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アメリカ大統領選挙候補者の公約とアジアへの影響 : バイデン陣営をトランプ政権と比較して

著者 松本 明日香

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization (IDE‑JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名 IDE スクエア ‑‑ 世界を見る眼

ページ 1‑7

発行年 2020‑10

出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL http://doi.org/10.20561/00051863

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アジア経済研究所『IDEスクエア』

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アメリカ大統領選挙候補者の公約とアジアへの影響――バイデン陣営をトランプ 政権と比較して

松本 明日香 2020年10月

(6,689字)

*図表は文末に掲載しています 状況は好転しない?

アメリカでは11月3日(日本時間4日)に4年に1度の大統領選挙が行われる。

今回はコロナ禍での選挙であり、郵便投票などの実施方法を含めこれまで以上に世界 の注目が集まっている。トランプ大統領が再選されれば、基本的にはこれまでの政策 が継続すると考えられ、アジア諸国は安全保障での責任分担や通商面での負担を引き 続き求められるだろう。とはいえ、政権交代が起きれば状況が大きく好転するわけで もない。民主党候補者バイデン元副大統領が当選した場合、トランプ大統領の政策と どのように異なり、また、アジアヘはどのような影響があるのだろうか。以下ではア ジアへの影響という観点から、バイデン候補の外交・安全保障政策と経済・通商政策 をトランプ大統領の政策と比較しながらみていく。

アジア外交と安全保障政策

バイデンは民主党候補者指名受諾演説において、「同盟国や友好国と連携する」と述べ、

国際協調に努める外交姿勢を示した。また、民主党の政策綱領でも「アメリカのリーダーシ ップ」という項目が設けられ、外交政策についてオバマ政権にならった多国間協調的な指 針が示されている1。大枠では自身が副大統領を務めたオバマ政権の政策を踏襲するとみら れており、アメリカ第一主義を掲げるトランプ政権からの転換が期待されている。

安全保障政策においてもバイデンは同盟国との連携を謳っている。しかしバイデン

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は、新型コロナウイルス感染症拡大への対応や国内の福祉・雇用政策を重視している ため、軍事費を抑制していくとみられている。したがってどちらが選挙に勝利しても、

日本や韓国などの同盟諸国は相応の協力や負担を求められることになる。

一方、インド太平洋戦略については両陣営に違いがみられる。トランプ政権は当初、

政権幹部にマティス元国防長官やマクマスター元大統領補佐官(国家安全保障担当)

など軍出身者が多かったこともあり、軍事力の拡大に努めた。その中で、日本、イン ド、オーストラリアとの安全保障協力を目指すインド太平洋戦略が採用され

(Department of Defense 2017)、日米豪印協議(QUAD)に東南アジアを含めた QUADプラスなどへ深化していった経緯がある(Department of Defense 2019)。最 終的に軍人系の古参幹部はトランプと方針を異にして辞任していったが、2020 年 10 月にも東京で QUAD 外相会議を実施するなど、トランプ政権がインド太平洋地域を 重視する姿勢は変わっていない。

オバマ政権は民主主義や通商を旗印にインドと「戦略的パートナーシップ」を結んだ一 方で、安全保障への取り組みは中国を刺激するとして控える傾向にあった。しかし今回、民 主党が勝利した場合でも、「インド太平洋戦略」と類似の枠組みは継続されると目される。

ただし、アメリカの対中姿勢が緩和され、軍事費も抑制されれば、アメリカ軍のコミットメ ントが低下すると考えられ、日印豪のより主体的な関与が必要となるだろう。

とはいえバイデンは対インド関係を基本的に重視している。民主党左派はインドの カシミール問題や人権問題を批判する傾向にあるが、バイデンは過去に対印経済制裁 廃止を唱えた人物であり、インドとの外交・通商関係を重視し、「インド系アメリカ人 へのアジェンダ」という声明も出している2。またハリス副大統領候補は、カリブ海系 黒人およびインド移民のミックスであり、インド系アメリカ人らに人気を博している。

米印の友好関係にとって象徴的な役割を果たすことが期待されている。

対中政策においても両陣営に違いがみられる。民主党の政策綱領では、中国による 香港の自治侵害などをめぐって、中国政府高官などへの制裁に積極的に取り組む方針 を打ち出している。中国は発言の自由への抑圧国としても名前が挙げられた。またバ イデンは香港の民主化運動に対しても支持の姿勢を示している。この点はトランプ政 権と大きな違いはみられない。しかしバイデンは、トランプ政権のように中国を「敵 対国」として直接名指しすることは避けている。また民主党綱領では、南シナ海問題 について中国の侵略に抵抗すると記されているものの、「中国問題における最重要課 題は安全保障ではない」としている。

バイデン陣営の政策ブレーンをみると、民主党政権が誕生した場合はバランスを保 った対中外交を模索すると考えられる。アジア政策については、オバマ政権で国務次 官補(東アジア・太平洋担当)を務めたカート・キャンベルがバイデン陣営でも重要 な役回りを担っている。キャンベルは、21世紀はアジアの時代としてリバランス政策

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を遂行した。現在は中国の外交的自制が失われているとみるが、「エスカレーションを 避けた安定した競争」(Campbell and Rapp-Hooper 2020)や、「協調と競争間の適切 なバランス」が必要だとしている(Campbell and Sullivan 2019)。オバマ政権で国務 副長官および大統領補佐官を務め、現在バイデン陣営の外交アドバイザーを務めるト ニー・ブリンケンは、9 月に米商工会が開催したイベントで中国問題の拡大を認めつ つも、「強硬でも弱腰でもなく」と明言を避け、完全な米中分離は困難であると述べた

(Shalal 2000)。以前のような対中関与政策は民主党内で影を潜めたものの、バイデン 政権下ではトランプ政権が推し進める対中強行路線からの転換が予想される。

一方、トランプが再選した場合は厳しい対中姿勢が続くとみられる。特にペンス副 大統領は対中批判の急先鋒であり、ペンスが2018年10月に保守的な安全保障政策研 究所であるハドソン研究所で行った演説は、中国との取引を志向するトランプ大統領 以上に厳しく、ある種の米中冷戦の宣戦布告とも評される3。ペンスは演説で、貿易赤 字をはじめ技術流出や人権問題、香港・台湾問題、そして「シャープ・パワー」とい われる米国内世論への介入問題等について中国を批判した。2019年にも同様の演説を ウィルソンセンターで行っている4

対北朝鮮政策については両陣営とも不透明な部分が多い。トランプは 2016 年の就 任当初から、自らの関心の変化に伴い対北朝鮮政策を二転三転させてきた。米朝首脳 間による非難の応酬から首脳会談実現を経て、現在は膠着状態にある。一方バイデン 陣営は、オバマ政権が同盟国と協調しながら核ミサイル開発に圧力をかけてきた政策、

いわゆる「戦略的忍耐」に回帰する可能性が高い。バイデン陣営の外交顧問であるブ リケンは、もともと対北朝鮮に関する日米間協力や日韓関係の仲介に尽力してきた。

バイデン政権の対北朝鮮政策は同盟国との緊密な連携が基本となり、トランプ政権の 政策とは大きく変化することは間違いない。

経済・通商政策

トランプの「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」とする経済政策 は、中国をはじめとしたアジア各国と貿易摩擦を繰り広げ、既存のサプライチェーン や各国経済に影響を及ぼしてきた。日本に対しても、より包括的な貿易協定の締結を 目指し、安全保障を盾にさらなる交渉を要求している。米中貿易摩擦により中国から の生産地の移転・移管先となった台湾やベトナム、またその他東南アジア諸国に対し ても、トランプ政権は貿易赤字や為替管理等を問題視しはじめた。トランプが再選し た場合、アメリカの経済的地位向上を目指した強硬路線が基本的には続くだろう。

一方バイデンは7月、「アメリカ製品の購入」「アメリカへの投資」「アメリカへの供 給」などを柱とする、「全米での製造(Made in All of America)」という経済政策を発

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表した5。これは伝統的な国内支持基盤である労働組合や、前回選挙で失った白人労働 者票再獲得を意識した米製造業の再生計画であり、トランプ政権の政策と表層的には 類似する点もある。例えば、バイデンは政府調達にアメリカ製品を優遇する「バイ・

アメリカン(Buy American)」を掲げ、政府が4年間で3000億ドルの調達費用を拠出 する方針を明らかにした。これは、トランプ大統領のMake America Great Againを意 識したものと考えられる。

しかし通商政策では両陣営間に大きな違いがみられる。8 月に採択された民主党政 策綱領では、まず国内投資を優先させる方針が打ち出され、それが実現するまで「い かなる新たな貿易協定の交渉にも入らない」と明記された6。また、国内経済復興とい う方針はトランプと同じだが、バイデンはある程度の関税を維持しながらも、トラン プが繰り広げてきたような貿易摩擦は避ける方針である。したがってトランプが課し てきた他国への制裁や関税を見直すと考えられるが、米中貿易摩擦の象徴であった対 中課税の緩和がどこまで進むかは不透明である。

エネルギー政策についても両候補者は考えを異にしている。トランプは 2017 年 6 月1日に地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの離脱を発表し、シ ェールガス開発などエネルギー自立政策をとってきた。一方バイデンは、オバマ政権 下で締結された「パリ協定」への復帰を掲げている。また左派のサンダースらが唱え てきた「グリーン・ニューディール」を経済復興の要として取り入れた7。トランプが 再生可能エネルギーに関して国内製造業を重視し、その手段のひとつとして対中関税 を重視したのに対し、バイデンは環境インフラ整備における国内製造業を補助するこ とで、再生可能エネルギーの価格安定と国内製造業復興の両立を狙っている。なかで もインフラ整備の一環である太陽光パネルの増設では、中国産パネルへの関税引き下 げが焦点となろう。

一方で、新たな対米輸出規制の可能性を指摘できる。例えば自動車産業に関して、

北米自由貿易協定(NAFTA)を改正した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を 米連邦議会が批准するにあたり、民主党下院議会は環境・労働条件に関する条項を挿 入させた(Pramuk 2019)。これは実質的にメキシコへの対米輸出規制であり、バイデ ンが当選してもこの措置が覆ることはほぼないとみられる。また、民主党は今後も通 商協定にこのような労働・環境条件を組み込む考えであり、当然、メキシコに工場を 置く日韓の自動車産業や、アジア各国との貿易協定にも影響が及ぶ。ハリス副大統領 候補も、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)に関 して、労働者の権利と環境に関する条項が不十分であり、かつ、決定過程も不透明だ とし、改善されないかぎり加入しないと述べている。

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5 おわりに

以上のようにバイデンが勝利した場合には、外交や安全保障においてオバマ政権に ならった多国間協調的な方針となり、個人的な取引感覚で政策や人事を翻すトランプ 政権に比べて予測可能性が高まることは間違いない。しかし、バイデンもハリスも民 主党穏健派であり、党内左派からの圧力やバイデンを支持する共和党穏健派との調整 が求められ、それがバイデンの足枷になる可能性がある。また国内経済復興という方 針はトランプと同じだが、バイデンはトランプが繰り広げてきたような貿易摩擦は避 ける方針である。とはいえ、バイデン政権になっても新たな対米輸出規制が導入され る可能性はあり、また、安全保障面で同盟国に相応の負担を求めていくことはトラン プ政権と変わらない。したがって、バイデン大統領が誕生しても、アジア諸国にとっ ては状況が一気に好転するわけではない。また、政策の大枠や指針は公表されている ものの、詳細な政策は明らかではなく、バイデンの大統領としての外交手腕も未知数 である。政権交代が起これば、アジア各国がさまざまな面で戦略の見直しを迫られる ことは間違いない。

写真の出典

 Gage Skidmore, Former Vice President of the United States Joe Biden speaking with supporters at a community event at Sun City MacDonald Ranch in Henderson, Nevada. (CC BY-SA 2.0).

 Donald J. Trump, Donald Trump announced the 2020 re-election campaign in Orlando, Florida, 18 June 2019, Public domain, via Wikimedia Commons.

参考文献

 Campbell Kurt, M. and Jake Sullivan. 2019. “Competition Without Catastrophe:

How America Can Both Challenge and Coexist With China,”

Foreign Affairs

, September/October.

 Campbell, Kurt, M. and Mira Rapp-Hooper. 2020. “China Is Done Biding Its Time:

The End of Beijing’s Foreign Policy Restraint?,”

Foreign Affairs

, 15 July.

 The Department of Defense. 2017.

National Security Strategy of the United States of America

.

 The Department of Defense. 2019.

Indo-Pacific Strategy Report: Preparedness, Partnerships, and Promoting a Networked Region

.

 Pramuk, Jacob. 2019. “House Democrats and the White House have a deal to move forward with USMCA trade agreement,”

CNBC

, 11 December.

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 Shalal, Andrea. 2020. “Biden adviser says unrealistic to 'fully decouple' from China,”

Reuters

, 22 September.

 松本明日香.2020.「アメリカとアジア―貿易摩擦の深刻化とインド太平洋戦略 の模索」アジア経済研究所『アジア動向年報2020』,9–23ページ。

 松本明日香.2020.「米国の通商政策転換――オバマ政権からトランプ政権へ――」

経済産業研究所・京都大学『貿易、環境、エネルギーの国際制度形成に係る調査 研究報告書』,24-54ページ。

 松本明日香・服部崇.2019.「米国のエネルギー政策転換――オバマ政権とトラン プ政権の対照比較――」 経済産業研究所・京都大学『貿易、環境、エネルギーの 国際制度形成に係る調査研究報告書』,32-56ページ。

著者プロフィール

松本明日香(まつもとあすか) 同志社大学政策学部助教。専門はアメリカ政治・外 交。博士(政治学)。分担執筆としては、『貿易、環境、エネルギーの国際制度形成に 係る調査研究報告書』(京都大学・経済産業研究所、2020年)、『米中関係と米中を巡 る国際関係』(日本国際問題研究所、2017年)、『アメリカにとって同盟とはなにか』

(久保文明編、中央公論新社、2013年)など。

1 民主党政策綱領(2020 Democratic Party Platform)。

2 JOE BIDEN’S AGENDA FOR THE INDIAN AMERICAN COMMUNITY.

3 2018年10月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説。

4 2019年10月24日、ペンス副大統領がウィルソンセンターで行った演説。

5 THE BIDEN PLAN TO ENSURE THE FUTURE IS “MADE IN ALL OF AMERICA”

BY ALL OF AMERICA’S WORKERS.

6 民主党政策綱領(2020 Democratic Party Platform)。

7 THE BIDEN PLAN FOR A CLEAN ENERGY REVOLUTION AND ENVIRONMENTAL JUSTICE.

(2020年10月23日 誤字修正)

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7

2020214日、ネバダ州のコミュニティーイベントで支援者に演説するバイデン元副大統領

2019619日、フロリダ州で再選出馬表明をするトランプ大統領

松本明日香(まつもとあすか) (CC BY-SA 2.0) “Competition Without Catastrophe: How America Can Both Challenge and Coexist With China,” . “China Is Done Biding Its Time: The End of Beijing’s Foreign Policy Restraint?, of America. Partnerships, and Promoting a Networked Region. “House Democrats and the White House have a deal to move forward with USMCA trade agreement, . “Biden adviser says unrealistic to 'fully decouple' from China,” 領(2020 Democratic Party Platform) JOE BIDEN’S AGENDA FOR THE INDIAN AMERICAN COMMUNITY. 2018年 2019年 THE BIDEN PLAN TO ENSURE THE FUTURE IS “MADE IN ALL OF AMERICA” BY ALL OF AMERICA’S WORKERS. ENVIRONMENTAL JUSTICE.

参照

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