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椅子張り技能士の事

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Academic year: 2021

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(1)52. 特集:家具のデザインと技術. 阿部博行 Abe Hiroyuki 有限会社阿部意匠 代表取締役 Abe Design President Designer. 椙山女学園大学大学院 非常勤講師. 椅子張り技能士の事 現状と今後の課題について Technician of Chair Covering Current Status and Future Issues. Sugiyama Jogakuen University. 1.はじめに 日本の洋家具業界では、家具を形態上から分類した業界用語が古くから使 用されている。椅子、テーブルなど脚で甲板、座面などの機能部を支える家 具類の「脚物家具」 。タンス、食器棚、本棚など主に収納を目的にした家具 類の「箱物家具」が代表的なものである。「脚物家具」「箱物家具」など古く からの業界用語で分類された家具のジャンルは、それぞれに特化した生産技 術を有し日本各地の産地を中心に進化発展してきた。また、すべてのジャン ルの洋家具生産工場を持つ、総合家具メーカーも高度成長期より台頭し、現 在も日本の家具業界の牽引役となっている。 工業製品としての洋家具製造は、昭和30年代から工業化が進んだ。それま での個人技能に頼る生産方式から、生産工程の分業化・手作業の機械化が図 られ大規模工場化して需要を満たしていった。材料・工作機械の目覚ましい 進化と急速な市場の拡大を背景に、大規模工場はほどなくベルトコンベアー での流れ作業に至り、成長路線を歩み続けた。その後バブル崩壊など経済の 停滞期を体験した。長引く低価格志向と、産業のグローバル化による輸入品 の拡大に加え、工場の海外流出による国内工場の空洞化が進んだ。それに伴 い高齢化・人材不足などの対処すべき問題を生んだ。 現在は希薄になってきたとは言え、日本の家具産業は周辺産業とともに産 地が形成されている。代表的な産地としては、船大工・指物の技術が源流に なった、福岡県大川市の大川家具。豊富な森林資源と旭川の歴史を背景にし た、北海道旭川の旭川家具。鏡台産地として始まり進化していった、静岡県 静岡市の静岡家具。 「飛騨の匠」の文化と曲木の技術が生み出した、岐阜県 高山市の飛騨家具。中国山地の豊富な森林資源と歴史ある箪笥製法の技術を 源流にした、広島県府中市の府中家具。そして徳島県徳島市には、静岡と共 に鏡台産地として「阿波鏡台」で名を馳せた徳島家具などがある。 これらの産地には共通点が二点ある。一点目は、豊富な森林資源を基にし ていること。二点目は、その土地独自の歴史的背景、地域色が育んだ特徴あ る生産技術を有する点である。その技術の多くは、曲木技術・成型合板技 術・圧縮木材技術など、木材に関わる技術である。 そんな家具産業の技術の中にあって、他の技術と全く異なる特徴的で興味 深い歴史を持つ技術が「椅子張り技術」である。椅子張り技術は、脚物家具 のジャンルに属する総張り椅子の製造技術である。総張り椅子は、家具の中 で唯一人体に寄り添い、生活行動をしなやかに支えるやわらかな道具である。.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. 二次元の椅子張り素材を縫製技術で三次元に仕立て、やわらかな本体に張 り仕上げる、他の家具製作とは異なる独特な技術が存在する。 私は、椅子デザインに特化した工業デザイナーとして、40年間を椅子作り に関わってきた。その中で見えてきた、今まであまり語られることのなかっ た、独自の歴史と技術、そして技術を継承し続ける椅子張り技能士について 言及する。そしてそれをふまえ、現在危惧されている人材不足、技能の低下 の原因と対策、及びこの技術が期待されるその他の産業について考察する。. 2.椅子張り技能士の存在と出会い 工業デザイナーは総張り椅子のデザインをカタチにし、工業製品として完 成させていく中で、重要な作業であるプロトタイプ作製作業を行う。その重 要なプロトタイプの作製作業において、工業デザイナーは、モデラーとして 企業内(インハウス)で活躍する椅子張り技能士と出会う事になる。椅子張 り技能士は、総張り椅子量産工場の分業化された総ての量産工程を熟知した 技能士であり、木材加工技術とは一線を画す技術を持った職人である。 プロトタイプ作製工程は、工業デザイナーとモデラーとしての椅子張り技 能士の、想像力と知識、経験と熱意が結集する作業である。またプロトタイ プ作製作業はデザインを完成させる目的と同時に、その後の工場生産につな ぐ目的を持つ作業工程でもある。 現在は試作を専門に請け負う事業所も存在し、経験値の高いベテラン椅子 張り技能士が担当し、人材不足を補う形になっている。また、グローバル化 した現状では、デザインまたはプロトタイプ作製までを国内で行い生産を海 外に依頼する場合や、デザイナーや椅子張り技能士の海外派遣により開発と 量産を進める場面も見られる。このように量産家具メーカーにおける椅子張 り技能士は、モデラーとして、新しいデザインを具現化し、工場生産に導く 重要な工程に存在する。総張り椅子の工場生産には、その卓越した技術は不 可欠なのである。. 3.椅子張り技能士の仕事(インハウス) ここで、インハウスの椅子張り技能士による、プロトタイプ作成作業の全 容を「古典的椅子造り作業と現代的作業」を比較しながら解説する。 ⑴ 試作打ち合わせ  現在の椅子造りでは、工業デザイナーが作成した、デザインスケッチ・原 寸意匠図・試作木枠図面・ウレタン構造図面・張材サンプルなどを使用し、 デザイナーとのイメージの共有化と、意思の疎通を図る。この試作打合せ は、新しいデザインを創造する上で最も重要な工程である(図1)。. 図1 原寸意匠図(左)とアイデアスケッチ検討(右). 53.

(3) 54. 特集:家具のデザインと技術. ⑵ バネ付け デザイナーの試作図面を基に、木工部門より仕上がった木枠に、バネ材 (S組バネ・コイルバネ・エラストベルト・ダイメトロールなど)を装着し、 椅子の骨格を構成する(図2)。 図2説明 古典的作業(左)は麻テープなどの天然素 材とマグネットハンマーなど素朴な道具を 使用して、コイルスプリングをばね糸でひ とつひとつ手作業で固定している。 現代的作業(右)では、上記の作業が簡略 化され、S組ばねをエアタッカーで固定す る。. 図2 バネ付け 古典的作業(左)と現代的作業(右) . ⑶ 下張り作業  数種類のウレタンフォームを組み合わせ、外観デザインを造形するのが下 張り作業工程である。デザインされた椅子の使用目的に相応しい座り心地を 追及し、ウレタンフォームの種類・詰め物(羽毛・パンヤ・綿など)の厚さ と量を設定する。椅子の基本性能を左右する重要な工程で、スケッチ・意匠 図に表現された二次元を三次元に変換する難易度の高い作業工程である (図3)。 図3説明 今回の古典的作業(左)では、ダウンプ ルーフで包んだ羽毛を詰め物として座に使 用した。 現代的作業(右)では、現代の主流である ウレタンフォームを固さの違う3層構造で 重ねあわせて造形した。. 図3 下張り作業 古典的作業(左)と現代的作業(右) . ⑷ 型出し作業 ウレタン下張り完成品から、型紙を作成してデザインを具現化していく工 程が型出し作業工程である。量産化のための重要な作業工程になる。型紙作 製作業は、技能士の系譜により作業方法に差異がある作業であり、経験値を 最も必要とする作業である(図4)。 図4説明 古典的作業(左)も現代的作業(右)も同 じく、不織布などで仮張りをし、仕上がり をイメージしながら縫製ラインを引いてい く。 型紙の原型を作成していく作業。. 図4 型出し作業 古典的作業(左)と現代的作業(右).

(4) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. ⑸ 裁断作業 皮革・金華山織・モケット・平織り・モール平織り・ジャガード織り・ ニット・塩ビレザー・ポリウレタンレザーなど、張材の特性を理解しそれを 生かし、歩留まりを考慮しながら合理的に型入れして裁断する。量産工程で はコンピューター制御の裁断機による重ね裁断が行われる(図5)。 図5説明 古典的作業(左)は皮革の伸び方向を十分 考慮し、傷を避け、型入れを行っている。 現代的作業(右)では、伸び方向が一定な ポリウレタンレザーを使用した為、合理的 に作業を行うことができる。 . 図5 裁断作業 古典的作業(左)と現代的作業(右) . ⑹ 縫製作業 縫製作業工程ではミシンを使い分け立体的に仕立てる。素材の魅力をより 効果的に表現する方法として、フレンジ・玉縁・ステッチ(シングルステッ チ・ダブルステッチ・クロスステッチ)など、使用する素材に相応しいディ ティールの表現がある。専用ミシン又は専用冶具(押さえ・ラッパなどと呼 ばれている)を使用し仕上げる(図6)。. 図6 縫製作業 古典的作業(左)と現代的作業(右). ⑺ 上張り作業 縫製品を下張り完成品にかぶせて、底部で張り込む仕上げが上張り作業工 程である。古典的な作業ではマグネットハンマーを使用し、釘打作業で仕上 げられた。現在はエアータッカーを使用し、下張りに一定のテンションをか 図8 完成品 古典的作業. け張り込む作業が行われる。ボタン締めなど引き込み作業がある場合はこの 工程で行われる(図7)。. 図9 完成品 現代的作業. 図7 上張り作業 古典的作業(左)と現代的作業(右). 55.

(5) 56. 特集:家具のデザインと技術. 以上の工程が椅子張り技能士のプロトタイプ作製作業の全容である。古典 的椅子張り作業と現代の作業工程を比較してみたが、材料・工具の違いはあ るが、各作業の目的が共通している為、作業手順はほとんど変わっていない。 なお、量産工程では、型出し作業以外の工程が分業化・機械化される。作 製されたプロトタイプはデザイン検討・写真撮影・展示会発表などを経て量 産に移される。量産化に向け、椅子張り技能士は設計担当者と共に、分業化 された工場工程、各部門に作業を落とし込み安定生産を図る。椅子張り技能 士の作業は多岐にわたり、幅広い技術・知識・経験が必要な技能職である (図8. 9)。. 4.椅子張り技能士の系譜 ここに全日本椅子張同業組合連合会発行の組合創立記念誌がある。組合が 50周年を迎えた2006年[注1]と、同じく60周年を迎えた2016年に発行され た記念誌である[注2] (図10)。その中に日本の椅子張り職人の家系図とも いえる師弟関係を図式化した「椅子張り業界の人脈図」という項目が掲載さ れている。日本全国の椅子張り職人が、明治初期の椅子張りの祖から、家具 工業化された現在に至るまでの師弟関係が網羅されている。それによると、 日本における椅子張り技能士のルーツは明治初期の横浜であり、大河原甚五 兵衛と原安造(馬具安)の2名を祖とする二大潮流があることが記録されて いる。 大河原甚五兵衛は、モダンで進歩的な西洋文化の日本の窓口であった横浜 で、横浜グランドホテルに勤務する間に、国賓クラス用の家具調度品にふ れ、椅子張り技能を身に着けた後、独立開業にいたった経緯を持っている。 馬具安こと原安造は、同じく横浜において、馬具製造業を生業とし、馬 具・客用馬車の製造から、椅子張り業に発展して行ったとされている。この 2名を源にして椅子張り業が始まり、その弟子達が日本全国に広がり現代に 繋がっていることが記録されている。 日本の椅子張り技能は、武道・華道・茶道と同じように流派が存在し、徒 弟制度のシステムにより、親方から弟子へと技術の伝承が行われてきた稀有 な技能である。親方・職人・徒弟から成る徒弟制度における職業訓練は、仕 事の世界観を共有する集団による、需要を満たしながらの実戦教育であっ た。師弟関係を重要視し記録されたこの人脈図は、戦後の徒弟制度が希薄に なり近代的労使関係の中で、家具が工業化された時代にまで及び、さらに椅 子張り技能士が国家資格になる昭和40年以降から現在まで続いている。. 1)全日本椅子張同業組合連合会:創立五十周年記念誌, 2006 2)全日本椅子張同業組合連合会:創立六十周年記念誌, 2016. 図10 椅子張り業界の人脈図.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. 5.総張り椅子のデザインの変遷と技能 明治初期に横浜において、特別な場所で特別な人が使用する洋家具の修 復・再現から始まった日本の椅子張り業は、大正時代の西洋建築の増加と、 昭和時代の生活の洋風化と共に、暮らしの道具として進化発展して行った。 特に第二次世界大戦後は、昭和30年代から洋家具の大衆化が始まり、大規模 工場による大量生産化が始まった。その後の椅子張り業は、高度成長にも牽 引され、人々の暮らしの中に溶け込んでいった。大規模工場化の流れの中 で、椅子張り技能士の役目は進化していった。 椅子張り技能士は、伝統的デザインの修復・再現から、伝統的技術を応 用・展開し、材料や工作機械の進化も享受しながら、大衆の生活に密着した 日本独自のモダンデザインの創造へと役目を変えていった。総張り椅子が工 業化された戦後のデザインの変遷を俯瞰してまとめてみた。 ⑴ 対面三点セット 対面三点セットは応接セットとも呼ばれ、座敷に代わり応接間と呼ばれた 来客用の洋間に、両肘一人掛け椅子が2本と両肘三人掛け椅子を1本、セン ターテーブルをはさんで対面式にしつらえられた。ボタン絞めや鋲打ちな ど、ステータス感を有する伝統的なデザイン仕様が代表的な技法で、進化し た材料や道具で量産化された。張り材としては一般的にはビニールレザーが 使用されたが、クラシックデザインに対しては金華山織も使用されていた。 優美な彫刻を施した飾木も特徴的であった(図11)。. 図11 1976年、対面3点セットの代表的モデル(カリモク UM4030DD). ⑵ コーナー5点セット テレビが普及し“応接セット”は“リビングセット”と呼ばれるように なった。家族が集まるリビングルームに、テレビを中心に L 型にセットさ れ、生活の中に溶け込んでいった。片肘椅子(左/右)を各1本、肘無椅子 を3本で1セットと換算された(標準的な一家族は5人という算出方法で あった)。このセット展開が支持されていた時代に、デザイン傾向がクラ シックデザインからモダンデザインに移行していく。 パイル織物の産地、和歌山県高野口の織物工場で生産された、高級感のあ る無地モケットが多く使用されたが、モダンでスポーティーなイメージのス トライプモケット玉縁仕様も、活気に満ちたその時代のトレンドの一つで あった。 その後、天然指向やナチュラル指向が現れ、その表現に適した意匠糸とし てモール糸が椅子張り用に開発される。愛知県の尾州地区で多く生産された モール糸を使い、平織りテキスタイルに流行は移行する。. 57.

(7) 58. 特集:家具のデザインと技術. 家のステータスのシンボルに相応しい、シワがなくシャンと張りプレミア ム感を表現したデザインから、家族のための“くつろぎ”の道具と変化する と、積極的にシワを出したルーズ張りデザインの傾向が現れた。ソフトで尚 且つへたりの少ない詰め物の開発や、安定的にドレープを表現する為の差動 ミシンの新用途の開発、樹脂綿を使用したパットタイプのデザインに対応す る、タフティングマシーンの新用途の開発、柔らかなパットを本体に取り付 ける、長尺オープンファスナー仕様の開発など、椅子張り技能士の技術の応 用力が、モダンデザインが求める新しい張りのイメージを、次々と具現化し 工業化していった(図12)。. 図12 1982年 ルーズ張りコーナー5点セットの代表作(カリモク US1855). ⑶ 1人掛け・2人掛け・3人掛けソファー展開の単品志向 核家族化と生活スタイルの多様化に対し、セットでも単品でも対応可能な 商品展開に移行し、両肘一人掛け椅子・両肘二人掛け椅子・両肘三人掛け椅 子と同デザインを展開した。リビングセットは一家族5人に対応するという 考え方に変化が生じる。ポテトカウチ族など新しいライフスタイルが情報誌 から発信された。1982年マルイチセーリングから発表された、フロアーリビ ングソファーのさきがけ「スキップ」が注目され、低く暮らす生活スタイル がドラマや情報誌などで紹介され流行した(図13) 。アパレルトレンドと連動 し、モノトーンモダンが総張り椅子にも表現された。白と黒のモール平織り テキスタイルを表張材に採用し、ポリエステルファイバー綿を詰め物に、タフ ティング加工で安定させた、パットタイプのフロアーリビングソファー「パッ シー」が、1986年朝日工業から発表され空前のヒット商品となる(図14). 図13 スキップ(マルイチセーリング).

(8) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. 図14 パッシー(朝日工業) . ⑷ 変則カウチコーナーセット バブル景気に乗り個性豊かなイタリアンモダンデザインがブームになり、 ヨーロッパの高級ソファーメーカーが注目された。大胆な曲線を取り入れた カウチソファーが特徴的なデザインであった。モール糸を使いジャガード織 で大胆な幾何学柄を表現したテキスタイルがトレンドになった。高彩度なイ タリアンカラーや、人口スエードの無地と大柄ジャガードテキスタイルのコ ンビネーションで張り上げられた自由で存在感のあるデザインは、当時の時 代の空気感そのものであった。日本のソファーメーカーも、ヨーロッパから 輸入した個性あふれる大柄なジャガード織を多数品揃えし、変則カウチコー ナーセットモデルで展開した(図15)。. 図15 1987年 変則カウチコーナーセットの代表モデル[注3]. ⑸ ミニマルデザインと北欧モダンブーム  バブル崩壊後の時代の空気感を表したように、ミニマルで無駄のない北欧 モダンデザインが台頭する。無地調でナチュラル感のある平織りが主流とな る(図16)。シェーズロングスタイルやカバーリング&ウオッシャブルなど、 生活に密着した機能が一般化した。総張り椅子製造工程における縫製加工の 作業比率が拡大する。この時代から家具においてもオンラインビジネスが登 場する。低価格志向に対応する輸入品が拡大し、国内工場の海外流出と空洞 3)日本フクラ株式会社:フクラの歴史. http://www.hukla.co.jp/about/history/ 参照日(2019年7月2日). 化がおこる. 59.

(9) 60. 特集:家具のデザインと技術. 図16 2011年 カバーリングソファー デシベル(ノイエス) . ⑹ パーソナルチェアーのヒット プライベートにおける、空間と時間の充実を目指して開発された、リクラ イニング機能を持つパーソナルチェアーがヒット商品になる(図17)。 以上の様に進化を遂げた戦後の総張り椅子デザインは、工業デザイナーの 時代のトレンドを敏感にキャッチする力と、それを表現する椅子張り技能士 の応用力と展開力がなければ実現することはなかった。. 図17 2012年 パーソナルチェアー ザ.ファースト(カリモク). 6.椅子張り技能の周辺(東海地方) 東海地方は椅子張りのメッカと言える。椅子張り技術の応用展開の場が幅 広く存在する。愛知県には、ホームユース家具の業界を牽引する総合家具メー カー、カリモク家具が本社を構えている。そして、椅子張り技術を駆使する、 総張り椅子・木肘椅子・ダイニングチェアーなどの脚物家具をはじめ、総て のジャンルと、総てのニーズに向けての家具作りを行っている。その他、ネッ ト世代の支持を受け頭角を現した、ソファー専門メーカー、NOYES(ノイエ ス)など、プレミアムからカジュアルソファーメーカーまで幅広く存在して いる。 また、ホテルやレストランで使用される業務用家具のトップシェアを争う メーカーも同じく愛知県に存在し、東海地方を中心に脚物家具の生産を行っ ている。教育公共施設向け家具メーカーの存在もあり、さらにオフィス家具 の鋼製家具分野においても、オフィスチェアーの生産工場が東海地方に集中 している現状である。岐阜県高山地区には、木製ダイニングチェアーメー.

(10) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. カーが寄り添い存在し、産地を形成しており、東海地方は幅広く椅子作りが 行われている椅子の産地と言える。その他、座る道具としてとらえると、福 祉関連の車椅子メーカーも東海地方に集中しており、椅子張り技能が有用な ジャンルと言える。 歴史的に見て興味深いのは、名古屋が発祥の地であるパチンコであるが、 パーラーチェアーと呼ばれる、パチンコ専用の椅子の製造メーカーも、愛知 県に集中している。また、古くから毛織物の産地であった愛知県尾州地区 は、アパレル資材だけでなく、カーテンや椅子張り材などインテリアテキス タイルの産地でもある。この歴史と背景が、日本の代表的な椅子張り資材専 門商社をこの地が育むことになる。椅子張り資材専門商社各社は、椅子造り の重要な要素であるテキスタイル・レザー等の企画開発を競い合って行い、 椅子メーカー各社に供給している。この点も東海地方が椅子作りのメッカと 言える要因である。. 7.おわりに 明治初期に文明開化の風を真っ先に受けた横浜で始まった椅子張り業の技 術は、明治・大正・昭和と、徒弟制度と言うシステムの中で伝承されてき た。やがて西洋建築の増加による注文家具として発展し、大戦を乗り越え、 生活の洋風化と共に大量生産され、庶民の生活の中に溶け込んで行った。昭 和30年代から始まった家具の大規模工場化は、近代的労使関係の下、拡大さ れた需要を満たしていった。 徒弟制度時代に、総張り椅子作りの一連の技術を身に着けた椅子張り技能 士は、インハウスにも内包され、工業デザイナーと共に新しいデザインを創 造する作業や、分業化された量産工場全体の生産管理などの、新たな立ち位 置に活躍の場を見出していった。モダンデザイン志向の中、時代が求める張 りの技術を、デザイナーと共に創造し量産化につないだ。徒弟制度という実 践を伴う職業訓練での技術の伝承は、マニュアル教育では不足しがちな、技 図18 伝統的な椅子作りに使用された道具. 術の応用力・展開力をも育んだと言える(図18)。 バブル崩壊後、国内企業は深刻な価格競争にさらされた。企業は体力を消 耗し、徒弟制度に代わり企業内に託された次世代への技の継承は手薄になっ た。ベテラン技能士の高齢化も拍車をかけた。その結果、椅子張り技能士の 人材不足と技能の低下という問題を招いた。現在は徒弟制度時代に職業訓練 を受け育った最後の椅子張り技能士が、高齢ながら現役の実務者として不足 を補い、専門性の高い案件に従事している。 そこで、我々がすべき事は先ず、徒弟制度時代に技術を身に着けたベテラ ン椅子張り技能士健在の今、技術を体系化し記録する事だと考える。並行し て、次世代椅子張り技能士育成の実践の場として、公共事業に属する椅子造 り作業の環境を整え、体系化された技術情報を学ぶ座学と共に、体験主義的 職業訓練の場にすることを提案したい。 また、椅子張り技術を体系化することにより日本のスタンダードが認識さ れ、過度な価格競争も避けられ、結果として消費者のメリットにも繋がると 考える。家具産業だけにとどまらず、自動車産業、家電産業、航空機、鉄道 車両、福祉機器、ロボット産業などの、様々な物造りの中にも椅子張り技術 は存在する。各産業界が目指す新たなテーマを達成する為に今後も不可欠な 技術と考える。. 61.

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