神戸市外国語大学 学術情報リポジトリ
Psych Verbs in Spanish and Japanese: A Contrastive Study on the Semantics‑Syntax Interface
著者 下吉 あゆみ
学位名 博士(文学)
学位授与番号 24501甲第51号 学位授与年月日 2015‑09‑28
URL http://id.nii.ac.jp/1085/00002106/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
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博士論文審査の要旨 1.論文の概要
本論文は,スペイン語と日本語の心理動詞(例:odiar, asustarse, 憎ム,驚 ク)がどのような項をとるかについての仕組みを,意味論と統語論の両面から 考察した研究である。英語で執筆されており,次の5つの章から成る。
まず第1章Introduction で問題提起が行われる。スペイン語および日本語で は,同一の心理動詞が対格・与格の両方をとる場合がある(例:Los perros {la /le}
asustan a María. ソノ知ラセ{ヲ/ニ}喜ブ)。この現象は「意味役割と統語構
造は,普遍的に対応する」という見地と相容れないことから,これらの言語の 対格の文と与格の文は意味構造が異なると考え,問題の幅を拡げて,両言語の 心理動詞を対照しつつ,その特質を探ろうとするのである。
第2章Psych verbs and case alternationでは,両言語の心理動詞の分類が行 われる。スペイン語では,意味役割「経験者」が主格,対格,与格のいずれを とるかを主な分類基準とする。日本語では,経験者がヲ格,ニ格のいずれをと るかを主な分類基準とする。それぞれが表す意味の違いについても,詳しく述 べられている。
第3章Aspectual description of psych verbsでは,両言語の心理動詞の語彙 的アスペクトが論じられる。語彙的アスペクトに関しては Vendler (1967)の分 類(stative, activity, accomplishment, achievement)が知られているが,本論 文の問題の分析には不十分な点があるとして,Piñón (1997)の分類(happening, boundary happening)も利用し,以下の主張を行う。スペイン語の心理動詞の うち,① 経験者が主格,与格をとるものはstative, 対格をとるものはboundary happeningである。② 再帰動詞はstative inchoative(例:aburrirse)とpunctual
inchoative(例:enfadarse)の2種がある。日本語の心理動詞のうち,① ヲ格
をとるものは atelic durative である。② ニ格をとるものは,atelic durative
(例:悩ム),atelic punctual(例:驚ク),telic punctual(例:飽キル)の3 種がある。
第4章 (Anti-)causativization in psych verbsでは,心理動詞と使役性の関係 を論じる。スペイン語の他動詞型心理動詞から再帰動詞を派生する過程(例:
asustar > asustarse)は,語彙的反使役化であるのに対し,日本語の自動詞型 心理動詞から使役形式を作る過程(例:驚ク>驚カセル)は,統語的使役化で あり,きれいな鏡像関係にあることなどを明らかにする。
第5章 Conclusionでは,スペイン語と日本語の心理動詞では,第2~4章で 論じた格の交替,語彙的アスペクト,使役性という3つの要因が意味的・統語 的に相互影響を及ぼして,項の選択が行われると結論する。
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2.全般的評価
本論文は,次の諸点で高い評価を与えることができる。第 1 に,記述面での 学問的貢献が大きい。スペイン語と日本語の心理動詞の特性を詳細に記述し,
その共通点,相違点を意味・統語の両面から明らかにした。心理動詞がどのよ うな形式の項をとるかによって,表す意味がいかに異なるかを,多くの例文を 用いて示した。
第2に,多くの先行研究に目を通し,その成果を明快に紹介し,それを元に 議論を組み立てている。
第3に,その論の展開は主として,さまざまな統語テスト,意味テストに基 づく,客観的な手法に基づいている。
第4に,本論文の成立過程も評価されるべきであろう。本論文提出者は,本 学の承認のもと,スペインのポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の大学院にも在籍し,同大学でも博士号の取得を目指す,いわゆるダブ ル・ディグリー志望者である。本論文は,本学教員の指導だけでなく,同大学
の Louise Elizabeth McNally 教授,およびイギリスのマンチェスター大学
(University of Manchester)のAndrew Koontz-Garboden教授らの助言も生 かして執筆された。言うまでもなく,ポンベウ・ファブラ大学に提出する論文 の内容は,本論文とは異なっており,心理動詞の一般言語学的分析を扱うもの であり,本論文におけるスペイン語と日本語の対照分析と相補う関係を成す。
2本の論文を書き上げたその努力と,内容の質の高さは評価に値する。
一方,問題点としては,次の点があげられる。第1に,心理動詞のとる項の 格の交替,語彙的アスペクト,使役性という3つの問題の個別の分析に多くの 紙幅が割かれ,その相互関係についての議論がやや乏しい。執筆者は,相互関 係に大きな関心を抱き,やがては第4の要素である情報構造をもここに加えよ うという展望を持っていたのであるから,この部分を充実させれば,より有益 な提案ができたであろうと思われる。
第2に,先行研究の紹介の詳しさに比して,執筆者自身の主張に該当する部 分が幾分不足しているようである。執筆者は,他言語の心理動詞の分析に用い られた手法をスペイン語・日本語に適用するなどの作業によって,独自の貢献 を行ってはいるのだが,それが明瞭に読者に伝わるように詳しく述べ,強く訴 えるような論の運びをすべきである。
以上のとおり,本論文はスペイン語と日本語の心理動詞に関する対照研究の 分野における意義深い研究である。その主張を伝える論旨展開のうえで,なお 改良の余地があるが,内容自体の価値は,学位請求論文としての水準に十分に 達している。
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最終試験結果
最終試験は,2015年7月2日,本学三木記念会館で実施され,福嶌教隆(主 査,司会進行),Montserrat Sanz, 成田瑞穂の3名の本学教員と,高垣敏博東 京外国語大学名誉教授・神奈川大学特任教授が審査にあたった。審査は公開で 行なわれ,最初に学位申請者が論文要旨をスペイン語で説明した後に,各審査 委員が論文に対する意見,感想,質問を述べ,申請者が回答するという形式で 進められた。
審査員からは,上記の「全般的評価」の項に記したさまざまな講評をはじめ,
以下のとおり,内容に詳しく踏み込んだ忌憚のない意見が数多く開陳された。
① より詳しい説明が望ましい箇所が多い(例:2.1.3.2. DAT-NOM alternation for the Experiencer, 2.2.2. Case markings of ExpSubj verbs, 4.1.2.
Causativization: valence-increasing vs. valence-unchanging)。
② 心理動詞の分類の際に,意味的な共通性を考慮する必要はないか。たとえ ば日本語の (91b) ExpSubj-Stimulus-NI型の動詞には「負の感情を表す」もの が多いのではないか。
③ Piñón (1997) のアスペクト分類は難解なので,より丁寧な解説が望ましい。
たとえば,驚クとrecognizeのように,直感的には隔たりがありそうに思える動 詞が同一タイプに属することになるのはなぜか,などの疑問に対処してほしい。
④ 本論文では,得られた数多くのデータの中のごく一部を紹介したとのこと だが,例文をもっと記載して研究者の利便を図るという執筆方針も有り得たの ではないか。
⑤ 形式的に改善が望ましい箇所がある(例:第4章のみ,「日本語」,「スペ イン語」の順で議論をしているが,その理由を明記する。日本語の例文の動詞 の語幹の表記方法に不統一な点がある)。
⑥ 本日の論文要旨説明は非常に明快だった。これを踏まえれば「全般的評価」
に記した問題点は,十分克服できる。引き続き研究に従事されたい。
学位申請者は,これらの質問に対して誠実に回答し,主張すべきところは適 切に主張し,指摘された誤りや助言についてはこれを受け入れ,必要な修正・
加筆を約束した。これをもって,公開審査は終了した。
公開審査後,4名の審査委員は別室で協議を行なった。本論文は,上述のと おり,スペイン語と日本語の対照研究の分野において意義深い貢献をしている ことが評価された。
そして,本論文が本学大学院博士課程文化交流専攻の博士(文学)の学位を 授与するに十分な価値があることを審査員全員が認め,最終結果を「合格」と とすることに決定した。