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日 本 人 の 生 と 死

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(1)原. 著. 日. 本. 人 重. The. の. 生. 淳. 郎*. 原. Japamese. View. of. Atsuro. Life. と. aIld. 死. Deat11. Shigeharaヰ. Abstract In knew. ancient their. nature. and. typified. by. times出e. place. in. liked their. Japanese. nature,and. communing. admiration. is. short,and. that. came. to. be. seen. symbol. ㎜at. is. characteristic. inevitab1e.This. is. nature,and. a. But. now. nations. of. modern from. a. nature. Now. had. that the. a. a. kind of. Japan. distance,which from. we. without. appear. changes. in. pIace. nature.. in. to. Japanese. was. have. of. cherry. blossoms. at. of. the. of. solemn. Japanese. is. in. nature.It. their. nature−They their. fullest. statement. transience. of. was. for. seems. surromdings.They. were駆eat in. the. they. lovers. spring−But. the. Japanese,for. felt. of. close. its. life. falling. instinctive1y. of. to. beauty,. the. cherry. cherry. blossoms. human1ife.. that. fatalism,which. accomp1ished. appear. is. a. the. with. they. resist. original!y. changing. based. on. what a. is. sense. considered of. deep. to.be. respect. for. resignation.. has. world,we. civilization. remained. spirits. became. of. note. respectfu1ly. w池the. for. blossoms. as. integrated凸eir−lives. to. modernization. be1osing. this. human−centered.Modem. a11ows new. them to. the. abandoned. philosophy. to. and. exp1oit. place. explore. in the. 日本人は,古未自然との一体感が強く,人もま. use. had. the. so. is. of. Japanese. and. Japanese,who. our. sense. and. respect. Ieamed. it. for. c1osely. naturaI. causes. one. of. of for. to. the. lived. leading. industria1ized. nature,particu1arly. look. good. wor1d−It. the. the. at. of. within. s. uneasiness. my we. nature. as. humankind−This nature. for. objective feel. view. of. centuries−. to. today. because. outsiders. show. the. about. our. リ変わり,花と果実の交替,そのほか私たちが楽. た自然の一貝であるという気持ちを強く持ってい. しむことができるように,また楽しむようにと,. た.そして自然の一部として,自然の中で,自然. その時期その時期に私たちに立ち現れてくるもの,. と芙に生きるのが,昔の日本人の生活であった.. これらのものが,この世の生活の本来の原動力で. 自然を愛好し,自然研究家でもあったドイツの. ある.これらの楽しみに対して心を開いていれば. 詩人ゲーテ(1749−1832)は,自然に親しみ,自. いるほど,私たちは幸福であると感ずる.」(『詩と. 然と共に生きる生活は幸福であると,次のように. 「人生のすべての快適さは,外界の事物の規則. 真実』第3部 第13巻) ここでゲーテが言うように,心を開いて自然と 交わる生活が幸福であるとするならば,昔の日本. 的な回帰に基づいている.昼夜の交替,季節の移. 人の生活は幸福であったと言えるが,現代の日本. ‡人間基礎科学科. ‡D功〃閉伽まげBωたH〃伽〃scξ2勉脇. 冒つ.. 一59一.

(2) 日本人の生と死. 人の生活は幸福であるとは言えないだろう.白然. こと 「やまと歌は,人の心を種として,よろづの言. と交わる機会がますます少なくなってきているか. の葉とぞなれりける.世の中にある人,ことわざ. らである1特に,高層ビルが立ち並び,車の洪水. 繁きものなれば,心に思ふことを,見るもの聞く. に悩まされる大都会では,人工が自然を圧倒して. ものにつけて,言ひ出だせるなり.花に鳴く鶯,. い. うぐひす. かほづ. いて,自然との親密な交わりをほとんど不可能に. 水にすむ蛙の声を聞けば,生きとし生けるもの,. している.. いづれか歌をよまざリける.」. 言うまでもなく,昔も人工の物が沢山あった.. 和歌とは,「人の心を種として」「心に思ふこと. しかし,人工が自然を圧倒して,自然を駆逐する. を」言い表わしたものであるという.そして人ば. というようなことにはならなかった.昔の人工は. かりでなく,すべての生き物にも心があり,それ. 自然の延長線上にあり,人工の物も自然の物と同. ぞれがその歌を詠むのだという.このように「心」. じ性格を持っていて,自然と対立することがなか. で自然を見,「心」で自然と交わる姿勢,そして自. ったからである.昔は,人の作る物も自然の中に. 然のすべての生き物を自分と同類の存在であると. 所を得て,そこに安定しておさまり,自然の一部. 感ずる自然への親近感,一体感一自然との間に このような親密な関係が成立している所に,自然. となっていたのである.. しかし,現代の科学技術の作り出す物は,自然 の中に所を得て,そこにおさまろうとはしないよ. に対する距離を前提とする科学的見方が生まれる 可育雛は,全くなかったのである.. うに見える.むしろ自然と対立し,自然を排除し. 私たち近代の日本人が西洋人から近代科学を学. て,それ独自の世界を形成しているように見える.. んて,科学的見方て自然を見ることができるよう. それ故,私たち現代人の生きている世界は,二元. になったということは,私たちにとって自然の現. 的である.一つは,昔からの自然の世界,もう一. 象世界からの解放を意味しているだろう.それま. つは,科学技術の作り出す世界である.この科学. では常に「心」で見ていて,自然に密着していた. 技術の世界は,大都会ではすでに優位に立ち,今. のが,今や私たちは距離を置いて,離れた所か.ら. 後ますますその領域を拡大していくだろうという. 自然現象を見ることができるようになったからで. ことが予測される.. ある.. これに対して,昔は科学的な物の見方がなかっ. 例えば,雷について考えてみよう.自然現象と. たので,科学技術の作り出す世界もなく,昔の日. しての雷は,すさまじいものであり,昔の人はそ. 本人の生きていた世界は,一元的であり,世界は. れを大変恐れた.しかし,私たちはそれほど怖が. ただ一つ自然の世界があるのみであった.. らない.雷というのは,雲と雲との問,あるい. 日本人が科学的見方をするようになったのは,. は雲と地表との問に起こる放電現象であるという. 明治以後のことである.西洋人と接触するまで,. ことを知っているからである.この科学的知識が. 日本に科学的見方がなかったのは,日本人は自然. あるので,私たちは,雷が鳴っていても,安全な. に密着した生活をしていて,自然から離れること. 場所にいる限り,それを別世界の出来事として聞. がなかったからである.. いていることができる.. 科学的見方は,物を対象化して見る.対象化し. このようにして自然現象が問接化され,その現. て見るということは,距離を置いて見ること,物. 実性が希薄化されたことによって,私たちの生活. を離れた所から客体として見ることである.それ. は,自然の現象世界によって拘束され,規定され. 故,科学的見方で自然を見るには,まず自然から. ることが少なくなった.私たちは,それだけ自由. 離れることができなければならない.自然との間. になったと言える.. に距離ができて,初めて自然を客体として見るこ. このような現代人に対して,この自由を全く欠. とができるからである.しかし,この距離がつい. いていたのが,昔の日本人である.昔の人は科学. に生じなかったのが,日本の文化伝統であった.. 的見方を知らなかったので,いつも自然の現象世. 『古今和歌集』の「仮名序」はいう.. 界のただ中で生活していて,そこから一歩も外へ. 一60一.

(3) 早稲田大学人間科学研究. 第4巻第1号1991 硅ぺ. ここち. 出ることがなかった.従って,その世界観,人生. 病にわづらひ侍りける秋,心地の頼もし. 観,死生観も,自然の現象世界のただ中で,自然. げなくおぽえければ,よみて人のもとに つかはしける. を内部から見て形成されたものであり,それは日. 本の自然によって規定され,その特性を色濃く反. もみぢ葉を. 風にまかせて. 映しているのである.. かなきものは. 見るよりも. は. 命なりけり (『古今和歌集』巻16,859). ものごとに. 現象としての自然の本質は,回帰性にある.私 たちに現れる自然の世界は,絶えず移り変わり,. 周期的に回帰する.季節ごとに装いを新たにする. 移を詠んだものである. ぼるかすみ. (『万葉集』巻13.3332). 白雪の常敷く冬は過ぎにけらしも春霞 へ. たなびく野辺の. うつせみの. うぐひす鳴くも. 見しまに. (『万葉集』巻10.1888). よ 山を詠む くれなゐ 春は萌え 夏は緑に 紅の も. う. 高山と 海とこそば山ながら かくもうつ しく 海ながら しかまことならめ 人は花 よひと ものぞ うつせみ世人. けられてきた.次の歌は,美しい日本の自然の推. の. もみぢつつ. かぎりとおもへば (『古今和歌集』巻4,187). たかや皇. 自然の姿は美しく,『万葉集』以来,和歌に詠み続. つねL. 秋ぞかなしき. つろひゆくを. 散る花を. まだらに見ゆる. 身もともに. 秋の山かも. 世にも似たるか. 花桜. 咲くと. かつ散りにけり (『古今和歌集』巻2,73). (『万葉集』巻10.2177). なにかうらみむ世の中に. わが. あらむものかは (『古今和歌集』巻2,112). 年々このように移り変わっていく美しい自然に 囲まれて,しかも,かすかな風の音にも季節の推. 移を感じるほどの感受性をもって暮らしていた昔 の 日本人は,ゲーテの言う意味では,確かに幸福. 桜の花は,どういう気持ちで散っていくのだろ うか.次の歌では,散っていく桜の花の心が「し つ沁なく」と詠まれている.. 桜の花の散るをよめる. であったと言わなければならないが,しかし,自 然の中でその一貝として生きていた昔の日本人は,. ひさかたの. 人もまた,他の自然物と同様,移り変わっていく. なく. 存在であるということを,ほとんど本能的に確信. 光のどけき. 春の日に. しづ沁. 花の散るらむ (『古今和歌集』巻2,84). 「しづ沁なく」という句は,普通擬人法である. していたように見える.. きのとものo. この無意識的確信が意識化されるようになった. と解釈されるが,しかし,作者の紀友則は・実際. のは,仏教を通してであった.自然の現象世界が 絶えず移り変わっていくことを,仏教では,「有為. に桜の花に落ち着かない心を感じていたのだと思. しよぎよう. う.昔の日本人は「心」で自然と交わっていたか らである.昔の人は,人と交わる時と白然と交わ. 転変」,あるいは「諸行無常」という.そして人 Lようじや 生の無常を表わす言葉は,「生者必滅」である.. る時とで,その態度を変えることがなかった.外. これは,すでに『万葉集』で「生ける者 つひ 遂にも. 界に対する姿勢はいつも同じで,人と交わるよう. 死ぬる. ものにあれば」(巻3,349),あるいは「生. に,自然とも交わり,そして自然の中で特に親し. ま由か. みを覚えたもの,山や川,草や木,鳥や虫と,丁. ける者死ぬといふことに. 免れぬ. ものにしあ. 度親しい人と話すように,話をしていたのである.. れば」(巻3,460)と表現され,昔の日本人は,. 人もまたこの「生者必滅」の自然の必然性を免れ. 自然を詠んだ歌は,このような自然との語らいの. ることができないということを,この世の悲しい. 言葉であり,友則も,このような語らいにふけっ. 定め,宿命と受け止め,人の命が,もみじのよう. ていたに違いない.その時,桜の花の心が伝わっ. に,あるいは花のように,はかなく散っていくの. てきて,「しづ沁なく. を悲しむのであった.. だと思う.. 一61一. 花の散るらむ」と詠んだの.

(4) 日本人の生と死. 次の歌でも,散っていく桜の花の心が詠まれて. それがいつ来るか,だれも知らない.「はじめ」も. 「をはり」も知らないで生きているのが,生命存. いる.. 在のあり方である.人が「をはり」を知るのは,. 落花. 世の人に めでらるるまを もまたず 花のちるらむ. 時として風を. 桜の花と同様,「をはり」が間近に迫ってきた時で ある.. 次の歌は,この「をはり」が来たことを知った. (『新輯明治天皇御集』7421). 「風をもまたず」とあるから,やはり先の歌と. 同様,風のない春の日である.風もないのに,桜. 時の歌である. 中まひ. 病して弱くなりにける時によめる. つひにゆく. の花は散っていく.友則は,日の光ののどかな春. け. 音のふ 道とはかねて聞きしかど昨日. ム. 今日とは思はざりしを. の日に,どうして「しづ沁なく」花は散っていく. (『古今和歌集』巻16,861). のだろうと,いぷかっていた.明治天皇は,それ. かひのくに. はべ. とムち. 甲斐国にあひ知りて侍りける人訪はむと. に一つの答えを与えている.今が散るべき時だと. まか. みちなか. 二は. いま. 桜の花は,咲くべき時に咲き,散るべき時に散. て罷りける道中にて,俄かに病をして今 いまとなりにければ,よみて「京にもて. っていく.これは客観的に見れば,白然の必然性. まかりて母に見せよ」と言ひて,人につ. である.これを花の身になって考えてみれば,花. け侍りける歌. 知って,散っていくのだろう,というのである.. か. ひ. ぢ. こ. は今が咲くべき時だと思って咲き,今が散るべき. かりそめの行き甲斐路とぞ思ひ釆し今. 時だと思って散っていくのだろう.そして散るべ. はかぎりの門出なりけり. かとで. き時が来たと知ると,実にあっさりと,さっと散. (『古今和歌集』巻16,862). っていってしまう.これは,いさぎよいと形容す. 両首とも,死期が来たことを,さらっと告げて. るのも,適切でないだろう.そこに見られるのは,. いる.私たちは,このあっさりとした淡泊さに驚. この世の定めに対する驚くべき従」l1頁さ,素直さで. かされるが,この淡泊さは,自然の中で生きてい. ある.花は,今が散るべき時だと知った時,それ. る人の宿命観から来るものであろう.自然の中で. に決して逆らおうとしないのである.. 生きている人は,この世の定めにあらがうことをし. だが花は,いつその散るべき蒔を知るのだろう. ないのである.. か.散るべき時になって,初めてその時を知るの. それにもかかわらず,死が苦痛であり,悲嘆で. だろう.ずっと前からその時を知っているわけで はないだろう.咲く時も,そうだろう.咲くべき. あったのは,死は親しい人,愛する人との別れを. 時になって,初めてその時を知るのだろう.. 意味していたからである.仏教では,愛する人と. 人もまた,死ぬ時をずっと前から知っているわ けではない.その時が問近に迫ってきた時に,初. 別れる苦しみを「愛別離苦」という.『万葉集』の 「挽歌」,『古今和歌集』の「哀傷歌」を読むと,. めてその時を知るのである.遣元は,「をはりもは. そのほとんどが「愛別離苦」の悲しみを歌ったも. じめもしらざれども,うまれきたれり」(『正法眼. のである.. 蔵』 Lらず. かみつみ中のしやうとこのみこ. いづかた. 症かはら. ゐ. いでま. 上宮聖徳皇子,竹原の井に出遊す時に,. 唯仏与仏)1〕と言う.また『方丈記』には, いづかた. 「不知,生れ死ぬる人,何方より来たりて,何方. たつた牛ま. か. へか去る」とある.人はどこから来て,どこへ行 くかを知らない.自分の「はじめ」を知っている. 家ならば妹が手まかむ. 人はいない.自分が生きていることに気が付くの. る. は,物心がついでからである.それまでは,自分. が生きていることに気付かずに,生きているので ある.そして気が付いた蒔,私たちは,自分が生 きていることに驚くのである.「をはり」もまた,. 一62一. な. 龍田山の死人を見て悲傷しびて作らす歌 一音. 草枕 旅に臥やせ たびと この旅人あはれ (『万葉集』巻3,415). きぴのみちのしη. かみしま. つきの尭みのおびヒ. 備後の国の神島の浜にして,調使首, しかぽね あは 屍を見て作る歌一首井せて短歌(反歌 二首を引用).

(5) 早稲田大学人間科学研究 おもちち. 母父も. らむ. 妻も子どもも. たかたか. 高々に. こ. 来むと待つ. 第4巻第1号1991 語を学んでからも,暇があれば外国の小説を読ん でゐる.どれを読んで見てもこの自我が無くなる. 人の悲しさ. いへびと. 家人の. 待つらむものを をまきて ム 臥せる君かも. あ口そ. つれもなき. 荒磯. といふことは最も大いなる最も深い苦痛だと云つ. てある.ところが自分には単に我が無くなるとい. (『万葉集』巻13.3340.3341). 前考は,山で行き倒れになった人,後老は,浜. ふこと丈ならば,苦痛とは思はれない.只刃物で 死んだら,其刹那に肉体の痛みを覚えるだらうと. 辺でおぽれ死んだ人を見て,詠まれた歌である.. 思ひ,病や薬で死んだら,それぞれの病症薬性に. 両者とも,家で待ってレ・る人のこと,妻のこと,. 相応して,窒息するとか痙撃するとかいふ苦みを. 両親や子供のことを思いやって,深い悲しみに心. 覚えるだらうと思ふのである.自我が無くなる為. を打たれている.. めの苦痛は無い.. 西洋人は死を恐れないのは野蛮人の性質だと云. 次の歌は,死期を知った人の,愛する人への別. つてゐる.自分は西洋人の謂ふ野蛮人といふもの. れの歌である. ま. 忙は. 男の,人の国にまかりける間に,女,俄 やまひ. かに病をして,いと弱くなりにける時,. に寝む. 九ま. 聞かで別るる. 魂よりも. ヒこ. なき床. (『古今和歌集』巻16,858). しきは. 別るる道の. 思ひ出す.その時も肉体の痛みがあるだらうと思 つて,其痛みを忍ばなくてはなるまいと思つたこ. 君ぞ悲しき. 隈りとて. 時二親が,侍の家に生れたのだから,切腹といふ ことが出来なくてはならないと度々諭したことを. よみおきて身罷りにける. 声をだに. かも知れないと思ふ.さう思ふと同時に,小さい. 悲しきに. いかまほ. いは串る. とを思ひ出す.そしていよいよ所謂野蛮人かも知 れないと思ふ.併しその西洋人の見解が尤もだと 承服することは出来ない、」(『妄想』). 命なりけり. ここで轟外が言っている西洋人の死の恐怖とい. (『源氏物語』桐壷). うのは,一部の小説だけではなく,西洋の小説は 近代初頭の作家森鴎外(1862−1922)も,死を. 「どれを読んで見ても」そういうことを言ってい. 別れと受け止めていたことは,注目に値する.彼. るというのであるから,しかも「死を恐れないの. がドイツ留学中,死の問題を考えて,もし自分が. は野蛮人の性質だ」と,ある文化的自負心をもっ. 今ここで死んだら,どうだろうと思った時,まず. て言っているというのであるから,生来性格が明. 心に浮かんできたのは,両親のこと,身近な人た. るいとか暗いとかいう個人的気質によるものでは. ちのことであった.. なく,西洋の近代文化特有のもの,その本質に深. 「さういふ時は,先づ故郷で待つてゐる二親が. くかかわるものと解してよいだろう.. どんなに歎くだらうと思ふ.それから身近い種々. そしてこの西洋人の死生観に対して,鴎外が「そ. の人の事を思ふ.中にも自分にひどく懐いてゐた,. 頭の毛のちぢれた弟の,故郷を立つとき,まだや. の西洋人の見解が尤もだと承服することは出来な い」と反発したのは,「小さい時二親が,侍の家に. つと歩いてゐたのが,毎日毎日兄いさんはいつ帰. 生れたのだから,切腹といふことが出来なくては. るかと問ふといふことを,手紙で言つてよこされ. ならないと度々諭したことを思ひ出す」とあるよ. てゐる.その弟が,若し兄いさんはもう帰らない. うに,彼が日本の伝統文化の中で育ち,日本の伝. と云はれたら,どんなにか歎くだらうと思ふ.」. 統的死生観を身につけていた人だったからである.. 日本の近代の第一世代に属し,日本の伝統的死生. (『妄想』). ていった時,彼は,西洋人の死の受け止め方が日. 観を純粋な形で受け継いでいた露外は,西洋の近 代的死生観に対して反発せずにはいられをかった. 本人と異なることを知り,それを大いにいぷかり,. のである.死生観というものは,文化の本質に深. この鴎外が西洋の近代文学の中に深く分け入っ. くかかわり,その根幹を成すものであるから,こ. 次のように述べる.. 「自分は小さい時から小説が好きなので,外国. こに日本の伝統文化と西洋の近代文化の相違がく. 一63一.

(6) 日本人の生と死. のゲーテの言う「当為・必然」に対する恐れと解. っきりと浮き彫りにされていると言えよう.. してよいだろう.死ぬということは,自然の「必. 日本文化と西洋文化の相違は,さまざまな観点. 然」に従うことだからである.それは,「意欲」主. から説明されているが,ゲーテが古代文化と近代. 導の生き方をしている人に特有のものであり,生. 文化の相違を解明するのに用いた「当為・必然」2〕. (So1len)と「意欲」(Wo11en)の対概念も,一つ. と死の閻にギャップがあるために生ずる感情なの である.この感情は,「当為・必然」主導の生き方. の有力な視点を提供していると思われる.ゲーテ. をしている人には起こることがないだろう.自然. は,この対概念について次のように述べる.. の「必然」に従って生きているならば,自然の「必. 「当為・必然は,人間に課せられるものであり,. 然」に従うという意味で,生と死が連続していて,. ねばならない(MuB)は,固いくるみ(NuB). 両者の問にギャップがないからである.そして昔. である.意欲は,人間がみずから自分に課するも. の日本人の死に方があっさりとしていたのも,こ. のであり,人問の意志(Wi1le)は人間の天国であ. の観点から見る時,一層納得がいくように思われ. る.一・すべての当為・必然は専制的である.そ. る.. れが道徳偉,都市の法律のように,理性に属する. 昔の日本人の生き方が「当為・必然」主導の生. ものであれ,生成,成長,消滅の法則,生と死の. 法則のように,自然に属するものであれ,このこ. き方となったのは,昔の人は,自然の必然性の支. とに変わリはない.このすべてのものに,私たち. 配を受けざるをえない所に,すなわち自然の中に. は,それが全体の幸せを目差していることを考え. 位置していたからである.自然の中に位置してい. ずに,身震いする.これに対して,意欲は自由で. る限り,「当為・必然」主導の生き方とならざるを. あり,自由であると思われ,個人を優遇する.そ. えないとするならば,近代の西洋人が「意欲」主. れ故,意欲は快適であり,人々がそれを知った時,. 導の生き方を始めた時に,彼らは一体どこにいた. すぐに人々をとリこにしないではおかなかったの. のだろうか.彼らのいた所は,自然の外,より正. である.それは近代の神である.それに帰依して. 確に言えば,自然を越えた所だったのである.. いて,私たちはその反対のものを恐れる.ここに,. 自然の超越の観念は,日本人も早くから知って. 私たちの芸術と私たちの考え方が古代の芸術と考. いた.日本人がそれを学んだのは,仏教からであ. .え方から永遠に隔てられている理由があるのであ. つた. 中まひ. .る.」(『限りのないシェークスピア』II). ム. むじ中う. みち. を昔. 病に臥して無常を悲しび,道を修めむと. おも. ゲーテは,古代ギリシア人の生き方は「当為・ 必然」主導の生き方であったが,近代人は「意欲」. 欲ひて作る歌二首(一首を引用) やまかは うつせみは 数なき身なり 山川の さやけ. 主導の生き方をしてレ・ると言う.ゲーテによれば,. き見つつ. 杜う. 道を尋ねな. 近代人が「意欲」主導の生き方をするようになっ. (『万葉集』巻20.4468). たのは,「意欲」というものを「知った」からであ. これは,浄土の清らかさに対するあこがれの歌, ごん. る.「当為・必然」は「人間に課せられるもの」で. ぐ. 欣求浄土の歌である.. あり,「専制的」であるのに対して,「意欲」は「人. 仏教が伝わって来たことによって,日本人の間. 間がみずから自分に課するもの」であり,「自由」. に,仏教の超自然的な清らかさに対する深いあこ. で「快適」であるので,ひとたび「意欲」を知る. がれが生じた.浄土の観念は,仏教の影響を考え. と,だれもがその「とりこ」にならざるをえない. る時,無常観と共に見逃すことができないところ. という.こうして「意欲」の「とりこ」になった 近代人は,「意欲」が「神」となったために,「そ. である.しかし,その清らかさにあこがれ,志を 立てて,仏道修行に励んでも,実際に悟りを開い. の反対のもの」,すなわち「当為・必然」を「恐れ」,. て,この世を超越することは,至難のわざであっ. それに「身震いする」という.. た.自然を越えた所に達した人は,日本では古来. 鴎外がけげんに思った西洋人の死の恐れは,こ. まれであった.. 一64一.

(7) 早稲田大学人間科学研究. 第4巻第1号1991. ところが西洋では,中世にキリスト教社会が成. 昔の日本人にとっては,死は,現に自分がいる. 立し,キリスト教文化が形成されたことによって,. この世界の中の出来事であり,別世界の出来事で. 西洋人は,自然を越えた所に達していたのであっ. はなかった.死は,忌み嫌ったけれども,周りの. た.. すべての人,自然の生きとし生ける物と共有して. 西洋人が近代になって「意欲」主導の生き方を. いるこの世の宿命であり,いずれは自分の身にも. 始めた時,彼らがいた所は,ここだったのである.. やって来る現実であった.それ故,昔の日本人の. 本来はこの位置にいる人は,この世に関心を持た. 生は,常に死を含んだ生となり,その生き方は,. ないはずである.事実中世の間は,西洋人の関心. 無意識のうちに常に死を前提とした生き方となっ. は,専ら来世にあり,彼らの目は「天の国」ある. た.日本人の生は,かつて死との関連を失ったこ. いは「神の国」の方を向いていたのであった.こ. とはなく,常に死によって規定されていた.. の目が向きを変えて,この世の方に向かい,彼ら. の関心が「神の国」からこの世に移る時に,近代. しかし,西洋文化圏では,死が別世界の出来事 のように思われがちなので,その生が売を含まな. が始まるのである.そしてその時,西洋人は「意. い生に,その生き方が死を前提としない生き方に. 欲」というものを知ったのである.. なる傾向があるのである.オーストリアの詩人リ. こうして自然にかかわるごとを始めた西洋人は,. 自然を越えた所にいるのであるから,確かに自然. ルケ(1875−1926)は,現代の都会人の死につい て次のように言う.. の中にいる人よりも上位の存在であったけれども,. 彼ら自身の死は,青くて甘みのないまま,. 彼らに不可能だったことは,自然を内部から見る. 熟さない果実のように,彼らの中に垂れ下がっ. ことであった.白然の外側から自然にかかわって. ている.(『時薦詩集』第3部). いるからである.そして彼らに難しかづたことは,. 生が死との関連を失う傾向が著しく進み,その. 無常な存在としてこの世を見ることであった.す. ために,ほとんど顧みられなくなったその人自身. でにこの世の無常を脱却していて,不死を確信し. の死一リルケはそれを「熟さない果実のように」. ていたからである.. と言っているのである.近代的生には,常に死と. 従って,近代の西洋人に欠けているものは,絶. のつながりを失う危険性があるのである.. えず移り変わっていく自然の現象世界を現実と受. け止める感覚,この世の定めに対する感覚なので. 鴎外は,西洋人が死を恐れるのを大いに怪しん. ある.しかし,この感覚を欠いていて,自然の現. だが,しかし,それに反発するのみで,近代的死. 象世界で起こっていることが,現実と感じられな. の問題は,彼を悩ますことがなかった.彼が瞳ん. いとしたら,一体この世の何が現実なのだろうか.. だのは,死の問題ではなく,生の問題,近代的生. 西洋人は,近代の間中ずっと,この世の非現実畦. の問題であった.. に悩んだのであった.自然を越えた所にいる人に. 「そんなら自我が無くなるといふことに就いて,. とっては,現に自分がいる,その自然を越えた所,. 平気でゐるかといふに,さうではない.その自我. すなわち超越界のみが,現実だからである.彼ら. といふものが有る間に,それをどんな物だとはつ. が現実と感じうるのは,その超越界のみであり,. きり考へても見ずに,知らずに,それを無くして. 自然界は彼らには,よその国の世界,到底現実と. しまふのが口惜しい.残念である.漢学者の謂ふ. は思えない世界なのである.. 酔生夢死といふやうな生涯を送つてしまふのが残. 自然界で起こる一切のことが,自分には直接関. くちを. 念である.それを口惜しい,残念だと思ふと同時. 係のない,別世界の出来事であるとするならば,. に,痛切に心の空虚を感ずる.なんともかとも言. 西洋人にとっての危険は,自分自身の死も,それ. はれない寂しさを覚える.. が自然界で起こることである以上,別世界の出来. それが煩悶になる.それが苦痛になる.」(『妄想』). 事,非現実のことであるかのように思われてくる. これは人生の意味,生きることの意味について. ということであろう.. の煩悶である.酔生夢死の一生を送るのでは残念. 一65一.

(8) 日本人の生と死. 何かすることがあるだろうに,それも分からず,. 台監督の鞭を背中に受けて,役から役を勤め続け うLろ てゐる.此役が即ち生だとは考へられない.背後. なすことなく一生を終えるのでは,むなしい,寂. にある或る物が真の生ではあるまいかと思はれる.. しいという気持ちである.この鴎外の生きること. 併しその或る物は目を醒まさう醒まさうと思ひな. の意味についての間いは,そもそもこの世に生き. がら,又してはうとうとして眠つてしまふ.」. である.この世に生を享けたからには,自分にも. る意味は何なのか,という自分の人生についての. 「勉強する子供から,勉強する学校生徒,勉強. 一般論的な問いではなく,明治になって新しく始. する官吏,勉強する留学生」一この過程は,鴎 外の少年時代からドイツ留学に至る,勉強,勉強. まった近代的生に,どういう意味があるのか,と いう特殊化された問いであったように思われる.. 日本が明治に近代化に踏み切ったのは,国を守. に明け暮れた生活のことをいっている.この過程 を鴎外は,「始終何物かに策うたれ駆られてゐるや. るためであった.明治の人は,この国の防衛とい. うに」歩んできたと言う1「何物か」というのは,. う国家目標に向かって,実によく勉強し,実によ. 国家の要請である.そしてこの国家の要請という. く働いたのであった.明治時代は驚くほど張りの. のは,国力を強めるために,各人が有用な人間に. ある時代である.そして日露戦争の勝利によって,. なるということである.鴎外は,「これは自分に或. 一応その目標が達成される.鴎外の『妄想』が出. る働きが出未るやうに,自分を為上げるのだと思. たのは,明治44年(1911年)で,日露戦争の数年. つてゐる」と言う.しかし,こういう生活をして. 後である.彼にこの近代的生についての問いが持. いると,「役者が舞台へ出て或る役を勤めてゐるに. ち上がってきたのが,戦勝によってこれまでの張. 過ぎないやうに感ぜられる.その勤めてゐる役の. りが失われた時であったということに,注目しな. 背後に,別に何物かが存在してゐなくてはならな. ければならないだろう.それは,これまで近代化. いやうに感ぜられる.一・此役が即ち生だとは考. を駆け足で推し進めてきて,そうして当面の外圧. へられない.背後にある或る物が真の生ではある. が消滅し,立ち止まって落ち着きを取り戻した時. まいかと思はれる」と言う.役者になって舞台の. に,ふっと浮かび上がってきた問いなのである.. 上で役を演じているような気がして,本来の自分. 『妄想』は,鴎外49歳の時の自伝的作品で,み. が生きているとは感じられないというのである.. ずからの青少年時代を振り返って,次のように述. これは,生活が地についていない感じである.本. べる.. 来の仕事ではなく,臨時の仕事をしているような. 「生れてから今日まで,自分は何をしてゐるか. むち. 始終何物かに策うたれ駆られてゐるやうに学問と あくせく. いふことに歯屋齪してゐる.これは自分に或る働き し あ. 感じである.人にはそれぞれ,その人の咲かせる. べき花,その人の実らせるべき実があるとするな らば,自分のしていることが,その花を咲かせ,. が出来るやうに,自分を為上げるのだと思つてゐ. その実を実らせることとは何の関係もない,あら. る.其目的は幾分か達せられるかも知れない.併. ぬことをしているような感じである.. し自分のしてゐる事は,役者が舞台へ出て或る役 を勤めてゐる」に過ぎないやうに感ぜられる.その うLろ. このような生活感情は,これまで日本人が経験 したことがなかった新しい生活感情で,明治にな. 勤めてゐる役の背後に,別に何物かが存在してゐ. って初めて現れたものである.それは,伝統的生. なくてはならないやうに感ぜられる.策うたれ駆. き方をしている限り無縁なものであり,近代的生. られてばかりゐる為めに,その何物かが醒覚する暇. き方に移行して,初めて起こってきた感情なので. がないやうに感ぜられる.勉強する子供から,勉. ある.この生活感情は,近代的生の本質を成して. 強する学校生徒,勉強する官吏,勉強する留学生. いる演劇性,俳優性と深いかかわりがあると思わ. といふのが,皆その役である.赤く黒く塗られて. れる.. ゐる顔をいつか洗つて,一寸舞台から降りて,静 うしろ. かに自分といふものを考へて見たい,背後の何物 かの面目を覗いて見たいと思ひ思ひしながら,舞. T66. 近代の西洋人は,古代ギリシア・ローマの文化 にあこがれ,古代人のように生きたいと思った..

(9) 早稲田大学人間科学研究第4巻第1号1991 これは,歴史上では,イタリア・ルネサンスから. 無論一から十まで何から何までとは言はない.複. ドイツ古典主義に至る,数百年にわたる文化運動. 雑な問題に対してさう過激の言葉は慎まなければ. となった.しかし,ゲーテが言うように,近代人. 悪いが我々の開化の一部分,或は大部分はいくら. は「意欲」主導の生き方をしているので,「当為・. 已惚れて見ても上滑りと評するより致し方がない. よ. 必然」主導の生き方をしていた古代人のように生. 併しそれが悪いからお止しなさいと云ふのではな. きることは難しく,古代人から「永遠に隔てられ. い.事実已むを得ない,涙を呑んで上滑りに滑つ. ている」ことを自覚しないわけにはいかなかった.. て行かなければならないと云ふのです.」. 自然を越えた所にいる人は,自然の中にいる人の. そして彼は,日本の開化がこのように「皮相上. ように生きることはできない.この世の人でない. 滑り」になるのは,開化が「内発的」でなく,「外. 人は,この世の人のように生きることはできない.. 発的」だからであると言う.. それにもかかわらず,そのように生きようとした. 「今の日本の開化は地道にのそりのそりと歩く. のが,近代の西洋人であった.その結果,その生. のでなくつて,やツと気合を懸けてはぴよいぴよ. き方は,自然の中の人,この世の人として生きる. いと飛んで行くのである.開化のあらゆる階段を. のではなく,あたかも自然の中の人,この世の人. 順々に踏んで通る余裕を有たないから,出来る丈. であるかのように生きる生き方に,っまり,古代 人,自然人を演ずる生き方になったのである.こ. 大きな針でぼつぽつ縫つて過ぎるのである.足の 地面に触れる所は十尺を通過するうちに僅か一尺. の意味で,西洋の近代的生き方は本質的に演劇的,. 位なもので,他の九尺は通らないのと一般である.. 俳優的なのである.. 私の外発的といふ意味は是で略御了解になつたら. ゼーデルマイアは『中心の喪失』で,ルネサン. うと思ひます.」. スとバロックの時代(1470−1760)について,「『演. 漱石は,日本の開化は「外発的」なので,急が. 劇』の理念が芸術と生活の全分野にわたって深い. なければならず,歩いていては問に合わないから,. 意味を持つようになる」3〕と言う.芸術の分野だけ. 駆け足になる.それ故,どうしても「皮相上滑り」. ではなく,実生活の領域でも,演劇が,演ずると. にならざるをえないと言う.「外発的」なものを「内. いうことが深い意味を持つようになったというの. 発的」なものに変えることができれば,よいわけ だが,しかし,「西洋で百年か・つて漸く今日に発. である.. 鴎外カ悩んだのは,近代的生のこの演劇性,俳. 展した開化を日本人が十年に年期をつ. めて,し. そしリ. 優性だったのであり,近代的生き方をしている限. かも空虚の譲を免かれるやうに,誰が見ても内発. り,「背後に,別に何物かが存在してゐなくてはな. 的であると認める様な推移をやらうとすれば是亦. らない」という感じを拭い去ることは,難しいと. 由々しき結果に陥り」,「神経衰弱に罹って」しま. 思われる.. うだろうと言う.. 「神経衰弱」になったのは,漱石自身であり,. この近代的生き方に対して,ほとんど拒絶反応. 彼は,現代の開化は,たとえ十分な年月をかけて. と言えるような反応を示したのカ、夏目漱石(1867−. も,日本人には内発化できないという結論に達し. 1916)であった.しかし,同時に彼の知っていた ことは,近代化は世界的な時代の趨勢であり,日. ていたのだと思われる.彼は英文学を学んで,そ れを「味ふ」ことができず,「漢学に所謂文学と英. 本は好むと好まざるとにかかわらず,近代化を推. 語に所謂文学とは到底同定義の下に一括し得べか. し進めていくよりほかないということであった.. らざる異種類のものたらざる可からず」(『文学論』. 彼は『現代日本の開化』という講演で,「現代日本. 序)と言う.日本人は,かつて中国文化に出会っ. の開化は皮相上滑りの開化である」と次のように. た時,「外発的」なものを「内発的」なものに変え. 冒つ.. ることができた.そして中国文化から多くのこと. 「是を一言にして云へば現代日本の開化は皮相. を学び,自分のものであると言えるような日本文. うほすぺ. 上滑りの開化であると云ふ事に帰着するのである.. 化を作り出すことができた.漱石は,「漢学に所謂. 一67一.

(10) 日本人の生と死. 文学」は「充分之を味ひ得るものと自信す」と言. の体制を整えた以上,もはや世界の中で近代国家. う.しかし,「英語に所謂文学」は味わうことができ. として発展していくよりほかないということであ. ないと言う.つまり,「内発的」なものに変えるこ. った.それ故,引き続き近代化の軌道の上を走り. とができないというのである.彼は,西洋文化は. 続けたのであったが,これからは何を目標に近代. 日本文化・中国文化と根本的に「異種類」の文化. 化していったらよかったのだろうか.国の防衛と. であって,日本人には決して内発化できないもの. いうことに代わって,何を目標にしていったらよ. であるということを確信していたように見える.. かったのだろうか.そもそも近代化にふさわしい. しかし,同時に日露戦争後にはっきりと知ったこ. 目標とは何なのだろうか.. とは,近代化は,とどまることなく進んでいくで. 近代の西洋人が目差した近代化の目標は,この. あろうということであった.「事実己むを得ない,. 世におけるユートピアであった.西洋人は,社会. 涙を呑んで上滑りに滑つて行かなければならない」. の合理的再編成と科学技術による自然支配によっ. と彼は言うのである.. て,この世にユートピアが実現できると信じたの. 日露戦争の数年後の,明治44年(1911年)一 鴎外の『妄想』が出たのと同じ年である一に行. であった.そしてこの理想主義の倫理的支柱を成. われたこの講演は,近代的生き方は日本人に内発. 成立した人間尊重の倫理,それに基づく人権思想. 化できないものであるにもかかわらず,近い将来,. であつた.. したものは,中世からのキリスト教の伝統の上に. 日本は伝統的生き方から近代的生き方へ移行して. 日本は近代化を推し進めていく以上,この理想. いくであろうという予感を,日本の将来に深い憂. 主義と倫理を学ぷよりほかなかったのである.し. 慮の念を抱いて,ほとんど悲劇的な気分で語って. かし,この西洋の近代に生まれた,人間中心主義. いるように思われる.. 的な理想主義と倫理は,自然の中でその一員とし て生きるあが文化伝統であった日本人には,受け. 日本は,近代化を望ましいこと,好ましいこと. 入れ難いものであった.人間中心主義的な考え方. だと思?て,自発的に始めたのではなかった.し. を受け入れる土壌は,日本の文化伝統にはなかっ. ないで済ますことができたならば,近代化をしな. たのである.. かったのである.日本が近代化に踏み切ったのは,. 日本の近代化が日露戦争以後,一種の迷走状態. 西洋のどこかの国に征服され,支配されるかもし. に陥り,ついには暴走状態に陥ったのは,基本的. れないという牟機意識,なに負けるものかという. には以上のことに起因していると思われる.トイ ンビーは,この暴走状態について次のように言う.. 対抗章識からであった.それ故,日露戦争の勝利 によって国の防衛という当初の目標が達成された. 「1860年代の日本の明治革命も,1920年代の支 那の国民党による革命も,いずれも近代後期の,. 時,一つの転機を迎えていたのであった.. それまでは,国の防衛ということを目標に猛烈. 人間的な西欧文明にとっての勝利のように思われ. なスピードで近代化してきた.まさに漱石が言う. た.. ように,「やツと気合を懸けてはぴよいぴよいと飛. われを失望させることになったのである.日本で. んで行く」ような猛スピードであった.その目標. はそれは致命的な軍国主義を生じ,支那では致命. が達成されたのであるから,日露戦争後の時期は,. 的な政治の腐敗を招いた.」4〕. しかしこの西欧化は,いずれのばあいもわれ. 立ち止まって過去を振り返り,将来を見通すべき. 非西洋諸国で近代化を始めると,どこでも必ず. 時期,日本の近代の最初の反省期であった.鴎外. 迷走状態か混乱状態に陥るのは,科学技術は受け. の『妄想』も,漱石の『現代日本の開化』も,こ. 入れることができても,同時ド人間中心主義的な. の反省期の産物なのである.この時期に明らかに. 理想主義と倫理を受け入れることができないから. なったことは,日本は開国し,近代化をここまで. なのである.. 推し進めな以上,もはや近代以前の状態に戻るこ と1幸できないということ,ここまで工業国として. 日本の近代化は,日露戦争以後,明確な目標が得. られないまま,昭和になって暴走状態に陥り,軍. 一68一.

(11) 早稲田大学人間科学研究. 第4巻第1号199!. 国主義へと発展していった.そして太平洋戦争に 注. よって,それに終止符が打たれる.敗戦後,日本 はアメリカ軍を中心にした連合軍によって占領さ. 日本の古典文学の引用は「新潮日本古典集成」に. れ,以後アメリカ文明圏の中で民主主義国として. よる.. 発展していくことになった.そして現在は,経済. 1)増谷文雄『現代語訳. 大国となり,高齢化時代を迎えようとしている.. ここに日本は伝統的生き方から近代的生き方への 移行を完了したように見える.敗戦,占領という. 精神的外傷(trauma)を通して初めて西洋人と同 じような生き方に,すなわち人間中心主義的な生. 正法眼蔵』第8巻,角川. 書店,1975年,182頁.. 2)Sol1enは普通「当為」と訳されるが,ここでは 「必然」の意味領域をも包含した広い意味で便 われているので,「当為・必然」と訳した. 3)Hans Sedlmayr:Ver1ust der Mitte,Salzburg 1948,SI224, 4).A.J.トインビー『世界と西欧』吉田健一訳,現. き方に移行できたということは,悲劇的であった としか言い様がないだろう.. 一69一. 代教養文庫,社会思想社,1959,90〜91頁..

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参照

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