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対 談 「 ア ラ ブ 音 楽 か ら み る 世 界 」

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(1)

対談「アラブ音楽からみる世界」春期大会シンポジウム特集

対談﹁アラブ音楽からみる世界﹂

小沼 純一・木村 伸子・高島 拓也

はじめに

司会(佐藤尚平)  本日司会をさせて頂きます文学部・文化構想学部の佐藤尚平と申します︒まず初めに︑多元文化論系主任の高屋亜希先生からご挨拶を頂きます︒

高屋亜希  皆さん︑こんにちは︒今日は天気が悪い中︑お運び頂き︑本当にありがとうございました︒

  多元文化学会というのは︑とても小さな学会でして︑設立からまだ十年に満たない本当に小さな学会です︒初めは論系所属の教員が講演をお互いにすることで︑何とか運営しているという状況だったのですけれども︑試行錯誤を重ねる中で︑論系に五つプログラムがあるのですが︑その五つのプログラムが順々に企画を出してシンポジウムであったり講演会であったりを企画するという形で整えて︑その整えたのが大体この二︑三年というようなことでございます︒

  今日︑題名が﹁アラブ音楽からみる世界﹂︒﹁アラブ音楽の世界﹂ではなくて﹁アラブ音楽からみる世界﹂というような題名を考えて下さったところに︑多元文化論系の趣旨︑地域というのが︑他の地域との関わりの中で文化を形成してきて積み上げられてきた︑そういうことを考えていこうというこの論系に相応しいような題名を考えて下さったのかなと︑自分勝手に捉えております︒今日シンポジウムの中でアラブ音楽というものが世界の他の地域の文化とどのように向き合いながら形づくられてきたのか︑あるいは世界と向き合う中でアラブ音楽が世界の中にどういう新しい視点をつけ加えてき

(2)

たのか︑どういう実践を試みてきたのかといったようなことを︑今日この場が目撃する場になるのかもしれないと思って︑非常に楽しみにしておりました︒今日は宜しくお願い致します︒

一、ハーモニー、コード進行──サマーイー、バヤティー

【演奏】

〈演目〉「サマーイー・バヤティー」

小沼純一

ちょっと違っていて︑旋法ですね︑モード︑旋法という方が近いと思うんですが︒何だろうな︑音階的なものですね︒ カームというものです︒そのマカームというのは︑ものすごくざっくり言うと音階みたいなものなんですけど︑音階とは 無ど︑けたしまれわ言っいがラ行進ドーコきっさは︑のアてブ無音がのるあにりわ代て︑くマがに行は確か楽コード進 ーマサは︑のういーとーイかマサす︒でらたっ思となかーイと形い式うとーィテヤバす︒まいて表を式形の楽音ういし バイー・とヤティー﹂りーいマサ﹁と︑うとかたげ上ういしタるをいすやりかわでのいイて表を造構の曲がルト取曲のこ   入りあにータスポの口曲が︑しの今い︒は子伸村木まりたテす︒で曲ういてっー﹂ィよぜヤバー・イーマサ﹁に︑うな そのように思っております︒じゃあ︑まずそこからいきましょうか︒ 今こあ︑す︒でんう思となかういすてっ伺らかり辺のそね︒はと︑日私すかや生に手勝がんさ村木はとあて︑い蒔を種は げられるわけです︒でも︑今聞いて頂いたものは︑いわゆるハーモニー︑コード進行とかを持っていないように聞こえま というか学校で習う音楽というのがありますが︑そこではメロディーとハーモニーとリズムというのが構成要素として挙 どんなふうに感じるか︑を尋ねるというやり方ですね︒いわゆる︑私たちが親しんでいる西洋音楽の発想︑親しんでいる ませんが︑如何でしたでしょうかという問い掛けは普通の︑言ってみれば凡庸な訊き方かもしれません︒異文化の音楽を   ︵しざ実ん︑さ皆た︒しまいごにうとがりあ奏︑演︶手際アも機かいなりまあは会るラなにき聞おを楽音ブ拍

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対談「アラブ音楽からみる世界」小沼  音の並びですよね︒

木村  そうですね︒どういうふうな音のルートを辿るかというものがマカームというんですけれども︑それがバヤティーという名前がついた︒つまり︑西洋音楽で言うところのソナタとかハ長調とかそういう感じですね︒サマーイー形式という形式で︑バヤティーという旋法を使っている音楽ということです︒

  サマーイー形式というのは︑音楽の形式ですけれども︑サマーイー・サキールというリズムが中心的に使われる音楽です︒なので︑アラブ音楽というのは︑いわゆるコード進行ですとか和音とかそういうものはなくて︑かわりに存在するものが││かわりにというか︑二つだけ絶対的に存在するものがあって︑それがリズムとその形式︑及び旋法とそのバリエーションですね︒リズムと旋法でできている音楽です︒

小沼  そうですね︒リズム︑非常にはっきりとしたリズムがあって︑低い音があって高い音が︒二つあります︒

高島拓也  はい︒小沼  低い音は時々鳴るわけですね︒

高島  そうですね︒この楽器を見て頂くとすごく特徴的なんですけど︑今ご説明があった通り︑太鼓って普通ドラムセットとかをイメージしてもらえるとわかると思うんですけど︑全ての音階によって違いますよね︒低い音を出すものが大きかったり︑高い音を出すものは小さかったりして︑別々に叩くんですけども︑ダルブッカという楽器は一台で低い音も高い音も出すのがすごく特徴的です︒一台でベースを出したり高い音を出したりする︒これは両方を兼ね備えているので︑リズムをしっかり刻むときもあれば︑メロディーのほうに寄り添うようなパートも出てきます︒そこら辺がベースにあるリズム隊としての楽器以上の︑もっとこっちのメロディーに寄り添った形の役割をする打楽器というのがメインにあるのがアラブ音楽のすごく特徴的な部分かなと思います︒

ダルブッカ(高島先生)

(4)

一〇 小沼  楽器の形態が面白いですよね︒ちょっと見て頂くと分かるんですけど︑何に似ているでしょう?  これ︑ワイングラスに似ていますよね︒いや︑酒飲みだからってわけではないんですけど︵笑︶︒本当に︑昔はこの格好で飲んでいたと言われますね︒木で作ったりとかで︒ペルシャだとトンバックというんですが︑それがダルブッカになったり︒さらにアフリカのサハラ以南に行くと︑ジェンベというのになるんです︒だから︑同じ形態をしてますけど︑元々ペルシャからだんだん移っていく︑それがアフリカンアメリカンとか︑そういう人たちがアメリカ大陸に行くようになって︑キューバとかそちらに行くとコンガとか︑そういう楽器になっていくんですよね︒そういうお友達というか親戚のようなものが色々ある楽器です︒場所ごとに翻訳されていく︑とでも言ったら良いでしょうか︒

  もとに戻りますと︑この二つで演奏するわけですけど︑そう︑リズムですね︒リズム︑ノリはいいですよね︒じゃあ︑何拍子って言われると意外に分かりません︒最初は大体三拍子に聞こえると思うんですけど︑ちょっと叩いて頂けますか︒高島  はい︒今の曲のリズムを叩いてみます︒

【ダルブッカの実演】

小沼  ありがとうございます︒お分かりになりましたでしょうか︒まあ︑まず分からないですよね︑慣れないとね︒高島  不思議に聞こえるかもしれません︒

小沼  ご回答は?高島  10です︒

小沼  これ︑

10と言っても︑1︑2︑3︑4︑5︑6︑7︑8︑9︑

10じゃなくて︑

10を分割しているんですよね︒

高島  そうですね︒【ダルブッカの実演】

高島  イチ・ニイ・サン︑イチ・ニイ︑イチ・ニイ︑イチ・ニイ・サン︒

木村  もし五線譜で書くんだったら︑多分こうかな︒こうやって⁝⁝︒多分︑西洋音楽の書き方で書くとこうなると思

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対談「アラブ音楽からみる世界」一一 うんです︒これさきほども言いましたように︑サマーイー・サキールって呼ばれているリズムで︑アラビア語なんで日本語に直すと﹁重いリズム﹂みたいな訳になるんですけれども︑この重いリズム︑サマーイー・サキールっていうリズムを強いて書くならこうなります︒多分頭の中でこういうものをイメージして叩いているうちは全然音楽にならないんですよね︑実は︒小沼  そうかもしれませんね︒木村  多分︑高島君の頭の中は絶対こうなっていない︑と︒だって︑こんなもの︑ノれないじゃないですか︒でもね︑アラブの人はこのサマーイー・サキールというリズムを聞いた途端にほぼ踊り出しますよね︒小沼  まあ︑皆さん﹁わかる﹂︑感じられるんですね︒

木村  みんなそうです︒これ︑リズムを聞いたら一番踊りたくなる︒体が思わず動いてしまう︒でも︑正直︑私が初めてエジプトに行ってこのリズムを聞いたときは︑とても踊れる気がしなかった︒

二、サマーイー・サキール─ ─長い拍と短い拍─

小沼  ええと︑今ここに小さな本があります︒この前ちょっと打ち合わせをしたときに︑この原本を持っていったんです︒﹃アラブ音楽﹄という翻訳が白水社のクセジュ文庫で出たばかりです︵シモン・ジャルジー著︑水野信夫監修︑西尾哲夫・岡本尚子訳﹃アラブ音楽﹄︵文庫クセジュ︶白水社︑二〇一九年︶︒この中に楽譜があるんですよ︒まさにこういうリズム譜なんですけど︑これを見せたら︑木村さん︑﹁ああ︑昔やったよね﹂みたいな感じで言われた︒どうしてかというと︑五線譜なんかで認識してないんだっていうふうに言ったわけです︒え︑じゃあどういうふうに⁝⁝?  私も実践家ではないので︑アラブ音楽はある程度親しんでいますけど︑聞いているのとそれのアナリーゼとは分離してしまっていた

「サマーイー・サキール」①

(作成:木村伸子) 

(6)

一二 りするんです︒でも︑やっぱり木村さんたちのような実践者︑演奏家だと︑それがあくまで身体化しているわけですね︒じゃあ︑こういうリズムというのはどういうふうにとっているのかな⁝⁝︒木村  ここに休符があります︒八分音符と休符の組み合わせ︒これ︑強いて書くなら八分の十みたいな感じで︒鳴っているところと伸ばしているところを休符で表す︒これだったらそうですよね︒私も五歳からヴァイオリンを始めて︑大学時代はずっとオーケストラにいましたし︑こういう世界で物を捉えていたんですけど︑エジプトに行って││エジプトに行ったのが十年前なんですけど││そこで音楽の師匠を見つけてサマーイーという曲を弾き出したときに︑私の音楽の師匠はもちろん楽譜とか全く読めない︑すごい大作曲家なんですけど︑楽譜読めない︑書けないっていう人なので︑全く違う譜面の無い世界で音楽をやっている︒その人に習ったときに︑この休符という概念がまず無い 00ということに気がついたんです︒

  アラブ音楽には休符が無い︒あるのは二つだけです︒それは長い拍と短い拍です︒長い拍というのは︑短い拍の二倍の長さ︒それだけです︒全てがその組み合わせ︒休符と言えるようなものも無くはないけど︑それは休符って言うんじゃなくて︑ただ口を閉じて黙っているという感じで本当は鳴っている︑そういう感覚でしたね︒だから︑これも強いて言うんだったら︑このように休符という形を取ってしまうんだけど︑長い拍と短い拍で捉えている人は︑このサマーイー・サキールというリズムをどう捉えているかというと︑こんなふうに⁝⁝︒長い拍をこんな感じで︑短い拍をこんな感じで表すと⁝⁝︒小沼  これ︑ヨーロッパ言語でもそうですけど︑詩の短い長い︑詩っていうか言語シラブルの長短ですね︒

木村  見えますかね︑こんな感じ︒短いものの後に長いものが来ると︒また短いものの後に長いものが来て︑短いものが二つ来た後に長いものが来る︒必ず長いもので締める︒そのパーツが三つ︒

  私のヴァイオリンの師匠は譜面が一切読めない︑書けないって言いましたけど︑それは︑今だとエジプトでもそれは教養の無い音楽家って言われちゃうんです︒やっぱり最近のミュージシャンは音大︵音楽大学︶を出ている人が⁝⁝︒

高島  音大出ている人︑多いですね︒

(7)

対談「アラブ音楽からみる世界」一三 木村  多いから︑音大出ている︑譜面が読める︑書ける︑ドイツに留学したことがある︑オレ偉いみたいな感じなんですけど︵笑︶︑そういう人にうまい人って全然いないんですよね︒高島  そうですね︒

木村  って言ったら︑あ︑怒られるけど︑高島君の師匠もね︑最近英語しゃべるようになったかな︒

高島  僕の師匠も最近少しフェイスブックの使い方覚えましたね︒まったく譜面は読めないですけど︒木村  でも︑そういう人が本当に素晴らしいアラブ音楽の演奏をするんです︒そういう人たちは音楽をアラビア語で捉えている︒説明するときはアラビア語で説明するとかそういうことだけではなくて︑感覚的にもアラビア語のリズムとして捉えているんですね︒

  アラビア語とアラブ音楽の共通性については︑あとでもう少し掘り下げたいと思いますが︑一旦ざっくり説明すると︑これ︑アラビア語もやっぱり短い拍と長い拍だけでできているんです︒先ほどのサマーイーのリズムの中で︑仮に短い拍をタ︑長い拍をタンって考えると︑タタン︑タタン︑タタタン︑タタン︑タタン︑タタタンというリズムになります︒

  アラビア語のルールなんですけど︑アクセントは必ず長い拍の上に来ます︒長い拍の上にしかアクセントは来ないというか︑アクセントと言っても英語のアクセントとはまた違うんですけど︒英語のような弱拍・強拍ではなくて︑長いこと自体が既にアクセントであるというような︑そういう感覚だと思うんです︒このタタン︑タタン︑タタタン︑タタン︑タタン︑タタタンと︒つまり︑このタは仮に頭に書いていますけど︑高島君のさっきの太鼓を聞いてもお分かりのようにずっとループしますから︑頭がどこかということはそこまで重要ではない︒

  始まりというのはありますけど︑これがループするものだと考えて頂くと︑一番頭のタ︑これはアクセントではない︒二番目のタンがアクセントになるわけですね︑タ﹁タン﹂︑タ﹁タン﹂︑タタ﹁タン﹂と︒この短い拍は叩いても良いし︑黙っていても良い︒黙っていても良いというの

「サマーイー・サキール」②

(作成:木村伸子) 

(8)

一四

は休符ということではないんです︒休符って絶対に黙るじゃないですか︒叩いても叩かなくても良いっていう感じなんですけど︒高島君がこれを叩いてくれるとどうなるかというと⁝⁝︒【ダルブッカ実演】

木村  タ﹁タン﹂︑タ﹁タン﹂︑タタ﹁タン﹂︒こういうふうになるわけです︒これだと︑1︑2︑3︑4︑5︑6︑7︑8︑9︑

な長いリズムがあるじゃないですか︒ に初めて気がついたリズムがこのサマーイー・サキールっていうリズムなんですよね︒で︑アラブ音楽には他にもいろん このサマーイーで歩いて帰れるぐらいにこのリズムにノれたんですね︒なので︑あ︑これは言語だったんだっていうこと 外いたときに︑ちょうどいにがたんですね︒そのとき︑つ気なに確かに踊り出したくるるというか︑私︑初めてこれと︑ 10って数えたときじゃなくて︑タタン︑タタン︑タタタンというふうに︑言葉のように聞こえてくると︒そうす 高島  そうですね︒木村  何拍子とかありますかね︒

高島

14とか︒

20幾つとかね︒

木村

20幾つとか

ほど見せて頂いた本はそれを何とか譜面に書こうとしたんですよね︒ で︑短い言葉の集合なのか長い言葉の集合なのかぐらいの違いなんですよね︒そういうリズムだなという感じがする︒先 いまとまのムズリなみたが葉言なうよのンタりくいはんな体合集のられそムタズリい長て︑っあかつタかンタタのこと 40ムをれそて︑っあがなズリ2︑んろいかとつ1︑幾3︑ノも︑どれけいなれに4対絶らたいてえで数 小沼  そうですね︒先生たちが楽譜が読めないとかそういうことって︑もちろん楽譜︑五線譜ってあくまでヨーロッパのシステムであって︑それ以外のものには実は合わない︒だけど︑無理矢理グローバリゼーション︑世界化の中でそういうことが起こってくる︒アラブ音楽の場合︑もちろんそういうふうに今は西欧音楽を学ぶ人もいて︑という話になっていましたけど︑実はそれは日本の伝統音楽の場合もそうで︑やっぱり琵琶とかああいう楽器をやる人たちは︑楽譜なんか読めないしっていうことはずっとあったわけです︒それが最近は音楽学校とか行っちゃったりするから︑それが良いのか悪い

(9)

対談「アラブ音楽からみる世界」一五 のかっという問題はある︒  韓国とかでも同じです︒中国の場合はよく知らないんですけど︑韓国の場合は国楽院っていう所とかに行って︑これまでは全然文化とさえ思われていなかったようなものが学校で学べるようになったりする︒そういうふうに変わってしまうわけですね︒でも︑それでもって失われてしまうものっていっぱいあるんです︒それこそ︑西洋音楽の拍の取り方に慣れちゃうと︑琵琶とか三味線のバーンって音を鳴らしてしばらく何もないっていう﹁間﹂の感覚が鈍かったりする︒呼吸で数を数えていくっていう︑そういうような感覚がなくなっちゃう︒多分それに似たようなことが︑もしかしたら世界中で起きちゃうかもしれないというふうに懸念したりするんですけど︒

三、アラブ音楽における微分音

小沼  リズムのことは今教えて頂きました︒もう一つ︑同じ曲に別のアプローチをしてみましょうか︒今さっきのメロディー︑ちょっと頭だけ弾いて頂けますか︒

【ヴァイオリンの実演(マカーム・バヤティーの旋律)】小沼  これ︑どうでしょうか︒

木村  気持ちが悪いと感じられる方もいらっしゃるかもしれないんじゃないかと思うんですけど︑これがマカーム・バヤティーという旋法を使ったメロディーなんです︒

小沼  さっき仰っていたマカームですね︒今気持ち悪いって仰っていましたが︑それはどうしてだと思いますかって︑私が訊くのもヘンですけど︵笑︶︒木村  私が初めてエジプトに行ったときは︑もちろんクラシック音楽しかほぼ知らなかったので︑エジプト音楽がヴァイオリンを使うということも知らなかったんですけど︑現地で音楽を聴いた時に︑アラブ音楽ではヴァイオリンがかなり使われるという

微分音①

(作成:木村伸子) 

(10)

一六

ことを知って︒ただ︑その演奏が︑当時の私はアラブ音楽について何も知らなかったので彼らの演奏は音がはずれているんじゃないかというふうに︒どこがはずれているかというと︑主にミの音がはずれているっていうふうに思いました︒ミの音というのは︑要するにドから音階を始めた場合の下から三番目の音です︒この音です︒

【ヴァイオリンの実演】この音︒普通︑長調だったら⁝⁝︒【ヴァイオリンの実演】短調の場合は⁝⁝︒【ヴァイオリンの実演】この長調とも短調とも違う微分音という音程に出会ったんです︒この音ですね⁝⁝︒

【ヴァイオリンの実演】これを聞いたことがなかったので︑彼らの音がはずれていると思ったんです︒

小沼  いわゆる微分音です︒どのようにはずれているんですか︒

木村  これがどう狂っているかというと︑この微分音っていう言い方が元々はアラビア語には無い言い方なんです︒

小沼  それは西洋音楽の発想ですよね︒木村  そうなんです︒別に全然微分してないんですけど︑西洋音楽からすると何を微分しているかというと︑ミとミのフラットの間にある音だという︑そういう考え方です︒

小沼  半音高い記号が♯︑半音低いのが♭︒今はこういう書き方があるんですけど︑普通のフラットにちょっとチェーンを入れているような︵参照微分音①の図における四分音符の横の記号︑および微分音②の図︶︒これがここからいうとミ︑こうやって音がちょっとずつ下がっている感じですね︒

微分音②

(作成:小沼純一) 

(11)

対談「アラブ音楽からみる世界」一七 木村  この音は︑外国人︑非アラブ人にとっては聞き慣れない音なので︑これをアラブらしいと考えたり︑微分という言い方からも分かるように︑音を細かく︑ミとミのフラットの間を細かく分けて出した音だとか︑ミとミのフラットの真ん中にある音だとか︑いや︑ちょっと上だとか下だとか︑何でこんな音があるんだっていう議論の的になったりだとか︑いろんな話があって︑私も最初はなかなか聞き慣れない音だったんですけど︑あるときヴァイオリンのレッスンを私の師匠に受けていたときに︑この音って一体どうなっているんだと聞いたら︑この音は全然おかしい音ではないと︒このマカームの中でちゃんと響き合う音だと師匠が言って︑ちょっと聞かせてくれたものがあるんです︒それがこういうものでした︒【ヴァイオリンの実演】こういう音があったときに⁝⁝︒

【二つの音を同時に弾く】ドとこのミの微分と言われている音ですね︒不思議だけどちゃんとハモる音だと思いませんか︒このミの微分と言われている音とソの音︒ソともちゃんとハモっているというのか︑いわゆる長調のハモリは⁝⁝︒【ヴァイオリンの実演】これが長三度のハモリというものですけど︑これは皆さんにも聞き覚えがある響きだと思います︒一方︑短調の響きは⁝⁝︒

【ヴァイオリンの実演】これも私たちにとって聞き覚えがある︒他方︑さっきのミの微分の音は聞き馴染みがない︒だけど⁝⁝︒

【ヴァイオリンの実演】これだってちゃんと美しくハモっているじゃないですか︒だから︑全然おかしい音じゃな

アラブ音楽における微分音(1)

(作成:木村伸子) 

(12)

一八

いんだっていうふうに先生に説明してもらいました︒

【ヴァイオリンの実演】これは︑ヴァイオリンという弦楽器にとってとても自然な音だ︑自然発生的に出たもので︑ハモるから使っているという音であって︑何かを細かく分けた音なんじゃないんだなということを︑そのときに感じましたね︒

小沼  いわゆる微分音という言葉を私たちは使ってしまうんですけど︑世界中にこういういわゆるドの音があって次のドの音まで一オクターヴって言いますよね︒それは︑一応

きりとそういうのが分かるっていうことがありますね︒ そんなとき︑ピッチをずらしていたりする︒意外に気がつかなかったりするんですけど︒アラブ音楽の場合︑かなりはっ しんです︑歌を歌ったりとかいているときにちゃんとハモる︒るてせれきにはこの五線に合わられないような音って使わ あるわけです︒だけど︑西洋的に考えるとちょっとということもあるし︑あるいは西洋音楽の場合も実際に弾いていると ても違うわけです︒だから︑日本の伝統的な音楽にもこういう微分音というか︑半音よりちょっと違う音程っていっぱい るわけです︒その中で何が響きの良い音であるかというのは︑実はそれぞれの楽器とか弾き方によって違う︒文化によっ 12とか8に分けるわけですけど︑でも実はその間に無限に音があ 木村  そうですね︒やっぱりそれは弦楽器をメインに使っている音楽だからです︒西洋音楽にはミの微分と言われる音は無いわけですが︑言うならば︑意図的にこの音を切り捨てた音楽ですよね︒今の西洋音楽の平均律というのは︑成立したのはここ二百年ぐらいのことなので結構新しい音のシステムで︑こういうハモるけれども鍵盤楽器に落とし込みにくいという音を省いて成立した音なんですね︒ヴァイオリンは弦楽器で︑アラブ音楽はこのヴァイオリンだけじゃなくてウードっていうギターのもとになったような弦楽器も使うわけですけれども︑いずれもフレットがないんです︒フレットというのは︑ギターを弾く人にはお分かりだと思うんですけど︑この横線ですよね︑押さえて音を出しやすくするブリッジなんですけども︑それがヴァイオリンも他のアラブの弦楽器もありませんから︑響く音をいつでも適宜作れると︒なので︑どんな倍音列にある音でも自由に作れるということで︑使える音のバリエーションが多いという︑それだけの話なんですよね︒

(13)

対談「アラブ音楽からみる世界」一九 小沼  西洋音楽の場合は︑今さっき仰ったように鍵盤というところに落とし込むという︑つまりデジタルって﹁指﹂という意味ですけど︑指で一つ一つの音を確定していっちゃうという発想があるわけです︒中世なんかに起こることですけど︑グラフを作っていくのと同じ発想なわけです︒ある本のタイトルを使うと︑数量化革命というふうな言い方をしますけど︑もともとはアラブ文化の方が勝っていたのに西洋文化の方が先に行ってしまったのは︑そういう数量化にあるんだという説もあるわけです︒鍵盤に落とし込むというのは︑つまり音を決めちゃうということであり︑さらにそれは鍵盤︑ピアノとかね︑チェンバロとかオルガンとかの鍵盤だけじゃなくて︑それはタイプライターであったりとか︑今私たちはパソコン使いますよね︑パソコンのキーボードであるとかっていうものにも実は繋がっている︒それは例えば︑アラブには文字を書くときにも﹁書=カリグラフィー﹂があって︑デジタルにならないような書き方をする︒日本語もそうですよね︑﹁書=カリグラフィー﹂がある︒そういうアナログとデジタルというようなことで考えても︑ちょっと面白いコントラストになっているわけですよね︒

四、音を作り出す──リズムと旋律

木村  何だろうな︑弦で音を出すというのは︑とにかく弦を分割して音を出しているわけです︒こんなふうに︑この弦の長さが

33センチなんですけど︑この

さの弦を半分に割ると⁝⁝︒ 33センチの長

【ヴァイオリンの弦の中央=上駒から二分の一のところに指を

当てて弾く】これがちょうど半分の位置︒半分の長さにすると︑振動って質量とか張力とか︑あと材質ですかね︑それによって決まるんですけども︑材質と張力が同じで長さだけ半分になると振動数が二倍になる︒そうすると︑振動数二倍というのは︑私たち人間の

弦の分割

(作成:木村伸子) 

(14)

二〇

耳にはオクターヴ上の音︵ド↓オクターヴ上のド︶と感じるんですよね︒そういった仕組みをいろいろ使って︑例えば⁝⁝︒【次に、元の上駒から三分の一のところに指を当てて弾く】これ︑三分の一にしたもの︒それが例えばドレミファソという︑この五度の音︵ド↓ソ︶と言われるものだし⁝⁝︒

【次に、元の上駒から四分の一のところに指を当てて弾く】これ︑四分の一のところを押さえています︒ドレミファという四度の音︵ド↓ファ︶というふうに考えるんです︒この弦を四分の一に分ける︑もっと言えば三分の一とか二分の一に分けるというように︑よりシンプルな分数で弦を分けた方が︑人間の耳には美しく聞こえるんです︒その点では︑さっきお話ししたミの微分音というのは比較的シンプルな音で︑弦を十二分の一にするとちょうどこの微分の音︵ド↓微分のミ︶が得られるんです︒だから︑この微分の音はとても基本的な音です︒むしろさっきの西洋音楽の半音だと弦を十六分の一にするので︑そっちの方がよりややこしい倍音だと言えるんです︒それにも関わらず十二分の一の音が西洋音楽で使われないのは︑それを鍵盤にして音を確定させようと思うと鍵盤が多くなり過ぎちゃって面倒くさいからなんですよね︒

小沼  こんなような音を決めると︑私たちはもう︑何ていうかな︑キーボードとかいうのに慣れてしまっているから︑それでもうドレミファソラシドって慣れてしまっているから︑音って決まっていると思っているんですけど︑実はやっぱり演奏家っていうのは一つ一つ音を作って 000いくんですよね︒その自分の身体と楽器との間のコミュニケーションが実は音になっている︒そこが別にヴァイオリンに限らず︑尺八でもそうだしというふうに思います︒

木村  太鼓もまさにそうですよね︒さっき高島君が音の高低︑高い音と低い音について話して下さったんですけれども︑太鼓も︑高い音と低い音っていうのが勝手に鳴るわけじゃなくて︑演奏者が常に音の高低を作らないと鳴らないんですよね︒高い低いだけじゃなくて色んな音色があるのを全部手のひらでその都度作っているんですよね︒

高島  そうですね︒やっぱりこの中でどれだけの音色だったりというのをできるかというのは︑すごくこのダルブッカの特徴的な部分ではあるので︑ただ高い音︑低い音というのではなく︑しっかりメロディーとすごくユニゾンというか︑一

(15)

対談「アラブ音楽からみる世界」二一 体化して進んでいくのがすごく特徴的なので︑それを指で作っていくのはすごくありますね︒小沼  ダルブッカは表面積と︑叩く場所︑指先のはら 00によって音色が変わってくるし︑ピッチが変わってきますね︒高島  変わってきます︑はい︒

小沼  倍音がね││倍音というのは︑一つの音を叩くと別の音がしてるわけです︑同時に︒それをここの面が大きいとやっぱり端っこまで叩いて端っこまで音が来る││音っていうか振動が来るまでに時間が掛かる︒高島  そうですね︒

【ダルブッカの実演】小沼  そういうことをすごく長い時間を掛けて音楽家たちは作っているわけです︒この二つの楽器とか︑いわゆる西洋音楽じゃないアラブ音楽なんかの場合には楽譜なんかも無くて︑だけどそういうある拍︑リズムでもってその上にメロディーが乗っかってというような音楽を作っていく︒木村  なので︑色んな倍音を使うって言いましたけど︑弦の中で弦を分割して色んな音程を作って︒それをリズムに乗せて演奏をすると︒太鼓も手のひら︑指をいっぱい使って色んな音程︑音色を出して︑それをリズムの上にかぶせていくという意味では︑ヴァイオリンも太鼓もかなり対等な役回りなんですよね︒どっちかだけがリズム担当︑どっちかだけはメロディー担当ということはこのアラブ音楽の場合あり得ないんです︒ヴァイオリンもメロディー楽器と言われてしまうことが多いんですけど︑メロディーだけを奏でるということは絶対にない︒例えば今はこういうリズム︑例えば今はサマーイー・サキールっていうリズムですとか︑今ダーリッジュっていうリズムです︑今はマクスームっていうリズムです︑そのリズムの名前も色々パターンがあるんですけれども︑常にヴァイオリン奏者というのは右手でリズムを出している︒リズムを常に出しつつ左手でマカーム︑旋律︑旋法を出していると︒太鼓もきっとそうですね︒高島  そうですね︒

木村  色んな音色を奏でながらそれをリズムの上に乗せていく︒必ず両方が一体になって︑決して分離することができないんです︒ここに書いて頂いた旋法︑マカームとリズムというのが完全に一体化して︑一瞬たりともばらばらにすること

(16)

二二

ができない︒各楽器︑ヴァイオリンなりウードなり色んな太鼓なり笛なりが︑常にマカームとリズム︑旋法とリズムを一体︑それぞれが一つの宇宙みたいな感じですかね︑完結させながら奏でて︑それを同じ場所でシンクロさせていくというのがアラブ音楽だなと思っているので︑何かを担当という感じではないですよね︒

高島  そうですね︒それこそ今言ったように︑私たち演奏会の仕事とかをするときに︑音響さんの方が︑西洋音楽とかそれこそロックバンドとかいつもやっている方だったりすると︑必ず音響でされるのが︑これ︵ダルブッカ︶が後ろのほうに引っ込んでいるリズム隊という形でのセッティングで︑そうすると︑その上にメロディーがすごく際立ってしまうので︑必ずいつも言うのが一対一のバランスにして下さいっていうことなんですね︒その意味ですごく珍しい音楽かなという気がしますね︒

五、アラブ音楽の文法化──アラビア語とアラブ音楽──

木村  この間小沼先生とお話ししたときにも話題になったんですけど︑これがアラビア語にすごく似ているっていう︒アラビア語︑この中で勉強された方もいれば︑まだアラビア語については特に何も知らないという方もいらっしゃると思うんですけど︑アラビア語の特徴を一つ言うとすれば︑子音がめちゃくちゃ多いっていうことです︒子音が二十八種類ですよね︒ここに小沼先生が持ってきて下さったアラビア文字があるんですけど︑アラビア文字って結局子音しかないんです︒子音だけがあって︑母音は基本的に書かない︒母音って︑何だろう︑ふりがなみたいなものなので︑母音を振ってあることもあるけど︑それは日本語の漢字に全部ふりがなが振ってあるみたいな感じなので︑ちょっと全部それで読むのは恥ずかしいというような感じもあります︒普通はふりがなを振ってない子音だけの文章を読むわけです︒子音しかないって何か不思議な感じがしますけど︑子音の掛かり方でその後にどんな母音が付くかというのは文脈から見て分かる︒漢字にも色んな読み方があるけど︑文脈からその読み方が分かると思いますが︑それと同じなんですよね︒子音が幾つか書かれていて︒子音が二十八種類あるわりには母音が三つ︵a︑i︑u︶しかないっていう︒日本語と全然比重が違う︑フラ

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対談「アラブ音楽からみる世界」二三 ンス語とかだと逆に母音がものすごくいっぱいあるとか︒  このさまざまな︑二十八種類もの子音があるというところが︑口腔内の舌︑空気の口腔内での打撃によって子音って作られるじゃないですか︒音色に色んなパターンがあるっていうことです︒それは何か私にとってはヴァイオリンの弦を色んなふうに分割して色んな音程が作れるだとか︑太鼓の打面を叩いて色んな音色が作れるということにすごく似ているなというふうに感じます︒なので︑この子音の豊かさというのは音程の豊かさだったり︑太鼓の音色の豊かさだったりという感じがするんです︒  ただ︑口腔内の打撃︑振動っていうのは一瞬のものですよね︒tとかsとか︒音程で言うなら︑ミの微分だとか太鼓のカッっていう音だとか︒その一瞬の打撃の後に来るのは︑口腔が静止︑あるいは楽器で言うなら演奏者の手が同じ状態のまま静止し続ける時間です︒同じ状態が持続する時間が︑実は︑アラビア語で言うなら母音に当たると思うんです︒  アラビア語の母音には︑長音と短音の二通りがあります︒一方︑アラブのリズムも︑長拍と短拍の組み合わせで作られています︒だから私にはアラブ音楽のリズムがアラビア語そのものに聞こえるんです︒  色んなリズムパターンっていうのは︑色んなアラビア語の動詞の活用のようにどんどん変化していくわけですけども︑それがそっくりそのままアラビア語ではないんだけども︑根っこの構造は同じものだというふうに感じます︒小沼  確かにそうですね︒今お話しになったように︑左手と右手とかというそのリズムの違いっていうかな︒それも実は身体に関わってくることですね︒それでダルブッカの叩き方も︑右手の指なのか︑あるいは手のひらなのかというような︒そういう︑何ていうかな︑人の身体ってやっぱり骨があってその上に筋肉があって皮があって︑そういう実は多層的なものです︒右手と左手が別々

アラビア文字のアルファベット(アラビア文字と転写)

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二四

に動いたり︑さらに指が動いたり︑非常に複層的なというかな││が楽器を生み出す︒そういうのって実はアラブ音楽に限らず世界的な音楽であるんだけど︑何となく私たちはリズムというと西洋︑特に最近のビートとかって考えると︑拍がこうあって︑それをせいぜい四つぐらいに切っていくだけっていうふうに︑わりかしシンプルに捉えてしまいがちです︒でもそうじゃなくて︑やっぱりもうちょっとリズムというふうに考えたときには︑人の身体があって︑右左があってとかいうふうに︑もっと具体的・フィジカルなものです︒それがどういうふうになっていくかということを考えると︑もうちょっと色んな考え方︑捉え方ができるのかなというのはありますね︒

木村  ですから︑私にとっては左手で音程を出している︑これが一瞬の打撃︑舌が口の中を打つ一瞬の打撃を表していて︑右手が時間を表しているというふうに感じながら弾いています︒

小沼  なかなかそういうところまで考えている人はいないかもしれないけどね︒

木村  強いて言うならそうだという感じでしょうか︒そういうふうに考えなければ弾けないわけではもちろんなくて︑弾いている感覚とアラビア語を話している人を見て︑もしくは自分が話すというときの感覚が非常に似ているなというふうには感じます︒

小沼  そうですね︑本当に︒ちなみに︑今日ここでお話をするというので︑ちょっと音楽から話をそらすと︑先ほど見て頂いたアラビア語のアルファベットが出ているこの本︑今プロジェクターで出ているこれ︑ご覧頂けますか︒これ︑実はフランスで買ってきた教科書というか︑副読本みたいなもの︵Lamblin, Christian and Pascale Brière, Jouer à écrire en arabe: Graphisme, concentration, réflexionComme une récréation ︶, Retz,1999 ︶なんです︒子供用のアラビア語の文字を学ぶための教本です︒絵が色々書いてあって︑その文字をどういうふうに書いていくかというものです︒しかも7歳から︒それもアラビア語ネイティヴの人たちが学ぶためのものというだけではなく︑西洋人︑フランス人も学ぶ︑そういうものなんです︒要するに︑これはパリで買ったわけですけど︑フランスなんかは非常にアラビア語ネイティヴの人たちというのが多い︒私たちにとってアラビア語ってすごく遠い感じだけど︑アラブの料理︑チュニジア料理であったりエジプト料理であったり︑そういうものがごく普通にある︒そういう料理を食べる人たちがすぐ近くにいる︒視覚的にもアラビア語はよくある

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対談「アラブ音楽からみる世界」二五 わけです︒そういう中で︑子供たちがちょっと興味があれば字をこういうふうに書いてみる︑学べる︒入り口となるものがある︒アラビア語に限らず︑ハングルやヒンディー語の文字が私たちのそばにあるかといえば︑なかなか︑ですよね︒  で︑この本︑初めは左から開きます︒一度はそうやって開くんですけど︑すぐにアラビア語は右からだよって言われて︑右から開け直すんですね︒進んでいくとだんだん色がついていく︒今私たちというか︑学校で筆記体って習わないようですが︑文字を自分で書く︑文字を身体化して覚えていく︒言葉を覚えていくという意味では︑やっぱり手で書くというかな︑そういう面白さっていうのは意味もすごくあると思います︒ちょっと余談ですけど︒  要するに︑アラブの音楽を知りたいなと思う︒すると︑単に響きの問題だけじゃなくて︑面白いな︑リズムはノれるな︑だけどそこから先聞いていると飽きちゃうな︑とかいうことはある︒やっぱり音楽も文法っていうようなものがあるわけです︒西洋音楽も西洋音楽の文法があり︑日本の音楽にもそういうものがあり︑アラブ音楽もあってというようなことがあるわけです︒木村  そうですね︒アラブ音楽の文法というものを︑多分ですね︑アラブの方も結構見失ってきちゃっているんじゃないかなという気がします︒というのが︑先ほどもお話ししましたように︑最近のミュージシャンは音大を出ている人が多い︑と︒その音大で何を習うかというと︑音大︑コンセルヴァトワールと言われているところが小学校からもうずっと附属であるんですけど︑大学二年まで全部クラシックをやるんです︑西洋クラシックを︒大学の三年生から伝統音楽をやる︒日本で芸大︵芸術大学︶の邦楽専攻の方って︑きっと受験のときはピアノとかをやるんですよね︒多分そういう感じに近いと思うんです︒そうやってずっと五線譜で教育を受けた後に︑それでもやっぱりエジプトのネイティヴの方々だから︑エジプト人皆さんがアラブ音楽というものを愛していて︑町中でかかっているから︑大学三年になって初めて聞いたなんてことには絶対ならないわけだけれども︒やっぱり西洋の文法があまりにも染みつくと︑何が起こるかというと︑やっぱり言語化││今︑西洋音楽の形では言語化されないもの︑つまり譜面に書かれないものを省略してしまうことがやっぱり起きるんですよね︒  私も私の師匠に習った音楽は︑私の師匠は素晴らしい作曲家なんですけど︑もちろん譜面は書けないので︑例えば︑小

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二六 沼先生が座っていらっしゃるところに師匠が座って︑私がこちら側に座って︑先生が一フレーズごとに弾いて聞かせてくれるのをその場で覚えるっていう︑そういう習い方しかない︒それを譜面に直したものがやっぱり出回っているんです︑とても有名な曲なので︒その譜面を見ると︑確かに︑間違ってはいないけれども︑すごくたくさんの情報が抜け落ちてしまっているんです︒そういったものをやっぱり五線譜じゃない形で言語化して︑文法を体系化するということはやっぱりしておくべきだと思いますね︒小沼  文法っていうのが︑だから︑文字情報とか︑それだけじゃなくもっと身体的なものとか︑時間感覚とかそういう空間性とかっていうものを持たせた上でのというふうなことができると良いんですよね︒木村  できると思います︒例えばこのサマーイー・サキールなんかも︑これは一番ベースの骨格の形を︑何でしょう︑文法化したものですけど︑これに様々なアレンジが加わりますよね︒さっき高島君が演奏してくれたサマーイー・サキールはこれだけじゃなくて色んな⁝⁝︒高島  そうですね︒色々装飾だったりとか︑すぐ外したりとかもしますね︒

木村  そう︒でも︑それも私は必ず言語化できる︑文法化できると思っているんです︒そういったものも含めて︑これだけではなくてもっと複合的なものとしてリズムが存在するというのを五線譜じゃない形で確実に残せるようにできると思っています︒

小沼  だから︑そういうようなことをどのようにやっていくかを思考=試行していく必要がありますね︒それをどう伝えていくのかがある種の伝統の考え方でしょうか︒トラディション︵tradition ︶という語にはtr- の文字がはいっていて︑それは﹁超える﹂というニュアンスです︒今までの西洋的なアプローチじゃなくて︑そうした西洋的アプローチを﹁超える﹂やり方というのが大切だと私も考えています︒それにしても︑今のことも含めてですが︑私たちにとって西洋音楽はごくごく当たり前になってしまっている︒一種の﹁環境﹂のようになっている︒逆に︑この列島の伝統音楽があまり知らないというふうな状況になっている︒そんな状況の中でも︑でも︑世界的に見る︑もっと広い範囲で音楽を見ると︑アラブ音楽ってすごくメジャーなものですよね︒言い換えると︑世界的に考えて︑いわゆる西洋音楽由来のものにアフリカン

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対談「アラブ音楽からみる世界」二七 なリズムがくっついてというようなタイプと︑アラビア系の音楽にちょっとアフリカ系のものが付いているというのは地球上の音楽のかなりのパーセンテージを占めます︒もちろん︑他にインドとかの音楽とのハイブリッドなものもいっぱいあるけれども︑そういった中でアラブ系の音楽というのは︑私たちにとっては結構マイナーに思えるかもしれないけど︑むしろメジャーなものなんだという認識ぐらい持っても良いのかなと思っているんです︒

質疑応答

木村  そうですね︒まだ話し足りないんですが︑ここでフロアからの質問を受けましょうか︒

小沼  どなたか質問はありますか?

質問者  先ほどのお話とはあまり関係無いのかなという気もするんですけど︑アラブ音楽にヴァイオリンが入っているというのがすごく面白いなって思いまして︒他にもこういう西洋の楽器をアラブ音楽に入れるということがあるのかというのと︑あと︑イスラム世界に西洋の楽器が入ったのって︑確か軍楽が最初じゃないかなと思うんですけど︑ヴァイオリンはどういう経緯で入ってきたのかというのをちょっとお聞きしたいです︒お願いします︒木村  ありがとうございます︒アラブ音楽にヴァイオリンが入っているというか︑アラブ音楽の中でヴァイオリンは相当なメジャー楽器なんですけど︑これ︑私たちはヴァイオリンじゃなくカマンガ︑カマーンと呼んでいます︒このカマーンという言葉はこういうタイプの弦楽器を表すんですけれども︑もともとアラブにあったカマーンというのはこの形ではなくて︑一番シンプルなのものを言えば︑ヤシの実の殻を︑上四分の一ぐらいをぱっと切っちゃって︑そこの穴の開いたところに魚の皮を張って︑そこに筒を立てて弦を張ってというようなすごくシンプルな形︒でも︑羊の腸を張ってこうやって馬のしっぽの毛で引くという形では今のヴァイオリンと似ているんですけれども︑そのカマーンという楽器がもともと中央アジア︑そして中東にそれこそ古くからあった︒千年以上前からずっとあった楽器なんですけれども︑それがイスラムとともに北アフリカ経由でスペインに入ったと︒

(22)

二八   そこでスペインからイタリア︑ドイツに渡って︑最初はスペインでガイゲっていう楽器になるんですけどね︒そのガイゲがドイツに入って今のヴァイオリンの原型になった︒そのレベックとかガイゲという形を経て今のヴァイオリンの形になっている︒そのレベックとかガイゲの子孫というのはヴァイオリンであり︑あとコントラバスなんかもその子孫なんですけども︑その形が定まったのが今から四百年ぐらい前になります︒そして︑ドイツ︑イタリアでこの形になったものを逆輸入してカマーン︑カマンガとして使っているので︑ヴァイオリンは元々中東にあった楽器というふうに私たちは認識しています︒

  ただ︑完全な西洋楽器︑例えばエレキギターだとかアコーディオンだとかサクソフォンとか︑そういう楽器も二十世紀になってどんどんアラブ音楽で使われるようになります︒それは意図的に使われるようになったんですけれども︑ただ使うだけではなくて︑必ず微分音を出せるように改造して使っているという︒それが一九四〇年代ぐらいから盛んですね︒

高島  そのぐらいですね︒木村  アラブが最初はフィルカっていう小さい︑三︑四人のアンサンブルだったのが︑数十人ってオーケストラになるに従って︑そういう西洋の楽器も入るようになったと︒ただ︑ヴァイオリンは中東由来︑中央アジア由来の楽器だと考えています︒高島  よくその時代の映像とかっていうのがあると︑やっぱりその楽器が入ってきた︑エレキギターが入ってきたってなったら︑ものすごいエレキギターがセンセーショナルな当時のものなんですね︒だからオーケストラが三十人ぐらいいるのにエレキギターがフロントで︑一人で目立って立って弾いていたりとか︑その時代がすごく分かる感じですね︒アコーディオンとかに関しても││今すごくアラブのアコーディオンはあるんですけど││やっぱり微分音というのが出ないので︑ヨーロッパから買ってきたものを改造して微分音が出るように改造バージョンみたいなのを未だに使っていますね︒木村  使っていますね︒

小沼  今ね︑ここにちょっとした中世の絵︵参照左下の絵︶があるんですけど︑ここにやはりレベックのですよね︑これって︒でも︑よく見て頂くと分かるんですけど︑要するに上げて︑抱えてっていうのかな︑首のところに持ってきて弾

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対談「アラブ音楽からみる世界」二九 くというような形をとっています︒木村  ちょっと見えにくいですけど︑ここにあるんですよね︒これ︑ここにウードがいて︑ここにレベックが︒小沼  こんなところで宜しかったでしょうか︒

質問者  はい︒ありがとうございます︒

おわりに

小沼  では︑また改めて演奏をお願いします︒

木村  最後に演奏する曲は︑先ほどお話しした私のヴァイオリンの師匠︑アブドゥ・ダーゲルという人︑一九三五年生まれなのでもう八十四歳なんですけれども︑彼の作曲した﹁ニール︵ナイル川︶﹂という曲を演奏させて頂きます︒

  この曲は︑私が師匠に初めて出会ったときに聞いた曲でもあるんですけれども︑アラブのリズムだとかマカームだとかというものをこの曲から学んだなというふうにいつも思っているので︑いつも演奏させて頂いている曲です︒どうぞお聞き下さい︒

【演奏】

〈演目〉

  「ニール(ナイル川)

司会

ど︑しれこは︑にきとるいて聴自拝を楽音の後最て︑え思は分なもれけすでんいなれしかがるあもいせの度角たいとだ楽 した︒今日のセッションを通して何か初めの対談の方を伺っているときに︑これがハモるような︑ハーモニーのような音   ︵手た︒生︑先島高生︑先沼小し︶ま木ざごうとがりあい拍村をまいざごうとがりあ談生︑対と奏演いしら晴素先

(2)

(24)

三〇

お二人の会話のような感じにも聞こえてきました︒本当にありがとうございました︒

  近年︑人文社会系の学問は大きく変化しています︒今までにない新しい問いや新しい取り組み方︑課題が生まれている一方︑人間存在や社会について︑ある部分では変わることがない普遍的な側面に光を当てるということができるのも学問の力です︒本日の木村先生︑高島先生︑小沼先生の演奏と解説︑対談は︑そのようなしなやかで生き生きとした学問︑多元文化学の実践の一つのあり方なのではないかと感じます︒

  最後に︑本日この会を開くことを可能にして下さった方々に︑お礼を申し上げます︒多元文化論系室の杉田貴瑞さん︑寺嶋雅彦さん︑佐藤晃先生︑また︑文学部中東・イスラーム研究コース室の杉本悠子さんには大変お世話になりました︒では︑小沼先生︑高島先生︑木村先生に盛大な拍手をお願い致します︒ありがとうございました︒︵拍手︶

[注]︵1︶詳しくは︑木村伸子﹁サフィー・アッディーンの音楽理論における音組織十七不等分音階と協和音程﹂﹃史観﹄一七三冊︑二〇一五年︑五〇

−七〇頁︒

︵2︶Encyclopédie de la musique: Rabâb ou Rebab. https://www.musicologie.org/sites/r/rabab.html.最終閲覧日二〇二〇年二月三日

注記本稿は︑多元文化学会春期大会シンポジウム当日の録音データをもとに︑一部編集してまとめたものである︒

参照

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