞬く間に国家建設に⽋かせない政策ツー ルとして確固たる地位を築いたのである。

OECD/DAC 主導で 2000 年代半ばに確⽴された「第⼀世代の SSR(以下、第⼀世代 型)」は、①国家権⼒による治安部⾨の⼀元的な掌握、②⾃由主義的価値に基づいたガ バナンス(統治)の実現、③治安部⾨の範囲をきわめて広く捉える包括性−−の3点を 基本原則とする。これらの点は、紛争国の SSR を⽀援する国際ドナー(国連などの主 要国際機関、先進諸国政府)にも広く受け⼊れられ、公式の「教義」として確⽴された。

ところが、国家建設の現場で⾏われてきた実際の SSR をみると、「第⼀世代型」はほ とんどみあたらず、多くの事例で OECD/DAC 的な理念や原則と現地の伝統的な価値 や⾮国家治安制度を織り交ぜた「ハイブリッド性(Hybridity)」が⾒受けられる。ハイ ブリッド性の⾼い「第⼆世代の SSR(以下、第⼆世代型)」3では、「第⼀世代型」の「教 義」のうち、特に①と②は実現していない場合が多いが、ハイブリッド性の⾼い「第⼆

世代型」によって現地の治安環境がある程度回復する場合も少なくないほか、現地の

⼈びとの⽀持を受けている場合も珍しくない。

本稿は、国家建設の現場でしばしば⾒受けられる「第⼆世代型」に焦点を当て、政策・

概念⾯では、「第⼀世代型」が確⽴されているにも関わらず、実際の国家建設では、な ぜ、「第⼆世代型」に収斂しがちであるのか、その有⽤性と課題はなにか、また、今後 の国家建設にどのようなインプリケーションを与えるのかを検討する。

上記の問題意識を念頭に、本稿では、この共通の課題に取り組んだ6人の研究者によ る6つの事例研究の概要を紹介し、得られた知見を比較考察する。本研究課題の分析 は、国家建設に関わる現実的・実践的な手がかりにつながるだけでなく、近年、紛争解 決研究の中で主流となっている「ハイブリッドな国家建設」論についての新しい知見 を提供するものと期待できる。さらにいえば、この問題を掘り下げることにより、「自 由主義的原則に基づき、政治権力を中央政府に一元的に集中した国家」を理想的・標準 的な国家像とする国際社会の常識にも一石を投じることにもなろう。

本稿は三部構成をとる。第一節では、国家建設を巡る議論において「ハイブリッドへ の転回」が生じた背景を探る。第二節では、まず、「第一世代型」の起源と特徴を確認 した上で、6つの事例(東ティモール、シエラレオネ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(以 下、ボスニア)、ジョージア(グルジア)、アフガニスタン、イラク)で見られる「第二 世代型」の実際を確認する。第三節では、なぜ「第一世代型」が現実の国家建設にはう まく適用できないのかを検討した上で、「第二世代型」の本質を批判的に考察する。

第1節 「第⼀世代型」の概要

(1)「第⼀世代の SSR」の歴史的起源と展開

途上国の治安組織に対する国際社会や先進国による⽀援⾃体は⽬新しいものでなく、

たとえば冷戦期には東⻄両陣営とも途上国への軍事援助を活発に⾏っていた。だが、

今⽇の SSR は、1990 年代を通じ、「⾃由主義の平和(Liberal Peace)論」の台頭(後 述)、この時期に深刻化した内戦の頻発とその解決の難しさ、また、このような状況の 下、広く認識されるようになった「安全保障と開発のネクサス」論4が重なりあって⽣

まれたものである。

こうした背景の下、1998 年、英国のクレア・ショート国際開発⼤⾂が“SSR”という⽤

語に初めて公式に⾔及し、これに積極的に取り組む姿勢を⽰した5。さらに 1990 年代 半ばから 2000 年代初頭にかけ、英国が全⾯的に⽀援したシエラレオネに対する SSR

⽀援が⽐較的順調に進んだこともあり6、英国政府内では、国際開発省(Department for International Development: DIFD)の主導で包括的な SSR モデルの形成が進んだ7。 2003 年には英国政府から政策ペーパー『SSR 政策ブリーフ』が発表され、SSR は英国 の対脆弱国家⽀援策に正式に位置付けられた8。同⽂書によれば、SSR 政策の⽬的は、

被⽀援国家が「より⺠主的に責任のある、また、より有効で効率的に治安を提供できる ような改⾰を通じて正当な治安(維持)機能を果たす」ことができるように⽀援するこ と、また、改⾰の対象に軍隊や警察だけでなく⽂⺠の監視機関や市⺠社会をも含むこ とであり、「第⼀世代の SSR」の原則の原型がみられる9

英国発の SSR 概念・政策は、その後、数年のうちに OECD/DAC の公式な⽅針として 採⽤され、ガイドライン(2005 年)やハンドブック(2007 年)の整備により10、SSR に関する基本概念や⽅針の精緻化が進み、①中央政府の下に治安部⾨を⼀元的に管理、

②⾃由主義的な価値の反映、③治安部⾨の包括的な定義――という「第⼀世代型」の基 本⽅針が形成されていった11

まず、「中央政府による治安部⾨の⼀元的な管理」は、国家の本質は暴⼒⾏使権限の 独占だと看破したマックス・ヴェーバー(Max Weber)の名⾼い⾦⾔と軌を⼀にする ものであり12、とりわけ内戦に苛まれた国々の安定には⽋かせない要素として強調され る。次に SSR における「⾃由主義的な価値の反映」は、当初は、治安組織(特に軍隊)

に対する⺠主的統制の促進から始まったが、その後、⼈権、法の⽀配、アカウンタビリ ティ(説明責任)など、さまざまな⾃由主義的な価値を治安部⾨のあり⽅に反映するこ とを⽬指すようになった。最後に、「治安部⾨の包括的な定義」も「第⼀世代型」の特 徴であり、軍や警察だけでなく、司法制度(裁判所)、懲役制度(刑務所)、さらには

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⾮政府治安アクターや市⺠社会に⾄るまで幅広い組織・制度を改⾰の対象とする13。こ のように⽂⺠や⾮政府アクターも対象に含むことで、従来の軍事援助とは異なり、先 に挙げた⾃由主義的な価値の反映を徹底しようとしたものである。

こうして「第⼀世代型」は、開発援助機関によって⽣み出されたが、その後、まもな く主要国際ドナーに浸透し、脆弱国家、とりわけ紛争国に対する国家建設アプローチ の⼀環として組み込まれた。たとえば 2000 年代半ば以降、新設された国連平和活動の

⼤部分がマンデートの⼀部に SSR を含むようになったほか、国連や欧州連合

(European Union: EU)によって公式の政策として採⽤された14。最近では、アフリカ 連合も正式な SSR 政策を採択し(2013 年)15、また、国連と EU も繰り返しその重要 性を再確認している16。主要先進国の多くも、対脆弱国⽀援の⼀環として正式に SSR を取り⼊れたり、SSR の⽀援要員養成のための訓練を提供するなどしており17、SSR は 開発課題としてだけでなく、脆弱国家に対する国家再建⽀援スキームのなかに、いわ ば「標準装備」されるようになったのである。

(2)「⾃由主義的な国家建設」から「現地重視論」、そして「ハイブリッド論」へ 短時⽇に成功を納めた「第⼀世代型」の SSR は、1990 年代〜2000 年代前半、脆弱 国家への対応策として学界と実務との双⽅で強い影響⼒を誇った「⾃由主義的な国家 建設論(Liberal Statebuilding)」の重要な要素とみなされるようになる。これは、紛争 や混乱に苦しむ国々を、⾃由主義的かつ国⼟全体の統治を掌握する能⼒を持つ国家と して再⽣することで、平和の達成を⽬指すものであった。

その背景には、冷戦後に顕著となった「⾃由主義の平和(Liberal Peace)」論の隆盛 がある18。⾃由主義国同⼠は戦わないとするこの議論は、⺠主主義、⼈権、法の⽀配、

市場経済などを奉じる⾃由主義国が増えれば増えるほど、国際社会全体に平和と繁栄 が広がるという論理を展開するものであり、⾮⾃由主義国の⾃由主義化を進めるべき であるという介⼊主義的傾向を正当化することになった19。マーク・セドラ(Mark Sedra)が指摘するように、「第⼀世代型」の SSR はこうした「⾃由主義の平和プロジ ェクト」の中に組み込まれたのである20

だが、こうしたトップダウン的な介⼊傾向は「戻ってきた植⺠地主義」21だとの反発 を招いただけでなく、実際問題として「⾃由主義的な国家建設」の成功例がほとんど⾒

られなかったことから、次第に旗⾊が悪くなった。その反動として現地の主体性、いわ ゆる「ローカル・オーナーシップ(local ownership)」が重視されるようになり、ボト ムアップ型の「⽇常の平和(everyday peace)22」の達成を訴えるオリバー・リッチモ

ンド(Oliver Richmond)らの「ポスト⾃由主義の平和」論が注⽬を集めるようになっ たものである23

しかしながら、現実には、脆弱国家(とりわけ紛争国)が⾃らの資源と⽅法論で平和 や安定を達成できる可能性は低い。そこで、今度は「ハイブリッドへの転回(Hybrid Turn)」24が⽣じ、国際ドナーの「⾃由主義の平和プロジェクト」と「現地の重視」を 混合した国家建設が模索されるようになった。「第⼆世代型」の SSR も、「ハイブリッ ドな国家建設」が⽣まれた背景において考える必要がある。

(3)「ハイブリッド」の4類型

ただし、なにをもって「ハイブリッド」とするか、論者の間でも統⼀的な⾒解は得ら れていない。基本的には、「⾃由主義価値・制度―国際ドナーの主導」、「⾮⾃由主義的 価値・制度―現地側の主体性」という組み合わせの⼆項対⽴的な考え⽅があり、これを もとに「(⻄洋由来の)⾃由主義価値・制度重視 / (現地の伝統的な)⾮⾃由主義的価 値・制度重視」、「国際ドナー主導 / 現地の主体性発揮」という⼆組の対⽴軸が前提と して想定されているといえよう。この区分に則れば、ハイブリッド性には、「⾃由主義 的な価値・制度と⾮⾃由主義的価値・制度の混合」、「国際ドナー主導と現地の主体性発 揮の混合」という⼆つの側⾯が⾒られることになる。

この⼆つの対⽴軸を組み合わせると、四象限のマトリックス(図1)に整理できるが、

上記の⼆項対⽴が厳格に存在すると仮定するならばハイブリッド性が⽣じる範囲は1 象限か4象限のいずれかであり、斜め点線にそって混合の度合いが変化すると考えら れる。この整理に基づけば、国際アクターが現地の価値や制度を重視したり(3象限)、

現地側が⾃由主義的な価値や制度を積極的に取り⼊れる(2象限)は起こる可能性は 少ないといえよう。もちろん、これは過度に単純化した議論であり、実際の「第2世代 型」には上記の仮説とは異なったケースも多いと思われる。しかし、本稿では、この4 象限の分類を議論の出発点とし、次節以降で、6つの事例を通じて「第⼆世代型」の SSR において、どのようなハイブリッド性がいかに⽣じたかをみていく。

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⾮政府治安アクターや市⺠社会に⾄るまで幅広い組織・制度を改⾰の対象とする13。こ のように⽂⺠や⾮政府アクターも対象に含むことで、従来の軍事援助とは異なり、先 に挙げた⾃由主義的な価値の反映を徹底しようとしたものである。

こうして「第⼀世代型」は、開発援助機関によって⽣み出されたが、その後、まもな く主要国際ドナーに浸透し、脆弱国家、とりわけ紛争国に対する国家建設アプローチ の⼀環として組み込まれた。たとえば 2000 年代半ば以降、新設された国連平和活動の

⼤部分がマンデートの⼀部に SSR を含むようになったほか、国連や欧州連合

(European Union: EU)によって公式の政策として採⽤された14。最近では、アフリカ 連合も正式な SSR 政策を採択し(2013 年)15、また、国連と EU も繰り返しその重要 性を再確認している16。主要先進国の多くも、対脆弱国⽀援の⼀環として正式に SSR を取り⼊れたり、SSR の⽀援要員養成のための訓練を提供するなどしており17、SSR は 開発課題としてだけでなく、脆弱国家に対する国家再建⽀援スキームのなかに、いわ ば「標準装備」されるようになったのである。

(2)「⾃由主義的な国家建設」から「現地重視論」、そして「ハイブリッド論」へ 短時⽇に成功を納めた「第⼀世代型」の SSR は、1990 年代〜2000 年代前半、脆弱 国家への対応策として学界と実務との双⽅で強い影響⼒を誇った「⾃由主義的な国家 建設論(Liberal Statebuilding)」の重要な要素とみなされるようになる。これは、紛争 や混乱に苦しむ国々を、⾃由主義的かつ国⼟全体の統治を掌握する能⼒を持つ国家と して再⽣することで、平和の達成を⽬指すものであった。

その背景には、冷戦後に顕著となった「⾃由主義の平和(Liberal Peace)」論の隆盛 がある18。⾃由主義国同⼠は戦わないとするこの議論は、⺠主主義、⼈権、法の⽀配、

市場経済などを奉じる⾃由主義国が増えれば増えるほど、国際社会全体に平和と繁栄 が広がるという論理を展開するものであり、⾮⾃由主義国の⾃由主義化を進めるべき であるという介⼊主義的傾向を正当化することになった19。マーク・セドラ(Mark Sedra)が指摘するように、「第⼀世代型」の SSR はこうした「⾃由主義の平和プロジ ェクト」の中に組み込まれたのである20

だが、こうしたトップダウン的な介⼊傾向は「戻ってきた植⺠地主義」21だとの反発 を招いただけでなく、実際問題として「⾃由主義的な国家建設」の成功例がほとんど⾒

られなかったことから、次第に旗⾊が悪くなった。その反動として現地の主体性、いわ ゆる「ローカル・オーナーシップ(local ownership)」が重視されるようになり、ボト ムアップ型の「⽇常の平和(everyday peace)22」の達成を訴えるオリバー・リッチモ

ンド(Oliver Richmond)らの「ポスト⾃由主義の平和」論が注⽬を集めるようになっ たものである23

しかしながら、現実には、脆弱国家(とりわけ紛争国)が⾃らの資源と⽅法論で平和 や安定を達成できる可能性は低い。そこで、今度は「ハイブリッドへの転回(Hybrid Turn)」24が⽣じ、国際ドナーの「⾃由主義の平和プロジェクト」と「現地の重視」を 混合した国家建設が模索されるようになった。「第⼆世代型」の SSR も、「ハイブリッ ドな国家建設」が⽣まれた背景において考える必要がある。

(3)「ハイブリッド」の4類型

ただし、なにをもって「ハイブリッド」とするか、論者の間でも統⼀的な⾒解は得ら れていない。基本的には、「⾃由主義価値・制度―国際ドナーの主導」、「⾮⾃由主義的 価値・制度―現地側の主体性」という組み合わせの⼆項対⽴的な考え⽅があり、これを もとに「(⻄洋由来の)⾃由主義価値・制度重視 / (現地の伝統的な)⾮⾃由主義的価 値・制度重視」、「国際ドナー主導 / 現地の主体性発揮」という⼆組の対⽴軸が前提と して想定されているといえよう。この区分に則れば、ハイブリッド性には、「⾃由主義 的な価値・制度と⾮⾃由主義的価値・制度の混合」、「国際ドナー主導と現地の主体性発 揮の混合」という⼆つの側⾯が⾒られることになる。

この⼆つの対⽴軸を組み合わせると、四象限のマトリックス(図1)に整理できるが、

上記の⼆項対⽴が厳格に存在すると仮定するならばハイブリッド性が⽣じる範囲は1 象限か4象限のいずれかであり、斜め点線にそって混合の度合いが変化すると考えら れる。この整理に基づけば、国際アクターが現地の価値や制度を重視したり(3象限)、

現地側が⾃由主義的な価値や制度を積極的に取り⼊れる(2象限)は起こる可能性は 少ないといえよう。もちろん、これは過度に単純化した議論であり、実際の「第2世代 型」には上記の仮説とは異なったケースも多いと思われる。しかし、本稿では、この4 象限の分類を議論の出発点とし、次節以降で、6つの事例を通じて「第⼆世代型」の SSR において、どのようなハイブリッド性がいかに⽣じたかをみていく。

(7)

第2節 「第⼆世代型 SSR」の事例

以下では、6⼈の研究者による東ティモール、シエラレオネ、ボスニア、ジョージア、

アフガニスタン、イラクの事例研究の概要を基に「第⼆世代型」の実態をみていく。

(1)東ティモール25

クロス京⼦の事例研究によれば、新国家の建設に伴った東ティモールの SSR では 国連の介⼊度が⾼く、とりわけ 1999〜2002 年にかけて独⽴準備を⽀援した「国連東 ティモール暫定⾏政機構(United Nations Transitional Authority in East Timor:

UNTAET)」の場合、「国連東ティモール王国」と揶揄されるほどであった26。2005 年、

いったん国連による国家建設⽀援が終了したが、その翌年、SSR の不備に起因する騒 乱事件が発⽣したことで、SSR を主任務とする国連平和活動「国連東ティモール統合 ミッション(United Nations Integrated Mission in Timor Leste: UNMIT)」が展開し、

警察改⾰を中⼼に「第⼀世代型」を⽬指した SSR ⽀援を国連主導で再開した。

このように東ティモールの SSR では国連主導傾向が明らかであったが、クロスによ ると、実際には現地政府が国連の意向に従わない場⾯が少なくなかった。2012 年、

UNMIT が「第⼀世代型」の SSR 完了という当初の⽬標を達成しないまま活動を終了 しすると、東ティモールの SSR にはさらに現地政府の独⾃⾊が強くなった。その結果、

たとえば「和解」という名の不処罰の横⾏や旧宗主国ポルトガルの⽀援を受けた東テ ィモール国家警察(Polícia Nacional de Timor-Leste: PNTL)の軍事化のように、SSR

に関する様々な政策が国連の想定とは異なった形で実施された。

これらは国連が実現しようとした「第⼀世代型」の理念とは相⼊れないものであっ たが、現地の⼈々には独⽴以前から⾝近にある制度や組織であり、受け⼊れられやす かったという。軍事化した PNTL についていえば、このような強権的な警察はインド ネシア⽀配時代の警察モデルに近く⼈々に馴染みがあったことに加え、いまだ治安環 境が不安であった時期にはこうした⾼圧的な警察の形態が安全をもたらす⽅策として 現地の⼈々に⽀持されたという事情も指摘されている。

このように、国連の⼤掛かりな介⼊にも関わらず、東ティモールの SSR は独⾃の道 を歩み始めたが、その⼀⽅、国連が蒔いた「第⼀世代型」の種が徐々に芽⽣える例もあ った。伝統的な「村警察」の活⽤といった「コミュニティ・ポリシング(共同体警察)」

の推進がその典型例である。これは既存の伝統的な治安組織を⽤いたという意味では、

「第⼀世代型」の想定とは異なっていたが、現地の⼈々のニーズをくみ取りやすいと いう意味では⾃由主義的な価値に通底するものだといえよう。また、国連による働き かけの遺産は国連 PKO 撤退後も残り、国⺠の間での⼈権侵害になどに対する意識の⾼

まったほか、⼥性たちの働きかけによるドメステック・バイオレンス(DV)禁⽌法の 制定など⾃由主義的価値が定着する例もみられた。これらの例は、伝統的な考え⽅で はなくても、現地の⼈々のニーズに合致していれば定着する可能性があることを⽰し ている。

(2)シエラレオネ27

次に、古澤嘉朗によるシエラレオネの事例をみてみよう。主に英国主導で進められた シエラレオネの国家建設は、紛争後の状況が⽐較的安定していることから、しばしば

「成功例」とされる。だが、シエラレオネの SSR、特に警察改⾰についていうと、正 式の国家警察(シエラレオネ警察)の改⾰に加え、伝統的な慣習組織である「チーフダ ム警察」も同時並⾏的に活⽤されることになった。

チーフダム警察は、制度度上、正式の治安機関ではないが、主に郊外の治安維持を担 当する。英国の植⺠地統治時代に導⼊され、その前⾝も含めれば 100 年以上の歴史を 持つ。シエラレオネの SSR が⾏われた時期の前半(1990 年代半ば〜2000 年代前半)、

国際ドナー(特に英国)の⽀援はもっぱら正式の治安組織であるシエラレオネ警察に 集中していた。だが、シエラレオネ警察の活動範囲は都市部から離れた郊外には届か ず、代わりに伝統的なチーフダム警察が地域の治安活動に従事するという現実があっ た。

オスマン・グブラ(Osman Gbla)は 2006 年の論考において、2000 年代前半までの

(8)

第2節 「第⼆世代型 SSR」の事例

以下では、6⼈の研究者による東ティモール、シエラレオネ、ボスニア、ジョージア、

アフガニスタン、イラクの事例研究の概要を基に「第⼆世代型」の実態をみていく。

(1)東ティモール25

クロス京⼦の事例研究によれば、新国家の建設に伴った東ティモールの SSR では 国連の介⼊度が⾼く、とりわけ 1999〜2002 年にかけて独⽴準備を⽀援した「国連東 ティモール暫定⾏政機構(United Nations Transitional Authority in East Timor:

UNTAET)」の場合、「国連東ティモール王国」と揶揄されるほどであった26。2005 年、

いったん国連による国家建設⽀援が終了したが、その翌年、SSR の不備に起因する騒 乱事件が発⽣したことで、SSR を主任務とする国連平和活動「国連東ティモール統合 ミッション(United Nations Integrated Mission in Timor Leste: UNMIT)」が展開し、

警察改⾰を中⼼に「第⼀世代型」を⽬指した SSR ⽀援を国連主導で再開した。

このように東ティモールの SSR では国連主導傾向が明らかであったが、クロスによ ると、実際には現地政府が国連の意向に従わない場⾯が少なくなかった。2012 年、

UNMIT が「第⼀世代型」の SSR 完了という当初の⽬標を達成しないまま活動を終了 しすると、東ティモールの SSR にはさらに現地政府の独⾃⾊が強くなった。その結果、

たとえば「和解」という名の不処罰の横⾏や旧宗主国ポルトガルの⽀援を受けた東テ ィモール国家警察(Polícia Nacional de Timor-Leste: PNTL)の軍事化のように、SSR

に関する様々な政策が国連の想定とは異なった形で実施された。

これらは国連が実現しようとした「第⼀世代型」の理念とは相⼊れないものであっ たが、現地の⼈々には独⽴以前から⾝近にある制度や組織であり、受け⼊れられやす かったという。軍事化した PNTL についていえば、このような強権的な警察はインド ネシア⽀配時代の警察モデルに近く⼈々に馴染みがあったことに加え、いまだ治安環 境が不安であった時期にはこうした⾼圧的な警察の形態が安全をもたらす⽅策として 現地の⼈々に⽀持されたという事情も指摘されている。

このように、国連の⼤掛かりな介⼊にも関わらず、東ティモールの SSR は独⾃の道 を歩み始めたが、その⼀⽅、国連が蒔いた「第⼀世代型」の種が徐々に芽⽣える例もあ った。伝統的な「村警察」の活⽤といった「コミュニティ・ポリシング(共同体警察)」

の推進がその典型例である。これは既存の伝統的な治安組織を⽤いたという意味では、

「第⼀世代型」の想定とは異なっていたが、現地の⼈々のニーズをくみ取りやすいと いう意味では⾃由主義的な価値に通底するものだといえよう。また、国連による働き かけの遺産は国連 PKO 撤退後も残り、国⺠の間での⼈権侵害になどに対する意識の⾼

まったほか、⼥性たちの働きかけによるドメステック・バイオレンス(DV)禁⽌法の 制定など⾃由主義的価値が定着する例もみられた。これらの例は、伝統的な考え⽅で はなくても、現地の⼈々のニーズに合致していれば定着する可能性があることを⽰し ている。

(2)シエラレオネ27

次に、古澤嘉朗によるシエラレオネの事例をみてみよう。主に英国主導で進められた シエラレオネの国家建設は、紛争後の状況が⽐較的安定していることから、しばしば

「成功例」とされる。だが、シエラレオネの SSR、特に警察改⾰についていうと、正 式の国家警察(シエラレオネ警察)の改⾰に加え、伝統的な慣習組織である「チーフダ ム警察」も同時並⾏的に活⽤されることになった。

チーフダム警察は、制度度上、正式の治安機関ではないが、主に郊外の治安維持を担 当する。英国の植⺠地統治時代に導⼊され、その前⾝も含めれば 100 年以上の歴史を 持つ。シエラレオネの SSR が⾏われた時期の前半(1990 年代半ば〜2000 年代前半)、

国際ドナー(特に英国)の⽀援はもっぱら正式の治安組織であるシエラレオネ警察に 集中していた。だが、シエラレオネ警察の活動範囲は都市部から離れた郊外には届か ず、代わりに伝統的なチーフダム警察が地域の治安活動に従事するという現実があっ た。

オスマン・グブラ(Osman Gbla)は 2006 年の論考において、2000 年代前半までの

(9)

シエラレオネの SSR についてドナーの介⼊の度合いが強すぎること批判し、現地の⾃

主性と主導に任せるべきだと論じた28。現実の動きは、グブラの主張に沿う形で進展し たといえよう。2009 年頃から国際ドナーもチーフダム警察に対する⽀援(訓練の提供 やマニュアルの整備)を始め、現地の伝統と慣習を活かした形で治安維持が図られる ことになった。その結果、公式・⾮公式の治安組織が並存する状況が⽣まれたのであ る。この状況は「第⼀世代型」の国家による治安機関独占という想定とは異なってお り、現地にも批判的な⾒解がないわけではないが、国⺠の多勢がチーフダム警察の存 在に肯定的な⾒⽅を⽰しているという現状もある。ただし、チーフダム警察はそもそ も英国の植⺠地時代に端を発するものであり、また、その(再)活⽤に際しては最⼤ド ナーである英国の関与が⼤きかったことから、単なるローカル・オーナーシップとい うよりも、ハイブリッド化を⽰す事例としてみるべきであろう。

(3)ボスニア29

次は、中内政貴によるボスニアの事例をみる。三⺠族が⼊り乱れる凄惨な内戦が戦わ れたボスニアの SSR にも、国際ドナー(特に和平プロセスの履⾏を主導する上級代表)

のきわめて強い介⼊があった。だが、同国の SSR は遅々として進まず、特に⺠族間で 分裂した警察の統合への道筋は現在に⾄るまでほとんどみえていない。この背後には、

和平プロセスの枠組みとなった「デイトン合意」がこの国を⼆つのエンティティ(ムス リム⼈・クロアチア⼈中⼼の「連邦」、セルビア⼈の「スルプスカ共和国(RS)」)に分 断した⼀⽅、各エンティティ間で分れた治安組織(特に警察と軍)の⼀元化に向け国際 ドナーが圧⼒をかけるという構造的な⽭盾があった。

ボスニアの場合、和平プロセスの⽐較的早い段階で⺠主主義や⼈権といった⾃由主義 的な価値が表⾯的には受容されてはいたが、それ以上に各⺠族の強硬な⺠族主義的傾 向が強く、互いの⾮協調的・⾮妥協的な政治的姿勢が SSR、さらには国家建設の円滑 な進展を妨げてきた。特に治安機能の⼀元化によりみずからの政治的権益が侵⾷され る RS 側の抵抗は激しく、軍に関してはなんとか統合を成し遂げたが、各⺠族の政治権

⼒基盤と直結した警察の統合は今なお実現していない。上級代表側はこうした抵抗を

⼒でねじ伏せようとしてきたが、この強硬姿勢が却って現地側の抵抗を激化させてき たという側⾯もある。さらに、上級代表に押し付けられた決定を巧みに⾻抜きにする など現地側のしたたかな抵抗もみられ、同国の SSR には捗々しい進捗はみられていな い。

ボスニアの事例からは、SSR はすぐれて政治的な営みだということが⾒て取れる。

特に警察改⾰は、各⺠族(特にセルビア⼈)のきわめて重⼤な政治的権益に関わり、国

際ドナーの意思を強権的に押し付けようとしても、現地側からの政治的合意を取り付 けられなければ、持続的にその成果を維持することは難しいことが確認された。だが、

紛争後も衰える兆しをみせない激しい⺠族対⽴、そして、その負のパワーに現地政治 が翻弄され続けている状況をみれば、「現地重視」を実現すれば SSR、ひいては国家建 設が円滑に進むとも⾔い難い。

ボスニアの SSR は、2006 年頃を境に紛争解決の段階から EU への統合準備の⼀環 へと転換した。2016 年に採択された EU の新しい SSR 政策が、ローカル・オーナーシ ップの原則を明確にしていることもあり30、最近の EU による対ボスニア SSR ⽀援で は、より現地重視の傾向が強まっているが、「ローカル・オーナーシップ」という⾔葉 が、現地側が意に染まない改⾰を実⾏しない理由づけに使われていることも少なくな い31。デイトン合意に基づく事実上の国家分割は、特に RS 側にとっては既得権益化し ている側⾯との指摘がある。この観点からすると、連邦側に取り込まれることを警戒 する RS の国家統合(特に警察の⼀本化)への抵抗は、「ローカル・オーナーシップ」

という名で正当化されるべきものか、疑念が残る点である。

(4)ジョージア(グルジア)32

⼩⼭淑⼦が⼿がけたジョージアの事例の場合、旧ソ連圏であったことから、共産主 義からの「体制転換」の⽂脈で SSR が実施された。そのため、現地政府主導の SSR が まず開始され、数年経ってから NATO や EU など国際ドナーの本格的な⽀援が始まっ てた点で、紛争国を対象とした他の事例とは異なっている。⼀⽅、旧ソ連から独⽴した 経緯から、独⽴国としての実質的な基盤を整備・強化するため中央政府による治安組 織の⼀元化が急がれていた。このようにジョージアの SSR に対する国際的な⽀援が本 格化するタイミングは⽐較的遅かったにも関わらず、同国で 1992〜2008 年の間に進 められた SSR では、現地政府側は⽐較的⾃由主義的な視点を意識していた。冷戦直後 の状況下、旧ソ連体制から速やかな脱却を図ることに政治的な正当性があったためで ある。

まず、独⽴後初期にジョージアの舵取りを担ったエデュアルド・シュワルナゼ(Eduard Shevardnadze)⼤統領時代には、特に制度構築の⾯で⾃由主義的な SSR が進められ、

⽂⺠統制の制度整備や司法制度の独⽴などが図られた。さらに、シュワルナゼは、当時 のジョージアで乱⽴していた⾮正規の武装集団を解体し、治安維持機能を中央政府の 下へ⼀元化しようとした。こうした点で、シュワルナゼ主導の SSR には「第⼀世代型」

に近い点があったといえよう。シュワルナゼによる制度や組織の整備を受け、1990 年 後半以降は NATO、EU、世界銀⾏などの国際ドナーがジョージアの SSR を⽀援し始め

(10)

シエラレオネの SSR についてドナーの介⼊の度合いが強すぎること批判し、現地の⾃

主性と主導に任せるべきだと論じた28。現実の動きは、グブラの主張に沿う形で進展し たといえよう。2009 年頃から国際ドナーもチーフダム警察に対する⽀援(訓練の提供 やマニュアルの整備)を始め、現地の伝統と慣習を活かした形で治安維持が図られる ことになった。その結果、公式・⾮公式の治安組織が並存する状況が⽣まれたのであ る。この状況は「第⼀世代型」の国家による治安機関独占という想定とは異なってお り、現地にも批判的な⾒解がないわけではないが、国⺠の多勢がチーフダム警察の存 在に肯定的な⾒⽅を⽰しているという現状もある。ただし、チーフダム警察はそもそ も英国の植⺠地時代に端を発するものであり、また、その(再)活⽤に際しては最⼤ド ナーである英国の関与が⼤きかったことから、単なるローカル・オーナーシップとい うよりも、ハイブリッド化を⽰す事例としてみるべきであろう。

(3)ボスニア29

次は、中内政貴によるボスニアの事例をみる。三⺠族が⼊り乱れる凄惨な内戦が戦わ れたボスニアの SSR にも、国際ドナー(特に和平プロセスの履⾏を主導する上級代表)

のきわめて強い介⼊があった。だが、同国の SSR は遅々として進まず、特に⺠族間で 分裂した警察の統合への道筋は現在に⾄るまでほとんどみえていない。この背後には、

和平プロセスの枠組みとなった「デイトン合意」がこの国を⼆つのエンティティ(ムス リム⼈・クロアチア⼈中⼼の「連邦」、セルビア⼈の「スルプスカ共和国(RS)」)に分 断した⼀⽅、各エンティティ間で分れた治安組織(特に警察と軍)の⼀元化に向け国際 ドナーが圧⼒をかけるという構造的な⽭盾があった。

ボスニアの場合、和平プロセスの⽐較的早い段階で⺠主主義や⼈権といった⾃由主義 的な価値が表⾯的には受容されてはいたが、それ以上に各⺠族の強硬な⺠族主義的傾 向が強く、互いの⾮協調的・⾮妥協的な政治的姿勢が SSR、さらには国家建設の円滑 な進展を妨げてきた。特に治安機能の⼀元化によりみずからの政治的権益が侵⾷され る RS 側の抵抗は激しく、軍に関してはなんとか統合を成し遂げたが、各⺠族の政治権

⼒基盤と直結した警察の統合は今なお実現していない。上級代表側はこうした抵抗を

⼒でねじ伏せようとしてきたが、この強硬姿勢が却って現地側の抵抗を激化させてき たという側⾯もある。さらに、上級代表に押し付けられた決定を巧みに⾻抜きにする など現地側のしたたかな抵抗もみられ、同国の SSR には捗々しい進捗はみられていな い。

ボスニアの事例からは、SSR はすぐれて政治的な営みだということが⾒て取れる。

特に警察改⾰は、各⺠族(特にセルビア⼈)のきわめて重⼤な政治的権益に関わり、国

際ドナーの意思を強権的に押し付けようとしても、現地側からの政治的合意を取り付 けられなければ、持続的にその成果を維持することは難しいことが確認された。だが、

紛争後も衰える兆しをみせない激しい⺠族対⽴、そして、その負のパワーに現地政治 が翻弄され続けている状況をみれば、「現地重視」を実現すれば SSR、ひいては国家建 設が円滑に進むとも⾔い難い。

ボスニアの SSR は、2006 年頃を境に紛争解決の段階から EU への統合準備の⼀環 へと転換した。2016 年に採択された EU の新しい SSR 政策が、ローカル・オーナーシ ップの原則を明確にしていることもあり30、最近の EU による対ボスニア SSR ⽀援で は、より現地重視の傾向が強まっているが、「ローカル・オーナーシップ」という⾔葉 が、現地側が意に染まない改⾰を実⾏しない理由づけに使われていることも少なくな い31。デイトン合意に基づく事実上の国家分割は、特に RS 側にとっては既得権益化し ている側⾯との指摘がある。この観点からすると、連邦側に取り込まれることを警戒 する RS の国家統合(特に警察の⼀本化)への抵抗は、「ローカル・オーナーシップ」

という名で正当化されるべきものか、疑念が残る点である。

(4)ジョージア(グルジア)32

⼩⼭淑⼦が⼿がけたジョージアの事例の場合、旧ソ連圏であったことから、共産主 義からの「体制転換」の⽂脈で SSR が実施された。そのため、現地政府主導の SSR が まず開始され、数年経ってから NATO や EU など国際ドナーの本格的な⽀援が始まっ てた点で、紛争国を対象とした他の事例とは異なっている。⼀⽅、旧ソ連から独⽴した 経緯から、独⽴国としての実質的な基盤を整備・強化するため中央政府による治安組 織の⼀元化が急がれていた。このようにジョージアの SSR に対する国際的な⽀援が本 格化するタイミングは⽐較的遅かったにも関わらず、同国で 1992〜2008 年の間に進 められた SSR では、現地政府側は⽐較的⾃由主義的な視点を意識していた。冷戦直後 の状況下、旧ソ連体制から速やかな脱却を図ることに政治的な正当性があったためで ある。

まず、独⽴後初期にジョージアの舵取りを担ったエデュアルド・シュワルナゼ(Eduard Shevardnadze)⼤統領時代には、特に制度構築の⾯で⾃由主義的な SSR が進められ、

⽂⺠統制の制度整備や司法制度の独⽴などが図られた。さらに、シュワルナゼは、当時 のジョージアで乱⽴していた⾮正規の武装集団を解体し、治安維持機能を中央政府の 下へ⼀元化しようとした。こうした点で、シュワルナゼ主導の SSR には「第⼀世代型」

に近い点があったといえよう。シュワルナゼによる制度や組織の整備を受け、1990 年 後半以降は NATO、EU、世界銀⾏などの国際ドナーがジョージアの SSR を⽀援し始め

(11)

た。しかしながら、シュワルナゼの SSR は法制度の整備に留まり、実施は⽴ち遅れて いた。2004 年、シュワルナゼに取って代わったミカエル・サーカシビリ(Mikheil Saakashvili)⼤統領は、NATO や EU などからの改⾰⽀援もより積極的に受け⼊れる ようになった。

以上のように冷戦終結以降のジョージアの SSR では、現地政府主導で(不完全なが ら)⾃由主義的な改⾰が⽬指されたが、実質的な⾯では「第⼀世代型」として進展しな かった。たとえば、旧ソ連時代の名残りである準軍事的組織が政府内に存続し、⽂⺠が 戦闘⾏為に加わる慣習が残るなど、⽂⺠統制の確⽴も難しい状況であった。また、シュ ワルナゼ時代には⾒送られた「権⼒省庁(power ministries)」、̶̶政府内で特に⼤き な政治権⼒をもつ内務省と国家保安省に対する改⾰がサーカシビリ政権時代にようや く実現はしたが、2007 年に反政府デモが発⽣した際、内務省直属の準軍事組織がデモ 隊の鎮圧に⽤いられるなど、治安組織が権⼒者の政治⽬的のために恣意的に⽤いられ るという問題が依然残った。このようにジョージアの SSR では、⼩⼭が指摘する通り、

⽐較的進んだ部分とあまり進んでない部分が混在する「⾍⾷い状況」が⽣じていたが、

どの部分が進み、どの部分が取り残されたかは、その時々のジョージアの国内政治状 況を反映したものであり、SSR の⾼度の政治性を如実に表していた。

(5)アフガニスタン33

次は、⻘⽊健太によるアフガニスタンの事例を紹介しよう。2001 年の同時多発テロ を契機に⽶軍主導による対テロ戦争が始まると、同時平⾏的にアフガニスタンの国家 建設も着⼿され、SSR はその要とされた。だが、伝統的な部族社会が根強く残るアフ ガニスタンでは、「第⼀世代型」の実現は⾄難の技であった。

当初、国際ドナーは「第⼀世代型」に基づき、軍閥や旧国軍兵⼠を対象とした武装解 除・動員解除・社会再統合(Disarmament, Demobilization and Reintegration: DDR)

で暴⼒⾏使権限の中央政府への⼀元化を図るとともに、軍改⾰、警察改⾰、司法改⾰、

⿇薬対策の四分野を対象に包括的な治安組織の構築・能⼒強化を⽬指した。その結果、

DDR にはある程度の成果がみられたが、新たな治安組織の構築は進まず「⼒の真空」

が⽣じることとなった。また、アフガニスタン内の最⼤⺠族であるパシュトゥーン⼈

を主体のターリバーンが和平プロセスから排除されたことから、「第⼀世代型」が想定 する中央集権的な国家建設が円滑に進む可能性は当初から⾮常に低かった。

2005 年までにアフガニスタンにおける DDR は⼀応終了したが、その後も約 1,800 も の⾮合法武装集団が群雄割拠していたため、中央政府側は反政府武⼒勢⼒との政治的 和解と再統合を進め始めた。これには⼀定の成果もあったが、反政府側からすれば、⾃

分たちの勢⼒を削ぎ落とそうとする試みであり命を狙われる場合すらあったため、簡 単には協⼒できないという事情もあった。

このように「第⼀世代型」SSR の停滞に加え、「⼒の真空」に乗じてターリバーンが 勢⼒を盛り返し、治安環境が急激に悪化したことを受け、2010 年、最⼤ドナーである

⽶国は、「アフガン地元⺠警察(Afghan Local Police:ALP)」の制度を導⼊した。地域 の伝統的な⾃警団に中央政府のお墨付きを与え地元の治安維持にあたらせる仕組みで ある。ALP は、⼈員選考を現地の部族⻑⽼が担うという現地重視の側⾯とアフガニス タン政府・⽶軍による訓練、装備の提供という中央重視・国際介⼊の両⾯が⾒られ、ハ イブリッド性を確認できる。

2016 年の時点で、ALP は、アフガニスタンの⼤半の県で展開しており、2014 年の 国際軍事部隊(International Security Assistance Force: ISAF)撤退以降、同国の治安 維持の⼀定の役割を果たしている。しかし、⻘⽊によれば、ALP には多くの問題がみ られ、ALP が中央政府からのお墨付きを得たことで特定の⺠族集団の政治⼒が増し、

現地の状況がかえって不安定化した例や ALP ⾃⾝による深刻な⼈権侵害の例(殺⼈、

レイプ、傷害、略奪、不当なイスラム税の徴収など)などが多数報告されているという

34。また、メンバーの⾮識字率が9割以上にのぼる⼀⽅、初期訓練の期間がわずか3週 間など、要員の質の低さや中央政府・⽶国側の⽀援の不⼗分さも指摘されている。こう した状況からは、ターリバーン復活への対応ばかりに⽬が向かい、「第⼀世代型」の理 念が置き去りにされた状況がうかがえる。

また、⼀旦、DDR を進めたにも関わらず、結局、地⽅の⾮合法武装勢⼒を ALP とし て「再武装化」せざるを得なくなる⽭盾がみられた。また、現地の伝統的な武装組織の 活⽤は⼀⾒現地重視のようにみえるが、これを主導したのは治安改善を急ぐ国際ドナ ー(⽶国)側であり、ALP 導⼊を現地重視の現れとみるべきか、慎重に検討する必要 がある。

(6)イラク35

最後は、⻑⾕川晋によるイラクの事例研究である。2003 年の⽶英によるイラク攻撃 後、⽶国主導で国家建設と SSR が進められたイラクの場合、「第⼀世代型」の理念と⾮

公式・準公式治安組織に頼らざるを得ない現実のギャップがきわめて深刻であり、実 質的に内戦が続く環境で⾃由主義的かつ国家が⼀元的に管理する治安組織の構築を⽬

指すことの限界が明らかとなった。

イラクの SSR は⽶軍が主導していたが、少なくとも理念上は、「第⼀世代型」が⽬指 されていた。これは、2006 年に発出された⽶陸軍の反乱鎮圧作戦ドクトリン『野戦教

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た。しかしながら、シュワルナゼの SSR は法制度の整備に留まり、実施は⽴ち遅れて いた。2004 年、シュワルナゼに取って代わったミカエル・サーカシビリ(Mikheil Saakashvili)⼤統領は、NATO や EU などからの改⾰⽀援もより積極的に受け⼊れる ようになった。

以上のように冷戦終結以降のジョージアの SSR では、現地政府主導で(不完全なが ら)⾃由主義的な改⾰が⽬指されたが、実質的な⾯では「第⼀世代型」として進展しな かった。たとえば、旧ソ連時代の名残りである準軍事的組織が政府内に存続し、⽂⺠が 戦闘⾏為に加わる慣習が残るなど、⽂⺠統制の確⽴も難しい状況であった。また、シュ ワルナゼ時代には⾒送られた「権⼒省庁(power ministries)」、̶̶政府内で特に⼤き な政治権⼒をもつ内務省と国家保安省に対する改⾰がサーカシビリ政権時代にようや く実現はしたが、2007 年に反政府デモが発⽣した際、内務省直属の準軍事組織がデモ 隊の鎮圧に⽤いられるなど、治安組織が権⼒者の政治⽬的のために恣意的に⽤いられ るという問題が依然残った。このようにジョージアの SSR では、⼩⼭が指摘する通り、

⽐較的進んだ部分とあまり進んでない部分が混在する「⾍⾷い状況」が⽣じていたが、

どの部分が進み、どの部分が取り残されたかは、その時々のジョージアの国内政治状 況を反映したものであり、SSR の⾼度の政治性を如実に表していた。

(5)アフガニスタン33

次は、⻘⽊健太によるアフガニスタンの事例を紹介しよう。2001 年の同時多発テロ を契機に⽶軍主導による対テロ戦争が始まると、同時平⾏的にアフガニスタンの国家 建設も着⼿され、SSR はその要とされた。だが、伝統的な部族社会が根強く残るアフ ガニスタンでは、「第⼀世代型」の実現は⾄難の技であった。

当初、国際ドナーは「第⼀世代型」に基づき、軍閥や旧国軍兵⼠を対象とした武装解 除・動員解除・社会再統合(Disarmament, Demobilization and Reintegration: DDR)

で暴⼒⾏使権限の中央政府への⼀元化を図るとともに、軍改⾰、警察改⾰、司法改⾰、

⿇薬対策の四分野を対象に包括的な治安組織の構築・能⼒強化を⽬指した。その結果、

DDR にはある程度の成果がみられたが、新たな治安組織の構築は進まず「⼒の真空」

が⽣じることとなった。また、アフガニスタン内の最⼤⺠族であるパシュトゥーン⼈

を主体のターリバーンが和平プロセスから排除されたことから、「第⼀世代型」が想定 する中央集権的な国家建設が円滑に進む可能性は当初から⾮常に低かった。

2005 年までにアフガニスタンにおける DDR は⼀応終了したが、その後も約 1,800 も の⾮合法武装集団が群雄割拠していたため、中央政府側は反政府武⼒勢⼒との政治的 和解と再統合を進め始めた。これには⼀定の成果もあったが、反政府側からすれば、⾃

分たちの勢⼒を削ぎ落とそうとする試みであり命を狙われる場合すらあったため、簡 単には協⼒できないという事情もあった。

このように「第⼀世代型」SSR の停滞に加え、「⼒の真空」に乗じてターリバーンが 勢⼒を盛り返し、治安環境が急激に悪化したことを受け、2010 年、最⼤ドナーである

⽶国は、「アフガン地元⺠警察(Afghan Local Police:ALP)」の制度を導⼊した。地域 の伝統的な⾃警団に中央政府のお墨付きを与え地元の治安維持にあたらせる仕組みで ある。ALP は、⼈員選考を現地の部族⻑⽼が担うという現地重視の側⾯とアフガニス タン政府・⽶軍による訓練、装備の提供という中央重視・国際介⼊の両⾯が⾒られ、ハ イブリッド性を確認できる。

2016 年の時点で、ALP は、アフガニスタンの⼤半の県で展開しており、2014 年の 国際軍事部隊(International Security Assistance Force: ISAF)撤退以降、同国の治安 維持の⼀定の役割を果たしている。しかし、⻘⽊によれば、ALP には多くの問題がみ られ、ALP が中央政府からのお墨付きを得たことで特定の⺠族集団の政治⼒が増し、

現地の状況がかえって不安定化した例や ALP ⾃⾝による深刻な⼈権侵害の例(殺⼈、

レイプ、傷害、略奪、不当なイスラム税の徴収など)などが多数報告されているという

34。また、メンバーの⾮識字率が9割以上にのぼる⼀⽅、初期訓練の期間がわずか3週 間など、要員の質の低さや中央政府・⽶国側の⽀援の不⼗分さも指摘されている。こう した状況からは、ターリバーン復活への対応ばかりに⽬が向かい、「第⼀世代型」の理 念が置き去りにされた状況がうかがえる。

また、⼀旦、DDR を進めたにも関わらず、結局、地⽅の⾮合法武装勢⼒を ALP とし て「再武装化」せざるを得なくなる⽭盾がみられた。また、現地の伝統的な武装組織の 活⽤は⼀⾒現地重視のようにみえるが、これを主導したのは治安改善を急ぐ国際ドナ ー(⽶国)側であり、ALP 導⼊を現地重視の現れとみるべきか、慎重に検討する必要 がある。

(6)イラク35

最後は、⻑⾕川晋によるイラクの事例研究である。2003 年の⽶英によるイラク攻撃 後、⽶国主導で国家建設と SSR が進められたイラクの場合、「第⼀世代型」の理念と⾮

公式・準公式治安組織に頼らざるを得ない現実のギャップがきわめて深刻であり、実 質的に内戦が続く環境で⾃由主義的かつ国家が⼀元的に管理する治安組織の構築を⽬

指すことの限界が明らかとなった。

イラクの SSR は⽶軍が主導していたが、少なくとも理念上は、「第⼀世代型」が⽬指 されていた。これは、2006 年に発出された⽶陸軍の反乱鎮圧作戦ドクトリン『野戦教

(13)

範 3-24̶̶反乱鎮圧作戦』において、住⺠の権利を侵害することなく、「法の⽀配」に 基づいた治安部⾨の重要性が強調されていることなどから明らかである36

だが、現実には、当初予定していた正式な警察や軍の構築がことごとく不⾸尾に終 わったことを受け、その空⽩を埋めるように現地の伝統的な部族勢⼒が治安維持を実 質的に担い始めた。さらに、撤退を急ぐ⽶軍が 2006 年頃からこうした⾮公式組織に武 器・装備や資⾦を与えて早期の治安回復を図るという構図が⽣まれたものである。そ のなかで代表的なものは、スンニ派の部族連合である「覚醒評議会」であり、2007 年 頃から⽶軍より武器や資⾦の提供を受け、イラクの治安改善に成果を上げた。覚醒評 議会は、当初はイラク⻄部に拠点を置いていたが、この成果を受け、次第にイラク全⼟

にネットワークを広げた。

イラクでは、覚醒評議会以外にも、クルド⼈の地域軍やシーア派の⺠兵部隊など準 公式の武装勢⼒も地域の治安維持に⼀定の成果を挙げたほか、⺠間軍事会社も治安回 復の⼿段として並⾏的に使われた。だが、その⼀⽅、『FM3-24』に謳われた「第⼀世代 型」の理念は置き去りにされることになった。また、現地の組織を活⽤しているとはい っても、⽶軍の強い後押しで実施された取り組みであり、これをどの程度、ローカル・

オーナーシップとしてみるべきか、判断の難しいところである。他⽅、現地側も単に⽶

国に唯々諾々と従っていたわけではなく、たとえば、地元治安組織は、国際ドナー主導 の SSR を利⽤し、⾃らの利益を最⼤化しようとしていたという37。たとえば、治安回 復の功績に伴って地元治安組織の影響⼒が増し、これを梃⼦に⼀層政治⼒を増すよう な動きがみられ、「治安の政治化」が⽣じているとの指摘もある38。これは「第⼀世代 型」の理念からすると逸脱というべき現象だが、それぞれの地元組織の背後には各地 域の⼈びとの意向があることは銘記されなければならない。

第3節:事例の分析と議論

(1)「第⼆世代型」SSR にみるハイブリッド性の実相――その複雑さと多様性 上でみた6つの事例の「第⼆世代型 SSR」の実際の様⼦からは、ハイブリッド性の あり⽅はきわめて多様かつ複雑であり、図1でみたような単純な分類では括りきれな いことが明らかになった。

まず、本稿でみた事例のほとんどで、当初は国際ドナー主導で中央政府による暴⼒⾏

使権限の独占化(⾮正規治安組織の解体・縮⼩と正規治安組織の構築・強化)の試みが あったが、⻘写真通りに事は進まず、地元に以前からある伝統的な治安組織に(特に地

⽅部の)治安の肩代わりをさせるという状況がみられた(東ティモールの村警察、シエ ラレオネのチーフダム警察、アフガニスタンの ALP、イラクの覚醒評議会など)。

このうち、東ティモールの村警察の活⽤は、現地の伝統治安組織を利⽤しているだけ でなく、東ティモール政府の主導によるものであったため、ローカル・オーナーシップ の発揮度の⾼い事例のように思われる。だが、その結果、「第⼀世代型」が⽬指す理想 の⼀つである現地社会に根ざした警察のあり⽅――コミュニティ・ポリシングが実現 している。これは現地の主体性による⾃由主義価値・制度の実現(2象限)とみるべき なのか。そのように解することも決して間違っているとはいえないが、実体としては、

現地政府が現地のニーズを追求した結果、「第⼀世代型」の理念に似た制度が出現した ということであろう。したがって、村警察のケースは、2象限と4象限の間に⽣じたハ イブリッド化ということになる。この例は、国際ドナーに付属して考えられがちな⾃

由主義的な制度と現地の伝統との融合が現地の意思によって起こりうることを⽰して いる。

他⽅、アフガニスタンの ALP、イラクの覚醒評議会の事例は、さらに判断が難しい。

これらのケースでは、いずれも⼤枠の⽅針としては「第⼀世代型」が標榜されていた が、国際ドナーのイニシアチブで実現した現地の伝統治安組織に活⽤は治安の悪化に 対する応急措置的な⾊彩が強く、⾃由主義的な価値はほとんど反映されていない。こ れは、国際ドナー主導で伝統的な価値・制度導⼊が推進されたという現象(3象限)に なるのであろうか。また、これらの制度の導⼊⾃体は国際ドナー側の動きで始まった が、現地側も易々諾々として受け⼊れるだけではなく、これをテコに政治的利益の増 進を図るなど主体性を発揮している点を考えると、現地の主体性は少なくないように 思われる。

参照

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