建築基準法に違反する建築請負契約と
その是正合意の公序良俗違反該当性
―近時の最高裁判決を素材とした序論的考察―大 原 寛 史
名古屋学院大学法学部 要 旨 最判平成23年12月16日判時2139号3頁は,建築基準法違反を企図した建物の建築請負契約につ いて,公序良俗違反であるとしたうえで,当該契約に基づく本工事の実施後になされた追加変更工事 の合意のうち,違法建築の是正に関する部分については,公序良俗に反しないとした。従来の民法理 論からすれば,本判決は,行政法規違反の契約の私法上の効力の問題,そして違法部分の是正合意の 法的評価方法の問題について判断したものである。 もっとも,後者の問題について,本判決の理論構造にはやや不明確な点が残る。この問題は,大き くみれば,法律行為・意思表示・契約の基礎理論にも波及する問題であると捉えることができる。本 稿は,今後の基礎理論の研究の序論的考察として,本判決を素材に,その判断内容と従来の判例・学 説との関係性,公序良俗違反により無効とされた契約とその違反部分を是正する合意との関係性を検 討するものである。 キーワード:民法,法律行為,公序良俗,意思表示,契約 〔論文〕Public Policy and the Validity of Construction Contracts
Contrary to the Building Standards Act
Hirofumi OHARA
Faculty of Law Nagoya Gakuin University
1.はじめに 2.原審と最高裁の理論構造 3.是正合意の有効性 4.今後の検討課題 1.はじめに 最判平成23 年 12 月 16 日判時 2139 号 3頁1)は,建築基準法違反を企図した建物の建築請負契約 について,公序良俗違反であるとしたうえで,当該契約に基づく本工事の実施後になされた追加 変更工事の施工の合意のうち,違法建築の是正に関する部分については,公序良俗に反しないと した。 本判決において主に問題となった点としては,二つ挙げることができる。すなわち,一つは, 行政法規に反してなされた契約の私法上の効力の問題,もう一つは,違法部分を是正する合意の 法的評価方法の問題である。 前者の問題については,従来,判例や学説において議論がなされてきたものであるといえる2)。 1) 本判決に関する評釈等としては,次のものがある。 田中壮太・NBL979 号 121 頁(2012 年),長友昭・日本不動産学会誌 26 巻 1 号 144 頁(2012 年),大澤 彩・民商146 巻 2 号 197 頁(2012 年),難波譲治・新判例解説 Watch【2012 年 10 月】79 頁(2012 年),大 野武・明治学院大学法学研究94 号 127 頁(2012 年),中舎寛樹・民事判例 V2012 年前期 136 頁(2012 年), 松本恒雄・金判1402 号 8 頁(2012 年),中川敏宏・法セ 695 号 128 頁(2012 年),原田昌和・判例セレク ト2012〔Ⅰ〕(法教 389 号別冊)16 頁(2013 年)(以下,「判批①」として引用),原田昌和・私法判例 リマークス46 号 2013(上)10 頁(2013 年)(以下,「判批②」として引用),曽野裕夫・平成 24 年度重 要判例解説(ジュリスト1453 号)65 頁(2013 年),作内良平・首都大学東京・東京都立大学法学会雑誌 54 巻 1 号 635 頁(2013 年)などがある。 なお,原審に関する評釈として,原田昌和・私法判例リマークス44 号 2012(上)10 頁(2012 年)(以 下,「原審判批」で引用)がある。 2) 学説について,通説的見解とされる我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店,1965 年)263 頁以下による と,取締規定を狭義の取締規定と効力規定とに分類することにより,違反する行為の効力につき異なる 扱いをする。後者については,私法上無効であるとし,前者については,①規制の趣旨,②社会的非難 の程度,③当事者の信義・公平,④取引の安全性を総合的に考慮して有効性の判断がなされるとされて いる。 この通説的見解を根本的に問い直すものとして,近時,経済的公序論と憲法的公序論という二つの学 説が有力となっている。 経済的公序論は,法令を,取引と直接の関係性がない価値の実現を目的とする警察法令と,取引と密 接な関連性を有する経済法令とに区別する。前者については,取引とは直接関係のない公益的要請のも と,当事者間の信義・公平の観点から,違反行為の私法上の効力は原則否定されないとする。後者につ いては,公法のみならず私法においても追及されるべきものであるという観点から,取引秩序の維持の
その議論において,本判決は,行政法規のなかでも,建築基準法に違反した契約の私法上の効力 の問題について判断した初の最高裁判決3)として意義を有するものであるということができる4)。 また,その効力について有効の判断をする判例も多いところ5),本判決は,諸般の事情を総合的 観点より,違反行為の私法上の効力は原則否定されるとする。公序良俗における「公序」概念を多元的 に理解するものであると評価できる(詳細は,大村敦志『契約法から消費者法へ』(東京大学出版会, 1999 年)201 頁以下〔初出は 1993 年〕)。 これに対して,憲法的公序論は,「公序良俗」概念を憲法上の価値体系のもとで一元的に捉え,再構 成しようとするものである。すなわち,憲法上の価値体系から,国家や裁判所は,国民の基本権を保護 する義務および基本権を支援する義務を負う。その前提から,公序良俗規範により契約を無効とするこ とができるのは,国家が国民の基本権を保護・支援するという目的がある場合に限られ,この目的を実 現すべく公法と私法は協働することになる。このことから,取締法規違反の効力の判断においては,法 令の目的達成のための手段としての適合性・必要性,法令の目的の重要性と制約手段との間の均衡性と いう個別原則からなる比例原則によって,国家による過剰介入となるかどうかという観点からなされ ることになる(詳細は,山本敬三『公序良俗論の再構成』(有斐閣,2000 年)246 頁以下〔初出は 1996 年〕)。 なお,この問題に関する先例・学説の紹介については,原田・前掲注(1)原審判批 11 頁,石川博康 「判批(最判昭和35 年 3 月 18 日民集 14 巻 4 号 283 頁)」民法判例百選Ⅰ〔第 6 版〕(有斐閣,2009 年)34 頁以下が詳しい。 3) 下級審裁判例をみてみると,建築基準法の建ぺい率に違反する新築建物の売買契約について,その事実 を隠して建築主事の検査済証および消防庁の使用確認証を取得する旨の条項は公序良俗違反により無効 であるが,契約全体は無効とはならないとした東京地判昭和35 年 11 月 18 日下民集 11 巻 11 号 2485 頁が ある。 他方,建築基準法に違反して資格のある建築士の設計によらず建築し,地震の際には倒壊するおそれ があるなどの構造上の安全性の面で問題があることを当事者が容認していたという請負契約を強行法規 違反ないし公序良俗違反により無効とした東京高判昭和53 年 10 月 12 日判時 917 号 59 頁もある。 なお,その他の下級審裁判例として,建築基準法違反の建物の建築を目的とする請負契約は原始的不 能であるとした東京地判昭和56 年 12 月 22 日判タ 470 号 142 頁,東京地判昭和 60 年 9 月 17 日判タ 616 号 88 頁がある。 4) 建設関連法規に関する学説においても,建築関連法規を取締規定であると解し,当該法規に違反する契 約であっても原則私法上有効であると解するものが多い。例外的に私法上無効とされるのは,極めて違 法性が強く,私法上の契約を無効としても法規の目的を達成すべきものと解される場面に限られるとさ れている(後藤勇『請負に関する実務上の諸問題』(判例タイムズ社,1994 年)9 頁以下,倉澤千巌「建 築関係法規に違反する建築請負工事」大内捷司編『住宅紛争処理の実務』(判例タイムズ社,2003 年) 103 頁以下など)。その理由としては,違法建築については,是正が可能であること,行政庁は除去命令 等により行政目的を実現することが可能であること,一般に違法建築に対する倫理的非難の程度が契約 の効力を否定するほどに強いものとはいえないことなどが挙げられている(たとえば,栗田哲男「建築 法規違反の工事契約の効力」判タ635 号 40 頁(1987 年))。 5) 判例は,取締法規違反があったとしても,一般的に契約の有効性を認めている。判決の数は多数にのぼ るため,個別に言及することはできないが,たとえば,最近では,弁護士法28 条(係争権利の譲受の禁止) に違反する,債権管理・回収目的で債権を譲り受ける契約を有効とした最判平成21 年 8 月 12 日民集 63
に考慮して有効性の判断をするという従来の判例における方法に基本的に沿いながらも,強い悪 質性を重視して無効の判断に踏み切っているという点にも,重要な意義があるといえる6)。 後者の問題についても,前者の問題と同様,本判決とまったく同じ事案ではないものの,判例 や学説において議論がされてきている。しかしながら,最高裁の理論構造にはやや不明確な点が 残るといえる。そうすると,本判決の判断内容が,従来の判例・学説とどのような関係性をもつ のか,さらには,そもそもの問題として,公序良俗違反により無効とされた契約と,その違反部 分を是正する合意との関係性はいかにあるべきか,という点については,検討しておくべきであ るといえる。 もっとも,後者の問題点の検討は,当該問題点のみを検討すれば足りる,という性格のもので はない。ある違法な契約を是正するための合意の効力を検討するということになると,本契約に おける違法な箇所の是正合意そのものの性質を検討するのみならず,その本契約との関係性をふ まえた検討をしなければならないということになる。この点を民法上の問題として大きく捉えれ ば,具体的には,意思表示論,法律行為の個数の評価方法および確定基準,契約の目的論などの 問題が関連してくるということができるため,これらの内容を視野に入れた検討が不可欠のもの であるといえる。 そこで,上記の大きなテーマについては,並行して準備を進めている別稿に委ねることとし て,本稿においては,別稿における検討の手がかりとするために,平成23 年判決を素材として, 本契約の無効と是正合意の効力との関係性を中心に,是正合意の有効性の判断構造について整 巻6 号 1406 頁がある。 他方,無効とした最高裁判例としては,たとえば,弁護士法72 条(非弁行為の禁止)に違反する委任 契約を民法90 条により無効とした最判昭和 38 年 6 月 13 日民集 17 巻 5 号 744 頁や,食品衛生法 4 条 2 号違 反する有毒性物質が混入したあられ菓子の売買契約は直ちに無効となるわけではないが,当該法規上禁 止されている毒性物質であることを知りながら,あられ製造業者があえて製造し,取引を継続した場合 には,公衆衛生を害するに至ることから民法90 条により無効とした最判昭和 39 年 1 月 23 日民集 18 巻 1 号37 頁などがある。 これらの判決は,基本的に伝統的通説の理解にしたがい,取締法規違反行為であっても,原則私法上 は有効であるとの立場に立っている。この背後には,公法は私法に介入すべきではなく,仮に介入する とすれば,③や④の要素という私法上の基本原則・原理を害さない限りにおいて認められるという考え 方があるということができる。 なお,判例・裁判例の整理・分析については,川井健『無効の研究』(一粒社,1979 年)26 頁以下 〔初出は1976 年〕,磯村保「取締規定に違反する私法上の契約の効力」民商法雑誌創刊 50 周年記念論集 Ⅰ『判例における法理論の展開』(有斐閣,1986 年)1 頁以下,石川・前掲注(2)34 頁を参照。 6) そのほか,大澤・前掲注(1)203 頁は,本判決の射程の問題において,たとえば建築士の不法行為責 任の判断について建築士法の趣旨が考慮された最判平成15 年 11 月 14 日民集 57 巻 10 号 1561 頁や,建物 建築に携わる設計・施工者に対して居住者らに対する関係で建物としての基本的な安全性が欠けること のないように配慮すべき注意義務を認めた最判平成19 年 7 月 6 日民集 61 巻 5 号 1769 頁などを挙げ,本判 決と建物の安全性に関するその他の判決との関係性にも触れている。
理・分析する7)。 具体的に,次の順序で検討を進める。素材とする平成23 年判決においては,原審と最高裁で は結論を異にしているため,まず,その結論にいたった本契約と是正合意の関係性に関する両判 決の理論構造を明らかにする(2)。次に,原審と最高裁の理論構造をふまえて,両判決におけ る是正合意の有効性の判断を分析する(3)。最後に,検討の結果,今後別稿において中心的に 検討されなければならない問題点,その問題点の検討に必要な視点について指摘する(4)。 2.原審と最高裁の理論構造 2.1 事実関係の概要 本件の本訴請求は,X(請負人。建築工事請負等を業とする株式会社8))が,Y(注文者。不動 産の売買等を業とする株式会社)に対し,建築基準法等の法令の規定に適合しない違法な建物の 建築を目的とする請負契約に基づく本工事および上記規定に適合しない部分の是正工事を含む追 加変更工事の残代金の支払いを求めるものである。
A は,Y との間で,平成 15 年 2 月,A を注文者,Y を請負人として,請負代金合計 1 億 1245 万 5000 円の約定で,賃貸マンション a 棟および b 棟の各建物の建築を目的とする各請負契約を締結 した。その際,A と Y とは,建築基準法等の法令の規定を遵守して各建物を建築すると貸室数が 少なくなり賃貸業の採算がとれなくなることなどから,違法建物を建築することを合意し,建築 確認申請用の図面(確認図面)のほか,違法建物の建築工事の実施用の図面(実施図面)を用意 して確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済 証の交付も受けた後に,実施図面に従って違法建物の建築工事をすることを計画した。 Y は,建築工事請負等を業とするX との間で,平成15 年 5 月,Y を注文者,X を請負人として, 請負代金合計9200 万円の約定で,各建物の建築を目的とする各請負契約を締結した。X は,A と Y との間の上記合意の内容について,確認図面と実施図面の相違点を含め,詳細に説明を受け, 上記の計画をすべて了承していた。ただし,X と Y の間では,a 棟地下については,当初から実 施図面にしたがい,本工事を実施することが合意されていた。 X は,各建物の建築確認がされ確認済証が交付された後,上記各契約に基づき,a 棟地下につ いて実施図面にしたがったほかは,確認図面にしたがって本工事を開始した。ところが,確認図 面と異なる内容の工事の事実が区役所に発覚したこと,近隣住民からの建築工事に対する苦情が 7) もっとも,本判決については,本文中に挙げたもの以外にも,検討すべき問題は多い。たとえば,行政 法規に違反した契約の私法上の効力およびその判断基準,根拠条文(民法91 条か,90 条か),請負目的 物の所有権の帰属,その請負契約が不法な原因に基づいて無効とされた場合における不法原因給付(708 条)該当性などが挙げられるが,本稿では必要な範囲にかぎり検討し,詳細は並行して準備を進めてい る別稿における検討に委ねることとする。 8) なお,X は,原審口頭弁論終結後に破産手続開始決定を受け,その破産管財人に選任された Z が訴訟手 続を受継しているが,本稿では,X で表記している。
述べられたことなどから,X は,a 棟および b 棟につき,違法箇所の是正工事を含む追加変更工 事を実施せざるをえなくなった。 各建物につき,平成16 年 5 月,検査済証が交付され,その後 X は Y に対して各建物を引き渡し た。しかし,Y は,X に対し,各建物の工事代金として合計7180 万円を支払ったものの,その余 の支払いはしていない。 以上の事実のもと,X は,Y に対して,請負契約に基づき請負残代金および追加変更工事の代 金を請求した(本訴請求)。 他方,Y は,X に対して,請負契約の債務不履行または瑕疵担保責任に基づき,補修費用,未 施工分代金と工事遅延による損害賠償を請求した(反訴請求)9)。 第一審10)は,XY 双方の請求をいずれも一部認容している11)。もっとも,第一審においては,建 築基準法違反の請負契約の効力については当事者から主張がなかったため,公序良俗違反による 無効は争点となっていない。各契約の違法性については,工期の遅延の責任の判断において考慮 されるのみであり,各契約が有効であることが前提となっていた。 これに対して,双方が控訴した。 2.2 原審と最高裁の判断 (1)原審の判断 原審12)は,本訴・反訴ともに請求を棄却している。 まず,建築基準法に違反する契約の公序良俗違反該当性については,次のように判断してい る13)。 「建築基準法が同法にいう建築物の建築につき規制をし,種々の制限規定を設けているのは, 建築物の敷地,構造及び用途に関して最低の基準を定め,これによって国民の生命,健康及び財 9) なお,Y は,X が各建物の鍵を壊したなどとして,不法行為に基づく損害賠償(鍵の補修費用等)を請 求しているが,本判決において争点となっていないため,本稿では割愛する。 10)東京地裁平成 21 年 3 月 27 日公刊物未登載(LEX/DB 文献番号 25482713)。 11)具体的には,X の請求を 2426 万円および利息の限度で認容し,Y の請求も施工瑕疵・補修費用,未施行 工事部分を他の業者に施行させた費用等の計1154 万円および利息の限度で認容している。 12)東京高裁平成 22 年 8 月 30 日判時 2093 号 82 頁,判タ 1339 号 107 頁。控訴審は,XY ともに故意に建築確認 および検査済証を騙取するような態様により建築基準法に違反するマンション建築工事を企図したこと からこのような結果を招いたことを理由として,本訴および反訴の取り下げを勧告している。Y は,ク リーンハンズの観点から,裁判所が双方の請求を棄却あるいは却下することを甘受しなければならない 旨の上申書を提出したが,X が拒否した。この事実を受け,Y も双方取下げでなければ困ると反対した。 そこで,控訴審は,XY が計画した建築基準法違反の悪質性などに関して関係監督官庁に対する嘱託調 査を実施したという経緯がある。 13)なお,原審においては,当事者は主張していないにもかかわらず,公序良俗違反の判断がなされてい る。この点については,原審に関する判時・判タのコメント,原田・前掲注(1)原審判批 13 頁,作内・ 前掲注(1)649 頁注 3 などを参照。
産の保護を図るという一般公益保護の目的に出たものであり,その違反に対しては,原則とし て,是正命令(法9 条 1 項)等の行政上の措置や,同法の定める罰則(法 98 条 1 項以下)によっ て対応することが予定されており,特定の建物の建築についての請負契約に建築基準法違反の瑕 疵があるからといって直ちに当該契約の効力が否定されるものではない。しかし,同法の規制に は様々なものがあり,北側斜線制限(法56 条 1 項 3 号)や,日影規制(法 56 条の 2)など,近隣 居住者の利益が法律上保護されているということができるものもあるし,一般公益の保護では あっても,耐火構造(法27 条 1 項)など,居住者の生命身体の安全の確保に必要なものとしての 規制もある。そのため,特定の建築物についての請負契約が,悪質な方法で第三者の利益を故意 に侵害する場合など,社会的妥当性の観点からみて到底是認できない場合には,私法上の効力も 否定しなければならないと解すべきである。すなわち,当該請負契約が建築基準法に違反する程 度(軽重),内容,その契約締結に至る当事者の関与の形態(主体的か従属的か),その契約に従っ た行為の悪質性,違法性の認識の有無(故意か過失か)などの事情を総合し,強い違法性を帯び ると認められる場合には,当該請負契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として私法上も無効 とされるべきである。」 以上のように述べたうえで,これを本件各契約についてみると,(ア)本件各契約をその契約 どおり実行した場合には,耐火性の制限違反,北側斜線制限違反,日影規制違反など,多くの規 制に違反することとなり,その違反の程度は決して軽いとはいえないこと,(イ)その違反の内 容は,建ぺい率,容積率など,一般公益保護の目的で規定された規制の違反のみならず,北側斜 線制限違反や,日影規制違反など,近隣居住者の法的利益をも保護する性質を有する規制に違反 し,第三者の利益を侵害するものということができる。さらに,耐火構造など,共同住宅の居住 者の生命身体の安全に影響する規制に違反する内容ともなっていること,(ウ)X は,確認図面 で工事をして検査済証の交付を受けた後に実施図面どおりに施工し直すこと,ただしa 棟地下は 最初から実施図面どおり工事を進めることの説明を受けた上,建築基準法違反となることを承 知の上で請け負うこととしており,X の関与は決して従属的といえるようなものではないこと, (エ)本件各契約では,確認図面と実施図面の二つの図面を作成して,いわば建築確認を騙取す るような方法を採り,しかも,一部を除いて確認図面に従って工事を進めて,検査済証をもいわ ば騙取し,その後に実施図面に従った内容で完成することを計画している,しかも,その一部は 区役所の調査や近隣住民の苦情のために遂行できなかったものの,実際にこの計画を遂行しよう としていたのである。そして,上記二つの図面の相違には,a 棟地下や,b 棟一,二階に,確認図 面上存在しない新たな住戸を設けるという行為を含むもので,この行為の形態は大胆かつ大規模 で,悪質であると言わなければならないこと,(オ)上記各行為は,Y も X も建築基準法に違反 する違法な行為であることを認識しつつ行ったものであり,故意による行為であることより,ク リーンハンズの観点から,本件各契約は全体として強い違法性を帯び,社会的妥当性の観点から 到底是認し得るものではなく,強行法規違反ないし公序良俗違反として,私法上も無効と解すべ きであるとした。これに対して,X が上告受理申立て。
(2)最高裁の判断 最高裁は,原審の判断のうち,本件本工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができ るが,本件追加変更工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができないとして,次のよ うに判断し,原審に差し戻している。 「本件各契約は,違法建物となる本件各建物を建築する目的の下,建築基準法所定の確認及び 検査を潜脱するため,確認図面のほかに実施図面を用意し,確認図面を用いて建築確認申請をし て確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証 の交付も受けた後に,実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結され たものであるところ,上記の計画は,確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現する という,大胆で,極めて悪質なものといわざるを得ない。加えて,本件各建物は,当初の計画ど おり実施図面に従って建築されれば,北側斜線制限,日影規制,容積率・建ぺい率制限に違反す るといった違法のみならず,耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など,居住者 や近隣住民の生命,身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであって,これら の違法の中には,一たび本件各建物が完成してしまえば,事後的にこれを是正することが相当困 難なものも含まれていることがうかがわれることからすると,その違法の程度は決して軽微なも のとはいえない。X は,本件各契約の締結に当たって,積極的に違法建物の建築を提案したもの ではないが,建築工事請負等を業とする者でありながら,上記の大胆で極めて悪質な計画を全て 了承し,本件各契約の締結に及んだのであり,X が違法建物の建築という Y からの依頼を拒絶す ることが困難であったというような事情もうかがわれないから,本件各建物の建築に当たってX がY に比して明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。 以上の事情に照らすと,本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければ ならず,これを目的とする本件各契約は,公序良俗に反し,無効であるというべきである。本件 本工事の代金の請求を棄却した原審の判断は,この趣旨をいうものとして是認することができ る。」 「これに対し,本件追加変更工事は,本件本工事の施工が開始された後,区役所の是正指示や 近隣住民からの苦情など様々な事情を受けて別途合意の上施工されたものとみられるのであり, その中には本件本工事の施工によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれてい たというのであるから,基本的には本件本工事の一環とみることはできない。そうすると,本件 追加変更工事は,その中に本件本工事で計画されていた違法建築部分につきその違法を是正する ことなくこれを一部変更する部分があるのであれば,その部分は別の評価を受けることになるが, そうでなければ,これを反社会性の強い行為という理由はないから,その施工の合意が公序良俗 に反するものということはできないというべきである。」 本判決は,以上のように述べ,本件追加変更工事の具体的内容,金額等についてさらに審理を 尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻した。
2.3 本契約に関する理論構造 以下,本契約と是正合意との関係性をより明確にするべく,本契約と是正合意とに分けて,原 審と最高裁の理論構造をまとめておく。 原審は,建築基準法違反というだけでは直ちに請負契約の効力が否定されるものではないが, 当該法規における規制には様々なものがあり,その内容によっては無効となりうることを示し, その内容から無効判断の考慮要素を導いている。具体的には,当該請負契約が建築基準法に違反 する程度(軽重)や違反の内容のほか,契約締結への当事者の関与の主体性(従属性),契約に 従った行為の悪質性,違法性の認識の有無などの事情を挙げている。この点で,従来の伝統的見 解に沿うものであるといえる。他方,近隣居住者の日照等の法的利益や共同住宅居住者の生命身 体の保護という目的を無効判断の要素として積極的に挙げている点も注目される。 原審に対して,最高裁は,建築確認を詐取しようとした悪質性があること,完成すれば,耐火 構造や避難通路に関わる生命・身体等の安全に関わる違法性がある建物となり,是正困難なもの も含まれていることから,違法性が軽微でないこと,請負人も専門業者であるにもかかわらず, 悪質な内容であることを了承して契約しており,請負人が注文者との間で従属的立場でなかった ことなどをふまえ,契約が公序良俗に反し無効であるとしている。 原審と最高裁の判断構造においては,行為の悪質性,違法の内容が居住者や近隣住民の生命, 身体の安全にかかわるものであり,かつその程度も軽微ではないことが挙げられている点で共通 している。理論上,従来の通説にしたがったものであるといえる14)。 他方,異なる点としては,主に次の二点を挙げることができる。 第一点としては,最高裁は,原審と異なり,XY の故意を直接には考慮に入れていない。最高 裁は,X の主体性については考慮に入れていると評価することができるものの,XY の故意いか んについては直接に判断しているとはいえない。 第二点として,最高裁は,原審と異なり,本件における違法なものの中には,事後的に是正困 難なものが含まれている点を指摘している。おそらく,原審と最高裁では,次にみる追加変更工 事に関する合意に関して結論を異にしていることも影響していると考えられる。 2.4 追加変更工事の合意に関する理論構造 原審は,上述のように,違法建築を是正したり,未完成の部分があったりしても,多くの違反 を生じさせる内容であったことに変わりはないとして,契約全体を公序良俗違反としている。 他方,最高裁は,違法部分を是正する合意は公序良俗違反ではないとしており,本契約が公序 良俗違反により無効であっても,是正工事の合意については反社会性の強い行為とはいえないた めに無効ではないとして,有効であるとしている。 この最高裁の判断は,次のような構造により導かれている。 14)もっとも,判断要素については,注(2)に挙げた近時の学説の議論をふまえて読めば,その影響を受け ているようにも読めるところである。
まず,追加変更工事に関する合意は,本工事の施行後,区役所の是正指示,近隣住民からの苦 情などの様々な事情を受けて別途合意のうえ施行されたものとみられる点,その中には本工事に より生じた違法建築部分を是正する工事も含まれていたという点から,基本的に本工事の一環と みることはできないとしている。 そのうえで,追加変更工事に関する合意は,その中に違法建築部分につきその違法を是正する ことなくこれを一部変更する部分がある場合には,別の評価を受けることとなるという留保を付 しながら,そうでない場合には,反社会性の強い行為という理由はないため,公序良俗に反する ものということはできないとしている。 3.是正合意の有効性 3.1 是正合意の法的評価と有効性との関係 原審と最高裁の判断における理論をふまえると,次のようにまとめることができる。すなわ ち,原審は,本工事と追加変更工事の区別をまったくすることなく,一つとして捉え,全体とし て強い違法性を帯び,私法上全部無効であるとしている。他方,最高裁は,当初締結された本工 事のための請負契約と,その後の追加変更工事との関係について,当初の契約の変更であるのか, それとも別の契約であるのかについて,明確に論じているわけではないが,公序良俗違反につい ての評価を分けている。 このような是正合意の評価については,様々な分析が可能である。この点に関する最高裁判決 の評釈による分析については,ヴァリエーションはあるものの,次のようにまとめることができ る。すなわち,両者を一個の契約であるとみれば,いわゆる一部無効の考え方を採っているとい うことを意味することになり,両者を二個の契約であるとみれば,一個の契約の公序良俗違反性 が他方の契約に影響を与えない場合として評価していることになる。 以下,本契約との関連を意識しつつ,是正合意の評価方法と有効性との関係について検討する。 3.2 本契約と独立して捉える場合の理論構造 (1)是正合意の評価 最高裁判決に関する多くの評釈は,判決の判断内容からすると,契約は二個存在すると理解し ているようである15)。 先にみたように,最高裁の態度は,次のように考えることができよう。すなわち,両者の故意 に対する制裁的な観点によって無効を導く構成を採るよりも,むしろ近隣住民や居住者の生命・ 身体等の安全の保障という観点から,違法状況を是正する必要性を重視することにより無効を導 く構成を採用している。違法状態にあり,近隣住民や居住者の生命・身体等の安全に関わる危険 性が存在する本契約を無効にし,その危険性を除去する内容となる是正工事に関する合意を有効 15)主なものとして,難波・前掲注(1)82 頁,松本・前掲注(1)11 頁以下など。
にしたと考えることができるのではないか。判決文中の「違法を是正することなくこれを一部変 更する部分があるのであれば,その部分は別の評価を受けることになるが」という文言からも, それは明らかであろう。 そうすると,判決文では「合意」としているものの,「追加変更工事の代金の請求に関する部 分」といった表現があることから,別の新たな「追加変更工事契約」による代金請求権が発生し ていることになり,それは有効であると評価していることになる。一つの契約と捉え,その中で 代金支払請求権を導き出す理論構成が複雑となってしまうことを避けるべく,追加変更工事に関 する合意をあくまで本契約と独立のものとみることにより,代金支払請求権をよりストレートに 導こうとしたという最高裁の意図を読みとることができるだろう。 (2)是正合意の有効性の判断 しかしながら,追加変更工事に関する合意を本契約と別途独立のものと把握したとしても,そ の合意の有効性の問題はなお残るといえる。すなわち,本契約の無効が追加変更工事に関する合 意にまで及ぶか否かという問題である16)。この点については,芸娼妓として働いて借金を返済す る契約は,以前に締結された金銭消費貸借契約と関連しているため両契約を無効とした著名な判 例がある17)。この判例は,後者の契約を無効としなければ,前者の契約を無効とした目的が達成 できないという点を重要視したものであったということができる。最高裁の事案をみるかぎりで は,追加変更工事に関する合意は本契約の違法部分を是正する内容となっているため,これを無 効としなければ,本契約を無効とした目的が達成できないというものではないことからも,本契 約の無効が追加変更工事に関する合意にまで及ぶものではないと考えられよう18)。そうであると すれば,最高裁は,「違法を是正することなくこれを一部変更する部分があるのであれば,その 部分は別の評価を受けることになるが」という留保を付していることからしても,本件追加変更 工事に関する合意が本契約である請負契約における違法性を是正する意味を有するのであれば, 追加変更工事に関する合意に本契約の無効を及ぼすべきではないという考慮を読み取ることがで きるだろう。その点では,最高裁は,本件建物における違法の是正を重視した実質的な判断をな したものとみてとることができる。 16)本稿においてはこのような形で取り上げているが,この問題は複合契約における全部無効,一部無効と いう枠内で論じられることもある。詳しくは,山本敬三「一部無効の判断構造(1)(2)未完」法学論 叢127 巻 4 号 1 頁以下,6 号 1 頁以下(1990 年),平野裕之「一部無効」椿寿夫編『法律行為無効の研究』 (日本評論社,2001 年)185 頁以下,近藤雄大「契約の個数の判断基準に関する一考察」同法 54 巻 2 号 71 頁以下(2002 年),同「単一契約における一部無効の判断方法」同法 60 巻 7 号 539 頁以下(2009 年) を参照。 17)最判昭和 30 年 10 月 7 日民集 9 巻 11 号 1616 頁。 18)そのほか,追加変更工事に関する合意を有効として代金請求を認めたとしても,本契約部分の代金請求 権が復活するわけでもないこと,追加変更工事に関する合意を無効とすると是正に関するインセンティ ブが失われ,注文者の利得拡大のおそれがあることなどを勘案した結果,最高裁の判断が支持できると するものとして,難波・前掲注(1)82 頁。
3.3 本契約と連続して捉えた場合の理論構造 (1)是正合意の評価 たしかに,このような理論構成のもとで是正工事に関する合意を独立に評価するとすれば,最 高裁のいうように,公序良俗違反とはいえないかもしれない。もっとも,本契約は公序良俗違反 により無効とされていることから,本契約と追加変更工事の合意の連続性を否定し,是正工事に 関する合意を独立のものと捉える判断がはたして妥当か,理論上どのように説明されるべきか, という問題がある19)。もちろん,是正工事に関する合意を独立のものとして捉える理解も可能で あろうし,それが最高裁による是正合意の評価の素直な解釈であるかもしれない。しかしながら, 追加変更工事の合意は本契約をきっかけとして生じたという事実がある以上,完全に連続性を否 定することは困難であるということもできる20)。是正合意を評価するにあたって,本契約と是正 合意の連続性を否定し,後者について公序良俗に反しないとすることは,はたして妥当であるの かという疑問が生じる。 (2)一部無効構成のヴァリエーション その問題点を克服する評価方法としては,契約の一部無効と構成することが考えられよう。こ の考え方によれば,大きく分けると,次の二つの構成が考えられる。①建築に関する契約を全体 として一つのものとして構成し,違法部分を無効とし,追加変更部分を有効とする考え方,②当 初契約のうち,違法部分を除く合法部分のみ有効として,追加変更部分はその有効性を確保する 履行内容の合意にすぎないとみる考え方である。このように考えると,最高裁が「契約」という 表現ではなく「合意」という表現を用いたことには納得がいく。 また,評釈の中には,本件追加変更工事に関する合意は,本件各契約で合意された請負給付を 実現する過程で行われた追加的な工事とその追認にすぎない(いわば,その程度の合意である) こと21),通常の追加変更工事にみられる,当初契約の実現をよりよく達成するためものではなく, 追加変更工事の一部に,違法状態の是正という当初計画された違法建築工事と対立する内容が含 まれていたことといった事案の特殊性から,追加変更工事にかかる代金請求についての考えうる 態度を,次の三つの考え方に分類するものもある。すなわち,①追加変更工事に関する合意が あったとはそもそも考えないが,何らかの金銭的清算の余地を認める立場,②追加変更工事に関 19)この点につき,判時・判タのコメントでは,本契約と追加変更工事の合意の連続性を否定したものと評 価できるとされている。 20)大澤・前掲注(1)204 頁。 21)中舎・前掲注(1)139 頁によると,本件各契約締結にあたって X が作成した近隣協定事項,電波障害調 査費,行政指導による追加工事,地中障害物撤去工事,敷地外設備配管見込み,近隣保障費等について は,別途工事とする旨の見積書があるほかは,近隣住民による是正指示を受けて,追加変更工事に関す る別段の合意がXY 間で行われたとの事実はなく,その事情から X が自らの判断で本件追加変更工事を 行い,Y もそれを少なくとも建物の引渡しを受けた時点までに了承ないし追認したとみられるが,結局 その清算につき折り合いがつかなかったというもののようである。
して少なくとも黙示の合意があったとは考えるが,追加変更工事の内容の特殊性については考慮 に入れず,追加変更工事に関する合意は無効な本件各契約の実現過程で行われたものであること から,合意の有効性について別途の判断はしない立場,③追加変更工事に関して少なくとも黙示 の合意があったと考えたうえで,追加変更工事の内容の特殊性について考慮に入れ,追加変更工 事の内容の特殊性にかんがみ,本工事に関する合意と別個に本件追加変更工事の合意の有効性に ついて判断する立場,である22)。このような整理・分析によれば,原審の立場は②ないし①に位 置づけられ,最高裁の立場は③に位置づけられることとなる。 (3)是正合意の有効性の判断 いずれの理論構成も考えうるが,どのように分類し,評価するにせよ,重要であるのは,一つ の契約のなかで是正合意を捉えるとすると,上記の枠組みにおいて,いかなる基準にしたがって 是正合意の有効性を認め(,代金支払請求権を認め)るか,という問題である。 この是正合意の有効性を認めるにあたって,最高裁は,本工事に関する合意と追加変更工事に 関する合意を区別し,前者は公序良俗違反に該当するが,後者のうち違法建築部分を是正する工 事については,公序良俗違反に該当しないとしている。その理由として,追加変更工事は,別途 合意のうえ施行されたものであり,本工事によってすでに生じていた違法建築部分を是正する工 事も含まれていたことから,本工事の一環とみることはできないこと,違法を是正することなく 一部変更する部分については別の評価を受けることになるが,そうでなければ,反社会性の強い 行為ということはできないことを挙げている。 この是正合意の有効性の判断を検討するにあたって,本事案とまったく同じ事案に関する先例 は見当たらない。もっとも,本事案においては,違法状態を是正すべくしてなされた金銭的給付 に関する合意の効力が問題となっていると広く捉えると,婚姻外の性的関係を解消する際の金銭 的給付の合意の効力に関する一連の判決が参考になる23)。 ①大判大正4・5・15 新聞 1031 号 27 頁は,私通関係をやめるに際してなされた手切金の贈与契 約は,私通関係をやめることを目的としその対価として金員の贈与契約を成立させたものではな いとして,これを有効としている。また,②大判昭和12・4・20 新聞 4133 号 12 頁は,情交関係 を絶つことを決意した際に女性の精神上の苦痛を慰謝する目的で合意された金員の贈与は,私通 関係をやめることを契約の内容とするものではなく,私通奨励の結果を招来するものではないと して,公序良俗に反しないとする。他方,③大判大正12・12・12 民集 2 巻 668 頁は,妻子ある X 22)原田・前掲注(1)判批② 12 頁以下。なお,原田・前掲注(1)判批① 16 頁では,より簡潔に,①特殊性 を考慮に入れず,追加変更工事に関する合意は,(無効な)当初請負契約の実現過程で行われたもので あり,当初の請負契約の有効性を前提とするものとして,合意の効力について別途の判断をしない立場 と,②特殊性にかんがみ,本工事に関する合意と別個に追加変更工事の合意の効力について判断する立 場とに分類している。このような分類によれば,①が原審の立場,②が最高裁の立場ということになる。 23)婚姻外の性的関係を解消する際の金銭的給付の合意の効力に関する一連の判決に言及するものとして, 原田・前掲注(1)判批② 12 頁,作内・前掲注(1)647 頁など。
とA 女の祖父 Y との間で合意された,XA 間の私通関係をやめることを目的として,その対価と してY が X に金員を給付する旨の合意は,善良の風俗に反するとする(ただし,この事件のよう に,第三者であるY が,上記の目的で合意し,X に金員を贈与した場合には,不法の原因はX の みにあるとして,Y による給付は不法原因給付ではあるものの,Y からの返還請求は認められる とされた)。 以上をみるかぎり,判例では,婚姻外の性的関係(私通関係)という違法状態を是正すること に対する金銭的給付の合意の効力について,単純に公序良俗違反に該当するとはしていない。公 序良俗違反該当性を判断する判例の態度としては,「(金銭的給付の合意が)私通関係をやめるこ とを目的とする」か否か,または,「(金銭的給付の合意を有効とすることが)私通関係の奨励の 結果を招来する」か否かを基準としているということができる。その結果,不倫な関係を絶止す ることの対価としての金銭的給付の合意は無効であるが,偶然にその絶止と時期が重なった損害 賠償ないし慰謝料の意味合いをもつ金銭的給付の合意は有効であることになる。これらの判断に おいては,違法状態の是正という形式面のみならず,実質的に婚姻外の性的関係(私通関係)と いう違法状態の創出の企図を抑止するという背景をみてとることができる24)。 他方,多くの学説は,一連の判例のように区別をすること,そのために基準をたてることは実 際上困難である,また理論としても無用の形式論であるとして,条件を付しても社会的に不当と 評価すべきか否かを基準とすべきであるとする25)。 以上の議論をふまえると,本判決における違法状態の是正合意の効力をどのように捉えるべき であろうか。たしかに,多くの学説がいうように,婚姻外の性的関係という違法状態を是正する ための合意に関する事案に関する判例の区別については,実際上困難であり,形式論であるかも しれない。しかしながら,社会的に不当と評価すべきか否かを基準とすべきであるといっても, その「不当性」を一連の契約プロセスにおいてどのように評価すべきであるのかという基準につ いて,理論上も明確にしておく必要がある。まさに,一連の判決がいう「(金銭的給付の合意が) 私通関係をやめることを目的とする」か否か,または,「(金銭的給付の合意を有効とすること が)私通関係の奨励の結果を招来する」か否かという基準が,その態度の表れであるように思え る。一連の判決をこのように理解できるとすれば,その方向性は支持できる。 そうすると,本判決の事案における,違法状態の是正合意の有効性の判断基準としても,形式 的に契約内容が違法状態の是正に向けられているという形式面のみならず,実質的に当初契約と 是正合意における事情を加味したうえで,合意における動機,目的,内容,その他一切の事情を 考慮して,「違法状態を是正することを目的とする」か否か,「違法状態継続の結果を招来する」 か否か基準として判断すべきであるように思われる26)。そうであるとすれば,本判決における説 24)原田・前掲注(1)判批② 12 頁。 25)我妻・前掲注(2)272 頁,川島武宜『民法総則』(有斐閣,1965 年)236 頁等。 26)原田・前掲注(1)判批① 16 頁,判批② 13 頁。判批①②によると,合意の動機,目的,内容その他一切 の事情を総合考慮して判断されるべきであるという内容の記述がある。 具体的に,判批②では,金銭の提供がない限り違法行為を継続する旨を相手方に迫るような意図が背
示は,その検討において,やや簡略にすぎたといわざるをえない。 3.4 両判決の評価 以上の検討より,両判決の判断について検討しておく。 (1)原審の評価 原審については,「本件各契約」と表現はしているものの,本契約と是正合意をある意味一体 のものとして評価しているといえる。そして,是正合意について,本契約とあわせて,「全体と して強い違法性を帯びる」としている。しかしながら,「本件各契約」を一体のものとして評価 している以上,「全体として強い違法性を帯びる」とするのは仕方ないことであるかもしれない が,是正合意を仔細に検討し,有効性を判断すべきではなかったか。たしかに,本契約と是正合 意は,ある意味一連の契約プロセスにおいてなされたものではあるが,是正合意については,本 契約の違法状態を是正するものであったということができることから,「全体として強い違法性 を帯びる」と評価するためには,本契約の違法部分が是正合意によって解消されたとしても,な お違法性が強いと判断しうるための根拠を示すことが必要であったように感じる。 (2)最高裁の評価 最高裁については,是正「合意」の法的評価を,多くの評釈が「契約」と捉えている。たしか に,代金支払請求権をよりストレートに導くことを考えると,「合意」を「契約」として把握し た方が都合がよく,読み方としても素直であると考えられる。また,そのように理解したとして も,本契約と是正合意との関係性から生じる,無効の派生の問題についても,従来の理論との間 に大きな問題を生じさせるものであるともいえない。 しかしながら,原審と同様に,是正合意を契約における一連のプロセスをみて把握しようとし たとき,はたして個別の「契約」と捉えることが妥当であるのか。最高裁のいう「合意」という 文言を重視するのであれば,契約全体における一つの「合意」にすぎないと捉えることの方が素 直であるということもできる。事実関係を仔細にみれば,たしかに,「契約」と評価するには値 しない程度のものであったということもできる。そうであるとすれば,最高裁の文言どおり「合 意」として捉え,本契約の無効は,契約の一部無効であるとして,その違反内容の是正合意につ 後に存在するかどうかなどを考慮すべきであることに加えて,さらに本件追加変更工事の範囲や規模, 当事者の動機なども考慮されるべきであるとされている。すなわち,違法建築部分の是正に関する合意 が,住民の反対運動や区役所による是正指示を受けて,当初の違法建築計画を断念して行われたのであ れば,その合意が公序良俗に反することはないと考えられるが,仮に違法建築部分の是正に関する合意 はあくまで違法が発覚した部分について対応した限定的なものにすぎず,当初計画をできる限り維持し ようという動機のもとで行われたものであったというような事情があったとすれば,本件各契約の目的 達成のためのものであるということができるため,是正工事部分も含めて,公序良俗に反するという結 論が導かれている。
いては有効となる余地があると理解することも可能である27)。ただ,原審における批判と同様, 是正合意の有効性については,本契約の無効の判断基準と関連づける形で,より詳細に検討され るべきである。 4.今後の検討課題 以上の検討より,今後,別稿において検討を予定している課題について示しておく。 4.1 契約の個数論と無効との関係性 まず,契約の個数論と無効との関係についてである28)。本稿では,原審および最高裁の判決の 是正合意の捉え方において,契約が一個,または二個と考えた場合の理論構造について検討し た。この是正合意の捉え方がいかにあるべきか,すなわち,法律行為の個数の評価・確定基準は いかにあるべきかについての検討も,無効判断に重要な影響を及ぼすものであるといえる。そう すると,この法律行為の個数の評価・確定基準については,意思理論,契約の目的論等をも視野 に入れ,慎重な検討をする必要がある。 そうであるとすれば,両判決,とりわけ最高裁における是正合意の捉え方,およびその有効性 の判断については,やや簡略にすぎるといわざるをえないであろう。今後,このような大きな視 点からも,本判決を捉え直し,法律行為の個数の評価・確定理論を精緻化していくことが課題と して挙げられる。 4.2 一般理論への展開可能性 もっとも,本判決は,事例判決であるということができ,割とイージーケースであるとも評 されている29)。たしかに,両判決,とりわけ最高裁の判断内容からみても,その点は否定できな い。そうすると,本稿において検討した内容が一般理論を検討する際にどこまで妥当するもので 27)なお,仮にその合意を有効と判断したとしても,次の問題が生じることになる。すなわち,合意の中に, 違法状態を是正することに向けられた工事と,違法状態をそのままにしたうえで,これを一部変更する 工事が含まれているといった場合に,前者のみを有効にできるか,という問題である。 この問題について,原田・前掲注(1)判批② 13 頁は,一部無効における議論においてよく挙げられ る内容,すなわち,残部を有効にしても一部を無効にした意味がなくならないか,残部のみを有効にし ても当事者が合意をした目的を達成できるか,残部のみを有効とすることが当事者の仮定的意思に反し ないか,残部のみの有効が一方当事者に対して過酷を強いないかといった点が考慮要素になるとし,本 事案でも「一部無効を認めるのに特段の障害はないように思われる」としている。本稿においては,冒 頭に述べたように,意思理論,契約の解釈論,無効判断の基準論など,より詳細な検討が必要となるた めに検討から外したものの,4.今後の検討課題に挙げた問題点と関連して検討すべき重要な問題であ る。 28)この点につき,簡潔に触れるものとして,難波・前掲注(1)82 頁。 29)曽野・前掲注(1)66 頁。
あるかどうかについては,本判決の射程や,今後の他の判決の動向をふまえつつ,注意して検討 することが必要になると考えられる。その際には,本稿において直接の検討の対象から外したも のの,行政法規に反する契約の私法上の効力を判断する基準と,その違法状態を是正する合意の 効力を判断する基準,すなわち,公序良俗違反該当性の基準との関係はいかにあるべきかについ て,当該行政法規における規制内容等の性格,その違反の程度,悪質性等もふまえて,綿密に分 析をする必要がある。場合によっては,請負代金の大半が支払われていたという事情を考慮した と考えられる最高裁のように,結論の妥当性をも考慮する必要もあるといえる。 さらには,違法状態を是正する合意の有効性の判断基準にまで広く妥当するものであるかにつ いても,検討する必要がある。本稿では,婚姻外の性的関係という違法状態を是正する合意の効 力に関する判決を参考に検討したが,統一的に理解をするためには,さらなる事案と判決の理論 の分析をする必要があるといえる。 【本稿は,取引法研究会(代表:椿寿夫)の平成24 年 11 月例会における本判決の判例報告,平成 25 年 10 月例会における研究報告の一部をまとめたものである。報告の際の議論において,多く の先生方に貴重なご指摘を賜ったことを感謝申し上げる。】