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Vol.26 , No.1(1977)071渡部 孝順「吉蔵の法華義疏に引用された竜光法師について」

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Academic year: 2021

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(1)

吉 蔵 の 法 華 義 疏 に 引 用 さ れ た 竜 光 法 師 に つ い て ( 渡 部 )

( 1) バ ク ヲ ハ 吉 蔵 の 法 華 玄 論 に ﹁ 光 宅 受 二 経 於 印、 印 稟 二 承 於 竜 一﹂ と あ ( 2) ト ト ハ り、 智 顕 の 法 華 文 句 に は ﹁ 斎 中 興 印 小 山 瑠 従 レ 竜 受 レ 経 ﹂ と ハ 記 さ れ、 そ の 次 に ﹁ 光 宅 雲 従 レ 印 受 レ 経 ﹂ と 記 載 さ れ て い る。 吉 蔵 と 智 顕 と は、 共 に、 光 宅 寺 法 雲 は 中 興 の 印 師 よ り、 そ し て、 印 師 は 盧 山 の 竜 師 よ り 法 華 を 承 け 継 い だ と、 同 じ 事 を 記 録 し て い る に も 関 わ ら ず、 吉 蔵 の 法 華 義 疏 と 智 顎 の 法 華 文 句 に 引 用 さ れ て い る 科 段 釈 が、 非 常 に、 相 違 し て い る の で あ る。 智 顎 は、 盧 山 の 竜 師 や 印 師、 そ れ に 光 宅 師 の 科 段 釈 が 引 用 し て い る が、 吉 蔵 は 印 師 の み の、 そ れ が 引 用 し て い る だ け で あ つ て、 竜 師 や 光 宅 の も の は 引 用 さ れ て お ら な い、 そ し て、 竜 光 法 師 の 科 段 釈 が 引 用 さ れ て い る の で あ る。 吉 蔵 と 智 顕 の 数 多 い 引 用 釈 の う ち、 今、 関 係 の あ る も の だ け を 左 に 引 用 し て 見 た。 ( 3) 法 ケ 義 疏 竜 光 法 師 開 二 此 経 一 為 三 一 段 一 於 二 ( 4) 法 ケ 文 句 盧 山 竜 師 分 レ 文 為 二 序 正 流 通 一 両 段 中 一各 開 二序 正 流 通 三 段 一 合 成 二 六 段 一 (一) 従 二 初 品 一以 下 寛二 安 楽 行 一十 三 品 是 開 三 顕 一 序 正 流 通 (二) 従 二湧 出 品 一 以 下 十 四 品 是 開 近 顕 遠 序 正 流 通 六 段 印 法 師 開 二 此 経 一 凡 為 二 四 種 一 ト ス (一) 序 品 序 為 (二) 従 二 方 便 品 一寛 二 安 楽 行 品 一十 二 品 開 三 顕 一 明 二乗 方 便 乗 真 実 一 (三) 従 二湧 出 品 一寛 二分 別 功 徳 偶 一 二 品 半 開 近 顕 遠 明 二身 方 便 身 真 実 一 (四) 従 二 分 別 功 徳 品 一寛 レ経 -流 通 分 二 十 七 品 統 唯 両 釈 (A)(一) 従 レ序 至 二法 師 一 言 方 便 言 真 実 (二) 宝 塔 下 身 方 便 身 真 実 (B)(一) 従 二 方 便 一至 二 安 楽 行 一 是 因 門 (二) 従 二湧 出 一 是 果 門 斎 中 興 印 小 山 藩 従 レ 竜 受 レ 経 分 文 同 有 師 作 二四 段 一 (一) 初 品 予 段 (二) 従 二 方 便 一 至 二 安 楽 行 一 開 三 顕 一 段 (三) 従 二湧 出 一詑 二 分 別 功 徳 一 開 近 顕 遠 段 (四) 後 去 余 勢 流 通 分 智 顕 は、 竜 師 の 科 段 釈 を 引 用 し、 ﹁ 二 十 七 品 統 唯 両 転 ﹂ と、 前 置 き し な が ら、 右 図 の よ う に 二 転 の 科 段 釈 を 引 用 し て い る

(2)

-276-の で あ る。 (A) の 科 段 釈 は、 と も か く と し て も、(B) の そ れ は、 方 便 品 よ り 安 楽 行 品 迄 の 十 二 品 は 是 因 門 に 属 す と 記 し て い る が、 初 品 即 ち 序 説 が 抜 け て い る。 こ の 事 か ら 想 像 さ れ る 事 は、 次 の 段 の 湧 出 品 よ り 以 下 は、 是 果 門 と 記 さ れ て い る 一 段 も、 実 は、 湧 出 品 よ り 以 下、 経 の 寛 る 迄 の 十 四 品 全 部 で な く、 分 別 功 徳 品 の 偶 迄 の 二 品 半 を 指 し て い る の で あ つ て、 分 別 功 徳 品 よ り、 経 の 寛 り、 即 ち、 十 一 品 半 の 流 通 分 が 抜 け て い る と 想 わ れ る。 謂 う な れ ば、 こ の(B) の 科 段 釈 は、 序 段 と 因 門 と 果 門、 そ れ に 流 通 段 の 四 段 で あ つ た ろ う。 こ れ に 対 し、 吉 蔵 の 引 用 し た 印 師 釈 は 明 ら か に、 四 段 説 で あ る。 謂 う な れ ば、 前 述 し た 智 顎 の(B) 説 に 相 当 す る と 考 え ら れ て 来 る。 智 顕 が 引 用 し て お つ た ﹁ 有 師 作 二 四 段 一﹂ 釈 に も 相 通 ず る も の が あ り。 智 頻 は 二 段 説 挙 揚 の た め、 吉 蔵 の 引 用 し た、 ﹁ 印 法 師 開 二 此 経 一凡 為 二 四 転 こ の 印 師 を、 ﹁ 有 師 作 四 段 ﹂ と、 故 意 に、 印 法 師 の 名 を 伏 せ て 了 つ た と も 考 え ら れ る。 と い う の は、 智 顎 が 法 ヶ を、 本 門 迹 門 の 二 段 に 分 別 し た 事 を、 慧 竜 師 や 印 師 説 に、 そ の 基 盤 を 求 め、 自 説 を 有 利 に 導 こ う と し た 顕 れ で あ つ た と 解 釈 さ れ て も 止 む を 得 な い で あ ろ う。 吉 蔵 は、 印 師 の 四 段 釈 を 引 用 し な が ら も、 慧 竜 師 説 を 掲 げ よ う と は し な か つ た。 し か し 吉 蔵 竜、 法 ヶ 経 を、 初 分 経、 後 分 経 の 二 段 と し、 夫 々 に、 序 正 流 通 の 三 科 段 を 設 け た 科 段 釈 を 採 用 し た た め に、 そ れ を 智 頻 の よ う に、 慧 竜 や、 印 師 に 求 め ず に、 竜 光 法 師 の 二 段 説 を 採 用 し、 そ れ に よ つ て、 自 説 の 基 盤 づ く り を 試 み た と 思 わ れ る。 と こ ろ が、 吉 蔵 の 法 ヶ 義 疏 等 に は、 そ の 後、 竜 光 法 師 の 名 は、 全 く 引 用 さ れ る 事 な く 厘 山 の 慧 竜 や 印 師、 そ れ に 道 朗、 道 生 等 の 名 が さ か ん に 出 て く る の で あ る。 そ こ で 私 は 簡 単 に、 こ の 竜 光 法 師 は 盧 山 の 慧 竜 の 事 で あ ろ う と 考 え て 了 つ た。 ( 5) 然 し 国 訳 一 切 経 法 華 義 疏 ﹁ 胡 吉 蔵 撰 横 超 慧 日 訳 ﹂ の 脚 註 に ﹁ 竜 光 法 師 竜 光 寺 僧 緯 ﹂ と あ り、 金 治 先 生 の ﹁ 三 経 義 疏 の 研 究 ﹂ の 中 に も そ れ を 認 め ら れ て い る 事 で あ る。 ( 6) 竜 光 寺 僧 緯 に 就 い て、 境 野 黄 洋 著 支 那 仏 教 精 史 に ﹁ 智 蔵 門 下 に 於 い て 最 も 有 名 な の は 僧 緯 で あ る、 僧 緯 の 伝 は 高 僧 伝 等 イ デ ス に 漏 れ て い る が、 然 し ﹃ 警 紹 伝 ﹄ に も ﹃ 尋 爾 蔵 公 遷 化、 有 ニ ギ ヲ チ シ テ ス ギ ニ 竜 光 寺 緯 公 一継 レ 踵 伝 レ 業、 便 廻 聴 焉 ﹄ と も、 又 ﹃ 次 稟 二 竜 光 ピ ニ デ ニ ニ チ シ ニ 僧 緯 一並 道 秀 二 城 中 一声 高 二 楚 表 一 乃 服 一膚 座 右 一 稟 二 宗 成 実 一 ﹄ と も あ り ⋮ ⋮ ﹂ と 記 さ れ て い る。 常 盤 大 定 著 ﹁ 支 那 の 仏 教 ﹂ ( 青 年 仏 教 叢 書 ) の 中 の 支 那 仏 ( 7) 教 思 想 第 五 章、 法 界 論 の 中 の 実 相 論 以 下 に、 竜 光 な る 法 師 名 が し ば し ば 出 て く る。 例 え ば ﹁ 開 善 の 弟 子 の 竜 光 は 之 に 反 し て ⋮ ⋮ ﹂ あ る い は ﹁ 嘉 祥 よ り 見 れ ば 開 善 や 竜 光 の 思 想 も、 こ れ を 出 で ぬ も の と な る ⋮ ⋮ ﹂ と あ り、 竜 光 は 開 善 の 弟 子 で あ り、 成 実 家 の 研 究 対 象 で あ る 二 諦 義 の 問 題 に 触 れ た 中 に 出 て 吉 蔵 の 法 華 義 疏 に 引 用 さ れ た 竜 光 法 師 に つ い て (渡 部 )

(3)

-277-吉 蔵 の 法 華 義 疏 に 引 用 さ れ た 竜 光 法 師 に つ い て ( 渡 部 ) 来 る。 こ う し た 点 か ら 見 て も、 嘉 祥 が 法 華 義 疏 に 引 用 し て お つ た 竜 光 法 師 と は、 開 善 の 弟 子 で あ り、 成 実 の 研 究 家、 僧 紳 で あ る 事 に 間 違 い は な い。 し か し、 私 の 頭 の 中 に、 ど う し て も、 ひ つ か か る も の が あ る。 と い う の は、 竜 光 寺 僧 紳 に 法 華 研 究 の 記 録 が 見 出 さ れ な い と い う 事 で あ る。 そ う し て、 嘉 祥 の 法 ヶ 義 疏 や 法 ヶ 玄 論 等 に そ の 後、 引 用 さ れ る 人 物 は 盧 山 の 竜 師、 中 興 の 印 師、 光 宅 の 雲 公、 そ れ に、 竺 道 生 等 で あ り、 竜 光 法 師 と い う 人 物 は、 全 く、 姿 を 見 せ な い と い う 事 も、 気 に か か る 問 題 で あ る。 竺 道 生 は 竜 光 寺 建 立 時 の 住 職 で も あ り、 法 ヶ 疏 二 巻 が 大 正 大 蔵 経 二 八 六 〇 に 収 録 さ れ て い る と こ ろ か ら、 試 み に 道 生 の ( 8) 事 を 梁 の 高 僧 伝 巻 七 ( 国 訳 一 切 経 ) に 尋 ね て 見 た。 ﹁ 都 に 還 り て、 青 園 寺 に 住 む、 寺 は 是 れ、 晋 の 恭 思 皇 后 楮 氏 の 立 つ る 所、 本、 種 青 の 処 な れ ば、 因 つ て 以 て 名 を 為 す、 生、 既 に、 当 時 の 法 匠 な れ ば 請 じ て 以 て 焉 に 居 ら し む。 ⋮ ⋮ 又 六 巻 の 泥 渣、 先 に 京 師 に 至 る、 生、 経 理 を 剖 折 し て 洞 く 幽 徴 に 入 り、 廼 ち ﹃ 阿 閲 提 の 人 も 皆 成 仏 を 得 ﹄ と 説 く、 時 に、 大 本、 未 だ 伝 わ ら ず、 孤 明 先 ず 発 し て 独 見 衆 に 件 ら ふ、 是 に 於 て 旧 学 以 て 邪 説 と 為 し、 畿 憤 滋 に 甚 し 遂 に、 大 衆 に 顕 わ し て 按 し て 之 を 遣 る。 生、 大 衆 の 中 に 於 て 容 を 正 し 誓 い て 曰 く ﹃ 若 し 我 が 所 説、 経 義 に 反 せ ぱ 請 ふ、 現 身 に 於 て、 即 ち、 属 疾 を 表 は さ ん、 若 し、 実 相 と 相 違 背 せ ず ん ば、 願 は く は 寿 を 捨 る の 時、 師 子 座 に 拠 ら ん ﹄ と 言 い 寛 り て 衣 を 払 い て 遊 ぶ、 初 め 呉 の 虎 丘 山 に 投 ず、 旬 日 の 中 に 学 徒 数 百 な り、 其 年 の 夏、 雷、 青 園 の 仏 殿 に 震 い、 竜、 天 に 昇 り て、 光、 西 壁 に 影 ず、 因 り て 寺 名 を 改 め、 な し て 竜 光 と 日 ふ、 時 人、 歎 じ て 曰 く、 竜 既 己 に 去 る、 生、 必 ず 行 か ん、 と、 俄 に し て 迹 を 盧 山 に 投 じ、 影 を 巌 舳 に 消 す ﹂ 云 々 と あ り、 そ の 脚 註 に ﹁ 広 弘 明 集 ( 十 八 ) に は、 答 衛 軍 の 書 を 改 め た り、 同 集 巻 第 二 十 三 に は 慧 林 の 撰 せ る 竜 光 寺 竺 道 生 法 師 訣 を 収 録 せ り ﹂ と あ り、 青 園 寺 を 竜 光 寺 と 改 め た の は、 道 生 の 因 縁 談 か ら で あ る、 広 弘 明 集 は 周 知 の 通 り、 唐 の 道 宣 の 編 集 せ る も の で あ る か ら、 道 生 を 竜 光 寺 竺 道 生 と 呼 ん で お つ た の は、 既 に、 唐 の 時 代 か ら で あ つ た 事 が 知 ら れ る。 亦、 同 高 僧 伝 巻 三 の 仏 駄 什 伝 に ﹁ 先 に、 沙 門 法 顕、 師 子 国 に 於 て 弥 沙 塞 律 の 梵 本 を 得 た る も、 未 だ、 翻 訳 せ ら れ ず し て、 法 顕 遷 化 す、 京 邑 の 諸 僧、 什 の 既 に、 此 の 学 を 善 く す る を 聞 き、 是 に 於 て 請 ひ て 出 さ し む。 其 の 年 の 冬 十 一 月、 竜 光 寺 に 集 り、 訳 し て 三 十 四 巻 と 為 し、 称 し て、 ﹃ 五 分 律 ﹄ と 為 す、 什、 梵 本 を 執 り、 干 閲 の 沙 門 智 勝、 訳 を 為 し、 竜 光 の 道 生、 東 安 の 慧 鰍、 共 に、 執 筆 参 正 し、 宋 の 侍 郎 中 螂 那 王 練、 壇 越 と 為 り、 明 年 四 月 に 至 り て 方 に 寛 る ﹂ と あ る。 亦、 道 生 伝 の 中 に、 宝 林、 法 宝、 慧 生 の 三 伝 が 添 え ら れ て い る が、

(4)

-278-﹁ 後、 竜 光 に、 又、 沙 門 宝 林 あ り、 初 め 長 安 を 経 て、 学 を 受 け、 後、 生 分 の 諸 義 を 祖 述 す ﹂ と、 亦 ﹁ 近 代 に 又、 釈 慧 生 な る 者 あ り、 亦、 竜 光 寺 也 止 ま り、 疏 食 し て 衆 経 を 善 く し、 兼 ね て 草 隷 に 工 な り、 時 人、 同 寺 に 相 継 ぐ を 以 て 号 し て 大 小 二 生 と 日 ふ ﹂ と あ る よ う に、 道 生 を 竜 光 の 道 生 と 呼 び、 宝 林、 慧 生 の 伝 も、 夫 々、 道 生 に 因 ん で の 伝 記 で あ る。 道 生 の 名 は 竜 光 と し て 知 ら れ て お つ た 事 だ け は、 確 で あ る。 吉 蔵 が 引 用 し て お つ た 竜 光 法 師 を、 僧 紳 と 指 摘 す る 事 に 敢 て 反 対 す る も の で は な い が、 竺 道 生 も、 竜 光 法 師 と 称 せ ら れ て い る 事 実 か ら し て、 法 ヶ 義 疏 に 引 用 せ ら れ て お つ た 竜 光 法 師 と は、 僧 紳 と 考 え る よ り は、 竺 道 生 と 考 え た 方 が よ り 適 切 で は な か ろ う か。 法 華 の 注 釈 書 で な し に、 浬 藥 経、 あ る い は 成 実 論 や 二 諦 義 等 に 関 す る 注 釈 書 で の 引 用 で あ る な ら ば、 竜 光 寺 僧 緯 で、 充 分、 納 得、 出 来 る の で あ る。 し か し、 法 ヶ 経 に 関 す る 注 釈 書 に 引 用 せ ら れ て い る 竜 光 法 師 を 僧 緯 と 指 摘 す る よ り は、 む し ろ、 道 生 と 考 え る の が 穏 当 の よ う で あ る。 只 問 題 な の は、 吉 蔵 が 引 用 し た 竜 光 法 師 の 科 段 釈 の 事 で あ る。 そ れ に よ れ ば、 法 華 経 を 二 段 に 分 別 し、 夫 々 に 序、 正、 流 通 の 三 科 段 に 分 別 し、 計、 六 段 と い う 釈 の 事 で あ る。 道 生 の 法 華 経 疏 は、 実 は 三 段 で あ つ て、 竜 光 法 師 の そ れ と は 合 致 し な い と い う 事 で あ る、 こ の 点 か ら す れ ば、 こ こ に 云 う 竜 光 法 師 を 竺 道 と 見 倣 す 事 は 出 来 な い。 唯、 吉 蔵 の 引 用 し た 竜 光 法 師 の 二 門 六 段 の 科 段 釈 や、 智 顕 の 引 用 し た 慧 竜 師 の 二 門 に 分 別 し た も の は、 梁 の 時 代 に は 未 だ 見 ら れ な い も の で あ る。 二 門 六 段 の 科 段 釈 を 明 確 に 示 し た も の は、 智 顕 の 法 ヶ 文 句、 吉 蔵 の 法 華 義 疏 に 記 さ れ た も の が 始 め て で あ ろ う。 そ し て、 こ の 萌 し を 見 せ た の は、 光 宅 の 法 ヶ 義 記 で あ ろ う、 即 ち 正 説 の 中 の 因 義 を 明 す 中 に 流 通 因 義 を 設 け、 果 義 を 明 す 中 に 寿 量 家 の 別 序 を 設 け た 事 に 始 ま る よ う で あ る。 光 宅 を 承 け 継 い だ 太 子 疏 は 智 顎 の よ う に 二 門 六 段 釈 の 方 向 と は 逆 に、 一 門 三 段 釈 の 方 向 へ 逆 も ど り し た と 云 え る よ う で あ る。 こ の 問 題 は 頁 数 の 関 係 上 こ の 次 に 譲 り た い。 1 大 正 大 蔵 経 第 三 十 四 巻 三 七 九 頁 下。 2 〃 〃 一 頁 下。 3 〃 〃 四 五 二 頁 下。 4 〃 〃 一 頁 下。 5 国 訳 一 切 経 法 華 義 疏 一 五 頁 脚 注。 6 支 那 仏 教 精 史 九 四 九 頁。 7 支 那 の 仏 教 四 八 頁。 8 梁 高 僧 伝 ( 国 訳 一 切 経 ) 一 五 二 頁。 9 〃 〃 五 八 頁。 吉 蔵 の 法 華 義 疏 に 引 用 さ れ た 竜 光 法 師 に つ い て (渡 部 )

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