商工経済研究 彗奄讐哉 ︵瑠月票監︶
は L が き
粗箕なる論考を提供し、未熟なる思想を披涯することに依って、人を悩ますことは、猫皇潰者に勤して罪を
貫ふのみならず筆者自身に封しても抄なからす自費の念に駆られる。今、本校鱒二研究患研究禦仙術基奪貝の
厳命もだし難く﹁経済単出畿鮎に於けるミルの立場﹂なる肇稲を公にするに常って、筆者は今常に、如上の感慨
を探くする。
人に見すべきものならで、かいやり持つペ畳ものならば﹂敢然如何なる悠憩をも固辞するこそ拳究の徒の態
度でなけれぼならぬ。そのことわりを知りつゝも、よくし得ずして、薯車の酔柄をさへ用ひて狗伯なきものを
入に示す桝以は、叫に筆者の善心の射きと、二に編基委員の磨力と懇請とに封へんが薦めに外ならない。
抑々経済嬰の出発鮎てふ公案は、換言すれぽ経済畢の封象如何てふ課題である。夫れは経済塾の出費瓢たる
脛済輩出費鮎に於けるミかの立場経済畢出費鮎に於けるナ,、ルの立場H
大 泉
︵一︶ ︼︵こ︶ こ 魔王テ超∴鹿−鱒 と共陀又斯拳の郎魔、でなげれぼなちぬ。籠臍箪に於ける汎ゆる放射線は、之を波及として四散すると共に、轟 か之に向つて朝課する。﹁始めこそ終りなれ﹂のシ土レーの詩句、いみぢくも富ひけるもの哉虻 経済畢とは経済の拳なりと首はゞ、問題は直ちにふ持して﹁経済とは何ぞや﹂の討究となる。而も、経済とは 何ぞやの課題に入れぼ、諸詮相鼎立し宅、未だ其の間に、瞥接すべき定詮の必ずしも確立せられざることを認 めなけれぼならない。高田保属博士が﹁経済とは何ぞや﹂なる意味洗き血文を掟出せられたのも未だ我等の記憶 に新らしい朗では恵いか。︵高田博士、経済とは何ぞや、﹁経済研究L三春二耽、大正十五年四月︶ 此の文の筆者は、未だ総務蓼の尺BCをも把挺し終らざる着である。従って、今経済拳の封象に放て、諸家 の詮を論述批判することは、ノそのよくする桝で綾ない。又敢て企てんとする朗でもない。茨には唯、ジョン. スチュアート・ミルの・経済堕出発鮎を一瞥し、併せて岩手の開設豪試みんとするに過ぎない。 然し筆者とても、自己の公にする妄に勤しては、若干の粁護と意義とを有つものである。人も知る如く、、し ルは韮E統率派の潮流に在って集成着たる役割を減じた人である。されば其の単教理論の中より、何等か斬らた なるものを求めん上すれぼ、我等は往々にして失望せねぼならぬであらう。けれども、兜拳の詮く研が集蒐整 調せられて、正統派経済畢の一大偉観を現出するものは、叉ミルを措いて他に比を求むること困経であらう。 経済拳は富を剖象とするとは堆釆詭かれ釆たつた通詮であり。今蘭其の飴影を止むる詭である。正統畢次の ∵人人の出磯鮎は何れも故に在ったて、、ルに於ても亦同じである。唯、進んで富とは何ぞやと反間すれぼ問題は
泌ずし透単純ではない?今日経済畢の研究に於て、必ず経なければならぬ富又は財の問題紀聞LJ、立統率派の 成果をなすミルの改を知ることは無用の柴ではあるまいと息ふ。 叉私かに恩ふ。本校本科初年生の経済科冒は、チャツプヤンの﹁経済畢概論﹂講読でぁる。て此の書に於けるチ Jヤクブマンの立場蜂、全くマトシヤルを組逃するもの、従って﹁北ハ▼の経済単機諭﹂は、マーシャル﹁経済笹原理﹂ の入門書又は縮囲と言ふも過言ではない。マーシャルは英闊が生んだ宮代一流の鴻儒であるアヤーシヤル経臍 単を挙ぼれる人ふに、英国正統笹沢の成果とtての、、、ルを封照とtて提供するこ之は、蓋七意味扱きことで披 ないであらうと。 繰返へして言ふ。眞にも二言せる如く此の叫女は筆者の懲稀である。此の畢稲を成してから思らく二年飴の ∴何日が流れたらう。編締着の厳命によつて、筆者は加ふペきもの‘′jEすべきものゝ多きを感じっ1も、之をな さずして背き衣のま1衆目に蕗らさねぼならぬことを恥づる。人の子の世に出でんとするや、∴其の姿の実はし 忌、東望の的たるを願はぬ.親はないであらう。然れども子の姿の醜きを知れる親は、世にも悲しき親で透 此.の文の筆者は、姿貧しき予を満つ親の心を感ずる。車に諒怒を賜はらぼ幸甚此上もない7。 ﹁ ジョン・スチュアート・ミルの﹁経済堕慮迦﹂開巻弟.∵に叙べられてる富集は次の如Y▼である。 経済恐山費鮎に於けるミか¢立場 ︵三︶ 三
舞三食 第一躾
︵四︶ 四 人畢の汎ゆる方南に於て、葦際︵Pract芹e︶は濃かに、科箪︵SnieコCe︶に鹿立つものである。自然力の遅行に関す る組織的考察は、それ等の力をぼ、賛際的目的に利用せんと努力Lた長き経過の後に於ける産物である。され ば、科畢の一分科としての経済奥の概念も亦極めて新らしいものに属す。然乍、経済堕が関係する問題は、如 何なる時代にも、必然的に、人間の主なる賛際的利寄憐孫中の叫つを威し、或る時代には、夫れが法外に大き な関連を形逸ったこともある。︵註てこ 筆者は今、群溝螢の封象に閲するミルの考察を伺ふに党立ち、右の一節に紹を輔へて、賓際と料率との関係に 勤する若干の卑見を開き乍ら、所期の課題に入って行きたいと思ふっ 科拳の成立に閲する此の見解は、濁り経済単に裁て眞理であるのみならす、他の舷ペての科挙の確立に放ても 虞理であることは疑を容れない。料率としての成立の時期には、比較的遠きに滞るものもあり、或は比絞的近世 に至って腰系を輿へられたるものもあつて、仙梯ではないけれども、夫れが料率として成立する忙至るまでには 其の封象に裁て、.それを科輿として成立せしむるに充分なる嘗際的方面の進展が存在することを前提とするもの で参る▼。闇拳といふ組織的車間が成立しない未開の時代、又は未開の民族の問に於ても、身腰の傷害疾患収勤し .て、或は草根により、或は木皮を以て封衆を施した事嘗は、之を認めること容易なるが如き是である。 ヽヽヽヽヽヽ 然らば、科畢は常に驚際に追随して之を支配するの力なきや。存在する資際よ㌢、誘導せられたる科凝が、存 ︳ヽヽヽヽヽ 呑すべき嘗際に勤して全く樵威を有たぎるや。斯く言へぼとて、読者は筆者の意味を誤解せざらんととを願ふ。 ヽ筆者とても、聾者によつて詮かる1科壌と政策の直別に苦かなるものではない。科単が存在の法則たるに封し、 ヽヽヽヽヽヽヽ 政策は雷鳥の法則たりてふ通詮にも抄なからぬ関心を有つもめである。存在すべき賓際に封して、科嬰が横威を 有せざるや否やとの意味は、科挙が積極的に、硯嘗を改欒し或は新らたなるものを潜らすや否やとの意ではない。 それ蛛正しく政策の磯城である。我等の意味する朗は、布衣の法則として確立せられたる料畢的眞埋が、屡々未 ヽヽ 知のより大なる眞理開硯の横線となり、硯蜜が自らを改欒、向上せしめ行く目標となり得るものではなかううか と冨ふのである。 ソク ハシメ 普々は背約筆書の胃頭に於て﹁元始に沖天地を創造牒給へり﹂︵創世記、一ノこの側句を読む。其の意味は、宇 宙の原始に潜っては、兜づ唯叫つなる紳の存在するものあつて、之より森羅常象が創造せられたものであるとの 宗教的信優によるものである。宗教的倍傑としての、此の天地創造故には、筆者は柳かの意見をも表示し得べき 資格を有つものではないが、唯右の方式を移して、紳を忠恕と改め、天地を、硯嘗又は賛際と置き代へて、思想 は賛際に兜立つとすれば、そこに一つの考察が試みられる。 如何なる原始蒙藤の徒と輝も、全然思惟の作用を紋除するとは、我等に想像すること不可能である。その場合 にも、仮令甚だ低度乍ら、判断なり、理解なサがなけれぼならない。低皮乍らも存在したなれぼこそ、今日の進 歩にまで高められ得たのであつて、始めより、何等の思惟も思考も無かつたとすれぼ、それを畿達せしむる術も 全くないと言はねぼならない。此の意味に於て、思想︵原始的なる思惟思考を意味す︶は華際に発意つと富ふこと 絡蹄拳出費鮎に於けろミルの立場 ︵五︶ 五
第三笹 第一舐
・︵六︶ 六 は一應言ひ得ると恩ふ。然れども、.此の定式を不易として絶べての場合鱒邁用せんとすれぼ我等は誰鶴を欠ふであらう。思想が常に期尊者となり、貰際が常に追従者となるとは断走し待ないからである。思想と驚際とが、ノ成
る程庶まで進められたる後に於て峰二者の関係は寧ろ相互的であるヽと観るのが至雷である。嘗際上の進化が発
つ行はれて、思想が之に追従し、又は改欒せらる1場合もあるであらう。.反封に思想が先導して、蜜際が、′その高さまで引上げられる場合もあるであらう。我等が、生活態度の重心を、主として何れに置くかによつて種々な
プラクティス る立瘍の相異を畿生するのである。葦際の支配力を比絞的重税すれば述験的、賛謹的色彩の沸き立場となる。
慮想.の指導力に聾心を置けぼ、唯心的、理想主養的旗職を擁すること1なる。今、単なる忠恕と晋ふ言葉に代ゆるに、料率と言ふ語を以てすれぼ如何であらうか。科車が其の新芽を覆した
箪研に於ては、昏々はミルと共に、蜜際は、造かに遠く料率に先立つものであると富ふことが誤り無い鶴察やあ
るととを是認する。けれども、叫たび村塾が成立し組織せられたる後に於ても、料率は常に驚際の背後より之に
ザ′1ン 随伴して行ぐのみであらうか?簸にも解れたる如く、科挙は葦泰としての贋珊の探究でなけれぼ怒らない。其の蜜衣としての虞埋は、生活の嘗際の申に掠現して、容易匿之を認諭し得る場合もあらうけれど針、常等の祓野に
隠されたる場合も少しとしない。科挙的屋埋探究の官攣三・γトンをして筒、自己は海遊に小石を拾ふ小児の如
きもの、和も自己の嬰別には、未だ知られざる尾野の緯潅が、感茫として庚ろがってゐると嗟歎せしめ食油息は
如何に多くの一、知られぎる料率的屋珊が今簡存泰するか菅談って飴やあるもので奉る。蔓れぼ科挙之は﹁見渡ざる
世界を普遍的に見せしむる叫つの造である﹂と説く螢者の趣旨も意味あるものと言はねぼならない︵註二︶。 由車的虞埋探究の行樟を迫り行くことによつて、知られざりし虞珊が、我等の前に展開せしめられる。それは 知ちれぎりしが故に、叉生満の蜜際中に握現し得なかつた場合も多い。止め如き場合には、賓際は予夫れ白身 ヽヽヽヽヽヽヽ を科挙の高さまで引上ぐることに努力するであらう。眞に筆者がヾ料率は存在すべき賛際に封して支配力を有た ヽヽヽヽヽヽ ヽ∵■▼ヽ ざるやと言つたのは此の意味に於て㌣ある。それは、料率が痍極的匿能動者として、かぐすべしと命じ、かくせ ヽヽヽヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽヽ11一 ざるべからすと指抑するの謂ではない。∴科畢は常に冷然としてかぐありと我等に数ゆ、る?然れど也、かくありと 教ゆる存在の理法が、嘗って我等に披知られざりし理法の顧現である瞭には、.央れは蒼笥の塵辰にも似たる光彩 を薇つであちう。而も北斗の七星がハ舟人に磯路を示す如︷、よ典理は、嘗際を高むるの標的とぁるであらう。 同時に叉、経験的なる贋際が、科挙的庭球を誘導し↓之に先行する場合も想定t得らる∼。 斜塔成立に至るまでは、、放べての料率を通して、ミ.ルの詮くが如く、嘗際は科単に兜立つものと冨ふも妨げな い。然し二者が、成る程度の提携を示したる後略は、思想と賛際とに裁て親祭したる如く、科串と嘗際とに就て も↓その作用は十方的ではなくて、租瓦的であること、即ち粕淵々係に立つものであると凝るゎが正鵠を得るに 近しと考へられるのである。
︵註一︶ ﹁S・宴ニ︸P−iコCip−es Of POl≡cal EnOコ○ヨy With sOヨe O〓heirapplica許コS tOSOCial phirOSOPhy−ed話d by
W.ノ.↑′ユshley∵苧e︻ぎiコar冥re蔓a意s●ワ︼・
経済螢功費郡に於け孝三ルの立場
〓
以上を前提として、経済螢の目的即ち判象は何ぞやの研究に移る。放べての嬰問に豊ハめ封象が無けれぽなら
す、而して夫れを定めることは第這なされねぼならぬ寄である。何となれぼ、常々は擦的を褒めすして央を放
っことが能きないからである。然らば、∴経臍拳の標的は何魔に凝るか。
眈に叔べたるが如く、科革とし七の耗消塾が成立する遠か以前に、紆臍畢の主題たる賓際的問題は存在して居
た。而して、この澄際的問超とは、ミルに讐ぼ笛︵Wea害︶である。従つて、経済単著が為すべき桝は、富の性質、生産、分配並びに富を増進し又は俊寄する原因を究明し教授することでなけれぼならな宍誌こ。
経済革の封象空軍ある。然らば次の考察が必然的に必要となる。円く、富とは何ぞや。
畠の概念に就て、ミルが抱懐する桝は、之を単純無雑に捕為すること、決して容易な業ではない。さればこそ
それに封し七痛烈な批評が蓼者に依って加へられるに至ったことは、後段詮富及ぶが如くである。
富とは何ぞやとの問題に封しては、何びと1稚も通常の目的に勤して、充分に正確なる概念を有して居る、ミルは兜づ此の如くに富ふ。
EくeコyOコ2hasaaコOtiOコ・Su芳蔓lynOr−eC=OrCOヨヨ○コPurPOS2S宣wha=sヨeaコ什bywe芸.︵琴〓 帯革巻 第∵−鶉 ︵響こ 佐藤定寄﹁科挙£り宗教へ¢思索﹂七賢 ︵八︶ 八ミル吟是を敷術して諭する。 ﹁富に閲する研究は、他の大なる人間の利益に関するものと混ぜられる怖れは柳も存しない。富有になるといふ こと1、智識を停き、弟放であり、又は道徳的であるといふこと1は、全く別であることは、各人熟知の事項で ある。一団が如何にして富有になるかの問題と、それが如何にして解放せられ、叉道徳的となり、或は文拳、美 術、軍備、政治に於て、如何Ⅵtて桓越すペきかの間電とは、重く異ることをも知って居る﹂ 時には、是等の相異なる事項が、相互佗関連を有すること無しとは富はれない。富有となつた結果自由を接待 することもあるであらう。或は逆に﹂自由を痙た結英、富宥と洩ることもあるであらう。然乍ら、夫れ等が関連 を宥する場合と雑も、二者の重く相異なる溺項たることは明白なことである︵証三︶。斯くて、ミル匿とつては、 常然に次の結論が導き出される。円く ﹁資際的月的に封しては、宵の観念は既に決定的であるが故に、形而上螢的に正確なる定轟を求めることは本論 文の係はる朗ではな心こと。
lt isコO Pa﹁叶○〓h−Streat仙setO aiヨatヨe首肯ys︼nalコinetyOf計fiコiti召、Wherethe id2aS Su詮e訟eチbyate﹁ヨare
a︼readyas deterヨiコate aS習aCt芹a︼purpOSeS require● ︵註四︶
富とは何ぞやの問題に勤して、そは常人の眈に熟知せる観念なりと先づ論定するミルの態度に勤しては、議題
の或者は楔笑を禁じ得ないで為らう。何政なれぼ、此の態度が叉、ミルの償倍諭に於ける立場を想ひ起さしむるか
経済螢凪費鮎に於け乃ミルのこ些場
第三巷 弟一ノ痕 ︵−○︶一〇 ちである。偵倍諭に於て、、ヘルが先づ試着叱詐ふる桝は、償値魂諭の既に党人に解って完成せられたること、従っ て将来究明すべく残されたる問題は無しと堅汚する朗佗在る。然乍ら、此の堅一品無惨にも姦切られて、虚位理 論はミル以後に於ける経消革の中枢問題とさへなるに至つ宅‖ミルに於て露程も見出されなかつた限界兼用詮の 接頭、従って生じた主親畢派、客観螢派の封立、それは定にミルにとつて、夢にも思ひ設けぬ寄であつ真註五︶ 富の概念に就ても亦、之と相似たるものを見る。殊に皮肉なるは、後にも説くが如く、ミル自身の観念が既に錯 綜を示し居ることである。此の事大れ自鯉が、富の概念の・叫般的笹て致し居らざることの葦詮ではないか。ジョ ン.ラスキン批評を加へて日く﹁富の形而上革的に正確なる定義の必要でないことは、之を認めるけれども、形而 下的に且つ論理的に正確なる概念を得るこ・せは汲も重大な事である﹂と︵証六︶。叉日く﹁、、、ルは、忠の概念に就て は、加びとも之盈熟知すると云ふけれども、之は誤謬であ牒。痕も通俗的な目的に勤してさへも、富とは何ぞや の問題に裁て、正しい概念を有するものは叫萬人に山人も存在しな小﹂と︵註七︶。更に興味深き批評は、スタシ レーノジエグォンスに償ってもなされてゐるのであるが、後に解る1便宜を有するが故に、韮には夫れを披渡す 渇ことなく、更に、、、ルのぶ想を辿ること1しやう。 ︵崩一︶ L・S・茎ニ︰Prぎci且es一P■ナ ︵謎二︶−b己●︶P●︼. ︵註三︶−bid●−、P●P﹂−N .︵話四︶ ︼bid.も.N
︵註五︶ 拙稿㍗ミかに於ける慣低温に貨幣の観念﹂︶参照︵﹁商襲討究﹂第︼怨下冊、火正十五年十こ月︶
﹂記六︶ LOhコRuskm︰UコtOThisrast︸Pr各ce・抑N−仰山
︵註七︶ LOhコRusk−コー3uコera Pu−くeコS P−eface㌫︼−00N●
三 富の概念ば、右に叙ぶるが如く各人が韮確た知了し居るものであるが?之を廃廃的に考察すれば、之に関して 換った思想が、珊論家並に蜜際家の双方に行はれて、∴水・く験洲の経済政策を支配した史蜜を看過することが出来 な︳。誤れる思想とは、所謂マーカンティサズムの富′に関する概念を指す。 マーカシタイ肌ズムの思想に依れぼ、富とは貨幣又は貨幣となり得る貴会風を意味する。されば、此の教義に 於セは、.貨幣又は地金銀を増加せしむる傾向は、放べセ富の増加を致すもノのノなりとなされる。従って、一貨幣及び 砲金銀を問外に流出せLむる政之其の闘をして、貧窮に向はしむるものと云はねぼならないり ﹁闊に、.濃金属の 銀山豊富なる場合には、その図の富は愈オ進められる埋なれど、若し斯1各自然の賜物に乏しいか、.或は之を全 く蕃有しない困に在っては、富の源泉を持たい寄となる。此の場合紅狛、一団の貨懲戒は資金屁をして増加せし あ、従って囲富を大ならしめんとすれぼ唯一の途より外に無い。外囲貿易が即ち之であるやマーカンティリズム をぼ、・重商主義を唱ふることは、常に正確なる粥呼とは稲し難いけれども、貿易偏重の傾向の存在した革質に於 て、泰の柄呼ほ文一理なしとは言ひ得ない℃ 握済聾出費鮎lニ於けろミルの立均 ︵一一︶一一
弟三螢 第一兢
ハ二〇一二 女をぼ貨幣及び恩金巌と結び附けて、之等のみが富であるとなすマーカンティリズムの思想は、決して富の正 確なる概念を表明するものでないことは、今日の我々よりすれぼ飴りにも明瞭な寄賓である。ミルは之に勤して 攻の如く親祭を下す。或る時代に於て、其の時代に遍く行はれた思想からは誰も取れず、叉或る特別な天才的努 力がなくては離れることの能きなかった其の児想が、次の時代には、それが飴りに明白な謬見であつた畢が総べ ての人々に倉荷せられ、その結英、前の時代には、何故に此の如き罫純な挨僻をなしたか了解に青むことが屡々 ある。それは後の時代よりすれぼ、唯﹂富で改め得る幼見の夢想にも等しいものに見えるであらう。けれども誰 ﹂人彼が若し其の時代に生存したならば、此の釈謬から逃れることが出来たと断言することば能きない。寧ろそ れは能きないと蹴る方が、殆ど放べての場合に洪なきに近いであらうと。 筆者の卑見によれぼ、或る時代に遍く侶率せらるゝ政寵児想巧箪に魂論的観念として生するよりも、その時 代に特有なる環境よけ導き出されることが多い。されば、観念夫れ良鰭として、之を試験管内に投じ、客鶴的に 検するならば、それが誤謬たることは二日にして瞭然たるの理で透る。然るに、其の時代の人は、其の時代の環 境に育てられ、その時代の状勢に支配せられ、従って思想的にも影響を被ること多く、或る特別なる天才を除い ては、放べて時代の色調の中に生くる者なれば、その崎代に退き思想は、僅々自明の埋として受容れられるので ある。或は、全く是非の判断を試みることなくtて、偉統的に慣習的に之を信奉するのである。思想の上に於て 或は科拳的選球の上に放て発聾者とか開拓者とか首はるゝ人々が、時代思潮匿反抗し、之と統率するために如何阻偉大なる犠牲を彿った尊か?その人々は、屡々異端の罪名に間はれ、尿遺著の汚名を着せられて、時には輿論